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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 前澤猛句集
 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
522号 2023/2/26

あっという間に2月も終わり。そのこととは全く関係ありませんが、上の写真には "Covid birds" というキャプションがついていました。確かにコロナがイヤなのは分かるけど、マスクをつけるのもタイヘンだよ!

目次
1)スライドショー: "close-up" いろいろ
2)英国政治は「穏健」の時代
3)シリアのこれから
4)再掲載:シリアの苦難
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声
7)俳句

1)スライドショー:"close-up" いろいろ

Forbesというアメリカの雑誌サイトを見ていたら "Close-Up Photographer Of The Year" というのが出ていました。クローズアップの写真の中でも優秀と思われるものを集めた特集なのですが、人物よりも自然現象とか生物のクローズアップばかりでした。ただこれが難しいだろうなぁと感心しました。

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2)英国政治は「穏健」の時代


2月15日、スコットランド自治政府の二コラ・スタージョン首相(First Minister)が所属政党であるスコットランド民族党(Scottish National Party:SNP)党首の座を退くとともに首相も辞任するという発表を行い話題を呼びました。1970年生まれの52才、2004年からSNPの副党首、2014年から党首を務めてきた。スコットランド初の女性首相であり、英国(UK)からの独立を主張してきただけに、英国のEU離脱に反対してきた彼女の辞任は英国のみならずヨーロッパの政治にとっても大きな影響をもたらすことになるのではないでしょうか?

辞任発表の2月15日付のThe Economistが社説で彼女の辞任を語っているのですが、スタージョンの辞任が英国の政治にもたらす影響を次の3つの言葉で表現しています。
  • Peak populism:ポピュリズムの終焉
  • Britain’s great moderation:穏健政治の復活
  • Pragmatism is taking hold :現実主義の強さ
3つ目の「現実主義」は、単にスコットランドだけではなく「英国全体」(north and south of the border)について当てはまる現象であるとのことです。


左右のポピュリスト:ボリス・ジョンソン(左)とジェレミー・コービン

いまや先進国はどこでも複雑な問題を抱えており、それに対する解決策を単純なポピュリズムに見出そうとして失敗している。ただ、最近になってその流れが少し変わってきているようにも見える。二コラ・スタージョンが所属政党であるスコットランド民族党党首の座を退き、首相の座も降りると宣言したことが示すのは、英国が「穏健の良さ」(virtues of moderation)を再発見しようとしていることなのではないか、とThe Economistは言います。

スタージョンは政治家としての生命をスコットランドの独立に賭けてきた。The Economistはそれを支持していたわけではないけれど、政治目標としては極めてまともなものであったはずなのにうまくいかなかった。何故?については、SNPによる分権後のスコットランドの運営に問題があったのは事実ではあるが、スタージョン自身の独立達成計画にも問題はあった、と。

独立が「部族問題」に

スコットランド独立に関する国民投票が行われたのは2014年9月で、「独立反対」が55.3%、「賛成」が44.7%でスタージョンらは敗れたわけですが、あれ以来SNPは2度目の国民投票の実施を求めてきたけれど、それが法的に困難であるということで、彼女としては2026年に行われる次のスコットランド議会選挙を事実上の独立を問う二度目の国民投票と位置付けてきた。スタージョン首相のもとでスコットランド独立はスコットランドの中でも「部族問題:tribal issue」のように激しい対立の芽となってしまった。

彼女が辞任を表明するに及んで、その部族問題も「自然の経過」を辿るようになっている。かつてほどの熱狂的な独立支持者がいなくなっているということ。スコットランド人を対象にした世論調査を見ても反スタージョンが親スタージョンの2倍にものぼるようになっている。独立についても反対が多数を占めており、「独立」のみを議題とする選挙には反対意見が多い。彼女の「お別れ演説」(valedictory speech)においてもそのことをはっきり意識している内容になっていた。「独立」に勝ち目はないということだ(とThe Economistは言います)。


英国で「穏健」(moderation)が政治の主流となりつつあるのは、スコットランドにおいてのみではない。スタージョンが辞任を表明したのと同じ日にイングランドでは、労働党のキア・スターマー(Sir Keir Starmer)党首が、次なる国会議員の選挙(2025年1月)ではジェレミー・コービンが労働党から立候補することは許されない(Mr Corbyn would not be allowed to stand as a Labour candidate)ことを言明した。かつて党首であった人間について「立候補は許さない」というのだから、2020年の党首就任以来スターマーが続けてきた極左勢力の追放という党改革が一段落したことを想わせている。同じ労働党でもコービンは「資本主義打倒」がスローガンであるのに対してスターマーの場合は「ダボス会議」が活躍の場となっている。

「過激保守」の衰退?

政治の穏健化現象が起こっているのは労働党だけではない。保守党もまた「おだやか」になっている。リシ・スナクの党首就任は明らかにボリス・ジョンソンやリズ・トラスのような「過激保守派」に対するリアクションであると言える。スナクの売りは「過激主義」(ラディカリズム)というより「有能管理職」のそれである、と。2020年のBrexitブームから3年、国民的な支持も下火となっている現在、スナクが力を入れているのはEUとの橋渡しであり、党首選を争ったリズ・トラスが現状打破を訴えたのに対してスナクは現存の制度を利用することに力を入れている。次なる英国の下院選挙は2025年1月ということになっているけれど、おそらくカリスマ性に富むリーダーの一騎打ちというのとは全く違う「カリスマなしの現実主義者」の戦いということになるだろう、とThe Economistは予想している。


政治の世界においてポピュリズムはかつてほどの勢いはないかもしれないが、全く死に絶えてしまったわけではない。Brexit支持派は今でもダメージを与えるだけの勢いはあるだろう。スコットランドにおけるスタージョンの後継争いはSNP内部の分断を深めることになるかもしれない。そもそも「穏健」という姿勢自体が、それなりの危険性を伴っている。生産性の落ち目が続く英国経済、評判の悪い公共サービスなどの問題に立ち向かうのに「徐々に進める」(gradualist approach)のでは効力がないかもしれない。というわけで…
  • より理に適った形の政治が力をつけてくると、イデオロギーよりも実行能力が重要になる。困難な問題によって要求されるのは犠牲者(スケープゴート)ではなくて政策なのである。スコットランド独立のような政治的な課題は派手な振る舞いではなくて優れたガバナンスによってこそ進歩を見ることができるのだ。But a more rational form of politics is taking hold, in which competence matters more than ideology, problems demand policies rather than scapegoats and a cause like Scottish independence is advanced by good governance rather than grandstanding.
とThe Economistは結んでいます。
▼The Economistのいわゆる "moderation" をむささびは「穏健」という日本語に置き換えました。Cambridgeの辞書によると "moderation" は "the quality of doing something within reasonable limits" と解説されている。何をするにしても「それなりの制限」の下で行おうとする姿勢のことですよね。要するに「極端に走らない」ということなのでしょうが、そのような姿勢には限界というものがありますよね。現実的な政治の世界の話はともかく「政治思想」のことになると、日本のインテリの世界では英国は肩身が狭かったのではありません?マルクスとかサルトルのようなカリスマ性を持ったイデオローグのような人間がいなかったような気がする。それはThe Economistという英国の知的エリートが推奨する「穏健」と合わないから…なのでは?

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3)シリアのこれから

トルコ・シリア大地震の被災者支援を困難にしている事情の一つが、シリアのアサド政権を取り巻く政治的な事情です。英国の王立国際問題研究所(Chatham House)のサイト(2月14日)が
という見出しの記事を掲載しています。書いたのはヘイド・ヘイド(Haid Haid)という中東・アフリカ情勢の専門家のようで、書き出しは次のようになっている。
  • 震災後の対シリア支援活動は、アサド政権による支配と動きの鈍い国連の二つの理由によって滞ってしまっている。Help for Syrians following the devastating earthquakes is being hampered by the Assad regime’s control over aid flows and a slow-moving United Nations.
ヘイド・ヘイド氏のエッセイをそのまま掲載してみます。念のために繰り返しておきますが、この記事は約2週間前に書かれたものです。


ヘイド・ヘイド氏
国連が援助に反対!? 援助はアサドが決める 国際世論の圧力を

トルコとシリアは、大地震という悲劇を共有しているにも拘わらず、これに対する対処の点では全く違ってしまっている。トルコは10を超える国から援助支援と援助品を受け取っているし、援助する外国人も数多く活動している。それに引き替え、国連の情報によると、シリアでも被害の激しい北西部では被災地のわずか5%しかシリア民間防衛隊(Syria Civil Defence)による援助の手が届いていない。この防衛隊は「ホワイト・ヘルメット部隊:White Helmets」と呼ばれ、本来なら全力で被災者の救助に当たっていなければならないはずなのに、である。

北西シリアに届けられた援助のレベルにも限度が見られるが、主なる理由として挙げられるのは、官僚主義(bureaucracy)、援助の独占(manipulation of aid)、そして最も苦しんでいる部分に援助の手を差し伸べようとする政治的な意思の欠如(a lack of political will)などが挙げられる。


国連が援助に反対!?

地震後、トルコから北西シリアへの国連の援助ルートが一時的に閉ざされたことがあるが、それは地震による物理的・地理的なダメージのせいであり、トルコ・シリア国境のBab al-Hawaという通過地点も使用不能になってしまった。2014年以後、国連によるシリアへのこの入国ルートは北西シリアへの援助には欠かせないものとなっている。このエリアには450万の民間人が暮らしているが、そのうち300万が家を追われた人びとである。ただ国連常任理事会におけるロシアの度重なる反対票によってBab al-Hawa経由による援助物資の運び込みは制限されてしまっている。

このような地理的な困難さが、地震後の国連の対シリア人道援助を難しくしている。トルコとシリアの国境にはBab al-Hawa以外に3か所(Bab al-Salameh, Jarablus, and al-Raie)の入国地点があるけれど、いずれも国連常任理事会の承認なしには使えないことになっている。今回の地震に関係する援助にも同じことが言える。

国連自体が持っている官僚主義が自分たちの建設的な役割を否定しているという側面もある。国連の代理機関は援助品を運ぶのに自らの判断で大型トラックではなくて小型車を使ったり、配送のルートもいつもとは異なる道を利用することも十分に可能なはずなのだ。また、今回の地震に関していうと、トルコからシリアの反政府組織が支配する北西シリアに援助品を配送するための国連による権威付けをするためにアメリカの国連大使は、国連常任理事会の投票を実現するのに1週間以上もかかっているのだ。


そもそも地震に関連する援助を北西シリアに送るのであれば、その気のある政府なら他の国境地域を利用して送り込むことも可能であり、国連のお墨付きが絶対的に必要であったわけではない。それをやらなかったのは、援助をする側に政治的なやる気がなかったからとしか言いようがない。

援助はアサドが決める?

地震という悲劇を待つまでもなく、シリアが絡む紛争に際しては、常にダマスカスのアサド政権が非政府地域への援助物資の配送を支配してきている。援助品を非政府地域へ配送することは理論的には可能であったとしても、外国政府は反政府地域への配送をダマスカス政府を通じて行うことに乗り気ではない。

地震の翌日、シリアの国連大使が記者会見を行い、被災者への外国からの援助はすべてダマスカス政府との協力によって為される必要があると宣言している。シリアとトルコの国境ならどこでもいいというわけではない。そうなるとアサドが反対派を締め付けるのに外国からの援助を利用することが可能になり、外国政府は援助そのものを中止してしまう。


国際世論の圧力を

これまでのところアラブおよびアジアの62か国がシリア政府に援助を送付しているが、民間の人道援助団体がシリアの政府管轄地域から北西シリアの反政府地域へ入ったという例はない。また地震後にダマスカスのシリア政府は国内の地方コミュニティの相互援助を奨励するような政策もとっていない。シリア政府がその気になれば、現在国内の電気通信にかかっている様々な制限を取っ払うこともできたはずだ。現在の制限のお陰で電信による送金が一日300ドルに制限されている。またダマスカスの政府関係者が北西シリアにいる震災被災者への送金を制限したりしている。

最近、マーティン・グリフィス(Martin Griffiths)という国連の緊急援助担当官がシリアを訪問、その印象として国連発の援助物資が北西シリアの被災者に全く届いていないというコメントを発表している。このような事態を改善するためには、国際世論の圧力でトルコとシリアの間に横たわる国境に通過可能地点をさらに数多く設けるしかない。それが国連常任理事会のリーダーシップで出来ないというのであれば、外国政府がダマスカスのアサド政府ではなく、トルコとの直接交渉を通じて被災者支援の手を差し伸べることを止めてはならないだろう。
 
▼ネット情報によると、シリアという国のサイズは約19万平方キロで、日本(約38万平方キロ)の半分くらいなのですね。人口は日本の1億2000万に対してシリアは2100万。いろいろな意味でシリアは小さい割には国際的には係わりが深い。

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4)再掲載:シリアの苦難

2月6日、トルコ・シリアの国境近くで発生した大地震は、日本人の想像を絶する被害と犠牲を生んでいます。8年前の2015年9月20日にお送りしたむささびジャーナル328号に『シリアの苦難』という見出しの記事が掲載されています。内戦に苦しむシリアという国の歴史と現状を語っているのですが、今回の地震については、トルコよりもシリアが気になるというのがむささびの正直な感覚です。そもそも国自体が「人間の集合体」としての体をなしていないところへ持って来て、自然による物理的な破壊が襲ってきた、どうなるんだ、これから…というわけで、8年前の記事の要点をかいつまんで紹介することにします。できれば前回の記事を再度お読みなることをお勧めします。

シリアの苦難

むささびジャーナル328号(2015年9月20日)
内戦のきっかけ 「外国と戦う」 ロシアの思惑
代理戦争の場にされて アメリカとの仲 同盟国、イラン
サイクス=ピコ協約 ついに「内戦」へ アメリカの思惑

内戦のきっかけ

ヨーロッパにおける難民問題が日本のメディアでも大々的に伝えられるようになっていますが、難民の出身国として最も頻繁に出てくるのがシリアです。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の数字(9月初め)によると、難民として海外へ逃れたシリア人の数は約400万、また2014年の数字ですが、EU加盟の28カ国で難民申請を行ったEU圏外からの難民の総数は約63万人、うちシリア人が12万人でトップを占めている。

難民にシリア人が多いのは、シリアそのものが内戦状態で当たり前の生活ができないからです。BBCのサイトによると、シリア内戦のきっかけとなったのは、2011年3月、シリア南西部のダルアーという町の学生たちが学校の壁に革命スローガンを落書きしたことだった。大半が10代の学生だった落書犯を捕まえた当局が拷問にかけるなどしたことに怒った市民が抗議のデモを行ったところ、警備していた軍隊が発砲して死者まで出してしまった。それをきっかけに抗議活動がシリア全土に広がり、アサド大統領の辞任要求にまで発展、これを力で抑え込もうとしたことで政府への反感がさらに強まり、反政府勢力までもが武装するようになり、2011年7月には「内戦」の様相を呈するようになってしまった。

代理戦争の場にされて

ウィキペディアによると、現在のシリアの首都、ダマスカスは7世紀のころすでにウマイヤ朝というイスラム王朝の首都でもあり、その後にはバグダッドとの間の街道も開通したりして、当時の文明の中心地だった。日本でいうと藤原京・平城京・平安京などが栄えていた頃、シリアもまたイスラム文明の中心地として栄えていた。それほどの古い文明を誇る国がどうしてこんなことになってしまったのか?

フランスの国際問題誌 "Le Monde Diplomatique (LMD)" の2013年6月号(英文版)に出ていた "Syria: proxy theatre of war"(シリア:代理戦争の場にされて)という記事は次のようなイントロで始まっている。
  • シリアの人びとの反乱は国内の社会的・経済的な状況に対する戦いとして始まった。すなわち抑圧に代わる民主主義を勝ち取るための戦いだったはずであるが、いまやそれが中東および地球規模の紛争に乗っ取られてしまった観がある。The Syrian people’s uprising began as a struggle over social and economic conditions, a fight for democracy in place of repression. Now it has been hijacked by regional and global conflicts.

まずは地図の確認から。シリアという国はどこにあるのか?上の地図に見るとおり、国境を接している国として、北にトルコ、南にヨルダン、東がイラクで西側にはレバノン、イスラエルがある。シリアも含めてこれらの国々をカバーするエリアのことを「レヴァント」(Levant)と言います。「イスラム国」のことをISILと呼ぶ人もいるけれど、これは "Islamic State in Iraq and the Levant" の略です。このあたりは13世紀末から20世紀初頭にかけて、トルコ人のオスマン帝国が支配していたけれど、それが20世紀に入りオスマン帝国の衰退に伴って英仏独などの欧州列強による植民地主義的な領土権争いの場になってしまう。

サイクス=ピコ協約

中でも英国はオスマン帝国によって支配されてきたアラブ人に対して帝国への叛乱を奨励、レヴァント地方に統一アラブ王国(a unified Arab kingdom)を作ることを約束、アラブ人もこれに大いに鼓舞されていた。映画『アラビアのロレンス』の世界です。

が、英国はその約束を破り、第一次世界大戦中の1916年にオスマン帝国領を英国とフランスが分割統治するサイクス=ピコ協約(Sykes-Picot agreement)を、アラブ人には内緒で締結した。この協約は調印に活躍した英国の外交官、マーク・サイクス(Mark Sykes)とフランス政府の代表、フランソワ・ジョルジュ=ピコ(Francois Georges-Picot)の名前にちなんでこのように呼ばれている。


上の地図はサイクス=ピコ協約の結果として英仏両政府が合意した分割のラインを描いたものです。その結果、シリアはフランスの管轄地ということになった。ダマスカスはフランスの影響下にある "A" ゾーンにあり、バグダッドは "RED ZONE" として英国の管轄下に置かれた。「サイクス=ピコ・ライン」は、そのエリアの歴史や地元民の合意などはお構いなしに引かれてしまったものであり、結果としてそれまでは別々に暮らしていたさまざまな部族が人工的に引かれた国境線の中で暮らすことになった。つまりそれまでにはなかった「多民族国家」ができてしまったということです。

「外国と戦う」

サイクス=ピコ協約の結果、フランスの管轄地となったシリアは第二次大戦後に議会制民主主義の国として独立を果たしたけれど、1949年に軍事クーデターが起こり議会制民主主義はあえなく潰されてしまった。この軍事クーデターを起こしたのはフスニ・アル・ザイム大佐という人物だったけれど、陰で支援したのがダマスカスのアメリカ大使館とCIAだった。

シリアはほぼ常に外国からの干渉にさらされてきた国であり、シリア人のナショナリズムは、それに対する反発が基になっている。現在のアサド大統領は就任(2000年)以来、国内の反政府勢力に対して強圧的な姿勢で臨んでいるけれど、その際に謳い文句にするのが「外国による帝国主義と戦う」というメッセージだった。この姿勢は国内のナショナリストたちと中東の左派系の組織からは支持されている。

アメリカとの仲

英国はまた1917年にはパレスチナにおけるユダヤ人の居住地(national home)の建設に賛意を表明するバルフォー宣言(Balfour Declaration)を発表している。シリアはイスラエルと国境を接しているけれど、LMDの記事によると、国境地帯にあるゴラン高原(1967年以来イスラエルが占拠)などはこれといったトラブルもなく「平和」な状態が続いている。イスラエルとの間に敵対関係がないということは、アメリカとの仲もそれほど悪いものではないということになる。例えばシリアは1976年、レバノンにおけるイスラム進歩主義(Islamo-progressive)勢力の台頭を阻止する目的でレバノン内戦に軍事介入をするけれど、これはアメリカとイスラエルの承認(approval)を得た上での行動だった。シリアはまた2001年の9・11テロに始まった英米による「対テロ戦争」では、アメリカに協力的な姿勢をとり、いわゆる「アラブの春」運動が中東各地に広がりを見せていた際にも、サウジアラビア(アメリカの友好国)がバーレーンの反政府勢力を爆撃することを支持したりしていた。

ただシリアは2006年6月のレバノン=イスラエル紛争では、イスラエルにロケット弾を打ち込むレバノンの武装組織、ヒズボラを支持、2008年のイスラエルによるガザへの侵攻の際はパレスチナの過激派・ハマスを支持している。(LMDによると)いずれも欧米の帝国主義に反対する姿勢を示したものであり、そのことによって中東に吹き荒れている「革命」の波がシリアにまで波及することがないようにしたつもりだった。それによって確かに外からの革命の波は押し寄せなかったかもしれないけれど、シリア国民の支持を得るためには国内状況が悪すぎた。

ついに「内戦」へ

毎年、30万人が職を求めて学校を卒業してくるというのにまともな職場はたったの8000か所。いわゆる新自由主義的な改革によって公的な部分が民営化され、何となく資本主義らしきもの(crony capitalism)はできたかもしれないが、1963年以来続けられている国家非常事態はいまだに続いているし、拷問が組織化されて当たり前のようになっており、シリア国民の不満は日に日に大きくなっていた。

それが2011年の内戦にまでつながってしまった。内戦の開始当初(2011年3月~10月)は国内の反政府運動という色彩が濃かった。その点ではチュニジアやエジプトで吹き荒れた「アラブの春」と同じだった。ただ2012年7月から現在(2015年)まではさまざまな外国勢力を巻き込む地域紛争の様相を呈している。ISISなどもその一つです。シリア内戦の場合、国内の反政府運動と外国勢力を巻き込んだ「地域紛争」が混ざり合って進行しているような部分があり、話がややこしくなる。


こうして、本来はシリア国内の反政府運動であったものが、地域紛争にまで発展していった。イスラム教シーア派と呼ばれるグループがアサド政権を支援する一方、スンニ派の3大パワー(トルコ、カタール、サウジアラビア)はシリアの反政府勢力へのテコ入れを行った。ただサウジアラビアやカタールのような湾岸諸国の場合は、反シリアというよりイランの影響力の拡大を阻止したいという思惑にかられての行動だった。このあたりになると、国と国との関係というよりイスラム教の中の派閥争いのような様相で非常にややこしい。例えば、カタールがシリアの反政府勢力としてのムスリム同胞団を支援する一方で、サウジアラビアはシリアの反政府勢力支援には違いないがムスリム同胞団は敵視しており、別のグループを支援しているというぐあいです。

ロシアの思惑

アサド政権にとっての最大の支援国といえば何といってもプーチンのロシアです。1950年代からの付き合いで、エジプトのサダト政権と違って現大統領の父親が率いたシリア政権はソ連時代から常に強い結びつきを保っており、ロシアは国連の場においてもシリアのために3度も拒否権を行使している。人的交流も盛んでロシア系シリア人やシリア系ロシア人も多い。またシリアはロシアの武器メーカーにとっては極めて重要な輸出先であり、2011年度には40億ドル分の武器を輸出している。またシリアはロシアに対して軍事基地の提供も行っており、地中海沿岸で唯一のロシアの陸軍基地はシリアにある。

LMDの筆者によると、ロシアの対シリア政策の中に、イスラム圏におけるキリスト教徒の守護者として自らのイメージを強めようという意識がある。それは19世紀におけるフランスと似ているけれど、プーチンのロシアにおいてロシア正教会が影響力を強めていることと無縁ではない。シリアにおけるキリスト教徒の数は約100万(全人口の4.6%)、半数以上がギリシャ正教会の教徒であり、アサド政権とは密接な繋がりを保っている。


プーチンはさらにシリアとの関係をチェチェンのロシア連邦からの独立運動との関係で見ている。チェチェンで独立を主張して叛乱を起こしているのはイスラム教徒ですが、プーチンの見方によると、「アラブの春」はイスラム原理主義者による叛乱であり、コーカサスおよびロシア国内のイスラム地域に到達する前に食い止めなければならない。ロシア国民の15%がイスラム教徒とされている。

同盟国、イラン

プーチンのロシアと並んでシリアにとって強力な同盟国となっているのがイランです。イランでは1979年2月にホメイニ師を指導者とするイスラム革命が起こっているのですが、シリアとイランの同盟関係はその直後の1980年に成立している。当時のシリア(現在のアサド大統領の父親が統治)はアラブでは孤立しており、バース党のイラクやアラファトが率いるPLOともうまくいっていなかったけれど、そんなシリアに同盟の手を差し伸べてきたのがイランだった。

中東の地図を見ると分かるけれど、イランの西隣に敵国イラクがあり、さらにその向こうにシリア、そしてシリアの西側にレバノンがある。シーア派のイランにとっては、レバノンにベースをおくシーア派の過激派「ヒズボラ」への物資の供給ルートとしてのシリアは必要だったということです。


シリア=イランの同盟関係はイラン・イラク戦争(1980年~1988年)の間も緊密化の一途をたどり、外国がこれに楔(くさび)を打ち込もうとしてもなかなか成功することがなかった。2011年のシリア内戦の開始と同時にイランはアサド大統領支持の意思を明確にした。イラン自身が国際的な経済制裁を受けて、経済的には疲弊していたにもかかわらずシリアへの経済的・軍事的な支援に力を入れたし、レバノンのヒズボラやイラク国内のシーア派の軍組織もアサド支援の戦いに加わった。

アメリカの思惑

で、アメリカですが、この記事が書かれた時点(2013年)では、アサド政権が反政府勢力に対して化学兵器を使ったのではないかということが話題になり、一時はアメリカも英国もシリア政府軍に対して爆撃をする方向にあった。英国ではこれに対する反対意見が強くキャメロンは爆撃は断念している(むささびジャーナル275号)。アメリカはアサド政権に対して強い言葉を使ってはいるけれど、イラクでの経験に懲りてオバマは大規模な軍事介入には踏み切らないでいる。ただ本音はアサド政権の打倒であり、理想的には統治機構だけを残してアサド政権が崩壊してくれることを願っている。


LMDの記事はここで終わっているのですが、この記事が書かれたのは2013年です。現在(2015年)のシリアはアサド政府(ロシアとイランが後ろ盾)、反政府勢力(英米、トルコ、サウジアラビア、カタールなどが支援)、イスラム国(ISIS)、クルド人勢力などが入り乱れて領土獲得の戦いを繰り広げており、何がどうなるのかは全くわからない。同誌が「一つだけはっきりしていること」として書いているのは次のことです。
  • これらの諸勢力は自分たち自身の利益を保護する意思はあるが、シリア国民の利害は全く無視してしまっている。
    These powers are intent on protecting their own interests, and they have written off the interests of the Syrian people.

▼上の図はThe Economistに出ていたもので、中東における極めて複雑な国と国との関係を図式化したものです。内戦状態にある国が丸で囲まれている。左から「リビア」「シリア」「イスラム国」「イラク」「イエメン」ときて下の段に「エジプト」が入っている。それぞれが国内において異なるグループ同士の争いを抱えている。リビア、イエメン、エジプトの場合はそれぞれ2グループですが、真ん中右のイラクはイラク政府とクルド地方政府それにイスラム国の3つに分けられる。真ん中左のシリアの場合は「政府」「反政府」「イスラム国」に大別されるけれど、「反政府」というのが一つではなくて、それぞれに対立しているケースもあるから実に複雑です。

▼これらの国々の中のそれぞれのグループを円外の外国が支援しているのですが、これがもっとややこしい。例えばイランとアメリカはともにイラク政府を支援しているけれど、シリアとイエメンにおける支援対象では対立している。シリアのアサド政権が潰れることはアメリカにはグッドニュースでも、イランにとってはバッドニュース、但しその結果としてイスラム国が勢力を伸ばすのでは両方にとって最悪の事態。ロシアはシリア政府をアメリカは反政府を支援しているけれど、反イスラム国という点では一致している。

▼このように見ていくと、どの国にとってもイスラム国が敵ということになる。一方、サウジアラビアとイランはイスラム教の宗派の違いから宿敵同士とされている。イランはアサド政権を、サウジは反アサドグループを支援している。例えばサウジアラビアはイランのお友達であるアサドをやっつけてくれるイスラム国をそれほど敵視するだろうか?

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5)どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら

fail-safe: フェールセーフ

2月17日に打ち上げられる予定だった宇宙航空研究開発機構(JAXA)のH3と呼ばれるロケットが、発射直前に突然打ち上げ中止となった。ヤフーニュースによると、JAXAの最初の発表では、SRB-3と呼ばれるロケットの「補助ブースター」が点火しなかったことが「中止」の理由だったけれど、その後の発表では、ロケットのシステムが何らかの異常を察知して、然るべき着火信号をSRB-3へ送らなかったことが「補助ブースター」(SRB-3)が着火しなかった原因であるとされた。

ロケットなどを打ち上げる場合、必ず「カウントダウン」という工程がありますよね。「100・99・98・・・3・2・1スタート!」とかいうあれ。今回の場合も、これをやっていたけれど、その途中でシステムの方で「異常」を検知したことでカウントダウンそのものが中止ということになった。メディアの中には、今回の中止を「失敗」と報道するところもあったらしいけれど、JAXAに言わせると「異常を検知したら止まるようなシステムの中で、安全、健全に止まっている」ということになる。このような機能のことを「フェールセーフ」というのだそうです。つまりロケットの「フェールセーフ」機能は立派に稼働した、と。

ただ…ロケットとは全く関係ないけれど、"fail-safe" という言葉にひっかかるのですよ、むささびは。Cambridgeの辞書でこの言葉を引くと、この言葉は「形容詞」(adjective)で "very unlikely to fail"(失敗の可能性が極めて低い)という意味であるとしている。"a fail-safe plan" というわけですよね。ただ、むささびとしては、この辞書の次の説明に納得がいったわけです。
  • If something is fail-safe, it has been designed so that if one part of it does not work, the whole thing does not become dangerous: a fail-safe device
「もしシステムの一部が稼働しないようなことがあっても、システム全体が危険な状態にはならない」ということ。人間、何をやっても失敗はつきものだけど、失敗しても死にはしないよ、と言われているようで妙に納得がいってしまった。

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6)むささびの鳴き声
▼2月23日(木)にNHKのテレビを見ていたら、上の写真のような番組をやっていました。柳田邦男と池上彰という二人のNHK出身のメディア人が大学生とともに「テレビジャーナリズムの未来を語る」という趣旨で集まったものでした。話の中身についてはここをクリックすると出ていると思います。それよりこの写真でむささびが気になったのは、バックに坐っている大学生たちが一人の例外もなくマスクをしていたこと。なぜ柳田・池上の両氏はしていないのでしょうか?

▼マスク着用については、坐る位置によっていろいろと制約だの規則だのがあるらしいけれど、ジャーナリストも含めた全員が同じ格好をするような席の手配をしてもよかったのでは?それと「大学生」を見るとやたらと女学生が多いように思えるのですが、男はどこへ行ったの…!?

▼これもNHKですが悪口ではない。ラジオを聴いていたら、もうすぐ春というテーマで、ベテラン童謡歌手が『どこかで春が』の歌を歌っていました。そこで初めて知ったのですが、この歌の『山の三月 東風(こち)吹いて~』という部分が小学生には難しいというので、『山の三月 そよ風吹いて~』と変えて教えているとのことでした。まさか!?と思ったら本当のようですね。むささびは幼いころにこの歌を歌いながら『こち吹いて』の部分は「こっちへ吹いて」という意味だと思っていました。東風という言葉が難しすぎるとなると、例の『東風(こち)吹かば にほひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ』という和歌だって…。『そよ風吹けば』ではさまにならないもんな。


▼文句を言ってみても何がどうなるのか?と言われればそれまでですが、昨日(2月25日)夕方の『報道特集』(TBS)の番組中に流されたコマーシャルのひどかったこと!番組自体がロシアによる侵略攻撃にさらされるウクライナの人びとの生活ぶりの現地報告で、ほとんど見るに堪えない悲惨なものであったのですが、番組の合間に流れる食べ物や住宅関連のコマーシャルが「人生楽しいことばかり」というメッセージで溢れかえっていた。「CMだからしゃあない」と言うのかもしれないけれど、ちょっと酷すぎました。ウクライナ人への侮辱なんでない?「世の中いいことずくめ」風のCMが流れた企業の人たちは、それを見て何を感じたのでしょうか?「儲かりゃいいじゃん」ってこと?

▼埼玉県の山奥は梅が真っ盛りです。お元気で

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