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むささびの鳴き声
014 大英勲章
自慢ではないが、私は大英勲章をもらっている。しかしこれについては全く自慢にならない情けない話もある。英国大使の公邸におけるおごそかなる勲章の授与式で、謝辞を述べている間に、身振り手振りの勢いが余って、貰ったばかりの勲章を床に落としてしまった。あろうことか2度もである。

日本の勲章がそうであるように、大英勲章にもいろいろある。私が貰っているのはMBEといわれるものである。その昔、あのビートルズが貰ったものである。MBEと似ているけれど、位的には一ランク上とされるものにOBE(Officer of the British Empire)というのがある。デイビッド・ベッカムに授与されたのがこれ。このさらに上のものにCBE (Commander of the British Empire)というのもある。

いずれもBritish Empire(大英帝国)という言葉使われているが、CBEが「司令官」、OBEが「将校」ときてMBE(Member of the British Empire)となる。上の二つは明らかに兵隊の位であるが、最後は単に大英帝国の「メンバー」ということのようだ(が正直言って意味はよく分からない)。 MBEはMy Bloody Effortsの略であると教えてくれた英国の友人がいた。「私の血だらけの努力」というと殺人犯みたいであるが、意味としては「オレが自分だけの努力で貰ったんだ、文句あっか!」ということである。はっきり言って私としては「大英帝国・・・」よりも「文句あっか」の意味の方が好きである。

大英帝国(British Empire)などこの世にもうないのだから時代錯誤も甚だしいけれど、英国人がそのことに気付いていないわけではもちろんない。 英国のことを知りたい人のためのバイブルであると私が勝手に決めているAnatomy of Britain(英国解剖)という本の著者によると、今から殆ど40年も前の1966年、エリザベス女王が当時のハロルド・ウィルソン首相にメモを渡したことがある。夫のエディンバラ公フィリップ殿下が書いたもので、「大英帝国はもうないのであるから、OBEも名称を変えてはどうか」という内容であったそうである。

大英勲章は形としては英国君主(今はエリザベス女王)から貰うものである。その女王の夫君が勲章名の時代錯誤性を指摘したわけであるが、これに反対したのがお役人たちで、「勲章の名称はなるべく現実と関係がない方が望ましい」(the less relations the name of an order to reality, the better)と言い張ったのだそうである。この説明は何だかよく分からない。

実は勲章名の時代錯誤性を批判する英国の国会議員の間で名称を変更しようという動きが今でもある。例えばBEをBritish EmpireではなくBritish Excellence (英国の卓越性)にしてはどうかという具合である。しかしBEがBritish Excellenceでは、何やら広告のキャッチコピーみたいで余りにも現実味がありすぎる(と私など思ってしまう)。「農産物品評会の優秀賞みたいだ」と言う人もいる。

日本の勲章の場合は「大勲位菊花章」「桐花大綬章」「旭日大綬章」「瑞宝大綬章」のように植物とかお日様のような自然をテーマにしており、英国のように「帝国主義」を謳歌したような「血なまぐさい」ものはないようだ。ちなみにデンマークという国における最高の勲章は何故か「象章」(Order of Elephant)というのだそうだ。

英国大使館というところで仕事をした28年間で大使が7人替わったけれど、全員がサーの称号を持っていた。いわゆる「ナイトの称号」というもので、これを貰うためにはKCMGというタイトルの勲章を貰う必要がある。Knight Commander of St Michael and St Georgeという、私などには全く意味不明のタイトルの略なのであるが、KCMGはKindly Call Me God(どうか私を神とお呼びください)の略だという英国人もいた。なるほど、これは分かりやすい。Knightの代わりにGrandをつけてGCMGというのもあるが、これはGod Calls Me God(神が自分を神と呼ぶ)の略だとするジョークもある。

で、サーの話であるが、例えばあのチャーチル首相はサー・ウィンストン・チャーチルであるが日本語で「チャーチル卿」とやるのは間違い。その人、個人(ファミリーではない)の業績に敬意を表するもので、サーという称号はファーストネームに付けられるものだからである。だから正解はサー・ウィンストン。もちろんこの呼び方は「ウィンストン」がどのウィンストンであるかが分かっている場合にのみ使える。

サー・ウィンストンに奥さんがいたのかどうか知らないけれど、彼がサーになった途端に夫人の呼び方もミセスからレディに変わる。レディ・チャーチルというわけで、この場合はファミリーネームにつく。私が知っている大使夫人の中には何故か「レディ」と呼ばれるのを嫌がった人がいた。「今度アタシのことをレディと呼んだら、アンタのことをMBEと言ってやる」と私を脅かした。結構ギャグの分かる人であったのだ。

勲章の名前における時代錯誤もさることながら、勲章制度そのものを英国の人たちはどのように考えているのかと思って、BBC放送のサイトにある投稿欄を見たら20人ほどの視聴者が意見を寄せていた。意外だったのは現状肯定派が多いということである。私が特に興味を持ってしまったのは「大英帝国」というものについての肯定派のコメントで「よくも悪くも"大英帝国"は存在したのだ。そのことを忘れたり、恥じたりする必要はない。歴史上、大英帝国よりももっと残虐な"帝国"はたくさんあるではないか」というニュアンスである。古いものは何でもダメという趨勢に対する抗議なのであろう。

日本もかつては「大日本帝国」であったけれど、それが強制的に否定された。私はというと、そのような日本の過去を否定するという教育の中で育ってきた。「日本と英国は両方とも島国であり、両国ともに皇室・王室を持っていて・・・」というのは、日英親善を意図したスピーチなどでよく使われるイントロである。しかしある時期、徹底的に過去を否定しなければならなかった「東の島国」と、それほどの過酷な自己否定の経験がない(としか私には思えない)「西の島国」とでは、人々の自国の歴史や伝統に対する感覚が全く異なる。

で、私はというと「東の島国」の自己否定(自虐史観という人もいる)の先にある(かもしれない)ものにこだわってみたいと思うのだ。

それはともかく、厳粛なる大英勲章の授与式で、勲章そのものを床に落としてしまったのは、多分私だけであろう。2度もとなると、絶対に私だけだ。私も情けない思いをしたけれど、これをエリザベス女王に成り代わって私に勲章を授けてくれた大使はもっと情けない思いであったかもしれない。申し訳ない。生まれてから「表彰」といえば50年以上も前、夏休みに貰ったラジオ体操の皆勤賞が唯一つの経験であったのだから、本当に「晴れ舞台」であったのだ。いまだに悔やまれる。