musasabi journal
発行:春海二郎・美耶子
第85号 2006年5月28日 

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福岡の西日本新聞社が「あゆみの会」というボランティアの点訳サークルに、自動点字プリンターを寄付したという記事が、ある新聞業界の専門紙に出ておりました。1台150万円なのですが、ホームページから新聞記事を取り込んで、自動的に点字に変換してしまうものなのだとか。これがあれば毎日発行される新聞のコラや記事が楽に点訳できるようになり、視覚障害のある人たちが活字文化に接することを応援できるというわけ。それにしても150万円とは案外安いんですね。 というわけで、むささびジャーナル85号をよろしくお願いします。

目次

1)ブレアさんの外交演説
2)サッチャーさんは英雄?
3)フィンランドの英語教育
4)英国版『国家の品格』?
5)短信
6)むささびの鳴き声

1)ブレアさんの外交演説

先週アメリカを訪問したブレア首相が、5月26日にジョージタウン大学で外交政策についての基調講演を行い、その中で国連改革の必要性を強調したそうです。もっともブレアさんの演説原稿を見る限り、国連改革の部分にはそれほど時間が割かれていなかったのではないかと思われますが・・・。それはともかくブレア首相は、国連だけでなく、世界銀行やIMFなども地球規模のチャレンジとの間に「どうしようもないミスマッチ(hopeless mismatch)」が生まれている、として国連の安保理事会については次のように述べています。

But a Security Council which has France as a permanent member but not Germany, Britain but not Japan, China but not India to say nothing of the absence of proper representation from Latin America or Africa, cannot be legitimate in the modern world. I used to think this problem was intractable. The competing interests are so strong. But I am now sure we need reform. If necessary let us agree some form of interim change that can be a bridge to a future settlement. But we need to get it done.(常任安保理事国としてフランスがいるのにドイツがいない。英国がいるのに日本がいない。中国が入っているのにインドはいない。南米やアフリカ諸国についてはいうまでもない。私はかつてこの問題は、利害関係が強すぎて解決などできない問題だと思っていた。しかしやはり改革は必要である。この際(必要ならば)、まず何らかの形で、中間的・暫定的な変更というものに合意しようではないか。それが将来この問題が解決するための橋渡しになることだってあるのだ)。

イラクの問題について、ブレアさんは「イラクの新政府は必死になって生まれでようとしている民主主義の子供のようなもの」であり、「国際社会はお産婆さんだ」と語ったうえで、次のように訴えています。

You may not agree with original decision. You may believe mistakes have been made. You may even think how can it be worth the sacrifice. But surely we must all accept this is a genuine attempt to run the race of liberty.(イラクを攻撃するという元々の決定について賛成しない人もいるだろうし、誤りを犯したとする人もいるだろう。それがこれまでのような犠牲を払ってまで行う価値があったのかどうか疑う人もいるだろう。しかしこれが自由のためのレース(競走)を行おうという真剣な取り組みであるということは受け入れなければならない)

ブレアさんが外交についての基調講演を行うのはこれで3度目だそうですが、BBCの外交記者は、ブレアさんの国内的な立場の弱さを考えると、この演説もどの程度のインパクトがあるのか疑問だとしています。この記者はまた、ブッシュ・ブレアの仲良しコンビにもかかわらず、ホワイトハウス内部では、いわゆる「多国間主義」(いろいろな国と共同歩調をとる)にはまり込むことへの警戒感のようなものはかなり根強いとしています。

  • ブレアさんは過去の演説においても、ことが「イラク問題」になると、You mayとかYou may notと「意見はいろいろあるだろうが・・・」のようなニュアンスの言葉遣いをしているけれど、今回もそのようではありませんか?はっきり言うと自信がないってこと?
  • で、今回のジョージタウン大学における演説原稿は首相官邸のサイトに掲載されています。

2)サッチャーさんは英雄?

むささびジャーナルがたびたび引用するNew Statesmanは、英国における左派系オピニオン・マガジンの代表格ですが、その雑誌のウェブサイトを見ていたら『読者が選ぶ現代の英雄ベスト50』という企画をやっていました。「英国内外を問わず、まだ生きている人で、暴力によらずに自由で民主的な世界の確立に大きな影響を与えた人物」のリストというわけです。私などが知らない人の名前もいくつかあるのですが、トップはミャンマーで民主化運動を続けるアン・サン・スー・チーさんで第2位は南アフリカのネルソン・マンデラ、第3位が貧困追放のためのチャリティ活動などで知られるボブ・ゲルドフなどが並んでいる。

非常に意外かつ面白いと思ったのは、あのマーガレット・サッチャーが第5位に選ばれており、トニー・ブレアの18位よりもはるかに高く評価されているということです。New Statesmanの読者だから、かなり筋金入りの左翼系インテリのはずであるにもかかわらず、思想的には全く反対のサッチャーが上位にランクされているのは意外ですね。

で、サッチャーのどこが偉くて第5位なのかについては、いろいろと書いてあるけれど、最大の理由は彼女が政治的指導者として稀な「正直さ」(honesty)を持っていたことがあげられています。原理・原則は断固として守り、そのためにケンカも辞さないという姿勢であったので、彼女が何を考えているのか非常に分かりやすかったということ。no one was in any doubt about what she stood for and what she believed inというわけです。読者は彼女の「自由主義市場経済」を支持したというよりも、彼女の率直なやり方を支持したということです。

「あなたは英国の何を変えたのか?」と聞かれてサッチャーが「全てよ(everything)と答えたことは有名ですが、New Statesmanの記事の中に次のような個所がありました。

She changed the sense of embarrassment that Britons felt towards the concepts of productivity and profit.

つまり「生産性」だの「収益」だのという事柄に熱心であることは、恥ずかしいことなのだという、英国人が昔から持っていた感覚を一変させてしまったというわけです。英国経済や産業の立て直しが最大の課題であったサッチャーさんは、産業の民営化や規制緩和によって企業の「生産性」や「収益」の向上に大いに力を入れたわけですが、ここで注目すべきである(と私が思う)のは)、そのような事柄を考えることが「恥ずかしい」(embarrassing)であると考えていた「英国人」って誰なの?ってことです。それは上流階級、エリート階級の人たちだった。お金の話をすることを良しとしない人たちです。

サッチャーさんは、そういった「古き良き英国」をぶっ壊し「皆で金儲けをしよう!」と訴えたわけで、上流階級(その中にはもちろんNew Statesmanの読者も含まれる)にはとても受け入れられるものではなかった。オックスフォード大学がそれまでの慣例を破って、サッチャーさんに名誉博士号の授与を拒否したのも如何に彼女がエリートに嫌われていたかを示すエピソードであるといえます。で、20年後の今日、あろうことかNew Statesmanの読者が、彼女を偉大なヒーローだと言っている。分からないものですね。

  • サッチャーさんは、敵と味方をはっきりさせて、絶対に妥協しないという姿勢を貫いた。それまでの英国では、意見が対立するグループがあっても、根っこの部分では「英国人」ということで仲良しだった。それをぶっ壊したのが彼女で、『サッチャー時代のイギリス』(岩波新書)で森嶋通夫・ロンドン大学教授は、サッチャーさんが嫌われたのは、彼女がそのような英国人ではなかったからだと言っています。サッチャーさんは「英国人らしくない」(unBritish)であると思われていたのだそうです。
  • サッチャーさんが「古き良き」英国をぶっ壊したのだとすると、小泉さんは「自民党をぶっ壊す!」と言って首相になった。小泉さんが「改革なくして成長なし」と叫んだとすると、サッチャーさんは、英国立て直しのためには民営化・規制緩和を断行しなければならないというわけで「There is no alternative: TINA(ほかに方法はないのよ)」という有名な言葉を発した。
  • 小泉さんは、改革断行の過程で「格差社会」を生んだ(とマスコミは言っている)。サッチャーさんの時代には、貧富の差が激しくなったとも言われている。どことなく似ていませんか?で、サッチャーさんは20年後の今日、敵であったはずのNew Statesmanで英雄扱いされています。小泉さんの「改革」が20年後の2026年にどのように評価されているのか・・・気になる(けど、私は生きていない)。
3)フィンランドの英語教育

先日、フィンランド大使館の人と話をしていて、小学校における英語教育のことが話題になりました。フィンランドでは小学校の3年生(9才)から英語の授業があるそうです。厳密に言うと「外国語」の授業なのですが、殆ど皆英語をとるので、事実上英語の授業ということになる。あの国では、小学校の4年生になるとスウェーデン語の授業もあるらしい。それだけではない。5年生になると希望者にはもう一つ外国語の授業があるのだそうです。

小学校における英語の授業は週3時間、先生はフィンランド人だと言っておりました。私、正直言ってフィンランド語は全く分からないけれど、噂では英語などとは言語体系が全く違うと聞いたことがある。でもアルファベットを使うのだから、少なくとも日本語よりは英語に近いとは言えるのではありましょうね。いずれにしてもフィンランドでは、子供のころから英語を習うから母国語によるコミュニケーションに支障があるという風には考えられていないのでしょう。

ただ私の妻の美耶子によると、フィンランドの教育事情をレポートするテレビ番組で、あの国の父兄が、小学校で余りにも多くの外国語を教えることが子供たちにとって負担になっていると伝えていたとのことでした。ただ父兄の不満は「小さいころから外国語を教えすぎると母国語がダメになる」という類のものではないようです。

これとは別に、フィンランド好きの日本人がやっているサイトを見ていたら「フィンランドでは普通の人でもかなり英語を使える」と書いてあった。この人は、フィンランド人が英語が上手である理由の一つとして、テレビで見るアメリカや英国の映画は全て字幕付きであって、吹き替えは一切無いということを挙げていました。なるほど、それは面白いポイントですね。

私が話をしたフィンランド人は、東京の大使館で3年半勤務しているのですが、10年ほど前に大阪外語大学に留学したことがあるので、日本語もかなり出来るし、日本体験もそこそこある。彼女が日本人の英語について文句を言っていたのは、彼女が付き合った日本人のかなり多くの部分が「私は英語ができません」と言っているにも拘わらず、実際にはかなり英語が出来るケースが多かったということです。「いい加減ウンザリ」というのが彼女のコメントです。何がウンザリなのかというと「本当は(英語が)できるのに、何故"出来ない"というのか」というところです。

  • で、私もかつて英国大使館というところで仕事をしていたときに、英国人外交官と日本人ジャーナリストと一緒に昼食をとったりすることがあったわけですが、日本人の中で「私の英語はアメリカンなもんで・・・」などと妙に照れくさげに言う人がおりましたね。私のひがみ根性なのだろうとは思いますが、そのように言う人は、要するに自分が英語で話しを出来るということを示したいわけ。
  • それから口では「英語はナントいってもブリティッシュです」などといいながら、実は世界的な影響力などの点では、はるかに上を行っている米国の言葉であるアメリカン・イングリッシュを使うということに優越意識を持っているように思えてならなかったわけです。実際にはBritishもAmericanも関係ない。分かればいいんですからね。言葉遣いによる優越・劣等意識というのも可愛いいもんだと言えばそれまでだけど、アホらしい話ですよね。
4)英国版『国家の品格』?

Peter Hitchensというジャーナリストの書いたThe Abolition of Britain (英国廃棄)という本は、出版されたのが2000年だから、ブレア政権の第一期目のこと。しかもイラク戦争も9・11も起こる前のことです。「英国廃棄」とは穏やかでないのですが、日本でいうと『国家の品格』にあたるかもしれない。ブレアさんの「新しい英国」なる概念を蛇蝎の如く嫌っている、ウルトラ保守派のジャーナリストが書いた「英国を憂う」エッセイです。

詳しく紹介するのはやめにしますが、最近の英国が、安手のテレビ文化のお陰で、英国が本来持っていた「慎み深さ」(politeness)が失われ、愛国心も道徳も地に落ちてしまっている。これも全てトニー・ブレア主義(Tony Blairism)のせいだというわけです。彼によると1997年にダイアナ妃が死んだときに見せた英国人の感情発露は「甘えのムード」を表わしていたのであり、ウィンストン・チャーチルの頃とは大違いであると怒っております。

彼によると、ジョン・レノンのImagineという歌などは、「吐き気がするほど」いやなものらしい。彼がさらに問題にしているのが、アメリカ文化の影響です。その部分が面白いと思うので紹介します。まず次のように書いています。

The vastness of the USA, combined with its great social mobility, has always encouraged people to uproot themselves from failed lives and start out again somewhere else.(アメリカという国の広大さが、その社会的な流動性と相俟って、あるところで人生に失敗すると根無し草のように別のところに移って新しい生活を始めようとする)

そうなんですよね。この部分はよく分かる。私がアメリカに対して感じてしまう「違和感」と「羨ましさ」は、こういう点なのでありますね。しかしもっと面白いと私が思うのは次の部分です。

In the past, Britain's smallness and its settled class system have compelled us to be polite, restrained and repressed, or face chaos. Japan's elaborate manners and customs are a similar response to living at close quarters on crumpled islands.(昔は、英国の小ささとしっかり根付いた階級制度のお陰で、我々(英国人)は丁寧で抑制的であることを余儀なくされたものである。でないと、英国は混乱に直面することになるのだ。日本の持つ洗練されたマナーや習慣もまた狭い島国でくっつき合って暮らさなければならないことからくる、(英国と)似たような生活の知恵ともいえるものなのだ)

かなりの意訳ですが、多分間違ってはいないと思います。Hitchensによると、英国の階級社会は狭い島国で暮らす人々の知恵みたいなものであり、全然悪いものではないというわけです。要するに英国や日本のような国には、アメリカのような「やり直し文化」は合わないのだと言っている(と私は解釈しています)。

5)短信

妊娠8ヵ月でお天気キャスター

スイスのテレビ局、Tele-Zueriのお天気キャスター(女性)が、妊娠8ヵ月の身であるにもかかわらず番組に出演したところ、視聴者から「見苦しいから出演を控えろ」という苦情の電話が相次いでいるのだそうです。普通なら産休のはずなのですが、仕事が好きだしってことで、医者に言われるまでは出演を続けるつもりで「私のことを"強情だ"と非難する人もいるけど、女が妊娠するのは当り前だし、人に言われて仕事を辞める気なんか全くないわ」と張り切っているそうです。

  • そういえばおなかの大きいキャスターって余り見ませんね。

「男にだらしない」68歳

北ドイツにあるHildesheimという町の社会福祉事務所に、母親と名乗る女性から電話がかかり、自分の娘が自堕落でどうしようもないので相談に乗って欲しいとのこと。で、ソシアルワーカーが自宅まで出掛けていったのですが、電話をした「母親」は92歳、「自堕落娘」は68歳だった。母親によると、問題の娘は、男性とのことになると「不道徳かつルーズな行為に走りすぎる」のだとか。この娘さんの場合、この町の規定として、社会福祉サービスが受けられる年齢を50歳も上回っており「町としてはどうしようもない」ということでカンベンしてもらったとPA通信は伝えています。

  • 68にもなってボーイフレンドなんか作っちゃって・・・ということなんですが、要するに母親が自分(と娘)の年齢を分かってないってことですよね。困ったもんです。

これぞプロ(?)の自動車泥棒グループ

ミュンヘン警察がこのほど逮捕に成功した自動車泥棒グループの手口は、自動車工場に就職し、クルマを作りながら、パーツを少しずつ盗み出し、別の所で車として組み立てるという、信じられないようなものだったらしい。しかも作った車はBMWだのメルセデス・ベンツのような高級車ばかり。警察が6年がかりで追跡した結果逮捕にいたったもので、これまでに6人捕まっているとのことです。彼らは自分たちで組み立てた車を東欧諸国で売りさばいていたのだそうであります。

  • 犯人たちはパーツを「少しずつ」盗んだというのですが、ルーフとかウィンドーだとか、いろいろあっただろうに。出来上がった車を路上で盗むよりは、勤勉でよろしいってことはないよな。
6)むささびの鳴き声

■第一生命のサラリーマン川柳、見ました?これ見れば「日本人の国語力が落ちている」なんて絶対に言えませんよ。例えば・・・

昼食は 妻がセレブで 俺セルフ
痩せるツボ 脂肪が邪魔し 探せない
二歳だろ トロ ウニ 選ぶな タマゴ食え!
年金は いらない人が 制度きめ

こういう文化がある限り日本は滅びない!ちなみに一等賞は最初の「昼食は・・・」だそうです。「痩せるツボ・・・」も泣かせますね。

■川柳といえば俳句。俳句といえば松尾芭蕉。松尾芭蕉といえば「古池や 蛙とびこむ 水の音」ですね。嵐山光三郎さんの『悪党芭蕉』(新潮社)という本によると、カエルが池に「飛び込む」ことは絶対にないのだそうです。カエルが池に入るときは這って入るのだそうです。だから「水の音」は絶対にあり得ない・・・ということは、芭蕉が聴いた音は「幻聴」か、聴きもしなかったのに、観念として「飛び込む音」を創作してしまった。つまりこの俳句は「フィクション」というわけです。この本によると、あの芥川龍之介は松尾芭蕉のことを「大山師」と評しているそうです。これはケチをつけているのではなく、むしろ芭蕉のフィクションの才能を逆説的に賛辞しているのだとか。

■『悪党芭蕉』によると、「古池や・・・」のみならず、かの有名な「荒海や 佐渡に横たふ 天の河」もウソ。その日は台風気味で、日本海も荒れており、天の川も佐渡島も見えなかったということが弟子の日記にはっきり書かれているらしい。つまり芭蕉の「幻視」。嵐山さんは「見えないものを見てしまうところに芭蕉の魔法の目玉がある」と言っています。「今まで誰も書けなかった本当の芭蕉」論だそうで、ちょっと変わった本です、これ。税別で1500円。

■松尾芭蕉といえば『奥の細道』。そういうテーマの万歩計を身につけて、私がウォーキングを始めたのは2年以上前のことだったっけ。江戸・深川を出発して、東北を経由、日本海から東海道へ出て大垣が最終到着点。どうなったかというと、私の場合、福島まで行かずにそのまま万歩計は埃をかぶっています。お恥ずかしい。そこで一句。「むささびの ほこりも消えて 万歩計」 マジメじゃないな、ホントに・・・。

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