「道路有料制」の論議もさることながら、そもそも首相官邸のウェブサイトがこのような「署名活動(petitions)」の場として使われることが望ましいことなのかということについても問題になっています。このシステムは2006年11月から始まったものですが、http://petitions.pm.gov.uk/に出ているように、首相宛て署名活動をやりたいテーマを官邸のサイトに登録すると、署名活動と認められ、誰でも署名に参加することが出来る。実際これまでに3000件に近い「署名テーマ」が提案されているそうです。道路有料制度導入反対の署名もその一つです。
で、これを例にとると、まず次のような文章がサイトに掲載されています。
The
idea of tracking every vehicle at all times is sinister
and wrong. Road pricing is already here with the high level
of taxation on fuel. The more you travel - the more tax
you pay.It will be an unfair tax on those who live apart
from families and poorer people who will not be able to
afford the high monthly costs. Please Mr Blair - forget
about road pricing and concentrate on improving our roads
to reduce congestion.
全てのクルマを追跡しようというこのアイデアは意図もよくないし間違っております。道路有料制はすでに高いガソリン税というかたちで実施されていると言ってもいいものです。クルマを運転すればするほど税金を払わなければならないということ制度は、ファミリーから遠く離れて暮らしている者や毎月そのような料金を支払うことができない貧困者にとっては不公正であります。
ブレア様、道路有料制はないものとして、交通渋滞緩和に取り組んでください。
で、この主張に賛成の人は
We the
undersigned petition the Prime Minister to Scrap...(署名者である我々は首相が・・・を廃止することを請願する)
というできあいの メールを送ると、それで反対の署名をしたことになる。道路有料制に関しては約180万の人が「署名」をしたわけです。BBCのサイトによると、このe-democracyは首相官邸からの要望で、あるNPOが思いついたものらしい。29歳になるこのNPOの関係者は「参加型民主主義」のやり方の一つであり、「署名」はいわゆる世論調査と異なり、世論の動向を示すものではないけれど、政治家に対して問題の所在を認識させるという役割を果たしている、と言っています。
もちろんメールによる署名だから一人で何通も送った場合は、それをチェックするシステムになっているのですが、一人でいくつもメールアドレスを持っていれば、一人で複数の署名は可能であるといったような欠点は承知のうえなのですが、道路有料制に関しては組織票めいたものとか、ウィルスによる妨害のようなものはなかった、とこのNPOは言っています。
が、当然反対意見もあります。例えば2月17日付けのThe Economistは、署名は、シングルテーマのキャンペーンを奨励し、複雑な思考を要するイシューに単純な賛成・反対という態度でアプローチしてしまうと言っており、「人々を政治に参加させるやり方として最悪の方法の一つ」(one
of the worst possible ways of drawing the public into the
political process)だと言っています。またブレア首相がやっているのは「国民の意見に耳を傾ける政府(listening
government)」のふりをしているにすぎないとこきおろしています。
これまでの署名活動と決定的に違う点は、これを受け取ったブレアさんのような人が、参加者に直接返事が出来ることです。この点について、これを思いついたNPO関係者は次のように積極的にコメントしています。
That's
historically unprecedented. For decades petitions have been
given to Number 10 but it was too expensive to write replies
back to tell them and it was instead done through the headlines
of newspapers, which have their own agendas. Now if the
petition is big or small, the government can send back messages
directly.
(首相が直接返事ができるということは)歴史上かつてなかったことだ。これまでは署名は首相官邸に届けられてきたが、それに返事をすることはコストの関係で出来なかった。署名への返答はもっぱら新聞を通じて行わざるを得なかったが、新聞にはそれぞれの見解があり、それを基にした扱いをされてきた。e-petitionでは、署名活動の大小にかかわらす政府が直接返答することができるのだ。
また世論調査機関であるMORIの関係者は次のようにコメントしています。
It could
mark a new phase in British democracy. It's not the death
of Parliament but it's a gentle movement towards participative
democracy.
(オンライン署名は)英国民主主義の新しい段階を画するものとなりうる。「議会の死」なのではなく、参加型民主主義へのゆっくりとした歩みなのだ。
- この件についての記事とブレアさんの官邸サイトを見ながら、奇妙な時代に生きているのだと考えてしまったのであります、私としては。まず最後に紹介したMORIの関係者のコメントの中の「議会の死を意味するとまでは言わないが」という部分についてですが、180万という「反対署名」を集めておいて、彼らに「返事」という名の「説得工作」ができるのですよ。オンライン署名というブレアさんの発想は「議会の抹殺」を狙ったもの以外のなにものでもないと思いませんか?こんなものがまかり通るのは、どう考えてもおかしい。
- これを日本に当てはめるとよく分かる。例えば、安部さんが、首相官邸のサイトで次のようなメッセージに対する「反対署名」を募集するのです。
安部首相殿:「美しい国」の実現のために君が代を歌わない国民は年金の対象から外し、国旗を掲げることを拒否する教師は直ちにクビにするような法案を作ってください。
- これをメディアを通じてPRすると、「とんでもないことだ」というので「反対意見」が殺到する。その数200万通。メディアは「それみたことか」というので、安部さんの主張は不評だと書き立てる。が、その一方で、安部さんは200万人に対して、自分の「美しい国」哲学を諄々と語るメールを送ることができる。200万人の中の1%が「なるほど安部さんのいうコトも尤もかもな」と意見を変えるかもしれない。それでも2万人です。ウハウハじゃありませんか?
- こんなものがまかり通るのは、どう考えてもおかしい。英国だけのことにしておいて欲しい。
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