英国にICI(Imperial
Chemical Industries)という会社があります。創立1926年(昭和元年)という老舗の化学企業で、現在は塗料や特殊ケミカルを作っている。この会社が、最近オランダのAkzo
Nobelという会社に買収されかかって話題になりました。結局今回は買収額が少ないというICI側の言い分で成立しなかったのですが、ICIと言えば英国の象徴であり「国宝」(national
treasure)とさえ思っていた英国の人たちの中には、買収の対象になったことで「ICIよ、お前もか」という気持ちになった人も随分いたようです。
が、このニュースに関連して6月13日付けのThe Economistが、英国の製造業について外国資本に買収されるのは何も悪いことではないというニュアンスの記事を掲載しています。
英国経済は海外との貿易や投資の点でアメリカよりも開放的であり、センチメンタリズムに陥ることなく、昔は国を代表すると言われた企業といえども、外国に売り渡せるという能力こそが英国経済の健全さを物語っているのだ。
Britain has
a much more open economy than America, measured by foreign trade
or capital flows. Indeed, there could be no greater testimony
to its health than the unsentimental ability to let one-time national
champions float quietly off into another's embrace.
ICIはかつてTeesideというところに巨大な石油化学工場を所有しており、まさに英国の製造産業のシンボル的な存在であったのですが、それもいまではサウジアラビアの会社のものになっている。「この程度の企業売却など英国では話題にもならない(Such
sell-offs go almost without comment now in Britain)」とThe Economistは言っています。ドバイの投資家に買収された海運会社の老舗P&O、電力会社、水道会社も外国資本、ロンドンの空港はスペイン系の建設会社に買収されている。
鉄鋼メーカーのBritish Steelはインド、クルマのRoverは中国の会社に売られており、電気通信のBTも携帯電話の部門はスペインのTelefonicaという企業の傘下にある。BTは元々British
Telecomという名前だったのが、BTとなることで「英国」のイメージを薄くしている。これなどは将来の買収劇に備えてことではないかと言われている。そういえば航空宇宙機器のメーカーであったBritish
AerospaceもBAE Systemsに変わっており、将来はボーイング、ロッキードなどの米国系企業の傘下に入るものとされているそうです。
このような成り行きについて、The Economistは「英国は世界に先駆けて工業化を成し遂げた国であり、今また世界に先駆けて脱工業化の道を進んでいるのだ」(just
as Britain led the world into industrialisation, so now Britain
is leading it out)と言っている。英国経済は過去15年間ずっと好調な状態を続けているけれど、その間、製造産業は落ち目の一途をたどりながらも、ロンドンの金融業界は世界の指導的な立場にある。モノの輸出入では記録的な赤字なのに、外国資本の流入という点では記録的な黒字になっている。
その昔(1790年代)、英国はフランスの将軍ナポレオンによって「物売り国家(a nation of shopkeepers)」と呼ばれました。ナポレオンが言いたかったのは「そんな国には、フランスと戦争をやって勝てるわけがない」ということであったのですが、ナポレオンの案に相違してフランスを負かしてしまった。その頃の英国は、実はフランスよりも製造産業の基礎が強く、戦争のおかげで兵器産業などが大いに発達していた。つまりナポレオンは英国の製造業を見くびっていた。が、いまの英国(製造業は弱いけれどテスコなどの"物売り"業界はきわめて強い)はナポレオンのいうa
nation of shopkeepersかもしれない。
The Economistはこうした英国の経済について次のように結論しています。
(英国企業を買収する)これらの外国投資家が英国にもたらしたものは大きい。例えばサンダーランドにある日産自動車の工場は最も優れたクルマを生産している。英国の工場や金融機関を地元民(英国人のこと)よりもうまくやれると思う外国人は、英国にとっては大歓迎である。All
those foreign investors have brought a lot, too. Nissan's car
factory in Sunderland, for instance, is one of its finest anywhere.
If foreigners think they can manage British factories or finances
better than the natives can, they are welcome.
▼要するに外国資本だの自国資本だのとこだわるのはナンセンス、お金はお金ではないかってことですよね。サッチャーさんが日産自動車の工場進出を働きかけていたときに、フランス政府が「日産は日本車だ」ということで、輸入規制をかけようとして真っ向から対立しましたよね。結局「国籍がどこであろうと関係ない。英国内で英国の労働者が作れば英国車だ」ということで押し切ってしまった。最近の日本経済新聞(だったと思う)に英国の上場企業のうち半分以上が外資系であるという記事が出ていました。日本の場合はどうなのでしょうか?
▼英国にIBB(対英投資局:Invest in Britain Bureau)というお役所がありました。今でもあるのかどうか分かりませんが、名前は変わっても外国からの投資を促進するお役所はあるでしょう。IBBができたのは、1977年、労働党のキャラハン政権のときで、サッチャーさんの頃ではないんですね。
▼外国企業による英国企業の買収について、普通の英国人はThe Economistの言うほど淡々と受け取ってはいない。ここでは詳しく書きませんが。もちろん自分たちが「英国」として親しんできた企業や製品が外国企業に買われてしまうことには大いに抵抗はある。が、例えばICIが外国企業に買われた結果として、英国人のスタッフがリストラになるようなことがあるとしても、別の外資系企業が職場を提供しているという部分もある。差し引きすると、The
Economistの言うことはあたっているってことになるかもしれない。
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