目次
1)スライドショー:ウェールズへ行こう!
2)再掲載①:アファンの森の姉妹提携
3)再掲載➁:高齢者がハッピーになるU字曲線
4)どうでも英和辞書
5)むささびの鳴き声
6)むささび俳壇
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1)スライドショー: ウェールズへ行こう!
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あなたはウェールズというところへ行ったことはありますか?英国の一部です。むささびはたった一度だけ行ったことがあるけれど、滞在わずか数日、首都のカーディフのホテルに泊まったのを記憶しています。あれって本当に「ウェールズへ行った」ということになるのだろうか?カーディフはウェールズでも南端に位置する町で、あまり典型的なウェールズとは言えないのではないか?と疑っている。
今号のスライドショーでお見せするのは、どちらかというと北部のウェールズです。素晴らしい自然の景色に恵まれた「山国(やまぐに)」で、おそらく日本人なら誰でも好きになってしまうような景色に恵まれている。
このスライドショーの写真を撮影したのはルース・デイビス(Ruth Davis)というアメリカの女性カメラマンです。 |
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2) 再掲載:アファンと黒姫が「姉妹提携」
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むささびはかつて駐日英国大使館広報部というところに勤務していたのですが、その際に「日英グリーン同盟」というプロジェクトに参加したことがあります。日本と英国の友好促進のために、英国から輸入したオークという樹木の苗木を植えようというのがそれだった。
2002年の一年間を使って日本全国200か所以上の町や村に英国生まれのオーク(ならの木)が植えられたのですが、2002年はちょうど100年前に日英間で日英同盟という条約が締結された記念すべき年だった。それを記念にして「何かやりたい」というのが、当時の駐日英国大使だったスティーブン・ゴマソル(Stephen Gomersall) の希望だった。
植樹活動を提案して受け容れられはしたものの、具体的に何をどうすればいいのか、見当がつかないというのが当時のむささびの情けない状態だった。そんなときに貴重なアドバイスを提供してくれたのが、自然保護活動家として知られるCWニコルだった。 |
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長野から信越本線に乗って新潟方面に向って5つめにあるのが黒姫。駅から車で15分ほど行ったところにCWニコルさんの「アファンの森」があります。約4万坪だそうです。彼の生まれ故郷であるウェールズにもアファンと名の付いた森があります。
CWニコルさんは日英グリーン同盟にとって一番強い味方でした。この企画を提案してはみたものの、「イングリッシュオークはどうやって入手するのか?」「本当に日本で育つのか?」等など、私には分からないことだらけで途方に暮れていたのですが、ニコルさんの仲間の紹介で様々な人々に会って意見を聞くことができた。東京・小石川の植物園の先生、環境教育推進のNPO、自然保護組織の人々などです。
その仲間たちに紹介されて会いに行ったある自然保護団体の人に「日英グリーン同盟は、若い人々と一緒に環境問題を考えることをテーマにしていながら、イングリッシュオークという外来種を日本国内に植えようとしている。それは日本の土着の自然に悪影響を与えかねない。そのあたりの整合性をどのように説明するのか」と言われた時には焦りました。そのようなことは考えてもいなかったのだから。「その問題までは考えておりませんでした」と正直に認めるしかありませんでした。 |
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気になった私は早速ニコル宛てに手紙を書いて、外来種云々の問題について彼がどのように思うのかを聞いてみた。間髪を入れずに返事がきて「お金さえあれば5万本のイングリッシュオークを日本に植えたいくらいだ」とのことでありました。「外来種って何なんだ?日本に外来でない樹木なんてあるのか!?」というわけでかなりお怒りのようでありました。 ちなみに日英グリーン同盟は、この外来種の問題に関係して国会でも取り上げられてしまったようで、衆議院の環境委員会(だったと思うのですが)でのことで、農水省のお役人が答弁して「植樹場所がいずれも管理された場所であり、しかも植えるのがそれぞれに一本なのだから環境に悪影響を及ぼすとは考えにくい」とのことでありました。外来種の問題については別の環境保護団体からも懸念を表明するお手紙を頂きました。その中にはメキシコ産のコスモスが日本に移植されて日本の環境を破壊しているという趣旨のことが書いてありました。
私が読んだ本によるとイングリッシュオークは、もともとヨーロッパ大陸にしか生えていなかったのが、ドングリが風で運ばれたり、鳥や人間が運んできたりして英国にも生えるようになったと書いてありました。ニコルではないけれど「外来種」って何なのでしょうか?例えば北海道で拾ったドングリを埼玉県に植えるのは「外来種の移植」にあたるのでしょうか?もし外来種を植えるのが悪いことであるのなら、何故樹木の輸出入が許されているのか?私がこの企画を説明した植物園の先生や専門家たちは何故この問題について何も指摘さえしなかったのか?
日英グリーン同盟に関連してニコルには夢がありました。それは黒姫にある自分の森と生まれ故郷であるウェールズにあるアファンの森の間で「姉妹森関係」なるものを確立することでした。その夢はまず2002年8月25日に黒姫のアファンにウェールズのアファンからの代表者を招いて調印式が行われたことで50%は実現、そして今年(2003年)7月、今度はウェールズのアファンの森で同じようなセレモニーが行われて100%実現しました。 |
ウェールズ・アファンの丘 |
黒姫の式典にはゴマソール駐日英国大使が、ウェールズのそれには駐英日本大使がそれぞれ出席、もちろんニコルは両方に参加した。彼は普段から赤い顔をしており「黒姫の赤鬼」とか「ケルトの赤鬼」と自称しているようですが、黒姫の式典はウェールズの国歌を直立不動の姿勢で聴きながら泣いていました。「赤鬼の眼に涙」でありました。 日英グリーン同盟のイングリッシュオークは黒姫高原にある童話館という博物館前の広場に植えられました。ニコルご推薦の植樹場所で、どこかウェールズの優しいグリーンの高原を想わせる景色の中に立っています。冬はスキー場になるというところだけに、オークも雪の中で過ごすのでしょうが、春から秋にかけては緑一色の広大な景色の中に立っています。
イングリッシュオークの寿命は長いもので400年くらいと言われています。黒姫のオークがそれまで生きているのかどうか分からない。せめて30年―40年は生きて貰いたいものです。あの赤鬼にも、英国大使にも、信濃町の町長さんにもそれを見ることは出来ないでしょう。ひょっとするとそのオークから落ちたドングリから新しいオークの芽が出たりしているかもしれない。「外来種」の繁殖です!でもそのオークの氏素性を知っているのはオーク本人だけ・・・ということを考えるのは、あの環境保護の専門家に申し訳ないけど、楽しいことなのであります。 |
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▼オークは日本では「ナラの木」として知られているけれど、明治時代には北海道でとれたナラの木を英国へ輸出したりしていたのですね。英国ではこれを家具や棺桶の材料に使ったりしていた。自分たちの「オーク」があるのに、なぜ日本産の「ナラの木」を使うのか?それは日本のナラの方が英国のオークよりも柔軟性に富んでいたので、棺桶の蓋のように丸みを帯びて使うには適していたから…。三井物産の砂川木工場創業の由来がこれだったそうです。むささびジャーナルに書いてある。 |
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3)再掲載➁:高齢者がハッピーになるU字曲線
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この記事は2010年12月19日に発行された
「むささびジャーナル204号」に掲載されたものの再掲載分です。 |
最近(2010年)のThe Economist誌がクリスマス特集というわけで、幸福感についてかなり長いエッセイを掲載しています。いろいろな国における調査によると、人間の一生における幸福感はU字曲線で説明できるのだそうであります。U-bend
of lifeというわけですが、Uの左側を若い年代、右側を老年、底の平な部分を中年という具合に分けると、子供からだんだん年を取るに従って幸福でなくなり、中年過ぎにはしばらく不幸時代が続くけれど、それを過ぎて老年に入ると再び幸福になっていくということです。正確にいうと「幸福を感じるようになる」ということです。
なぜ高齢になればなるほど幸福を感じるのかについていろいろな説を紹介しているのですが、余りにも長くなるので一つだけ、スタンフォード大学のLaura Carstensenという先生の説を紹介させてもらいます。彼女によると、自分の生命に限りがあるということを認識するという人間だけが持っている能力に関係がある。
- 高齢者は自分が死に近づいているということを知っている。であるから現在に生きることが上手になる。高齢者は、遠い先のゴールよりもいま大切なこと(感覚的なものも含めて)に焦点を当てて生きようとする。
Because the old know they are closer to death they grow better at living
for the present. They come to focus on things that matter now -- such as
feelings -- and less on long-term goals.
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将来ではなく、現在に生きることができるのは、将来がある若者ではなくて、死が近づいている老人の方だというわけですね。
さらに言えるのは、高齢になると「大志が死に、受容が誕生する」(death of ambition, birth of acceptance)という現象が起こります。別の(日本的な)言い方をすると「高望みをせず、無理のない線で生きる」ということです。The Economistの表現を借りると「社長になる希望をあきらめて副支店長で満足することを学ぶ」ということです。アメリカの哲学者であるWilliam Jamesの言葉に
- 絶対に若くてスマートになってやるという希望を捨てる日の楽しさは素晴らしい。 How pleasant is the day when we give up striving to be young -- or slender.
というのがあるそうです。言えてる・・・。というわけで、この記事の結論は
- 先進国における高齢化は経済にとっては重荷、あるいは解決されなければならない問題とみなされるのが普通であるが、U字曲線はこの問題をもっと前向きに語ろうとしている。世の中、白髪人間が増えるとともに明るくなる・・・という考え方はThe Economistの読者諸氏にとっては特に勇気づけられるものではないか。 The ageing of the rich world is normally seen as a burden on the economy and a problem to be solved. The U-bend argues for a more positive view of the matter. The greyer the world gets, the brighter it becomes -- a prospect which should be especially encouraging to Economist readers .
というものです。ちなみにThe Economistの読者の平均年齢は47才だそうです。 |
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▼年寄りは、人生を諦めている部分があるので、中年族に比較すれば人生のストレスも小さい。ストレスが小さい人間は精神的・肉体的に健康であり・・・というわけですね。その通りには違いないけれど、本当ならストレス生活で幸福感が薄いけれど、肉体的には働き盛りである中年のみなさんがハッピーでなければいけないのですよね。ただ人間というものはそのようにはできていないのかもしれない。
▼昔、ジョン・レノンの歌にImagineというのがあって、その歌詞がImagine all the people living for today...というのがありましたよね。この人は1940年生まれだからこの歌が発表されたとき(1971年)には31才だったわけ。middle age crisisが言われるには少し早いけれど、もうすぐ中年男のジョン・レノンが、living for todayという自分の夢を詞にした歌なのかもしれないですね。 |
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4)どうでも英和辞書
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<A-Zの総合索引はこちら> |
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great oaks from little acorns grow
大きなオークも小さなドングリから |
なにごとも初めは小さいけれど、努力次第で大きくもなる…あるアメリカ系の辞書は、この「ことわざ」を説明するのに、自動車王のヘンリー・フォード(1863
- 1947) の例を持ち出して「最初からすごい数の自動車工場があったわけではない:Henry Ford did not start his
operations by opening hundreds of factories in his first year」と言ってから、おもむろに
- Remember, mighty oaks from tiny acorns grow.
と言っている。 |
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5)むささびの鳴き声
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▼先日(11月30日)ジャーナリストの前澤猛さんが亡くなりました。1931年生まれだから、41年生まれのむささび(83才)とはちょうど10才違いだった。長年、読売新聞で記者(主に司法関連)をされていたので「ジャーナリストの前澤さん」とお呼びしてしまいますが、むささびとのお付き合いは「むささびジャーナル」への俳句の投稿が主なるものだった。定期的に投稿してもらったのは2018年の半ばからですが、ここをクリックすると俳人としての健筆ぶりが伺えます。 |
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▼韓国の政治がやたらと騒がしくなっていますね。昨日付のネットニュースによると『韓国大統領の弾劾訴追案を可決 職務停止に 戒厳令巡り』となっている。ここ数日、テレビを見ていると韓国のデモ隊がプラカードを掲げて国会をマヒさせているようにも見えるけれど、実際何がどうなっているのか、むささびにはよく分からない。
▼ただ、似たような景色としてほぼ70年も前(1960年6月15日)の日本の国会周辺を囲んだデモ隊のことを思い出しませんか?学生デモが国会構内へなだれ込み、警官隊と衝突して東大生の樺美智子さんが死亡したという、あの事件。あの事件が起こった翌日の日本の主要メディアが第一面に「7社共同宣言」なるものを掲載、「暴力を排して議会主義を守れ」という趣旨の主張を行った。
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▼前澤さん(当時は読売の記者だった)が書いた『新聞の病理』(岩波書店)によると、新聞社の「共同宣言」以外にもう一本、日本政府による政府声明なるものも用意されていた。その声明を用意すべきだったのが椎名悦三郎・内閣官房長官だったのですが、椎名にはその種の声明を用意する気もなければ能力もなかった。で、椎名の官舎まで出かけて行って「政府声明」を準備した人物がいた…。それは読売新聞の渡辺恒雄という政治記者だった、と。
▼あの頃の日本と今の韓国と…どちらが「民主的」と言えるのか?残念ながら前澤さんはもういない。下に掲載した『亡妻(つま)の待つ…』は、前澤さんが送ってきた最後の作品です。 |
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6)むささび俳壇
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