英国の前駐米大使であるChristopher Meyerという人が書いたDC Confidential(出版元:Weidenfeld &
Nicolson・値段£20)という回想録が英国で問題になっています。Christopher Meyerは1997年秋から2003年初めまでワシントンで大使をしていた人なのですが、問題になっているのは、回想録の中でブッシュ政権によるイラク侵攻が早すぎたという趣旨の批判をしており、「英国政府はアメリカによる侵攻を遅らせることができたはず(なのに、その努力を怠った)」という部分です。ちなみにこの人はイラク戦争そのものは支持しているそうです。
イラク戦争は2003年3月に始まったのですが、Meyer氏によると英国は「イラク侵攻を2003年の末まで遅らせることによって、国連決議にフランスやロシアを引き込むことができたはずであり、そうすれば戦争をせずにサダム・フセインを辞任に追い込めた」ということらしい。
「らしい」というのは私自身がまだこの本を読んでいないという意味なのですが、大使の身でありながら、当時の政府を批判するとは何ごとだ、ということで非難されており、退職後に武器メーカーの重役に天下りし、5000ポンド相当の株を購入した・・・など殆ど個人攻撃のような感じになっているようです。
この回想録については、The Economistのように「イラク侵攻を遅らせれば戦争を防げたというのは結果論」と批判する向きもかなりあるようです。
また、11月19日付けのGuardianのサイトに掲載された書評に面白いことが書いてありました。Martin Kettleという元ワシントン特派員が書いたもので、彼はMeyer氏が大使であった頃にワシントンで仕事をしていた人です。彼によると、Meyer氏はアメリカという国について次のように語ったそうです。
Think of the
US as a foreign country, then you will be pleasantly surprised
by the many things you find in common with this most generous
and hospitable of people. Think of America as Britain writ large
and you risk coming to grief; American attitudes to patriotism,
religion, crime and punishment, schooling, sex, the outside world,
can be very different from those of Europeans, including the British.
長い引用で申し訳ないのですが、意味としては「アメリカを外国と考えなさい。そうすればアメリカ人と英国人の間にはいろいろと共通点が見出されて楽しい驚きを持てるはず。反対にアメリカは英国と同じはずなどと考えるとがっかりする。愛国心・宗教・罪と罰・学校教育・セックス等など、アメリカの考え方は、英国も含めてヨーロッパとは非常に異なる」と言っております。要するに、アメリカ人は親切かもしれないけれど、やたらと愛国心を振り回すし、外国(outside
world)のことは知らない、死刑もあれば熱狂的に信心深い・・・とてもじゃないけど文明人たるヨーロッパにはついていけない部分がある、と言っているのと同じですね。
さらに面白い部分は、英米関係についてです。書評を書いたMartin Kettleによると、Meyer氏が大使であった頃のアメリカではブレア首相の人気が圧倒的で、その分It
was good time to be British in America.(アメリカで英国人でいることは楽で気分も良かった)のだそうです。が、彼が大使の期間中は英米関係を「特別な関係」(special
relationship)と表現することは「禁止」されたそうです。英米のspecial
relationshipはサッチャーさんもブレアさんも大いに強調したものです。アメリカと「特別な関係」にあった国、すなわちアメリカの外交政策に重大な影響を与えることができる国といえばアイルランド、イスラエル、サウジアラビアと台湾であったというのがMeyer大使の持論であったそうであります。
つまり確かにブレアはアメリカ人の間で人気はあったかもしれないけれど、アメリカの政府が英国という国を本当に切実に「重要な国」と思っていたのかどうかについては「思いあがらないほうがいい」というのがこの大使の実感なのでしょうね。
で、「イラク侵攻を遅らせることができたかも・・・」という批判については、書評を書いたMartin Kettleは「どうなったか分からない」と言いながらも「侵攻を遅らせるという選択が全く考慮されなかったことについては、大使も我々も大いに怒る権利がある」(Meyer
and many others of us have every right to be extremely angry that
it was never given a chance)と言っています。
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