日本で参議院選挙が行われる約1週間前の7月23日、米国・サウスカロライナ州のチャールストンで、来年(2008年)行われる大統領選挙の民主党候補に名乗りを上げている8人の政治家が公開討論会を行いました。NHKのニュースで私もちらっと見たのですが、この討論会はインターネットの動画サイトを運営するYouTubeとCNNが共同主催して行われたものでありました。
むささびジャーナルをお受け取りの皆様の中には、私と同様に、「ユーチューブ」を歯磨き粉の新商品かもしれないと思っていた人もいると思うので、念のために説明しておくと、アナタが撮影したビデオをインターネット空間に掲載して、皆で見て楽しもうというネットサービスだと思ってください。それでも分からない人は、ここをクリックすると実物を見ることができます。
何か特別な理由でもない限り、自分が撮ったビデオをアカの他人に見てもらおうという趣味は私には全くないけれど、YouTubeのスペースには、今年(2007年)5月現在で8000万の動画があり、一日に35,000の動画がユーザーによって掲載(アップロード)されているそうで、世界中の若者の間でブームになっているわけです。
で、チャールストンのおけるイベントは、民主党の候補者8人に対して、YouTube利用者がスクリーンに現れて質問するというものだった。民主党の討論会はここをクリックすると見ることができます。
例えばロングアイランドに住む36才の女性が次のような質問をした。
「あなたが大統領になったら、コストが安いか無料の予防医療をアメリカ中の誰にでも提供するために何をしますか?」(What
would you, as president, do to make low-cost or free preventative
medicine available for everybody in the country?)
この女性は自身がガンを患っており、それが故に頭髪が剃られている状態でビデオとして登場したというわけです。これ以外にも地球温暖化、同性結婚、アフリカの貧困など、話題もさまざまであったのですが「地球温暖化」の質問は雪だるまがやったり、ゲイのカップルが現れて同性結婚の良し悪しについて質問したり、という具合にいずれもビジュアルの要素がからんだものだったのが、YouTubeたる所以であったわけ。
この討論会についてBBCのサイトが報告していたのですが、そこではかなり肯定的な意見が掲載されていた。YouTubeの政治担当エディター、Steve
Groveは当然ながら「最も民主的な討論会(most
democratic debate ever)」と自画自賛しています。またメディア論のJeff Jarvis教授は「かつては我々がいないところで記者たちが質問をしていた。これからは我々は欠席ではない。そのインパクトは極めて大きい」としています。同性結婚は極めて社会的な問題ですが、プロの記者よりも、ゲイの夫婦が「個人的に重要な問題」として質問する方が「はるかにパワフル」というわけです。
ただ、Jarvis教授は質問をCNNの記者がセレクトする点については「少しはユーザーが決めることがあっても良かったのでは?」(I
wish they would let us, the voters, choose some of the questions)と言っています。CNNが質問を選ぶことについては必ずしも否定的な意見ばかりではない。New
Politics Instituteという研究所を主宰するPeter Leydenは次のように言っています。
「(CNNの記者が質問をセレクトすることは)古いメディアと新しいメディアが対等な立場で、お互いの長所を利用し合うことで、真に新しい実験になるのだから、素晴らしいことだ(It's
really the meeting of the old media and the new media on equal
terms, melding the best of both to try out something really new
- so that's a big deal)
この企画を行うにあたって、まずYouTube上で質問を募集したところ約3000件の質問が集まった。CNNの専門記者がその中から39件をセレクトして質問をディスプレーするというやり方だったんですね。
CNNの記者が質問を選ぶことで、ウェブユーザーと候補者たちのじかのふれあいをプロの記者たちがブロックしたという不満がある。質問が3000件にのぼったとはいえ、ウェブ上で公開されたわけだから、その中から「ヒット件数」の高い順に選ぶというやり方もあったのでは、というわけ。ただ、CNNに言わせると「ヒット件数のベスト3の中の二つが、UFO会議についてのものと、カリフォルニア州のシュワルツネッガー知事がサイボーグであるか否かというもので、とてもヒット件数を参考に質問をセレクトするわけにはいかないというわけです。でしょうね。
新聞のChristian
Science Monitor(CSM)には、どちらかというと辛い意見が多く出ていました。例えば、ビデオ質問に対して候補者がうまく言い逃れるような答えをした場合でも、再度フォローの質問をして「アンタ、私の質問に答えていない」というようなやりとりができないということもある。CNNの司会者が質問に答えるように迫ることもあったけれど十分とは言えなかったとのこと。College
of the AtlanticのJamie McKowan教授は次のように述べています。
「このやり方が、昔ながらのマンネリ化したディベートからの脱却を示したとは思えない。新しいネット・メディアと昨今のコミュニケーション技術の進歩が政治を変えるかもしれない潜在性はあると思っている。しかし今回のYouTubeディベートがそれであるとはとても思えない(I
strongly believe that new e-mediums and advances in communication
technology do have the potential to change politics. But this
wasn't it)」
さらに言うと、何十万ものユーザーが動画を投稿するYouTubeのようなサイトで、たった3000の中から選ばれるという確率は殆どゼロみたいなもので、今後、このサイトを通じてアメリカ人が政治に参加する気になるとはとても思えない、というのがCSMの記者の感想。それどころか、YouTubeの機能を政治的に利用するケースもこれからは増えて行くだろうとのこと。民主党のある候補などは、自分のウェブサイトに、討論会用の「質問」を掲載、支持者に対してそれをそのまま「質問」としてYouTubeに送りつけるように呼びかけたケースもある。そうなると、ある政治勢力がYouTubeがパンクするまで、同じビデオを送り続けるという可能性だってある。
YouTube派のLeyden氏は、この討論会がこれから普通のアメリカ人、特にネットで育った若い世代の政治参加を促進することの利点を強調しており、彼によると「もうかつてのようにアンカーマンが行う仰々しくて退屈な(staid)テレビ討論会の時代には戻らないだろう(there
is no going back to the staid, anchor-led televised debates of the
past 40 years)」とのことです。
なお9月17日にはフロリダで、共和党の候補者討論会があり、やはりCNNとYouTubeが共催して同じことをやるようです。
現在、質問を募集中のようです。
▼1960年の大統領選挙で、民主党のケネディと共和党のニクソンが初めてテレビで討論会を行ったところ、テレビ映りの点でケネディが勝利、それが大統領選挙に大いに影響を与えたとされています。政策ではなく、テレビ映りで大統領が決まってしまう「テレビ政治」については新聞メディアから疑問の声が聞こえたし、その批判はそれなりに当たってはいるのだろうけれど、テレビというメディアが存在するということ、政治家が直接選挙民にメッセージを伝えられるという特性がゆえにこれを利用したがること自体をを否定するわけにいかない。
▼で、今度はインターネットの登場です。これまでのテレビ討論会は、プロのテレビ・ジャーナリストが質問者の役割を果たしてきたのですが、YouTubeの場合は、質問までが普通の人によって行われる。その意味では、プロのジャーナリストの出番がないようなものです。今回の場合は、質問のセレクションをプロが行ったというわけで、100%普通の人が主役というのではないのですが、方向としては明らかにアマチュアが質問する方へ向かっている。
▼そのような傾向が良いことなのか、嘆かわしいことなのか・・・市民による政治への直接参加という点では良いことに違いないけれど、為政者がメディア(つまりプロのジャーナリスト)という媒体物によるチェックなしに市民と直結するということは、愚民政治・独裁政治も可能になるという批判は、おそらく従来のテレビや新聞の関係者たちから聞かれることだと思います。でも、止められます?はっきりしていることは、1960年以来、テレビの討論会は止められていない、どころか定番として定着さえしているってこと。YouTubeによる質問にしても、今後流行りこそすれ、廃れるとは思えない。むしろ日本では、どこの放送局が最初にやるのか、興味がある。
日本ではさぞや従来のメディアから批判を浴びるでしょうね。
参議院選挙における自民党の惨敗について、8月2日付けのThe Economistが、かなり長めの記事を載せています。題してKeeping
his head just above water:辛うじて溺れないでいる安倍さんというわけです。
そもそも安倍さんが首相になった当座、彼の人気を支えたのは「若く見えたことと、中国・韓国との関係修復に素早く動いたことがある」(His
popularity began on a high last autumn, thanks to fairly youthful
looks and a swift attempt to improve troubled ties with China
and South Korea)
では、何故これほどの惨敗だったのかというと、安倍さん重要だと考えたこと(憲法改正、愛国的教育など)が有権者に全く受けなかったことにある。
日本人の多くが安倍さんのそのような政策に反対したわけではないが、自分の懐のことを心配する選挙民の関心からはほど遠いものであったのだ。彼らの関心は、若者にまともな仕事がないこと、給料が上がらないこと、健康維持のための費用が上がっていること、年金についての不確かさ、東京を始めとする大都市における景気回復の割が過疎化に悩む地方には回ってきていないこと・・・などであったのだ。Many
Japanese are not opposed to such measures, but they rate them
far below pocketbook concerns: a shortage of decent jobs for the
young; stagnant wages; rising health-care costs; uncertain pensions;
and swathes of the depopulated countryside missing out on the
economic recovery that has taken hold in Tokyo and other big cities.
The Economistはまた安倍さんの性格も嫌われたのだとして、頑固(stiff)で選挙民と心理的にかけ離れている(out
of touch)ことを挙げています。5000万件の年金の行方不明問題の処理についても小泉さんとはかなり違う、と言っている。
目立ちたがりの小泉氏であれば、きっと官僚ならびに官僚たちを保護してきた政治家たちを攻撃することで自分の立場を強化するという方法をとったであろう。対照的に安倍氏は、最初に社会保険庁の無能を隠すような態度をとったと思ったら、次には何が問題であるのか理解していないようにさえ見えたのである。Mr
Koizumi the iconoclast would have boosted his standing by attacking
both the bureaucrats and the politicians who protected them. Mr
Abe, by contrast, first hushed up the pension agency's ineptitude
and then seemed not to understand why it mattered.
で、今後ですが、衆参の「ねじれ」が故に自民党内のフラストレーションが昂じると、おそらく今年末か来年の初めに安倍さんは辞任を余儀なくされる。もちろん公明党が連立を離れたらその時点で自民はアウトとなる。
そこで初めて民主党がチャレンジに直面するが、The Economistによると、民主党は自民以上に派閥の争いがひどいし、小沢氏は首相になる気はほとんどない(Mr
Ozawa has little desire to be prime minister)。参院選の直後に雲隠れした小沢氏については健康が理由ということになっているけれど、実は彼の傲慢さがそうさせたのでは(ill
health was said to be the reason, but arrogance may have come into
it)とThe Economistは言っています。
というわけでしばらくは政治的な不安定が続くのですが、そのことが(日本にとって)どれほど重要なことなのかは別問題だ(How
much it matters is another question)とのこと。農業の自由化とか消費税のアップ等々の問題はいずれも先送りになるであろうが、それでも経済成長率は2%前後で続くだろうし、企業収益も上がり、失業も減っていく。というわけで・・・
政治家たちは、自分たちがいなくても、(日本では)ものごとが進むものなのだということが分かってビックリすることになるかもしれない(Politicians
may be amazed to find that things can carry along without them)
というのがThe Economistの結論であります。
▼要するに安倍さんが負けたのは「美しい国」だの「戦後レジーム」だのと、国民の毎日の生活に関係のない、哲学的なことばかり言っているからだ・・・ということです。日本の新聞にも安倍さんの敗因に「理念先行」の政治を挙げているところがあったですね。
▼そうですかね。私は安倍さんは「理念先行」だから負けたのではなくて、「理念の中身」に国民がノーと言ったのだと解釈しているのですが。大臣のスキャンダルとか年金などの問題があったから負けたのだ、と安倍さんは考えているかもしれないけれど、私が思うのは、彼の「教育再生」(個人を国家なるものの一部としてのみ見なす)とか「憲法」(いまさら軍隊を増強してどうなるのさ)とか「靖国参拝」(日本を戦争に導いた人に敬意を表する!?)等々が選挙民のカンにさわったのである、と直感的に思っているのであります。
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