musasabi journal

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289号 2014/3/23
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書

埼玉県の山奥の大雪も、ようやくほぼ消えて、クロッカスが咲き始めました。雪国の人から見ると何でもないことなのでしょうが、60センチも70センチも積もった雪の下ではちゃんと花たちが生きていたのですね。雪にあまり縁のない埼玉県人にとっては新鮮な驚きであります。

目次

1)ドイツ人のドイツ語コンプレックス?!
2)トニー・ベンの死
3)「ウクライナはロシアに任せよう」
4)ロシア無視のつけ
5)37才の英国人ジャーナリストが「特攻隊」を語ると・・・
6)どうでも英和辞書
7)むささびの鳴き声
*****
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1)ドイツ人のドイツ語コンプレックス?!

The Smartsetというアメリカのサイトに出ていた"The Sound of Difference"というタイトルのエッセイはサブタイトルが
となっています。さまざまな言語が持つ「音」について書いているのですが、美しい響きを持った言葉と必ずしもそうでない言葉があるのは何故なのか?ということをテーマに書いている。書いたのはドイツ人のベルンド・ブルナー(Bernd Brunner)というドイツの作家で、この人は独仏英の3か国語がペラペラ、トルコ語とポルトガル語がそこそこ出来るという多言語人間なのだそうです。

ここで彼が話題にしているのは主としてヨーロッパの言語なのですが、ドイツ人のブルナーによると、外国人の間におけるドイツ語の響きはまことに評判が悪いらしい。"hard and aggressive"すなわちガチガチで攻撃的な響きを持っているとされるのだそうです。これは欧米人がドイツの経済的成功をねたんでのことか、そうでなければ第二次世界大戦における、あのヒットラーの演説の印象が尾を引いているにちがいない・・・とブルナーは考えた。

が、彼の調査によるならばドイツ語に対する悪評は、ヒットラーのはるか以前にすでに存在していた。いまから500年も前の神聖ローマ帝国の時代の皇帝、チャールズ四世はいろいろな言語が使えることで知られているのですが、その皇帝の言葉として
  • I speak Spanish to God, Italian to women, French to men, and German to my horse.
    私は神と会話をするときはスペイン語を使い、女性と話をするときはイタリア語、男性と話をするときはフランス語を使う。そして馬と話をするときはドイツ語を使うのだ。
というのがあるのだそうですね。どうもその頃からドイツ語は人間の言葉とは思われていなかった?!

言語の「響き」の美しさなんて主観的なもので、客観的な基準などあるわけがないのですが、それにしても一般論として母音が多く使われる言語は柔らかく響いて耳に心地よく、子音の多い言語はきつい響きを持つことは否定できない、とブルナーは言っている。例えばドイツ語のselbstverstandlichは英語でいうとobvious(明らかな)という意味らしいのですが、18個の文字で出来ているけれど、そのうち14個が子音です。

▼下の写真をクリックすると、ベルンド・ブルナーの言うガチガチのドイツ語の例が出てきます。aeroplane(飛行機)、surprise(驚き)、butterfly(蝶々)、pen、daisy(すみれ)、ambulance(救急車)、science(科学)という英語の単語をフランス語、英語、イタリア語、スペイン語、ドイツ語で発音しています。確かにドイツ語はすごい!


▼ベルンド・ブルナーが東京在住の大学教授(日本人なのか外国人なのかが書いていない)の友人から得た情報によると、日本人は世界で一番美しい言語は日本語に決まっていると考えているが「フランス語とポリネシア語も大いに買っている」(a high opinion of French and the Polynesian languages)のだそうです。ポリネシア語って、どんな言葉でしたっけ?

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2)トニー・ベンの死
 

英国の政治家、トニー・ベン(Tony Benn)が亡くなったことは日本のメディアでは伝えられましたっけ?3月14日のことで、サッチャーさんが亡くなったときほどの大騒ぎではなかったけれど、英国ではメディアというメディアが「追悼」報道をしていました。1925年生まれだから88才で亡くなったことになる。この人の死がなぜそれほど話題になるのかというと、1950年の初当選から2001年の引退まで労働党の議員であったのですが、ほぼ常に党内左派の筆頭的存在であったということです。

生前のトニー・ベンの語録の中からいくつか抜粋すると:
  • 自分自身の政治哲学について
    My mother once said to me that all decisions, including political decisions, are basically moral. Is it right or wrong?
    母親に言われたことがある。あらゆる決定(政治的なものも含む)の根拠となるのは道徳だ。正しいのか間違っているのか?ということ。
  • 社会主義について
    We are paying a heavy political price for 20 years in which, as a party, we have played down our criticism of capitalism and soft-pedalled our advocacy of socialism.
    我々(労働党)は過去20年間、資本主義批判を鈍らせると同時に社会主義の推進については柔らかすぎた。
  • 資本主義と不平等について
    The real division in society is between those who create the wealth by working and those who own the wealth. Those who own the wealth have far too much power and they use it to control those who create the wealth.
    本当の社会的分断は、富を創造する者と富を所有する者の間に存在するのだ。富を所有する者が余りにも強大な権力をも所有して、富を創造する人間を支配しようとするものなのだ。
  • トニー・ブレアと新労働党について
    To be embarrassed by socialism was very much a characteristic of New Labour.
    社会主義を恥ずかしいと思うのが新労働党の性格だ。
  • 戦争について
    All war represents a failure of diplomacy. I opposed the Suez war, I opposed the Falklands war. I opposed the Libyan bombing and I opposed the Gulf war, and I never believed that any of those principled arguments lost a single vote - indeed, I think they gained support, though that was not why you did it.
    戦争というものは例外なく外交の失敗の結果として起こるのだ。私はスエズ戦争、フォークランド戦争、リビア爆撃、湾岸戦争などに反対した。理念のある主張が投票で敗れることは絶対にないと思っていたし、実際にはそれが支持を集めたのだ。票が欲しくて理念のある主張をしたわけではないけれど。
  • イラク戦争について
    Undoubtedly the war with Iraq was a tragedy. I think it was also a crime.
    イラク戦争が悲劇であることは疑いの余地がないが、私はあれは犯罪だったとも思っている。
この中でも(むささびが)興味深いと思うのは「トニー・ブレアと新労働党について」ですね。ブレアの政権が誕生したのは1997年。1979年のサッチャー政権の誕生から1997年までの18年間、ずっと保守党政権が続いていた。その一つの理由とされたのが、労働党内の左右分裂です。ブレアが党首になって、それまで社会民主主義にこだわっていた労働党の針路を大きく右にとった。それが功を奏して労働党が大勝、2010年の選挙で敗れるまで13年間、労働党政権が続いたわけです。

ブレアたちは彼らが変革した労働党のことを新労働党(New Labour)と呼んだのですが、右寄りになったおかげで保守党と大して変わらない政党になってしまった。サッチャーの経済政策を取り入れることによって、選挙には勝ったかもしれないけれど、労働党の本来の支持者は離れて行き、それが英国政治に対する一般的な政治的無関心にも繋がっていった(とベンは言っている)。

▼ブレアが党首になって真っ先に掲げたのが「選挙に勝てる党にしよう」ということだった。その目的にかなったのが右寄り路線で、それまでの労働党の基本理念であった「産業の国有化」を破棄してしまった。以来、労働党の左派と呼ばれる人々の声は急速に小さくなってしまった。

▼同じことが日本の「左派勢力」にも言えますね。あの「日本社会党」はどこへ行ってしまったのか?でも、それは結局日本人自身が行った選択でもあるのですよね。誰かに強制されたわけではないのに社会党だの憲法9条だのを捨て去ったのですから。

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3)「ウクライナはロシアに任せよう」
 

このむささびジャーナルが出る頃、ウクライナがどうなっているか見当もつかないけれど、世論調査に見る限り英国人は結構冷めているようです。YouGovという調査機関が行った調査によると、ロシアがウクライナでとっている行動について「正しくない」(not be justified)という人は65%で、「正しい」(justified)という人の8%を大きく上回っていますが、対ロ経済制裁については
  • 無条件で賛成:27%
    条件付き賛成:25%
    無条件で反対:22%
という数字が出ています。この場合の「条件付き賛成」というのは、「対ロ経済制裁が英国経済にとって悪影響をもたらさないのであれば賛成」ということです。つまり英国経済に悪影響がある(例えば失業が増えるとか)ような経済制裁なら47%が反対ということになる。そうでなくても「無条件で反対」が22%というのは思ったより多いと思いません?

保守派の週刊誌、Spectatorの3月8日付のサイトにマシュー・パリス(Matthew Parris)というジャーナリストがエッセイを寄稿、
と言っている。欧米の世論の傾向として、ロシアはクリミアからもウクライナからも身を引くべきであり、ウクライナは欧米の庇護のもとに民主国家として歩むべきだという意見が強いけれど、パリスによると、ロシアが手を引いたとしてもその後に来るものは欧米が考えているようなものではないだろうとして、3つの理由を挙げています。

まず、クリミアに対するロシアの想い(sentiment)は欧米が考えるよりもはるかに深いものがあるということ。クリミアの管理がロシア・ソビエト社会主義共和国連邦からウクライナ・ソビエト社会主義共和国へ移管されたのは60年前の1954年のことですが、それはあくまでも管理が移行したというだけで、主権がロシアからウクライナに移ったというようなものではない。ウクライナ自体がソ連の支配下にあり、事実上ロシアの一部であったのだからロシア人の感覚からすると、当然クリミアはロシアの一部ということになる。

パリスによると、クリミア占領というロシアの行動も、ロシア人の身になって考えると理解できる(understandable)のであり、アメリカやEUのような外国がロシアに対して撤退の圧力をかけるのは「とても我慢できない干渉」(intolerable interference)ということになる。現在の状況がロシアの事実上のクリミア支配という形で終結しないかぎり、欧米がロシアに圧力をかけ続けるとロシア国内に反欧米感情が根強く残るだけのことで、欧米にとって利益になることはなにもない・・・とパリスは言います。

次にパリスが言っているのは、ウクライナが政治的にも経済的にも「どうにもならない状態」(basket case)の国であることです。パリス自身が10年ほど前にウクライナに滞在したときの印象なのですが、農業は余りにも原始的、工業も超前近代的で競争力のようなものは「ほとんどゼロ」(little sense of competitiveness)であり、これを近代化する過程においては何百万人という失業者を生まざるを得ない。
  • 西独が東独を吸収した際の予想もしなかった苦しみを考えてもらいたい。当時の東独はソ連の圏内でも経済的には最も進んでいた国の一つであったのだ。ウクライナはその反対で最も遅れた国の一つであり、現在でもそのような状態なのである。
    Consider what unexpected difficulty West Germany had in digesting East Germany - and remember that East Germany was one of the former Soviet Union’s most advanced economies; Ukraine was (and remains) one of its least.
1980年代の英国はサッチャー革命のお陰で失業者が増大してどうにもならない状態であったけれど、ウクライナに比べれば、あの苦渋に満ちたサッチャー革命でさえもティー・パーティーのようなものだ、とのことであります。欧米諸国の中には、ウクライナをEUに取り込んで欧米からの投資を促進することによって近代化するということを語る人がいるけれど、パリスによると、ウクライナはとても「投資」によって利益を生み出せるような国ではなく、これまでロシアからの経済援助によってのみ生存してきた。「欧米がロシアに取って代わってウクライナを引き受けなければならない理由はない」(Why should we be panting to take the burden upon our own shoulders?)とパリスは主張します。

欧米はウクライナに踏み込むべきではないとマシュー・パリスが主張する三つ目の理由は、ウクライナを欧米のような国にするということは、ウクライナの文化そのものを変えるという作業を伴うものであり、それはウクライナ人自身が行うべきものであって外国から輸入して行うようなものではないということです。アラブの春・イラクの春・シリアの春・・・どれも欧米がそれぞれの国の文化を変えようとしたものであり、うまくいったためしがないではないか、というわけです。

政治的な腐敗を追放し、民主主義を確立しようとするウクライナ国内の勢力の努力そのものは支持するけれど、彼らがどの程度団結しているのか、どの部分のウクライナを代表しているのか、どのような指導層を求めているのかがいまいち分からない。はっきりしていることは、改革の動きは「国内で育ち、勝ち取ったもの」(home-grown, and fought for)でなければならず輸入に頼ったものであってはならないということだ、とパリスは主張しています。

▼マシュー・パリスは、ウクライナ人がダメな人たちと言っているのではない。国家としてのウクライナがbasket case(機能しない状態)であると言っている。彼はまたプーチンやロシアのやっていることが正しいと言っているのではなく、ウクライナの中のEU寄りの勢力に肩入れすることの危険性を言っているにすぎません。「自分らにはよく分からないことは、止めておいた方がいい」(We don't know what we're doing. So let's stop doing it)ということです。自分たちの損になるということ。最初に紹介した世論調査で22%の英国人が経済制裁に反対しているのも「自分らの得にならない」ということですよね。

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4)ロシア無視のつけ
 
3月21日付の英国の週刊誌、New Statesmanに「ロシアの報復」という記事が出ています。書いたのはBBCの元モスクワ特派員、アンガス・ロクスバラ(Angus Roxburgh)。彼によると
  • ウクライナにおける最近の出来事は、ソ連崩壊以後これまでの25年間、(ロシアが)受け続けてきた屈辱に対するプーチンの仕返しなのだ。
    recent events in Ukraine are Vladimir Putin’s payback for what he considers to be a quarter-century of humiliation since the collapse of the Soviet Union.
ということです。

憶えています?ソチ五輪の開会式。「文化的なロシア」、「ヨーロッパのロシア」がきらびやかに盛り上がって、すべてのロシア人が酔いしれた。が、ああ、夜空に浮き上がった5つの輪の一つが開かない!ロクスバラによると、あのロシアこそがヨーロッパ人が「大好きな」ロシアだった。すなわち一生懸命ヨーロッパの真似をしようとするのに、ドジを踏んで笑いものになる・・・そういうロシアです。英国のメディアなどは「それみたことか」と言わんばかりにそのことを伝えていた。が、閉会式を憶えています?わざわざ五輪の一つがなかなか開かないようにして、ひやひやさせて・・・
  • ほ~ら、我々、ロシア人だって自分を笑うことができるんですよ。皆さんと同じように、ね。
    You see: we Russians can laugh at ourselves. We are just like you.
自分を笑う・・・これこそが「ヨーロッパ人にしかできないユーモアなのだ」というヨーロッパ人の思い上がりに対するロシア人なりのメッセージだった。が、昨今のウクライナを見ると、ロシアはやはりヨーロッパではなかったということが分かる。

ロクスバラによると、それもこれも共産主義の崩壊に対する欧米の不適切な態度(inept handling)に原因がある。ロシアを囲い込んで、NATOを拡大してロシアの安全を脅かすことで、自分たちが望んでもいない敵を作り上げてしまった。プーチンは、アメリカがロシアと権力を共有などする気がないことを悟った。確かに政敵を牢屋にぶち込み、選挙でさえも公正にやらないプーチンとはアメリカも力の共有など望んではいない。相互不信と憎しみだけが燃え上がった。
  • プーチンにとって欧米に受け入れられるための戦いは敗北で終わったのであり、それを取り戻すために「良い子」になることなど考えるだけアホらしいというわけである。
    For Putin, the battle for acceptance was lost and it was no longer worth “improving” himself to regain it.
で、プーチンは恫喝好きで妬み深い将軍様となり、欧米と相対しているのだ、とロクスバラは見ている。彼によると、ロシアは世界における大国の一つとして発言権を持つべきだと思っているのであり、海外にいるロシア人やロシアの権益に対する脅威に対しては断固として立ち向かう決意でいるということです。

いまから7年前の2007年、ドイツのミュンヘンで行われた安全保障に関する国際会議で演説したプーチンは極めて強い調子で、世界は多極化時代を迎えているのに、アメリカはあたかも自分たちだけが中心であるかのように振る舞っていることを非難した。ロクスバラによると、あの演説はロシアが無視されていることへの不満の表明であった。にもかかわらず欧米は相変わらずプーチン無視を続けた。
  • そしていま、プーチンは欧米が何を思おうと知ったことかという気分になっているのだ。
    And now he doesn’t give a damn what we think.
とロクスバラは結んでいます。

▼ソチ五輪の報道については、確かに英米のメディアはあら捜しに終始していたような部分がありました。北京五輪のときに、チベット問題をめぐって大会前にかなり中国に批判的な報道がなされたけれど、結局、五輪そのものの報道はかなり好意的であったのでは?ソチの場合、開会式での「五輪」が「四輪」になってしまったときの英国メディアの喜び方はとてもまともとは言えなかった。しかもロシアの同性愛者に対する厳しい態度を「人権無視」だというのでキャメロンもオバマも五輪開会式への参加をボイコットした。両方とも国内にだって同性愛反対を主張するグループはあるし、キャメロンなどは必ずしもそのような人たちのことを「人権蹂躙」と呼んでいるわけではない。またロシアも五輪の場で同性愛者を差別していたわけではない。となると「欧米が何を思おうと知ったことか」とプーチンやロシア人が開き直ったとしても大して不思議ではないのでは?

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5)37才の英国人ジャーナリストが「特攻隊」を語ると・・・

 

太平洋戦争の末期に「神風特攻隊」の隊員として命を落とした日本の若者の遺書などを、ユネスコの「世界記憶遺産」として登録しようというわけで、鹿児島県南九州市が申請書を送付したというニュースはかなり前に出ていましたよね。南九州市には市立知覧特攻平和会館という施設があって、特攻隊員の遺書や写真約1万4000点を収蔵しており、「世界記憶遺産」への登録を申請しているのはそのうちの333点なのだそうです。日本経済新聞のサイト(2月4日付)によると、南九州市の霜出勘平市長は
  • 明日、命はないという極限の状況で隊員が残した真実の言葉を保存・継承し、世界に戦争の悲惨さを伝えたい。
と語っています。

この申請についてはBBCのニュース番組でも取り上げられたのですが、2月26日付のBBCのサイトに
というタイトルのエッセイが掲載されています。書いたのはBBCの東京特派員で、ルパート・ウィングフィールド=ヘイズ(Rupert Wingfield-Hayes)という記者で、エッセイの内容はBBCの番組のためにこの記者が特攻隊員であった人にインタビューをして聞き出したことに自分なりの意見を入れたものになっています。

神風特攻隊(Kamikaze Pilots)というものについて、ウィングフィールド=ヘイズ記者は学校で教わったことがあるけれど、日本の若者がなぜそのようなことをしたのか、さっぱり見当がつかなかった(inexplicable)のですが、出来れば特攻隊員であった人に直接会ってそれを質問してみたいという夢があったのだそうです。この人は1967年生まれだから今年37才です。

ウィングフィールド=ヘイズがインタビューをしたのは、名古屋近郊で暮らす89才になる人なのですが、19才のときに特攻隊員になった。彼が繰り返し記者に語ったのは、特攻隊員が「狂信的な人間ではない」(these young men were not fanatics)ということであり、自分たちの行為によって国が救われるのだと信じていたということだった。この元特攻隊員が語った言葉をBBCの記者は次のように伝えています。
  • 常識的に考えれば、命は一つしかない、なんでそれを捨ててしまうなどと考えるのか?ということですよね。そんなことをしてなぜ幸せなんだ?ということ。でも、あのときは自分の知っている人はみんな(特攻隊に)志願することを望んでいたのですよ。(米軍の)侵攻を食い止めるためにはみんなが武士のようになる必要がある。そう決意しており、そのことになんの疑いもなかったのですよ。
    Common sense says you only have one life, so why would you want to give it away? Why would you be happy to do that? But at that time everyone I knew, they all wanted to volunteer. We needed to be warriors to stop the invasion from coming. Our minds were set. We had no doubt about it.
で、この元特攻隊員は、特攻隊員の遺書などが「世界記憶遺産」へ登録されるのは、いいことであるとはっきり語っており、あの頃の自分や自分の仲間たちに起こったことについては全く悔いの念がない・・・ということについてBBCの記者は「驚くべきこと」(astonishing)と言っています。

今回のユネスコへの申請について、南九州市の市長は「戦争の悲惨さを伝えたい」と語っているわけですが、BBCのエッセイは、最近の日本の政治家やメディア人の間で聞かれる「戦争を起こしたのは日本ではない」、「南京大虐殺はなかった」、「従軍慰安婦は自発的だった」という類の言葉を紹介して、これらを「バカげた歴史修正主義の言説」(absurd revisionist versions of history)と言っている。

太平洋戦争が終結するにあたっては、日本は原爆の投下を受け、「唯一の被爆国」(the only country to have suffered an atomic attack)という語り口が許されるようになり、東京大空襲によって一夜にして10万人もの命が失われたわけですが、BBCのウィングフィールド=ヘイズ記者は、
  • このような悲惨な出来事を語る際にしばしば忘れられたり、あえて沈黙されてしまうのがどのようにしてそれらの出来事が始まったのかということである。
    But when talking about these horrors, what is often forgotten or omitted is how it all began.
と書いたうえで、特攻隊の遺書などの「世界記憶遺産」登録については、
  • 若き特攻隊員の悲惨な犠牲を記憶に残したいという気持ちは理解できる。しばしば欠けているように見えるのは「どのようにして、そんなことになってしまったのか?」という問いかけである。
    Likewise, the desire to remember the terrible sacrifice made by the young kamikaze pilots is understandable. What often appears to be missing is that question: "How did we get here?"
と言っています。

▼このBBCの記者は、名古屋近郊で初めて会った元特攻隊員の印象を「エネルギッシュで着ているものは非常にスマート、満面の笑みを浮かべていた」(energetic and very neatly dressed old man, a wide smile on his face)という言葉で表現しています。眼がキラキラ輝いており、握手もしっかり(twinkling eyes and a firm handshake)していたとも・・・。彼が想像していた「特攻隊」とはあまりにもイメージが違うと思ったのでしょうね。

▼前号のむささびジャーナルで『放射能とナショナリズム』という本を紹介した際に、著者の小菅信子教授が、「唯一の被爆国」という考え方が「不可侵・不可知」なものとして、戦後の日本人の間に定着したことを語っていたのですが、偶然とはいえ、BBCのウィングフィールド=ヘイズ記者も「唯一の被爆国」という日本人の被害者意識について語っています。彼がこのエッセイで問うているのは、原爆であれ、特攻隊であれ、悲惨・悲劇であるには違いないけれど、なぜそのようなことが起こったのかということも語るべきではないのか?ということです。
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6)どうでも英和辞書
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Sellotape:セロテープ

知らなかったのですが、Sellotapeというのは英国のセロテープメーカーの商標なんですね。これも知らなかったけれど、最近ネット上でSellotape-Selfieなる遊びが流行っているのだとか。Selfieというのは、デジカメを使って自分の顔写真を撮影することですね。で、Sellotape-Selfieというのは、自分の顔にセロテープを貼りまくり、そ
れを自分で撮影してネット上に公開するという遊びです。


つい最近始まったばかりなのに、FacebookのSellotape-Selfieのページは10万人もの人がフォローしているのだそうです。これを始めたのは英国・ブライトン大学のLizzie Durleyという女子学生。それまでは単なる自己撮影で写したものを公開して楽しんでいたのですが、自分の顔にセロテープを貼りまくった写真に自分で大笑い、それをFacebookに掲載したらこれがバカ受けということになってしまった。

でも・・・これって、テープをはがすときかなり痛いのでは?あんたはやめときなはれ。

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7)むささびの鳴き声
▼STAP細胞なるものをめぐるゴタゴタですが、NHKのニュースを見ていたら、この話題についての「街の声」インタビューのようなものを放送しており、年配のおじさんとおばさんが「残念ですねぇ」と語っていました。あの人たちはSTAP細胞が何であり、今回の論文取り下げがどういうことなのかを分かったうえで残念がっているんだろうか?と、私、考え込んでしまいました。STAPも論文にまつわるすったもんだについても私にはよく分からない。なのに、あのおっさんやおばはんは分かっている、自分はひょっとして妻の美耶子がいうように常識不足人間なのかもしれない・・・と思ったということです。

▼ただ、自分の常識不足に対する疑惑の念に悩まされながらもアタマの片隅では「あの人たちだって大して分かっておらず、テレビで見た程度の知識で残念がっていただけなのだろう」と思ったりもしていたわけであります。あの人たちと私が異なる(かもしれない)のは、むささびは「残念ですねぇ」などとは言わないだろうということ。自分がマイクを向けられてコメントを求められたら「別に・・・」とでも言ってボツになるだろうということ。自分とは全く縁のない世界のハナシなのだから「残念」もへちまもないのであります。

▼「STAP細胞」については最初のころはオボカタさんという人は超ヒーロー扱いでしたよね。メディアというメディアが取り上げて提灯行列でもやりかねないような騒ぎだった。同じ人がいまや悪人・犯罪者扱いで叩きに叩かれている。いろいろな同業者(学者・研究者)が入れ代わり立ち代わり表れて「あんなことやっちゃいけません、ルール違反です」と真面目な顔でコメントする、テレビ番組の司会者のような人が、これまた真面目な顔で「オボカタさんの説明が求めれています」とやる。ヒーローであれ悪人であれ、「話題」でありさえすればテレビ局にとっては有難い存在であるわけでしょうね。

▼そして(これも恒例となりましたが)新聞の社説が大真面目に「日本の生命科学研究の信頼低下につながらないか、心配だ」(読売新聞3月12日)とくる。STAP騒ぎは「日本の科学者がやってくれましたよ!」という狂喜乱舞で始まり、これがあてはずれになったことで、「日本の評価が下がる」としかめっ面で終わる。いちいち「日本」だの「日本人」だのという「名刺」を持ち出さないでくれません?邪魔なんだよね。

▼ソ連崩壊後の欧米の態度について、ロクスバラ記者はinept handlingと呼んでいる。ineptというのは「下手くそ」(not skilled)というような意味です。ソ連崩壊で勝ち誇ったようにNATOを拡大させてロシア人の神経を逆なでにした。先日、クリミアの国民投票関連のテレビニュースを見ていたら、ロシア系住民のデモ隊が掲げる旗の中にソ連の旗が混じっていました。考えてみると、私(むささび)はソ連崩壊から約4分の1世紀の間にロシア人が味わってきたであろう屈辱感・喪失感のようなものには想像力を働かせるということはなかったですね。

▼それにしてもオバマやキャメロンは、この事態をどうしようと言うのでしょうか?プーチンを悔い改めさせるってんですか?でも彼は日本の安倍さんと同じか、安倍さん以上に国民の支持を得ているのですよ。経済制裁でロシアが折れたとしても、その後のロシア人の心理をどうするつもりなのか?1億4000万もの人がEUやアメリカに対する憎しみをたぎらせるような国とどう付き合っていくのか?もちろんどこかで妥協を図るのでしょう。ちなみにキャメロンは47才、オバマは52才、プーチンは1952年生まれの62才。この際、ソチ五輪の開会式にも出席してプーチンを裏切らなかった安倍さん(1954年生まれ・60才)あたりの出番なんでない!?オバマに嫌われているという点ではプーチンと似た者同士だし・・・。キャメロンもオバマも、ineptであることは確かだと思います。

▼神風特攻隊の世界記憶遺産への登録についてですが、「世界に戦争の悲惨さを伝えたい」と南九州市の市長さんは言っている。「悲惨さ」ですか・・・。特攻隊員が体当たりをしてみても殆ど負け戦であることが分かっていながら、あえてそのような作戦を立ててしまった当時の軍部の人たちの責任について、市長さんはどのように思うのでしょうか?それも戦争の「悲惨さ」だ、と?誰にも罪はない、戦争が悪かったんだ、と?当時の支配層に対する怒りを感じることは間違っているのでしょうか?せめて「戦争の愚かさ」と言ってほしいのですが・・・。

▼これ以上書き始めるときりがないので止めておきます。長々と失礼しました!
 
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被災者よりも「菅おろし」を大事にした?メディア
ブラック・スワン:謙虚さの勧め

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天皇に手紙? 結構じゃありませんか

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