home backnumbers むささびの鳴き声 美耶子のコラム
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第129号 2008年2月3日
もう1月が終わってしまいました。呆然とします。129回目のむささびジャーナルです。プロ野球のキャンプが始まりました。あと1ヶ月もすると早春。最近でも昼が長くなったように思います。はっきり言って、春はいいですね。今日は関東地方が朝から雪です。
目次

1)交通信号を廃止しよう
2)アメリカで苦戦する無料紙Metro
3)貧乏なのは本人が悪いのだ・・・!?
4)アフリカ:底辺の10億人を引き上げる
5)短信
6)むささびの鳴き声

1)交通信号を廃止しよう

交通信号を廃止せよ、というちょっと目にはとんでもない主張を英国で展開している人がいます。ジャーナリストでテレビのプロデューサーでもあるMartin Cassiniという人で、The Timesに寄稿したエッセイの中で、現代都会における交通渋滞の主な原因は交通信号が多すぎることにあると言っている。

このエッセイによると、交通信号が登場する以前は、いわば早い者勝ち(a sort of first-come, first-served)のルールが暗黙のうちに認められていて、交差点にさしかかると、スピードをゆるめ、自分より先に交差点に来ていたクルマや歩行者に譲るという単純な責任(simple responsibility)をみんなで守っていた、というわけです。

現にオランダのDrachtenという町では、24ヶ所の信号が廃止された結果として、クルマの運転時間が半分になり、事故も渋滞も消えてしまったし、アメリカのモンタナ州では、政府が制限速度を廃止したら、事故が30%減っただけではなく、平均運転速度も7マイル(約10キロ)遅くなったという結果が出ている(とこの人は言っています)。

英国では排出されるCO2の30%がクルマの排気ガスであり、そのうち40%がアイドリングが原因となっている。交通信号は環境によくないだけでなく、設置に要する費用が信号一つあたり10万ポンド(??円)、維持費が年間1万ポンドもかかる。にもかかわらずロンドンのリビングストン市長は2001年からこの方、1800ヶ所もの信号を新設している。「誰かが税金を使って大金もうけをしている(Someone is making a lot of money at public expense)と、Cassiniは怒っています。で、この人なりの結論は・・・
  • 信号廃止などうまくいかない、という人に言いたい。英国ではそれが試されてもいないのだ。交通関係の偉いさんに対して、人間が自然に持っている装置(常識)をテストして見てくれと言っているのだが、答えはいつも「ノー」だ。異常にコストがかかる交通管理体制という「ベルリンの壁」は、高給取りの専門家によって守られているのだ。信号なしという世界は、彼らの存在理由そのものを脅かすということを考えると、彼らの抵抗も分からないではない。To those who say scrapping lights won’t work, the answer is: it has never been tested in Britain. I have been asking traffic bosses to collaborate on a monitored trial to test the idea that we are better off left to our own devices, but they always say “no”. The Berlin Wall of the multibillion traffic control establishment is manned by highly paid experts. As a traffic-light-free world threatens their raison d’etre, perhaps their resistance is understandable.

▼信号機が交通渋滞の原因になっているというのは、確かなことかもしれないけれど、だから「そんなもの要らない」ってことには・・・。ただ「人間の常識ってものを信用しましょうよ」という部分は悪いとは思わない。ちなみに、Martin Cassiniという人は、自分のYouTube (http://www.mcassini.com/)で、信号廃止キャンペーンを展開しています。

▼例えば東京・霞ヶ関だって多すぎるかもな、と思うところはある。というわけで、本当のところ東京にはいくつくらい信号機があるのかをサイトで調べてみたら15,000と出ておりました。でもそれだけではピンとこない。平均何メートルおきにあるのかというのを知りたいと思ったのですが見つかりませんでした。ただ、興味深い(と言っても単なる雑学としてですが)と思ったのは、日本全国の信号機の数は176、000基、点滅に要する電気代は1年間で120億円だそうです。すごいな、これは。

▼さらに雑学を披露すると、灯火方式による信号機の世界初は、1868年(明治維新の年)、ロンドン市内に設置されたものだそうです。ただこれは光源にガスを使い、緑色と赤色を表示するものだったそうで、世界初の電気式信号機は1918年、ニューヨーク市内に設置されたものだった。日本における信号機の第1号は、1930年5月に東京市(当時)の日比谷交差点に作られたもので、これはアメリカ製だったとか。

▼先日、日本記者クラブである政治家の話を聞いていたら「日本では、交差点で信号を2回待ちする道路は"渋滞道路"と見なされる」と言っていました。で、「バイパス道路を作る必要がある」ってことになる。つまり、信号を増やす→渋滞道路のカテゴリーに入る→バイパス道路建設→建設業界が潤う・・・という図式になる。矢印を反対にすると、建設業界が潤うためには信号を沢山作ることってことになるわけです。もちろんその政治家は、不要な道路作りに反対という立場の人でありました。が、まんざら的外れでもない?

2) アメリカで苦戦する無料紙Metro

スウェーデン生まれの無料新聞Metroがストックホルムで発刊されたのが1995年2月。13年も前になるんですね。「広告収入だけで新聞を作る」という発想が画期的だった。Metro Internationalのサイトによると、現在世界23カ国の約100都市でそれぞれのMetroが発行されているとなっています。英国ではDaily Mailなどを発行している新聞社、Associated Newspapersの傘下に入っており、ロンドンなど16都市で発行されています。アジアでは香港と韓国・ソウルにはあるけれど、日本では出ていないようです。

アメリカでは7年前にニューヨーク、ボストン。フィラデルフィアで発行が始まったのですが、1月19日付けのThe Economistによると、イマイチ成功していないのだそうです。他の都市におけるこれまでの経験では、発行後3年で黒字になるはずなのに、アメリカではいまだに赤字が続きで、身売り話も出ているらしい。

ヨーロッパの諸都市(パリ、ロンドン、プラハなど)では、そこそこ成功しているのにアメリカではイマイチという理由の一つとして、この手の新聞の主なる読者が都会の勤め人、すなわち地下鉄・電車・バスなどの公共交通手段の中で読まれるというケースが多いのにアメリカではこの種の通勤手段がそれほど発達していないということが挙げられています。

アメリカのExaminerという新聞社はもともとは有料新聞を発行していたのですが、いまでは無料新聞を発行している。Metroと異なるのは、この社の場合、無料新聞を家庭に配達していることです。当然、その分、人件費がかかるので商売としても高くつくのですが、クルマ社会、アメリカの事情に合ってはいる。

ただThe Economistによると、アメリカにおけるMetro苦戦の理由は他にもある。従来の有料新聞が「意外な強さ」(surprising strength)を保っていることもその一つで、ボストンの有料紙であるBoston Globeの発行部数が38万なのに、Metroのそれは16万部。広告主にとっては魅力が小さい。Metroの記事内容にも問題があるらしい。国際ニュースや(アメリカの)全国ニュースが多いのに対して、他の無料紙は圧倒的にローカルニュースが中心だとのことです。

▼アメリカの場合、国が大きすぎてボストンの読者にとってはシアトルのニュースも「外国のこと」みたいなものってことでしょうね。ただMetro自身は自分たちの新聞の特徴は「ローカルニュースをローカルピープルに伝えるローカル紙」(a local newspaper, delivering local content to a local audience)とうたっているのですがね。

▼というわけで、地元のニュースをたくさん載せて、しかも読者の家庭に配達すれば、無料紙が受ける素地はある、とThe Economistは言っています。現に、いまでもアメリカ全土で40紙ほどの無料紙が出ているし、New York Timesのような有力新聞社がボストンのMetroの株を49%所有したりしているのだから、潜在性はあるというわけで「アメリカではMetroがうまくいかなくても、他が成功する可能性はある」(Even if Metro fails in America, others may succeed)と言っています。

▼日本生活情報紙協会という組織のサイトによると日本には1200の「フリーペーパー」があるそうです。この協会の定義によると、「フリーペーパー」とは「特定の読者を狙い、無料で配布するか到達させる定期発行の地域生活情報紙誌」ということになっている。都心の駅などで普通の新聞と競争するようなものではない?

▼それにしても何故、日本にはMetro系の新聞がないのでしょうか?おそらく日本でも発行しようとしたのでしょうね。でも何故か現在は出ていない。

▼本家本元のMetroはPers Anders Anderson、Robert Braunerhielm、Monica Andersonという3人のスウェーデン人によって発行されたのですが、2007年にこの3人はスウェーデンの国王から勲章を受け取っている。ちょっと興味深いのが、受章の理由です。「市民社会への優れた貢献」(outstanding contribution to civic society)となっている。

3)貧乏なのは本人が悪いのだ・・・!?

英国人の社会意識を調べる、政府主宰のBritish Social Attitudes Surveyという世論調査によると、この20年間で、社会福祉というものへの考え方が変化してきているのが分かる、とThe Economist(1月26日付)が伝えています。結論から言うと「貧乏人が貧乏なのは、本人が悪いからだ」という考え方が増えてきているということです。

特に言えるのは、失業者に対する厳しい見方が増えていることで「失業対策のための予算を増やすべきだ」と考える人は1986年では40%近くいたのに、2005年にはこれが7%にまで下がっている。「職がないのは、本人が怠慢でやる気がない(lazy and lack of will)から」と考える人が増えているということです。

この調査によると、5分の2の英国人が「暮らしが快適(living comfortably)」としており、「生活が厳しい」という人は、20年前の25%から14%へと下がっている。ということは、「貧困」というものを身近な問題として考える英国人が減っているという意味でもある、とThe Economistは言っています。

かつて福祉国家と言われた英国ですが、現代の英国人は政府によるセーフティーネットについても冷めた見方をするケースが多く、「殆どの英国人が失業手当をもらっている人は、インチキをしている」と考えており、政府による失業手当が就業意欲をそいでしまっていると考えている人が多いとThe Economistは伝えている。

今回の調査結果についてPeter Taylor-Goobyという学者は、英国社会にかつてはあった「仲間意識(fellow feeling)」が薄くなっており、その辺りが大陸ヨーロッパ諸国とは異なると分析しています。この人によると、英国人に見る社会意識の厳しさ・固さは、英国の政治制度によるところも大きいとのことで、完全小選挙区制においては、選挙の勝ち負けがはっきりしてしまい、政治が他の国に比べると「とんがっていて冷酷」(more sharp-edged and crude)なものとなり、それが国民の社会意識にも反映されているとのことです。

The Economistは「英国人の貧困に対する感覚はそれほど変わったわけではなく、変わったのは貧困問題に(政治が)どのように取り組むべきなのかということについての意識なのだ」として、次のように結論しています。
  • 英国人の殆どが、いまでも、世の中、余りにも不平等であり、普通の人間が国の富の恩恵に浴していないと考えている。しかし、貧困が政府の問題ではないと思っている人が増えているのは事実だし、英国人の多くは、それが自分の問題ではないとも考えているようである。Most still say society is too unequal and that ordinary people get too little of the nation's wealth. But increasingly they feel that poverty is not the government's problem, or theirs.
▼この調査の比較対象となっている1986年といえば、「サッチャー革命」の真ん中という時代で、失業も多くて、貧困も身近な問題であった時代ですね。ホームレスも沢山いたし。どことなくいまの日本と似ているような・・・。20年後のいま、英国の経済は復興したと言われる一方で、英国人の意識が、昔のように政府や社会を当てにしないものに変わったということですね。これから20年たった後の日本人の意識がどうなっているのか?

▼ヨーロッパ大陸の国々には、人々の間における「仲間意識」が(英国に比べると)強いとのことで、その理由の一つとして完全小選挙区制が挙げられているのは面白いですね。確かに政治のやり方という点では、連立というシステムの方が、話し合いとか妥協とかによってものごとが決められており、それを基礎で支えているのが、fellow feelingという感じなのでしょうね。これを指摘しているPeter Taylor-Goobyはおそらく英国人なのでしょう。

4)アフリカ:底辺の10億人を引き上げる

洞爺湖のG8サミットに陰に隠れて、イマイチ目立ちませんが、今年の5月に日本(横浜)で、アフリカ開発会議(TICAD)が開かれます。だからというわけではないけれど、前回(128号)に続いてアフリカについての記事を紹介します。open democracyというサイトに掲載されていたもので、筆者はオックスフォード大学のポール・コリア教授。アフリカ開発についてのBottom Billion(底辺の10億人:Oxford University Press)という本の著者として知られています。あるアフリカ開発についての専門家から聞いたのですが、Bottom Billionという本は、この分野に係わる人の間で相当な話題を呼んでいるそうです。

コリア教授がBottom Billionで主張しているのは、アフリカを援助するためには、いわゆる金銭援助だけを考えているのでは不十分であり、アフリカの経済成長(特に製造産業)を助けるためのアフリカ優遇制度をしっかり作ることだということです。この記事は、2007年、ドイツで行われたG8首脳会議後に書かれているのですが、コリア教授は、G8首脳たちは肝心の問題を避けてしまったと批判しており、首脳たちは教授の自著であるBottom Billionをちゃんと読めと言っております。

コリア教授の記事を「要約」することは、私にとっては至難の業というわけで、前回同様、全文を訳すことにしました。興味がおありの方はここをクリックしてください。ただ白状すると、私の翻訳が完璧正しいかどうか自信はない。この種の話題って、結構面倒な翻訳上の約束事があるようで、そのあたりになると私の力ではどうにもなりません。が、そのあたりを承知かつ我慢して読んでもらえると、参考にはなるかもしれません。が、なんと言っても教授の記事の原文を読むのがイチバンですよね。原文はopen democracyのサイトに出ています。
5)短信

ゲイ専用老人ホーム

ヨーロッパ初のゲイ専用老人ホームがドイツのベルリンにオープンして話題を呼んでいます。4階建て・28室のホームなのですが、売り出し早々満杯という盛況だそうです。建設費は寄付で集めたのですが、ベルリン市長のKlaus Wowereitも支援を表明したのだそうです。この人自身がゲイなのだとか。ホームを設計した建築家のChristian Hammさんは「年を取ってまで世間の眼を気にしながら暮らすのは情けないですからね」と言っています。
  • ▼このホーム建設の話は1995年に持ち上がったのだそうですが、設計が始まったのが6年後の2001年、晴れてオープンにこぎ着けたということです。PA通信によると部屋はいずれも豪華版だそうです。
イスラエルがビートルズに謝罪

あのビートルズが日本で公演したのが1966年6月。1965年にイスラエルでの公演が予定されていたのが、イスラエル政府の要請で中止になったということがあったのですね。もちろん知らなかったけれど・・・。で、このほどイスラエル政府が、ビートルズの生存メンバー(ポール・マッカートニーとリンゴ・スター)に公式に謝罪する手紙を送ることになったそうです。英国の新聞、Daily Telegraphによると、65年当時の中止の理由として、公式には「公演を受け入れるだけの予算がない」ということだったのですが、もう一つの理由として、ビートルズが「イスラエルの若者の心を汚す」と考えた政治家がいたということらしい。
  • ▼で、今年の5月にイスラエル建国60周年の行事があるので、ビートルズの生き残り二人を招待。したいのだそうであります。
氷の教会

ルーマニアにCarpathian Mountainsという山があって、そこに氷で出来た教会があるんだそうです。海抜約2000メートルのところあって、近くの湖からの氷で作ったものなのだとか。噂を聞きつけた人々が結婚式だの洗礼のためにわんさと押し寄せた・・・までは良かったけれど、みんなが使うキャンドルのお陰で教会の内側が溶けはじめたので、キャンドルを使った式の類はやらないことにしたとのことです。
  • ▼この教会は地元の実業家が作ったもので、その人は同じ町に氷のホテルも建てたのだそうです。聞いただけで寒気がするな・・・。

6)むささびの鳴き声

▼「毒入りギョーザ」についての報道を見ていると、完全に中国の工場で混入されたという印象しかもてないのですが、何か証拠でもあるのでしょうか?例えばNHKの夜9時のニュースは、怪しいと思われる冷凍食品と作られたのが中国であるという趣旨のラベルの実物を見せながら「絶対に食べないでください!」と危機感をこめて訴えています。ご丁寧にも中国の工場に電話をして、"にべもなく"「担当者がいない」と言われる様子まで見せてくれる。こうなると、日本人の殆ど全部が「中国はどうしようもない国だ」という意識を持ってしまう。

▼でも、もう一度聞きたいのですが、あの何とかいうカタカナ名の「毒薬」が、中国の工場で中国人によって混入されたという証拠でもあるのでしょうか?「その可能性がある」ってことだけ?それにしては、かなり断定的な報道の仕方だと思いませんか?袋に穴があいていたとなると、日本国内で日本人が混入したってこともあるのですよね。いずれにしても「危険だから食べないで」と呼びかけることと、混入が中国の工場で行われたということとは別のことなのでは?

▼で、万一これが日本で日本人の愉快犯だのテロリストだのによって行われたものであるとなった場合、日本のメディアは中国の人々に対して謝罪でもするんでしょうか?

▼ところで、近所のスーパーでおせんべいを買いました。そのラベルを見ると「販売者」として「栗山米菓」と書いてあり、この会社の新潟市内の住所も電話番号も記されていのですが、どこで、誰が作ったのかについては、「製造所固有記号は欄外左側に記載」とだけ書いてある。で、そこを見ると「製造所固有記号K4」とだけ書いてある。これ、どういう意味?誰か教えてくれません? それが分からないのは、私だけ?
 「アフリカ援助」という言い逃れ:底辺の10億人を引きあげるには
ポール・コリア オックスフォード大学教授
オックスフォード大学アフリカ経済研究所理事
The Aid Evasion: raising the "bottom billion"
Paul Collier
Professor of Economics at Oxford University
Director of the Centre for the Study of African Economies
 
この記事はopendemoracyのサイトに掲載されていたものを日本語に直したものです。日本語に直したのは「むささびジャーナル」の春海二郎、コリア教授の了解を得て掲載するわけではありませんし、翻訳が絶対正しいと保障するものでもありません。正確なところをお知りになりたい方は、ここをクリックして原文(英語)お読みになることをお勧めします。

 
1960年代からこの方、世界の人口の10億人を抱える国々がますます取り残されるという状態が起こっている。こ のことは将来、手が付けられない社会問題を生むことになるだろう。落ちこぼれ国の殆どがアフリカにある。 2007年6月にドイツで開かれたG8首脳会議でアフリカ支援が議題にのぼったことは正しいことではあったのであ るが、議論がもっぱらアフリカへの援助(aid)というテーマに支配されてしまったのは残念である。援助を増や すこと自体はアフリカにとって助けにはなるかもしれないが、現在の落ちこぼれ状態を逆転させる決定打とはな らない。

実際のところ「援助」は、G8政府が支配する別の諸政策(policy instruments)に比べれば脇役であると言えるのだ 。これらの政策を使えないでいるということが悲劇なのだ。アフリカというと、援助がメディアの話題をさらっ てしまうので、私たちは、自分たちがとるべきアクションの真の潜在性に気が付かないでいるといえる。アフリ カは3つの経済問題に直面しており、それぞれが明確な政策(ポリシー)を必要としている。

貿易上のハードル

第一の問題は、アフリカが労働集約型の製造産業に移行することに失敗したということである。製品輸出に適し た国はケニアを始めいくつもあるのだが、彼らは不幸にして、グローバリゼーションのボートに乗り遅れてしま ったのだ。いまや輸出の製造産業は圧倒的にアジアに集中しており、「密集経済(economies of agglomeration)」 が低コスト生産を可能にしている。例えば、現在世界中で生産されるボタンの60%が中国のQiaotouという町で作 られている。ボタン作りでアフリカはどうして競争していけるというのか?

アフリカの沿岸都市は、アジアのような密集経済が構成する入り口(entry threshold)によって、産業の呼び水 を必要としていた。そのためには、アフリカはOECD市場において、一時的にアジアを上回る優遇が必要なの だ。ヨーロッパもアメリカもEBAやAGOAを通じてこれを提供している。即ち欧米はアジアからの製品には 関税をかけているが、アフリカのそれは関税なしで輸入している。
  • 注@:EBAはEverything But Arms(武器以外なら何でも)の略で、最低開発国からEUへの輸入については、 武器を除いて関税も数量割当ても設けずに輸入できるという協定。2001年3月5日から施行された。
  • 注A:AGOAは、African Growth and Opportunity Act(アフリカ成長と機会法)の略。サハラ以南のアフリカ 諸国とアメリカの経済関係を発展させるために2000年5月18日に施行された法律。
しかしながら、貿易協定というものには、各論(detail)に問題があるもので、EBAやAGOAにもそれが言え る。AGOAのお陰で、例えばケニアはアメリカ向けにはシャツを無関税で輸出することができるのに、ヨーロ ッパや日本への輸出には関税がかけられている。 EBAには欠陥が多くて効果的とはいえない。AGOAにも 弱点はあるのだが、この協定のお陰で、アメリカ向けの衣料輸出を5年間で10倍も引き上げたという実績はあ る。アフリカが必要としているのは、OECD市場全体をカバーするような優遇スキームなのだ。それを作るこ とで、欧米の貿易政策は数百万という職場をアフリカに創り出せるという潜在性があるのだ。

2007年のドイツにおけるG8では「アフリカ」と「貿易政策」が議題にのぼったのだが、貿易政策については、 遅ればせながらドーハ・ラウンドがretrieveされたにもかかわらず、アフリカについては何もならない結果とな った。G8が貿易政策を通じてアフリカを助けることに真剣に取り組むたいというのなら、AGOAとEBAを 統一した共通の仕組みを作ることもできたはずなのである。AGOAもEBAも既存の仕組みなのだから、その 二つが合体するについてWTOとの間では原則上の問題は何もないはずなのである。それどころか、優遇制度を 単純化、一本化することはグローバルな貿易の自由化という精神にもかなっているはずなのである。

成長の妨げ

アフリカが直面している第二の問題は、資源が豊かとされる国々の殆どが「長続きする成長」のための絶好のチ ャンスを生かしていないということである。商品価格(commodity price)が商品輸出業者に与える影響について の最近の分析を読むと、商品ブームが去った後の数年間でしっかりした長期的なガバナンスが行われない限り、 商品ブームは壊滅的な効果をもたらすものだということが分かる。現在の商品価格の高値は、新しい発見と相ま って、アフリカにとっては巨大な機会をもたらすはずである。この点、過去の歴史を繰り返すのは悲劇なのであ るが、機構上の改革を通してインセンティブが変わらないと、残念ながら歴史は繰り返されることになるであろ う。

資源による収入という「天の恵み」(windfall)は、不可避的にアフリカ諸国の政府に集まるのだから、機構上の変 革のカギは公共支出(public spending)における説明責任(accountability)の有無にあると言っていい。「民主主 義」だけでは充分ではないのだ。最近のナイジェリアにおける経験からしても、選挙というものが如何に恣意的 に行われるものかが分かる。accountabilityは一連の効果的なチェック&バランスがあってこそ可能なのである が、現在のアフリカにはそれが欠けている。何故なら、効果的なチェック&バランスによって利益を得るという インセンティブを持つ人が誰もいないからである。

いま必要なのは、国際基準と行動のための指針(code)を作ることである。資源開発にあたって企業が支払い、資 源国の政府が受け取る金額を透明に公開するための国際基準であるEITI(Extractive Industries Transparency Initiative)は、微々たるものかもしれないが、その第一歩ではある。国際的な金融業務を行う銀行は、アフリ カから腐敗したお金を置いておく場所であり、秘密のベールに包まれたままになっている。お金がテロと関係し ている場合には、銀行は報告の義務を負うが、単に最貧国から来たお金という場合には黙っていることが許され ている。

昔から受け継いだ授かり物((windfall)を管理するためには、適切な預金戦略(saving strategy)が必要で、その ためには国際的な基準作りが必要なのだが、アフリカにはそれがないのだ。Ngozi Okonjo-Iwealaがナイジェリ アの財務大臣に就任したとき、彼女は自分で預金規則を作らなければならなかった。

さらに資源をめぐる利権(consession)を与えるやり方についてさえも作られていない。現在、OECD諸国の企 業は賄賂を贈ることが禁止されているが、それと同じように、資源の採掘事業の権利を獲得するにあたっては、 秘密交渉などではなく、しっかりした規則による入札によって行われるべきなのである。また資源収入から生ま れる公共投資についても、その透明性を担保するようなガイドラインもない。せめて公共投資プロジェクトの競 争入札に関する明確なルールくらいは用意されて然るべきなのだ。ごく最近のこととはいえ、ナイジェリアでは そのようなルールが導入され、その結果としてコストが40%も安くなったということがあるのだ。

天然資源からの収入を開発に使うためには、適切なcheck & balanceが必要で、それはアフリカ自身が行うべき ことではある。しかしそのためになんらかの国際基準というものを作ることは、国内改革を行う際のベンチマー クにもなるし、大いに役に立つはずだ。ナイジェリアでは、改革勢力が現在のEITIを限定的に採用して改革を進 めている。

この問題もドイツにおけるG8サミットの議題にはのぼったのであるが、結果としては「適切なガバナンスを求 める」という当たり障りのないお勧め(bland exhortation)が出たにすぎなかった。G8の指導者たちは、アフリ カの資源輸出国が必要とする規準や規則を作るように国際機関に呼びかけるべきであったのに、それをしなかっ たのである。

不安定のカベ

アフリカをめぐる3番目の問題として、多くの国が内戦やクーデターによる国内的な不安定に直面しているとい うことがある。何十年にもわたる経済的な失敗がその理由の一つではあるが、それぞれの国が小さすぎてスケー ルの大きな安全保障経済を育めないということもある。アフリカは、より強力な国際的安全保障体制を必要とし ている。すなわち、紛争後の脆弱な状態にある国を長期間にわたって安全保障する平和維持活動であり、水平線 の彼方を見据えた安全保障である。それらはアフリカ連合が設定するガバナンス規準に基づいたものであるべき だ。その手本となるのが、シェラレオーネ安定のために外部から与えられた安全保障である。これはヨーロッパ がアフリカに与えた最も効果的な安全保障のやり方であると言える。

実は安全保障こそがG8が最も避けたがる問題なのだ。G8はスーダンのダルフール問題などについては、気に かけるようなポーズをとっただけで、アフリカに存在する紛争後の脆弱な状態に対処するための安全保障問題に ついては逃げてしまったのである。恐怖と戦争の間を行ったりきたりする中で、我々は過ちを犯し続けてきた。 1993年のソマリア、94年のルワンダ、そして2003年のイラクといった具合である。

アフリカ問題を語るとき、ヨーロッパではすぐに援助倍増という話になって、貿易上の優遇措置、国際規準、安 全保障などの問題は余り話題にはならない。これらは援助にとって代わるものではない。むしろ援助を下支えす るものであると言えるのだ。このような事柄をファンタジーだと切って捨てないで欲しい。第二次世界大戦後に ヨーロッパがどのように復興したかを考えて欲しい。ヨーロッパは、アメリカによるマーシャル・プランやGATT 、OECD、EC、NATOなどに代表される貿易体制や国際基準、そして安全保障システムなどによって復興したのでは ないのか?

私はBottom Billionという本の中で、G8の指導者たちが、単なるジェスチャーだけの政治を超えて、どのように して、事態を変えるべきなのかについて示したつもりである。が、ドイツにおけるG8指導者たちのパフォーマン スを見ると、私の本を是非読んでもらいたいと言わざるを得ないのだ。