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むささびの鳴き声 美耶子の言い分 どうでも英和辞書 green alliance
2009年11月8日
ついに今年もプロ野球の季節が終わってしまいました。あちらではヤンキース、こちらではジャイアンツというわけで、どちらかというとgood old daysの復活という感じですかね。175回目のむささびジャーナルをよろしく。

目次
1)受刑者にも選挙権を
2)ベルリンの壁崩壊から20年目の感覚
3)極右政党の党首を出演させたBBC
4)歴史上の重大事ベスト10
5)D・キャメロンの研究④:保守党がキャメロンを担ぎ出した理由
6)どうでも英和辞書
7)むささびの鳴き声

1)受刑者にも選挙権を

最近(10月末)、英国の高等裁判所が下したある判決が話題を呼びました。32年前に7才になる自分の姪をレイプした挙句に殺してしまい終身刑に服している男が選挙権を求めて裁判所に訴えを起こしたのです。この受刑者が欧州人権条約(European Convention on Human Rights)を根拠にして訴えたところ高等裁判所の判決はこれを却下するというものだったのですが、この受刑者に対する同情の声はほとんど起こらなかった、と10月29日付のThe Economistは伝えています。

英国では受刑者の選挙権は、刑の軽重にかかわらず全く認められていないのだそうで、これほど厳しいのはヨーロッパでは例外らしい。東欧の国によっては英国と同じシステムをとっているところがあるけれど、それ以外の欧州諸国では、程度の差こそあるけれど受刑者にも選挙権が認められている。

The Economistによると、アメリカでは50州中の48州で受刑者に対する選挙権を認めていない。それどころかアメリカの場合は重罪を犯した人の場合、刑を終えて出所した後でも選挙権を認めない州が10州あるのだそうです。

英国のシステムについては、2004年に欧州人権裁判所が、欧州人権条約に違反するとして改善を求めた経緯があるのですが、英国政府は全く気乗りせずという感じで、部分的に認めるような「改善」でお茶を濁そうとしているのだそうです。

英国における受刑者の選挙権剥奪は1870年から続いており、The Economistの見解によると「熟慮したうえでの禁止というよりも歴史の遺物」(a hangover of history rather than a carefully thought out saction)であり

最悪の犯罪者といえども、選挙権まで失うべきではない。彼らは(刑務所で)自由を奪われているのだから。
Even society's worst offenders should not lose the vote when they lose their liberty.

と言っている。

英国の受刑者で選挙権が認めらるのは、本来は罰金刑であったのに刑務所入りを選択した者や法廷侮辱罪で服役している者だけなのだそうで、服役者に選挙権を与えることに反対する理屈は「社会のルールを破った者には立法府の議員を選挙する権利を与えることはない」(if they don't play by society's rules they cannot expect a hand in making them)ということにある。これについても「選挙権を与えなければ、犯罪抑止になるということは証明されていない」(it has yet to be shown that withholding the vote is an effective deterrent against offending)というのがThe Economistの主張です。

英国では遅くとも来年(2010年)の6月3日までには総選挙が行われます。それまでに法改正が行われないと、選挙では受刑者には厳しい態度をとる保守党が勝つであろうから、今後しばらくは改正はおぼつかない。現在、英国における受刑者の数は約64,000人。うち54・8%が4年以上の刑に服しています。せめて4年以下の服役者だけでも選挙権を与えるべきだというわけです。

受刑者の選挙権が全く認められていないアメリカのフロリダ州の場合、刑期を終えて釈放された後でも選挙権が与えられない。The Economistによると、同州における黒人のほぼ3分の1が、これを理由に選挙権が許されないのだそうです。だとするとブッシュとゴアが争った2000年の大統領選挙では、フロリダ州での票の数え直しがあった結果ブッシュが勝ったわけで、黒人の「元服役者」に選挙権が与えられていたら、まったくどうなっていたか分からないということになります。

▼日本はどうなのか?公職選挙法第11条に「禁錮以上の刑に処せられその執行を終るまでの者」「禁錮以上の刑に処せられその執行を受けることがなくなるまでの者」は選挙権も被選挙権もないとなっております。2番目の「その執行を受けることがなくなるまでの者」ってどういう意味?

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2)ベルリンの壁崩壊から20年目の感覚

ベルリンの壁が崩壊したのがちょうど20年前の1989年、ソ連が解体(1991年)してから18年、アメリカの調査機関、Pew Researchのサイト(11月2日)に、その後の東欧の人々の意識についての調査結果が出ています。ロシア並びに東欧14カ国で14,760人の成人を対象に調査したもので、それによると

ベルリンの壁崩壊後20年、一般的に言って、かつての鉄のカーテンの向こう側の人々は共産主義の崩壊を望ましいことだったと振り返っているが、殆どの国おいて、変革については当初の熱気は冷めている。
Nearly two decades after the fall of the Berlin Wall, publics of former Iron Curtain countries generally look back approvingly at the collapse of communism.....However, the initial widespread enthusiasm about these changes has dimmed in most of the countries surveyed.

となっている。詳しくはここをクリックしてお読みいただくとして、少しだけピックアップして、91年当時に行われた同様の調査結果と比較してみます。

●複数政党による民主政治への移行は良かったと思う人の割合
1991 2009
東独 91% 85%
ハンガリー 74% 56%
ロシア 61% 53%
ウクライナ 72% 30%

●経済体制が社会主義から資本主義へ変わったのは良かったと思う人の割合
1991 2009
東独 86% 82%
ハンガリー 80% 46%
ロシア 54% 50%
ウクライナ 52% 36%

つまり東ドイツで暮らしていた人々の圧倒的多数は昔より今の方がいいと考えているけれど、ウクライナになると事情が違う。経済体制もさることながら、選挙による民主政治に対する幻滅は極端に大きいようですね。

ハンガリーもまた現状に対する不満が強い。Pew Researchによると、ハンガリーでは、複数政党制への移行そのものは受容されているけれど、かなりの数(77%)の人々がハンガリーでは民主主義が機能していないと考えている。10人中9人が自分たちの国が間違った方向に進んでいる(on the wrong track)と感じているのだそうです。特に社会のエリート層に対する反感が強く、選挙によって人々の意見が政治に反映されていると答えたのは38%にすぎない。

民主主義だの資本主義だのというのは、社会体制のハナシです。個人レベルの質問として「生活のの満足度」(Life satisfaction)についての質問もありました。「満足している」(satisfied with life)と答えた人の割合は、

●生活の満足度
1991 2009
ロシア 7% 35%
ハンガリー 8% 15%
ウクライナ 8% 26%
東独 15% 43%
西独 52% 48%

東ドイツに住んでいた人の満足度がグーンと上がっているのに対して、西ドイツの人の場合は殆ど変わらないってことですね。それとロシア人も満足している人が大きく増えている。ハンガリーもウクライナも増えてはいるけれど、大して高いとは言えない。それにしても社会主義体制下で生活に満足していた人が極めて少ないということは言える。この場合の「満足」というのが「生活が楽になった」という物質的なものなのか、「世間に気兼ねなくものを言えるようになった」というものなのかは、それぞれの感覚にゆだねられています

で、ベルリンの壁崩壊についてドイツの人々が何を想っているのかというと

東独 西独
1991 2009 1991 2009
非常に良かった 45% 31% 29% 28%
まあまあ良かった 44% 50% 50% 49%
余り良くなかった 7% 13% 14% 17%
全く良くなかった 1% 3% 1% 3%

というわけで、圧倒的に「良かった」という意見が多いのですね。

▼先日、NHKの番組でハンガリーの現状について報告されていたのですが、それによると、ハンガリーの場合、社会主義の体制派の人々が率先してこれをギブアップして資本主義体制に移行したので、社会主義時代のエリートたちがそのまま資本主義時代の「勝ち組」に横滑りしてしまったのだそうです。

▼中国は相変わらず社会主義の国ですよね。でも鄧小平さん以来、改革・開放を続けていて、経済のやり方は殆ど資本主義と変わらない。上層部の指導による自由化という点で、ハンガリーと似ていなくもない。国としての規模が余りにも違うけれど。いまのところ共産党の一党体制ですが、これを複数党の民主主義システムに変えることをエリート層の指導で行った結果、形は民主主義でも普通の人の参加意識はほとんどなしということになるのかもしれない。

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3)極右政党の党首を出演させたBBC

BBCの政治討論番組、Question Timeは1979年以来続いている長寿番組です。毎週木曜日の夜10時半から1時間、スタジオに約100人の視聴者を前にしてゲスト5~6人が、そのときどきの政治・社会問題をディスカッションするのですが、日本のこの手の番組とちょっと違うのは、いきなり聴衆がステージ上のゲストに質問をすることで番組が進行するということです。日本にもこの手の番組はあるけれど、日本の場合はまずゲストがいろいろと自説を述べて議論を戦わせたあとで、「それでは会場の皆様からの質問を受けましょう」となる。Question Timeの場合はその前置きの部分がない。

最近(10月22日)この番組のゲストとして、極右政党(とされている)の英国愛国党(British National Party: BNP)のNick Griffin党首が招かれたことが英国中で問題になった。BBCがこの番組のゲストにGriffin党首を招くことが明らかになってから反対意見が出始めて、番組の収録当日にはロンドンにあるBBCのスタジオ付近ではBNP反対のデモ隊と警官隊が衝突する騒ぎにまで発展してしまった。

BNPについての詳しい説明は省きますが、要するに白人優越主義を唱え、有色人種の移民排斥、キリスト教徒でない者は英国人ではない、ヒットラーによるユダヤ人虐殺(ホロコースト)はなかった等々の主張をする過激派右翼政党だと思ってください。ただBNPの場合、今年6月に行われた欧州議会議員の選挙では、北イングランドのヨークシャー地区で約12万票を集めて代表二人を送り込んだりしているし、ロンドン議会にもBNPがいるなど、全くの泡沫政党というわけでもない・・・というところが今回のQuestion Timeをめぐる騒動の根っことなっている。

で、Question Timeの本番ですが、Griffinが「イスラム教は呪われた宗教(wicked faith)」、「同性愛者には身の毛がよだつ(creepy)」、「アメリカのKu Klux Klanは非暴力主義(non-violent)」、「白人が自分たちの国から追い出されるのこそ人種差別(It is racist to shut white people out of their own country)等々と主張すると、スタジオの聴衆も「あんたは政治を毒している(poison politics)」、「南極の方が色がないからアンタに向いている」(It’s a colourless landscape, it’ll suit you fine)等々とやり返して拍手喝采だったりして、ほぼBNPとNick Griffinバッシング大会ということになってしまった。

見方によってはBNPバッシングといよりNick Griffin Showであったともいえるわけですが、820万人が見たとされています。普通この番組を見る人の数はせいぜい200~300万なのだそうですが、820万人というのは番組始まって以来という数であったそうです。

▼「820万人が見た」というのは、いわゆる視聴率でいうとどういうことになるのか、私には分からないけれど、英国の人口が約6000万人であるということは、10%をはるかに超える人がこの番組を見たということになる。単純計算で日本に直すと、約1600万ということになりますね。

翌日のメディアもQuestion Timeの話題で持ちきりという感じであったのですが、ちょっと面白かったのは、London Evening Standard紙が掲載したフランスの極右政党、Front NationalJean-Marie Le Pen党首のコメントです。

小さな魚も神様が命を与えれば大きくなる。政治グループというのはどのようなものでも重要な存在になる前は小さくて影響力もないものだ。
Small fish become big so long as God gives them life. All political groups have started as marginal before becoming important.

Le Pen氏も最初はフランスのメディアによって無視されていたのですが、1984年にL'heure de Verite(真実の時)という番組に出演したのがきっかけで支持率が3・5%から7%に上昇、選挙では220万票(全体の11%)を獲得するなどして市民権を得てしまった。

Question TimeにBNPの代表を出演させたことについてBBCのMark Byford副会長は、政治的中立性(impartiality)こそがBBCの中心的な価値観(central value)であるとして、次のように語っています。

彼ら(BNP)は合法的な政党であり選挙を戦っている組織だ。しかも欧州議会に二人の議員を送り込んでいる。一定の基準を超えたのであれば、この番組に出演して適切にチェックされるべきだ。
They're a legally constituted party, they fight elections, they've got two MEPs. If they've passed the threshold, they should be on the programme and properly scrutinised.

と語っており、次に同じような機会があれば、BNPにも出演を要請するとしています。

▼NHKが視聴者参加番組と称して、日本の右翼団体の代表を呼んで、靖国問題についての議論に参加させるというのと同じです。違うのは、BNPが日本の右翼のように街宣車でがなりたてているだけではなくて、それなりの数の支持者がいることが選挙で証明されているということ。

▼BBCの意図としては、副会長が言っているように、Griffinを含めた政治家を選挙民が徹底的にチェックする(scrutinise)ことにあったわけで、結果としてGriffin Showになったとしても、閉め出してしまうよりは英国社会にとっては健全ということは言えるかもしれない。臭いものにフタをするよりはいいってこと。

▼この番組のビデオはここをクリックすると見ることができます。番組の収録がロンドンではなく、BNPの支持基盤となっている北イングランドの町で行われていたら、雰囲気は全く違っていたのではないかという声もある。確かに見た目にはGriffinバッシングという感じですが、それはスタジオでのハナシ。問題はスタジオの外で見た820万人の受け取り方ですよね。BNPの発表によると、放映直後に支持者が増えたとのことであります。つまりフランスのLe Pen氏と同じことが起こっているともいえる。番組終了後、YouGovという機関が調査したところ、BNPを支持すると答えた人が22%いたということが伝えられています。

▼結局、月並みですが、BNPの白人優越主義がそれなりの支持者を集めるようになっている英国の現状が直らない限り、BBCだけを責めても意味がない。私の見るところによると、英国人は(日本人と似ていて)「極端」(extreme)とか「対立」(confrontation)を嫌う人たちであり、BNPの台頭は不思議な現象ともいえる。その背景などについては別途調べてみたいものです。

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4)歴史上の重大事ベスト10


The Economist誌が発行している月刊誌にMORE INTELLIGENT LIFEというのがあるようです。「ようです」というのは、私自身は実物を読んだことがないという意味です。ただThe Economistのサイトの中に、この雑誌のサイトも入っていて、かなりの部分中身も読むことができる。この雑誌が読者を対象に「人類の歴史上、最も重要な年はいつだと思うか?」(What was the most important year in human history?)というアンケート調査を行ったところ、約3000人の読者が応募、260件を超える答えがあったのですが、その中のベスト10は次のとおりです。

年代 出来事 %:票数
1439 グーテンベルグによる印刷機の発明
Gutenberg's press
35%:1116票
5BC イエス・キリストの誕生
Jesus's birth
22%:693
1953 DNAの発見
DNA is discovered
9%:284
1945 ナチズム崩壊、原爆投下、世界の新秩序
Nazism falls, bomb dropped, new world order
8%:264
1776 アメリカの誕生
United States is born
6%:197
2009 コペンハーゲンの気候変動サミット
Copenhagen climate summit
3%:97
1791 電信・電報、モールス信号の発明
Telegraph and Morse code are invented
2%:59
1989 ベルリンの壁崩壊、インターネットの台頭
Berlin wall falls, World Wide Web rises
2%:53
1204 十字軍とキリスト教の分裂
Christianity split by Crusades
1%:43
1944 現代の思想的な戦いの始まり
Modern ideological warfare takes off
1%:38

グーテンベルグによる印刷機の発明(1439年)がトップというのは、私には意外な気がしました。読者(欧米のインテリ層)からして、キリスト教の誕生あたりがトップかな、と思っていたので。このことについて、The Economistの「追悼欄」(obituaries)担当部長のAnn Wroeさんは、

たった一つの行為(印刷機の発明)でこれほど影響を及ぼしたものはない。話された言葉というものは、たとえどんなに偉大な支配者、預言者、賢人の口から出たものであっても、空気中に消えてしまう。それに対して印刷された言葉というものは、生き残り、成長し、広がっていく。1439年以後、グーテンベルグの印刷機で印刷された言葉こそが、あらゆる発明、人々の思考や政治思想の変革をもたらしたのだ。
No other single action has been so influential. A spoken word, even from the mouth of the greatest ruler, prophet or sage, dissolves into the air. Words that are printed survive, thrive and multiply.Since 1439 words printed by Gutenberg’s process have driven every invention, change of thinking and political idea.

と言っている。グーテンベルグが1位で550年後のインターネットの勃興が8位というのは面白いですね。印刷機の発明が「偉人」の思想が広がりを助けたとすると、ネットの勃興は普通の人同士のコミュニケーションを可能にしたわけで、人類にとってはタイヘンな出来事であったと思うのですが、印刷文化に比べればネット文化は余りにも若い・・・というわけで、第8位というのもうなずける?

「イエス・キリストの誕生」を挙げた中で、The EconomistのWooldridgeのワシントン支局長は、

イエスは世界で最もポピュラーな宗教に息吹を与えたのみならず、それに続くあらゆる非宗教上の歴史を形作ったのだ。
Jesus not only inspired the world’s most popular religion, but “also shaped all subsequent secular history”.

と言っている。非宗教の世界へのキリスト教の影響という点は当たっている(と私などは考えます)。カール・マルクスは「宗教は民衆のアヘンである」と語ったそうですが、彼の共産主義思想自体がキリスト教的な「博愛精神」を抜きにしては成り立ちえない・・・と私は考えているわけです。

この種の歴史的な出来事の重要性を考えるとき、そもそも何を称して「重要」とするのか?ということが問題ですよね。グーテンベルグが印刷機を発明していなければ、キリスト教の聖書だって大量に印刷・配布されることはなかったという意味では、1439年は5BCよりも重要ということになるのかもしれない。でもそれを言い始めると、いくら聖書を大量に印刷できても、それを運ぶ船だの飛行機だのクルマだのがなかったら、人類への影響は限られたものになっていたかもしれない。そうなると輸送手段を動かすエンジンの発明の方が重要だ・・・と言えなくもなくて、何だかわからなくなる。

実はこのアンケートへの答えに「2009年」を挙げた人が数人いたそうです。その中の一人が

2009年以外の出来事はいずれも過去の話であり変えることができないものだ。私たちがいま暮らしている今年だけが、私たちにとって変革するだけの力を持っている年なのだ。
The rest are in the past and can't be changed. The year we are in now is the only one we have the power to change.

とコメントしています。

▼最後のコメントは実にもっともな意見ですね。つまり過去の諸々を話し合ってみても、ペダンチック(インテリ気取り)な会話にすぎず、ヒマ人のお遊びに終わってしまう。そこへいくと1945年の原爆投下は、被害の悲惨さとか「必要だったのか?」いう意味で「歴史的」かもしれないけれど、核兵器についてこれからどうするのか?という問題にもつながっているので単なる過去の話ではない。

▼それと(長くなって申し訳ないけれど)これらの出来事は、いずれも「もし起こっていなかったら人類の歴史は全く違ったものになっていただろう」というものですよね。で、私が気になって仕方ないのが、2000年の米大統領選挙で民主党のアル・ゴアが共和党のジョージ・ブッシュに勝っていたら・・・という仮定です。あの選挙では、フロリダ州で票の数え直しがあったりして、ゴア大統領の可能性は大いにあったわけですよね。

▼つまり2001年の9・11同時テロのときにゴアが大統領であったとしたら、イラクやアフガニスタンはいまごろどうなっていたのか?ということです。このことをあるジャーナリスト(元ワシントン特派員)に聞いたところ「そのような仮定の問題にはお答えできません」と言われたのには呆れてしまった。私の考えでは、これは「クレオパトラの鼻が・・・」というような霧の彼方の「仮定」の話ではなくて、実際にあり得た話です。

▼ゴアならアフガニスタン、イラク侵攻はやらなかった、というのであれば、その中から現在のアフガニスタンやイラクの問題についての解決の糸口も見えるかもしれないし、日本のアメリカとの付き合い方だって違っていたかもしれない。という意味で、私としては、単なるインテリのペダンティズムごっこのつもりはなかったのですが・・・。

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5)D・キャメロンの研究④:保守党がキャメロンを担ぎ出した理由


キャメロンが保守党の党首に選ばれたのは、4年前の2005年10月のことだった。年齢は39才。若き党首の誕生ということで大いに話題になった。年齢も若いけれど、議員歴もたったの4年。保守党はなぜそんな若者を党首に選んだのか?それを分かるためには、そのころの保守党の状況を知っておく必要がある。

サッチャーが首相になったのが1979年、3期つとめて辞職に追い込まれたのが1990年の末。彼女を引き継いだのがジョン・メージャーで、1997年の選挙に労働党に負けるまで保守党の政権が続いていました。サッチャー時代から数えて18年間です。いわゆる「振り子政治」(pendulam politics)で2大政党が勝ち負けを繰り返していたころに比べると長期政権ですよね。

97年に登場した労働党政権は、ブレア党首のもとで2001年と2005年の選挙で連勝、キャメロンが保守党党首になったころはブレア政権の天下が続いており、いまも労働党政権なのだから、12年間続いているわけです。ブレアはイラク戦争で不評を買ったとはいえ、政権党としての労働党は安泰という雰囲気で、保守党は永遠の野党と目されていた。そして2005年の選挙で敗北した責任をとって、マイケル・ハワード党首が辞任した。それが2005年10月の保守党の状況だった。

で、党首選挙です。保守党の党首選びは、まず国会議員による投票をやって、二人に絞ってから党員による郵便投票というかたちで行われます。2005年の立候補者は4人。年齢順にKen Clarke(64才)、David Davis(56才)、Liam Fox(44才)、そしてDavid Cameron(39才)だった。Ken Clarkeはサッチャー、メージャー両政権で閣僚を務めたベテラン、David Davisは議員歴13年、メージャー政権時代の保守党院内幹事だった人。Liam Foxは医者で、議員歴13年で党首選挙のころは影の外相を務めていた。

この4人のうち本命はDavid Davisだったし、事実、第一回目の国会議員による投票では、Davisが62票、Cameronが56票、Foxは42票、Clarkeは最下位の38票だった。ここでClarkeが脱落して3人で二回目の投票になって異変が起こった。1位はCameronで90票、2位のDavis(57票)、3位のFox(51票)を大きく引き離したのです。

そして1位のCameronと2位のDavisを候補者にして、党員(約25万人)による郵便投票となったのですが、結果はCameronが約13万4000票(67・61%)、Davisは約6万4000票(32・39%)でCameronの圧勝だった。なぜDavisが負けたのかというと、演説があまりにも下手くそだったからだと言われています。でもそれではなぜCameronが勝ったのかを説明したことにはならない。2005年10月13日付のThe Economistは、同誌がキャメロンを支持する理由について次のように書いています。


(4人の党首候補の中で)キャメロンだけが、新しい労働党とまともに向き合うようになったことを示したのだ。キャメロンは(ブレアの)労働党のどの部分が選挙民に受け、どの部分が受けないのかが分かっていることを示したのだ。
And he alone has shown that he has come to terms with New Labour?that he knows which parts of it voters like and which to jettison.

キャメロンは、党首選挙の演説で、保守党が選挙に勝てない理由の一つは政府(労働党)の言うことは何でも反対という態度にあるということを訴えた。選挙に勝つためには保守党自身が変わらなければならないと主張したわけです。例えば「保守党議員の中の10人中9人が白人の男性」(Nine out of ten Conservative MPs are white men)、「ののしり合いの政治」(Punch and Judy politics)等々はやめなければならないということです。

我々は感じ方そのものを変える必要がある。現代の英国についてぶつぶつ文句ばかり言っていることを止めようではないか。私は過去ではなく、いまの世界に生きているのだ。我々にとっての最良の日々は未来にあるのだ。考え方を変えなければならないのだ。
We need to change the way we feel. No more grumbling about modern Britain. I live in a world as it is not how it was. Our best days lie ahead. We need to change the way we think.

労働党政府のやることでも、いいことであれば協力すべきであるし、政府が間違っていると思えば責任を追及し、批判すればいいのだ・・・と主張したわけですが、労働党に「協力」するなんて、それまでの保守党では考えられない主張であったわけです。これがどの程度キャメロンの本心が出たものなのかは分からないけれど、はっきりしていることは、彼が「このままの保守党では選挙に勝てない」と訴えたということであり、それが受けたということです。The Economistは、そのあたりのことを次のように表現しています。

選挙民にとって、保守党のイメージは、文句ばかり言っており、悲観的で、しかも現実から遊離しているということにあった。
the electorate's overall perception of them as being grumpy, pessimistic and out of touch.

保守党の問題は、政策よりもイメージにあったというわけですね。そのころの世論調査を見ると、「保守党」というだけで嫌われる(just sticking the Tory brand on a policy made it unpopular)という状態にあった。例えば移民問題は、選挙民にとって最大の関心事であったし、どちらかというと厳しい政策が望まれていた。保守党はタカ派的な言葉を使って訴えたにもかかわらず、選挙民はこれを「不愉快かつ恥ずかしい」(unpleasant and embarrassing)と受け取った。

ところで、キャメロンが党首に選ばれる約10年前の1994年、労働党はトニー・ブレアを党首に選び、97年の選挙で大勝したわけですが、労働党の党首選挙でブレアが訴えたのが「労働党は変わらなければならない」ということだった。その主張のシンボルとなったのが、産業の国有化を謳った労働党の綱領第4条を破棄するということだった。ブレアの率いる新しい労働党(New Labour)が、サッチャリズムに近寄ったということです。そうしないと労働党は「選挙に勝てない」と訴えたわけです。

▼考えてみると、あの頃ブレアが訴えた労働党の変身は、いまのキャメロンが主張する保守党の変化よりもはるかに急激なものだったですよね。経済政策の考え方そのものを変えようというのですから、単なるイメージ・チェンジではない。

2005年10月13日付のThe Economistは、キャメロンが保守党支持者に受けた理由の一つとして、彼がチャーミングで説得力があり、多少饒舌すぎる(waffly)という部分で「あの頃のブレア」を想わせたからだ、と言っています。そして結論として、

彼を党首にするのは早すぎるという危険はないのか?それは絶対にある。しかしキャメロン氏は、他の党首候補が提供できない保守党に対する「賞品」を持っている。すなわち彼を党首することによって保守党が好かれる党になるチャンスが与えられるという「賞品」である。
Is there a risk in making him leader too soon? Absolutely. But with Mr Cameron there is a prize no other candidate can offer: the chance for the Tories to be liked.

としています。

▼余談ですが、ブレアもキャメロンもオックスフォードの出身ですね。共通点はそれだけではない。キャメロンは名門イートンの出身で、ブレアは「スコットランドのイートン校」として知られるエディンバラのFettes校を卒業している。さらにいうとブレアがFettes校にいたころの校長先生だったEric Andersonという人は、キャメロンがイートンにいたころに、イートンで校長先生だったのだそうです。

▼要するにブレア現象もキャメロン現象も、かつてのような保守党vs労働党という対立の図式が、社会の変化によって薄まってしまったということですよね。中間層が圧倒的に増えてしまったということです。これを取り込むために、お互いに自分の党の変革を訴えることになった。

▼「保守党」というだけで、何を言っても信用されず、嫌われた・・・という部分ですが、メージャーさんが首相のときのスローガンとして「基本に帰ろう」(back to basics)というのがあった。簡単にいうと「古き良き時代の英国に帰ろう」というので、道徳観の復活などを訴えたのですが、彼自身の閣僚の中から不倫騒ぎで辞職に追い込まれたりする人が続出して、「なにが基本に帰ろうだ!」ということでメディアの批判を浴びてしまった。

▼いずれにしても「保守」と聞いただけで拒否反応が起こるというのは、日本の自民党と似ていなくもない。キャメロン、ブレアの個人的な人柄によって選挙の勝ち負けが決まるという点は、日本の鳩山人気と似ている。それと日本の政治史上初めて「選挙による政権交代」が実現した理由は、民主党が政策的に自民党とそれほど違わないということもあったのではないですか?あまりにも政策や思想が違いすぎると、いわゆる2大政党制は成立しないのでは?昔の自民党と社会党のように、です。


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6)どうでも英和辞書

A~Zの総合索引はこちら
council house市営住宅

イングランドのSuffolkにある町で暮らすCableさん夫妻が住んでいるのがcouncil house。家賃は一か月で500ポンド(約75,000円)。27年間もここで暮らしています。あちらの不動産屋のサイトなどを見ても一か月で500ポンドというのはかなり安い部類に入るようであります。しかるに、この夫婦は昨年、宝くじで約400万ポンド(6億円)を当ててしまったでございます。

なのに、なのにです、彼らはこの市営住宅を立ち退くつもりは毛頭ないと宣言してしまった・・・ということが地元の新聞で報じられたところ、「困っている人に明け渡せ」と非難の声があがったのだそうです。同じ市営住宅に住む人は「いい夫婦だよ、彼らは。だけどさ、あれだけの金があれば市営住宅なんて10軒以上買えてしまうよ。豪邸に引っ越したっていいしさ・・・」(they're a lovely couple but they can afford to buy their house dozens of times over - or move into a mansion if they wanted)とまでコメントしている。

これに対してCableのダンナさんは「そんなヤツの言うことなんか知ったことかっつうの。オレたちここでハッピーなんだから。隣近所もいい人ばかりだし・・・」(We didn't take any notice of this chap. We are happy as we are and we like our neighbours)と全く問題にしていない。市当局の住宅担当者も「経済状態が変わったからって、引っ越せというわけにはいかないでしょう(although their financial situation has changed, their rights remain the same as any other council tenant)」 と申しているのだそうです。

そりゃそうだわな。「アンタ、金持ちになったんだから引っ越せや」というのはちょっと乱暴だよな。でも、賞金の400万ポンドを全部家賃の支払いに充てると・・・ええと、8000か月分ということになる。つまり、ええと、ええと、700年ほど住み続けることができると思います。


public transport公共交通機関

スイス銀行の調査によると、世界の都市の中でも公共交通機関が最も高いのはスウェーデンのストックホルムで、10kmあたりの地下鉄の片道料金が4.88ドル、次いでシドニー(3.80ドル)、ロンドン(3.60ドル)、東京、パリ、ニューヨーク(いずれも2ドル)なんだそうですね。世界の73都市を調査したものなのでありますが、イチバン安いのはデリーの0.16ドルです。

東京の地下鉄でいうと、丸ノ内線の池袋→霞が関が約10kmです。時間はおよそ20分強で料金は190円。public transportの充実に関しては東京(日本)は素晴らしいですよね。でも高い。私の場合、自宅から東京の真ん中まで行くためには往復で約1300円もかかる。他の都市に比べればマシなのかもしれないけれど、アタイのような年金生活の老人にとって1300円は高いな。

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7)むささびの鳴き声

▼ちょっとした家庭の事情により、私、最近は寝たきりのワンちゃん(柴犬)と二人きりの生活をしています。正確にいうと、娘が一緒にいるけれど、毎日勤めに出るから、事実上二人だけの生活であるわけです。この柴犬はあとひと月もしないうちに二十歳になる。動けない・見えない・聞こえない・(たぶん)臭えないというわけで、ひたすら寝たきりであります。

▼が、食欲はあるし、排便もあるというのだから、基本的には健康なのでありますね。お腹がすいたり、おしっこやウンチをしてしまったときは「キャーン!」と言って知らせる能力もある。

▼見えないけれど、起きているときは黒い眼はきっちりと見開いています。カッと見開くというのではなくて、一点を見つめているかのようにじっと開いているのであります。ただただじっとしている。成り行きまかせの生活を実に淡々と送っております。じっとしていることに苦痛を感じない(ように見える)のですね。大したもんだ、と私は感じ入っております。

▼最近やたらと残酷な殺人事件が続きますね。先日、ラジオを聴いていたら、あるジャーナリストが「不謹慎と思われることを覚悟であえて言いますが、この種の事件を取材すると、実にいろいろなことが見えてきますね・・・」と言っておりました。「不謹慎」という言葉は全く好きでないけれど、「よくそんなことが言えるなぁ」と思って聴いていました。私のような感覚では、記者なんて絶対に務まらないでしょうね。

▼ところで、いま秋田県で、冤罪ではないかとされている事件の裁判が進行中なんだそうですね。被告は岩川徹という人と二階堂甚一という人の二人。岩川さんは、元鷹巣町(現在は北秋田市栄)の町長さんだった人で、今年4月に北秋田市長選に際して、二階堂さんに現金を渡して票のとりまとめを依頼したということで公職選挙法違反の罪に問われています。お金を渡したとされる岩川さんはもちろんのこと、警察の調べに対して罪を認めた二階堂さんも裁判になって「早く留置場を出たかったので仕方なしに自白した」として無罪を主張しているのだそうです。

▼冤罪もさることながら、岩川さんという人は4月に逮捕されて以来、家族との面会がいっさい許されていないのだそうです。これ、何なんですかね。たかが選挙違反じゃありませんか。この件については、ここをクリックすると出ています。

▼この事件を伝える朝日新聞・読売新聞の秋田版と地元の秋田魁新聞のサイトを読んでみたら、なぜか魁新聞の記事が異常に短くてそっけなかった。あれは何なんですかね。

▼当たり前ですが、英国にも冤罪(false accusation)事件というのはたくさんある。INNOCENT(無実・無罪)というNPOは冤罪事件の被害者を支援する組織で、サイトを見るとあるわあるわ・・・。

▼というわけで、今回も長々とお付き合いをいただきました。どうもありがとうございます。

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