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541号 2023/11/19 |
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3)再掲載:英国のユダヤ人 |
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ユダヤ人の人口が世界で一番大きいのは(もちろん)イスラエルの630万、2番目はアメリカの570万、3番目はフランスで45万人です。英国は6番目で約30万人、日本は約1000人で60番目だそうです(いずれもウィキペディアによる数字)。つまり英国では「ユダヤ人」であるということで人種的偏見に曝されるということは殆どない(とされている)。 例外的と思われたのが、労働党のゴードン・ブラウンが首相であったころ(2007年–2010年)政治献金にからむ「スキャンダル」に悩まされたケースだった。不動産会社を経営するDavid Abrahamsという人物が、労働党に60万ポンド(約1億5000万円)の献金をしたのですが、その際、自分の名前を伏せて、別の人間の名前で献金してしまい、これが選挙法違反とされてしまった。さらに労働党のJon Mandelsohnという選挙資金担当者が、その献金の仕方が違法であることを知りながら金を受け取り、しかもそれを報告しなかったというので、責任を問われたりしたものです。むささびジャーナルは2007年末に発行した第126号でこの話題を取り上げています。 |
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英国のユダヤ人 むささびジャーナル126号(2007年12月23日) |
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政治献金にまつわる疑惑といえば、トニー・ブレア(労働党)が首相であったころにビジネスマンのLord Levyという人物が、選挙資金を寄付したことの謝礼として、貴族院議員の資格を与えられたのではないかということが問題になったことがある(この人は罪にはならなかったのですが・・・)。 上に挙げた3人に共通するのが、3人ともユダヤ人であるということで、メディアの中には、スキャンダルの背後には「ユダヤ人の陰謀」(Jewish conspiracy)があるのではないか、というニュアンスの記事を掲載するところもあった。 Jewish Chronicleというユダヤ人向けの新聞は、このスキャンダルによって「ユダヤ人叩き」が起こるのではないかと言うユダヤ系国会議員の次のようなコメントを掲載しています。
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ではどのような報道を称して「ユダヤ人叩き」というのかというと、例えばDaily Telegraphのサイト(11月30日)は「本当の資金提供者を捜せ」(Hunt for the Real Donor)という見出しの記事とともに、Abrahams氏が、元駐英イスラエル大使と握手している写真を掲載している。記事ではこの元大使が、マネーロンダリングの疑いを持たれたこともある人物であり、現在は中東和平のための特使をつとめるブレア氏のアドバイザーにもなっていると紹介されている。 もっとそれらしいのは、The Independentが12月3日付けのサイトに掲載した寄稿文で、労働党イスラエル友の会(Labour Friends of Israel: LFI)という組織によるロビー活動に触れて、この友の会の活動は「後ろ暗い(shadowy)」ところがあり、彼らの「舞台裏での影響力行使」(back-room influence)は薄気味悪いとしています。この組織はイスラエル政府の意見を伝えるための組織であり、英国の中東政策を陰で形成するのに一役買っているとしている。ちなみに保守党にもConservative Friends of Israelという「友の会」があるらしい。
政治献金スキャンダルにユダヤ人が絡んでいることについては、12月8日付けのThe Economistの政治コラムBagehotが「献金スキャンダルが語る英国のユダヤ人と移民たち」(What the funding scandal really tells us about Britain, its Jews and immigrants in general)という記事で取り上げて解説しています。 英国は対ユダヤ人の偏見も少なく、英国で暮らすユダヤ人たちは、ユダヤ人であることを隠す必要もなく、英国は最もユダヤ人でありやすい(one of the best places to be Jewish)であるとしながらも、彼らには英国社会に対する「漠然としてはいても強い感覚」(a vague but powerful sense)というものがあるとしています。すなわち:
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英国社会ではトップテーブル(主賓席)につくために、ユダヤ人を含めた「新参者」は、巨額の寄付をしたり、目立つような慈善活動をしたりという涙ぐましい努力をしなければならない。彼らは英国社会で認められるために、トップの人たちと付き合いがあることを誇示する必要があるとも感じているというわけで、The Economistは問題のAbrahams氏が若いころに、両親とバッキンガム宮殿のパーティに呼ばれたときの写真を紹介、「この写真が多くのことを物語っている」としています。 英国におけるユダヤ人の歴史ですが、BBCのサイトによると、最初に到着したのは11世紀の初め、1066年にウィリアム征服王(William the Conqueror)が,ヨーロッパ大陸からイングランドへやってきてここを制圧したときに、ユダヤ人を連れて来たことに端を発しているのだそうです。何故ユダヤ人を連れて来たのかというと、彼らが商人であり、銀行業に秀でていたということだった。当時のイングランドでは、キリスト教徒は利子を取って金を貸すことを禁止されていたのだそうです。 が、金儲けが上手であることがキリスト教徒たちのねたみを呼び、社会的な迫害にさらされるようになり、13世紀の終わりごろになって、当時のキングがユダヤ人追放を決めるに及んで、多数のユダヤ人が大陸へ脱出した。17世紀になって、清教徒革命の指導者であるオリバー・クロムウェルがユダヤ人の帰国を認めたことで、再びイングランドへやって来てユダヤ教を実践することを許された。英国最初のユダヤ教の集会所(シナゴーグ)が開設されたのが1656年のこと。昨年(2006年)、イングランド各地で「ユダヤ人の復帰350周年祝賀行事」が行われたのだそうです。 |
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4)「外相・キャメロン」にかけるスナクの期待 |
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2010年から2016年まで英国の首相だったデイビッド・キャメロンが、スナク政権の外相に就任して話題を呼んでいますね。11月13日付のニューヨークタイムズなどは、マーク・ランドラー(Mark Landler)というロンドン特派員の "Improbable Comeback of David Cameron:Dキャメロンのあり得ない復活" という解説記事を掲載したりしている。"Improbable"という言葉を辞書で引くと "not easy to believe" という意味が出ていた。 デイビッド・キャメロンといえば、2016年に英国がEUを脱退することを決めた国民投票を主宰した首相として知られている。その際に国会で自分のことを「一度は英国の未来を象徴したこともある:I was the future once」と慙愧の思いを表現したことで知られている。それにしてもまさか首相以外の大臣として復活しようとは…。 |
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ランドラー特派員によると、スナク首相といえば「変化」の象徴として支持されてきた側面があるけれど、キャメロン復活ともなると「常識では考えられない:counterintuitive」としか思えない。キャメロンは「過去の保守党」の象徴であり、首相キャメロンが追求した政策の多くが現在のスナク政権の足かせになっているとさえ言える、と。僅差の国民投票にしてから、キャメロンはEU離脱に反対だったけれど、当時のスナクは離脱賛成派だった。 2010年に首相の座についたキャメロンが採用した政策の一つが「緊縮経済」の推進であり、彼の政府は公共の福祉に背を向けるものとされていた。現在のスナク政権も似たような姿勢で臨んでおり、それが故に不人気政権となっている。 スナク党首は先月の保守党大会で「今こそ改革の時、我々がその真っただ中にいることは疑いの余地がない」(Be in no doubt, it is time for a change, and we are it)と述べているけれど、その言葉とキャメロンの復活がどのように関係するのか、よく分からない。ただあえて想像するならば、キャメロンの外相就任によって、それまで外相をつとめていたジェームズ・クレバリーが内務大臣(Home Secretary)としてスエラ・ブレバーマンの後釜に坐ることになる…と。ブレバーマンはスナク内閣の中でも極右グループに属しており、スナクとは意見の合わない閣僚とされていた。 |
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首相として6年間を過ごしたキャメロンには、「外相」として国際問題に関わった経験はないが(例えば)2015年に中国の習近平・国家主席が英国を国賓訪問した際のホスト役を務めたのがキャメロンだった。当時の英中関係は “golden era” と呼ばれるほど良好なものだった。その前の2011年にはアメリカと共同でリビアのカダフィ政権打倒に力を尽くした。 現在、ウクライナとガザの2か所で戦争が進行中であり、スナク政府としても外相には国際関係にも経験豊かな人物を必要としていた。クイーンメリー大学のティモシー・ベイル教授は
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