musasabi journal

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464号 2020/12/6
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BREXIT 美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書

寒いですねぇ!かつてに比べると本当に寒さに弱くなりました。2020年も終わりです。ひどい年だったけれど、むささびは飽きもせずに休刊もせずに出すことができました。お付き合い頂いていることに心より感謝いたします。

目次

1)スライドショー:モノクロ風景の迫力
2)気候変動と「ノルウェーの逆説」
3)「無教養」がホームレスを殺した
4)「ベラルーシは女が救います」
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声


1)スライドショー:モノクロ風景の迫力


マイケル・ケナは1953年イングランド生まれだから、今年で67才になる。写真家としての活動は約45年になるのですが、モノクロの風景写真で知られている。世界中の「風景」を撮影してきているのですが、デジカメは一切使わず、現像も自分の手で行っている。ちょっと変わっているのは、撮影する時間帯が夜が明ける頃や真っ暗な深夜が多いということで、撮影対象もいわゆる「自然の風景」(natural landscape)+人間の手になる建物のようなモノの組み合わせが多い。ある写真専門サイトは、彼の作品を「神秘的」(mysterious)と呼んでいるのですが、どの作品も「静けさ」と「動き」が同居しており、見ていて飽きることがない(と思う)。

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2)気候変動と「ノルウェーの逆説」



Paradoxという単語を辞書で調べたら「二つの相反する事実を含む事柄」という意味の説明が出ており、具体例として
  • It's a curious paradox that drinking a lot of water can often make you feel thirsty. 水をたくさん飲むと余計に喉が渇くというのは、不思議なパラドックスだ。
というのが出ていました。何故か笑ってしまいましたが、いずれにしてもparadox(逆説)という言葉は、相反する事実を並べて表現するときに使いますよね。


で、むささびは知らなかったのですが、最近話題の「気候変動」(climate change)に関連して、ヨーロッパでは "Norwegian paradox"(ノルウェーの逆説)ということが言われているのだそうですね。 ノルウェーを始めとする北欧諸国は、地球的な環境保護については優等生というのが通説ですが、ノルウェーについては必ずしもそうとは言えないかも、という動きがあるのだそです。

まず環境保護の先進国としてのノルウェーですが、パリ協定に調印した最初の先進国であり、発展途上国における環境保護基金(Green Climate Fund)に対する最大の資金提供国の一つでもある。またThe Economistによると、ノルウェーは発電の95%が水力によっている国なのですね。次に来るのは風力の2.6%というわけで、発電の98%が再生可能エネルギーによっており、化石燃料による発電は2%です。さらに化石燃料の利用を極力低く抑える努力も行っており、その証拠としてノルウェーは昨年(2019年)、国内で販売された車の42.4%が電気自動車であり、電気自動車の普及率が世界一の国でもある。


ただノルウェーには別の顔もある。ヨーロッパではロシアに次ぐ石油生産国であり、石油産業の最大の株主は国家です。貧しい漁業国が世界でも指折りの富裕国になったのは北海における石油生産のお陰といえる。現在、「国民全員が働くことを止めても3年はオイルマネーで食べていける」とさえ言われている。社会福祉を支える政府主宰の年金基金(Government Pension Fund)はノルウェー人の年金制度を支える重要な財源なのですが、別名「石油基金」(Oil Fund)とも言われるほど石油・鉱物関係の企業への投資から来るおカネによって賄われてきた。そのあたりをノルウェー国内の環境保護団体に指摘され、裁判沙汰にまでなってしまったのですが、政府はこれまでの投資先だったグレンコア、アングロ・アメリカン、RWEのような鉱業関連企業の株を売却して、投資を打ち切ることにしたのだそうです。

ノルウェーの憲法によると、「政府は現在および将来の国民に清潔な環境を確保する義務」がある。現在、最高裁で環境保護団体と政府が争っているのはこの部分で、政府を訴えた環境団体によると、ノルウェー領のバレンツ海で政府が許可した石油開発は、国民に健康的な環境を確保することを政府の義務とする憲法に違反していると主張している。裁判所の判断には数か月かかるのだそうです。


環境保護団体は、現在の裁判以前にも、ノルウェーが輸出した石油によって海外で排出された二酸化炭素による環境汚染はノルウェー政府の責任だと主張する裁判も起こしたのですが、これについては石油が燃やされたのはノルウェー国内ではないのだから政府に責任はないというのが、裁判所の判断だった。ちなみに世界中で排出される二酸化炭素の0.7%がノルウェー産の石油によるものである(と環境団体は主張している)。

▼気候変動の影響を最も強く受けている場所の一つが北極海で、New York Timesによると、気温の上昇率が地球全体の平均の2倍もある。おかげでバレンツ海などでは氷山が消失するケースが増えているのですが、皮肉なことに氷山が消えるとノルウェーが石油をアジアに輸出することがこれまで以上に安価に行えるようになるのだそうです。

▼この話題についての最新の動きとして、デンマークが北海における新たな石油・ガスの開発は行わないことにしたという報道がありました(12月5日付のBBCのサイト)。これは2050年までに一切の化石エネルギーの掘削を止めるという同国政府の方針として行われた決定です。デンマークの石油生産量は、ノルウェーや英国よりは少ないのですが、EU加盟国としては最大の産油国です。

▼「北海油田」と聞いて気になったのは英国です。1964年に制定された大陸棚法(Continental Shelf Act 1964)および68年制定の大陸棚命令(Continental Shelf <Jurisdiction> Order)という法律によると、北緯55度以北の北海はスコットランドの法律に従うものと決められている。だとすると、北海で生産されている石油資源の9割以上がスコットランドに属することになる。スコットランドでは英国(UK)からの独立を望む声が相変わらず高い。つまり現在英国が得ている石油の9割が将来はスコットランドのものということにもなり得る・・・ボリスなどは気にしているでしょうね。

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3)「無教養」がホームレスを殺した


一か月ほど前、東京・渋谷で64才になるホームレスの女性が、近所の40代の男に撲殺されるという事件がありましたよね。そのことについて、北九州・東八幡キリスト教会の奥田知志牧師がWEB論座のサイト(11月23日)に 『電源の入らない携帯電話がつながる日はあるか』というタイトルのエッセイを寄稿しています。奥田さんは30年以上にわたって、いわゆる「路上生活者」(ホームレス)の救済事業に取り組んでいるのですが、このエッセイでは
  • (殺された女性については)何もわからない。しかし、私たちは想像することができる。できる限りの「想像力」をもって彼女のことを考える。それが残された者の「宿題」あるいは「義務」なのだ。
と訴えており、医学博士で解剖学者の養老孟司が著書の中で語った「教養はものを識ることとは関係がない。やっぱり人の心がわかる心というしかないのである」という言葉を紹介しながら、現在の日本社会を「想像力という『教養』を失った社会」であると言っている。


このエッセイには(ちょっと想像しただけでも)いろいろな人間が登場する。バスのベンチで坐っていた64才の女性ホームレス、彼女を「あの場からいなくなってほしい」と思って殴りつけた40代の男性、彼を警察に連れてきた母親、「いつも見かける人が倒れている」と110番に通報した近所の女性などなど。奥田牧師はさらに、殺された女性が「衣類と食品のゴミ」を持っていたとメディアが伝えたことも取り上げている。彼女が持っていた食品は「ゴミ」ではなくて、彼女の命をつなぎとめる「食べ物」だったけれど、警察官の眼には「ゴミ」としか映らず、それを報道陣に伝えた結果としてそのように報道されたというわけです。

64才の女性ホームレスが倒れていることを警察に通報した近所の女性は「最近寒いので、凍死しちゃうんじゃないかなと心配していた」とも言っている。つまりこの近所には殺された女性のことを心配する人もいたけれど、声をかけたり、事件前に公共機関に通報することまではしなかった。
  • 無言のまま彼女を殴り殺す人。彼女のことを心配しつつも対話なき地域の人々。なけなしの食べ物を「食品のゴミ」と認識するジャーナリズムに欠落しているのは「教養」だ。すなわち「人の心」を理解しようとする営みである。
と奥田牧師は言っている。


最も醜いベンチ?

奥田さんが指摘している「教養なき社会」のもう一つのシンボルが事件現場にはあった。それは殺された女性が坐っていた(身体を休めていた)渋谷区のバス停のベンチです。二人掛けの小さなベンチなのですが、真ん中に仕切りの「手すり」がある。奥田さんは
  • 多くの人は、この「手すり」に違和感を覚えない。しかし、ホームレスの現場を長く見てきた私には、このベンチが事件を象徴しているように映った。
と言っている。それは「横になれないように仕切りを付けたベンチ」で、ホームレス対策として設置され、ここ20年ほどの間に全国に広がったものなのだそうです。人を拒絶する「最も醜いベンチ」である、と。

埼玉県飯能市のむささびの自宅の近所にある公園のようなスペースにもその手のベンチが置かれていることは以前書きました(むささびジャーナル424号)。左右180センチなのですが、真ん中に「手すり」のようなものが付いており、ベンチ全体に横たわることができないようになっている。あの「手すり」の意味について、飯能市役所に問い合わせなければと思いつつ今日まで来てしまったのですが、あえて「ホームレス対策」とは言わないまでも、ベンチの独り占め防止対策であることは間違いない。公園のベンチの独り占めの防止まで市役所にやってもらう必要はない・・・と言いたいところであるけれど、住民の中にはそれを市役所の「思いやり」と考えて有難がる人がいるのかもしれない。

奥田牧師のエッセイは、女性ホームレスの心を想像しない社会の「教養のなさ」を嘆く一方で、犯人である46才の男性の心はどのように想像しているのか?引きこもりがちだったと言われる彼の言葉として分かっているのは、近所の人に語ったとされる「自宅のバルコニーから見える世界が自分のすべて」というのと、(自分の行為が)「あんな大事(おおごと)になるとは思わなかった」の二つだけです。後者が「まさか自分が殺人者になるとは思わなかった」という意味なのだとしたら、奥田牧師に言わせると
  • どこまでも「他者」不在の「無教養な男」と言わざるを得ない。自分のことしか考えない。それが「無教養」の証しだ。
ということになる。そして「大事(おおごと)」(大変な事態)なのは、あの男性が、野宿するホームレスを(意図的ではないにしても)殴って命を奪ってしまったということではなくて、「64才の女性が野宿せざる得ない現実」ということになる。

▼奥田牧師は「『いのちの分断』が進む社会で必要なのは想像する力、共感する力、そして連想する力」であると言っている。住む場所を失った人びとの悲しみや苦しさを「分かる」ためには、それなりの想像力や共感力が必要だということですよね。奥田さんは、養老孟司が著書の中で述べている「教養はものを識ることとは関係がない。やっぱり人の心がわかる心というしかない」という言葉を紹介しながら、「他者に対する『想像』を怠れば、私達は他者を排除する『無教養な民』となってしまう」と言っている。
▼ベンチにこだわるけれど、ロンドンの公園にも「てすり」付のベンチが数は少ないけれど、あることはある。しかしどう見ても「ホームレス対策」とは思えない。休憩用の手もたれとしか思えないのでは?飯能市のものも含めて、ホームレス対策の手すりを付けようという発想の貧しさに悲しくなりません?

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4)「ベラルーシは女が救います」



ベラルーシのノン・フィクション作家、スベトラーナ・アレクシェービッチ(Svetlana Alexievich)のことをご記憶ですか?2015年のノーベル文学賞に選ばれた女性で、むささびジャーナル330号でチェルノブイリの原発事故についての彼女の作品を、332号でソ連のアフガニスタン侵攻をテーマにした作品(Zinky Boys)を紹介、さらに357号では「ソ連崩壊後のソ連人たち」の生活と意見を書いた"Second-hand Time"を紹介しました。1948年生まれだから今年で72才になる。11月20日付のドイツの週刊誌、Spiegelがその彼女にインタビューしている。テーマは、現在ベラルーシを独裁支配しているルカシェンコ大統領とベラルーシ国民の生活ぶりです。




まずベラルーシという国についてですが、地図で見ると、東側がロシア、西側がラトビアとリトアニア、ポーランド、南側がウクライナに接している、東欧の国です。人口は約1000万で首都はミンスク。1922年に社会主義共和国としてソ連邦の結成に参加、1991年のソ連崩壊に伴って「ベラルーシ共和国」へと国名を変更、1994年3月に共和国憲法を制定、同じ年に実施された第一回の大統領選挙では、ロシア連邦との統合を目指すなどの選挙公約を打ち出したアレクサンドル・ルカシェンコ(66才)が当選した。以後26年間で6回行われた選挙ではいずれもルカシェンコが当選している。2020年8月に行われた選挙でも得票率8割のルカシェンコが圧勝しているのですが、この選挙結果を認めない大衆デモが治安部隊と衝突し、死者が発生する事態となっている。

で、Spiegel誌とのインタビューですが、アレクシェービッチが病気治療のためにベルリンを訪問中に実現したとされているのですが、見出しが
  • I'm Horrified By What Is Happening in Belarus ベラルーシで起こっていることに恐怖を覚えている
となっているとおり、ルカシェンコ独裁政権を批判する内容で、彼の独裁が続く限りベラルーシには帰らないとも言っている。非常に長い記事なので、全文を和訳するのは難しい。むささびの独断により、割愛して掲載させてもらいます。原文はここをクリックすると読むことができます。


  • SPIEGEL: そもそも誰がルカシェンコ大統領を支持しているのでしょうか?

古いソ連の残り滓が

Alexievich: ごく普通の人たち(totally normal people)です。何故彼らがルカシェンコを支持するのか?そうしないと大切なものを失ってしまうということを怖れているのかもしれないけれど、最大の理由はルカシェンコ自身がソ連時代の社会システムの残り滓(leftovers)に支えられているという点です。スターリン時代の秘密警察のやり方が復活しているのですが、復活のペースの速さには驚かされます。ベラルーシは第二次大戦でファシズムを打倒したけれど、ソ連時代の政治犯収容所やスターリン主義から身を守る術を身につけることがなかったということです。古いものがいつでも復活する。

  • SPIEGEL: しかし、この夏、あなたはベラルーシ人たちを見直したと言っていましたね。

Alexievich: ベラルーシでは大統領選挙に立候補するためには10万人の署名を集めなければならない。選挙が行われたのは8月9日だったのですが、選挙前に買い物に出かけたときに眼にした光景を忘れることはできないできません。市場の近くにたくさんの人が列を作っているのです。行列の長さは少なくとも5キロはあった。何だったと思います?ヴィクタル・ババルィカ(Viktor Babariko)がルカシェンコに対抗して大統領選挙に立候補することを支持するために署名しようとして列を作って並んでいたのです。「ルカシェンコでなければ誰でもいい」と言っていた。とてもベラルーシ人とは思えなかったのです。
ヴィクタル・ババルィカは(ウィキペディアによると)ベラルーシの銀行家なのですが、これまで20年以上にわたってルカシェンコ政権に反対する野党勢力のリーダーともなっている。
  • DER SPIEGEL: それから間もなくして、ババルィカは逮捕されてしまい、立候補することができなかったのですよね。

妻たちが立ち上がる

Alexievich: ルカシェンコは、対立候補者の中でも最も手ごわいと思われる人たちを逮捕したり、国から追放したりしたのです。でも結果としては彼の思い通りにはならなかった。立候補を阻止された男たちに代わって、彼らの妻たちが立候補したのですよ。それによって国内に新たな活気(enthusiasm)のようなものが生まれたのです。その妻たちの行く先々で大勢の人びとが彼らを一目見ようと集まった。夫は刑務所、妻が選挙運動・・・かつてはあり得なかった光景だったのです。
  • SPIEGEL: 女性革命ですね。

Alexievich: 女性をどう扱ったらいいのか、それがルカシェンコには分からなかったので、誹謗中傷するだけだった。それまでの彼が付き合ってきたのは軍人のような人びとだけだった。女を見くびっていたのです。He underestimated the women. そうしているうちに村々で、女性立候補者たちを支持するデモが行われるようになってしまったというわけです。 

  • SPIEGEL: ベラルーシ女性の強さはどこから来るのでしょうか?

Alexievich: ソ連崩壊の混乱の中で国を支えたのは女たちだったのです。男たちはやけっぱちになったり、酒に走ったりした。女は大きな袋にいろいろなモノを詰め込んで近くの国々へ出かけて行った。モノを売りに行ったのです。そのような女性たちの間にいつの間にかネットワークのようなものが出来上がった。私にとって、そのような女たちがデモに参加するのを眼にして信じられないような思いだった。ベラルーシにあれほどたくさんの美しい女性がいたなんて、知りませんでしたから。I didn't know that there were so many beautiful women in Belarus.
  • SPIEGEL: それから間もなくして、選挙が操られていたことが明らかになった。あなたはどのように対応したのですか?

歴史に置いてきぼりを食う?

Alexievich: 政権の奪取は暴力・流血騒ぎなしで行われるべしというのが、私も所属している野党連絡協議会の方針だった。街頭デモは、自分たちのための祝福行事のつもりだった。だからみんなが花束を持ってきたりしたのですよ。私たちは花束を黒覆面の男たちにもあげたかった。我々の勝利は、彼らの勝利でもあることを分かってほしかった。ベラルーシ人たちはいつも歴史に置いてきぼりを食っていると感じてきた。「ヨーロッパ最後のソビエト共和国」(last Soviet republic in Europe)なんて、誰もなりたいなどと思っていませんよ。それが急に事態が変わり始めたのです。街頭の抗議運動が「新しい国の誕生」(birth of a new nation)を感じさせたのです。

  • SPIEGEL: ルカシェンコ大統領は、平和的なデモに対しても暴力で対応しようとした。(新しい国の誕生などというのは)ちょっと楽観的に過ぎたのでは?

Alexievich: ルカシェンコと彼の仲間たちは、いずれこのような事態になるであろうことを予想し、準備もしていたのです。武器を倉庫に山積みにして待っていたのです。変化は急にやってきた。あっという間に国中が残虐行為で満ち溢れ、銃声が鳴り響き、催涙ガスが投げ込まれた。私の自宅は高層建築の上の方にあるのですが、催涙ガスが町中を覆いつくしているのが見て取れました。サイレンが鳴り響く中で、私は泣きました。その後、刑務所に入れられた人たちがひどい目にあっているいるという話が聞こえてきたのです。中には姿を消した人もいるとか・・・。あの騒ぎで刑務所に入れられた人たちは、いまだに釈放されていない。それもショックだった。
  • SPIEGEL: 残虐行為を働いているのはどういう人たちなのですか?

暴力行為の犯人たちは?

Alexievich: 訓練された警察官でないことは確かです。彼らは革命鎮圧を任務としている人間たちで、何をやっても構わないという許可を得ている人間たちです。若者たちが政府から武器と権力を与えられたということです。
  • SPIEGEL: ロシアの警備部隊もからんでいるという噂があります。

Alexievich: 私もそう思いました。ベラルーシ人があれほど暴力的に自分たちの同胞を襲うなんて考えられない。でも事実としてそのようなことが起こったのです。ルカシェンコが防衛大臣に「何でもやる覚悟はできているか?」と聞いたらしいし、軍隊の大学では、学生たちが「自分の国を守るためなら、親を殺す覚悟はできているか?」(Would you kill your own parents to defend the country?)などという質問を受けているとのことです。

  • SPIEGEL: これからどうなっていくと思いますか?

絶対に諦めない

Alexievich: いまベラルーシで起こっていることについて、西側の人びとは理解できないと思います。我々が経験しているのは、無実の人間に対する暴力行為なのです。刑務所は超満員ですが、入っているのは単にデモに参加したというだけで逮捕された人たちです。刑務所では人間が組織的に非人間扱いされている。トイレに水がないということが頻繁にある。5人用の監房に35人も入れられている。囚人たちは何日間も何週間も立ったまま睡眠をとらなければならなくなっている。すべて人間を挫けさせることを意図して行われていることです。そんなことはスターリン時代にしかなかった。ベラルーシでは、これまでにもいろいろとあったけれど、いま起こっていることには恐怖を感じている。小さいけれど誇りに満ちた国が、気の狂った殺人鬼を相手に闘っている。ヨーロッパのど真ん中なのですよ!なのに世界は沈黙している。一体、彼ら(囚人たち)が何をしたと言うのか?単に新しい選挙を要求しただけではないか。明らかに欠陥だらけだったあの選挙結果を破棄することを要求しているだけではないか。なのにルカシェンコは何を言っているのか?私は自分の愛する人びとや国を手放すことだけは絶対にしないつもりだ。No, I won't give up my beloved.
  • SPIEGEL: ロシア語圏の重要人物で、現在ベルリンを訪問中なのはあなただけではない。ロシアの野党指導者で、毒殺されかかったアレクセイ・ナワリヌイ氏もベルリンに滞在中です。彼とは連絡をとりましたか?

Alexievich: No.


ロシアの野党指導者、アレクセイ・ナワリヌイ氏(左)
  • SPIEGEL: ナワリヌイ氏以外のロシアの野党政治家とは?

ロシアの民主主義者たちは

Alexievich: この夏、私はロシアのインテリ層にアピールを送ったのですよ。「あなたたちの眼の前で一つの国の人びとが破滅されようとしているのです。何故あなたたちは沈黙を続けるのか?」というアピールです。何人がそれに応えてくれたと思います?勇気ある民主主義者はたったの10人しかいなかったのです。
  • SPIEGEL: 何故だと思いますか?

Alexievich: ロシア人の間では、ロシアを取り巻く国々はどれもロシア帝国に属しているという気持ちが深く根付いてしまっているのです。

  • SPIEGEL: ロシア周辺では政情不安定な国が多いですね。ベラルーシ以外にもウクライナ、ジョージア、キルギスタン、モルドバ、アゼルバイジャン、アルメニア・・・どこもかしも、です。何故、いまそうなっているのですか?ソ連の崩壊から30年も経っているのですよ。

Alexievich: ロシア帝国は弱体化したし、共産主義エリートたちも消えつつあります。今起こっているのは、権力を欲しい人間たちの内輪もめのようなものです。巨大なヤカンの中で何もかもが煮えたぎっている。古い共産主義者もいれば、新しい資本主義者もいる。

  • SPIEGEL: あなたはこのインタビューの最初の方で、ルカシェンコが権力を握っている間はずっとベルリンに滞在すると言っていました。近いうちにベラルーシへ帰国することは可能だと思いますか?

Alexievich: 私は、何故か帰国までには長くかからないと感じています。ルカシェンコは永久に国民を押さえつけることはできません。彼の時代は終わったのです。ただ、彼を権力の座から追放するためには、国際社会の助けが必要であることは間違いない。

▼「ベラルーシは第二次大戦でファシズムを打倒した」というのは、ヒトラーによる支配を許さなかったということなのですが、スターリン主義にはどっぷりつかってしまって、未だに抜け出せない・・・ということですよね。考えてみると、ロシア革命が1917年に起こり、その5年後にベラルーシは社会主義共和国としてソ連邦の結成に参加しているということは、ロシアおよび社会主義体制とは100年も付き合っていたのですよね。レーニンが生きていたら現在のベラルーシの在り方をどのように評価するのでしょうか?

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5) どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら 


cronyism:依怙贔屓

11月22日付のObserver紙が「閣僚が絡むいじめ及び依怙贔屓に対する政府の姿勢について」(government’s view on bullying and cronyism in its ranks)という見出しの社説を掲載しています。イントロが次のようになっている。
  • Refusing to sack Priti Patel is symptomatic of Boris Johnson’s approach to leading the country
    プリティ・パテルをクビにすることを拒否することで、ボリス・ジョンソンはこの国をリードするための姿勢を暗示したと言える。
プリティ・パテル(女性)はジョンソン内閣の内務大臣なのですが、内務省の官僚との折り合いが悪いらしく、何かというと怒鳴りつけたり、汚い言葉を投げつけたりする「いじめ」ともとれる行動が話題になっていた。そこでジョンソン首相は、大臣規範に関する首相付の顧問(Sir Alex Allan)に命じてパテル大臣の行状を調査させたところ、「大臣が(意図的ではないにせよ)、公務員に対して大臣規範にそぐわないような行動をとっていた」(the home secretary had "unintentionally" breached the ministerial code in her behaviour towards civil servants)という報告書が上がってきた。

普通ならこの時点でプリティ・パテル大臣はクビになっても不思議ではないのですが、大臣が「意図的ではなかったが、人々を動揺させるような行為があったことを謝罪する」というコメントを発表したのを受けて、ジョンソン首相の口から出たのは「自分は大臣を完全に信用しており(full confidence)、彼女がいじめ行為に走るなどとは思えない」という言葉だった。当然ながら、この調査を行ったボリスの顧問はその職を辞したというわけ。

プリティ・パテルは1972年生まれの48才、保守党の下院議員に当選したのが2010年。自ら「サッチャライト」と名乗るほどのサッチャーびいきで、保守党右派の活動家として2016年のEU離脱国民投票に際しては、常にボリス・ジョンソンらと行動をともにしていた。
 
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6)むささびの鳴き声 
▼12月3日付の朝日新聞のサイトに『「鬼滅の刃」で考えるナショナリズム 煉獄杏寿郎の教え』という記事が出ていました。『鬼滅の刃』とかいうタイトルのアニメについて、ウィキペディアには次のように書いてあった。
  • 大正時代を舞台に主人公が、鬼と化した妹を人間に戻す方法を探すために戦う姿を描く和風剣戟奇譚
▼アニメ自体には興味がないけれど、「ナショナリズム」という話題には関心がある。この記事を書いた朝日新聞の記者がインタビューをした大澤真幸(おおさわ まさち)さんという社会学者によると、「現代の日本のナショナリズムは危機にある」のだそうです。大澤さんは「ナショナリズム」を次のように定義している。
  • 「自らが国という共同体の一員であることを強く意識し、時にはそのための自己犠牲も厭(いと)わない思い」
▼今の日本においてナショナリズムが危機にあると(大澤さんが)考える理由は、太平洋戦争後の日本人が、「戦前の日本人が望んでいたもの、とりわけ戦争で死んでいった人たちが目指していた理想や大義を引き継いで、その実現を目指す」というわけにはいかなくなってしまったから・・・。ただ、朝日新聞のエッセイは、大澤さんのいわゆる「戦争で死んでいった人たちが目指していた理想や大義」とは具体的にどのようなものを指すのかを語っていない(と、むささびは思う)。

▼そこでむささびが答えるならば「アジアを欧米の帝国主義から解放する大東亜共栄圏を構築すること」ということになる。違います?その構想は、欧米帝国主義との戦争で負けたことで諦めざるを得なくなった・・・と。それでも諦めずに戦前の日本人の多くが考えていた「理想」の実現を試みようとすると「今度は戦後日本の歩みを全否定することになってしまう」というわけです。シンゾーたちは「全否定して何が悪いのさ、戦後レジームからの脱却だ!」と開き直ったりする。

▼大澤さんによると「ナショナリズムはこれまでに国際的な軋轢や戦争の原因になってきた」けれど、「死者たちの願望に縛られない人間は、自分が死んだ後の将来世代のことも考えられなくなる」のだそうです。戦争の大義なるものを信じて死んでいった日本人の心を理解したり、それに拘らなくなったら、日本人は「自分自身の欲望と生き死ににしか関心がない」存在になってしまう、と。そのような人間ばかりになってしまったら日本はお終いだ・・・大澤さん自身はそのように言ってはいないけれど、「現代の日本のナショナリズムは危機にある」という彼の言葉はそのような意味としか(むささびには)理解できない。それに対して、むささびは「自分自身の欲望と生き死ににしか関心がない存在」の何が悪いのさ!と言いたくなるわけです。

▼朝日新聞のこのエッセイは健全なナショナリズムの例として、ソフトバンク会長の孫正義氏が「幕末の英雄・坂本龍馬」を尊敬していることを挙げており、「坂本龍馬たちのような純粋な深い、真の革命家がいたから僕は日本が大きく救われたと思います」と語っているのだそうです。「この人のことを思えば、今の自分もみんなのためにがんばれる」とも・・・。むささびには理解不可能な感覚です。ところで「ナショナリズムが危機にある」と言われている現代の日本の憲法は、前文において次のように謳っている。
  • 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。
▼「戦争で死んでいった人たちが目指していた理想や大義」と、この文章を通じて現在の憲法が目指している「理想や大義」は違うものなのか、同じものなのか?はっきりしていることは、この憲法前文が、言葉の当たり前の意味としての「ナショナリズム」の発露ではないということです。あえて定義するならば「インターナショナリズムの発露」ということになる。

▼「インターナショナリズム」で思い出したけれど、むささびと同年輩の友人(英国人)が英国のEU離脱について嘆いている。最近では保守党のみならず労働党までもがBREXIT賛成に回っているとのことで、BREXITの背後にあるナショナリズム(英国中心主義という意味)は当分の間は収まりそうにないと言っている。そこでむささびは「皮肉なハナシではあるが、コロナ禍によって自国中心主義は引っ込んでしまうのではないか」と言ってみたわけ。人間が生き残るためにはインターナショナリズムしかない、ということに皆が気が付くときがくるのではないかということです。現にアメリカではナショナリストのトランプが負けた理由の一つがコロナ政策の失敗だったのですからね。むささびの言葉に対する友人の答えは "I hope so, Jiro"(だといいけどね) だった。彼にはいろいろ教えてあげなければ・・・。

▼わ、分かりました。もう止めます。お元気で!

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