musasabi journal

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451号 2020/6/7
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BREXIT 美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書

6月初め、まだ梅雨入りもしていないのに真夏のような天気です。むささびがプランターに植えているキュウリやミニトマトに実がなりましたが、この夏の楽しみは小松菜と春菊・・・かな?この野菜たちと付き合っている限り、マスクもソシアル・ディスタンスも関係ないのが有難い。

目次

1)トルドー、沈黙の21秒
2)メディアも苦しい?
3)自分で作った規則を自分で破ると・・・
4)「ノブレス・オブリージェ」の意味
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声



1)トルドー、沈黙の21秒


6月2日、カナダの首都・オタワの首相官邸前で、ジャスティン・トルドー(Justin Trudeau)首相による記者会見が開かれました。主なる話題は、アメリカにおける白人警官による黒人殺害とそれに対するアメリカ政府の対応だった。ここで紹介するのは、この記者会見の模様を伝えるBBCのサイトで使われた動画です。

まず記者が質問、それに首相が答えるという順序なのですが、世界中のメディアが伝えたのは、質問と回答の間の「沈黙」についてです。質問された首相がそれに答えるのに21秒の空白があったというわけです。ちょっとくどいかもしれないけれど、記者からの質問と首相の答えを言葉どおりに再現してみます。この会見の模様は、日本のメディアは伝えられたのでしたっけ?ここをクリックしてご覧ください。


記者からの質問

首相はこれまで、アメリカ大統領の言葉や行動についてコメントすることを嫌がってきました。しかし今やトランプ大統領はデモ隊に対して軍による規制まで呼び掛けています。大統領の写真撮影の便宜のためにデモ隊に対して催涙ガスまで発射されています。私が知りたいのは、貴方がこの状況をどのように思われるのかということです。もしコメントすることを好まないとすると、それはどういうメッセージになると思いますか?
You've been relunctant to comment on the words and actions of the US president, but we do have Donald Trump now calling for military action against protesters. We saw protestortors tear-gassed to make way for a presidential photo-op. I'd like to ask you what you think about that, and if you don't want to comment, what message do you think you are sending?


21秒間、沈黙のあとで・・・

我々は、現在アメリカで起こっていることを恐怖とショックをもって見ています。今や国民を一つにまとめるときではあるけれど、「耳を傾ける」ときでもあります。これまでの長い間にわたって進歩が続けられてきたにもかかわらず、未だに不正義と言われるものがあるということを学ぶべきときでもあるのでしょう。
We all watch in horror and consternation what’s going on in the United States. It is a time to pull people together but it is a time to listen. It is a time to learn what injustice is, continued despite progress over years and decades.


カナダにも問題が…

しかしながら今や我々カナダ人が「カナダにもまた解決すべき問題が存在する」ということを認識するべきときでもあります。すなわち黒人であるカナダ人および人種で区別されるカナダ人が差別というものに直面しているということであり、それが日常生活における現実ともなっているということでもあります。
But it is a time for us, Canadians, to recognize that we, too, have our challenges, that black Canadians and racialized Canadians face discrimination as a lived reality every single day.


制度上の差別

カナダの社会制度は、肌の色や人種で区別されるカナダ人をそれ以外のカナダ人と別扱いしているのです。自分たちの多くがそのことには気づいていないかもしれないのですが、それこそが人種で区別されるカナダ人が毎日直面している現実であるということです。
There is systemic discrimination in Canada, which means our systems treat Canadians of colour, Canadians who are racialised differently than they do others. It is something many of us don’t see, but it is something that is a lived reality for racialised Canadians.

「トルドーの21秒」については、アメリカのメディアもいろいろ伝えています。ラジオのNPRは「トルドーが喋れないというのは珍しい」、CNNは「トルドーはトランプを批判することを拒否した」と言っている。確かに語りの中では「トランプ」の名前は一つも出てこない。カナダのCBCテレビは「他国のことは語らない」というカナダ首相としてのトルドーのコメントだけを伝えている。

▼むささびは知らなかったけれど、トルドー首相は、この会見の前日に行われたデモに参加していたのですね。この会見の模様を伝えるメディアが大いに強調していたのが、トランプのことに直接言及することを避けているということだった。直接言及はしていないけれど、明らかにトランプのやり方を非難しているというメッセージを伝えるためにはどのような言葉を使えばいいのか…「21秒間の沈黙」もそのためのものであったということです。

▼ただトルドー首相の言葉の中でむささびにはどうしても分からない言い回しがあった。それは"racialized Canadians"という表現です。ここでは「人種で区別されるカナダ人」としてあるけれど、だったらもっと分かりやすく"racially-discriminated Canadians"という表現を使わなかったのだろう?そこで、"racialize"という言葉を辞書で引いたら"to give a racial character to"と説明されていた。つまり「中国系」とか「日系」とか「メキシコ系」などの表現のことを言うのでしょうね。肌の色で「区別」するのは「黒人」だけということ。そういえばトルドーは"black Canadians"という表現をしていますね。"African Canadians"とは言っていない。

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2)メディアも苦しい?



新聞王もお手上げ? ロボットに仕事とられて・・・

メディア業界をめぐる話題が二つ。皆さまご存知かもしれない話題ですが、念のため。

新聞王もお手上げ?

一つはあの新聞王、ルパート・マードックが経営しているメディア企業、News Corpが傘下にあるオーストラリアの新聞約100紙を全面的にデジタル化するか、場合によっては廃止すると発表したという話題。5月28日付のファイナンシャル・タイムズのサイトに出ていました。つまり紙媒体としての新聞がなくなるという意味です。理由は最近のコロナ禍による企業の落ち込みから来る広告収入の減少です。ウィキペディアによると、現在オーストラリアには全国紙が2紙、州単位のもの10紙、地方(region)を単位とするもの35紙ときて、コミュニティ単位の新聞が約470紙ある。その約5分の1がマードック傘下にあるということです。


ファイナンシャル・タイムズによると、今年1月から3月までの3か月でNews Corpが被った損失は10億豪ドル(約760億円)とされている。ただその全てが新聞事業の不振が原因というわけではなくて、同社が所有している有料テレビ局(Foxtel)への視聴申し込みも不振が続いているのだそうで、社主のルパート・マードックがボーナスの返上までしている。

コロナ禍で損失を被っているのはオーストラリアの新聞業界だけではなくて、英米の新聞社や出版社も似たような状態にある。例外ともいえるのが(ファイナンシャル・タイムズによると)New York TimesとWall Street Journalだそうで、この2紙は広告収入よりも購読料が主なる収入源になっている。

新聞社が広告収入の減少に悩むのは、コロナ禍だけが理由ではなく、むしろFacebookやGoogleが主宰するSNSに広告収入が移ってしまっていることが原因なのだそうで、オーストラリアではメディアへの広告収入の3分の2がSNSのものなのだそうです。紙媒体としての新聞の広告収入は10年前には全体の30%を占めていたのに、今ではそれが5%にまで下がってしまっている。これではかないっこない。失われたのは広告収入だけではない。過去10年間でオーストラリアにおける記者の仕事が4000件も失われている。


オーストラリアにおける現在のメディア状況について、メディア・娯楽・芸術連盟(Media, Entertainment & Arts Alliance)のポール・マーフィー会長の次のコメントは痛々しい。
  • 現在、我々が直面しているのはニュース砂漠ともいえる状況だ。地方議会、地方裁判所に関する報道をする者がいないし、地方政府が行っていることをチェックするメディアも存在しないのだ。 We are facing the situation where you have news deserts in Australia, where there is no coverage of local councils or courts and no proper scrutiny of local government.
というわけで、マーフィー氏は「政府がメディア業界への財政支援に乗り出すべきだ」(the government to step up financial support to the industry)と主張しています。

▼マードック系の地方紙が廃刊されることで、地方政府・議会・裁判所に関する報道をする者がいなくなるというのは、オーストラリア社会にとって確かに痛いですよね。それにしても、よくそこまでマードックの独占を許しておいたものですね。

▼ただ英国でも事情は同じで、複数の地方紙の経営を一つの企業がやっていると思います。むささびはよく分からないけれど、日本では(例えば)北海道新聞と河北新報と神戸新聞を一つの会社が経営しているということはあり得ないですよね。

▼もう一つ気になるのは、マードック系のメディアが持っている右翼的な政治スタンスが企業経営にどのように影響してくるのかということです。例えばトランプがぽしゃった場合、Fox Newsはどうなるのか?ボリス・ジョンソンがおかしくなった場合のThe Sunは?

ロボットに仕事とられて・・・

メディア関連でもう一つの話題は、シアトル・タイムズのサイト(5月29日付)に出ていたもの、マイクロソフトが自社のニュース配信サービス(MSN)のために雇用している編集スタッフを6月末をもってリストラするというもの。そもそもMSNというのがマイクロソフトのオペレーションであること自体、むささびは知りませんでした。リストラされるのは外部のエージェンシーから派遣されているスタッフ約50人で、取材記者ではなくて契約しているニュースサイトから入ってくる情報を整理・選択することが仕事の人たち(news producerという職業らしい)なのだそうです。


MSNが始まったのは1995年というから、もう25年になるんですね。最初は自分たちで取材したオリジナル・ニュースを個人読者に送っていたのですが、2014年になって他のメディアが集めた記事を整理・再配信するビジネスになった。マイクロソフトは彼らをリストラした後は仕事をロボット(AI)にやらせるのだそうですが。そのことについてリストラされるスタッフの一人は次のようにコメントしている。
  • 自分たちのやってきた仕事がロボットにもできるのかと考えるとガックリくる。けど、しゃあないか…It’s demoralizing to think machines can replace us but there you go.
最後の"there you go"(しゃあないよね)という言葉に万感の思いが込められている。

▼う~ん、単なる情報の整理だけならロボットでもできる(というよりロボットの方が効率的かもしれない)けれど、情報の取捨選択とか優先順位をつけるような仕事が入る場合でも、ロボットですかね。むささびが半世紀以上も前にやっていた新聞社の「整理」という仕事は(今にして思うと)ロボットにもできたかもね。

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3)自分で作った規則を自分で破ると・・・


最近の日本では、新聞記者と賭けマージャンをやった検事長のことが話題になったけれど、英国ではジョンソン首相のチーフ・アドバイザー(上級顧問)という立場にある人間が、ロックダウンの規則を破ったにもかかわらず謝罪も辞任もしようとしないことが大いに話題となっている・・・ということは日本のメディアでは話題になっているんでしたっけ?


その上級顧問の名前はドミニク・カミングス(Dominic Cummings)、1971年生まれの48才だからジョンソン首相(55才)より7つ年下ということになる。そのカミンズが何をしたのか?英国中がロックダウンのさなかにあった3月下旬に、親子3人でロンドンから北へ約430 キロのところにあるダラム(Durham)という町に住む母親を訪ねて行ったこと、これが"Stay at home"のロックダウン規則に違反しているというわけです。

カミングスによると、好き好んで長距離ドライブをしたわけではない。彼と妻の二人ともコロナウィルスに感染したことが判明したので、幼い息子(4才)の世話を自分の両親に見てもらうためにダラムまで出かけて行ったのだというわけです。英国のロックダウン規則によると、毎日の買い物や運動のためというような「まともな理由」(reasonable excuse)がない限り違反とされ、30ポンド(約4000円)の罰金を払わなければならないのですが、カミングスによれば自分たちの行動には、もちろん「まともな理由がある」というわけです。


さらに、ボスであるボリス・ジョンソンも彼のことをかばうコメントを繰り返して批判を浴びている。ジョンソン首相にとって頭が痛いのは、最近になって宗教関係者や保守党議員の間でもカミングスの辞職を要求する声が公然と上がってきていること。また普段は最も熱心なジョンソン支持を打ち出すDaily Mailという新聞までもがカミングスらについて「どんな世界で暮らしている人間なのか?」(What planet are they on?)と非難する見出しを付けたりしている。

で、この件を伝える5月25日付のThe Economistは、カミングスやジョンソンの行動を「政治的自己隔離」(political self-isolation)としたうえで、次のようなイントロの記事を載せています。
  • A row over the alleged breach of lockdown rules stokes anti-elite anger of the sort they once harnessed ロックダウン規則違反とされている件についての対立が反エリートの怒りを燃え立たせている。が、それはかつてはカミングスやジョンソン自身が利用したはずの「怒り」でもある。


The Economistの記事のポイントは「反エリートの怒り」という言葉です。「エリート」とはカミングスとジョンソンのこと。二人とも私立学校からオックスフォード大学へ進学というコースを辿った典型的な「エリート」です。この二人は2016年のEU離脱をめぐる国民投票や昨年12月の選挙の際は、二人で組んでBREXIT推進の先頭に立って活動した「名コンビ」だったのですが、あのとき彼らが勝利したのは、EU加盟を続けようとする「ロンドンのエリート」たちに敵意を燃やす、北イングランドの「庶民」の後押しがあったからだった。そして今、同じ人たちの怒りがカミングスとジョンソンに向かっているというわけです。

今回の騒ぎを見ていると、現在の英国政治に関連して注目すべきポイントが3つある、とThe Economistは言います。第一に今回この二人のエリートに怒っている人たちは誰なのか?ということ。答えはかつてBREXITを支持した人間、即ち年寄り・北の人間・労働階級とレッテルを貼られるような人びとです。ドミニク・カミングスは自分の政治ブログの中で
  • ありきたりの政治家は、有権者の怒りに対して鈍感である。その怒りが政治スキャンダルや無能な補佐官をクビにすることも出来ない政家たちに対する怒りであるのに、だ。 Conventional politicians are deaf to the anger brought about by scandals and unable to fire incompetent officials.
と書いているけれど、現在は彼自身が「無能な補佐官」として有権者の怒りの対象になっていることに気が付いていないというわけです。

上の写真は、自宅を出ようとするドミニク・カミングス(右)がカメラマンに囲まれて写真取材を受けている場面なのですが、この場面をテレビ・ニュースで見た視聴者から「カメラマンたちは、人と人の間隔をあけるソーシャル・ディスタンスの規則を守っていないではないか」というクレームが独立報道基準機関(Independent Press Standards Organisation)という組織に多数寄せられたのだそうです。それに対するこの組織の答えは「ロックダウン規則のことは警察に言って欲しい」というものだった。確かにくっつきすぎですな、どう見ても。それにしてもカミングス以外のカメラマンたちが全員マスクをしているというのは、どこか笑えますね。

二つ目のポイントは、ジョンソン首相がカミングスを「庇っている」というより「大いに頼りにしている」ように見えるということです。お陰でカミングス以外の有能な人間が任務を外されたりしている。なぜそこまでカミングスを取り立てるのだろう?今回の騒ぎのお陰でカミングスは世間的にはかつてほど有能な人材とは目されない存在になっているはずで、その彼をここまで引き立てることはジョンソン自身の立場の弱体化に繋がるではないか。

3つ目のポイントとして挙げられるのは、ロックダウンに対する英国人の姿勢である、とThe Economistは言います。ロックダウンが始まってから2か月も経っているのに「我慢しよう」という雰囲気が強い。が、今回の「事件」が規則を順守しようとする英国人の気持を弱めることになる可能性は大いにある。カミングスが自らの正当性を主張する記者会見を行ったのと同じ日に、ジョンソン首相も会見を行って、ロックダウンによる規制の緩和を打ち出したのですが、いわゆる「ソーシャル・ディスタンス」や「自己隔離」のような最も基本的な規則だけは守るようにと訴えた。ただThe Economistは
  • 首相にとって最も重要な補佐官自身が「規則無視」の件で非難されている。そんな状態で国民が首相の言葉にどの程度熱心に耳を傾けるだろうか?When Mr Johnson’s most important aide stands accused of ignoring the rules, what chance that the public will heed his exhortations?  
と疑問を呈している。

▼この件について知り合いの英国人に「ドミニクはたかだか母親に会いに行っただけではないか、辞任だの謝罪だのというほどの問題か?」と聞いてみたところ「非常に厳しい規則を課しておきながら、首相の側近というだけでこれを無視しても許される、それにみんなが怒っているのだ」とのことでありました。賭けマージャンの黒川どころではないね、この怒りは。

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4)「ノブレス・オブリージェ」の意味
 


「ノブレス・オブリージェ」という言葉を聞いたことあります?ウィキペディアを見ると、これはフランス語で、直訳すると「高貴さは義務を強制する」となるけれど、要するに「財産、権力、社会的地位の保持には義務が伴う」という意味なのだそうです。

「英国らしさ」の象徴?

かつて日本において「英国」という国と係わりを持っていたころのむささびは「英国通」と言われる日本人ともお付き合いをすることが多かった。その人たちが英国人に対して「ノブレス・オブリージェは英国らしさの象徴ですね」と言うのを聞いたことがたびたびありました。言われた英国人(殆どが外交官だった)が「え、まぁ…」と、さして乗り気とも思えない返事をしていたのを記憶しています。


(少し話が飛ぶけれど)今から60年ほど前(1958年)に英国で"The Rise of the Meritocracy"という本が出版された。タイトルを訳すと『実力主義の勃興』となる。著者はマイケル・ヤング(Michael Young 1915 – 2002)という社会学者で、この人は1945年に行われた選挙で福祉国家としての英国を推進する労働党の選挙綱領を書くなど、いわゆる「進歩的」(progressive)な学者として知られていた。そのヤングが"The Rise of the Meritocracy"の中で英国の未来図を描きながら「2034年の英国は実力主義社会になっているだろう」と書いているのだそうです(むささびはその本を読んでいない)。但し彼は「実力主義社会」という言葉をどちらかというとネガティブな意味で使っている。



「実力」が支配する社会

60年も前の英国はいわゆる「階級社会」で、社会的な地位を確保するためには、一定の家柄とか一定の階層の出身者であることが必要とされた社会だった。それに対してマイケル・ヤングの言う「実力主義社会」は、「知能と努力の組み合わせ」(combination of IQ and effort)がモノを言う社会のことだった。アタマが良くて、しかも勤勉な人間が報われる社会ということです。そのような社会が、家柄とか親の財産のようなものに支配される社会よりはフェアであることは間違いないのですが、それは資本主義が生み出す不平等を正当化する社会であることも事実であり、その意味において「実力主義社会」は社会主義的な社会観の持主であるマイケル・ヤングには許されないものだった。

マイケル・ヤングが英国の将来について「能力が支配する社会になっているだろう」と予想したのが1958年ですが、その60年後の2018年、息子のトビー・ヤングがBBCのラジオ番組に出演して "The Rise and Fall of the Meritocracy"(実力主義の勃興と衰退)というテーマで話をしている。トビーも父親同様に実力主義社会を望ましくないものとして考えているのですが、父親の思想について次のように語っている。
  • 社会主義的な思想を持っていた私の父が「実力主義」を嫌った理由の一つは、そのような思想が支配する社会では「成功者」の多くが「自分にはその資格がある」という思い上がった態度を持ちがちであるということだった。自分たちが社会的に上に位置するのは「全く当たり前」(thoroughly deserved)という感覚だ。彼らには地位の高さに伴う義務感(sense of noblesse oblige)のようなものがない。貴族的な社会において「生まれつき高い地位」にある人間には、そのことについての罪悪感や自己懐疑の気持ちのようなものが存在する。それが故に自分たちより下層の人びとに対しては親切である傾向が強いのだ。


階級社会は住みやすい?

むささびが興味深いと思うのは、トビー・ヤングが父親のマイケルとは正反対の保守派の論客として知られているということです。お互いに正反対の社会観を持っているのに「能力主義・実力主義が支配するのは望ましい社会ではない」という点では二人の意見が一致しているということです。今から17年も前に発行したむささびジャーナル第3号ににトビー・ヤングが書いた『実力主義社会は住みにくい』という見出しのエッセイが出ています。英国人のアメリカ観を語っているもので、
  • 「階級」というものを基本にした社会は、能力だけを中心にする社会より親切で優しく、何よりも失敗者に対して寛大である。 A society based on class is kinder and gentler-and more generous to those who fail-than one based on ability alone...
と書いている。アメリカを「実力主義が支配する国」 として捉えて「住みにくい社会」と定義づけているわけです。アメリカ社会では能力と実力のある人が尊敬されるのに対して、階級社会の英国ではどの家柄の出身なのかが問題にされる。どのような家柄の出であろうと実力があって一生懸命努力することによって社会で成功者となる…これがアメリカン・ドリーム。それに対して英国の場合は、家柄によってその後の人生が決まってしまうようなところがあり、人生とは宝くじみたいなもの、自分の努力でどうなるものでもないという考え方が定着しているというわけです。


東大生の感覚

最後に、日本では「ノブレス・オブリージェ」がどのように理解されているのだろうと思って検索してみたら2016年の『日経ビジネス』のサイトで、安部敏樹という若手社会起業家と津田大介というジャーナリストが「ノブレス・オブリージェなんかより大事なもの」というタイトルで対談をやっていました。かなり長い対談なので、興味がおありの方は原文を読んでもらいたいのですが、さわりの部分だけ紹介します。

安部さんが東大の学生であったころに川人博という教授のゼミに参加したのだそうです。そこで教授に言われたのが「東大は誰のためにあるか。君たちには大量に税金が投資されているから、強い責任感を持って動かなくてはならない」ということだった。川人教授としては、学生たちに「ノブレス・オブリージェ」の精神を身につけてもらいたいと思っての講義だったのですが、それに対する安部さんと津田さんの言葉は次のようなものだった。
  • 安部:ノブレス・オブリージェって、フランスの貴族の考え方でしょう。貴族は死ぬまで貴族だけど、東大生だって、その後ずっと高貴でいられるわけじゃない。
  • 津田:まあ、普通の人だったら、ノブレス・オブリージェなんかより、目の前にある自分の家族の生活が大事だと思いますよね。実際に食べていかなきゃ生活できないわけですし。
川人教授は常日頃から学生に対して社会活動への参加を奨励する言葉を発しており、現に彼のゼミ出身者の中には卒業後にNPOのような活動をする人もたくさんいるのですが、安倍さんは「川人さんのことは尊敬していますけれど」と言いながらも「ゼミ(出身者)の98%ぐらいは、普通に就職して大企業のサラリーマンになったり、官僚や弁護士になる」と言っている。つまりノブレス・オブリージェの世界とは無縁な生活を送る人が多いということのようであります。

▼英国は英国人自身が感じるほどには「階級社会」ではないし、アメリカもアメリカ人が誇りにするほど「実力だけがモノをいう社会」でもないのが実情だと思います。で、日本はどうなのでしょうか?階級社会ですか、実力社会ですか?それとも何か別の社会ですか?かなりはっきりしているように思えるのは、政治の世界が「家柄がモノを言う社会」であるってことなのでは?最近の政治家(自民党)を見るとほとんどが二世議員なのではありません?シンゾーも麻生も小泉も福田も。彼らが政治の世界でそれなりの地位につけたのは彼らの「実力」のせいでしょうか?

▼最後に例として挙げた東大教授の「ノブレス・オブリージェ」論は、東大生には多くの税金が投入されているのだから「強い責任感を持って動かなくてはならない」と言っているらしいけれど、東大生は必ずしも「いい家柄の出身者」ではなくて、単に「アタマがいい」というだけの存在です。もちろん60年前に比べれば、東大生の多くが金持ちの子息という傾向が強いかもしれないけれど、それは「ノブレス・オブリージェ」で言う「貴族階級」ではない。その意味ではシンゾーや麻生さんの出身学校は、いわゆる「秀才学校」ではないけれど、歴史は古い。つまり二人とも「ノブレス・オブリージェ」を実行できる立場にあることは間違いないかもね。彼らがそれをやらないだけ。単純に使命感に薄いということであり、IQからしても政治家になるしか道がなかったというだけのこと?

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5) どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら 


matter:重要(大切)である

"matter"という言葉には「物質」とか「物事」のような名詞として使われる場合と「大切である」(being important)のように動詞として使われる場合があるけれど、いずれにしても非常に使われる単語ですよね。「物質」という意味では"organic matter"(有機物質)となるし、「物事」となると"personal matter"(個人的な事情)とか"printed matter"(印刷物)なんてのも。

この言葉は動詞として使われるケースも非常に多い。
  • It doesn't matter what she wears: 彼女が何を着ていようがどうでもいいことだ。
    Does it matter what she wears?: 彼女が何を着ているかということが重要なのですか?
もちろん"doesn't matter"という言葉を使わずに"It is not important what she wears"と言っても構わないけれど、"matter"を使った方が意味がはっきりするという利点はある(と思う)。

最近のアメリカにおける黒人差別反対運動のスローガンとくれば "Black Lives Matter" ですよね。黒人の命は大切だ…というわけですが、ウィキペディアによると、2013年にフロリダ州で黒人少年が白人警官に射殺された事件に抗議するスローガンとして使われたのが発端なのだそうですね。

ミネアポリスの警官が黒人を殺したことに端を発している現在の "Black Lives Matter" 運動ですが、オバマ前大統領が「人間、誰の命だって大切だ」という意味の "Your lives matter" という発言をしているということが、Guardianのサイトに出ていました。“I want you to know that you matter, I want you to know that your lives matter, that your dreams matter" というのが、彼のスローガンだそうです。
 
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6)むささびの鳴き声 
▼我々の友だちに勧められて、NHK衛星放送の『コロナ新時代への提言―変容する人類・社会・倫理―』という番組を見ました。非常に面白い内容だった。歴史学・人類学・哲学という三つの分野の学者によるディスカッションのような番組だった。「オンデマンド」以外ではもう見ることができないかもしれないのが残念ですが、一か所だけ紹介します。ディスカッションの中で哲学者の國分功一郎さんが次のように語っている部分があった。
  • 今、疫学的・統計的なものの見方、集団でしか人間を捉えないものの見方が大前提になってしまっているが、それには違和感を覚える。
▼むささびは國分さんのことはこの番組を見るまでは全く知りませんでしたし、今だって知っているとは言えないのですが、「疫学的なものの見方でしか人間を捉えないことに違和感を持つ」という言葉に大いに頷いてしまった。コロナ騒ぎが起こって以来、メディアを見ている限り、コロナ→疫病→自粛→マスクとソシアル・ディスタンス・3密のようなことしか話題にすることがなく、生きていること自体が我慢の連続というイメージしか持たせないような「専門家」の語りだけを見せられてきたような気がするわけ。人間の「生きる」ということが単に「物理的に生存すること」としか考えたことがない人びとの語りだけを聴かされる苦痛を我慢してきたのが、ようやく救われたような気がしたということでしょう。

▼國分さんは上の言葉に続けて次のようにも言っている。
  • その違和感の第一は、死者の権利(死者が敬意を払われ、丁重に葬られる権利)が蹂躙されているということ。第二は、人間の根本的な権利である移動の自由が制限されているということ。
▼この違和感はジョルジョ・アガンベンというイタリアの哲学者の考え方を反映したものなのだそうです。この人は「(ウィルスに)感染しても集中治療を受けねばならない状態になる確率は4%しかないというのに、なぜ非常事態の措置が実施されねばならないのか」と疑問を呈してヨーロッパで大いに非難された人らしい。彼はイタリアにおけるロックダウンについて
  • 今回のパニックは、我々の社会がもはや剥き出しの生以外の何ものも信じていないことを明らかにした。
▼「剥き出しの生以外の何ものも信じていない」とは、「黙って生きていろ!」という意味ですよね。「そのような発想が常識になっている社会なんて、住みやすいはずがない」と文句を言いたくなる気持ち、わっかんねぇだろな。最近になって、シンゾーらの肝いりで「経済」のことも語られるようになっている。つまりいつまでも我慢・我慢だけでは人間生きていけないというアングルでの語りです。経済学ですね。メディアを見る限り、この世には疫学か経済学しか存在しないとさえ思えてくる。人生、死ぬか、大儲けするかのどちらかしかない、と。メディアに見る限り、それ以外に考えたり想像したりする必要はない、と。だから医療スタッフに感謝するためにアクロバット飛行をやるというようなアホらしいことをやっても誰も何も言わない。

▼ところで麻生とかいう大臣は、日本で新型コロナウイルス感染症による死者が欧米主要国に比べて少ないのは「民度のレベルが違うから」と言っているのだそうですね。この大臣が言うのには、「日本の死亡率が低いのは特殊な薬があるからでは?」という趣旨の質問を外国人から電話で受けるのだそうで、それに対する彼なりの答えが「日本人は民度が高いから」というものだった。この人の言う「民度が高い」というのは、日本では、欧米のような「命令」ではなくて「自粛要請」という穏やかな手段でも、人びとは政府の指示に従うということなのだそうであります。

▼質問をした外国人は彼の答えを聞くと、「みんな絶句して黙る」とのことで、最近その種の電話が来なくなったのだそうです。「(日本人の民度が高いという説明が)定着しつつあるんだと思います」と、大臣は言っている。あのね、日本では「自粛要請」で何とかなるのは、日本人が大勢に逆らいたくないから、変人扱いされるのを何よりも嫌うからなの。分かる?「絶句して黙る」のは、あちらさんがあきれ返ってモノが言えないから。外国からの電話が来なくなったのは「あんな国の大臣とは話をするだけムダ」と思っただけのこと。アンダスタン!?

▼ウィキペディアによると、民度とは「特定の地域・国に住む人々の平均的な知的水準、教育水準、文化水準、行動様式などの成熟度の程度を指すとされる」となっている。最後の「とされる」という言葉が示す通り、これもはっきりした定義ではない。それはともかく、このような人間を「大臣」にしていると日本人の「民度」が疑われる。実に情けない・・・!

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