musasabi journal
第90号 2006年8月6日 
当然といえば当然ですが、関東地方にも夏の暑さがやってきました。メチャクチャな暑さで、外出するのが怖いくらいです。むささびジャーナルの90号です。暑さの中で書きました。道楽もラクじゃない!?

目次

1)イラクは内戦状態に?
2)アメリカがイスラエルを支持する背景
3)「アメリカとの特別な関係」は英国の自己欺瞞?
4)小泉さんは戦争を美化している?
5)『キメラ:満州国の肖像』のショック
6)短信
7)むささびの鳴き声

1)イラクは内戦状態に?

先週まで駐イラクの英国大使を務めていたWilliam Pateyという人が、離任に当たってブレア首相を始めとする政府要人にあてた公式メモがBBCの記者にリークされ、それが8月3日付けのサイトに掲載されていました。それによると、大使はイラクの将来についてかなり悲観的で「国内が安定するまでには5年から10年はかかるだろう」として「民主主義ではなく内戦に陥る可能性もある」(Civil war is a more likely outcome in Iraq than democracy)と報告しているのだそうです。

このメモをスクープしたBBCの記者は「イラクの平和の見通しについての公式な評価にしては極めてショッキングなものであり、これまで公式に言われてきたこととは明確に矛盾するものだ」としています。

メモはさらに「イラクは将来、自力で立ち、自らを防衛し、自らを統治する国となり、テロとの世界的な戦いに同盟国として参加するだろう」(Iraq - a government that can sustain itself, defend itself and govern itself and is an ally in the war on terror)というブッシュ大統領の期待を少々低くしたとしても「疑問が残る」(must remain in doubt)としています。

ところで、私(春海)最近COBRA IIという本を読みました。ニューヨーク・タイムズの記者と軍事評論家が共同で書いたもので、ブッシュ政権がイラク爆撃を決定し、それを実施するまでの内幕を語っている本なのですが、かなりのショックを受けました。

ブッシュさんたちは、サダム・フセインという「悪辣なる独裁者」を追放することまでは18ヶ月もかけて検討に検討を重ねたのですが、追放後の(つまり戦後の)イラクをどのように建て直すのかというシナリオを検討するのに要した時間はわずか2か月、ブッシュ大統領が最終的な報告を受け取ったのは、2003年の3月10日から12日にかけてのこと、つまり戦争が始まるたった1週間前のことだった。つまりサダム追放までは考えたけどその後のことまではマジメには考えていなかったってことになる。

この本のことについては、別の機会にお話させてもらいますが、実はこの本の中にも、2003年5月にイラクに赴任した英国大使のことが書かれています。その前に駐エジプト大使をしていたJohn Sawersという人で、中東の専門家としてブレアが期待を込めて戦後のイラクに送り込んだ人だった。

彼の仕事は、その頃のアメリカの代表であったJay Garnerらと協力してイラクを建て直すことにあった。そのSawersがブレアを始めとする政府要人に宛てたメモのことが書いてあって「ガーナーの組織は、信じられないほどひどい混乱状態です。リーダーシップなし、戦略なし、構造なし・・・普通のイラクの人々にとっては近寄れない組織」(Garner's outfit is an unbelievable mess. No leadership, no strategy, no coordination, no structure, and inaccessible to ordinary Iraqis)とこき下ろしています。

COBRA IIによると、英国政府の中でも軍事専門家たちは、アメリカの戦後計画について疑問をもっている人が多かったのに、ブレア内閣全体としては、それなりに確信を持っていたのだそうです。ただその「確信」も「信頼」をベースにしたものであって、専門的・技術的な裏づけがあったわけではない。ブレア首相との会合において当時のジャック・ストロー英国外相が、「アメリカがイラクに侵攻し、これを占領しようとするからには、戦争に勝った後の計画がきっちりあるという自信があるってことですよ」(the United States would not take momentous step of invading and occupying Iraq unless it was persuaded that it had a winning plan…)と主張したのだそうです。

  • Patey大使のメモはブレア首相、ベケット外相、国防大臣、下院議長あてにconfidentialとして送られたもので、ウエブサイトにはBBCの記者が「それを見てしまった(he has seen it)」としか書いてありません。しかし誰かが意識的にリークでもしない限り見ることはできないですよね、普通は。ひょっとして大使本人かも?!
  • COBRA IIという本についてですが、筆者はMichael R Gordon and Bernard E Trainor。前者がNY Timesの記者です。出版元はPantheon Booksです。
2)アメリカがイスラエルを支持する背景


レバノン情勢をめぐってイスラエルに対する国際的な世論が厳しくなっている、と日本や英国のメディアでは伝えられています。その際に必ず報道されるのが、アメリカによるイスラエル寄りの政策で、アメリカさえ態度を変えれば事態は「好転」するのに・・・という意見が英国のメディアなどでは聞かれます。

そもそもアメリカは何故イスラエル寄りなのか・・・正直言ってその辺りのことが私には不可解でありました。アメリカ人が(ヨーロッパ人に比べると)殆どファナティックと言っていいほどに熱心なクリスチャンが多い。しかし昔映画などで見た、アメリカ南部のKKKのような人種差別集団はクリスチャンであると同時にユダヤ人に対しても偏見を持っていたはず、と思ったのですが。

というわけで8月3日付けのThe Economistが、レバノン情勢に関連してWhy America gives Israel its unconditional support(アメリカは何故イスラエルに無条件サポートを与えるのか)という記事を掲載しており、私としても興味深く読んでみたわけです。

まずはアメリカ人がどの程度イスラエル寄りなのかを示す諸々の数字から紹介すると、7月末にUSA Today紙が行った調査によると、80%のアメリカ人がレバノン情勢に関する限りイスラエルを支持しています。現在の混乱の原因がヒズボラにあると答えた人は53%、イランにあるとした人が39%、でイスラエルにあるとする人はわずか15%となっています。

また別の世論調査ではパレスチナ問題について聞いているのですが、48%のアメリカ人がイスラエルに同情するとしているのに対して、パレスチナに同情と答えた人は13%にとどまっている。スペイン人に同じ質問をすると「イスラエルに同情」とする人は9%しかいないのに、パレスチナに同情する人は32%にのぼっている。

これらの調査は普通の人を対象にしたものですが、政治家の世界などでもアメリカではイスラエル寄りが多いらしく、The Economistではヒラリー・クリントンでさえもイスラエル支持者の集会で演説していると伝えています。

アメリカ政治の世界でイスラエル支持者が多い理由としてThe Economistは二つの勢力が強いことを挙げています。一つは、よく言われる「ユダヤ・ロビー」といわれるもので、会員10万人、スタッフ数200人を擁するAIPACという政治組織です。銃規制反対で有名なNational Rifle Associationよりも強いとされています。

もう一つの勢力として挙げられているのが、いわゆるキリスト教右派(Christian right)の勢力。熱狂的な宣教師は普通のアメリカ人よりもイスラエルびいきで、半数以上の宣教師が「強く」イスラエルを支持するとしているそうです。またアメリカ人ででイスラエルを支持する人の3分の1が宗教的な理由によるもので、アメリカ人の5人に2人が「イスラエルの土地は神によってユダヤ人に与えられたものだ」と考えており、3人に1人が「イスラエル国家の樹立が神の再来(Second Coming)への一歩前進と考えているのだそうです。

このようにアメリカ世論がイスラエル寄りになる背景として、The Economistでは9・11後のアメリカ人の心理があって、「イスラム過激派と戦うイスラエル」との連帯感のようなものがあるとしています。しかしおそらく最大の理由は「文化的」なものだろうとされている。イスラエルは(中東という)専制国家の海の中で健気にも民主主義(plucky democracy)を守っているのだから、自衛のための戦いは当然というわけです。この点で、ヨーロッパ人はイスラエルを「ナショナリズムからミリタリズム」へと回帰する国という見方をしているのがアメリカ人とは違う、とThe Economistは言っています。

ナショナリズムとミリタリズムの結合という点では、アメリカ人もヨーロッパ人に比べると軍事力に頼りすぎる傾向にある。ドイツの機関が昨年行った調査では「場合によっては正義の戦争が必要だ」という意見にアメリカ人の42%が「強く賛成」と答えたのに対して、ヨーロッパの数字は11%であったそうです。また別の調査ではアメリカ人とイスラエル人の66%が先制攻撃の正当性を認めているのだとか(ヨーロッパでは比較にならないくらいに低い)。

というわけで、アメリカではイスラエル寄りの意見が圧倒的であり、イスラエルによる攻撃でレバノンの市民が犠牲になっていることを受けて、さすがにイスラエルの行為を疑問視する声が少しは出て来ているものの「まだまだとるに足らない」(A few cracks are starting to appear. But they are still insignificant in the mighty edifice of support)ものにとどまっている、というのがThe Economistの結論です。

3)「アメリカとの特別な関係」は英国の自己欺瞞?


We've got enough pollution around here already without Harold coming over with his fly open... peeing all over me.(ただでさえこの辺は汚れてるってのにさ、ハロルドのヤツがズボンの前も閉めずに来てさ、このオレにションベンでもかけようってか?)

和文の方は私の意訳でありますが、この言葉を吐いたのはアメリカのジョンソン大統領で、1965年のことなのだとか。で、ここでいうHaroldが誰なのかというと、Harold Wilson英国首相です。ウィルソン首相のアメリカ公式訪問を前にジョンソンが側近に語った言葉なのだそうです。最近のThe Spectatorに出ていたRod Liddleという人のエッセイ(タイトルはSorry, there is no special relationship)に書いてあります。ここで言うspecial relationshipが英国とアメリカの関係にあることは言うまでもありません。

「英国人は、英米関係は特別だと思いたがっているし、アメリカの政治家はみんなそう言う。しかし実はそのような「特別な関係」はなく、英国側の幻想にすぎない」というのがエッセイのテーマとなっています。

ジョンソン大統領が冒頭に紹介したコメントを言ったとされる1965年と言えばベトナム戦争でにっちもさっちもいかなくなっていた頃のことですよね。ヨーロッパでは反米機運が高まっていたのですが、ベトナム戦争についての英国政府の姿勢は「直接かかわるのはごめんだ」というもので、とりあえず重要な同盟国なんだから「モラル上のサポートを与える(give moral support to our major ally)」にとどまっていた。

当時の反米・反戦の機運を考えるとmoral support(つまり殆ど口だけの支持)でさえも感謝してもらいたいというのが、英国政府の感覚であった。しかしジョンソン大統領が英国に期待したのは、「ちゃんとしたかかわり」(proper commitment)、即ち軍隊を派遣するってことだった。だからこそ最初の「ションベン発言」に繋がった(とRod Liddleは言っています)。1965年からさらに9年前の1956年にエジプトのスエズ運河を巡って英仏軍が攻撃するという事件があったのですが、その時にアメリカのダレス国務長官が国連で演説し「英仏の攻撃はとても支持できない」と発言した。

「要するにアメリカは常に自国の利益に即してプラグマチックな考え方で動いたのに対して、英国はというとモラル的に臆病であると同時に自国の利益にも反するような動きをしたのだ。英国は、まさにいわゆる"特別な関係"を維持することを目的として動いたのであるが、英米関係は"相互性のない関係"というのが実体なのだ」( the US behaved as it always does--with pragmatism and self-interest--and Britain behaved with moral cowardice and against our self-interest, in order to preserve that "special relationship". It is a relationship entirely bereft of reciprocity.)ということなのだそうです。

Rod Liddleによると、ウィルソン首相はアメリカのベトナムからの撤退について何らの影響力を行使できなかったのと同様に、ブレア首相もまたイラク戦争が不必要であることで、ブッシュ大統領に対して影響力を振るうことが出来なかった、となる。つまり筆者はブレアさんが、当初はイラク戦争は不必要と考えていたと主張しているわけです。

次に1982年のフォークランド紛争。あのときも英国領土を違法に占領したアルゼンチンに対して強硬な姿勢を示したサッチャー政権であったが、アメリカはそれを支持するどころか、「紛争は外交交渉で解決するべきだ」と主張した。フォークランド紛争が終わったと思ったら、今度はアメリカが英連邦の一員であるグレナダに侵攻してサッチャー首相や女王にまでも不愉快(annoyance)な思いをさせた・・・。

Rod Liddleはまた、北アイルランド問題に対するアメリカの姿勢についても触れています。マギー(サッチャー首相)とロン(レーガン大統領)が、他に例を見ないような「特別な関係」にあったときでさえも、アメリカは渡米したIRAのテロリストを返還することをしなかった。どころかIRAによるテロ活動が続いている最中でも、IRA関連の組織がアメリカ国内で資金集めをすることを止めなかった、というわけであります。

「アメリカは、あくまでもプラグマティズムと自己利益、あるいはアメリカが道徳的に正しいと思う動機を基本にして動いているのであり、これはどの独立国家でもそうすべきことなのである(the US acts precisely as any sovereign country should ? either out of pragmatism and self-interest or what it believes to be the morally compelling course of action)」ということで、「アメリカは英国の言うコトに半分程度の耳を傾けることはあるかもしれないが、結局は無視することになるだろう」というのが、Rod Liddleの意見です。

最近、英国内行われた世論調査では「ブレア政府は余りにもアメリカ寄りすぎる」と考えている人が63%に上っているし、レバノン情勢については、イスラエルのヒズボラに対する攻撃は「度を越している」(disproportionate)と考える英国人が圧倒的に多いし、英国政府もそのように考えているようではある。しかしそれがアメリカの政策に影響を与える可能性はゼロだろう、ということで、Rod Liddleのエッセイは次のような文章で終わっています。

「(英国とアメリカの間には)そもそも普通の人が考えるような意味での"特別な関係"などというものはないのである。我々英国人は余りにも長い間、自分を欺いてきたのである(There is no such thing as a special relationship, in the terms which most people might understand it. We have kidded ourselves for too long)

  • このエッセイを読んでいて「英国人もそんなことを思っているのか?」と思ってしまいました。私の言う「そんなこと」には二つあって、一つは「特別な関係」などというものを少しでも信じているということであり、もう一つは、英国のインテリでさえもWe have kidded ourselves for too longなどということを、今さら言うのかという驚きであります。尤もアメリカとの「特別な関係」にこだわる点では、日本はもっと凄いんじゃありませんか?
  • イラク戦争が始まった時に、日本のメディアでは「アメリカにモノを言い、影響力を駆使する英国」ということで、ブレアさんのことを誉めそやす記事が非常に多かったと記憶しています。あれは事実であったのでしょうか?私、現在Cobra IIという本を読んでおります。New York Timesの記者が書いたもので、ブッシュさんらがどのようにしてイラク戦争開始を決めていったかについてのドキュメンタリーなのですが、それを読む限りにおいては、英国の意見やアドバイスなんて全く話題にもなっていない、という感じです。ましてや日本なんて、小泉さんの名前も出てこない。

4)小泉さんは戦争を美化している?


日本記者クラブのようなところでお世話になっていると、いろいろと面白い人の面白い意見に接することができるのが「役得」であります。最近の例を一人紹介します。サム・ジェームソンというアメリカ人のジャーナリストで、滞日40年、かつてはロサンゼルス・タイムズの東京支局長を務めていた人物です。この人が記者クラブで「小泉政治の5年間振り返る」というテーマで話しをしたのですが、スピーチの中で「小泉さんは戦争を美化しているのではないか」というくだりがありました。

彼が問題にしているのは、8月15日の東京・武道館の全国戦没者追悼式における小泉さんのスピーチで、同じ行事における天皇陛下の挨拶との比較で語っています。ちょっと長くて申し訳ないけれど、2005年の挨拶の問題の個所だけ書き抜いてみると:

小泉さんの挨拶
先の大戦では、多くの方々が、祖国を思い、家族を案じつつ、心ならずも戦場に散り、戦禍に倒れ、あるいは戦後遠い異境の地に亡くなられました。この尊い犠牲の上に、今日の平和は成り立っていることに思いを致し、衷心からの感謝と敬意を捧(ささ)げます。

天皇陛下の挨拶
さきの大戦においてかけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。終戦以来既に60年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。

ジェームソンが問題にしているのは、小泉さんの挨拶の中の「この尊い犠牲の上に、今日の平和は成り立っている」という部分です。ジェームソンによると、小泉さんは「戦争の犠牲者」と「今日の平和」の間に関連があるかのように言っており、これは「感情的」であり「彼(小泉さん)のいうことには無理があるだけではなくて、戦争そのものをいささか美化しているのではないかという感じがするのです」と述べています。

それに対して天皇陛下の場合は、「かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします」と述べたうえで、話題を変えて「今日の我が国の平和と繁栄・・・」とされている。つまり戦争の犠牲者と今日の平和や繁栄の間にラインを引いているというわけです。

ただジェームソンは太平洋戦争で犠牲になった兵士たちのことを悪く言うというつもりはまったくない。彼によるとアメリカによるベトナム戦争は悪い戦争ではあったが、戦争を行った責任者は咎められても、そこで戦った兵士たちは尊敬すべきだ、というわけで、次のように述べています。

「私としては、その戦争に意味があったということでなければ兵士を尊敬できないというような考え方には、絶対賛成できないのです。それが悪い戦争、侵略の戦争であったとしても、兵士の損失、すなわち犠牲になった命に対して敬意を払うというのは当然ですよ。でも、戦争そのものを正当化する必要はないということだと思います」

ジェームソンは上の小泉さんと天皇陛下の挨拶を日本の新聞記者に見せて意見を聞いたのですが、誰もそのことに気がつかなかったらしい。というわけで「いかに日本人が言葉を重んじない国民 であるかということを示していると思う」と述べております。

  • 私も彼に言われてから初めて「そういうことも言えるかな・・・」という気持ちでありました。はっきり言って、この種の挨拶なんか気にしたことなかったですからね。ジェームソンのスピーチの詳細は日本記者クラブのウェブサイトに掲載されており、ここをクリックすると読むことが出来ます。
5)『キメラ:満州国の肖像』のショック


むささびジャーナルをお受取りの皆様の中で、「満州」という言葉について個人的な想いとかつながりなどをお持ちの方は何人くらいおいでですか?例えば親戚に満州生まれの人がいる、自分は満州からの引揚者だ、学校の先生が・・・という具合にです。私はというと全くありません。父親は徴兵はされたけれど外国へ行ったことはなかったし、親戚でも満州と関係ある人は知らない。

にもかかわらず、最近知り合いから勧められて読んだ『キメラ:満州国の肖像』(山室信一著:中公新書960円)という本にはかなりのショックを受けました。「1932年3月、中国東北地方に忽然と出現し、わずか13年5ヵ月後に姿を消した国家」である満州国の成立過程から没落までを丹念に調べて報告しているのですが、私にとっての驚きの一つは、著者が1951年生まれで、私よりも10歳も若い人であるということでした。私(1941年生まれ)でさえも満州国などには全くの無縁・無関心であったのに、戦後生まれの著者がいろいろな文献を基にこの本を通じて満州国について教えてくれているわけです。いわゆる「告発本」ではなく、むしろ学術書のような感じなので余計に説得力があります。

満州国について、ネット百科事典のWikipediaは次のように定義しています。

満州国(満洲国、まんしゅうこく、Manchukuo)は、1932年から1945年の間、満州(現在の中華人民共和国東北地区および内モンゴル自治区北東部)に存在した国家で、その建国には日本の関東軍が大きく係わっており、今日では日本本土及び当時支配下だった朝鮮半島の防衛と大陸での権益確保のために作った傀儡国家と見なすのが一般的である。第二次世界大戦(大東亜戦争)での日本の敗戦とともに消滅した。

要するに当時の日本人が、あろうことか中国まで出かけて行って独立国家を作ってしまったということですが、そこには朝鮮族、漢族はいうまでもなく、モンゴル族だの満州族だのといろいろな民族が混在していた。そこでは日本人(大和民族)を頂点とする階級社会が厳然として存在していたのだそうです。とにかく食べ物からして違う。日本人は米を食べ、朝鮮族は米と高粱(コーリャン)、漢族や満州族は高粱だけ・・・それを証言する文献まであるのだからどうしようもない。

で、何故当時の日本人が満州国などというものを作ってしまったのか?ということについては、歴史の教科書を読むか、Wikipediaを読んでもらうしかない。むしろむささびジャーナルとしては、当時の日本の指導者たちが、異なる民族が平和裏に共存する「民族協和」を実現しようという大いなる理想と夢をもって満州国の建国に力を尽くしたのだということを強調しておきたいわけです。この本によると満州国は「欧米の帝国主義を拝してアジアに理想国家を建設する運動の場であった、満州国建設は一種のユートピア実現の試みでもあった」と考える人が今でもいるんだそうです。

つまり「理想」はよかったのに、現実はまずかったということなのですが、著者の山室信一さんはその辺りのことを次のように書いています。

たしかに複合民族国家満州国での歴史的体験は、日本人が初めて大規模にかかわった人種、言語、価値観の異なる人たちと共存していくという多民族社会形成の試みであった。しかし、そこで現実に行なわれたことは、異質なものの共存をめざすのではなく、同質性への服従をもって協和の達成された社会とみなすことであった。

著者はまた「真の民族協和」とは、異なる民族や文化が衝突や摩擦を引き起こしながらも、そのぶつかり合いが発する火花のようなもの(スパークス)を活力源として、新たな文化を形成していくことによって、もたらされるのだろうとして、次ぎのように言っています。

そうであるとするならば、自らを他民族に文明と規律を与える者という高みに置いた日本人、多様性を無秩序と捉える日本人によって達成されるはずもなかったのである。

満州国を肯定的に考えた人の代表格とも言えるのが、40年以上も前に首相だった岸信介さんで、満州国は「ユニークな近代的国家つくりであった。直接これに参加した人が、至純な情熱を傾注した」と言っている。岸信介さんは安部晋三さんの「お祖父さん」だったっけ?この人は満州国で役人をやっていたのだそうです。

  • 『キメラ:満州国の肖像』は非常に文献引用が多いので、とっつきにくいことおびただしいけれど、我慢して読んでいくうちに、当時の日本人が中国へ出かけて行って、実にとんでもないことをしてくれたのだということが分かってくる。やった本人たちは「素晴しい理想に燃えていた」というのだから余計に始末が悪い。
  • この本については、満州国肯定派からの批判はかなりあるのだそうです。理想そのものは悪くない・・・というわけですが、外国まで出かけて行って自分の「理想」を実現しようとする厚かましさだけでも落第ですよね。さらにこれら「理想主義者」は、アジアに進出して傲慢に振舞う、米国、英国、フランス、オランダのような「西欧列強」に対する「アジアの戦い」という意識もあった。つまり西欧コンプレックスですね。『国家の品格』とどこか似ている。
6)短信

エルビスのテディベアが哀れな最期

英国のサマセットという町で行われたテディベアの展覧会で、エルビス・プレスリーが愛用していたテディベアが、こともあろうに展覧会の番犬に雇われたはずのドーベルマンによって食いちぎられてしまった。飼い主が鎖をはずしたとき、何故か急にこのテディベアに襲いかかってしまったのだとか。このテディベアはSir Benjamin Sladeという人が、メンフィスのオークションで4万ポンド(約800万円?)払って手に入れたもので、今回の展覧会における目玉であったのだとか。悲報を聞いたSir Benjaminは当然のことながらカンカン。展覧会主催者が謝りに出向いたのですが「ただ怒鳴られただけでした(he just yelled at me)」とのこと。ドーベルマンの持ち主によると「このテディベアが余りにも注目を浴びているので嫉妬したのではないか」と語っているそうです。

●信じられないハナシですね。テディベアに800万円も払う人がいるってことが、です。飼い主のコメントとして「He's never done anything like this before(こんなことこれまでやったことないんです)」というのがあるんですが、こんなこと言われると被害者としては余計に腹が立つんですよ。このテディベア、ひょっとするとエルビスの縁で小泉さんが買うかもしれない・・・。ダメモトで聞いてみたら!?

北極の氷でビール

グリーンランドのビール会社が、北極の氷山の氷を使ったビールを売り出すそうです。BBCの報道によるととりあえずは6万6000リットルのビールがデンマークの市場で売られることになっています。アルコール5・5%の黒ビールで、0・5リットルで3・4ポンド(約700円)。「2000年前の氷」を使ったビールなんだとか。メーカーでは年間40万リットル程度の生産能力があるとして、当面はデンマークで売ることになるが、将来はドイツやアメリカの市場も狙いたいとしています。

●よく知らないけれど0・5リットルで700円というのはちょっと高いんじゃありませんか?いくら2000年前の水だと言っても・・・。

水鉄砲による暗殺ごっこ?

水鉄砲暗殺トーナメントなる「遊び」が、ニューヨーク、ウィーンなどの町で流行しており、どうやらロンドンでも現在進行中らしい。警察当局では「参加者は処罰の対象になる」と警告しているのだそうです。ネットで応募した参加者は主催者から、暗殺相手の顔写真、住所、名前などを教えられる。それを見つけ出して、水鉄砲で顔に水をかける・・・たったそれだけのことなのでありますが、昨年のロンドン・テロの記憶が生々しい中で、ホンモノのピストルにも見える水鉄砲を手に持って地下鉄などに乗られたら乗客の恐怖を呼び覚まし、混乱のもとになる・・・というのが警察の言い分で、「実に無責任な遊びだ」と非難しています。ロンドンでは7月24日から3週間の予定で行われているらしいけれど、警察当局からの警告に対して主催者からの反応はいまのところゼロだそうです。

●なるほど、ゲームとしてはオモロイな、これ。ただ地下鉄の中でいきなり水鉄砲による打ち合いが始まったら・・・と考えるとオモロイとも言っていられないかもな。東京には上陸しているんでしょうか?

7)むささびの鳴き声


●レバノン情勢については、英国内における意見が極端に分かれているようですが、頻繁に出て来るのがdisproportionateという英語です。「不釣合い」ということで、兵隊を数人拉致されたことへの報復にしてはやりすぎなのではないか・・・というイスラエルの批判の中で使われます。反対語はproportionateですが、イスラエル支持派の中には「イランやシリアに勝手なことをさせないためには、このくらいのことはやって当然(つまりproportionate)」という勇ましい評論家もいます。

●ただこの問題でもThe Economistの社説は理屈が合っている気がします。つまり「アメリカがイスラエルに圧力をかけて止めさせるべき」というニュアンスなのですが、このままイスラエルの肩を持つような形で進んでいくと、アラブ諸国内の反米感情がこれまで以上に高まるだろうということで、特にイラクの人々の間における反米感情の高まりを警戒すべきだと言っています。 ご存知のとおりヒズボラもイランもイラクの主流派もいわゆる「シーア派」です。

●8月15日には小泉さんが「個人の自由」で靖国にお参りすると言われています。この人、私より一つだけとはいえ年下なんですね。「個人の自由」だというので、行くのであれば勝手に行かせりゃいいじゃありませんか?ただあの年で「靖国」にこだわるアタマはどうなってんの?と疑いたくはなる。

●どうせ辞めちゃう首相のことなど、どうでもいい。それより、「天皇メモ」のスクープに絡んで、日経新聞に火炎ビンを投げ込んだという、あの事件。ちゃんとフォローして調査・報道してください。右翼の問答無用ほど気味の悪いものはない。それを封じ込めることができるのは唯一「普通の世論」だけ。つまりテレビが作る「世論」だけだと思います。

●本日は原爆記念日。酷暑がいつまで続くのか分かりませんが、お体を大切に。

 

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