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 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
514号 2022/11/6

寒くなりました。毎年「文化の日」が過ぎると、年の終わりが近づいたことを感じます。上の写真はスコットランドのNorth Berwickという町で飼われている馬で、Exmoor ponyという種類なのだそうです。

目次
1)スライドショー:スコットランドを見る
2)アレクシェービッチとウクライナ
3)保守主義のこれから
4)再掲載:安倍教育改革の方向違い
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声
7)俳句

1)スライドショー:スコットランドを見る
 

むささびがスコットランドへ行ったのはたった一度、それも一泊しただけ。イングランドのリバプールから飛行機でスコットランド第二の都会(人口ではいちばん大きい)、グラスゴーへ行って、完成したばかりの「ホリデイイン」に泊まり、翌日、付近のロッホ・ローモンド(Loch Lomond)へ行ってお終い。グループ旅行で味気ないこと夥しい訪問だった。もう一度、せめて1週間くらいは過ごしてみたい。人口は約550万、ということはイングランド(5598万)のざっと10分の1ということ。その割にはナショナリズムの強いところで、まごまごしていると英国から独立なんてことになりかねない。でも…むささびの年齢からすると再訪は無理かも。その前にスライドショーでも作って、と。「無理かも」を英語で言うと "I can't do that." だと思うけど、それをスコットランド訛りで言うと…?

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2)アレクシェービッチとウクライナ


「むささび」には久しぶり、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ(Svetlana Alexievich)の登場です。1948年、ウクライナ生まれ、2015年にノーベル文学賞を受けた、あの人です。むささびジャーナルにはたびたび登場しています。今年2月のプーチンによるウクライナ侵略開始以後、彼女が何を言うのか、注目していたのですが、これといった発言はありませんでした。むささびの見逃しもあるのでしょうが…。2022年6月3日付のLITERARY HUBというサイトに
というインタビューが掲載されているのを見たときはほっとしました。LITERARY HUBはアメリカの文芸サイトのようです。彼女がノーベル文学賞を受けた2015年にスタートした比較的新しいサイトですが、彼女とのインタビューはとてつもなく長い「会話」で、その殆どがノーベル賞受賞作品についての「会話」だった。それだとむささび330号の繰り返しになってしまう。

そこで彼女がロシアによるウクライナ侵略について語った部分のみを紹介することにしました。彼女は母親がウクライナ人、父親はベラルーシ人ですが、ここでは筆者の質問に答えて、ウクライナ戦争後のウクライナとヨーロッパの関係について語っています。

  • 編集者:戦争が終わった後のウクライナとヨーロッパに何を期待していますか? If we can imagine a post-war Ukraine and Europe, what do you hope to see?
Alexievich: 私はヨーロッパ、全世界そしてアメリカがウクライナを助けてくれることを願っています。この戦争でウクライナが勝利することは極めて大切なことなのです。もしウクライナが勝てば、ベラルーシも自由になるし、ロシア人は無気力な眠り(lethargic sleep)から目を覚ますことに繋がるでしょう。ヨーロッパが(歴史上)初めて団結している現在、このことは特に大切なのです。私自身、皆が現在のような危機感を持って団結したことを知らないのです。

教育がすべての中心

もう一度言っておきたいのです。我々がいま眼にしているのは、ファシズムの台頭であり、我々はこれと闘わなければならないのです。もしウクライナが勝てば、それが物事の始まりを画することになる。物事がすべて変わる。私たち全員でウクライナの再建を援助するのです。新しい世代の復活を助けるのです。そのためには教育がすべての中心でなければなりません。教育こそが世の中の流れについていけるものなのであり、(優れた教育のためには)何をおいても哲学者が必要なのです。


我々に必要なのは、物事の新しい意味、新しい選択肢を世の中に提供することです。そのためには一か所に立ち止まって何でもかんでも「プーチン」の名前で呼ぶことを止めることです。なぜ今のような状態になってしまったのか?なぜ共産主義を世の中に提供した人類がそれ(独裁者の台頭)を潰してしまうだけのエネルギーがないのか?何故過去をそのまま忘れ去ることができないのか?なぜ前進しているように見えながら実際には物事の始まりのところで終わってしまっているのか?何故過去が彼ら(ロシア人)の目の前で終わってしまっているのか…?

ベラルーシ革命の驚き

現代は多くの芸術的かつ創造的な物事が誕生する時代なのです。我々自身の革命の中で生まれたものもその一つです。私は初めて(ベラルーシで)デモに参加した時の驚きを忘れることができません。この人たちはどこから来たのだろう?私自身、あれほど沢山の美しい人びと、美しい女性を見たことがなかったのですよ。皆が白いドレスに身を包んで花束を持っていた。そして皆が微笑んでおり、子どもたちも楽し気に歩き回っていた。

それは私自身が想像もできなかったような世界だったのです。それは隠されていたのでしょう。とにかく見たことがない世界だった。思うに人間には多くの隠されたエネルギーというものがあるのですよ。我々に必要なのは、今のような傲慢さ、独裁体制がもたらす原始的な態度から抜け出すことなのですよ。ファシズムは未だに存在し、我々にとって脅威となっている。我々に必要なのは単純にそのような脅しを打ち破ることなのです。


▼アレクシエーヴィッチが自分で驚いているベラルーシの革命は、2020年8月に行われ大統領選挙で現職のルカシェンコが当選したと主張して大統領職に留まることになったことに抗議するベラルーシ国民のデモのこと。この選挙に立候補した女性スベトラーナ=チハノフスカヤは36才、夫は反政府活動の容疑で拘束されて立候補できず、身代わり立候補だったが、ルカシェンコの強権政治を批判し、世界的に注目を浴びた。しかし選挙結果は当局発表で80%の得票を得たルカシェンコが6選を果たした。(「世界史の窓」)

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3)保守主義のこれから

ちょっと古いけれど、3カ月ほど前のThe Prospectという時事問題誌のサイト(7月15日)に"The future of Conservatism"(保守主義の将来)という見出しのエッセイが掲載されていました。7月半ばといえば、ボリス・ジョンソンが辞任を発表、リズ・トラスとリシ・スナクの党首・首相争いが始まったばかりというころだった。The Prospectは、日本でいうと「中央公論」「世界」のような時事問題誌で、英国にしては珍しく、左右の党派性を感じさせない月刊誌です。


マルコム・リフキンド

この記事の筆者はマルコム・リフキンド(Malcolm Rifkind)という評論家なのですが、1986年から97年までは保守党の下院議員でサッチャーおよびメージャー政権の外務大臣を務めたほか2010年から2015年まで諜報・安全保障委員会の委員長を務めたことのある人です。

イントロは次のように書かれています。
  • 英国保守党は世界最古の政党であり、最も成功した政党の一つであることは間違いない。しかしボリス・ジョンソンが引き起こしたとされる混乱以後、保守党はこれまでの支配的な立場を支えてきたはずの原理・原則を再発見する必要性に迫られているのである。 It is the oldest political party in the world and among the most successful. But after the chaos of the Johnson years, the Tory Party urgently needs to rediscover the principles that made it so dominant in the first place
このエッセイは非常に長いもので全部訳して掲載するわけにはいかないので、むささびの独断で「面白い」と思う部分だけ抽出して紹介します。


イデオロギーからの自由 保守党の過激性
価値観と原理・原則 「常識」が勝利する

英国保守党政府の起源は1783年にPitt the Youngerという人物が作った政府ということになっているけれど、保守党自身の主張によると「世界が知っている最も長く奉仕している政府の政党:the longest-serving party of government the world has known」ということになっており、過去50年間のうち32年間権力の座に就いている。

イデオロギーからの自由

保守党はなぜそれほどまでに「長寿」なのか?最も重要な理由は「イデオロギーという重荷を負ったことがない:never been burdened with an ideology」ということにある。筆者によると、イデオロギーというのは「思想と信念」(ideas and beliefs)を基にした厳格なシステムであり、国家の統治に必要な経済・政治上の理論の基礎となる。社会主義、ファシズム、共産主義のようなイデオロギーは、社会をある特定の鋳型にはめ込もうとする試みであった、と。

この世の中では、政治的目的が手段を正当化するために利用され、とんでもない結果をもたらすことがある。イデオロギーは、歴史のある時点における社会的な事情によって生み出されたり、産業と技術の発展の産物であることが多い。例えば共産主義とマルクス・レーニン主義というイデオロギーは英国における産業革命と都市労働者階級の誕生という背景によって発展した。世界が変化するにつれて、イデオロギーはしばしば現実とは不釣り合いなものとなる。同じことが特定のイデオロギーを掲げる政党についても言える。

価値観と原理・原則

保守党には国家や社会を統治するための「頑固な信念:rigid beliefs」めいたものがなかった。彼らが持っていたのは、常に変わらない「価値観と原理・原則:values and principles」であり、そのことは長年変わることがなかった。彼らが持ち続けてきた「価値観」には(例えば)愛国心・個人の自由・法の支配・自由な議会などがある。そのような議会によって支えられる政府には、国民全体の経済的・社会的繁栄(economic and social wellbeing)を実現する責任がある。この政府に課せられた責任のことを「一つの国家願望」(One Nation aspiration)と呼ぶこともある。


政治の世界における保守主義の成功の最大の理由は、保守党が常にその原理・原則や価値観に忠実であろうと努めたことにある。中でも大切なのは保守党(Tories)が常に「保守的」(conservative)であって「反動的」(reactionary)であったわけではないということだ。

保守党の過激性

保守党支持者を動かすには、常に説得が必要だ。彼らは物事を簡単に変えることには乗り気でない。世の中が健全であり続けるために変化を必要としていることがはっきりするまで、保守党支持者は首を縦に振ることはない。が、ひとたび変化が必要であることが明確になった場合、保守党は大いに過激な政党にもなり得る。政治家でいうと、マーガレット・サッチャーなどはそのような人物であったといえる。

「常識」が勝利する

ボリス・ジョンソンの辞任後も保守党が英国の政府与党であり続けるかについては定かとは言えない。保守党が与党であることが当たり前な状態であり続けるためには、誠実・正直・法の支配への妥協なしの拘りなどが取り戻される必要がある。さらに…
  • 英国が直面する深刻な諸問題を解決する戦いにおいて勝利するのは、常に「現実的な常識」であって「浅はかなイデオロギー」ではない、ということを保守党が身を以て示さなければならない。 It will also need to demonstrate that pragmatic common sense will triumph over shallow ideology in resolving the serious challenges that face our nation.

▼リフキンドの保守党論の中で興味深いのが、保守党が長生きである理由の一つは「イデオロギーという重荷を負ったことがない:never been burdened with an ideology」ことであると言っている点です。彼の定義によるとイデオロギーとは「国家の統治に必要な経済・政治上の理論の基礎」なのですが、社会主義、ファシズム、共産主義などは、「社会をある特定の鋳型にはめ込もうとする試み」であるとして否定している。一方で「必要」と言いながら、もう一方では「否定」している。矛盾していません?

▼彼はまた、これまでの保守党は「保守的」(conservative)であって「反動的」(reactionary)であったわけではない、と言っている。むささびによると、「保守」というのは古いものを護持しようとする姿勢であり、場合によってはそれが人間の自然な動きに逆らう「反動」に転じることもある。プーチンのような統治者は誰も自分のことを「反動的」とは呼ばずに「これまでのシステムを大事にする人間」と呼ぶわけです。

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4)(再掲載)安倍教育改革の方向違い


むささびジャーナル101号(2007年1月7日)より再掲載
安倍首相が進める教育改革について、2006年12月23日付けのThe Economistが「若者の愛国心を高める(boosting patriotism among the young)ことを狙っているようだ」として、現在の日本の教育がかかえる問題の解決に対して「誤った答え」(wrong answer)を与えるものなのではないかと紹介しています。

同誌によると、日本の教育は確かに改革を必要としている(Japan does need serious education reform)けれど、それは現在の教育制度やカリキュラムが60年も前に作られたもので、現代には合わなくなっているという理由による。その頃の日本は、農村の若者が工場労働者として文句も言わずに長時間労働に励むことを要求しており、教育も暗記や暗算を中心とするものでよかった。

しかし日本の経済が全く様変わりしてしまったにもかかわらず、相変わらず暗記中心教育そのものは頑迷に残されてきた。本来、日本の教育が挑戦すべきなのは、情報化とグローバル化の中で若者たちの批判的な判断力(critical judgement)を養うことであるはずなのに、というわけです。

ただ、むささびがThe Economistの記事で面白いと思うのは、次の結論の部分です。
  • 日本が経済的な成功を続けているということから言えるのは、日本の若者たちが(暗記を強調するような)古い教育の部分にさしたる注意を払わずに、今の世界での繁栄に必要なクリエイティブな技能を黙って身につけてきたということなのではないか。そのように考えると(OECDの国際比較のような)フォーマルなランク付けの世界で日本の成績が落ちていることを嘆いている人びとが多い(そのような人間は日本以外のポスト工業化社会にもたくさんいる)けれど、それは実際には喜ぶべきことなのかもしれないということだ。
    Its continued economic success suggests that Japan's teenagers are paying less heed to all this, as they quietly master the creative skills needed to prosper in a modern world. In this context, perhaps those perplexing slippages in formal grades, mirrored in other post-industrial countries, ought actually to raise a cheer.
 

The Economistのこの記事を読んで思い出したのは、最近新聞などでちょいちょい見かける「クール・ジャパン」という現象のことです。かつて日本といえばクルマとか家電製品などの品質の良さで世界を席捲していたわけですが、最近は例えばマンガとかアニメとかデザインなどの分野で世界的に知られるようになっている。これらを総称して「クール・ジャパン」現象というわけです。むささびジャーナル99号でも、大学の先生が「図工や音楽教育に力を入れるべし」と力説しているということをお伝えしました。この先生なども、日本がこれから国際競争の中で生きて行くための手段の一つして、このようなクール・ジャパンの分野に秀でた若者を作ることが大切であると言っているわけです。

この大学教授の言い分にはついていけないものを感じますが、世界に冠たる(?)「クール・ジャパン」は、安倍さんが力を入れている「国を愛する教育」だの「学力向上のための教育」とは無縁の人たちによって支えられているように思える。はっきり言って教育再生会議のオッサン、オバハンがワイワイやっているのとは関係のないところで、日本の若者の創造力が伸びていっているのではないかってことです。それはそれで痛快な気がしないでもない。


ところで「クール・ジャパン」というキャンペーンが、1997年、英国に誕生したトニー・ブレアの労働党政権が行った "Cool Britannia" というキャンぺーンがお手本になっていると(むささびは)推測しています。国際社会におけるそれまでの「英国」には、backward-looking(後ろ向き)、hidebound(頑迷)、arrogant(傲慢)、 aloof(冷淡)などの言葉に代表されるイメージがつきまとっていた。

それに対して「革新的な国・英国」を売り出したのが、トニー・ブレアの "Cool Britannia" であり、英国が有するファッション・デザインとかハイテク製品などの分野における強さをアピールした。例えば海外にある英国大使館の受付エリアにはモダンなソファや家具が置かれ、大使公邸に飾られている絵画も歴史的な作品からモダンアートに変えられたりした。要するに政府を挙げてCool Britanniaを推進していたわけです。

▼要するに、戦後の貧しさを克服すべく詰め込み教育や暗記教育に励んできた日本人に必要なのは、批判的な力を身につけたりする教育なはずなのに、「戦後レジームから脱却こそ重要」と考える安倍さんが力を入れているのは「愛国心の向上」というわけで「目指すべき方向が違っているのではありませんか?」とThe Economistは言っているのですよね。

▼トニー・ブレアの「クール・ブリタニア」キャンペーンを痛烈に揶揄したのがThe Economistで、同誌の社説の見出しを(むささびは)未だに忘れることができない。
▼クールぶってみても実質が伴わなければ意味がない…という趣旨の批判だったと記憶しています。ごもっともです。
 

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5)どうでも英和辞書
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Quiet Quitting:静かな退職

9月7日付のYahoo Newsに "Quiet Quitting" なるものが「海外でトレンドに」という記事が出ていました。「静かな退職」というのは直訳で、これだけでは何のことなのか、分からないけれど「最低限の仕事だけこなし、それ以上は頑張ら ない」と説明されると少しは分かったような気にはなる。ダボス会議 (World Economic Forum) のサイトには次のような説明が出ている。
  • Quiet quitting doesn’t mean actually quitting your job. It just means doing what’s required and then getting on with your life – having more work-life balance. 
要するに会社(上司)に言われたことだけを決められた勤務時間内でやり、それ以外の時間は自分自身のために使う…そういうライフスタイルにこだわること。むささびは知らなかったのですが、「クワイエット・クィッティング」というカタカナ言葉としても使われているのですね。その昔、モーレツ社員というのがあったけれど、それの正反対というわけだ。

Quiet Quittingはもっぱら働く側の自己主張ですが、「雇う側」の自己主張として "Quiet Firing" という態度をとる企業もあるとか。辞めてもらいたい人間をそのように仕向けるために企業が意図的に作り出す環境のことで、例えば賃上げをやらない、その人間の発言をわざと無視する…普通の人間なら怒って辞表を叩きつけるような状態に追い込む。

辞めるにせよ、クビにするにせよ、"Quiet" にやることが肝心というわけですが、いずれにしてもあまりまともとは言えないよね。人間というものは「静か」であってはいけないのです。


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6)むささびの鳴き声
▼むささびジャーナルは、1号につき平均6本程度の記事を掲載しています。2003年の初期から数えて500号を超えている。つまり掲載された記事の合計本数は3000本を超えている。年齢のせいもあるけれど、過去のむささびジャーナルにどのような記事が掲載されたかなんて、殆ど憶えていない。だから昔の号を読むむささびは、普通の読者と同じ目線なわけです。本号の4つ目に掲載した安倍首相の教育改革についてのThe Economistの論評は、その意味で再掲載するだけの価値があるように思えました。

▼エッセイ3000本というと何やらとてつもない数字に思われる(かもしれない)けれど、9割以上が他人の書いたものを紹介しただけなので、口惜しいけどそれほどすごい数字ではない。でも、これはしゃあないか。

▼3つ目に掲載した「保守主義のこれから」の中で、筆者のリフキンドは「共産主義とマルクス・レーニン主義というイデオロギーは英国における産業革命(18世紀)が生んだ都市労働者の存在抜きには考えられない」という趣旨のことを言っている。それが社会体制として確立したのがロシア(20世紀初頭)であるわけですよね。

▼4つ目の記事の中では、その社会体制の中で生まれ育ったはずのアレクシエーヴィッチが「なぜ共産主義を世の中に提供した人類がそれ(独裁者の台頭)を潰してしまうだけのエネルギーがないのか?」と問いかけている。プーチンやルカシェンコ(ベラルーシ大統領)の言動を見ていると、とてもロシア革命当時の「労働者」の感覚を反映したものとは思えない。欧米に対する反感だけを頼りに動いているとし思えない。もっと分からないのが北朝鮮という国ですよね。封建主義的個人崇拝だけで体制が維持されている…そんなことってあるのか?

▼ところで今年は、むささびの庭に生えている柿の木が狂ったように実を付けています。甘柿なので、干し柿には向いていないと言われるけれど、構わず皮をむいて軒下に吊るしてあります。これが結構おいしいのです。

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