最近のメディアの世界では国連に対する批判的な記事やコメントが目立ちます。紛争回避の国際機関としての役割をまともに果たしていないというわけで、日本でも「国連無用論」のような勇ましい意見が聞かれる。
カナダのブリティッシュ・コロンビア大学にあるHuman Security Centre (HSC)というthink-tankの3年におよぶ研究の報告書(Human
Security Report)によると「1992年からこれまでの約10年間で、世界の武力紛争の数は40%も減少した」とのことで、「これは国連による紛争防止と平和構築のための努力が増えていることに関係している」としています。
この研究をリードしたAndrew Mack教授は、「戦争や人権侵害そしてそれらに対応する国連の努力の失敗例のみが注目され、実はこれらの政治暴力が減っていることについては殆ど注目されていない」と主張しており、「世界中のメディアが戦争の始まりに対しては大々的に報道するのに、これが静かに終わったことについては殆ど報道しない」としてメディアの姿勢にも疑問を呈しています。
Mack教授は最近では政治暴力の性格が変化しているとしており、いくつかの例を挙げています。例えば・・・。
- 1992年から現在までに1000人以上の戦死者(兵隊のみ)を出した紛争の数は80%減っている。
- 1981年から2001年の20年間で戦争に繋がるような国際危機(international crises)の数は70%減っている。
- 国と国との争いとしての戦争は全武力紛争の5%にすぎない。
- 1963年当時に比べると軍事クーデター(未遂も含む)の数が60%減っている。1963年にあったクーデター(未遂も含む)は25件、2004年の数は10件(全て失敗)だったそうです。
- この50年間で、戦争そのものが過去に比べて「残酷」(deadly)でなくなっている。1950年の戦死者の数は一戦争あたり平均38000人だったのに、2002年のそれは600人だったそうです。
で、何故戦争の数が減ったのかです。Mack教授は過去30年における世界的な安全保障の様相(global security landscape)が大きく変わったとして、3つのポイントを挙げています。
まず植民地主義が終わったこと。1950年代初頭から80年代初頭までの国際紛争の多く(60%以上)が植民地からの独立を目指す戦争であったが、現在はそのような戦争はない。
次に(当然ですが)冷戦が終わったこと。第二次大戦後の国際紛争の3分の1が冷戦による東西対立に関係していたそうです。冷戦が終わって、アメリカもロシアも第三国における「代理戦争」をしなくなったということです。
そして教授が最も強調するのが、国連を中心にした、国際的な戦争回避努力がかつて例をみないほどの規模で行われるようになったことです。国連のみならず世界銀行やさまざまなNGOによる活動も挙げられます。Mack教授はさらに、こうした国際機関による平和努力は極めて低コストで行われていることを強調しています。現在、国連が世界の17箇所で展開している平和維持活動の年間コストは、アメリカがイラクで使っている費用の一ヶ月分よりも少ないのだそうです。
勿論、戦争がなくなったわけではないので、安心(complacency)しているわけにはいきません。現在でも世界の60ヶ所で武力紛争が進行中なのだそうです。ただMack教授は、戦争をなくす努力を効果的にするためには、過去の戦争データを充実させてそれに基づいて政策を進めなければ効果はあがらないとしており、Human
Security Reportの価値もそこにあるとしています。
この報告書はOxford University Pressから出版されるそうですが、あらましはHuman Security Centreのサイトhttp://www.humansecurityreport.info/に出ています。
- この記事を読んでいて、日本における憲法改訂論議を思い出してしまいました。Mack教授の報告書によると、武力を使って国際間の紛争を解決しようとすることはトレンドとしては明らかに減っている。日本の安全保障のために「武力」がどこまで役に立つものなのか・・・。
- ところで、この報告書は次の8つの政府組織と国際機関からの支援によって可能になったそうです。Human
Security Program at the Department of Foreign Affairs and International
Trade (Canada); the Canadian International Development
Agency; the Department for International Development (United
Kingdom); the Norwegian Royal Ministry of Foreign Affairs;
the Rockefeller Foundation; the Swedish International
Development Cooperation Agency; the Swiss Federal Department
of Foreign Affairs and the Swiss Agency for Development
and Cooperation.この中に日本政府はもとより日本企業・機関の名前も出ていません。アメリカは民間団体が支援しているし、英国は政府組織がやっているのに・・・。日本に対して援助の要請が全くなかったとは考えられないですよね。
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