musasabi journal

2003 2004 2005 2006 2007 2008
2009 2010 2011 2012 2013 2014
 2015 2016 2017  2018 2019  2020 
2021 2022  2023 2024 

front cover articles UK Finland Green Alliance
美耶子の言い分 美耶子のK9研究 前澤猛句集
 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
558号 2024/7/14


目次

1)スライドショー:「影」を楽しもう
2)スターマーの評判
3)再掲載:「名門校」が生んだ「高貴なる義務感」
4)どうでも英和辞書
5)むささびの鳴き声
6)俳句

1)スライドショー: 「影」を楽しもう

6月30日付のBBCのサイトに「影:shadows」をテーマとする写真のいろいろが掲載されていました。この世に存在するものには、どれも「影」がつきまとっている。掲載写真はどれもいわゆる「プロ」の手になる芸術作品ではないのですが、どれも思わず微笑みたくなる作品ばかりです。

back to top

2)スターマーの評判


7月4日に英国で行われた選挙で、リシ・スナクの保守党が完敗、キーア・スタ-マー(Keir Starmer)をリーダーとする労働党政権が誕生しました。
選挙結果
総議席数: 650
 

スターマーと奥さんのビクトリア

で、スターマーというのはどういう人物なのか?とりあえずウィキペディアを頼りに事実関係からハッキリさせましょう。

スタ-マー氏は、1962年9月2日、ロンドン生まれだから今年で61才になる。父親は工具職人、母親は看護婦、子どもはキーアを入れて4人いるのですが、子どもの頃から労働党を支持する活動に参加していた。1985年、リーズ大学で法学士の学位を獲得、1986年にはオックスフォード大学の民法学士(修士課程)を修了、翌年から法廷弁護士として活動するようになった。1990年代後半には、ハンバーガーのマクドナルドの環境保護対策を批判して訴えられた環境活動家たちの弁護を無償で請け負うこともあった。そして2015年に労働党の候補者としてロンドン市内の選挙区から出馬、当選して下院議員(MP: Member of Parliament)となった。

当時の労働党はジェレミー・コービンがリーダーだったのですが、彼が組織した影の内閣にはスターマーも3年以上在籍したが(ウィキペディアによると)スターマー自身は社会主義者ではあるもののコービンの支持者ではないとしている。影の内閣では英国のEU離脱に関連した政策などを担当。親EUの姿勢を示したとのことです。

スターマー個人のことはこのくらいにして、英国人が新しい首相をどのように評価しているのか…?世論調査機関のYouGovが行った調査結果を紹介してみます。7月5日付のサイトに掲載されていたものです。
YouGovの世論調査より
<数字はいずれも%>
新首相の考え方を知っているか?


スターマーは将来どのような首相になると思うか?




YouGovのアンケート調査によると、キーア・スターマーについての英国人有権者の感覚を一言でいうと「漠然と知っている:a broad idea」けれど、はっきり分かっているという人は1割にも達しない。それでも彼のことを否定的に考える人も余りいない。英語に "conventional" という言葉がある。「当たり前の:ordinary」という意味ですが、よく言えば「安全」、悪く言えば「面白味がない」ということで "much like previous prime ministers"(これまでの首相と同じ)スターマーについては6割に近い英国人がそのように評価している。2019年に首相になったボリス・ジョンソン(保守党)の場合は半数以上(52%)の英国人が「完全に新しいタイプの首相:will be a completely new type of prime minister」と考えていたのですね。

▼過去の首相の中でスターマーと最もよく似た人物は?という問いに対して最も多かったのはトニー・ブレア(39%)とゴードン・ブラウン(37%)という答えだったのですが、21世紀に入ってからの労働党首相というとブラウンしかいないのですよね。戦後では11人の首相がいるけれど、うち労働党はブレアも含めて4人だけ。20世紀に全体に幅を広げると20人になるけれど、労働党はブレアも含めて6人だけ。英国は政治に関する限り「保守」の国なのですね。
back to top

3)再掲載:「名門校」が生んだ「高貴なる義務感」?

今から15年も前(2009年12月2日)のことですが、英国の下院におけるゴードン・ブラウン(首相・労働党党首)とデイビッド・キャメロン(保守党党首)の間で、相続税の税率をめぐる議論があり、ブラウン首相の次の発言が話題を呼びました。
  • 我が国にとっての問題は次の点なのですよ。多くの人々のための公共サービスが大切なのか、ごく少数の人のための相続税の減税が大切なのかということであります。キャメロン氏とゴールドスミス氏の相続税政策は、イートンの校庭で夢見た思いつきとしか思えませんね。 The issue for the country is this: is it public services for the many or inheritance tax cuts for the few? I have to say, that with him and Mr. Goldsmith, their inheritance tax policy seems to have been dreamed up on the playing fields of Eton.
ここに出てくるゴールドスミスというのは、保守党の若手議員で、財政担当者として党首のキャメロンを支えている人物です。超金持ちの環境保護論者としても知られていた。

「名門校」が生んだ「高貴なる義務感」?

むささびジャーナル178

相続税の議論について、簡単に説明しておくと、労働党政府が課税対象額を現在(2009年)の325,000ポンドから350,000ポンドへ引き上げる提案をしていた。一方の保守党は、これを100万ポンドに引き上げるべきだと主張していた。後日、ダーリング財務大臣が、結局来年度は325,000ポンドに据え置くと発表したのですが、ブラウンは保守党案を「一握りの金持ちだけが得をするものだ」と攻撃、その中で行われたのが上記の発言だった。

ただメディアの間で問題になったのは、相続税云々よりも発言の最後の部分、つまり保守党の案が「イートンの校庭で夢見た思いつき(dreamed up on the playing fields of Eton)」という発言だったわけです。


ブラウンはキャメロンとゴールドスミスが名門イートン校の出身であることを突いて、保守党が普通の人の政党ではなく、ひと握りの特権階級の人々のための政党であることを強調したという点にあった。ブラウンが翌年6月初めまでには行われる選挙目当ての「階級闘争」(class war)を仕掛けたのだというメディアも多いようです。

ブラウンのイートン攻撃についてキャメロンは「ちっぽけで悪意に満ちた愚かなことだ(It's a petty, spiteful, stupid thing to do)」として
  • 私の考え方は単純だ。英国民の関心事は誰がどこの出身かということではなく、これからどこへ行こうとしているのか、国に対して何を提供できるのかということにあるはずだ。 My view is very simple... that what people are interested in is not where you come from but where you're going to, what you've got to offer, what you've got to offer the country.
と語っており、「私は自分の略歴を隠すことはしない」(I never hide my background)とも言っています。

ただ保守系のTelegraph紙のサイトなどによると、保守党の公式ウェブサイトでは幹部議員が私立学校へ通った経歴がある場合、これを掲載しない傾向にあるのだそうです。現在の影の内閣の閣僚には17人の私立校出身者がいるのですが、これを公式の略歴に書いてある人はわずか3人。公立校出身者の15人中14人が堂々とこれを名乗っているのとは対照的です。
  • ▼この点についてキャメロンは「善処できるはずだ(I'm sure we can sort it out)」とコメントしているのですが、「善処できる」くらいなら最初からしておけばよさそうなのに、確かにキャメロンの略歴には、私(むささび)がアクセスした時点ではイートンもオックスフォードも書いていなかった。


イートン校での学生生活についてキャメロンは、Cameron on Cameronという本の中で、「イートンは自信と独立心(self-confidence, a strong sense of independence)を養ってくれるところだ」と言っているのですが、面白いと思うのは次のコメントですね。
  • (イートンで)成功するためにスポーツや学問に秀でている必要はない。自分なりの取り合わせで満足感や幸せ感を得るような大らかさがある。And because you don't have to excellent at sport or academically in order to be a success, it is big enough for you to find your own mixture of things that make you content and happy.
ただ、Francis ElliottとJames Hanningの共著であるCAMERONという本によると、キャメロンの自信(confidence)とか義務感(sense of duty)のような性格が形作られたのは、イートンの前に行ったHeatherdownという学校での生活なのではないかとされています。

キャメロンは7才になったときにHeatherdownに送られて寮生活を始めます。これはいわゆるprep-schoolという学校で、イートンやハロウのような名門パブリック・スクールに進学するための準備をする学校といわれるところです。Heatherdownはアンドリュー王子やエドワード王子のような王室の子息も出席しており、たまにはエリザベス女王が息子たちを訪問したりすることもあったのだそうです。

Heatherdownでは、毎朝の食事の前に上級生を書館に集めて、教師が聖書を読んで聞かせ、さらに授業開始10分前には礼拝をするというのが日課で、最も重要視されたのが「グッドマナー」であり「どんな人ともやっていく能力」(ability to get on with people of all backgrounds)を身につけることであった。キャメロンの同級生によると、キャメロンの場合、学校でも家庭でもnoblesse oblige(上流階級の人間としての義務感)ということを強く意識していたとのことです。

ところで、ブラウンが仕掛けた「階級闘争」ですが、翌日の世論調査には全く反映しておらず、YouGovの調査では40%対27%、ICMの調査では40%対29%でいずれも保守党が労働党をリードしています。つまりキャメロンがイートン出身だろうが、公立学校の卒業生であろうが、いまの英国人にはどうでもいいということです。

▼ジャーナリストのアンソニー・サンプソンは、いまからほぼ40年前の1971年に書いたNew Anatomy of Britainという本の中で、イートンを始めとするパブリックスクール(私立学校)についてかなり詳しく語っているのですが、イートンの特徴は「政治的影響力と富(its political influence and its wealth)にある」と説明しています。つまり「学問」ではないってことです。イートンの生徒はstupid(アホ)、clever(利口)、lazy(怠け者)、ambitious(大志を抱いている)、creative(創造力豊か)、dull(退屈人間)等々実にさまざまであるが、全員に共通しているのは親が金持ちだということだそうです。

▼つまりイートンには、個性的な人(オモロイ人間)が多いってことでしょうね。サンプソンによると、イートンと対照的なのがウィンチェスターというパブリックスクールで、こちらはもっぱら学問重視が校風だけに、学者になる人が多い。卒業生もどちらかというと画一的(homogeneous)であまり面白くない(less charming)人物が多いとのことです。

▼ただ、イートン校が昔ほどには存在感がなくなったということも言えるのではないかと思います。アンソニー・サンプソンのAnatomy of Britainシリーズは、英国社会における権力構造の解剖をテーマにしているのですが、40年前の本ではパブリックスクールについて20ページ以上も割かれていたのに、2003年に出た最後のシリーズではわずか2ページだった
 
back to top

4)どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら

forced sterilisation:強制不妊手術

7月3日付のBBCのサイトが、上に掲載した写真とともに
  • Japan top court says forced sterilisation unconstitutional
という見出しの記事を掲載していました。研究社の英和辞書によると "sterilisation" という英語には「不妊にすること, 断種」という日本語が充てられている。BBCの見出しには "forced" という言葉がついている。これは辞書を引くまでもなく「押し付けられた」とか「強制された」という意味ですよね。つまり "forced sterilisation:強制不妊手術" ということになる。

BBCの見出しにある "top court" は「最高裁判所」のことであり、"unconstitutional" は「憲法にそぐわない:憲法違反」という意味だから、BBCの見出し全体としては「強制不妊手術は憲法違反であると最高裁が判決をくだした」ということになる。

 

back to top 

5)むささびの鳴き声
 
▼上の写真は『日本記者クラブ会報:7月号』から無断で拝借したものです。6月19日に同クラブで行われた「東京都知事選共同会見」について書いてあり、写真には今回の都知事選の立候補者の中の4人が写っています(向かって左から石丸伸二、小池百合子、蓮舫、田母神俊雄の各氏)。

▼会報には、この会見を実現するまでの記者クラブ側の苦労話が書いてある。その一つには「会見に誰を呼ぶのか」(どの候補者が記者を相手に話をするのか?)ということなどもあったけれど、この4人を呼んだことで「結果としては主張の違いが浮き彫りになり、会見をやっただけのことはあったという趣旨のことが書かれています。

▼はっきり言って、都知事選はむささびの関心外のことだったのですが、メディアの報道を聴いていて不思議な気がしたのは石丸伸二さんという人の存在です。結果としては小池さんが約300万、石丸さんが約170万票ではあったけれど、何が面白くて、170万人もの都民がこの人に票を投ずることにしたのか?選挙後のメディアを見たり聴いたりしても知事になった小池さんが何をするのかではなくて、石丸さんという政治家が何をするのかだけが話題になっている(としか思えない)。

▼この人(あるいは彼の仲間たち)が埼玉県知事や飯能市長選挙に立候補することになったら、むささびは投票するのだろうか?ところで、明日(7月15日)は「海の日」なんですって?

back to top 
 
←前の号 次の号→

 

前澤猛句集へ