国防長官が諸悪の根元?
アメリカのWashington Post紙のジャーナリスト、Bob Woodwardが書いたSTATE OF DENIAL(発行元:Simon
& Schuster)という本は、ブッシュ政権によるイラク戦争の遂行と現在も続いている「戦後」への取組みを追跡したドキュメンタリーです。この記者ははるか昔、ニクソン大統領のWatergate
scandalの一部始終をスクープしたAll the President's Menという本で有名になった人です。
State of Denialで主人公扱いされているのが、つい最近解任されたラムズフェルド国防長官で、ニュアンスとしてはこの人が「諸悪の根源」という感じで書かれています。この人は、現在のブッシュ政権ができたとき(2001年)に国防長官に任命されたのですが、それ以前にもフォード政権(1975年)でも国防長官を務めたことがある。フォード政権下では史上最年少(43才)、ブッシュ政権では史上最年長(68才)の国防長官になった人です。
State of Denialによると、ラムズフェルドが国防長官として最も力をいれたのが、効率的な国防省(ペンタゴン)の運営で、イラク戦争の遂行にあたっても、少ない兵力で短期戦を主張して、大量の兵力で短期戦を、という当時のパウエル国務長官らと対立したとされています。最終的には国防省内部からこの人に対する不満が噴出して辞任に追い込まれたのですが、嫌われた大きな理由として、何でもかんでも自分の管理下におきたがるという性癖があったようです。その最たるものが、戦争後のイラクの安定化を国防省が主導すると言い張ったことにある。パウエル国務長官は、それは国務省の仕事だと主張したのですが、ラムズフェルドの主張が通ってしまった。
ブッシュ政権の2期目(現在)発足にあたって、パウエル国務長官が退任し、大統領特別補佐官であったコンドリーサ・ライスが国務長官に就任する一方、ラムズフェルドはそのまま国防長官として留任してしまったのですが、その際、パウエル国務長官の下で国務副長官をやっていたリチャード・アーミテージがライスに代わって大統領特別補佐官になるように要請された。アーミテージはこれを断ったのですが、その理由として「パウエル氏を解任して、ラムズフェルドを留任させるような政権には協力できない」(I
just don't know how I can work in an administration that lets Secretary
Powell walk and keeps Mr Rumsfeld)と言ったのだそうです。
キッシンジャーのアドバイス
ところでブッシュ政権がイラクも含めた外交政策について、最も頻繁にアドバイスを求めた人物がヘンリー・キッシンジャーなのだそうです。この人は元国務長官であるばかりでなく、ニクソン大統領の特別補佐官をやっていた人物で、Bob
Woodwardによるとブッシュさんの外交政策に目に見えない影響力を持っており、余り外部の人間からアドバイスを求めることをしなかったブッシュさんですが、キッシンジャーだけは別格だった。(ちなみにブッシュとこの人とのミーティングも「自分がセットした」とラムズフェルドは言っているのだそうです。)
キッシンジャーのアタマの中には常にベトナム戦争の体験があるわけですが「アメリカがベトナム戦争に負けたのは、議会と国民の決意が弱かったからだ」ということで、「実はアメリカは1972年の時点であの戦争には勝っていた」(the
United States had essentally won the war in 1972)というのが彼の主張であった。昨年(2005年)8月12日付のWashington
Post紙への寄稿文の中で、キッシンジャーは、アメリカにとって唯一の「出口戦略」(exit
strategy)のようなものがあるとすれば、イラクの内乱分子に勝利すること以外にはない(Victory
over the insurgency is the only meaningful exit strategy)と主張している。彼によるとアメリカの議会や国民の間には「困難を避けたがる文化(American
culture of avoiding hardship)」があり、ブッシュはイラクにおいてのみならず、アメリカ国内においても断固たる姿勢を貫くことが必要であるというわけです。
キッシンジャーはブッシュ政府のアドバイザーに対して、彼がニクソン大統領に提出した「塩つきピーナッツ・メモ」(salted
peanut memo)なるもののコピーを手渡した。1969年9月10日付のメモで、次のようなことが書かれていたのだそうです。
(ベトナムからの)米軍撤退はアメリカ国民にとって塩つきピーナッツのようなものになるだろう。米軍がアメリカに帰還すればするほど、もっと帰還すべきだという声が高まる。(Withdrawal
of US troops will become like salted peanuts to the American public;
the more US troops come home, the more will be demanded)
キッシンジャーがこのメモのコピーをブッシュ政府のアドバイザーに提供したのは、2005年9月のこと。塩つきピーナッツは食べれば食べるだけ、もっと食べたくなる・・・撤退も同じことだというわけです。この当時、アメリカでは戦争の「ベトナム化」(Vietnamization)ということが言われていた。つまり北ベトナム軍との戦いは、アメリカ軍がやるのではなくて、南ベトナム軍に肩代わりさせるべきだ、という議論です。実は同じことがイラク戦争についても言われていたわけで、キッシンジャーはそれに対する警告として、このメモを提供したのだそうです。
キッシンジャーがイラク戦争を支持した理由は9・11に対する対応として「アフガニスタンだけでは足りない」からであったそうで、イスラム過激派との戦いはタリバンをやっつける程度で終わってはならない。イラク戦争の目的は、彼らに対して大規模な形で教訓を与えることにある。徹底的にやっつけることにある、というわけで、キッシンジャーは、戦争の遂行についてブッシュ政府がぐらぐらしていることを憂慮しており、彼のベトナム体験からすると、「徹底的にやりぬくっきゃない」(stick
it out)ということになる。
大量破壊兵器を持っているふりをしたかった・・・
アメリカと英国がイラク攻撃を行うに当たって、その最大の理由としたのが、サダム・フセインが大量破壊兵器(Weapons of Mass
Destrcution: WMD)を所有しているということだった。ブレアさんなどは「サダムは45分以内にWMDを発射できる」とまで言い切ったわけですね。これが結局存在しなかったのですが、アメリカ政府から要請でWMDを見つけるために派遣されたDavid
Kayという核査察の専門家が、ブッシュ大統領に呼ばれて聞かれたのは「WMDが本当にないのであれば、何故、サダムは最初から全てをオープンにしなかったのか?」ということだった。
これに対してKay氏は次のように答えたそうです。
サダム・フセインはまさかアメリカ軍が本当に攻めてくるとは思わなかったのではないか。彼がアメリカ軍よりも恐れていたのは、国内のシーア派やクルド人たちの動きだったはずだであるが、シーア派やクルド人は、サダムがWMDを所有しているということを最も恐れていたのだ。(Saddam
never believed the US would actually invade. But more important,
more than he feared the US, he feared Shiites and Kurds who lived
in Iraq. He knew that they in turn feared him because they thought
he had WMD)
つまりフセイン大統領としては、国内にいる敵に恐怖心を持たせるために、WMDを持っているふりをする必要があったということです。David
Kayはさらに次のように語っています。
一般的に言って、独裁政権が最も恐れるのは外敵ではなく自国民である、ということを分かる必要がある。それが独裁政権というものの歴史なのだ。そこのところを我々は見誤ったのだ。(You
know, as you have to recognize, totalitarian regimes generally
end up fearing their own people more than they fear external threats.
It's just the history of totalitarian regimes. We missed that.)
Bob Woodward記者はState of Denialを「ブッシュは勇ましいトークと楽観主義を振りまきはしたが、イラクの現状についてアメリカ国民に真実を告げることはしなかった。(With
all Bush's upbeat talk and optimism, he had not told the American
public the truth about what Iraq had become)」という文章で締めくくっています。
- State of Denialは今年(2006年)の春に出たものなので、ひょっとすると、まだ日本語版が出ていないかもしれません。が、登場人物間の会話が非常に多く、ドキュメンタリー映画を観ているような臨場感を持たせてくれます。ある集会で「イラク人の被害者の数はどのくらいなのか?」と聞かれたブッシュ大統領の答えは「大体3万人ってところ(I
would say 30,000, more or less)です」。しかしアメリカ兵の犠牲者数については「大体2140人(We
have lost about 2,140)」と答えている。実際の数は2,144人だったのですが、Bob Woodward記者は「アメリカ人の犠牲者数については、かなり正確に答えているのに、イラク人についてはmore
or lessかと批判的に報道しています。
- この本を読んでいて意外な気がしたのは、ブレア首相が殆ど登場しないということです。たった2ヶ所だった。舞台が主としてホワイトハウスとバグダッドなのだから仕方ないのかもしれませんが、それにしても登場人物の会話の中にさえ出てこない。ブッシュさんたちにとって、イラク戦争はまさに「アメリカの・アメリカによる・アメリカのための戦争」であったということでしょうね。日本?出てくるのは、第二次世界大戦における米軍による占領の見本としては2ヶ所ほど出てきますが、小泉さんだのサマワの自衛隊だのについては、まったく・・・。
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