ロシアとグルジアが、グルジアにある南オセチア自治州をめぐって戦争状態になっていますが、8月9日付けのThe
Timesに寄稿したEdward
Lucasというロシア研究家(英国人)によると、この戦争は、「グルジアが敵が仕掛けたワナ にはまった(Georgia
has fallen in to its enemies' trap)」という性格のものなのだそうであります。Edward
LucasはThe
New Cold Warという本の著者でもあります。
グルジアと言っても正直言ってぴんと来ないので、8月10日付の朝日新聞の社説を頼りにおさらいをしておきまし ょう。グルジアは黒海沿岸にある共和国で人口は500万足らず、旧ソ連の崩壊で独立した新興国の一つです。その
中の南オセチア自治州はロシアとグルジアの国境にあり、オセット人という少数民族が住んでいるのですが、国境 を挟んでロシア側にある北オセチア共和国と一緒になりたいと要求して、グルジア政府との武力衝突が続いてきて
いる。朝日新聞の社説によると・・・
(南オセチアでは)ロシア軍が平和維持軍として展開して大規模な戦闘はなくなったが、事実上、グルジア国内の 小さな独立国のような存在になっている。
とのことで、今回の武力衝突については
グルジア政府軍が自治州の制圧を目指して進攻し、ロシア側が反攻に出て戦闘が広がったというのが大きな構図 だ。
と解説されています。
で、最初に挙げたEdward
Lucasの寄稿文です。このところ南オセチアではロシア軍の後押しを得た南オセチア分離 派軍とグルジア政府軍の間で戦闘が続いていたのですが、これは分離派軍の挑発にグルジア政府軍が応酬するとい
うカタチで行われてきた。この最初の挑発がロシアによるワナだったのだ、とLucasは分析するわけです。それに
乗って反撃するグルジア政府軍を、今度はロシアが圧倒的な軍事力と外交攻勢でやっつける。
外交攻勢とは何かというと、インターネットも含めたさまざまな情報戦争を通じて、グルジアが南オセチアを抑圧 しているというイメージを全世界にふりまく。ロシアの攻撃は軍事力だけではなく、サイバー攻撃も行われていて
、グルジア側のウェブサイトが殆ど稼動しないようにしてしまっているのだそうです。
情報戦争(地上戦ではない)に勝つ者がこの紛争の勝利者になるのだ。ロシアは、グルジアが抑圧者であり、妥協 を知らず、何をしでかすかも分からない国であり、これに従わない小さな村を軍事力と民族浄化によって無理やり
従わせようとしている国だ、というイメージを振りまいている。そんな国は、西側の支持が得にくいのは明白では ないか。For
it is the information war, not what happens on the ground, that
will determine the victor of this conflict. Russia is portraying
Georgia as the aggressor, an intransigent and unpredictable country
determined to restore its supremacy over an unwilling province
by means of military force and "ethnic cleansing". Such
a country, clearly, would be unfit to receive Western support.
Lucasによると、ロシアのこの情報戦争は成果を収めつつあり、ドイツのメルケル首相を始め、ヨーロッパ首脳の
間ではグルジアのサーカシビリ大統領を「アメリカ教育で染まり、2005年のバラ革命で権力をもぎ取ったカリスマ 弁護士」(a
charismatic US-educated lawyer who stormed to power in the Rose
Revolution of 2005)として疑 いの目で見ることが多いのだそうです。しかしEdward
Lucasによると、これは間違っている。
グルジアは完璧な国ではないが、独裁国家ではない。指導者はニセのイデオロギー(クレムリンを支配するソ連 時代への郷愁とロシア帝国時代の国家優越主義のような)にこだわることもない。市民社会は盛んになっているし
、反対勢力も声を上げられる状態にある。グルジアは、きわめて熱心にNATOとEUへの加盟を望んでもいる。 道徳的に考えるだけでも、ロシアの抑圧に対して、グルジアを支持する理由は十分にあるのだ。Georgia
is not perfect, but it is not a dictatorship. Its leadership does
not peddle a phoney ideology, such as the Kremlin's mishmash of
Soviet nostalgia and tsarist-era chauvinism. It has a thriving
civil society, vocal opposition and ardently wants to be in the
EU and Nato. Moral grounds alone would be enough reason for supporting
it against Russian aggression.
ヨーロッパにとって、さらに切実なのはエネルギー供給の問題です。Lucasの記事によると、旧ソ連圏からヨーロ ッパへのエネルギー供給ルートをクレムリンが独占してしまっており、これがヨーロッパにとって大きな脅威とな
っている。その唯一の抜け道が、エネルギー豊富なアゼルバイジャンからグルジア経由でトルコへ抜ける石油とガ スのパイプライン・ルートで、グルジアがロシアの手に落ちてしまうと、ヨーロッパがロシアに対して、エネルギ
ー面で独立できる希望も失われてしまう。
ただグルジアに関しては西側も割れてしまっている。アメリカのブッシュ大統領はもうすぐお終いなのだから、グ ルジアのためにロシアと第三次世界大戦のリスクをおかすことはしない。ヨーロッパはというとグルジアに味方を
するのは、リトアニアのようなかつての共産主義国で、いずれも国としては小さいところばかり。ドイツなどは、 ロシアとの関係の方を重視している。
Lucasによると、この戦いはグルジアにとって、単に南オセチアを確保するとかいうことではなく、グリジア自体 の生存にかかわる戦いになるだろうとのことです。場合によっては、グルジア国内で、同じように分離独立を狙っ
ているアブハジア(Abkhazia)の分離派がロシアの支援を得て武力闘争をするということも考えられる。
Edward Lucasは、コーカサス地方のこの戦いは、西側にとって強烈な目覚まし時計になるだろう(The
fighting in the Caucasus should be a deafening wake-up call to the
West) として次のように結んでいます。
今年4月にブカレストでNATOの首脳会議が開かれたとき、西側は致命的な間違いを犯した。グルジアが加盟 を確かなものにしようと試みたのに対して、(首脳たちは)はこれを拒否したのだ。そのときに、グルジアのサーカ
シビリ大統領は「西側が少しでも弱みと優柔不断さを見せれば、ロシアはそれにつけ込んでくるだろう」と警告し た。で、いまやそうなったのだ。(The
fighting should be a deafening wake-up call to the West. Our fatal
mistake was made at the Nato summit in Bucharest in April, when
Georgia's attempt to get a clear path to membership of the alliance
was rebuffed. Mr Saakashvili warned us then that Russia would
take advantage of any display of Western weakness or indecision.
And it has.)
▼最初に参考にさせてもらった朝日新聞の社説は「グルジア政府軍が自治州の制圧を目指して進攻し、ロシア側が
反攻に出て戦闘が広がった」としていますが、Edward
Lucasの記事によると、その政府軍の進攻自体がロシア側の 挑発にのってしまったものだとなっている。
▼また朝日の社説は結論の部分で、南オセチア問題を軍事で決着しようとすると、「旧ソ連のあちこちに残る少数
民族問題が火を噴き上げることになるのは間違いない」というわけで「戦闘をやめ、対話のテーブルにつく。これ しかない」と言っています。Edward
Lucasの記事には「対話のテーブル」などという言葉は全く出てこない。「ロシ アが何を考えようが、グルジアをNATOに入れよう」と対決を主張しているように見えます。Edward
Lucasのブ ログはここをクリックすると読むことができます。The
Timesに掲載された寄稿文も載っています。
ところで英国のOpen
Democracyのサイト(8月12日)には、グルジアのGhia
Nodia教育大臣の寄稿文が掲載されてい ます。この大臣によると、要するにロシアが狙っているのは、グルジアにロシア寄りの政権、NATOに加盟しよ
うなどと夢にも思わないようなを誕生させることであるわけですが、これはロシア国内の世論に対するジェスチャ ーでもある。すなわち、グルジアを支配することで)NATOに対する勝利であり、冷戦敗退以来続いてきたロシ
アに対する侮辱をここで断ち切ったということを示すことである、ということです。
Ghia Nodia教育大臣は、
この戦いはグルジアの魂とアイデンティティのための戦争である。領土支配や軍事・政治に関する取り決めがど のような結果になろうとも、グリジアは負けるわけにはいかないし、西側はこれを無視するわけにいかない戦争な
のである。This is
a war for the soul and identity of Georgia. Whatever the outcome
in terms of territorial control or military-political arrangements,
this war is one Georgia cannot afford to lose, and the west cannot
afford to ignore.
と主張しています。
▼Ghia Nodia教育大臣の記事(英原文)はここをクリックすると読むことができます。これはなかなか伝わってこな
いグルジア人の言い分を伝えるものなので、一読した方がよろしいかも。それを読むと、正直言って、朝日新聞の 社説の「戦闘をやめ、対話のテーブルにつく。これしかない」という主張が、殆ど滑稽と言ってもいいくらい「毒
にも薬にもならない」ものに見えてきます。
▼人口1億4000万でいまや石油大国の国(ロシア)と人口500万足らずで、ソ連の支配下にあった小国(グルジア)を同
列に並べて語ることの無意味さです。そもそも「対話のテーブル」なんてあるのでしょうか?Nodia教育大臣のエッ セイを読む限りにおいては、とてもそんなものがあるとは思えませんが・・・。
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