武器をとるしかない…
There Is No Other Option But To Take Up Arms |
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- DER SPIEGEL: 3週間ほど前にあなたはロシア国民に向けて、エフゲニー・プリゴジン(民間軍隊組織・ワグネルのトップ)の反政府行動を支持するように呼び掛けるメッセージを送りましたよね。プーチン政権を倒すためには、その人物が悪魔であったとしても支持するべきだ…と。あなたは実際にプリゴジンと手を結んだのですか?
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プリゴジンは利用できた
Khodorkovsky: 私がロシア人に訴えたのは、個人としてのプリゴジンを支持するということではない。彼の反乱がモスクワまで届くように支援するということだ。私はプリゴジンがプーチンよりも優れているとも劣っているとも思っていない。が、今回の彼の反乱でロシアに起こった混乱をプーチン打倒のために利用することはできたはずだ。あの反乱が起こった途端にプーチンと彼の取り巻き連中は直ちにモスクワを逃げ出したではないか。ロシアにおける民主勢力がもっと周到に準備していたならば、あの時に権力を奪取することができたのだし、私もそれを考えていたのだ。
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- DER SPIEGEL: 体制変革の絶好の機会だったのに、ということですか?
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Khodorkovsky: そうです。この反乱行為には危険とチャンスが同時に存在したのです。私としてはそのことを反体制の民主派勢力に訴えたかったのです。残念ながら反乱そのものがあっという間に終わってしまった。それでもこのような事態は今後も起こりますよ。その際は機会をうまく使わないといけない。 |
プーチン後のロシアを語るミハイル・ホドルコフスキーの著書 |
- DER SPIEGEL: あなたはメディアとのインタビューや自分自身のSNS上でも「プーチンの敵である民主主義勢力も武装することが必要だ」と言っている。
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1991年のクーデター
Khodorkovsky: 一般民衆も軍隊と戦うべきだと言っているのではない。ただロシア国内で反乱が勃発したり、プーチンが死ぬようなことがあった時にも軍隊が出動を拒否することがあるかもしれない。そのような場合でも1万~1万5000人の穏健なデモ隊が武装して政府の建物を占拠するようにすればうまくいくかもしれない、大衆蜂起ではあるけれど、流血を伴わない蜂起ということだ。 |
- DER SPIEGEL: かなりの楽観論ですね。少数の人たちによる無血革命…それでロシアが真の民主主義国家になるとお考えですか?
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Khodorkovsky: 1991年のクーデターのとき、私はモスクワ中心部でボリス・エリツィン大統領を中心とする市民運動に参加して保守派の連中と闘っていた。非常に暴力的な戦いで、銃まで渡されていた。まるで本当に内戦が勃発したような雰囲気だった。でもそれはモスクワ中心部の話で、数キロしか離れていない郊外の住宅地は全く平静で、赤ん坊を乳母車に載せて散歩する人もいた。他の国のことは知らないが、ロシアではクーデターや革命のようなこともごく小さな集団の中で起こったりするものなのだ。 |
- DER SPIEGEL: それでもあの時はクーデターへの参加者たちも「ソ連」(the Soviet Union)を救いたいと思っていた。しかし貴方たちはクーデターを阻止することを望んでいた。要するに現在のロシアにおいても体制変革のためには社会の大多数がそれを支持することが必要だということなのでは?
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無関心が社会を支配している
Khodorkovsky: 今のロシア社会を支配しているのは非常に無関心な社会(a very apathetic society)なのだ。私の意見によると、今のロシアでは、一方の側に10~20%の人間がいて、もう一方の側にも10~20%の人間がいて、その両者が対立している。 |
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- DER SPIEGEL: ロシアにおける活動的な民主勢力は殆どが国外へ出ているか国内にいても刑務所に入れられている。彼らの場合は非暴力を貫いているが、唯一の例外がイリヤ・ポノマリョフ(元議員)で、彼もあなたと同様民主勢力の戦いを国外から支援している。このような人たちは、国内民主勢力の誰を支援しているのか?
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武器をとる以外にない
Khodorkovsky: 現在のところロシア国内で最も活発に動いているのは、反政府ではあっても愛国的な勢力だ。彼らはプリゴジンが反プーチンの反乱に失敗したことに大いに失望している。ただ民主派の反政府勢力の中にもロシアの体制変革を模索している人びとは存在する。我々が連絡をしているのはそのような人びとだ。彼らは長年にわたって非暴力を貫いてきたが、体制変革には至っていない。要するに武器をとる以外に道はない(There is no other option but to take up arms)ということなのだ。 |
- DER SPIEGEL: 現在のロシアでは、本当に平和的に何かを達成することはできないのか?
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10年前との違い
Khodorkovsky: いざとなったら国民に対して武器を向ける気でいる政府の下では平和的なデモでは何も達成できない。10年前のロシアなら答えは違っていたかもしれない。あの頃のプーチンなら国民を射殺するか辞任するかのどちらかを選べと言われたら「辞任」を選んだだろう。彼自身が罰を受けることがないという条件なら…。ただクリミアの併合、ドンバスの戦い、そして最近の大規模な弾圧行動の実施以来、プーチンにとって一人の人間の命、百人の命、一万人の命も、彼自身の権力に比べれば、全く何ものでもないということなのだ。そのような人間との戦いなのだから、我々の作戦が変化するのは当たり前なのだ。 |
- DER SPIEGEL: 貴方が言うようなやり方を貫くと犠牲も大きいですよね。その点で貴方を批判する反政府の人間もいるのでは?
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Khodorkovsky: そのような意見の人たちには次のように言いたい。現在は犠牲が出ていないとでも言うのですか?現在のロシア政府は、一日1000人のロシア人とウクライナ人を殺しているのですよ。もしこの政権を打倒する戦いの中でモスクワで100人が命を失った場合、私はもちろんそれらの犠牲者に同情を覚える。私自身がその犠牲者の一人であったとしても、だ。が、それによってこの戦争の悪夢を終わらせるためには受け容れ可能な犠牲者の数ではないかということだ。 |
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- DER SPIEGEL: それはかなり大胆な発言です。そのようなことを言って、あなた自身の安全が心配ではないのですか?
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Khodorkovsky: 私はバカではない。(このようなことを言うと)自分自身の顔に標的を描くのと同じことになることは分かっている。ロンドンにいるからって100%安全というわけではない。London
doesn't offer 100 percent safety. |
- DER SPIEGEL: プリゴジンとは対照的ですね。彼は自分の顔に標的を描くようなことはせず、モスクワの町を平気で歩いており、クレムリンでプーチンと「静かな会話」(calmly
talks to Putin in the Kremlin.)も行っていた。
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プーチンはただのチンピラ
Khodorkovsky: 未だにプーチンを指導者(statesman)だと思っている人びとにとっては不思議かもしれない。しかし彼は指導者ではない。「チンピラ」(thug)にすぎない。彼の思考法を知りたければ外交官に尋ねても意味がない。チンピラたちの考え方を知りたければ、都会の恵まれない地域で仕事をする警察官に聞くべきなのだ。プーチンもプリゴジンもギャングなのです。一方のギャングがもう一方のギャングに自分の力を見せつけたかった、ということ。プリゴジンが弱い人間であったなら、プーチンは彼との交渉には応じなかったはずだ。おそらくプリゴジンがプーチンに告げたのは次のようなことだったはずだ。
- あんたがボスである限りにおいては私はあんたの命令を実行するつもりだ。しかし私が強い人間であることはあんたにも分かっている。だったらそれなりの扱いをしてくれればいいのだ。 As
long as you’re the boss, I am willing to carry out your orders. But you
know I'm strong, so give me an appropriate share of the spoils.
ギャング同士の争いは時としてギャングそのものの破滅に繋がることがある。プーチンとプリゴジンの争いがそのような結果に繋がるのであれば、我々もそれを利用するべきなのだ。 |
- DER SPIEGEL: ロシアをこのギャングたちから解放できた場合、どのような未来が待っているのか?
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国の分割はあり得ない
Khodorkovsky: どのような状態になっても絶対に考えてはならないのは、国を分割する(breaking up the country)ということだ。多くのロシア人が怖れているのは、ロシア連邦(Russian Federation)の傘から抜け出すようなことになれば、事態がますます悪くなるということだ。我々の目的がロシアを叩き潰すことにあるなどと言うと、多くのロシア人がプーチンの下に馳せ参じるだろう。将来においてロシアからの独立を目指そうとする連邦(republics)が出てくる可能性は否定できないが、それを実現するためには民主的な国民投票を行う必要があるだろう。 |
- DER SPIEGEL: 要するにロシアの政治制度の何を変える必要があるのか?
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権力の分割を
Khodorkovsky: ロシアはその「皇帝」(czar)を廃止する必要がある。権力の分割による議会の強化、連邦制度の強化、地方の独立制度などが実現されなければならない。言い換えるとロシアの地方分権(decentralized)が必要であって分裂(disintegrated)が必要なのではない。現在のところモスクワ当局が自分たちの下へ権力の集中を進めようとしている。その言い訳にしているのが「外敵」(external enemy)の存在だ。 |
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- DER SPIEGEL: 最近ではロシア国民の雰囲気を知ることが難しくなっています。意味のある世論調査も殆ど無理です。現在のロシア社会は何を考えているのですか?
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Khodorkovsky: 私はこれまで大企業を数社経営してきた。そのうちの一つであるYukosはいま全国的に活発なようです。私はまた遠くからロシア国内・国外のロシア人たちと語り合うことにも慣れているし、インターネットで通じ合うこともできる。現在のロシアは、大きな都会ではロシア人たちはウクライナ戦争は誤りだと思っているが、戦争を始めてしまった以上は勝たなければとも思っている。戦争はいやだが敗戦は事態をさらに悪くする、と。 |
- DER SPIEGEL:貴方は他の実業家同様に1990年代に富を築き、今では政治的な囚人であり、反体制派の政治家でもある。 いまのロシア人が貴方のことをどのように思っているのか、自分でお分かりですか?
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Khodorkovsky: ある種の人びとにとって、私は相変わらずの「悪」なのでしょうが、多くのロシア人が怒りを感じているロシア政府にとって代わることができる「悪」であるとも思っている。 |
- DER SPIEGEL: 貴方は囚人の身になった後は実業界に復帰することをせずに政治に関わっている。将来のロシアでも政治に関わりたいと思いますか?
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プーチンは生き残るか?
Khodorkovsky: ロシアにおいて積極的な役割を果たしたいとは思うが、ロシアという国は全自動ギア切り替え性能のない旧式トラクターのようなところがある。それぞれのギアの切り替えにパワーが必要なのだ。70才にもなって、そのようなトラクターの運転は無理というものだ。それは若い世代の仕事だ。 |
- DER SPIEGEL: でもあなたは60になったばかりですよ。プーチンがこれから10年も権力の座に坐り続けるかもしれないと思っているのですか?
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Khodorkovsky: もし我々が何もしなければ、つまり将来起こるであろう危機を利用することをしなければ、それは大いにあり得ることですよ。If we don't do anything, if we don't take advantage of the crises that are coming, then that's very possible. |
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▼プーチンは「チンピラ」(thug)とのことなのですが、"thug" という言葉を辞書で引くと "a man who acts violently, especially to commit a crime"(犯罪を犯すために暴力を使う人間)と定義されています。要するに民主主義の常識からすると、政治だの社会問題を扱うような世界にいてもらっては困る存在ということですよね。
▼ロシアと北朝鮮との関係が今後どのように発展していくのか…プーチンという「チンピラ」の存在に欠かせないのが(むささびの想像によると)ロシア正教という宗教(キリスト教)の存在だと思うのですが、あのロシア人の宗教感覚と中国や北朝鮮の人びとの指導者感覚ではどう見ても長続きはしないよね。 |