企業や警察などの不祥事が起こると大体において「世間をお騒がせして申し訳ございません」というニュアンスの記者会見をやって、ハンで押したように同じような姿勢で報道関係者に向かってお辞儀をする。あのお辞儀については「謝罪記者会見におけるアタマの下げ方」というマニュアルがあるに違いない。お辞儀の角度とかアタマを下げている秒数などがどれもピッタリ同じようなのだ。お辞儀コンサルタントでもいるのであろうか?
で、前々から気になっているのであるが「世間をお騒がせして申し訳ございません」という日本語を英語では何というのだろう?「申し訳ございません」はI apologiseとかI regretでいい(が、I am sorryは「謝罪」を意味しない時もあるので避けることにしよう)。「お騒がせして」はcausing troubles, disturbingあたりかな?でもイチバン難しいのは「世間」なのではないだろうか。world, community, society, peopleなどなどいろいろあるけれど、どれもイマイチである。「世間」という言葉の持つ「得体の知れなさ」がない。具体的すぎるのだ。
というわけで英語上達のためにイチバンやってはいけないことをやってしまった。つまり和英辞書をひいてみたのである。それによると「世間を騒がせる」はto make a noise in the world, to create a sensation, to make a splashなどとなっている。となると「世間をお騒がせして・・・」はI apologise that I have made a noise in the world…かな!?こんな英語聞いたことがない。しかし私が聞いたことがなくても、実際に使われることもあるかもしれないと思って、アメリカに住んでいる息子に、ご近所のアメリカ人にこの英語を使ってどのような反応をするのか知らせて欲しいと頼んでみたところ、返事は「そんなの聞いたことない」だったのだそうだ。やっぱり・・・。
「世間をお騒がせ・・・」というのを英語に直すのが難しい(と私が思う)のは、そもそも日本語の意味がよく分からないということに理由があるのではないかと思ったりもする。「世間」って何のことなのか?「騒がせる」のが悪いというのなら、阪神タイガースの優勝なんて大悪なのでは?
そういうことだから「世間をお騒がせして申し訳ございません」というフレーズは私自身、英語でも日本語でも使った記憶がない。自分が世間を騒がせるようなことをしたことがないということもあるけれど、たとえ自分のしたことが悪い意味で世の中の注目を浴びるようなことであったとしても、その行為そのもの(セクハラとか)について、具体的に迷惑を与えた人々に対して謝罪はするとしても、「お騒がせ」という意味不明の理由で、「世間」などという正体不明なもの対して謝罪などしないと思うのだ、私は。
最近の「お騒がせ」はイラクの日本人人質事件である。最初は「自衛隊を撤退させてでも自分たちの子供や兄弟を助けて!」と訴えていた家族が、いつの間にか「世間をお騒がせして申し訳ございません」というニュアンスに変わってしまった。確かに小泉さんを始めとする政府の人たちは大変だったかもしれないけれど、メディアに代表される「世間」については、家族が謝らなければならないような被害を被ったのだろうか?言いにくいけれどむしろ反対で、皆さん結構大騒ぎを楽しんでいたのではないか。新聞・雑誌は売り上げを伸ばし、テレビのニュース番組は視聴率を上げたであろうし(と言ってしまうのは誤りとも思えない)。
イラクで誘拐された日本人3人が解放された翌朝の新聞を読んで、極めて不可解・不愉快な思いをしてしまった。”3人とも「自己責任」の感覚が欠如しており、おかげで日本中を大騒ぎに巻き込んでしまった。今後はこのような「無謀な」真似は絶対にしてはならない・・・”というニュアンスの記事・コメントで埋め尽くされていた。中にはボランティアの「独りよがり」に文句をつけている評論家もいたようである。まるで劣化ウランのことを調べたり、ストリートチルドレンを助けたり、イラクの現状を伝える写真取材に行ったこと自体が犯罪であるかのような書き方であった。
3人とも危険を承知のうえで行ったわけだし(少なくともそのように推察すべきであるし)、3人が記者会見をやって、自分たちの身の安全のために、小泉さんに「自衛隊を撤退させてください。でないとアタシら殺されちゃう!」と訴えたわけではない。それをやったのは彼らの家族たちである。家族と本人たちを混同するのは間違っている。現地へ外務副大臣という人を派遣して「対策本部」まで設けてしまったのは小泉さんに代表される日本政府であって、彼ら3人が頼んだわけではない。頼まれもしないのに勝手に大騒ぎをしておいて「世間を騒がせやがって、けしからん!」というのはおかしいんでない?と言いたいわけである、私としては。
とにかくイラクの誘拐事件についてのマスコミの大騒ぎの結果として残ったのは、これからはイラクに代表される「危険な地域」へ人助けに行くのは相当の覚悟が必要であるという社会的な風潮である。それは命を失うかもしれないという意味の覚悟ではなくて、「また騒がせやがって・・・」という「世間」の風当たりを我慢しなければならないという覚悟であり、ボランティアたちの「自己責任」を云々しながら、実際には「お上の言うとおりにしておけ」と言っているにすぎないマスメディアの「知ったかぶり」にも耐えなければならないという覚悟である。あの二人のボランティアには「世間をお騒がせして申し訳ございません」というお決まりのフレーズとともにマニュアルどおりのお辞儀をして済ませる記者会見ができるとは、とても思えない。
先日あるフィンランド人と食事をする機会があって、その時にもイラクでの人質事件が話題になった。彼女は「人助けをしようと思っていたボランティアが誘拐されて何故非難されなければならないのか、どうしても分からない」と言ってから「自衛隊の人が誘拐されても非難されるのでしょうか?」と真顔で聞いてきた。私は「自衛隊は義務で行っているから誘拐されても非難されないが、ボランティアは好きで行っているから・・・」と説明をしながらも笑ってしまった。自発的に人助けに行くと結果如何では非難され、仕事だからということで渋々行った場合は誘拐というドジを踏んでも褒められこそすれ、咎められることはない・・・フィンランド人でなくても「さっぱり分からない」(英語でIt just makes no sense at all!)と言いたくもなる。
ところで「自己責任」は英語で何と言うのだろう、と思って和英辞書を調べたのであるが、これは出ていなかった。多分self-responsibilityだろうと思って、英語の辞書では「最も権威がある」という噂のOxford
English Dictionaryも調べたけれど、ここにも出ていなかった。一つだけ覚えているのは、英国である家庭を訪問した時に、ドアの上にサインがあった。意味としては「猛犬に注意」なのであったけれど、英語はEnter
at your own risk!となっていた。これだな、「自己責任」の英語訳は。 (2004年4月18日)
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