山梨学院大学の小菅信子教授の『ポピーと桜』(岩波書店)は、教授と英国人との交わりを描いた本です。交わった相手は、第二次世界大戦中に日本軍の捕虜となり、苦しい収容所生活を送った英国人たちです。
極東国際軍事裁判の記録によると、第二次世界大戦中に、英国、アメリカ、オーストラリア、オランダなど欧米連合軍の兵士132、134人が日本軍の捕虜になったのですが、そのうち27・1%にあたる35、756人が日本軍の管理下で死亡したそうです。同じ戦争中にドイツ軍やイタリア軍の捕虜になった英米人の死亡率は約4%で、日本軍に捕まった人たちの死亡率が圧倒的に高い。英国人捕虜は50、016人で、うち12、433人が死亡しており、このことが英国内の反日感情の火種になってきています。
『ポピーと桜』の著者である小菅さんは、研究のために英国(ケンブリッジ)へ渡ったご主人と一緒に2年ほどケンブリッジで暮らすことになるのですが、ひょんなことから元捕虜たちと交流することになり、「ポピーと桜クラブ」という会を作るなどして、「日英和解」に活動にかかわることになる。この本は、その間に著者が経験したさまざまな出会いや語らいの詳細な記録です。
私が最も興味深く感じた部分を一か所だけ抜き出して紹介します。それはある日本人(戦争捕虜ではない)が、「日英和解」に取り組む英国人の大学教授に語った言葉です。
英軍捕虜問題を論じる際には、植民地主義についての議論も、あわせて進めていく必要があると思います。日本人は、日英和解という議題を、日本と英国だけの関係のなかで探求していくことはできません。アジアの端にある日本と、ヨーロッパの端にある英国とのあいだには、ユーラシア大陸があるのです。そこには韓国があり、中国があり、そして東南アジアがあります。そうした国々に対する植民地主義の問題を抜きにして、日英和解をいきなり語ることは、日本人にはできないのです。
この問いかけをされた英国人の大学教授は「ちょっと眉をひそめ、でも興味深げ」であったと小菅さんは語っています。
▼実は私にもよくわからない。この人が言うのは、日本軍による英軍の捕虜虐待行為も、その起源は日本がアジア諸国に対して行った植民地主義にあるのだから、まずはそちらと和解をする必要があるってことでしょうか?そもそも、捕虜虐待のように、生身の人間の経験がからむことでの「和解」は、「探求」とか「議論」とかいうものの対象になり得るものなのでしょうか?
このあたりのことについては、小菅さん自身が、
「日英和解」ということになると、概して、英国人はどちらかというと感情的なレベルで、日本人はもっぱら高度な知的なレベルでイメージしているような気がします。
と解説しています。
▼小菅さんの解説の部分が私にはとても面白いと思うわけです。つまり天皇・皇后が英国を訪問したときに、反日デモをした英国人たちが怒っていたのは、日本の戦争行為ではなくて「日本軍の残虐行為」だった。戦争捕虜というのは、戦いをギブアップして降伏した人たちですよね。その人たちをさらに虐待する・・・これほどアンフェアなことはないということで怒っていた。
▼日本も英国もアジアで植民地主義的侵略行為をやっていたけれど、英国人は日本の植民地主義や戦争そのものを問題にしているのではなくて、「日本軍による捕虜いじめ」を問題にしているわけですよね。「植民地主義についての議論も、あわせて進めていく必要がある」と言いますが、本当にそうなのでしょうか?英国人の元捕虜の立場で想像してみると、
日本の植民地主義など語らなくても、自分たちのことは語れるだろう、ってことになる。
それにしても『ポピーと桜』というのは、どうも不思議な本なのですよ。和解活動家としての小菅信子という人が書いた「個人的体験報告」であり、たくさんの人物が出て来るけれど、最初から最後まで主人公は語り部である小菅さんです。但し話題が、異なった国や人々の間の「和解」だけに、単なる個人的体験談にはとどまらない本になっている。
例えば次のようなくだり。
こざっぱりしたウェルズさんの家に入ると、リビングの次の間に刺繍台があって、やりかけのかわいい花模様の作品がかかっていました。
という文章のすぐあとに、 その「ウェルズさん」が小菅さんに言った次のような言葉が出て来る。
「あなたは教会で、ジェリーに、アイ・アム・ソーリーといっていたけれど、あれはよくないね。戦後生まれのあなたがすまなく思う必要はないよ。二度と謝ってはいけないよ。<中略>大事なことは理解だよ。相手を理解すること、自分を理解してもらうこと、それが我われにとっての和解への第一歩なんだよ。」
「ウェルズさん」は英国退役軍人会の人、彼の言葉に出て来る「ジェリー」というのは元日本軍捕虜の一人で、ひどい目にあった人です。
▼最初のウェルズさんの家の室内がどうなっていようと、和解というテーマには関係ないし、私(読者)にとってもどうでもいいことなのですが、ウェルズさんが小菅さんに語った「あなたは教会で・・・」の部分にはぎょっとする。この種のことを考えることは、自分にも直接関係していますからね。
▼二つの文章の落差がめちゃくちゃ激しい。でも繋がっているようにも思える。こういうことの連続なのです、この本は。不思議な本(というか読書体験)であります。おそらく、ウェルズさんちのインテリアも、ウェルズさんが発した言葉も、日本人のことを憎んでいる元捕虜に対して「アイ・アム・ソーリー」と言ってしまった小菅さん自身も、小菅さんという人の体験という意味では同じことであり、その一切合財を吐き出してしまったのが『ポピーと桜』なのでしょうね。
▼著者自身が「みなさんに読んでいただくことで、私の物語を、私たちの物語にすることができたら・・・」と言っています。
小菅さんは1960年生まれです。私よりも20年も若い。その小菅さんは、
「私のような戦後世代は、祖国の犯した過去の罪ゆえに罰を受けることはないにせよ、罪は引き受けなければなりません」
と言っています。
▼これは小菅さんのメッセージであり、彼女個人のものです。が、そのように語りかけられたら、どうします?取り得る態度は
「おっしゃるとおりです」、 「それは自虐的歴史観だ」、 「そんなことに興味はない」 の3つのうちのどれかしかない(はずです)。どの態度をとっても構わないけれど、自分の態度について「何故そうなのか」ということは、考えたり、語り合ったりした方が自分のためにいいことは間違いない、と私などは思うし、そのような社会的な雰囲気は大事にしなければいけませんよね。
小菅さんの本とは関係ありませんが、2007年9月に日本記者クラブで、広島平和文化センターのスティーブン・リーパー理事長(アメリカ人)の話を聞きました。アメリカ国内で原爆展を予定しており、その説明のための記者会見だったのですが、リーパーさんは、原爆展の趣旨について「敵対的な意識や反感ではなく、逆に和解を進めて行こうということだ」と強調し、
「家が火事になっているときに、真っ先に考えるのは"誰が火をつけたか"ではなくて、"みんな早く逃げよう"ということのはずだ」
と言っていた。小菅さんの「ポピーと桜の会」もリーパーさんの「原爆展」も、両方とも未来のための「和解」を言っているように思えます。リーパーさんの講演録は、ここをクリックすると見ることができます。
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