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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
musasabi journal
第133号 2008年3月30日

   

こんにちは。上の写真ですが、真ん中に立っているのが、チベットのGungthang Rinpocheという精神的リーダーの第7世だそうです。現在、4才。周りにいるのは、チベットの若い僧侶たちです。チベットというとダライラマとなりますが、ダライラマは亡命中の精神的指導者です。Gungthang Rinpocheは中国内のチベット自治区にいる精神的リーダーなのだとか。 真ん中もいいけれど、周りの若い僧侶たちの表情が本当にいいですね。

目次

1)国際じゃがいも年
2)チベット人がトイレットペーパーを「略奪」する理由
3)北京五輪のボイコットは"まだ"やらない方がいい・・・
4)3000000000000ドルの戦争
5)短信
6)むささびの鳴き声

1)国際じゃがいも年


知らなかったのは私だけ、なのかもしれないけれど、今年(2008年)は国連が定めた「国際ポテト年(International Year of the Potato)なんですね。トウモロコシ、小麦、お米と並んで「4大食糧」の一つでありながら、もっともカロリーが高く、ほとんどどんな土地や気象条件下でも育つポテトを見直して、世界の飢餓、貧困、経済発展などに想いを馳せようというわけであります。

ポテト研究家のJohn Readerという人によると、ポテトが人間の食べ物として初めて栽培されたのは、南米のアンデス地方だそうです。ヨーロッパに持たされたのが16世紀だったのですが、最初は「毒がある」だの「食べるとらい病にかかる」だのと言われて敬遠されていた。それが食糧飢饉などがあって、人間の食べ物として定着し、18世紀の終わりごろには「奇跡の食べ物」(wonder food)として持てはやされるように・・・。

The Economist(3月1日付け)によると、ポテトは、19世紀の英国(イングランド)で始まった産業革命を支えると同時に自由貿易の発展にも一役買ったのだそうです。

産業革命は、北イングランドを中心に始まったわけですが、当時の北イングランドは、酪農と家内工業が経済の基盤だった。そこへポテトがやって来て、酪農に代わってポテト栽培が盛んになると、それまでのように人手をかけずに栄養豊かな食べ物が手に入ると同時に、酪農や家内工業から解放された労働者たちが、産業革命で生まれた工場で働くようになった。あの社会主義革命家のフリードリッヒ・エンゲルスは、ポテトの登場は鉄の登場と同じくらい「革命的」なことだと言ったそうです。

ポテトはまた、自由貿易の促進にも大きな役割を果たしたのですね。19世紀の南イングランドの地主たちは小麦の生産で大いに潤っていたので、「穀物法」(Corn Laws)なるものを作って、ポテトも含めて外国からの安い穀物輸入を規制していた。北イングランドの工業資本家たちには、穀物の輸入を自由化すれば、食べ物の価格が下がる、食べ物が安くなれば人々は産業革命で生まれた製造品を買いやすくなって自分たちが儲かる・・・という思惑があって、穀物法の廃止を訴えた。

穀物法は結局1846年に廃止になり、ポテトを初めとする食糧の輸入が自由化される。ただそれは当時の自由貿易論者が勝利した結果というよりも、1845年にアイルランド(当時はまだ英国の一部だった)で起こったポテト飢饉が背景となっています。100万人が死んだとされる大飢饉という悲劇を前にして、英国議会も穀物法廃止論を受け入れて、安いポテトの輸入を許さざるを得なかったということです。

穀物法をめぐる北の工業資本家と南の地主の対立は、封建領主と都市ブルジョアの階級対立であり、後者が勝利したわけですが、The Economist誌の創刊が1843年で、穀物法廃止派によって作られたのだそうです。

ところで、ポテトそのものですが、世界最大の生産国は中国で、年間7200万トンを生産しており、2位のロシア(3600万トン)、3位のインド(2620万トン)などを大きく引き離しています。ただ消費量ということになると、中国もインドもトップ10には入っていない。国民一人あたりの消費量のトップ、しかも2位に倍以上の差をつけているのはどこだと思います?ベラルーシュなんですね。国民一人当たりの消費量は835.6kg、2位のオランダは415.1kgだそうです。面白いのは、ポテト発祥の地ともいえるペルーの消費量は、一人あたり80kgで、ベラルーシュの10分の1なんですね。では、日本人のはどのくらいポテトを食べているのか?答は一人あたり24.82 kgだそうです。中国の39.78 kgに比べるとかなり低いですね。

▼じゃがいもって美味しいですよね。妻の美耶子によると「インカの目覚め」という種類のものがダントツで美味しいのだとか。確かに、これをゆでてバターを塗って食すると美味しい。マクドナルドが日本に上陸した当初に食べた、あのポテト(アメリカでいうフレンチ・フライ)の美味しさも忘れられない。

▼社会主義者のエンゲルスはポテトを絶賛したのですが、近代資本主義の生みの親であるアダム・スミスは「ポテトがこれほど一般的に食されているということは、食べ物に関して、国同士の偏見を乗り越えることができるということを示している」と語ったそうであります。

▼上のポテトと自由貿易の関係は、現在の農業自由化のハナシと通じていなくもないですね。

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2) チベット人がトイレットペーパーを「略奪」する理由


Open DemocracyというサイトにGabriel Lafitteという人のエッセイが出ています。インドにあるチベット亡命政権のアドバイザーをつとめている人で、チベットとは30年来の付き合いだそうです。エッセイは次ぎのような書き出しになっています。

チベットの騒乱には、中国による抑圧的支配に対する反対ということ以外に、自分たちが(中国とは)違う存在であるということの権利の主張という側面もあるのだ(The opposition to China's oppressive rule evident in the Tibetan uprising is also an affirmation of the right to be different

エッセイが伝えているのは、今回の騒乱には物質的な側面と精神的な側面があり、後者を無視すると、事の本質が分からなくなるということであります。

ラサの町で中国人が経営する店舗を襲撃するチベット人たちが好んで略奪するのは、トイレットペーパーなのだそうです。これを電線に向かって投げつけると、それが風になびいて「風に乗る白馬」というイメージになる。白いスカーフという意味もあるのですが、これはチベットでは親愛の情を表すものなのだとか。電線ではためくトイレットペーパーが伝えるのは「~に勝利を!」(victory to the god!)というメッセージであり、「チベットをチベット人のものに」という主張のシンボルにもなるとのことです。

今回の騒乱の先頭に立っているのは、僧侶であり尼僧であるわけですが、Gabriel Lafitteによると、彼らは人間をありとあらゆる苦しみから解放するのだという宗教的な意識で闘っており、

彼らは自分たちが死ぬことを知っており、その準備は出来ている。20年前、50年前の革命のときと同じように、多くが秘密の刑務所で拷問を受けて死んでいくだろう。世界が注目することを止めるとき、あらゆる危険をおかして、このオリンピックの年に中国の恥部に世界の注目を集めさせる試みをして、そして死んでいくのだ。(They know they will die, and are ready for it. Just as in the great Tibetan revolts of two and five decades ago, many will die in secret prison cells, after torture. When the world is no longer watching, or able to see, Tibetans who risked all so as to focus the world - in this Olympic year - on China's shame, will die.

ということです。Gabriel Lafitteによると、かつての中国によるチベット政策は、国家による暴力と抑圧、マルクス主義的な反宗教キャンペーンによる弾圧という形をとっていたけれど、いまの中国は、資本主義的なやり方、つまり巨額のお金(多くが国家のお金)を使って鉄道を敷き、ショッピングモールを作り、沢山の中国人観光客を呼び込むというやり方でチベットを「支配」している。これらの現代文化(modernity)というものが、チベットにとって聖なる風物であった「祈りの旗」(prayer flags)、寺院、瞑想の場などにとって代わってしまった。

それらはちょっと目には「進歩」のように映る。経済ブームに沸く、他の中国の都市のように見える。「近代化のためには仕方ないだろう」とアウトサイダーたちは言う。しかしチベットの人たちは、そのような近代化がもたらす物質的な恩恵からも除外されている。彼らは、道路工事とかタクシー運転手のような単純労働さえもチベット以外から来る移民ギャングたちが奪って行くのを呆然と見つめているしかないのである。チベット人たちは相変わらず貧しく、除け者扱いされている。(On the face of it, that's progress. If Lhasa now looks like any Chinese boomtown, that's just the price of modernity - or so many outsiders say. But Tibetans find themselves excluded from the material benefits of modernity, watching powerlessly as gangs of non-Tibetan immigrants take over even the unskilled jobs on construction sites and in driving taxis. Tibetans remain poor, socially excluded

Gabriel Lafitteはさらに、「環境保護」という名目によって、チベット人たちのライフスタイルそのものが脅威にさらされていると訴えています。即ち揚子江や黄河の上流で暮らす多くのチベット人遊牧民が土地を追われ、見知らぬ土地に作られた「ニュータウン」での生活を余儀なくされている。

遊牧民たちは、自分たちのNGOを結成することがゆるされず、沈黙を余儀なくされているのだから、自分たちが数千年にわたって如何に大地を愛してきたか、土地の生産性を確保し、野生動植物を守ってきたかということを示す機会そのものが奪われている。(The nomads, compulsorily voiceless, not allowed to form any NGOs of their own, have no opportunity to show how deeply they care for the land, having sustained its productivity and its wildlife over millennia.)

遊牧民たちは、都会から来た中国党幹部によって「愚か・不教養・非科学的・破壊的(stupid, uneducated, unscientific, greedy and destructive)」な存在と見なされている。それらはいずれも中国が逃れようと試みている性格だ、とGabriel Lafitteは言っています。

チベットでチベット人であるのは、1950年代の米国ミシシッピー州で黒人であるのと似ている、と筆者は言っています(この人はアメリカ人かもしれませんね)。国内を旅行したりするのにも制限があるし、家畜を何頭飼ってもよいか、子供は何人まで持てるか等々、すべてが中国の官僚によって厳しく管理されている。その一方で、ヘルスケアや教育は資本主義的な「受益者負担」(user-pays basis)だから、お金やコネがないと病院にも行けない。

Gabriel Lafitteはダライラマの言葉として、

チベット人と中国人は過去においては仲良しの関係を保っていたし、それを取り戻すことも可能ではある。しかしそのためには、人間としての相互の違い(幸福感の拠り所の違い)を尊重するということが条件になる(Tibetans and Chinese have had good relations in the past, and can have again - but only if there is mutual respect for fellow human beings who differ in their sources of happiness.

という文章を引用しています。中国人(漢民族)の価値観を勝手に押しつけるなということです。Gabriel Lafitteのエッセイは、

チベットの僧侶や尼僧たちは、いつものように落ち着いて、誰を憎むこともなく死んでいこうとしている。彼らは(ダライラマの言う)「違い」を守るために死んでいくのだ(Tibetan monks and nuns are now dying, usually with equanimity and no hatred, in order to maintain that difference.)

という文章で終わっています。

▼3月22日付けのThe Economistによると、いまの中国のチベット政策を一言でいうと「二重思考」(doublethink)なのだそうです。この言葉は、作家のジョージ・オーウェルが『1984年』という小説の中で使ったもので、別の言い方をすると「矛盾を信じる能力」(ability to believe contradictory things)となる。

▼中国の指導者たちは、一方では「チベットの伝統文化は、迷信と残酷さに満ちた、唾棄すべきものだ」と言いながら、もう一方では「チベットは中国から切り離すことのできない部分(inalienable part of China)である」と言う。そんなに情けない文化の国なら放っておけばいいのに・・・。これがdoublethink。

▼もう一つ。ダライラマについて中国は「今日では意味を持たない、時代遅れ(irrelevant)の存在」と切って捨てながら、もう一方では「チベット人の反中国騒乱を炊きつけているのはダライラマだ」と非難したりする。時代遅れの人なら無視すればいいのに・・・。これもdoublethink。

▼考えてみると、いま中国がチベットでやっている(と報道されている)ことは、かつて日本が中国や朝鮮で、英国がアフリカやインドで、アメリカの白人が南部の黒人に対してやっていたことの繰り返しにすぎないとも言える。違うのは、インターネットの発達で情報技術が殆ど人間のコントロールを超えるレベルにまで発達してしまっているということですね。中国国内を見ても、携帯電話が6億台、ネット利用者2億人という時代です。そんな状態で情報統制なんて出来るのでしょうか?

▼このエッセイの筆者が言うように、いずれ大メディアがチベット報道をしなくなったとしてもTibetInfoNetのようなサイトを見れば、いくらでも情報が得られてしまうんですからね。

▼このエッセイを読んで、私が考えたことの一つに「宗教」と「経済」の関係があります。私のつたない記憶と解釈によると、共産主義思想の生みの親であるカール・マルクスによると、世の中は常に経済という下部構造によって動いており、時代の思想も経済によって規定されるということになっていたと思います。宗教を信じたり広めたりすることは、現実から眼をそらせる「欺瞞」に過ぎない。「宗教はアヘンだ」と言ったのもマルクスだったと思います。開放政策をとる前の中国は、いま以上に共産主義の思想が強かったから、チベットの仏教が「アヘン」として弾圧されたのも自然なことだったかもしれない。しかし今回の騒乱は「資本主義的中国」に対する抗議です。マルクス主義中国も資本主義的中国も「物質的に豊かになりさえすれば、みんなハッピーに違いない」という考え方においては共通している?

 

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3) 北京五輪のボイコットは"まだ"やらない方がいい・・・


3月27日付のThe Economistの社説が北京五輪のボイコットのことを取り上げて「北京五輪のボイコットをするときでは"まだ"ない(It is not time for a boycott of the Beijing Olympics. Yet)と言っています。

もともとオリンピックというのは政治的イベントになることが多い。主催国は国としての発展の足固めにしたいという意図があるし、反対する方は自分たちの主張についての世界的なPR活動になる。その点において、北京五輪も同じことだ、というわけです。北京五輪のボイコットは中国国内の「排他的ナショナリズム」(xenophobic Chinese nationalism)に油を注ぐだけであって非生産的であるということが一つ。もう一つは、いまの中国政府は五輪を成功させることだけに固執しているわけで、ボイコットをすると、外国はこのような固執を利用して中国に影響を与えるチャンスを放棄することにもなる。

The Economistはチベットの騒乱への中国の対応が全くお粗末で時代遅れなやり方だったと批判しています。例えばダライラマを「人間の顔をしているが、心は動物という怪物」(a monster with human face and animal's heart)と呼んで非難するやり方は文化大革命当時のそれと変わっていないし、ラサから外国メディアを締め出したり・・・「情けないとしかいいようがない」(For pity's sake)。それでも騒乱を抑えることはできず、しかも軍が発砲するシーンが、ネットを通じて海外に流れることを抑えることも出来なかった。

携帯電話とネットの時代だから、写真イメージはあっと言う間に世界を駆け巡ってしまう。今回の騒乱に対して、中国が比較的自己抑制的なのは、そういう時代背景があるからで、1989年のチベット騒乱と天安門事件と今回とでは、中国の態度はかなり違うと言っています。

中国政府にとって、聖火リレー(チベットも通過)や外国からの賓客を招いた開会式などは、絶対に成功させなければならない、政治的な行事です。しかし聖火リレーを契機に、チベット問題だけではなく、スーダンだのミャンマー問題に対する中国の姿勢に、世界各地で反対の抗議行動が見られるはずであり、中国は世界の「庶民の怒り」(anger felt by ordinary citizens)と対峙しなければならない。フランスのサルコジ大統領などは、フランスの「庶民の怒り」を無視するわけにいかないと感じて、開会式への不参加を匂わせたりしている。

中国がその行動を穏健なものにしないと、外国要人の欠席が続出して、開会式は盛り上がらないものになるだろうし、場合によってはボイコットする国が出てきたりして、メダルの価値が下がったりということも考えられる。

最近の中国政府の変化の例として、スーダンやミャンマーに対する政策がわずかとは言え変化したこと、また中国政府が最近、国内のネットユーザーがBBCのサイトへアクセスすることを許す決定をしたりしたことなどを挙げて、やはり五輪を成功させなければという切迫した事情があるからだとThe Economistは言っています。

この程度の変化では、五輪によって中国にもたらされるだろうと楽観主義者が考える改革には程遠いものかもしれない。が、それは、少なくとも中国の指導部のある部分が、北京五輪が成功するかどうかは、外国政府ではなくて、彼ら自身の行動によって決まってくる、ということを認識していることを示すものではある。(This hardly amounts to the reformist surge optimists hoped the Olympics might bring. But it does suggest that at least some Chinese leaders recognise that it is their behaviour, not that of foreign governments, that will determine the success of the Beijing games)。

▼まあ、とにかく中国を暴発させるのは止めよう、誰のトクにもならない・・・ということなのでありましょう。ポーランドなどは首相が開会式への拒否したと伝えられています。1980年のモスクワ五輪が日本を含むいろいろな国にボイコットされたのは、ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議してのことだったですね。漠然と憶えています。英国もアメリカもボイコットしましたよね。でも今回はこの日英米ともボイコットはしないということのようです。英国の場合、ブラウン首相やチャールズ皇太子が訪英するダライラマに会うし、チャールズ皇太子などは「招待されても開会式には出ない」と言ったと伝えられています。

▼この騒乱が始まる前、NHKの夜9時のニュースを見ていたら、日本国内での北京五輪の聖火リレーのことを伝えており、リレー走者のひとりに選ばれた野球の星野仙一さんが、満面の笑顔で「しっかりやらなきゃ」というようなことを言っておりました。でも星野さん以上にニコニコしていた(と私には見えた)のが、NHKのスポーツ担当アナウンサー(女性)で「実は私も走ることになりました!」とおっしゃっておりました。「チベット」が話題になる前の話です。この二人は今でもやる気なんでしょうか?「チベットのことがあっても参加するんですか?」という質問を誰かやってみて欲しい。星野さんは、「スポーツはスポーツ、政治は政治じゃ!アホなこと聞くな!!根性出さんかい!!!」とか言うんですかね。

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4) 3000000000000ドルの戦争


2003年3月19日、アメリカのイラク攻撃が開始されてから5年になりました。いまアメリカや英国で話題になっているのがTHE THREE TRILLION DOLLOAR WAR(3兆ドルの戦争)という本です。Joseph E StiglitzとLinda A Bilmesという人の共著によるもので、Stiglitzはコロンビア大学の教授でノーベル経済学賞を受けた人で、Bilmes(女性)はハーバードの先生でクリントン政権でアドバイザーをつとめた人です。

2003年3月にイラク爆撃が開始される直前、ホワイトハウスで、この戦争がどのくらいのコストがかかるのかについてのディスカッションが行われた。ブッシュ大統領の経済顧問であり、国家経済委員会(National Economic Council)の委員長だったLarry Lindsayが挙げた数字は"2000億ドル"だったのですが、この見積もりを「でたらめだ(baloney)」と一蹴したのが国防長官のDonald Rumsfeldだった。彼によると"500〜600億ドル"で、このうちいくらかは同盟国が負担するはずであるし、イラクの復興は石油収入で賄えるということだった。

で、THE THREE TRILLION DOLLOAR WARの著者の計算によると、アメリカがこれまでに支払い、これから支払うであろう金額は「少なくとも3兆ドル(conservatively 3 triliion dollars)」となっている。Stiglitz教授らによると、Rumsfeldの言う"500〜600億ドル"は戦闘に要するお金(兵隊に払う給料や武器のコスト)であり、例えば戦争で負傷した兵士たちの治療費、死亡した兵士の家族に払われる遺族年金などなどが考慮に入れられていない。仮に戦闘費用だけだとしても、戦争が始まってからこれまでに、すでに4700億ドルかかっているのだから、500〜600億という見積もりは全く外れていたということになる。

Stiglitz教授らは、これまでの戦闘経費だけでなく、これからしばらくは米軍がイラクに駐留する必要があるのだから、「将来の軍事活動」も考慮に入れられなければならないし、「将来」も含めた戦死した兵士や負傷して帰還した人のケア、そして武器類の補修などの費用なども入れた「真のコスト(true costs)」を考えなければならないと主張しています。

で、それらを考慮に入れたコストは、2017年まで米軍が駐留すると想定すると、コストは2兆390億ドルとなり、借金で払うわけだから利子も入れると2兆6550億ドルとなる。これはイラク戦争だけ考えた場合。アフガニスタンでの戦争は「将来」もいれて8410億ドル。二つの戦争を合計すると、将来の活動がうまくいった場合の「希望的観測」で2兆3340億ドル、現実的な数字では3兆4960億ドルとなる。これがアフガニスタンとイラク戦争についてアメリカがこれまで支払い、これから支払う必要が出て来るお金であるというわけであります。

このように「兆」だの「XXX億ドル」だのといわれてもピンとこないのですが、Stiglitz教授らは1兆ドルあれば出来ることとして具体的に次のような事柄を挙げています。

  • 住宅が800万戸建設できる。
    公立学校の教師1500万人を1年間雇える。
    5億3000万人の子供たちのヘルスケアを賄える。
    4300万人の大学生の奨学金が払える。

これらは1兆ドルで出来ることだから、3兆ドルとなるとこの3倍ということになる。また教授らによると、アメリカは中国がアフリカで影響力を伸ばしていることを心配しているが、現在アメリカがアフリカ支援に使っているお金は、1年で50億ドル。これはイラク戦争10日分のお金だそうです。また2008年のアフガニスタンでの経費は1ヶ月で160億ドル。これは国連の1年分の予算だそうです。

何故それほどのコストがかかっているのか?燃料費の値上がりとか武器の修理経費などが予想以上にかかっているということのほかに、教授らが挙げている最も重要なポイントとして、人件費の異常な上昇があります。この部分だけ詳しく紹介してみます。

以前にも書いたかと思いますが、イラク戦争とベトナム戦争の決定的な違いの一つが、ベトナムの場合徴兵制があったのに対して、アフガニスタンやイラク戦争にはそれがない。通常の兵隊(志願兵)以外に予備役や州兵に頼る度合いがかつてないほどに大きなものとなっている。さらに見逃せないのが、民間企業が提供するスタッフを使うケースが非常に大きいということ。この中には戦闘要員のほかに料理人、掃除人、武器類の修理担当者、外交官らの警備担当者などが含まれている。人数にして約10万人。91年の湾岸戦争の場合の10倍だそうです。

実はイラク戦争は、これらの警備会社にとって絶好のビジネス・チャンスを提供しています。日本の外務省にあたる国務省が外交官の警備のために使ったお金は昨年だけで40億ドル(2003年の時点では10億ドル)。Blackwater Securityという警備会社は、2003年に、当時のイラク連合暫定施政当局のアメリカ代表であったポール・ブレマー一人をガードする契約を結ぶのですが、契約金額は当初は2700万ドルだったのが、1年後には1億ドルにまで膨れ上がり、昨年の時点では12億ドルで、845人の警備要員を派遣する契約を結んだのだそうです。

Stiglitz教授によると、これら民間の警備担当者が貰う給料は1日平均で一人当たり1,222ドル、1年間で445,000ドルになる。で、アメリカ陸軍の通常の兵隊さんたちの給料はというと、1日あたり140〜190ドル、1年間で51,000〜69,350ドルです。殆ど10分の1ですね。余りにも違う。イラクやアフガニスタンでの兵役を終えた軍人たちが、再びとして戦場に赴く場合、民間警備会社に雇われた方が得だと考える人も出て来る。

よく言われるのは、イラク戦争に行くのは、どちらかというと経済的に恵まれない階層の若者たちです。いったんイラクやアフガニスタンから帰還した後に、再び志願することもある。再志願者に政府から支払われるボーナスというのがあって、15万ドルなんだそうです。15万ドル払ってくれたとしても、給料を考えると、民間警備会社の方に行ってしまう人が出てきても不思議はない。

こうしてアメリカ軍と民間警備会社が人員確保のために給料競争をするようなことになる。これがコストの上昇に繋がるだけでなく、軍が優秀な人材を民間に取られてしまうという結果にもなる。しかも民間企業は政府の下請けで仕事をしているのだから、お金は税金もしくは政府の借金で支払われる。Stiglitz教授らは、このような現象を「軍の民営化」と呼んでいるのでいるのですが、なるべく経費を抑えようという企業の論理は軍隊に適用することはできないと言っています。

Stiglitz教授は、軍の民営化のもう一つの問題点として、政府と企業の癒着を挙げています。アメリカにおいては、政治的な「賄賂」は政党に対する「献金」というカタチをとる。副大統領のディック・チェイニーが役員を務めていた警備会社のHalliburtonが、1998年から2003年にかけて行った政治献金は、民主党に対するものが55,650ドルであったの対して、共和党への献金額は1,146,248ドル。殆ど20倍です。

ところで、アメリカの軍人がイラク戦争で戦死した場合、政府が遺族に払うお金はどのくらいだと思いますか?Stiglitz教授によると、50万ドル(約5000万円)だそうです。これが国防省の予算から支出される金額なのですが、50万ドルって高いのでしょうか、安いのでしょうか?

経済学で使われる用語にVSL(value of statistical life)というのがあるんですね。日本語で「確率的生命価値」というのだそうですが、政府が設ける規制(交通安全とか環境規制とか)によって救われる人間の生命をお金で表現するために使うものらしい("らしい"というのは、私にもイマイチ自信がないからです!)。例えば、職場の安全基準を守らなかったが故に「不当な死」(wrongful death)が起こった場合、それによって失われた一人の生命の価値は平均で720万ドルとされるのだそうです。これは中くらいの数字であって決して法外に高いというものではない。

VSLの720万ドルを考えると、アメリカ政府がイラク戦争で死亡した兵士の遺族に支払う50万ドルというのはいかにも安い、と教授は主張しています。THE THREE TRILLION DOLLOAR WAR が書かれた時点(2007年)でのイラク、アフガニスタン戦争における米軍の死者数は約4300人とされています。VSLの720万ドルに4300を掛けると300億ドルで、これが戦死というものの社会的コストであり、国防省の予算でいう21億5000万ドルとは余りにもかけ離れている。Stiglitz教授らは、戦争のコスト計算にあたって300億ドルの方を採用しています。

▼この本はおそらく日本でも翻訳が出るでしょう。私の力では、とても内容を十分に紹介することはできない。主としてアメリカが支払うコストについて書かれているのですが、イラクやイラクの人々が払わなければならないコストについても、戦争反対という立場から、かなり詳しく書かれています。また英国や日本の納税者の負担についても書かれています。

▼経済学者の書いたものだけに、最初から最後まで数字だらけという本なのですが、それぞれが人間の悲劇にまつわる数字であり、「戦争など軽々しくやるもんじゃない」(Going to war is not to be undertaken lightly)、「戦争とは男や女が、別の男や女を残酷に殺傷することだ。それにまつわるコストは最後の銃撃が終わってから、長い間残るものである」(war is about men and women brutally killing and maiming other men and women. The costs live on long after the last shot has been fired)という教授らのメッセージは大いに伝わってくる内容です。誠実な感じのする本であります。

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5)短信


女王のワインリストを見せろ!?

最近、フランスのサルコジ大統領が英国を国賓訪問しましたよね。ウィンザー城で女王主催の晩餐会があったのですが、実は彼が英国へ出発する前に英国側に対して、女王所蔵のワインリストを見せて欲しいという要求があったのだそうで、The Sunによると女王側をいたく怒らせてしまったらしい。ウィンザー城のワインセラーは17世紀に作られたものだそうで、「世界でもイチバン貴重なワインが揃っている」とのこと。結局、晩餐会用のワインの選定にあたってはフランス側と協議のうえ決められたのだそうでありますが、英国王室側の幹部は「フランス側の要求は確かに奇妙なもの(bizarre)った」と言っております。

▼サルコジさんは飲めないんだそうです。となるとますますbizarreなハナシではある。新しい奥さんはワイン好きなんだとか。

鼻保険が390万ポンド

もう一つワインのハナシです。ロンドンのロイズ保険会社の発表によると、ボルドーにあるChateau de la Gardeというワイン・メーカーのオーナーであるIlja Gort氏が、自分の鼻に390万ポンドの保険を掛けたとのことでございます。390万ポンドというと日本円で7億8000万てことです。彼の作るワインは、Tulipe Winesというブランドなんだそうですが、ワインの味見は舌でやるんだと思ったら、「舌には味を感じるところが5ヶ所あるだけ。鼻は数百万という香りをかぎ分けることができるのだ」そうです。だから390万ポンドってわけ。

▼つまりこの人の鼻が、何かの拍子にきかなくなった場合は390万ポンドの保険金がおりるってことですな。ま、好きにしなはれ・・・。

2000万円のコーンフレーク

私は見たことがないのですが、eBayとかいうアメリカのオークション・サイトには実にいろんな人がいろんなモノを競売しているんですね。バージニア州在住で15才になるエミリー・マキンタイヤーさんが売りに出したのは、イリノイ州の形をしたコーンフレーク(写真)。これについた値段が10万ポンド(2000万円)・・・。「イリノイ州に住んでいる人には配達料金無料で送ります」とのこと。冗談で競売にかけたらこうなってしまったわけですが、現在そのコーンフレークはジュエリーボックスにしまってあるんだとか。

▼世の中、ホントにおかしくなっていますね。

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6)むささびの鳴き声


▼ミートホープという会社の社長が、牛肉に豚肉、鶏肉、羊肉またはカモ肉などを混ぜ、それを「牛ミンチ」として偽装して販売した罪を問われて、懲役4年の実刑判決を受けました。つまり「刑務所に4年間入っておれ」ってことですよね。

▼軽率なことを言う、とバカにされることを覚悟で言わせてもらうと、いくらなんでも刑罰が重すぎるんじゃありませんか?札幌地裁によると、被告はこの偽装で、約4000万円を騙し取ったんですね。「犯行態様をみても、牛肉に豚肉、鶏肉、羊肉、カモ肉といった他の畜肉を加えるということ自体、その大胆さ、悪質さは際立っており、昨今みられる食品偽装の中でも、原産地偽装などの事案とは一線を画すものというべきである」とのことであります。

▼「懲役4年の罪」は他にどんなものがあるのかと思って、ネット検索してみたら、2004年に33歳の男が、知人の男性を「女を取っただろう。おれは人を殺したことがあるんだ」と脅して車のトランクに押し込み、スナックに監禁して暴行し、10日間のけがをさせた、というのがあった。さらに2007年に、3歳の長男を殴って死なせた父親も懲役4年だった。一人暮らしの高齢者などから工事代金をだまし取った住宅リフォーム会社の元社長も懲役4年6か月。

▼69才になるミートホープの社長さんの偽装という行為は、褒められたものではないかもしれないけれど、それによって誰か食中毒でも起こしたんですか?4000万円を騙し取ったというけれど、人間だれでも、出来心ってものがあるんだからさ。たかだかブタ・ニワトリ・ヒツジ・カモの肉を混ぜた程度で、4年も刑務所に入っておれというのはやりすぎってもんだ。

▼ついでに紹介しておくと、鹿児島県のある町で12人が集団選挙違反をやったという冤罪事件で「踏み字」をやらせた鹿児島県警の元警部補に対する判決は「懲役10ヶ月、執行猶予3年」です。殆ど無罪みたいなもの。むしろミートホープの社長をこの程度の罰にして、鹿児島の警部補を実刑4年にするのがマトモというものですよね。

▼そういえば、あの耐震偽装事件で捕まってしまったマンション業者のヒューザーの社長さんへの東京地裁の判決は「懲役3年・ 執行猶予5年」だった。私の判断によると、この3者を「悪質順」に並べると、1)鹿児島県警、2)ヒューザー、3)ミートホープということであります。

 

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