NEWSWEEK誌の10月13日号が最近の金融危機に関連して、米ジョン・ホプキンス大学のフランシス・フクヤマ教授の「The
Fall of America, Inc(アメリカ株式会社の没落)」というエッセイを載せています。イントロは次のようになっています。
アメリカ国民は、米国経済を破滅から救うために、なぜ呆然とするような額のお金を払わなければならないのかと疑問に思っている。実は、眼には見えないが、アメリカにとってはるかに痛手となるかもしれないことがある。それは、この金融メルトダウンがアメリカの"ブランド"に与える打撃である。そのことは殆ど誰も語ろうとしない。Even
as Americans ask why they're having to pay such mind-bending sums
to prevent the economy from imploding, few are discussing a more
intangible, yet potentially much greater cost to the United States--the
damage that the financial meltdown is doing to America's "brand."
ここでいうアメリカの"ブランド"という言葉は、"ブランド商品"というときの「ブランド」と基本的には同じ意味です。「名声」とか「売りもの」という言葉に置き換えてもいいのかもしれない。要するにアメリカという国が「これがアメリカだ」と誇りにしてきたもの、ということで、今回の金融危機は、そういうアメリカ・ブランドに致命的なダメージを与えてしまっているのであり、金融ビジネスの崩壊よりもそちらのほうがより重大だというわけです。
このエッセイを通じてフクヤマ教授が主張しているのは、1980年代から約30年間にわたって「アメリカ・ブランド」を支え、世界を支配してきた二つの考え方が、いまや役に立たなくなりつつあるということです。一つはアメリカこそが自由・民主主義のプロモーターであるということであり、もう一つは「減税と規制緩和(つまり小さな政府)こそが経済成長を促進する」という考え方です。レーガンやサッチャーの考え方です。が、ウォール街のメルトダウンはレーガン時代の終わりを示した(Wall
Street meltdown marks the end of the Reagan era)ということであります。
1930年代(大恐慌の時代)にF・ルーズベルト大統領によって提唱されたニューディール政策以来、世界中に大きな政府が拡大したけれど、70年代になって「福祉国家」がお役所仕事によって続かなくなった。その時代には小さな政府をうたうレーガノミクスもサッチャリズムも正しかった。しかし・・・
あらゆる変革運動と同じように、レーガン革命も方向性を失ってしまった。その理由は、その推進者たちにとってレーガン革命が、行き過ぎた福祉国家に対応する現実的な対応というよりも、神聖にして侵すべからざるイデオロギーになってしまったからである。Like
all transformative movements, the Reagan revolution lost its way
because for many followers it became an unimpeachable ideology,
not a pragmatic response to the excesses of the welfare state.
NEWSWEEKの3ページびっしりという長いエッセイなので、とても要約など私にはできないのですが、この文章が教授のメッセージのように思えます。別のところでは「(レーガン革命は)最初は新鮮な考え方であったのに、年月が経つにつれて陳腐なドグマとして固まってしまった(as
the years have passed, what were once fresh ideas have hardened
into hoary dogmas)とも言っています。レーガンやサッチャーの革命は、「神聖にして侵すべからざるイデオロギー」になってしまったことが衰退の理由だというわけです。
フクヤマ教授は、アメリカの「ブランド」を復活させるためにやるべきをことをいろいろと挙げているのですが、その中に公共部門の再活性化があります。
アメリカの公共部門はお金もないし、プロフェショナルも不足していて、やる気もなくなっている。これを再建し、新しいプライド感覚を与える必要がある。この世には政府でなければできない仕事もあるのだ。The
entire American public sector--underfunded, deprofessionalized
and demoralized--needs to be rebuilt and be given a new sense
of pride. There are certain jobs that only the government can
fulfill.
▼エッセイはここをクリックすると出ています。
▼金融危機そのものとは、直接関係ない(と思うけれど)「公共部門にやる気とプライドを与えよう」という教授の指摘を紹介させてもらったのは、いまの日本における(特にメディアを中心にした)霞ヶ関叩きのことを想ってしまったからです。確かにどうしようもない人たちなのだろうけれど、アホ呼ばわりするだけで事が良くなるわけではない。官僚をこてんぱんにやっつけることで、視聴率を稼いだりしている(としか思えない)テレビ番組は、何かこの世の中にとっていいことしてくれるんでありましょうか?
▼減税と規制緩和が自動的に経済成長を生むという意味でのレーガン・サッチャー革命の時代は終わったかもしれないけれど、フクヤマ教授は、もちろん自由経済や市場主義よりも計画経済のほうがいいと言っているわけではありません。これらが「原理主義」になってしまった(現実的な政策というよりも)ところに問題があるのだと言っているわけです。
▼金融危機以来、日本のメディアの間では、「そら見たことか」というのでいわゆる「小泉改革」を否定するような意見が見られます。私自身、小泉改革ファンでもなんでもないけれど、その種の意見にはなんだか時流に乗るようなところがあってイヤですね。
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