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むささびの鳴き声
021 ブレアと宗教
Anthony Seldonという人が書いたBLAIRという本を拾い読みしていたらGodという章に行き当たりました。この本はトニー・ブレアという人が生まれてから英国首相としての現在までを紹介する伝記本なのですが、ブレアという人を、彼に影響を与えた人々とのからみというアングルから描こうと試みています。例えば父親、チェリー夫人、マーガレット・サッチャー等などという具合。その中にGodも入っている。それからジョージ・ブッシュも。必ずしも「尊敬する人物」という意味ではありません。ただマーガレット・サッチャーはブレアさんが政治家に成り立ての24~5歳の頃の憧れであったそうであります。

Godはもちろん人間ではないのですが、筆者によると「ブレアと神の関係は他のどの人間関係よりも重要」なのだそうです。ここでいうGodがキリスト教の「神」であることは言うまでもありません。キリスト教抜きにはブレアは語れないというのがAnthony Seldonの言いたいことのようです。実は私もブレアさんの発する言葉の端々に「信仰心」のようなものの匂いを嗅いでいたので、Anthony Seldonの指摘を読んで「やっぱな」と思ってしまったわけです。

Anthony Seldonの本によるとブレアさんは、まだ首相になる前の1993年、ある本にキリスト教について
「キリスト教は非常に厳しい宗教であり、裁くものである。この世の中には「正と悪」というものがある。私たちは善悪の決めることをためらってはならない」"Christianity is a very tough religion. It is judgemental. There is right and wrong. There is good and bad…we should not hesitate to make such judgements…"
と書いています。

また首相になってからは、例えばイラク攻撃についての発言を見てもEven if I'm the only person left saying it, I'm going to say it(たとえ独りになっても言わせて貰う・・・)とかI may not be doing the easy thing but I do believe I'm doing the right thing(私のやっていることは簡単なことではないかもしれないが、正しいことをしていると固く信じている)などという言い方をするわけです。

「たとえ独りになっても」とか「正しいことをしている」などは「現実的」であることを要求される(と私などは思っている)政治家のいうセリフとも思えないわけです。ただこのようなブレアさんを「理念がある」ということで絶賛する人は(日本には)結構いるようでありますね。

確かブレア政権が誕生したときだと記憶していますがethical foreign policyという言葉が頻繁に使われましたよね。倫理的外交政策ということですが、外国との付き合い方の中に倫理つまり「善悪」という概念を持ち込んだ。

サッチャーさんとの比較

私がさらに興味を持ってしまうのがブレアとサッチャーの類似点と相違点です。類似点は二人とも自らの「信念」のようなものを持っていてなかなかそれを曲げないということです(尤もブレアが「信念」らしきものを発揮するのは外交面だけだという声もありますが)。それをおおっぴらに出すことはなかったけれど、サッチャーさんも極めて熱心なクリスチャンだった。

相違点については、二人とも「コミュニティ」という言葉をよく使ったけれど意味合いが違う。サッチャーさんの有名な言葉にThere is no such thing as society(この世に社会なんてない)というのがあります。老人福祉に関連してCommunity Careという政策を進めている時に言われた言葉なのですが、年寄りの面倒を見るのは隣近所とか親子などからなる「コミュニティ」の責任であって、社会(政府といってもいい)などというものの助けをあてにしてはならないという意味で言ったらしい。ブレアの場合は、人々がお互いに助け合うコミュニティを作るのが人間としての義務であり、政府もそれを援助するという姿勢をとる。

サッチャーさんが首相であったころに行った演説のなかで、聖書に出てくるパウロの言葉を引用して「働かざるもの食うべからず」(if a man will not work, he shall not eat)と述べて「弱者切捨て」だとして非難されたことがある。彼女としては、労働党時代のように政府の福祉政策などに頼らない「勤労精神」を鼓舞したつもりであったのですが・・・。ブレアはパウロの同じ言葉について「弱者を見捨てていいとはパウロは言っていない」とサッチャー批判をしたそうです。

ブレア政府ができたときに国内政策の面でよく使われたのがinclusive societyという言葉でした。身障者・老人・人種的少数派などの「弱者」をも包み込むような社会作りを目指そうということだった。

戦争の違い

ブレア、サッチャー、ブッシュ・・・3人とも熱心なクリスチャンで、3人とも戦争を経験しています。サッチャーはフォークランド戦争、ブッシュはアフガニスタンやイラクというわけです。しかし大きく違う(と私が思うのは)3人がおかれた環境です。サッチャーの場合は「英国の領土」を守るための「自衛戦争」でという謳い文句であった。ブッシュの場合は9・11後のアメリカ国内のヒステリアに引き摺られてしまった。アメリカ人にしてみれば「自衛の戦争」であり「正義の報復」であったわけですよね。

で、ブレアが(例えばイラクに)軍隊を派遣する理由はなんであったのかというと、少なくとも彼の演説などで聴く限りにおいては「正義」であった。サッチャーもブッシュも軍隊派遣によって却って人気が上がる一方で、ブレアは人気が下落してしまった。

取り巻きは無神論

ブレアさん本人は熱心なクリスチャンではありましたが、彼を取り巻くアドバイザーたちはそうではなかった、というのがAnthony Seldonの報告です。Alasdair Campbellという報道官はブレアのブレーン中のブレーンとされた人ですが、この人はむしろブレアの宗教色を極力排除しようと努めたのだそうで、首相の演説の締めくくりにブレア本人はGod bless youというフレーズを言いたかったのですが、アドバイザーたちの説得で単なるThank youにしたのだというエピソードも出ています。

ブレア首相が誕生したときに英国の人たちは熱狂的にこれを迎えました。彼が颯爽としていたからです。イラク戦争が絡んだ今年の選挙ではかなり冷たい反応を示しました。彼が独善的であると考えられたからです。「颯爽」と「独善」は同じコインの両側という気がしますね。

独善は拒否する

かつてGodについての英国人対象の世論調査が行われ「あなたは神の存在を信ずるか(Do you believe in God?)」という問いに対して11%がノーと答え、21%がイエスと答えたけれど、イチバン多かったのが23%のDoubt but believeだった。私の解釈によるとGodに対するこの姿勢の中に、ブレアの「颯爽」を歓迎しながらも「独善」は拒否するというどこか英国人的な態度を見ることができるのではないかってことです。