musasabi journal 157

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むささびの鳴き声 美耶子の言い分 どうでも英和辞書 green alliance
2009年3月1日
3月で〜す!我が家の近所では梅が満開。桜ほどではないけれど、町が明るくなったような・・・。なにがどうなるのか、さっぱり分からない時代ですが、そうであればあるほど、意地でも生き抜いてやろう、という気がしないでもない。というわけで、157回目のむささびジャーナルです。
目次


1)迷子になった日本の政治

コロンビア大学のジェラルド・カーチス教授が2月16日付けのFinancial Timesのサイトにエッセイを載せています。 タイトルは「日本の政治家は悪い時期に迷子になっている」(Japan's politicians lose their way at a bad time) 。この人は、日本の政治に詳しいアメリカの学者です。

麻生首相の支持率は下がりっぱなし(free fall)で、「オレは郵政民営化には反対だったんだ」という発言が出て小泉さ んがこれを批判、そうすると、またまた発言を翻したり・・・。9月までには総選挙をやらなければならないのに、自民 党は「クルマのヘッドライトに照らされて恐怖に立ちすくんでいる」だけ。ある自民党の幹部がカーチス教授に言っ たのは、

  • 自民党にいるということは、タイタニック号の甲板にいるようなものだが、一つだけ重要な違いがある。つまり船 が沈没することが分かっているのに、自分たちに出来ることといえば、沈没するまで待ってから、誰か泳げるヤツは いないのか、と探すということ。Being in the LDP is like being on the deck of the Titanic but with one important difference. We know that the ship is going to sink. Now all we can do is wait for it to happen and then see who can swim.

ということ。自民党はアウトということですが、それに取って代わる絶好のチャンスが到来している民主党の方も、 政権を取ったあとにどのような政策を打つのかがさっぱり分からない。小沢一郎も選挙活動のこまごましたことをや っているだけだし、自分に忠実な人間以外とは一緒になって政策を決めるということをしない。民主党の中の経済問 題の専門家と言われる人と話をしても

  • アメリカ政府による景気刺激策や銀行救済策がもたらすリスクを並べ立てて、民主党が「やるべきではない」ことを 延々と語るだけで、日本の経済危機に関して民主党が政権をとったときに「やるべきこと」については何も言わないの だ。He went on to give a long laundry list of the risks posed by the US stimulus package and banking bail-out, enumerating all the things the DPJ should not do with the power that seems to be within its reach and saying nothing about what it should do to deal with Japan’s economic crisis.

とのことであります。

カーチス教授によると、バブル崩壊後の「失われた10年」(1990年代)は小泉さんの登場で終わったけれど、小泉さんが いなくなった途端に、昔ながらの政治家たちが地盤回復を行っている。そもそも小泉改革でさえも、小泉さんの個人 的人気によって推進されたものであり、日本国民が本当に自由な経済を求めたというものではない。

その昔、シュンペーターという経済学者が、世の中の動きは「創造的破壊」(creative destruction)によって進歩する ものだと言ったらしいけれど、最近の日本の政治に関しては、小泉さん退場以来、破壊はあるけれど創造的な部分は 何もないし、これからも自民党・民主党の崩壊も含めて、さらなる破壊が続くというのがカーチスさんの予想であり「 日本については、短期的には楽観的なシナリオは何も描けない」(there is no optimistic short-term scenario for Japan)とのことであります。

▼このエッセイが掲載されたのが2月16日ということは、中川財務大臣の「酔っ払い記者会見→クビ」という騒動の前 に書かれたものであるということですね。私などが言うまでもないけれど、Financial Timesのような新聞は世界中の オピニオン・リーダーが読んでいます。カーチス教授の嘆きが当たって正当なものかどうかはともかく、この種の記 事がFinancial Timesの読者の眼に触れるということ自体が麻生さんにとってはとてつもないマイナスなのであります 。

▼このエッセイを読むと、小泉さんという人が、カーチス教授のような欧米のオピニオン・リーダーに如何に人気が あったかが分かります。小泉以後の日本の首相(安倍・福田・麻生)はどれも選挙という洗礼を受けていないのですよ ね。ひどい話であります。が、このような状態を許してしまっているについては、ほんの少しかもしれないけれど、 メディアの責任があると思います。先日のある新聞の社説は、見出しが「麻生首相へ―改めて早期解散を求める」と なっています。メチャクチャ長い社説なのですが、締めくくりの文章が次のようになっています。

  • 民主党など野党に呼びかけたい。 早期解散を求めるのは当然だが、それだけでは足りない。自分たちの政権では、 どんな政策を、どんな優先順位で、どう実現していくのか。内政、外交の両面で具体的なプログラムを明確に掲げて もらいたい。その作業を急ぐべきだ。それなしに、政権交代の主張に本当の説得力は生まれない。

    ▼つまり、自民党もダメであるが、野党も自分たちの政策をちゃんと説明していないので、政権を託するには不安だ と思っている人が多い・・・というニュアンスですね。しかし自民党以外の政党だってそれなりに説明はしているのに、 メディアがそれを全く無視して報道しない。自分たちが報道しないだけなのに、それを言わずに「説明しろ」という のは全くおかしな話であります。フェアでない。

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2)ブラウン首相の寄稿と読者の反応

英国のブラウン首相が、2月22日付けのThe Observerのサイトに投稿しています。最近の経済不況についての見解 を述べているもので、見出しは「我々は銀行ではなく、国民を第一に考えている」(We will put people first, not bankers)となっています。かなり長いものなので、 ここではほんの数行だけ抜き出して紹介します。
  • 現在のような困難な時期においては、英国の国としての特質と価値観が試されていると言っていい。不況の時期に あっても、国民を経済不況から守り、将来のチャレンジに向けて立ち向かうための準備をしておくために行動を起こ さなければならない。Tough times like these test our character and values as a nation. So even in a recession, we have to act now, both to protect people from the downturn and to prepare and equip ourselves for every future challenge.

これは書き出しです。

  • いくつかの銀行の行動に対して国民が怒っていることは承知しているし、同感もしている。しかし怒りだけでは解 決にならない。英国は銀行システムの構造改革の分野において世界をリードしなければならない。I understand and share people's anger towards the behaviour of some banks. But anger on its own does not offer us a solution. Instead, Britain needs to lead the world in reforming and restructuring our banking system.

とあって、いまの銀行制度の問題点についていろいろと分かりやすく説明し、寄稿の最後を次ぎのように締めくくっ ています。

  • 我々は英国が再出発することを支援するような新しい機構を必要としている。特に革新的で、高成長が期待される 分野における再出発への支援である。これから登場する新しい銀行システムが、以上のような要請に応えるものにな るようにしなければならないし、銀行が英国の経済や社会の親玉ではなく、僕(しもべ)なるようにしなければならな い。We need new institutions to support British start-ups, particularly those with innovative, high- growth potential.We want to ensure that the new banking system that emerges over the coming years meets all these requirements - and becomes the servant of our economy and society, never its master.

これを紹介するのは、ブラウン首相の見解をお知らせしたいという理由ではありません。英国では、普通の新聞のウ ェブサイトが、首相という立場にある人の寄稿を掲載することがあるという事実を紹介したいと思ったのです。私の 知る限りでは(間違ったらごめんなさい)こればっかりは日本の新聞には全くないのではありませんか?読売新聞の サイトが麻生太郎さんの寄稿を掲載したというハナシは聞いたことがない。毎日新聞も朝日も産経も・・・。

それからもう一つ是非紹介しておきたいのは、このブラウンさんの寄稿に対して、約700件に上る読者からの意見がコメ ントとして掲載されているということです。例えば・・・:

  • (ブラウンが国民の怒りは承知しているという部分について)我々の怒りを分かっているとは思えないな、ブラウン さん。アンタは我々がアホばかりで、アンタが1997年以来、政府トップの座に坐っていることを忘れていると思って いるんじゃありませんか?アンタを支持する人たちが行うPRトークによると、アンタはブレア首相の時代でも、事 実上の首相だったというではありませんか。I doubt that you do Mr Brown. Also I amassed that you think we are such fools not to remember that you had been at the helm since 1997. The spin from your supporters was that you were the de facto PM for all matters excluding Foreign affairs during Mr Blair's premiership.
  • 銀行より国民のことを優先する?やってみたらよろしいのでは?でもね、これはと思う時期になったら銀行がアン タに自分たちを優先しろと言い始めます。認めなさい。本当の力を握っているのは銀行なのです。アンタじゃない。 Putting people before bankers? You might try, but as soon as it suits them, the bankers wil tell you to put them first.Admit it, they're the ones with the real power, not you, Mr Brown.
  • アナタがマジメに「国民が第一」と考えているのなら、一番いいのはアナタが辞めることです。それこそ、国民の多 数が望んでいることなのです。If you seriously want to "put people first" the best thing you could do is RESIGN. It's what a large majority of people want you to do.

などなど。延々と投稿が続いている。中には本当にマジメに論文風の投稿をする人もいる。The Observerは、どちら かというとリベラルな人たちが読む高級紙(インテリ・ペーパー)です。だからブラウンの寄稿を読んだ人も、自分の 意見を投稿した人も、いわゆる「庶民」ではないと考えた方がいい。

▼政治家によるこの種の投稿も読者からのコメントも、国民(イヤな言葉ですね、これって)の不満をそらせるための 政府による「ガス抜き」とも言えるかもしれないけれど、それでもこのような形で首相と国民がディスカッションを しているということが、目に見えるということは全然悪いこっちゃない。

▼さらに言っておきたいのは、読者からの投稿をこのような形で掲載することで、The Observerのサイトそのものが 面白いものになっているという事実です。何でもかんでもあちらのやり方が優れているとは思わないけれど、新聞が 主なる政治家の意見を直接掲載し、それについての読者の意見を紹介するというやり方は間違っていない。

▼このように言うと、(私のこれまでの経験から言うと)日本の新聞関係の人からは「ネットの意見などクズが多いか ら・・・」という否定的なことを言われそうです。読者の意見など自由に掲載し始めたら「収拾がつかない」というわけ です。

▼この記事とは関係ないけれど、ネット関係の調査機関の調べ(2007年)によると、世界に存在するブログの数は約 7000万。そのうち日本語によるブログが37%でトップ。2位の英語は33%、3位はぐっと離れて中国語の8%だそうです。 日本語によるブログは、日本人だけしかやりっこないと考えると、7000万の37%=2500万以上のブログが日本語で作ら れているということになる。必ずしも人数とは一致しないかもしれないけれど、メチャクチャな数の人々が文字によ る自己表現を行っていることになる。これらを取り込むのではなく「クズだらけ」と言って遠ざけているようなビジ ネス感覚ではお話になりませんよね。

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3)中谷巌さんのエッセイ

中谷巌という人が書いた『資本主義はなぜ自壊したのか』という本が話題になっているようです。いろいろな新聞や雑誌に出ています。この人は細川・小渕内閣で、いわゆる新自由主義的な発想に基づく経済改革を積極的に進めたブレーンであったのですが、この本は、そのことが間違っていたという「懺悔の書」であることで話題になっているようなのです。私は未だ読んでいない。一冊1800円(正確にいうと税込みで1785円)もするからです。それでも、私でさえ聞いたことがある有名な経済学者が「自分は間違っていた」と「懺悔」をしているということに興味があった。そんな人でも自らの過ちを認めたりするものなのですか・・・?

で、本を読まずに、中谷さんという人が何を考えているのかということを知るためにインターネットをあたってみたら、「中谷巌のページ」というサイトに行き着きました。そのサイトで、何故この本を書いたのかということをご本人が説明しています。A4で一枚程度の簡単なエッセイなのですが、書き出しの文章がすべてを語っているように思います。

  • (この本を書いた)意図は、国の方向性は市場参加者の意図が反映される「市場メカニズム」に任せるべきだという「新自由主義」的な考え方で進んできた日本の「改革」路線では、日本社会の良いところが毀損していくのではないか、マーケットだけでは日本人は幸せになれないのではないかという疑問を率直に示すことにあった。

中谷さんによると、「改革そのものを否定するつもりはない」けれど、「なんでも市場に任せるべき」という新自由主義的な発想のお陰で、日本はアメリカ同様の格差・貧困社会になり、医療難民が発生し、異常犯罪が頻発し、食品偽装が横行するような荒れた社会になってしまった。そして・・・

  • 「日本の奇跡的成長の原動力であった中間層の活力を回復しないと日本の将来はない」と考えるからである。日本が富裕層と貧困層に2分されてしまえば、社会は荒み、日本の良さが失われるだろう。

と訴えております。中谷さんのいわゆる「日本の良さ」の中身ですが、『東洋経済』という雑誌とのインタビューの中で次ぎのように語っています。少し長いのですが引用します。

  • 日本は鎌倉時代ごろからずっと庶民が主役になるような社会風土をつくってきた。中でも江戸時代は歌舞伎や浮世絵を含め、町人層が担い手であり、貴族階級や武士階級が担い手だったわけではない。こういう庶民層が主人公になる、そういう社会は世界的にもユニークであり、ほかの国々はどこも過酷な階級社会だ。日本だけがわりと庶民社会で、中間層がそれなりの当事者意識を持っていたからこそ、西欧諸国と伍す経済大国になれた根本的な理由があると判断している。
  • それが新自由主義路線に乗っかったために壊れてきた。石炭産業のようにどうにもならなければ別だが、人員削減をそんな簡単に行っていいのか、経営者は悩みに悩む。ところが、最近はアメリカ流にすぐクビだとか内定取り消しだとか、する。これでは日本の強さは奪い去られてしまう。

ここでいう「新自由主義」とは、あのサッチャーさんや小泉さんらが推進した(とされる)「小さな政府」「民営化」「規制緩和」に代表される考え方のことですよね。自分のことは自分で面倒見よう・・・という、あれ。中谷さんのメッセージは、ただただ「小さな政府」を推進すればよろしいという考え方が間違っているのであり、「日本のよき文化的伝統や社会の温かさ(コミュニティ)」を大切にしよう、ということのようであります。

▼中谷さんのこのような「転向」について「何をいまさら」とか「中谷は守旧派になったのか」という批判が寄せられているのだそうです。池田信夫さんという人(エコノミストのようです)はプロの立場から批判しています。

▼自分の考えが間違っていたと思うのであれば、それを変えること自体は何も悪いことではない。ただ、1億人以上の日本人を統治する政府のアドバイザーとして「このやり方が正しいのだ」と言った人が「やっぱ間違っとった」と言っても、彼が推進した政策のお陰でリストラにあってしまったサラリーマンや会社が倒産してしまった経営者のような人たちから「何をいまさら」と言われるのはある程度仕方ない。

▼ただ、そのようなことは別にして、私が中谷さんのエッセイを読んで気になったのは、鎌倉時代や江戸時代から受け継いできた「平等社会」とか「中間層の強み」とかいう「日本の良さ」が、「新自由主義路線に乗っかったために壊れてきた」と言っている部分です。新自由主義路線のお陰で社会に貧富の格差が生まれ、人々が孤立化し、それが理由で社会が荒れて、犯罪が増えて・・・と言いますが、たかだか貧富の格差が生まれた程度のことで、異常犯罪だの食品偽装が増えたということは、もともと日本人がその程度の人たちであったということなのではありませんか?日本人も「人並み」ってことであります。

▼新自由主義を否定して「日本の良さ」「日本の強さ」なるものを守ろう、という中谷さんのアタマの中に「世界をよくする」というアイデアがどこまであるのでしょうか?日本社会から派遣切りをなくし、貧困を追放し、不平等をなくせば、日本人はそれなりにハッピーでしょうが、そのことは(例えば)アフリカの飢餓を撲滅することにどのように繋がるのでしょうか?繋がらないのだとしたら、その種の「日本の強さ」など大して長続きするとは思えない。

中谷さんは郵政民営化について『東洋経済』とのインタビューで次のように語っています。

  • 郵貯のおカネが自動的に道路建設に行くのを遮断したことは、いまでも高く評価しているし、必要だったと思う。だが郵政改革では、人の減った過疎地で郵便局が唯一の人間的接触の場所になっているところまでばっさり廃止してしまっている。こうしたことにどれほどの意味があるのか。

    ▼「唯一の人間的接触の場」である郵便局を取り上げられたのなら、工夫して何か別の人間的接触の場を作ればいいのではありませんか?お寺だって神社だってあるでしょうが。

    ▼中谷さんのエッセイを読んでいると、かつては新自由主義という「合理」の世界で1億の日本人をまとめようと考えていた人が、今度は鎌倉時代だの江戸時代だのという霧の彼方のようなハナシで、私たちをまとめようとしている、と感じてしまう。政策立案というような立場にいる人は「まとめる」という発想しかしないものなのでしょう。私は、「まとめられる」側にいるわけですが、中谷さんの言う「平等社会」とか「中間層の強み」には窮屈さと排他性しか感じないのであります。

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4)英語が支配言語になると英国は損する?

2月14日付けのThe Economistが、ヨーロッパにおける英語という言葉の拡がりについて、非常に興味深いエッセイを掲載しています。最近の日本における英語教育云々との関連で面白いという意味です。最近のヨーロッパでは、英語が支配的な言語になりつつあるわけですが、そのことが実は英国人にとって好ましからざる副作用(adverse side-effects)をもたらすという趣旨のエッセイです。

知らなかったのですが、最近、ヨーロッパ諸国における有力紙・誌による英語のサイトが劇的に増えている(dramatic increase)のだそうですね。しかもそれらがサイバー空間上でリンクでつながる傾向にもある。ドイツの有力週刊誌 Der Spiegelの英文版とオランダの日刊紙 NRC Handelsblad、それにデンマークの政治誌 Politikenの3つがリンクでつながっており、将来はこれにフランスやスペイン、東欧諸国の媒体も英語によるサイトで加わるものとされている。

こうした動きには理由が二つある。一つには、それぞれの国のオピニオン・リーダーたちが意見交換を行うフォーラムのようなものを作ろうというもので、ジャーナリストとしての夢というか理想のようなものを追求する動きです。オランダのNRC Handelsbladが如何に面白い記事を載せても、オランダ語だけでは読者が限られてしまう。また有力な政治家とかビジネスマンなどにインタビューを申し込む場合でも、その新聞や雑誌以外の国の読者にも読まれるということは大きなセールスポイントになる。

もう一つは、広告収入。それぞれが英文版サイトのネットワークを作れば、将来は国際的な企業からの広告掲載が見込めるというわけ。

問題は、共通サイトを作るための言語がなぜ英語なのかということです。The Economistの記事によると、第二次世界大戦前に生まれた世代のヨーロッパ人にとっての有力言語といえばフランス語、ドイツ語、英語が同じ程度に支配的であった。しかし最近の調査によると、15〜24才の若者が外国語としての英語を使う度合いは独仏語の5倍。圧倒的に英語有利の時代になっている。これに英語を母国語とする人々(英国人、アイルランド人)を足すと、ヨーロッパの若者の6割が、母国語としてであれ、外国語としてであれ、英語を上手(well)もしくは非常に上手(very well)に使えるという数字になる。

つまり、どう考えても国際的な言語ということでは英語の勝ちということです。ただ、そのことが(一部のヨーロッパの人々が心配するように)英語的・アングロサクソン的なものの考え方がヨーロッパを支配することには繋がらない、とThe Economistは言っています。オランダ人、ハンガリー人、デンマーク人等々、さまざまな言語を母国語とする人たちが、意見交換をするための道具として英語を使うにすぎず、文化的な支配・被支配という問題ではない、とオランダの新聞の編集長は言っている。

The Economistによると、英国人にとってさらに問題なのは、ヨーロッパ大陸のメディアにおけるこのような動きに対して、英国人が殆ど関心を示さないということです。Der Spiegelの英語版のサイトにアクセスする読者の半数は北米の人たちであり、英国からのものは5%しかいない。つまりヨーロッパ大陸横断するような意見交換の場が英語で作られようとしており、アメリカ人もそれなりに関心を示している(ように見える)のに、英国人だけが無関心というわけです。

英国人がヨーロッパのことに余り関心を示さない理由の一つに英国のメディアそのものの姿勢がある、とThe Economistは指摘しています。ここ数年、英国の新聞はヨーロッパ諸国においた特派員をどんどん引き揚げているのだそうです。ヨーロッパの政治や政策についての報道が少なくなっている。ヨーロッパ発のニュースというと、英国人の観光客がトラブルに巻き込まれたというように、英国人が直接からんでいないと報道されないのだとか。

このような(The Economistによると)嘆かわしい傾向に加えて、英国では2003年以来、14才以上の若者にとって外国語は選択科目になってしまっており、このことが英国の若者たちから「謙虚さと他人を敬う(humility and respect for others)」ということの良さを奪ってしまっている。

それとEU本部におけるミーティングの類も「その場にいる全員が分かる言葉」ということで英語で行われるケースが非常に多い。東欧諸国の加盟によって、この傾向がさらに加速している。そうなると英国人たちはますます外国語を学ぶ必要性を感じなくなる。

というわけで、ヨーロッパ諸国の人々がバイリンガルになりつつあるのに、英国人だけはますますモノリンガルになりつつある。これは必ずしも英国人にとって喜ばしい事態ではないというわけであります。

▼モノリンガルではなくて、外国語が一つでも使えることの利点としてThe Economistは「謙虚さと他人を敬うということの良さ」ということを言っている。別の言い方をすると「視野・世界が広くなる」ということなのだと思います。

▼この記事で書かれているように、オランダ人とデンマーク人が英語という共通語で交流する場合、二人にとって英語は母国語ではないから、語彙も少ないし文法の間違いもやる。しかもハナシが遅い・・・と、そこへ英国人が入ってきたらケッタイなことになるのでしょうね。英国人は、つい早口になったり、スラングめいた表現を使ったりするかもしれない。他の二人にはよく分からない。面倒だから英国人の言うことをマジメに聞かなくなり、英国人も場違いなところにいるような気になって離れていく。でもそこで使われているのは英語・・・。

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5)オバマさんとアフガニスタン戦争

安全保障問題のThink-tankである英国のRoyal United Services Institute(RUSI)とBBCが、アフガニスタン人を対象に、現在のアフガニスタンの状態について世論調査を行っています。いくつか紹介すると・・・。
▼2001年に米軍がやって来てタリバン政権を打倒したことは良かったと思うか?
 
2009年
2005年
非常に良かった
27%
48%
どちらかというと良かった
42%
39%
どちらかというと悪かった
12%
6%
非常に悪かった
12%
3%

アメリカのオバマ政権は、イラクではなくてアフガニスタンで兵力を増強する、と言っているのですが、2001年に米国軍がタリバン政権を打倒したことについて、2005年の時点ではほぼ9割のアフガン人が「良かった」と答えており、「悪かった」という人はたったの1割以下であったのに、現在では「良かった」という人は7割に下がり、「悪かった」が2割強にまで増えている。

▼それでもアメリカの爆撃に反対する人は案外少ないのですね。尤もこれがどのようなアフガニスタン人を対象にした調査なのかが書かれていないのですが。

▼米軍の存在を支持するか?
 
2009年
2006年
強く支持する
12%
30%
どちらかというと支持
51%
48%
どちらかというと反対
21%
15%
強く反対する
15%
6%

▼外国のイスラム戦士の存在は支持するか?
 
2009年
2006年
強く支持する
2%
1%
どちらかというと支持
9%
10%
どちらかというと反対
27%
27%
強く反対する
60%
61%

ここでいう「外国のイスラム戦士」というのは、オサマ・ビンラディンとその仲間(アルカイダ)のことですね。圧倒的多数の人々が、3年前も今も、彼らがアフガニスタンにいることに反対している。6割以上の人がアメリカ軍の存在を支持しているのに対して「外国のイスラム戦士」については1割しか支持していない。ただ、アメリカ軍の存在だけを見ると、やはり支持が減り、反対が増えているということはある。

おおざっぱに言うと、アフガニスタンの人たちは、私などが思っていたほどには「反米」ではないけれど、戦争が長引くにつれて「そろそろ出て行ってくれないか」という雰囲気になっているように見える。では、アメリカ人は自分たちの軍隊がアフガニスタンで戦っていることについてどう思っているのか?

2月9日付けのアメリカの雑誌NEWSWEEKのサイトに"Obama's Vietnam"という特集記事が出ている。アフガン戦争とベトナム戦争の比較をしているもので、このままだとアフガン戦争がベトナム戦争と同じようなことになるという趣旨で、どちらかというと悲観的な記事になっています。かなり長い記事なのですが、最後の部分がアメリカ人がどう思っているのかについての報告になっており、アフガン戦争が成功することについては「懐疑的(skeptical)」となっています。NEWSWEEKの調査では、オバマ政権の経済政策については71%が「うまくいくだろう」としているのに対して、アフガン戦争については「進展する」とする人は48%に止まっている。

NEWSWEEKの記事によると、6万人の米軍をアフガニスタンで展開するための費用は1年間で700億ドル、アフガニスタン軍が米軍に取って代わるように訓練するのに約10年かかり、コストは200億ドルとされている。

また現在のアメリカ人にとっての最大の関心事は「経済」で、2番目はヘルスケア(36%)。アフガニスタンは10%で、イラクへの関心よりも低い。となると、来年行われる中間選挙までに、それなりの進展を見ていない限り、アフガニスタン戦争が「ベトナム」の二の舞になりかねない。つまり「オバマのベトナム」ということになる可能性があるということです。

▼私が考える「ベトナム」と「アフガニスタン」の共通点の第一は、ベトコンもタリバンもアメリカを襲ったわけではないのに、自分たちの国土がアメリカ(や英国)によって爆撃されているということ。

▼ベトコンは共産主義者だと思われ、タリバンはアルカイダの仲間扱いされている。この「冤罪」も似ている。

▼でも私が最も注目している共通点はアメリカ人の姿勢です。ベトナム戦争で敗れた主な理由の一つが、米国内における「反戦」運動の盛り上がりだった。アメリカのイラクからの撤退もそうだったと言える(と思う)。オバマさんは、イラク戦争反対で当選したという側面もあるのですからね。

▼アフガニスタン戦争についても「反戦」の動きが起こる。ただ、アメリカ人の気持ちは「反戦」というよりも「厭戦(えんせん)」なのではないかということです。あのベトナム反戦運動も、実際には平和運動というよりも「もう面倒だから止めようぜ」というものだったと思っているのであります。オバマさんはアフガニスタン戦争については強硬な姿勢であるわけですが、推測によると、これについても「厭戦」機運がアメリカ国内で盛り上がるのは時間の問題だと思うのです。

▼そして、その厭戦気分は「アフガニスタンに爆弾を落としたこと自体が(道義的にも現実的にも)間違っていたのではないか・・・」という懐疑の念によってより強いものになっていくのではないかということであります。

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6)どうでも英和辞書
A〜Zの総合索引はこちら

sea change時代の大変化

あるサイトの解説によると、sea changeの元来の意味は、物質が根本的に変化するということだったけれど、マスコミが「潮流の変わり目」というような意味で使い始めたことで「時代の変化」というような意味になってしまったのだとか。

1979年5月3日の英国総選挙でマーガレット・サッチャー率いる保守党が勝利したのですが、そのときに敗れた側の労働党のジェームズ・キャラハン党首(それまで首相だった)が側近に語った言葉の中にsea changeというのがあるのだそうです。

"You know there are times, perhaps every thirty years, there is a sea change in politics...I suspect there is now such a sea change---and it is for Mrs Thatcher." (およそ30年ごとに「政治の大変化」とでもいえることが起こるようだな。いまがその時期なのだろう。いまのsea changeはミセス・サッチャーのための時代の変化ということだ)

キャラハンがこの言葉を発した1979年の30年前はどうだったか?戦後の大変革の時代で、1945年〜1951年の労働党政権の時代にさまざまな改革が行われ、国民保健制度(NHS)を中心とする労働党の福祉国家政策が花を開いた時期だった。キャラハンは、その労働党の政策が基礎理念としていた社会民主主義的な路線が、サッチャーの手で見事に崩されていくのを目の前にして、sea changeという言葉を使った。

で、あれから30年後の2009年、英国も日本も含めた全世界が大変化(sea change)に見舞われているのですよね。1979年のsea changeは、社会民主主義的な路線の崩壊という意味での変化であったけれど、現代のsea changeは、30年前に変化をもたらしたサッチャリズム風の路線が行き詰まりを見せているという意味の大変化です。でも「30年に一度」(every thirty years)というキャラハンの言葉は当たっている。

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7)むささびの鳴き声

▼イングランドの真ん中あたりにウースター(Worcester)という町があるのをご存知で?人口9万ちょっとで、大聖堂があってSevern川が町の真ん中を流れていて・・・典型的なイングランドの古い町であります。その町の議会がこのほど、あのパレスチナのガザと姉妹都市関係を結んだのだそうです。

▼これを議会に提案したAlan Amos市会議員は、イスラエルによる爆撃を受けるガザの様子を見て思いついたのが姉妹都市提携で、「テレビを見ながら"ひどいねぇ"とか言っているだけでなく、何かをしたかった」(rather than sit there thinking 'isn't that terrible?', I really wanted to do something about it)というわけで、この「人道的なジェスチャ(humanitarian gesture)」を示すことだったのだそうです。議員35人中、反対は6人というわけで成立。現在議会の「姉妹都市委員会」で最終検討に入っている。

▼市民の間ではおおむね評判はいいのですが「そんなことやって何になるのか(I'm not sure what it is going to achieve)」という疑問の声もあるとのことです。ウースターとくればウースターソース(Worcestershire sauce)を思い出しますね。ウィキペディアによると、最初に作られたのは1837年なんだそうです。それからこの町は作曲家、エルガーの出身地だそうです。

▼姉妹都市をsister cityというのはアメリカ英語なんですってね。英国英語ではtwin cityなのだそうです。双子都市ですな。で、何故「兄弟都市」(brother city)と言わないのだろう・・・と思ってネットを探したら「cityはもともとラテン語系の単語です。その語源civitas(キーウィタース)はいわゆる女性名詞です」と解説されておりました。それを知ってどうなるってことではないのですが、インターネットというスペースには、実に何でも出ているのですね。

▼いつの時代も春が来るというのは嬉しいものですね。今回もまたお付き合いをいただき有難うございました。


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