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美耶子の言い分
022 「〜てくる」の二つの用法

「〜てくる」には、話し手の動作に付く「〜てくる」と他者が話し手(自分)に向かって何かをするときの「〜てくる」の、二つの違った用法があるなんて今まで気付かなかった。前者の使い方には「〜んです」という表現が持っているニュアンスに近いものがある。つまり、自分の体験を聞き手に分け与えたいという気持ちとそれを聞いた人が、「それで?」と更に聞いてくることを予想しての言い方ということである。

「先週関西に行ったんです・・」「へー、それで関西の何処?」とか。 (先週関西に行ってきました・・) これは、「先週関西に行きました」とは違うニュアンスを明らかに含んでいる文だ。この「〜てきた」は敢えて説明すれば「行って」それから「帰って来た」を一緒にしたものだと言って言えなくはないので、単に「行った」とは違うということは外国人にも分かって貰えるかもしれない。但し、英語の”I went to Kansai last week.”を「行ってきた」と言える日本語力はそう簡単には身に付かないかもしれないと思う。

後者の「〜てくる」は自分又は自分のテリトリーに向かって動作が行われる場合に使われる用法である。

「母が米を送ってきた」この「〜てきた」の裏には「私のところに」という言葉が隠されている。従って「母が米を送った」という文とは明らかに違う。「〜てきた」を使うことで、どこに(又は誰に)送ったのかは言わなくても分かるというわけである。

英語話者が”My mother sent me some rice.”を日本語に直すとき、「母が私に米を送りました」という少し変な日本文になってしまうことがよくあるのは、この「〜てくる・〜てきた」の使い方がなかなか身に付かないからだろう。

ここに第三者の話者がいた場合、「〜てくる」を付けるか付けないかで、その話者が動作主の側に身を置いているのか、受け手の側に身を置いているのかが、分かってしまうというわけだ。「AさんがBさんに電話をかけたんだって」と「AさんがBさんに電話をかけてきたんだって」とでは、話し手がどちらの立場で発言しているのかが明白になる。たった2文字を使うか使わないかで言外の状況が掴めてしまうなんて、日本語はウッカリとは使えない微妙な言語である。