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「平和ぼけ世代」のプライド
2003年11月
注:このエッセイは『外交フォーラム2003年11月号』に掲載されたものです。
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JR尾道駅を降りると直ぐ海になっていて、それを挟んで向島町がある。文字通り「向かいの島」なのだ。町外れの高台にある運動公園に一本のイングリッシュ・オークの木があり、オークが見下ろす町の中心部にある小さな広場には「時の翼」という銘のついた記念碑が立っている。オークも記念碑も2002年3月に「日英友好モニュメントを建てる会」というグループによって植えられ、建てられたものである。オークは「日英グリーン同盟」という植樹活動として英国大使館から寄贈されたもので、同じようなオークが全国204カ所に植わっているが、モニュメントは向島町にしかない。
向島町には第二次世界大戦中に英米人の戦争捕虜の収容所があり、英国人捕虜約100人のうち23人が、栄養失調や病気で死んだとされている。元捕虜とその遺族たちとの交流をするうちに、友好モニュメントを作ろうという話になり、その中心となったのが、向島町キリスト教会の南沢満男牧師と小林皓史さんだ。南沢牧師は「日英同盟を破棄したことは、日本にとって最大の過ち」だと言う。日本は、英国との軍事同盟のみならず「精神的同盟」をも破棄してドイツの観念論に傾斜し、それが皇民思想に繋がったと考えている。一方、小林さんはクリスチャンではないのだが、在英日本人で元戦争捕虜たちとの和解活動を続けている恵子ホームズさんのことを新聞で知り感激、モニュメントの活動に参加した。
小林さんは日本軍捕虜として生きた英国人が、自分たちの生活を描いたイラスト本の日本語版を自費出版した。本のタイトルは『忘れないように』となっているが、原題はLest We Forget。日本語は主語を省くことが多いため、ここでも誰が何を「忘れないように」するのか曖昧だが、原文ではWeが作者も含めた英国人捕虜たちのことをさすのは明らかだ。しかし日本語だけ見ると、日本人を含めた人類一般に対するメッセージとも受け取れる。小林さんは、「この本を自虐史観と批判する人もいて、ほとんど売れていない」と残念がる。
小林さんも南沢牧師も、私とほぼ同い年。つまり「自虐史観」と「平和ぼけ教育」にどっぷりと漬かって育った世代だ。売れない本を作ってしまった小林さんだが、「私が出会った訪日した戦争捕虜は、みな『日本に対する恨みの亡霊を成仏させることができた』という手紙をくれます。それが私の誇りでもあります」と語ってくれた。
なお、広島県因島市、三重県紀和町、新潟県上越市、山梨学院大学などにも、同じ趣旨のオークが植えられている。きっとそれぞれの物語が育っているに違いない。
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