前々号のむささびジャーナルで「小泉さんは戦争を美化している?」という記事を掲載して、在日アメリカ人記者による8月15日の戦没者追悼記念集会における小泉さんの発言批判を紹介しました。もう一度おさらいすると、小泉さんの発言(2005年8月15日)の発言は次のような内容でした。
「先の大戦では、多くの方々が、祖国を思い、家族を案じつつ、心ならずも戦場に散り、戦禍に倒れ、あるいは戦後遠い異境の地に亡くなられました。この尊い犠牲の上に、今日の平和は成り立っていることに思いを致し、衷心からの感謝と敬意を捧(ささ)げます」
で、このジャーナリストの小泉批判は、「戦争の犠牲者」と「今日の平和」の間に関連があるかのように言っており、これは「感情的」で「無理がある」ということでした。
私としては、この小泉発言についてはマジメに考えたことがなかったので、アメリカ人記者にそういわれて「そんな考えもあるのか」という程度の感覚しか持たなかったのですが、言われてから気になって、このジャーナリストに、2005年のコメントを英語に訳すとどうなるのかと聞いてみたわけです。彼の翻訳は次のとおりでした。
日本語:今日の平和と繁栄は、戦争によって心ならずも命を落とした方々の尊い犠牲の上に築かれています。
英語訳:Today's
peace and prosperity were built upon the honored sacrifices of
those who, against their will, lost their lives in war (or, in
the war).
で、年寄りのしつこさってやつで、私が気になったのは、彼の英訳の中の"were
built upon"という部分でありました。Oxford
English Dictionaryによると、build
uponという英語の意味は"to
use something as a basis for further progress"ということのようであります。つまり「何かを基礎として、さらなる進歩・進展を促進する」という意味になる。例えば、ある高校が地区予選で優勝した成果を基ににして、さらに甲子園で勝ち進む、というような場合です。地区予選の優勝と甲子園での活躍の間には、目的・目標のうえでのつながりがある。
これを小泉発言にあてはめると、この場合のsomethingは「戦争によって心ならずも命を落とした方々の尊い犠牲」ということになる。つまり戦争で死んだ人の犠牲と「今日の繁栄」の間に、目的・目標のつながりがあるかのような言い回しではないか、ということになり「戦争美化」ということになってしまう。先の戦争で死んだ兵士は、現在の我々が享受しているような平和とか民主主義とか経済的な繁栄のために戦ったのか?ということです。もちろん違いますよね。彼らは「天皇陛下」とか「大日本帝国」のために戦って死んだのですよね。
つまりあの戦争に日本が勝って、安部晋三さんのお祖父さん(岸信介)らが信じていたような大東亜共栄圏が出来上がっていたとしたらbuild
uponという英語もつながるのです。A級戦犯だろうが、普通の兵隊さんであろうが、彼らの努力のお陰で、いまの日本があるということですから。
反対にあの戦争が、民主主義の確立を目指したものであったのであれば、今日の平和とか民主主義や繁栄は戦争で犠牲になった人びとによってbuild
uponされたものであったということになる。日本の場合は両方とも当てはまらないのでbuild
uponということにはならない(とあのアメリカ人ジャーナリストは考えるわけです)。
ただ、このアメリカ人よりも少しは日本語や日本的な言語習慣になれている私としては、小泉さんのいわゆる「尊い犠牲の上に築かれています」はbuild
uponというような意味で使われたのだろうかと疑ってみたくなる。ひょっとして「今の平和や繁栄は素晴しい。だけどあの戦争で死んだ人が沢山いるってことも忘れないようにしようね」という意味で使われたのではないかと思ったりもするのですが・・・。あの犠牲の「お陰で」今の繁栄があるということではないってことです。
そうなると、build
uponという英訳そのものがおかしいってことにもなる。ひょっとするとat
the expense of...(・・・を犠牲にして)の方が適切ってことになるかもしれないってことです。つまり「今日の平和と繁栄は、戦争によって心ならずも命を落とした方々の尊い犠牲の上に築かれています」の英訳はToday's
peace and prosperity were given at the expense of the honored
sacrifices of those who, against their will, lost their lives in
war (or, in the war)ってことに・・・?
ところで、サム・ジェームソンによると、今年(2006年)の8月15日の戦没者追悼集会での小泉発言は、それまでのものとちょっと違ったのだそうです。
終戦から六十一年の歳月が過ぎ去りましたが、今日の平和と繁栄は、戦争によって心ならずも命を落とした方々の尊い犠牲と、戦後の国民のたゆまぬ努力の上に築かれています。
というわけです。お分かりですね?今年の小泉発言には、今日の平和と繁栄が、戦没者の尊い犠牲だけではなく「戦後の国民のたゆまぬ努力の上に築かれて」という部分が追加されている。何故これが追加されたのかは(ジェームソンにも私にも)分かりませんが、この部分(戦後の日本人の努力云々)はかねてから天皇陛下の言葉には入っておりました。ひょっとすると、小泉さんのスピーチライターが気を遣ったのかもしれない?
- 小泉コメントのwere
built uponが実はat
the expense ofの意味なのさ・・・などと言ってもジェームソンにはピンとこないでしょうね。「だったらそう言えや!」となるでしょうね。ごもっともであります。
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