「アメリカの衰退」ということが言われて久しい気がしませんか?Fareed
Zakariaという人が書いた『The
Post American World』(出版元:Norton)によると、アメリカが衰退したのではなくて、他の国々が勃興してきているというのがいまの時代なのだそうです。
例えば、世界一高いビルは現在は台北にあり、間もなくドバイのそれに抜かれる。世界一の金持ちは(この本によると)メキシコ人、上場企業でイチバン大きいのは中国の会社、世界最大の観覧車はシンガポールにある。カジノといえばラスベガス、ではない。規模の点でも売り上げの点でもマカオがベガスを追い抜いているのだそうであります。映画産業も製作本数やチケットの売り上げでは、ハリウッドではなくて、インドのボリウッドが世界一・・・などなど、著者によると、これらはいずれも、かつてアメリカが「ナンバーワン」であった。
The Post American
Worldという本のタイトルを訳すと「アメリカ後の世界」となりますね。この本は、世界から「超大国」であるアメリカがなくなった後の世界を描こうとしているわけですが、著者によると、実は「アメリカ後の世界は、もう到来している」ことは、上の例からも明らかなのだそうです。現代のアメリカ、特にワシントンの世界にいる人たちの中には、そのことが分かっていない人が多いということです。
著者はインド系のアメリカ人のようで、Newsweek
International誌の編集長ですが、中国・ロシア・インド・ブラジル・南アなどの「新興国」の経済の発展振りが如何に凄いかを、いろいろな例や数字を挙げて語っています。中国の例としては・・・:
- これまでの30年で、4億人が貧困から抜け出した。
- 1978年の中国で生産されていたエアコンの数は1年で200セット。2005年では4800万セット。
- 現代中国の一日あたりの輸出額は、30年前の1年分と同じ。
- 世界中で使われているコピー機、オーブン、DVDプレーヤー、靴の3分の2が中国製等など。
しかしZakariaによると「中国がアメリカにとって代わって、世界のスーパーパワーになることはない」(China
will not replace the United States as the world's superpower)のだそうであります。何故ならアメリカはもっと凄いからです。例えばアメリカの大学教育の質の高さ。中国の研究機関が行った世界中の大学教育に関する調査によると、トップ10のうち8つがアメリカの大学、英国の機関がおこなった調査でも7つがアメリカの大学だそうです。世界中の留学生の30%がアメリカを留学先に選んでいる。
さらにアメリカの軍事力。防衛予算の額は、アメリカに次ぐ14カ国の予算を全部合計してもアメリカのそれには追いつかないのだそうです。
もう一つ面白いと思ったのは人口構成のことです。American Enterprise Instituteという研究機関によるとアメリカは2030年までに人口が6500万人増えるのだそうですが、他の先進国と比べて特徴的なのは、アメリカでは、これからも15歳以下の若年層の人口が65歳以上の高齢者のそれを大きく上回るということだそうで、アメリカには労働人口が将来も沢山いるということになる。
国連の統計によると、ヨーロッパにおける労働年齢者と高齢者の人口比率は、いまは高齢者一人に対して労働年齢者は3・8なのが2030年には2・4になる。つまり働き手が少なくなる。アメリカの場合は、いまは5・4なのが、2030年には3・1になるのだそうです。つまりアメリカでも若年労働者は少なくなるけれど、ヨーロッパほどではないということであり、これがアジアになると、日本・中国・韓国などどこでも社会の高齢化は欧米以上と言われています。
というわけで、アメリカにはそれなりの強さは相変わらずあるけれど、かつてのように何でもアメリカ頼りというようなスーパーパワーではなくなっており、これからのアメリカに求められるのは、世界の国々の間における仲介者という役割であることを自覚すべきだと著者は言っています。
多くの「新興国」は、隣国との間で歴史的な敵対関係、国境問題、実際の紛争などの問題を抱えており、殆どの場合、経済力の高まりがナショナリズムの高まりを生んでいるけれど、
アメリカは、自分たちの近くで覇権主義の動きをするような国に対する不安感を抱える国にとっては、地理的に離れたところにいるパワーとして便利なパートナーとなる(Being
a distant power, America is often a convenient partner for many
regional nations worried about the rise of a hegemon in their
midst)
ということです。中国については、あるシンガポールの学者が、
アジアでは誰も中国が支配する世界に住みたいとは考えていない。人々が追求する「中国の夢」というものはない(No
one in Asia wants to live in a Chinese-dominated world. There
is no Chinese dream to which people aspire)
と言っています。アメリカという国の理念が「移民が成功する場」ということになっていて、その意味では、現実はともかく、理想としてはAmerican
dreamというものが、世界中のだれにでも開かれたものとしてある(ことになっている)けれど、中国やロシアにはそれがないということです。Fareed
ZakariaはThe
Post American Worldの最後を次のように締めくくっています。
アメリカが、この新しい、挑戦に満ちた時代に繁栄し、アメリカ以外の国々が勃興してくる中で成功するためには、たった一つのテストに合格する必要がある。それは、アメリカがこれからも、アメリカにやってくる若い学生にとって、魅力的かつやりがいのある場所であり続けるということである。一世代前に、私が18才で変な学生としてやって来たときのアメリカがそうであったのだ。(For
America to thrive in this new and challenging era, for it to succeed
amid the rise of the rest, it need fullfill only one test. It
should be a place that is as inviting and exciting to the young
student who enters the country today as it was for this awkard
enghteen-year-old a generation a go)
▼この本は、どちらかというとアメリカ人に対して、アメリカ本来の価値観のようなものに自信を持とうではないか、と呼びかけているという風情の本であります。やはりこのFareed
Zakariaという人が、若くしてインドからやってきて、大いに実のある人生を送らせてくれている国を語るものとしてのアメリカ論という気がします。確かに、「世界の中のアメリカ」ということだけを考えるのであれば、この人の言うとおりなのかもしれない。
▼しかし(例えば)圧倒的な軍事力によって、アメリカはこれからも世界のリーダー(覇権国ではないにしても)であり続けるのかもしれないけれど、国内的には、それが故に福祉がなおざりにされたりして疲弊していくということにはならないのか?Zakariaによると、国内の諸々の問題は、アメリカの考え方全般が悪いのではなくて、ブッシュ政権の遂行してきた政策が間違っていたに過ぎない。はっきりそのようには言っていないけれど、ブッシュ前のアメリカ(つまりクリントンのアメリカ)に帰ろうと言っているようにも響く。
▼それはそれとして、Zakariaが称賛するアメリカ社会の開放性(9・11以後遅れてきていると言っています)とか、彼らが掲げる理想である「自由」とか「民主主義」などを否定することはできるのでしょうか?考えてみると、中国もロシアも、そしてあの戦争をアメリカと戦ったベトナムも、みんな経済体制としては「アメリカ化」しているのですよね。国によってやり方は多少違うけれど、基本は市場経済(計画経済ではない)というシステムでやっていっている。
最後に、この本の本題とはあまり関係ないかもしれないけれど、Zakariaはいまのアメリカと、かつての大英帝国を比較して語っている部分があります。ざっと言ってしまうと、大英帝国は自分の能力以上にいろいろなことにかかわりすぎたのが衰退・没落の原因であり、経済力で世界を支配したことで太って、怠惰になり、よりハングリーな新興国の台頭の時代に生き残ることができなかった、とのことです。
大英帝国の没落について一か所だけ、非常に気になる部分があった。Correlli
Barnettという歴史家が語っている言葉を引用した部分です。
19世紀半ばのイングランドは(プロテスタントのリバイバルによる)「道徳的革命」に取り付かれてしまった。そのことによって、イングランドは、産業革命をもたらした実用的で理性的な社会から離れてしまい、宗教伝道師的な使命感、度を越した道徳主義、そしてロマティシズムに取りつかれた社会になってしまったのである。a
"moral revolution" gripped England in the mid-nineteenth century,
moving it away from the practical and reason-based society that
had brought about the industrial revolution and toward one dominated
by religious evangelicalism, excessive moralism, and romanticism.
▼つまり蒸気機関車などを生み出してパワフルになった英国が、途中でモラルの伝道師のような精神的な部分に取り付かれてしまったと言っているわけですよね。現在のアメリカもその気配がしないでもないのではない。いわゆるネオコンのように、「文明の衝突」だの「価値観」だのという精神論を言い始めると、その国はお終いなのでは?それは没落の「原因」というよりも「兆候」といった方が正しいかもしれない。
▼で、ここ数年の日本では、「XXの品格」とか「日本人とは?」、「価値観外交」というような精神論を言う人の声がますます大きくなってきているように思えてならないわけであります。このあたりのことについては、じっくり考えましょう・・・。
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