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むささびの鳴き声 |
032 奴隷貿:ブレアさんの「遺憾の念」 |
2006年11月28日付の毎日新聞の外信面に、ブレア首相が、その昔英国が奴隷貿易で主導的な役割を果たしたことについて、個人的な「遺憾の意」を表明した、という記事が出ていました。この新聞のロンドン特派員である小松浩さんという記者による報告で、来年(2007年)が奴隷貿易廃止法成立から200周年にあたることから、それを前に「謝罪」や「補償」論議が高まるのを避ける政治的な狙いがあるとみられる・・・と小松記者は書いています。 このブレアさんの「遺憾の意」は、黒人系の新聞、New Nationにブレアさんが寄稿したかなり長い記事の中で表明されたものですが、記事そのものとそれに対する英国内での反応については、むささびジャーナル99号に掲載するとして、毎日新聞の記事を読んで、私が興味をもったのはブレアさんの「遺憾の意」は具体的にどのような言葉遣いで表明されたのだろうということでありました。 首相関係のサイトでブレアさんの寄稿記事が掲載されていたのですが、毎日新聞のいわゆる「深い遺憾の意を表し」の部分は to express our deep sorrow that it ever happened となっていました。つまり「奴隷貿易のようなことが実際に起こったということ」についての「深い遺憾の意(our deep sorrow)」ということになる。私が思うに「遺憾」という言葉ほど、日本のメディアで頻繁に使われていながら、私イマイチよく分からない言葉はないのではありませんか? 政治家、社長さん、お役人などが部下の失敗について謝罪会見などをやると「世間をお騒がせしたことはきわめて遺憾であります」と言ったりするけれど、日常会話には殆ど出てこない日本語です。 大辞林によると「遺憾」の意味として「思っているようにならなくて心残りであること」と書かれてある。でもブレアさんはdeep sorrow(深い悲しみ)と言っている。「深い悲しみ」と「深い心残り」とでは意味が大分違う。sorrowの訳語として「遺憾」が正しいかどうかということを問題にしようとは思いません。そもそも遺憾の意味が私には完璧には分かっていないのですから。でも「悲しみ」と「遺憾」を比べたら、おそらく前者の方が分かりやすいのではありませんか? で、「遺憾」は英語で何というのか?今度は和英辞書を引いてみました。一番最初に出て来た英語がregretでありました。私の理解するところでは、regretはかなり「謝罪」に近い。私の辞書には例文としてI expressed my heartful regret that I had not been frank with him(彼に率直に話さなかったことについて衷心より遺憾の意を表した)とあったけれど、これなど明らかに謝罪の文章ですね。 とろこで、ブレアさんの記事について、首相の寄稿を掲載した黒人系の新聞の編集長は「すべてはsorryという言葉から始まる」と言っています。ご存知のとおり、sorryには意味が二つあります。一つは「ごめんなさい」(謝罪)、もう一つは「お気の毒に」(同情)です。この編集長が要求しているのが謝罪の意味でのsorryであることは言うまでもない。黒人編集長としては、ブレアさんにはとにかく「申し訳なかった」と言って欲しかった。そこから白人と黒人の和解が始まる。 ブレアさんの寄稿文の中でも最大のポイントは「(奴隷貿易のようなひどいことが)あったのだということに対して"深い悲しみ"を表明する」(to express our deep sorrow that it ever happened)と言っている部分にあるわけですが、彼はsorrowをどういう意味で使ったのか?Daily Telegraphのブログ・エッセイストは、この部分を肯定的に解釈してemphaticであると言っています。この英語を辞書で引くと「同情する」となっています。つまりブレアさんは「当時の奴隷たちは、さぞや辛かったでしょう」とは言っていても「申し訳ない」とは言っていない(とTelegraphの記者は解釈している)。この記者は謝罪などして欲しくないと思っているわけです。 話が「遺憾」に戻るけれど、将来、ひょっとして毎日新聞の入社試験で「ブレア首相が奴隷貿易について深い遺憾の意を表した」という日本語を英語に直せという問題がでるかもしれない。私など"遺憾"という言葉の意味が分からなくて、他人に聞くわけにもいかず、とりあえず和英辞書を調べてPrime Minister Blair expressed his deep regret...と書いたりするでしょうね。ブレアさんがそれを見たら多分「おれ、謝ってねえよ」(I didn't say that!!)と文句をつけるかもしれない。 (2006.12.10) |