musasabi journal
発行:春海二郎・美耶子
第80号 2006年3月19日 

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むささびジャーナルの第80号です。春になりましたね、ようやく。これから約2か月がむささびにとっては一番うれしい季節です。むささびジャーナル、80回目のお付き合い、どうもありがとうございます。

目次

1)コラムニストの安楽死殺人事件
2)ブレアさんの辞めどき?
3)ネットがテレビを抜く
4)若年妊娠が減らない
5)短信
6)編集後記

1)コラムニストの安楽死殺人事件

2月3日付けの英国のBirmingham Mailというタブロイド紙の第一面に、Why I was right to kill my great auntという大きな見出しが躍っています。これは今年67歳になる同紙のコラムニスト(Maureen Messentさんという女性)による特別エッセイのタイトルです。訳すと「自分が大叔母を殺したのは何故正しかったのか?」となる。

このエッセイは「私は自分の大叔母をモルヒネで殺した(I KILLED my great aunt by giving her an overdose of morphine.)」という書き出しで始まっています。「殺した」といっても、普通の殺人ではなく、肺がんで苦しむ大叔母を安楽死させてしまったという「告白」です。今から30年以上も前のことだそうで、Messentさんが40になる前のことということになる。英国では現在は安楽死は認められておらず、このコラムニストは記事発表後に逮捕された。現在は仮釈放の身なのですが、6月には再逮捕されることになっており、警察は「殺人罪」の適用も否定はしていないのだそうです。

彼女の告白はここをクリックすると読むことができますが、彼女によるとこの大叔母は、彼女と二人の弟を育ててくれた「両親以上の存在」であり「彼女の全て(absolutely everything to me)」であった人なのですが、肺がんで苦しむのを見かねて、Messentさんが医者が置いていった大量のモルヒネを投与して殺したのだと言っています。

彼女が今になって、この告白エッセイを書く気になったのは、それによって英国でも安楽死に関する健全な議論が起こることを期待してのことなのだそうです。

彼女はまたラジオのインタビューで「私の行為を殺人と呼ぶ人もいるであろう」としながらも「自分は正しいことをしたと確信して死を迎えるだろう。自分のやったことを後悔したことはまったくない(I will go to my death knowing it was the right thing to do. Never for one minute have I regretted it)」と言っています。

一方、彼女の告白エッセイを掲載したBirmingham Mailは、入稿の時点で彼女の自宅へ編集責任者が赴き、それを掲載することの重大性をディスカッションしたのですが、彼女の熱意を受け入れ掲載を決めたのだそうで。「安楽死の問題は、充分に議論されるべきであり、その問題提起を行った彼女を支持している」と語っています。

Messentさんはカソリック教徒なのだそうですが、告白エッセイは次のような文章で締めくくられています。

「私の行為に怒りを覚える人もいるであろうし、私がやったことは犯罪だと指摘する友人もいるであろう。しかし(そのときの)私は、自分がカソリック教会が言うところの"最も重大な犯罪"犯しているなどとは1分たりとも思わなかったし、大叔母に対して良心の呵責を感じることは全くなかった。やってしまったことは、やってしまったのだ。私は今でも神の御前で"はい、私がやりました"と言うであろう」 I know that some will be angry at me for what I did. Perhaps some friends will even tell me that I have sinned. But it never crossed my mind for a minute that I might be committing one of the greatest sins in the Roman Catholic church. I felt absolutely no remorse about my great aunt. What I did, I did - and I will still go to my God saying: "Yes, I did it."

  • Messentさんの行為について、コメントすることは私にはできません。余りにもことが大きすぎる。ただこの「告白エッセイ」を掲載した新聞の決断については、ウーンと唸ってしまいますね。日本ではついぞお眼にかかることのない類の記事ですからね。彼女は30年以上もコラムを連載しており、よく知られた人なのだそうです。
  • 安楽死と言えばもう一つ。過去において紹介したとは思いますが、大阪で動物保護の活動をしているエリザベス・オリバーという英国人のこと。私より一つか二つ年上だったと思いますが、彼女が愛してやまなかった犬を自分の腕の中で、自らの手で安楽死させたときのことを淡々と書いていましたね。

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2)ブレアさんの辞めどき?

The Economistの最近号(3月18日)が「トニー・ブレアの最後の日々」(The final days of Tony Blair)という社説を掲載しています。ブレアさんは、これまでも次なる総選挙(途中で議会を解散しない限り2009年6月に行われる)では党首として立候補しないと言っており、次なる首相はゴードン・ブラウン現財務相と決まっている(と報道されている)のですが、The Economistの記事は「もし辞めることを考えていないのであれば、そうした方がいい(If Britain's prime minister is not thinking about stepping down, he should be)と、あたかも辞職勧告をしているような調子になっています。

最近の国会でブレア政府提案の教育改革法案(学校の運営を学校に任せようという、どちらかというと民営化風のアイデア)が通ったのですが、労働党内からの反対が強く、保守党議員による支持を得てようやく可決したというわけで、労働党内の求心力のようなものがぐっと落ちたといわれています。

とにかくブレアさんは、昨年の選挙前に4期目の首相にはならないと「公約」しているわけで、問題はいつ辞めるのかということ。The Economistは早ければ今年の夏、政界のコンセンサスとしては来年、ブレアさんの公約は次なる選挙の前と言っています。ブレアさんのこれまでを振り返って同誌は次のような強みと弱みを挙げています。

まずイラク戦争。労働党のみならず英国内全体で最も不人気であったのが、イラク戦争への参加だったけれど、大西洋を挟んでアメリカではブレアさんは圧倒的な人気と賞賛を獲得した首相でもあった。ブレアさんとしては民主的なイラクを完全に樹立し、それを以て自分の政策が正しかったことを宣言した後に辞めたいところですが、現実はそうなっておらず、英国軍も徐々に撤退することに決まっている。

要するにイラクの将来にとってブレア首相という存在は、もうそれほどの影響を与えない存在になっているし、(ブレアさんが好むと好むまいが)イラク問題がブレアの評判に影響を与えるというものでもなくなっている(Like it or not, Iraq's effect on Mr Blair's reputation is already beyond his reach)というわけです。

The Economistによると、ブレアさんの業績として、マーガレット・サッチャーによって始められた「市場経済的改革」をより強固なものにしたこと、そして市場経済の原理を教育の世界に持ち込んだことを評価しています。その例として大学運営にあたって、政府ではなく大学に授業料を決めさせる権限を与えたことを挙げ、これによって大学がアメリカの大学とも競争していく力をつけることができるとしています。また今回、保守党と一緒になって勝ち取った「教育改革法案」も学校間の競争を奨励していると積極的に評価しています。また健康保険制度(NHS)への競争原理の導入などもブレアさんの業績なのだそうです。

ブレアさんがやり残していることとしては、非効率な経営を行っている病院の統合や廃止、エネルギー政策と原子力発電、年金改革等など非常に多い。ブレアさんのように「戦う首相(battling prime minister)」としては、こうしたやり残しにも手をつけ、ある程度、道筋をつけて辞めたいと考えるもの。しかしThe Economistによると、ブレアさんの能力は徐々に落ちており、支持基盤も弱いものになっている。

ブレアさんは国際舞台における評判はまだ高いし、内政面においてもそれなりの成果は挙げている。しかし健康福祉問題を始めとする内政面での改革を、これから2年間で強力に推し進めることが出来るという点に絶対的な自信がある場合においてのみ政権にとどまるべきである。しかしこれまでの「うんざりするような9年間」を考えると、改革を強力に推進するというのは、かなりきつい仕事である、というわけで、The Economistの結論は:

Better, surely, for him to quit while he is still ahead
少しは評判がいいうちに辞めた方がいいに決まっている

でした。ちなみにこの記事は、ブレアさんが教育改革法案の下院通過に当たって、保守党の力を借りたということは、全く悪いことではないとして、現在の英国ではいろいろな分野で「中道路線」(centrist consensus)による政策が求められているとしている点です。「次なる総選挙後は連立政治が英国の政治になることだってある」(After the next general election, coalition politics could well be the name of Britain's game)と言っています。

  • ブレアさんを批判するのに「保守党的だ」という批判は弱いですよね。彼がNew Labour(新しい労働党)というスローガンを掲げた時点で、労働党はかつてのような意味での左派ではなくなって、「進歩的保守党」になったようなものなのだから。私の独断と偏見によると、ブレアさんは事実上新党を作ってしまったようなものですね。
  • 面白いのは彼の新党は、従来のような「社会主義と資本主義の中間=社会民主主義」ではなく、ものの生産を市場経済主義(政府はタッチしない)で、富の分配を社会主義(政府が大いに関与する)でやろうとしたってことですよね。
  • ブレアさんにとって不幸だったのは、やはり9・11と、その延長線上にあるアフガニスタンだのイラクだのにおけるブッシュとの「友情」関係にこだわってしまったってことなのでは?お陰で本当に保守党と変わらなくなってしまった。本当は今ごろ「違う道もあったのでは?」なんて考えているのでは?

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3)ネットがテレビを抜く

最近行われた調査によると、平均的英国人が自宅でインターネットをやる時間は一日164分、テレビを見る時間の148分をついに追い抜いてしまったのだそうです。これを年に直すと41日ってことになる。

この調査は検索サービスのGoogle UKによるものなので、多少ネットに有利になっているってこともあるのかもしれませんが、それにしても仕事を離れたところで一日164分というのは長いんじゃありませんか?日本の場合はどうなっているのか分かりませんが、英国の場合、ネット時間にも地域差があるのだそうで、ロンドン周辺と(何故か)スコットランドの人たちが最も熱心で、一日平均3時間を越える。一番短いのが北西イングランドで、ロンドンよりも平均で40分ほど短いのだそうです。

尤もテレビの視聴率調査機関であるBarbの調べでは、(例えば)今年1月の数字として、一日あたりの平均テレビ視聴時間は238分となっている。ほぼ4時間!これもまた長いですね。

一方、メディアの監視機関であるOfcomの報告書によると、若い人の間におけるテレビ離れが進んでおりまして、「一日に少なくとも15分はテレビを見る」という人の数が、25歳〜34歳では2・5%、25歳以下になると2・9%、それぞれ下降しているのだとかで、これはテレビの歴史始まって以来のことなのだそうです。

  • 皆様は職場以外で、一日どのくらいパソコンの前に坐りますか?私は・・・長いときで2時間、短いときはゼロ。平均で30分〜1時間ってとこか?ただ、それはパソコンの前に坐っているという意味で、インターネットをやっているというわけではない。164分もインターネットをやっているというのは信じられない神経ですね。

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4)若年妊娠が減らない

2月24日付けのDaily Telegraphのサイトによると、英国では若年女性の妊娠件数が増えているのだそうで、この問題については政府も、教育省の中に「10代妊娠対策課(Teenage Pregnancy Unit)」なる組織を設け、1億5000万ポンドも使って取り組んできたにもかかわらず成果が現われていないと伝えられています。

政府が発表した数字によると、14歳以下で妊娠したケースは、2003年で334だったものが、2004年には341件へと増えている。また16歳の女子については13,303件(2003)から13,616(2004)へ、17歳の場合は同時期で20,835から20,921へと増えているのだそうです。政府としては若年妊娠の件数を、98年を基準にして2010年までには半減させたいという目標を立てていたのですが、その達成はかなり難しくなった。

この件についてはいろいろな意見があるようです。Beverly Hughesという子供問題担当大臣は、ティーンエージャーの妊娠率(1000人あたりの妊婦数)は下がっているとして、98年時に比較すると16歳以下の場合で15.2%、18歳以下となると11%低下しており、これは注目に値する低下(significant reduction)であるとしています。

しかしノッティンガム大学のDavid Pationという教授は「若年妊娠の増減を率で見ると減っているのは、イスラム系(若年妊娠は極めて稀)の人々も含めた人口増加にも原因がある」として、「政府が使ったお金は期待したほどの成果をあげていない」と批判的です。

また家庭教育財団(Family Education Trust)の関係者は「アメリカでは性的禁欲・純潔教育を徹底させることで、若年妊娠の件数を大きく減らすことができた。英国政府もアメリカのやり方に学ぶべきだ」と主張しています。

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5)短信

体重がホテル代を決める
ドイツのノルデンという町にOstfrieslandという三ツ星ホテルがあるのですが、ちょっと変わっているのは、宿泊費が客の体重によって決めていること。ちょっとどころか大いに変わっていますよね。1キログラムあたり大体70円なのだそうで、60kgの人は4500円払えば一泊できるってことになる。120kgの人は9000円。で、何だってそんなシステムを採用しているのかというと「痩せている人は長生きする可能性が高い。ということは再びウチにお泊りいただく可能性も高いということ。それに報いるための料金設定です」というのが、オーナーのコメントです。

  • 私はこの記事を読んだとき、太ったお客の方がホテルを傷めやすいので料金が高い、ということなのだと思っておりました。いずれにしても、これは「差別」ってことにならないんですかね。人種差別はracism、性差別はsexism・・・体重差別はweightismですかね。

キルトの中身
スコットランドの民俗衣装にキルトというのがありますね。男性が着ているスカートみたいな、あれ。ご存知の人も多いと思うのですが、キルトの下には何も身につけていないのが普通なのだそうです。つまりスッポンポン。最近、スイスのベーゼルからドイツのデュッセルドルフへ向かう列車の中で、あるスコットランド人が酒に酔って車内レストランのウェイターと料金のことでモメるという事件があって、そのスコットランド人が、あろうことかキルトの前後をまくり上げて、「中身」をお客に見せて回って大騒ぎになった。何せ女性や子供もたくさん見ている中でのことだけに、本人は直ちに途中下車をさせられ警察に連れて行かれた。尤も警察も余りマジメにとらず「鉄道会社が彼に飲食代を請求する以外は特に罰金も請求しない」とおおらかに構えております。

  • ウワサによると、スコットランドの人って、酒癖が悪いってホントですか?それにしても、この人、何を考えてんですかね?いい恥さらし!でも笑ってしまうな。

可愛い子には恥をかかせよう
Shame it!という英語は「恥を知れ」という意味ですよね。世の中には暇人もいるもんで、Shame itというタイトルのホームページを作っている人たちがいる。自分の子供たちが自分の部屋を散らかしっぱなしにすることに業を煮やした両親が作ってアップ、自分の子供が如何に部屋の掃除をしないかということを衆目にさらすことで恥をかかせれば、少しは言うコトを聞くだろうというわけ。このサイトを作ったのは英国のカンブリア地方に住む、Steve Williamsという人なのですが、作ってみたらこれがバカウケ。いろいろな親たちが自分の子供の部屋の惨状を訴える写真を掲載しているのだそうです。

  • 掲載料金が発生するのかどうかはサイトを見てください。掲載料金を請求して、繁盛しているというのであれば、大いに褒めてあげたいですね。

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6)編集後記

●民主党が、メール問題で「謝罪広告」なるものを新聞に載せましたね。いわゆる6大紙全部に同じ文面のものを掲載したのですが、合計の広告料金が2000万円であった、とラジオで聴きました。ウチで購読している朝日新聞にも出ていました。要するに、「何から何までぜーんぶニセモノでした。僕たちがバカでした。申し訳ありません!」という全面降伏で、最後に永田議員と民主党が広告主として連記されていました。

●この謝罪広告の不思議なところは、誰に見て貰いたいと思って掲載したものなのかが、よく分からないことにあります。おそらく「民主党と永田議員が自民党と武部さんに平身低頭で陳謝しているところを新聞の読者に見てもらう」ということなのだと推測します。民主党にしてみれば「これだけ恥をかいているんだ、いい加減に許してくれや」と、自民党に言いたくて2000万円使ったってことです。

●しかし読者(私)としては、何だ、こりゃ!?という印象しかもてない。「一切合財ウソ・デタラメでした」と言いますが、それが本当に偽メールであったことをどうやって証明してくれるのか?読者(嫌いな言葉を使うと国民)が一番知りたいのは、この偽メールを作った人が何故それを作り、何故それを永田さんに渡したのかという、「二つの何故」に尽きるのに、それには全く答えずに「ウソついてしまいました、申し訳ない!」ばかりを繰り返すという神経はどうなっているのか?

●で、偽メールを作ったのは「元記者」と言われており、週刊誌には名前まで出ているんですって?知らなかった・・・。週刊誌では、何故その「元記者」がそんなことしたのかということは書いてあるのでしょうか?いずれにしても、民主党の謝罪はどうでもいいから、この元記者ご自身に登場してもらって、ちゃんと説明してもらいたいものです。

●などと思っていたら、私が長年お付き合い頂いているジャーナリストから「武部側に本当にカネが渡っていたら大騒ぎしてもいいけど、そうでなければ大した話じゃありません。ほかに報じるべきことはたくさんある」という趣旨のメッセージを頂きました。言えてる、確かに。実際にこの記者が出て来て「民主党を困らせてやろうと思ってやりました」などと「説明」されても面白くもなんともない。 気にはなるけど、くだらない事件!?

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