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美耶子の言い分 |
どうでも英和辞書 |
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2011年1月2日 |
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2003年2月にむささびジャーナルを始めてから丸8年経ちました。今回は9年目の第一号というわけです。昨日(元旦)の関東地方は、少なくとも朝のうちは晴れ。1月1日に雨が降ったという記憶がありません。上の写真は我が家で飼っている2匹のワンちゃんのうちの一匹です。生後約4か月。自分が飼っているワンちゃんの写真を使うのは気が引けるのでありますが、他にこれといった写真が見当たらなかったのです。お許しを。 |
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目次
1)臓器提供の意思表示を義務づけ
2)男女家事分担の公正度比較
3)高速鉄道が南北格差を解消する?
4)管理職の給料:BBC幹部のしどろもどろ
5)「大きな社会」は「いかさま」か?
6)どうでも英和辞書
7)むささびの鳴き声
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1)臓器提供の意思表示を義務づけ
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12月31日のThe Timesのサイトのトップに"New drivers confronted with organ donor choice"という見出しの記事が出ています。臓器移植に関する画期的な動きを伝えるもので、英国では「今年7月以後、新しく運転免許を取得する人は、自分の臓器を他人に提供する気があるのかないのかを登録する義務を負う(From July new drivers will have to register either as donors or refuse to make their organs available to others in the event of their death)」という書き出しになっています。
現在の決まりによると、運転免許を取得する際に臓器提供の意思の有無を聞かれる書類上の手続きはあるものの、それを無視する(意思があるともないとも言わない)ことも可能なのだそうです。それが7月からはyesかnoかを言わなければならないというわけで、これによって臓器提供者の数が大幅に増えることが期待されています。
英国では16年前から免許証に臓器提供の意思がある場合はそのことが表示されており、The Timesによると、これまでに免許取得者の半数にあたる約800万人が提供者になっているという数字があるとのことです。将来は免許の更新にあたっても同じことやり方が適用されるかはまだ決まっていない、とThe
Timesは言っています。
現在のところ英国では全人口の29%がドナーとしての登録を行っているのですが、世論調査などに見る限り圧倒的多数が臓器提供には賛成なのだそうです。英国医師会(British Medical Association)では、政府のこの動きを大いに歓迎しています。The Timesによると、現在約8000人が臓器提供の希望者リストに載っているのだそうで、年間約1000人が臓器の不足が理由で死亡しているのだそうです。
▼この記事で気になるのは、臓器移植のことより、意思表示の義務付けを推進しようと言いだしたのが、キャメロン政権の内閣府(Cabinet Office)の中に設けられたBehavioural Insight Team(行動洞察チーム)というグループの人たちであるということです。「行動洞察チーム」って何?と言われても私(むささび)にも分からない。別名"nudge unit"となっており、nudgeというのは、法律によらずに「穏やかに説得する」(gently pushing)という意味だから、いちいち法制化するというような面倒なことをせずに政策を推進するようなセクションのことを言うのであろうと推察します。
▼で、今回の改正ですが、「国家権力が臓器提供の意思などという個人的な部分にまで踏み込むのはおかしい」という意見も当然ある。実は、このnudge
unitではキャッシュカードで現金を引き出すときに「あなたはチャリティに寄付する意思はありますか?」という趣旨の質問をすることも検討しているのだそうです。その場合にもyes
or noの答えを明らかにしなければならないというやり方で、です。ちょっと行き過ぎなのでは? |
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2)男女家事分担の公正度比較 |
英国にFatherhood InstituteというNPOがあります。「父親協会」とでも訳すべきなのでしょうか。Fatherhoodということは「父親であること」という意味だからそれに関する研究とか啓蒙活動などをやっている団体です。
で、そのFatherhood Instituteがこのほど(と言っても2010年の12月初め)Fairness in Families Index (家庭における公正指数)の国際比較なるものを発表しました。家庭において男女がどのように役割分担をしているかというようなことをOECD加盟国の21カ国(豪州、ニュージーランド、アメリカ、カナダ、日本以外は欧州)を対象に調べてランク付けしたものなのですが、結論から言うと総合点で英国はビリから4番目で21カ国中の18位となっています。ちなみに英国の下に来るのはというと、日本、オーストリア、スイスだけというわけであります。
公正指数の規準ですが、子供の養育休暇がどのくらい許されているか、子育てに費やす男女の時間比較、女性の企業幹部の割合、パートタイマーにおける男性の割合、無給の家事労働にかかわる男女の差、男女の給料差等々10項目についてそれぞれに点数をつけて調べたのだそうです。その結果例えば
▼子育て時間の分担:第1位のフィンランドが女性の1時間に対して52.8分であったのに比べて英国は32.4分で第12位、日本はデータなし。
▼父親が許される育児休暇:第1位のスウェーデンは何と最長で40週間(40日ではない!)であるのに対して英国はたった2日間で第15位。
▼男女の給与格差:ベルギーが第1位で、格差は9.3%。英国は15位で21%、日本は33%で最下位。
▼パートタイマーにおける男性の割合:イチバン多いのはデンマークの37.7%、英国は24.2%で13位、日本は30.1%で第8位。
▼GDPに占める子育て・教育費(5才以下)の割合:トップはデンマークで1.2%、英国は0.6%で9位、日本は0.3%で18位。 |
などという数字になっています。総合点でトップは、スウェーデン、次いでフィンランド、ノルウェー、デンマーク、ポルトガルなどとなっており、アメリカは12位だそうです。
▼それにしても、この種のことになるとなぜ北欧が常に上位に来るんですかね。 |
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3)高速鉄道が南北格差を解消する? |
12月20日付のFinancial Timesに政府が進めている高速鉄道の建設計画についての記事が出ています。これは労働党政権のころから進められていたもので、総工費340億ポンドを投じてロンドンとバーミンガムの間を時速225マイル(360キロ)の鉄道で結ぼうというもので、2016年に着工が決まっており、開通は2026年の予定だそうです。
政府としてはこれをさらにマンチェスター、リーズ、グラズゴー、エディンバラのような北イングランド、スコットランドの大都市まで伸ばそうとしている。キャメロン首相は、高速鉄道網の充実によって、これまで言われてきたイングランドにおける南北格差の縮小につながると力を入れている。高速鉄道ができると、ロンドン・バーミンガム間が現在の1時間22分から45分に短縮されるのだそうです。そして将来的にはロンドンから北の諸都市への旅行時間が次のように劇的に短縮されることになっています。
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現在 |
高速鉄道 |
リバプール |
2時間8分 |
1時間23分 |
マンチェスター |
2時間7分 |
1時間6分 |
エディンバラ |
4時間23分 |
2時間9分 |
グラスゴー |
4時間10分 |
2時間16分 |
バーミンガム以北の線は2030年以後の話なのですが、ロンドン・バーミンガム間が45分となると、バーミンガムはもちろんコベントリーのような町もロンドンへの通勤圏ということになるというわけです。
イングランドにおける南北格差については「むささびジャーナル」でも取り上げたことがありますが、これまでの約半世紀、北イングランドを支えてきた鉄鋼、自動車、造船のような伝統的製造産業が、日本を始めとする外国との競争に敗れて衰退する一方で、新しい産業が育ってこなかった。それに対してロンドンを中心とした南イングランドは金融などのサービス業の隆盛で北とは対照的に繁栄の一途をたどってきています。
2007年10月28日付のThe Observerに出ていた南北格差の例を挙げると:
▼住宅価格の平均:南が265,000ポンドで北は159,000ポンド
▼健康寿命の平均:北イングランドのMiddlesbroughにあるMiddlehavenという町の場合は54.9才、南のOxfordshireのDidcotの場合は86才。健康寿命(healthy life expectancyというのは、身体を壊しやすくなる年齢のこと。
▼子供の死亡年齢:北のManchesterとロンドンのKensingtonやChelseaエリアを比べると、前者の方が10才若く死亡する。
▼アルコール依存:イングランド全土の病院にアルコール関連の病気や事故担ぎ込まれる患者の90%が北イングランドだそうです。 |
これらは経済的な落ち込みからくる症状であって、経済状況さえ良くなればこのような症状も少なくなる。そのためには南北間の距離を鉄道で縮めることが決めてになる・・・と政府は考えているわけです。その点は労働党も保守党も同じです。
高速鉄道の建設には当然反対の声もあります。ロンドン・バーミンガム間を鉄道が通るルートであるBuckinghamshire, Northamptonshire, Warwickshireなどには閣僚4人も含めて16人の国会議員がおり、それぞれが地域住民の反対にアタマを痛めているわけです。ただ運輸省によると、高速鉄道は地下を走る部分が多いので、景観破壊は最小限で済むし、高速道路が通るよりはいいのではないかとされています。
▼日本の新幹線の場合、東京発で大阪までが2時間半、仙台は1時間40分、新潟が2時間強、長野は1時間半という感じですね。これを考えるとロンドンからバーミンガム(イングランド第二の都市)までの現状(1時間22分)は大した時間とも思えない。マンチェスターでさえも2時間ちょっとで行けるわけです。違うのは本数ですね。東京=大阪間の「のぞみ」は1時間に7本も走っているのに対して、ロンドン=バーミンガム間の直通電車はおよそ1時間に一本だけ。これでは使いようがない。
▼2009年時点での数字ですが、英国内において利用される長距離移動手段の中で鉄道の占める割合は8%にすぎないのだそうで、クルマの85%に比較すると非常に低い。乗車賃も高いというわけで鉄道利用の割合も5分の3が豊かなイングランド南東に集中している。私自身の実感でも、英国では道路網が(日本などに比較すると)非常によく整備されており、高速道路も無料なのだから、乗車賃が高くて本数も少ない鉄道は誰も使わないとしても不思議はない。 |
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4)管理職の給料:BBC幹部のしどろもどろ
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BBCのRadio 4が毎朝やっているニュース番組にTodayというのがあります。この番組で放送された、あるインタビューが2010年度の最優秀放送インタビュー賞を受けました。この賞はBBCが主宰しているもので、インタビューをしたのはPD
Jamesという女性の推理小説作家、インタビューされたのはBBCのDirector General(理事長)であるMark Thompsonです。私、うかつにもPD
Jamesのことは全く知らなかったのですが、保守党の貴族院議員で、かつてBBCの会長(Governor)を務めたこともある人。1920年の生まれだから2010年でちょうど90才ということになる。インタビューが放送されたのは2009年12月31日のことです。
インタビューでPD Jamesは、BBCが大きくなりすぎて官僚的な部分が多くなっているとしたうえで、幹部の給料が高すぎるのではないかと次のように問い詰める場面がある。この部分をDaily Telegraphが速記録風に再現しています。
首相自体の給料が安すぎるということはあるかもしれないけれど、37人もいる管理職が首相以上の給料をもらっているような組織は、本当にそれが正当なものなのかどうか自問してみるべきですよ。
The Prime Minister is, no doubt, probably underpaid but an organisation that has 37 of its managers earning more than the Prime Minister surely ought to ask itself, you know, is this really justified? |
これに対するThompson理事長の答えは・・・
まあ、でも、私が思うに、つまり、つまり、分かるでしょ、他の世界では、思うに殆どの人は分かるはずですが、ベストな人間を確保しようとするとですね・・・あー、えー、仕事で、あー、BBCにとってですよ・・・
Well, though, I think that, that if, like, like, you know, oth-, other walks of life, I think most people will accept that if you want to have the, um, the best people, um, er, working, er, for the BBC...
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という具合にさっぱり要領を得ない。それでもいろいろと高給の理由を説明、給料の最高額を10万ポンドで頭打ちにしてしまうといい人が集まらないという趣旨の答えをしたところ次のようなやりとりに・・・。
James |
BBCの誰もが10万ポンド以上もらっているなんて、誰も言ってませんよ。
But nobody is saying you don’t have anybody who’s not earning more |
Thompson |
でも人によっては・・・
Well, there are people who say that… |
James |
皆が知りたいのはですよ、40万ポンドも給料もらって、この人たち何をやっているんだということなんですよ。それくらいの給料を払わないと他所へ行ってしまうから・・・という古くさい議論もありますね。しかし彼らはどこへ行ってしまうというんですか?20万ポンドとか40万ポンドとか言うけど、そんな給料もらえるところがBBC以外どこにあるというんですか?私には・・・
…they’re sort of asking why people have £400,000 for jobs which are… one wonders what exactly these people are doing and I think the old argument, you’ve got to pay these salaries because otherwise you don’t keep them ? where in fact are they going to go? If they’re on £200,000, £400,000, where are they going to go outside which is going to pay them more than that, I don’t… |
Thompson |
しかし私としては・・・
Well, I … |
James |
私には民間でそんな仕事はないと思いますね。
…see where these jobs are in the private sector. |
Thompson |
いや、つまりその、だから・・・
Well, I mean it, it, I, I, I’ve just… |
James |
実に異常な話のように思えますよ。
It seems so extraordinary. |
Thompson |
私ども、私どもとしては・・・つまり・・・だから・・・民間の放送局・・・ご存じのとおり・・・えーと・・・つまりITVとかChannel 4などは・・・
We, we, the, the, it… the private broadcasters, as you know, are, um, ITV, er, Channel 4… |
James |
でもITVは危機的な状態だし、Channel 4だってそうです。だから・・・
… but ITV is in a very desperate state, and so is Channel 4 and… |
Thompson |
しかし・・・しかし、ですよ・・・
…but, but… |
James |
もし彼らがBBC以上の給料を払っていたら本当に危機的な状況になっているにちがいないですよ、はっきり言って。
…if they’re paying more than you’re paying, they must be in a desperate state, frankly. |
という感じなのですが、最優秀放送インタビュー賞を授与する理由についてBBCの審査員は「語り口(トーン)が丁寧、鋭さと力量(polite tone,
sharpness and competence)などを挙げています。
▼このインタビューはここをクリックすると聴くことができますが、インタビュー全体を通じてPD Jamesが問題にしているのは、BBCには何をやっているのか分からないけれど給料だけはやたらと高い中間管理職が多すぎるということです。Jamesの表現を借りると、BBCの視聴者は「豪華な船旅に出た乗客が、お金を払い過ぎたと考え始めており、しかもどこへ連れて行かれるのか分からないし、船長が誰であるのかさえ知らされていない」(the
customers feeling they’ve paid too much for the journey and not quite sure
where they’re going, or indeed who is the captain)状態だと言っています。
▼私、イングランドの南にある村へ行ったときに、BBCの幹部とされる人の別荘を見たことがありますが、まさに「この世のものと思えない」超の字がつく豪華なものだった。別荘の管理を任されている人に案内してもらったのですが、敷地の広さと綺麗さ加減には心底溜息が出ましたね。
▼私個人の好みからするとBBCのテレビは大していいと思えないのですが、ラジオ番組は本当にいいと思います。特にRadio Fourは素晴らしい。ただ、これは私の推測にすぎないけれど、英国の人たちはBBCの素晴らしさは認めながらも、心のどこかで反発めいたものを感じているように思う。「正しい英語」のことをmiddleclass
Englishというけれど、BBC Englishとも言います。「えらそうな顔しやがって・・・」という反感のようなものです。 |
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5)「大きな社会」は「いかさま」か? |
ちょっと古いのですが、昨年11月16日付のOpen Democracyのサイトに、英国の新経済研究所(new economics foundation:nef)のAnna Coote社会政策研究部長が"Cameron's 'empowerment' scam"(キャメロン流"権力移譲"のいかさまン)と題するエッセイを掲載しています。キャメロン保守党の政策理念として地方や市民に権力を移譲しようという考え方があるのですが、それを「いかさま」(scam)だと言っています。いまの日本の状況にも通じるものがあると思います。
このエッセイにおけるAnna Cooteの主張を紹介するためには、批判の対象になっている「キャメロン流"権力移譲"論」なるものをさっと紹介する必要があります。むささびジャーナルの173号に掲載されている「思いやる保守主義って何?」という記事がそれにあたると思うのですが、中でもアメリカTIME誌とのインタビューでキャメロンが語った次のくだりが中核です。
保守主義とは、人々(国民)を信用して、彼らに対して、自分たちの人生についてより大きな力と責任を与えることで、社会が強いものになると考えるということだ。
We are Conservative because we believe that if you trust people and give
them more power and responsibility over their lives, you get a stronger
society.
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キャメロンの政策アドバイザーであり、この考え方の推進役でもあるSteve Hiltonは次のように述べています。
この政策の狙いは、過去半世紀にわたって英国に抜き差しがたく染み込んでしまっている国家、中央集権制度、福祉、役人支配などへの依存的な体質から国を脱却させることにある。
The aim is nothing less than to wean this country off its apparently unbreakable
dependency upon the state, centralism, welfare, and rule from Whitehall:
the corrosive habits of half a century. |
自立した個人から成る社会の建設をというわけですが、このような社会のことをキャメロンたちはBig Society(大きな社会)と呼んでいる。Big Governmentではないところがミソです。面倒見のいい「大きな政府」はダメだけど、面倒見のいい個人個人の集まりである「大きな社会」はいいのだ、というわけです。何やら言葉遊びという気がしないでもない。
で、Anna Cooteの批判ですが、彼女によると首相のBig Society論は、現在断行されている大幅な財政削減による公共サービス部門の合理化と抱き合わせで考える必要がある。そのように見ると、キャメロンの理念は
(社会政策の責任を)民主的な政府から個人とその家族に移そうとするものであり、公共サービスというものを自助努力、(市民同士の自発的な)相互の助け合い、慈善活動、(企業などの)社会貢献活動、地元の企業や大企業の手に移譲しようという発想である。shift of responsibility away from democratic government to individuals and families, and away from public service to self-help, mutual aid, charity, philanthropy, local enterprise and big business. |
ということになる。つまり政府は何もやらずに国民任せで、「権力移譲」も「はい、国民のみなさん、ここに権力があります。どうぞお取りください。権力なんて、我々(政府・国家)はもう要りませんから(Here,
citizens, take this power: we don’t want it any more)」と言っているのと同じだとCooteは言っている。政府としての責任放棄ですね。さらにいうとこれまでは賃金を払っておこなっていたサービスや労働をボランティア活動として「無給労働」でやろうということでもある。
empowermentやBig Societyという考え方を支えるのはボランティアリズムであり、市民社会による慈善活動であるということなのですが、Anna Cooteに言わせると、公共サービスの縮小が断行されるいまの英国でこのような活動に参加できるのは、主として「白人・高齢者・中流階級」(white, older and middle-class)と相場が決まっている。貧困層にはいわゆる「市民社会」に参加するだけの知識も時間もない。そのような状態で「権力」を国家から「市民社会(civil society)」へ移譲することによって、実際には白人中流階級が支配するという構図を固めてしまう、というのがAnna Cooteの言い分です。
(Big Societyに)参加する能力のある人は参加するだろう。能力のない人は参加しないだろう。参加しない人々には権力移譲など起こりっこない。Those who can, will. Those who can’t, won’t. Those who don’t won’t be empowered at all. |
彼女自身も、中央集権の大きな政府に依存する社会が望ましいとは思っておらず、Big Societyにはいい点もあることは認めているのですが、何のために国家の力を小さくして権力を市民に移そうというのか(What’s the point of shrinking the state and shifting responsibility to ‘civil society’?)ということをきっちり考えておくべきだと主張します。Big Societyの目的・目標は何かということです。彼女によると、それは「社会正義」と「すべての人々の健全な生活」の実現にある。Big Societyは誰でも参加ができ、誰にとっても利益になるものでなければならない・・・というわけで、具体的な政策として、それぞれの労働時間を短くして有給労働と無給労働が公平に行き渡るようにすることなどを挙げています。
ただ彼女が言うようなBig Societyの実現は公共投資抜きにはあり得ない。現政権が進めている公共部門の財政削減の下ではBig Societyの長所を生かすことは不可能である、と言っています。
もしキャメロンの発想がそのまま実施されたら、それは戦後の福祉制度の終わりを意味するものとなるだろう。
If implemented as intended, it marks the end of the post-war welfare settlement. |
というわけです。国家が保障するという意味での福祉制度の終焉ということです。Anna Cooteは「60年も経過した福祉制度がオーバーホールの時期に来ていることは誰も否定しない」(Few would deny that our 60-year-old welfare system is due for an overhaul)けれど、これを推進している人たち(キャメロンとその仲間たち)はいずれも金持ちで有名パブリックスクール出身者であり、この人たちがBig Societyを推進した結果生まれるであろう弱肉強食のめちゃくちゃな社会の底辺にいる人々ことを考慮しているとは思えない」と批判している。
▼繰り返すけれど、キャメロンのいうBig Societyは、サッチャーの「小さな政府」とブレアやブラウンの「大きな政府」に対抗するものとして提唱されています。「政府」ではなくて「社会」という言葉を使っている。この二つの何が違うのか?キャメロンの「大きな社会」論を突きつめて定義すると、「社会」とは「自立意識」の高い個人の集まりであり、「政府」はお役人が社会意識の低い人々を導く制度ということです。
▼日本にこれをあてはめると、「小さな政府」を標ぼうした小泉改革が目指したのは、キャメロンのいうBig Societyのようなものだったのではないかと私などは考えているわけです。小泉さんや竹中平蔵さんが何を考えいたかは別にして、です。それは官僚とその応援団となったメディアによって、「小さな政府=弱肉強食社会・アメリカ流金融資本主義・ホリエモン風金儲け一辺倒主義」というイメージを描かれ否定されてしまったのでありますが・・・。
▼一方で公共支出を削減してチャリティ活動などを難しくしておきながら、もう一方でこれを奨励するのは矛盾だとか、Big Societyは結局「白人・中流階級のもの」というAnna
Cooteの批判は、当たっている部分もあるけれど、その彼女さえも「揺り籠から墓場まで」という戦後の福祉国家がオーバーホールの時期に来ていることは認めている。もともとキャメロンの改革は権力を使って権力を分散させようという矛盾をはらんでおり、それを承知のうえで推進しようとしているような部分もある。「白人・中流階級だから改革はできない」と切り捨てずに、もうちょっと見てみたい気がしますね、私は。 |
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6)どうでも英和辞書 |
active/passive:能動態と受動態
雑誌、PRIVATE EYEに出ている「アホな英国(Dumb Britain)」という連載コラムに出ていた記事によると、テレビのクイズ番組で
A good goal was scored by Ronaldo. |
という英文が示された。サッカーで「ロナウドが素晴らしいゴールをあげた」という意味ですよね。 で、クイズの問題は「この文章は受動態か能動態か」(active
or passive?)というものだった。回答者の答えは
He scored, so that’s active to me. It’s definitely active.(ロナウドが点を挙げたということは、私にとっては能動です。つまりこれは能動態で間違いない) |
というものだったらしい。この文章にある動詞(scored)はその前にbe動詞のwasがついているのだから文法的には受動態が正解。Dumb Britainのコラムに掲載されるのだから、PRIVATE EYEとしては、この回答はアホなものであると言いたいのだろうと推察するのですが、この雑誌のひねくれ癖を考えると「こんなアホな問題、出さんどけ」というメッセージなのかもしれない。
妻の美耶子が中学生に英語を教えていて「三人称」(he, she, they, it等)という用語が出てきたところ、ある生徒が「heやsheは一人だけなのにどうして"三人称"というの?」と質問したのだそうです。「なるほど、尤もな質問だ」と感心してしまった。中学時代に英語が大嫌いであった私の経験からすると文法用語(日本語)が分からずに挫折してしまう。動詞、名詞、形容詞、関係代名詞、冠詞、補語、目的語、不定詞・・・どれもこれもアタマが痛くなる!日本語の文法にも参りましたね。「何とか変格活用」とか、さ。
back-scratching:見返り要求・提供
2010年11月30日付のNew York Timesに"Back-Scratching With a Global Reach"(世界中でBack-Scratchingが行われている)という見出しの記事が出ています。2日後の12月2日に行われる2018年と2022年のワールドカップの開催地決定についての推測記事で、アメリカが2022年の開催地として立候補しており、「圧倒的に最強の候補地」(overwhelmingly the best candidate)であることは間違いないが、決定に当たってはBack-Scratchingがあるから・・・と言っている。賄賂というのは言いすぎかもしれないけれど、それに近いような「見返りを提供したり求めたりする行為」のことを「背中を掻く」(back-scratching)というのですね、英語では。
New York Timesの記事は、2018年はイングランドが最強だがロシアのback-scratchingがあるだろうし、2022年についてはカタールの「背中掻き」が予想されると言っており、結果的には当たってしまった。実際にロシアやカタールが「孫の手」(背中掻き)を使ったのかどうかは知らないけれど・・・。
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7)むささびの鳴き声 |
▼12月の初めのことであったと思いますが、我が家の郵便受けに「関東広域地上デジタル放送推進協議会」というところからペーパーが入っていました。太い文字で「地上デジタル放送に関するお知らせです」という見出しになっていて、我々が暮らす地域が「地上デジタル放送を安定して受信することが困難であることが確認されました」というイントロになっている。そして次のような文章が続いています。
当地区の皆様には大変申し訳ありませんが、ケーブルテレビ等にご加入していただくことをご提案させていただきます。 |
▼このペーパーはさらに「ケーブルテレビ等」への加入に際しては「国、放送事業者において技術支援、経費支援をさせていただきます」と書いている。つまり地デジを見ることができるようにするために金銭的な支援をしてもらえるというわけです。但しこれには条件がいくつかある。
- 現在自宅の屋根等にアンテナを設置し地上アナログ放送を視聴していること
- 一戸建て住宅に住んでいること
- すでにケーブルテレビ等には加入していないこと
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▼支援される経費ですが、国からの支援が上限3万円、NHKからの支援が2万8000円となっている。このペーパーの発行元である関東広域地上デジタル放送推進協議会はNHKさいたま放送局、テレビ東京、テレビ埼玉、総務省関東総合通信局から成っているのですが、支援の申込窓口は飯能ケーブルテレビ株式会社となっています。
▼このペーパーを読んでいて、日本語がひどすぎて何を書いてあるのかさっぱ分からないというフラストレーションを感じたのですが、意味不明にプラスして不健全な感じも持ってしまった。例えば「ケーブルテレビ等」という表現です。これは「ケーブルテレビ会社」または「通信業者」のことなのだそうです。つまり飯能テレビとNTT東日本のことですなのですが、「ケーブルテレビ等」と書くことで地元のケーブルテレビ会社である飯能テレビだけが目立つようになっている。
▼さらにいうと経費支援の対象は「現在、ケーブルテレビ等には加入していない」家庭です。我が家の場合、このペーパーが配布される1~2か月前にNTTを通じて地デジを見れるようにしてあったのだから対象外なのでしょう。私たちは以前からケーブルテレビに加入していたので、どのみち対象外です。同じ地域に住んでいながら、このペーパーが配布されるまで地デジ対策をしていなかった家庭のみが支援を受けることができるということになるわけです。となると、テレビを通じてさんざ「なるべく早めに地デジ対策を!」という広報をしていた、あれはいったい何だったのでしょうか?
▼もっと不思議なのは、我が家の地域が「地上デジタル放送を安定して受信することが困難」なところであるということです。我が家の近くには、歩いて10分程度のところに小高い丘がある以外は特に変わった地形とも思えない。この程度のところでも地デジがまともに見ることができないのだとしたら日本中のほとんどがそのような地域になってしまう。
▼というわけで、要するにこのペーパーは地元のケーブルテレビ局である飯能テレビへの加入の勧誘活動なのではないか?と思ってしまったわけです。そのせいか飯能テレビについては申込用紙はもちろんのこと、それを送る封筒まで入っていたのに競争相手であるNTTについては簡単なゼロックスコピーが一枚挿入されているだけ。このペーパーが「意味不明+不健全」というのはそのような意味でございます。
▼今回も長々とお付き合いをいただき有難うございました。
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