musasabi journal

2003 2004 2005 2006 2007 2008
2009 2010 2011 2012 2013 2014
 2015 2016 2017  2018 2019  2020 
459号 2020/9/27
home backnumbers uk watch finland watch green alliance
BREXIT 美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書

インターネットから拾ってきたこのパズル、上の説明文を見ると「この中からあなたの名前(YOUR NAME)を見つけることができたら、あなたは世界の上位8%以内の、最もアタマのいい人間の一人であることは間違いない、と専門家が言っている」と申しております。

目次

1)スライドショー:コーネル・キャパの世界
2)アメリカ人のアメリカ観?
3)難民3700万の意味
4)激論:気候変動と原発(Part 2)
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声


1) スライドショー:コーネル・キャパの世界

コーネル・キャパ(Cornell Capa: 1918 - 2008)は、ハンガリー生まれでアメリカの写真家で、兄のロバート・キャパは戦争報道の写真家として有名だった。コーネル・キャパは写真誌 "Life" のカメラマンを務めていたことがあるのですが、写真に寄せる自分の気持について
  • "Life"と自分の間で最初に合意したのは、戦争写真家は自分のファミリーでは一人で十分ということ。自分は平和の写真家になるということだった。 One thing that Life and I agreed right from the start was that one war photographer was enough for my family; I was to be a photographer of peace.
と語っている。ここに集めた彼の作品は、殆どが1950年代のものですが、どれもが確かに「平和」を感じさせるものばかりです。どの作品を見ても、彼なりの「人間賛歌」が聞こえてくる。お見事としか言いようがない。彼の作品は、彼自身がニューヨーク市に設立したInternational Center of Photography(国際写真センター)のサイトに掲載されています。
back to top

2)アメリカ人のアメリカ観?

アメリカの世論調査機関、Pew Researchのサイトに、アメリカ人を対象にしたアメリカについての意識調査の結果が出ています。7月末から8月初めにかけて行ったもので、アンケート調査の問いかけは
となっている。検討すべき「見解」とは次のようなものです。
  • アメリカの歴史について
    A:アメリカは完全な国ではないかもしれないが、歴史上の過ちばかりに焦点を当てることは、国の弱体化に繋がる。 The U.S. may not have been perfect, but focusing on its historical flaws makes the country weaker

    B:アメリカの歴史的な過ちを認めることによってこそ、アメリカは強くなる。It makes the U.S. stronger when we acknowledge the country’s historical flaws
アンケートの結果は次のようになっている。


トランプ支持者もバイデン支持者も「過ちを認める方がアメリカは強くなる」という意見の方が多いのですね。さらには「有権者一般」も同じことです。バイデン支持者(つまり民主党支持者)の圧倒的多数が「過ちを認める」方を選ぶのは察することが出来るのですが、トランプ支持者もわずかとはいえそちらの意見の方が多いというのはちょっと意外でした。

ただ、この調査で腑に落ちないのは、「歴史的な過ち」なるものの具体例が示されていないということです。半世紀前まではまかり通っていた人種差別は「過ち」だったのか?ベトナム戦争は?日本への原爆投下は?いずれもアメリカの「歴史」に残る事柄です。このあたりが具体的に示されないとアンケート結果もいまいち納得がいかないと思うけど…。それとも「歴史上の過ち」(historical flaws)と言えば、具体例など示されなくてもアメリカ人には分かるってこと?

アンケートにはもう一つ質問があった。それは「アメリカが成功した理由は何か?」というもので、回答は次の二つから選ぶというものだった。
  • アメリカ成功の理由
  • A:アメリカの伝統を重視してきたから:reliance on long-standing principles

    B:状況に応じて変化する能力に富むから:its ability to change
結果は次のようになっている。


明らかにトランプ支持者の方が「伝統の重視」を評価しているのですが、むささびはむしろ共和党の方が状況に対応するビジネスマインドを重視するのかと思っていた。このあたりがアメリカの保守と英国の保守が違うのかもしれない。

▼「歴史上の過ち」についてのトランプ支持者の感覚についてですが、シンゾー支持者が日本の「歴史上の過ち」について質問されたら、ほぼ100%が「過ちを認めたら日本は弱くなる」と答えるのではありません?いうまでもなくトランプ個人の感覚とは無関係です。が、シンゾーはトランプとはウマがあったのですよね。意外にこの辺りの感覚も似ているのかな?あるいは歴史のことなど大して考えたことがない、というのが共通点なのかな・・・。
back to top

3)「難民3700万」の意味



アメリカのブラウン大学ワトソン国際問題研究所が9月8日に発表した "COSTS OF WAR" という報告書によると、2001年9月11日にニューヨークで起こった同時多発テロをきっかけとするアメリカ主導の「国際対テロ戦争」(global war on terror)の結果として生じた難民の数は、これまでで約3700万人にのぼるのだそうです。


「難民」にも2種類ある。一つは戦争のおかげで自分の国で暮らすことができなくなって海外へ逃れる人たち、もう一つは自分が暮らしているコミュニティに住み続けることができず、国内の別の場所に逃れる「国内難民」(internally displaced persons:IDPs) です。ただワトソン研究所によるとそれぞれの紛争国における「国内難民」の数は正確には分からず、全体の数である「3700万」というのは、ごく控えめに見積もった数字(very conservative estimate)で、4800万人と5900万人の間と言った方が現実に近いかもしれないとのことです。

この報告書がカバーしているのはアフガニスタン、イラク、リビア、イエメンなど8か国ですが、このうちアフガニスタンとイラクは、アメリカ自体が直接関わった紛争で、他の6か国についてはアメリカと同盟国が間接的に関わった内戦です。ただアメリカ軍が参加した紛争はこれら以外にも中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国、サウジアラビアなどの少なくとも10か国はあるけれど、それらはこの報告書ではカバーされていない。



イラクの場合は、当時のフセイン大統領は9・11ともアルカイダとも無関係であったにもかかわらず「大量破壊兵器を所有している」というので米英軍によって殺されてしまったことはご記憶ですよね。それ以外の例をいくつか簡単に紹介すると:

アフガニスタンの場合:9・11の首謀者とされるオサマ・ビン・ラディンが匿われているということで、2001年の同時多発テロ直後からアメリカ軍の攻撃対象となったのですが、実際にはアフガニスタンはその約20年前にソ連からの侵攻を受けており、それによって既に560万人の「難民」が生まれていた。アメリカによる攻撃前でも440万のアフガニスタン人が海外で難民生活を送っている。

イエメンの場合:現在のイエメンは、2014年以来、フーシ派というイスラム教シーア派が支配する政権がスンニ派主導のサウジアラビアなどとの戦争状態になっているけれど、実際には2002年に同国内のアルカイダ・グループを対象にするドローンによる殺害行為がアメリカによって行われている。現在はイエメンを攻撃するサウジアラビアは米国の武器輸出にとって最大の得意先の一つとなっている。

フィリピンの場合:フィリピン国内では、政府軍とミンダナオ島に陣取る反乱軍の間で紛争が40年以上も続いている。反乱軍の中にはアルカイダの関係者も含まれており米軍は2002年以来、政府軍の支援という形で参加している。対アルカイダという意味では、アメリカにとっては「反テロ戦争」の一環であるわけです。

シリアの場合:シリア紛争は2013年の時点で難民の数がアフガニスタン戦争を上回った。外国は戦争中止に向けて努力しているように見えるけれど、どこも自分たちの都合を優先させている。例えばシリア内戦の場合、ロシアとイランによる軍事援助のおかげもあって3年ほど前にアサド大統領が勝利したかに思えたけれど、アメリカとヨーロッパ諸国がこれに反対している。その理由はアサド政権がISやアルカイダのようなテロ組織がアサドにとって代わるのではないかということだった。さらに欧米としては、アサド、ロシア、イランが勝利者になって欲しくないということもあって、戦闘行為を止めようとしない。最大の被害者はシリア人というわけです。

3700万という数が如何に大きなものかを示すために、ワトソン研究所の報告書は20世紀初頭からこれまでに起こった大規模な紛争・戦争とそれらが生み出した難民の数を挙げている。


これらの数字について、ワトソン研究所は次のように語っています。
  • 自分が暮らす場所から強制的に立ち退かされる(displacement)ことのダメージを数字で伝えることには限界がある。これらの数字の背後にいる人びとを眼で見ることは難しいかもしれない。さらに家、財産、コミュニティ、その他多くのモノを失うことの感覚を数字で伝えることは不可能というものだ。立ち退きを強制されるということが、個人、家族、町や村や地方そして国全体に与える、物理的・社会的・感情的・経済的な打撃は数字で「計算」など出来るものではない。Any number is limited in what it can convey about displacement’s damage. The people behind the numbers can be difficult to see, and numbers cannot communicate how it might feel to lose one’s home, belongings, community, and much more. Displacement has caused incalculable harm to individuals, families, towns, cities, regions, and entire countries physically, socially, emotionally, and economically. Introduction Since the George W. Bush administration launched
これらの難民の多くがヨーロッパ諸国に避難先を求めて押し掛けた結果、ヨーロッパにおける反難民感情が噴き出して極右思想の台頭にも繋がった。これが2016年のBREXITにもつながったとも言える。これらの戦争の全部が全部、アメリカが悪いというわけではない。リビアの戦争は2011年に、リビア人をカダフィ独裁政権から救い出すという名目でフランスと英国が始めたものをアメリカが支援するという名目だった。なのに結果としては、カダフィ大佐は追放されたけれど、それにとって代わったのは国内のギャングたちを勇気づかせるような体制だった。リビアはアフリカからの移民がヨーロッパへ向かう際の通過点のような国になってしまった。

中東問題に詳しいジャーナリスト、パトリック・コバーン(Patrick Cockburn)は9月12日付のThe Independent紙に寄稿したエッセイの中で
  • 移民の波が消えてなくなるためには、これらの戦争そのものが終わる必要があり、それはもっと早くに実現していなければならないものだった。9・11同時多発テロ後の紛争犠牲者たちは、自分たちの故郷以上に住みやすい場所があるということを信じられなくなっているのだ。This will only happen when the wars themselves are brought to an end, as should have happened long ago, and the victims of the post-9/11 conflicts no longer believe that any country is better to live in than their own.
と言っている。つまりやむを得ず故郷を出て、難民として外国へ行っても、そこで待っているのは反移民感情だけという状態に追い込まれている、ということです。

▼ワトソン研究所が、「難民の悲惨さを数字だけで伝えることには限界がある」と言っているのは痛切ですよね。誰もなりたくてなったわけではない。しかし避難先では厄介者扱いされてしまう。パトリック・コバーンが言う通り、難民たちの多くは欧米が介入した紛争の結果として生まれており、欧米が介入を止めない限り難民も止まないのは当たり前ですよね。アフガニスタンやイラクでの戦争には日本もそれなりに参加しましたよね。そんな時の日本政府の言い訳は「日米同盟を守る」だった。要するに強い者の腰ぎんちゃくになっておいた方が得だからということです。そのような日本で生きている日本人が自分の損得(自助)には興味があっても、他人も含めた人間としての善悪(共助)などには関心がないとしても不思議はない、か?でも、そのような姿勢だと、結果として「自滅」しか残らないことになるのでは?

 back to top

4)激論:気候変動と原発(Part 2)
 

前号に続いて、ドイツの週刊誌、DER SPIEGEL(英文版)のサイトに掲載された "The Great Energy Debate" という討論記事のpart 2です。現在人類が直面する最大の問題である気候変動について「Is Nuclear Power the Solution to Climate Change? 核エネルギーは気候変動問題に対する解決をもたらすのか?」という話題を二人の専門家が「激論」しています。一人はロンドン・インペリアル・カレッジのポール・ドーフマン(Paul Dorfman)教授(64才)で、原発には反対の立場から持論を展開している。もう一人のスタファン・クビスト氏(Staffan Qvist: 34才)は、気候変動の問題に対処するためには核エネルギーの利用が欠かせないと主張しています。

前号の議論は、ドーフマン教授が、老朽化した原発の事故についての可能性に触れながら「老朽化原発の廃止に力を入れるべきだ」と主張しているのに対してQvist氏は「原発はドイツでもフランスでも安価で安定した電力を生産している。エネルギーの分野において脱炭素化を進めるための一番手っ取り早い方法は原発を積極的利用することだ」と言っている部分で終わっている。


原発反対派のPaul Dorfman(中央左)と推進派のStaffan Qvist(中央右)

「再生」と「核」を組み合わせる グリーン水素経済?
「核」は高すぎる 原子力こそが最も安全
「経済」と「恐怖」 原発と白血病
小規模原子炉の可能性 核廃棄物は無害!?
「再生+核」の組み合わせはない  世代間で意見が異なる?

  • DS:原発を廃止せずに何をするのですか?
「再生可能」と「核」を組み合わせる

Qvist: 再生可能エネルギーと核エネルギーを組み合わせたものを使うのです。低炭素のエネルギー源の中でこれこそが最も費用の面で効率的なのです。現在、世界中に一年を通じて炭素排出がゼロという電力網は約20か所ありますが、その半数以上が貧困国にある。それらの国々では水力発電所が1~2か所あるだけで、殆ど電力が使われていないのです。そのような国をモデルとして考えるわけにはいきません。再生可能エネルギーによる発電を行っている国も3~4か所ありますが、いずれも地理的に恵まれた場所にある国です。例えばノルウェーの場合は水力発電で賄うことができます。アイスランドは地熱と水力で足りている。コスタリカも同じようなものです。しかし低炭素発電を試みてきたけれど困難であったという国が4つある。スウェーデン、フランス、スイス、カナダのオンタリオ州です。これらの4か国はいずれも再生可能エネルギーと核エネルギーを組み合わせた発電を行っている。
Dorfman: 英国を見てください。海上風力発電システムがメガワット時で47ポンドというコストで発電することになっている。新しく作られたヒンクリーポイントC原発における電力の生産コストは109ポンドです。あまりにも違いすぎるのでは?
  • DS それ以外のいわゆる第三世代原発(Generation 3 plants)が現在フィンランドのオルキロト(Olkiluoto)やフランスのフラマンビル(Flamanville)で建設中です。Qvistさん、それらの原発はどれもとてつもなく建設コストが高いだけでなく、建設自体が大幅に遅れている。政府の保護金なしにはあり得ない存在です。それが正常と言えるのですか?
Qvist: ヨーロッパではずいぶん長い間新規の原発が建設されてこなかった。だから新しい原発が高くついたとしても驚くに当たらない。
 

「核」は高すぎる

Dorfman: フィンランドの原発は新しいものといえるかもしれないが、フランマンビル(フランス)のものは違う。なのに建設が何年も遅れている。フランスが予定のコストと時間で建設できないとなると、どこに原発など作れるというのですか?原発が再生可能エネルギーに比較すると非常に高くつくということがはっきりしているのです。
  • DS:数字を挙げてくれませんか?
Dorfman: Standard & Poor’sという金融機関の報告によると、再生可能エネルギーに対する投資額は年間で3500億ドルなのに、核エネルギー関連の投資額は昨年170億ドルへと下落している。この傾向はしばらく続く可能性が高い。国際エネルギー機関の報告によると、太陽光発電に対する投資額は年間35%、風力エネルギーへの投資は17%も増えている。核エネルギーに対する投資額の伸びはどうですか?1%以下じゃないですか。新規の原発が建設されているのは、どこでも政府による補助金があるからですよ。中国、ロシア、そして驚くことに英国がそうなのですが、英国の場合は「外れ値」です。原発は非常に高くつくし、建設に時間もかかるので、気候変動を遅らせることの助けには全くならない。再生可能エネルギーのコストは年々低下しているのです。
Qvist: 原発が閉鎖された場所ではどこでも再生可能エネルギーがギャップを満たしたわけではありません。(原発廃止が決まっている)ドイツでは再生可能エネルギーによる発電がフル稼働しているのに、脱炭素化が進まないのは何故なのか?ドイツにおける発電によるCO2排出量はフランスやスウェーデンよりもはるかに多いし、電力料金も非常に高い。気候変動を目的とする投資に関しては、現存の原発を維持し近代化する以上に優れた方法はないのですよ。
  • DS;現在、世界中で54基の原子炉が建設中ですが、発電量に占める原発の割合はわずか10%に過ぎないし、これからも低下していくとされている。もしあなたがおっしゃるような原発の復活が実際に起こっているとすると、これを採用する国が増えないのは何故なのですか?
「経済」と「恐怖」

Qvist: その原因は「経済」と「恐怖」です。この何十年の間にアメリカでもヨーロッパでもかつてないような複雑な原子炉が生産されている。人びとの恐怖心を和らげるためにより多くの安全装置が備えられる必要が出ている。だからコストが高くもなる。中国や韓国ではアメリカの6分の1のコストで原子炉を作れるのですよ。長期的に見ると、新規の企業が大量生産が可能な新しい原子炉を開発している。それらを使うと発電コストは石油を使うよりも低くなるんです。問題はそれを標準のものにして、繰り返して使うかどうかということなのです。
Dorfman: そういうのを絵空事(pipe dream)というのです。どれもうまくいっていないじゃないですか。フランスが試していたソジウム冷却式のASTRID原子炉は結局キャンセルされてしまったではないですか。



Qvist: ASTRIDは失敗でした、確かに。しかし今でも30種類程度の新しい設計による原子炉が提案されているはずです。中にはしっかりしたベンチャーキャピタルの支援を受けているものもある。各種の小規模モジュラー原子炉(Small Modular Reactors:SMR)などもその例であると言えます。
  • DS: でもそれはかつての巨大原発とは全く縁のないものですね
小規模原子炉の可能性

Qvist: その通りです。それらはいずれも小さくて普通の原子炉で、2020年末までには商業化されることになています。そういうことが行われていることも事実なのですよ。NuScaleというアメリカの企業はすでに自社のSMRに関する技術提携先を見つけています。この企業が自分たちの約束を守れるかどうかを証明するためのチャンスを与えないとすると、どうかしているとしか言いようがないですよ。

  • DS: 欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長はEUの新たな緑化政策から核エネルギーを除外しています。

Qvist: そうです。そのことによるダメージは極めて大きい。ドイツ、ルクセンブルグ、オーストリアのような国からの圧力に押されて、EUは核エネルギーが持つポジティブな側面もすべて無視しようとしている。

Dorfman: それにはEUの予算という理由があるんですよ。かつて核エネルギーには大変な資金が投入された。だからコストが低下の傾向を見せているのです。それを称して経済規模の問題というのです。なのに貴方はまるで経済規模などは重要な問題ではないなどと言っている。
Qvist: あなたは核エネルギーの分野における技術革新が功を奏するのを見たくない、と仰るのですか?

Dorfman: そういう問題ではありません。気候変動にまつわる危機を解決するのに役に立つような核技術が存在しないということなのです。核技術につきまとう他の問題を解決できたと仮定してみましょう。経済的な採算性、事故防止、核廃棄物の管理、核拡散、核システムの柔軟性欠如等々の問題です。これらの問題がすべて解決したとしても、我々には無限のカネがあるわけではないのですよ。
  • DS: ただ国際エネルギー機関(IEA)の発表によると再生可能エネルギーの開発にも滞りが見られるとのことです。それでも再生可能エネルギーをあてにできるんですか?
 「再生+核」の組み合わせはない

Dorfman: いいですか、我々は脱炭素化のための資金を短期間で最大限の炭素排出の縮小(best emissions reduction)を実現するために使う必要があるのですよ。核エネルギーはコストの点でも脱炭素化の点でも競争力が足りないのです。再生可能エネルギーとエネルギーの効率化を組み合わせることによってこそ炭素排出量の縮小規模が大きくなり、スピードもあがるのです。再生可能エネルギーと核エネルギーを組み合わせるというハナシではない。「再生」をとるのか「核」をとるのかという選択の問題なのです。It's not a question of doing renewables and nuclear, it's a question of doing renewables or nuclear.
Qvist: 再生可能エネルギーと核エネルギーの組み合わせは成功が証明されているのですよ。「再生」だけでは無理なのです。現在の電力生産を脱炭素化するためには、物流・産業全般・ヒーティングなどを化石燃料なしで行わなければならない。またエネルギー需要が急上昇している貧困国の事情も考慮して、現在は電力さえ有していない国々の何十億という人びとのために電力網を拡大しなければならないのですよ。核エネルギー抜きにそんなことできるはずがないのです。
  • DS:世界の基本エネルギーの80%以上が相変わらず化石燃料に依っている。風力と太陽光による発電は2%以下なのですよ。今から30年後の世界中のエネルギー消費は、今よりも50%高くなると言われている。どのようにしてやっていけるのです?
グリーン水素経済?

Dorfman: 我々は「グリーン水素経済:Green Hydrogen Economyとでもいうべきシステムを作り出す必要がある。そのためにエネルギーの効率化や貯蔵、送電グリッド間の接続性能の増大などをさらに推進する必要がある。そうした中で最も不必要なのが原子力です。何故なら原子力発電の世界には「オン」か「オフ」かしかないからです。必要な時(再生可能エネルギーが不足がちであるとか)に原子力発電所をオンにする、というような融通性に欠けるということです。

Qvist: 風力や太陽光は素晴らしいですよ。それらに反対するつもりはありません。何でもオーケー(I’m for everything)だと思うのですよ。ただ事実として、数あるエネルギー源の中で原子力だけが「計測可能な低炭素熱源」(only scalable low-carbon heat source)なのですよ。原子力によって生み出された熱によって地域や企業が使う熱源が提供できるし、水素生産もより効果的に行うことができるのです。そのような事柄によって核エネルギーには送電に適した柔軟性が確保されるし、中核になる電力も提供できるのですよ。
Dorfman: ドイツも他の国もグリーンな水素生産を目指した海上風力発電に注目しており、そのために原子力など必要ないのですよ。

Qvist: それでも一週間程度は全く無風などということはあるでしょう。冬にはそれほど太陽も出ることがない。かといって水素も少ない。となったら電力はどこから手に入れるのですか?Where is your power coming from?
 
Dorfman: 組み合わせです。水素、相互接続装置、負荷平衡装置などの組み合わせです。それによってサハラ砂漠で生み出された太陽熱をヨーロッパの国々で使えるようになる。そのためには蓄電システムが必要になる。

Qvist: どのような蓄電システムなのですか?バッテリーだとしたら電力の送電にはとてつもないコストがかかります。水素だとすると、電解槽(electrolyzers)や水素蓄電装置を建設する必要が出てくる。とんでもないシステムコストがかかるのですよ。それを全部払えますか?


  • DS:ガス発電は役に立ちませんか?融通性はあるはずです。再生可能エネルギーと併せて使えばいいのでは?
Qvist: それはできるでしょうね。This works. しかしガスは化石燃料を原料にしており、空気中へのCO2の排出が避けられない。
  • DS:化石燃料によるガスを将来は水素を原料とする合成ガス(synthesized gas)に入れ替えるという発想は?
Qvist: それでも関連インフラを整備するためには相当な投資が必要ですよ。関連コストにはそれも含めなければならない。つまり「水素経済」なんて未だ存在していないのですよ。それからあなたのおっしゃるシステムは原子力より安全だと言えますか?
  • DS:冗談を言っているのですか?
原子力こそが最も安全

Qvist: 冗談などではありませんよ。統計的に見ると、人間がこれまで使ってきた大規模なエネルギーの中で最も安全だったのが原子力なのです。炭鉱事故やガス爆発によって多くの人が命を失っているし、石炭を燃やす際に出る煙で人間が死ぬことだってある。それも大勢の人間が、です。対照的なのが原子力です。核エネルギーが利用されるようになって約60年経つけれど、公的な警戒を呼んだ事故は3件しか起こっていない。スリマイル島(アメリカ)、チェルノブイリ(ウクライナ)、福島(日本)の事故がそれです。しかもそのような悲劇的な事故であっても放射能が直接の原因で命を落とした人数はそれほど多くはない。(例えば)水力発電は排出炭素がゼロで電気を作ることが出来る。素晴らしいですよね。しかし水力発電に伴う事故の件数を調べてみると原子力などよりはるかに深刻なのですよ。ダムが決壊すると何千・何万という人が死ぬのですよ。。
Dorfman: 原子力発電の問題は、万一でも事故が起こった際には本当にひどいことになってしまうということなのです。Things go really, really go wrong. 私は放射能リスクに関連してアイルランド政府のアドバイザーをやっているのですが、委託した研究によると、原発事故がアイルランド起こった場合、土壌汚染が農業にもたらす影響からして、アイルランドそのものが破産してしまうという報告が出ている。死者の数ということだけに絞ってリスクを考えるのは問題ですよ。
  • DS:しかし発電に伴うリスクは、現存する気候変動のリスクとの関連で考える必要があるのではありませんか?
原発と白血病

Dorfman: 問題は、誰もがそれぞれに異なることを想像したり予想したりするので、結論がそれぞれ違ってくるということなのです。現在私たちに分かっていることは、放射能が人間の健康にとって危険なものだということです。KiKK studyというドイツの有名な研究によると、小児・乳幼児の白血病は原子力発電所に近くでクラスターが見つかる場合が多いのです。

Qvist: その研究は信憑性が疑われているではありませんか。白血病に関連して放射能以外の要素の存在については評価していないのですから。放射能と原発付近の白血病の間には関連性がないのです。

Dorfman: 放射能に対する安全薬が存在しないことは、世界中の研究機関が認めています。また原発事故の結果として起こるのは、白血病のような癌系の病気だけではない。将来にわたる遺伝子異常などの問題もあるのですよ。余りにも複雑で語りきることなど出来ないのですよ。そのような危険がいっぱいの技術分野に金銭を投資などするわけがない。もちろんこれ以外に核廃棄物の処理に伴うリスクもある。
核廃棄物は無害!?

Qvist: 民間分野における核廃棄物が人間に害を与えたことは一度もありません。過去60年、30か国以上で核廃棄物を保存してきているのに、です。放射能の強い核廃棄物は、人間社会が生み出す他の有害物質(ヒ素、水銀、鉛など)に比べるとごくわずかなものなのです。これらの有害物質は消え去ることがないのです。我々は新しいタイプの原子炉を使って核廃棄物を燃料として燃やすことも可能になるのですよ。
Dorfman: ことはそれほど単純ではありませんよ。核廃棄物にも含有放射能が高いもの・低いもの・中くらいのものなど、いろいろある。廃棄物の貯蔵装置を深い穴に埋めてしまおうというアイデアもあるけれど、アメリカなどが考えている貯蔵装置の材料が思ったよりも短期間で腐食が進んで使えなくなることが分かっている。
Qvist: 申し訳ないけれど、貴方がやっているのは単なる「怖がらせ」です。民間による核廃棄物が原因で死んだ人は何人いるのですか?誰もいません。None. それはすでに解決済みの問題なのです。It’s a solved problem. フィンランドの核規制庁はOlkiluoto原発の近くに廃棄物の貯蔵所を作る計画を了承しており、現在それは建設中で間もなく出来上がるのですよ。
Dorfman: その施設はうまく稼働するかどうかは、議論の余地のある問題です。が、うまく稼働するかどうかは1000年経たないと分からない・・・
  • DS:Dorfmanさん、貴方は今年で64才、Qvistさんは34です。この議論は世代によって意見対立が存在する問題なのでしょうか?
世代で意見が異なる、か?

Qvist: 私はそうだと思いますね。例えばスウェーデンでは世代が若くなるほど核エネルギーの利用には積極的なのです。彼らは核エネルギーの利用によって気候変動が防止できると思っているからです。核エネルギーについての誤った考え方が事実によって正されることで世論も変化すると思います。スウェーデンにおける世論調査で核反対は11%しかいないのです。

Dorfman: 同じ質問をドイツでしてみてください。結果は相当異なると思いますよ。これは世代間の意見の相違というような問題ではないのです。気候変動は誰でも憂慮しているのだから。問題は我々がそのような憂慮の念にどのように応えるのかということです。それこそが議論すべき問題なのですよ。

Qvist: その点には賛成できるかもしれないですね、それほど、マジメにではありませんが。Just for kicks, I might agree with you.

気候変動の問題を考えると、単純に「原発反対」とも言えないような気分になってくるし、国際エネルギー機関(IEA)のデータなどを見ても、発電用エネルギー源としての石炭の存在は否定のしようがないとも思えてくる。脱炭素化を目指そうとすると「原子力を利用しよう」というQvist氏の意見が説得力を以て迫ってくる。しかし・・・そのために払った日本の犠牲の大きさは無視するわけにはいかないよね。

 
▼福島の原発事故(2011年3月11日)から約一か月後、むささびがラジオのニュースを聴いていると「ドイツ政府が原子力政策の見直しに着手している」と報道していました。それを聴きながら「へぇ」と思ったのは、メルケル政府が原子力の利用とリスクについて検討するべく「倫理委員会」なるものを設置しており、それには政治家、産業人、環境学者らとともに宗教家や哲学者も参加しているという部分だった。エネルギー問題を検討する政府主宰の委員会になぜ宗教関係者や哲学者が参加するのか?

▼と、疑問を感じながらもむささびはドイツのやり方に興味を覚えてしまい、次のように考えることにしたわけ。「この委員会は原発が持つ危険性に関する技術的・経済的な検討を行うけれど、同時に<原発の危険性をどこまで許容するのか>をも検討するのではないか」と。それは「人間の生命の価値を考えることでもある」ということでもある・・・となると宗教者や哲学者が参加するのも不思議ではない、と。

▼あれから9年・・・ドイツ人も日本人もコロナの恐怖にとまどっている。ドイツでは感染者が約28万、死者が9500人(9月26日現在)出ている。英国(感染者:42万 死者4万2000)などに比較すると少ないと言えるのかもしれない。確かめた訳ではないけれど、コロナ禍に関してもメルケルさんは宗教関係者らも交えた「倫理委員会」を設けているのではないかと想像しているわけです。日本政府が作った委員会には哲学者や宗教関係者は参加しているのか?どなたかご存知で?

back to top 

5) どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら 


worldly-wise:苦労人(形容詞)

うちの近所にむささびと同年輩の女性が住んでいます。熱心な創価学会の会員とみえて、自宅の塀には常に公明党関連のポスターが貼ってある。先日、その人と会ったときに、「菅首相を支持する?」と聞いてみたところ答えは即座に「もちろん」だった。続けて「菅さんは苦労人だから、しっかり支えなきゃ」とも言っておりました。

菅さんはメディアによって「苦労人」と評価されていましたよね。でも「苦労人」ってどういう意味なのだろう?と思ってネットを調べたら「今までに多くの苦労をしてきて、世事・人情に通じている人」という説明が出ていた。となると、むささびは「苦労人」ではない(と思う)。

で、「苦労人」という日本語はどのような英語に置き換えられるのか?と思ってGoogleを調べたら "worldly-wise" という言葉が出ていました。見たことがない単語だったのでCambridgeの辞書を調べたら
  • experienced in the ways in which people behave and able to deal with most situations  
と説明されている。「難しい状況にも対処できる経験に長けている」という意味ですよね。別の辞書の説明によると
  • having a lot of experience and knowledge about life so that you are not easily shocked or deceived 人生についての経験と知識が豊富で、簡単にはショックを受けたり騙されたりすることがない
とした上で、反意語として "naive" という言葉出ておりました。「苦労人=甘くない人」ってことね。ま、それはともかく、その創価学会の女性は「苦労人=しっかり支えてあげなきゃ」と考えているようであります。ついでに「安倍さんはどうなの?」と尋ねると、黙ってしかめっ面をして手を左右に振りました。まるで汚いモノでも振り払うかのように、です。
 
back to top

6)むささびの鳴き声 
▼9月16日付の神奈川新聞に出ていた「時代の正体:差別まで引き継ぐのか」というコラム・エッセイの中に次のような言葉が出ている。
  • 自分が優位に立っていると考えるところから間違いは始まるのでしょう。日本でも特攻隊がまかり通り、命を何とも思わないことをしてきた。拉致だって、過去の清算だって、それぞれに解決され、北朝鮮ともとっくに仲良くなっていなければいけないのに。
▼10年余り前のインタビューで、横田めぐみさんの母、早紀江さんが同紙の記者(石橋学編集委員)に語った言葉なのだそうです。どのような背景で語られた言葉なのかは分からないけれど、「差別まで引き継ぐのか」というエッセイのタイトルから察するに、日本人の間に深く根付いている(と早紀江さんが考えている)北朝鮮という国に対する差別意識に関連しているのかもしれない。

▼ただ、このエッセイを書いた石橋学編集委員が問題にしているのは、拉致問題が発覚して以来、日本のメディアがとり続けている北朝鮮に対する姿勢です。
  • 北朝鮮による拉致が発覚して以来、もはや過去を責められるいわれはないとばかりに、果たしてもいない加害者としての責任を後景に押しやり、被害感情ばかりがあおられていった。
▼要するに、相手が韓国や中国になると、どこか「低姿勢」の日本のメディアが、「拉致の国・北朝鮮」となると日本の「過去」など存在さえしないかのような態度で書きまくってきた。日本にある北朝鮮系の学校に対する補助金についてさえも「拉致までされて、補助なんて・・・」という態度だった。石橋記者は「そうしたメディアのありようが『安倍流』を後押ししたのも確かだった」と言っている。「安倍流」とは、自分たちが手中にしている「権力」を操作することで、政府に対する疑念や不信感のようなものに強引に蓋をしてしまう・・・そんなやり方のことです。

▼さらにメディア関連の「安倍流」として、自分に批判的なメディアと友好的なメディアをあからさまに区別するというやり方があった。横田早紀江さんの言葉は「命をもてあそぶ国家の冷酷さへの抗議」の表明だった、と石橋記者は言っている。早紀江さんは、そのような国家を支える「世論」に対する絶望感を語っていたのではないかと(むささびは)想像しているし、その「世論」はメディアによって醸成されたものであったことは間違いない(とむささびは考えている)。

▼(話は変わりますが)ニューヨーク時間9月23日、ハロルド・エバンズ(Sir Harold Evans)という英国人がニューヨークで死去しました。年齢は92才でした。日本のメディアでは伝えられたのでしょうか?この人はサンデー・タイムズの編集長などを務めた人物です。Sirという肩書が示すとおり、英国では「名士」の部類に入る人物だったのですが、ジャーナリストとしての彼の名前を不動のものにしたのが、1967~81年の「サリドマイド事件」に関する調査報道だった。この人については、次号で詳しく紹介したいと思います。

▼急に寒くなりましたね。庭の柿の木に実がたくさんなっています。お元気で。あ、それからこの号の「表紙」に使ったパズルの「あなたの名前」(YOUR NAME)は見つかりました?ここに正解を掲載しておきました。

back to top

←前の号 次の号→