musasabi journal

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438号 2019/12/8
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BREXIT 美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
自然災害がひどかった2019年も終わりです。老骨に鞭打って(?)しつこくも続けているむささびジャーナルもあと一回を残すだけになりました。干し柿でも食って頑張らなきゃ…。

目次

1)クリスマス前の「悪夢」
2)「中曽根死去」と英国メディア
3)寂しさの追求
4)どうでも英和辞書
5)むささびの鳴き声


1)クリスマス前の「悪夢」


12月12日の選挙が迫る英国ですが、12月5日付のThe Economistが社説で、この選挙は
  • Britain's nightmare before Christmas:英国にとってクリスマス前の悪夢
であると言っています。なぜ「悪夢」なのかというと、有権者にとっての主なる選択肢といえる保守党と労働党がそれぞれ極端な路線を走ってしまっており、とてもこれからの英国のかじ取りを任せるわけにいかないということです。確かに保守党のボリス・ジョンソン党首(首相)は党内極右勢力に支持されて党首になった存在であり、労働党のジェレミー・コービンが2015年の党首選挙で圧倒的大差で勝利したのは、彼が昔ながらの左翼路線の復活を訴えたことが理由です。これまでの英国政治を特徴づけてきた「中道」(centre-right/centre-left)という姿勢の影が薄くなってしまっているということであり、どちらが勝っても有権者には「悪夢」としか思えない人物を首相に持つことになるというわけです。


例えば労働党のマニフェストは"It's time for real change"というスローガンの下に、「週4日労働の実現」「企業の国営化」「高所得層と企業に対する課税強化」などを訴えているけれど、The Economistによると、いずれも
  • 21世紀の問題を20世紀において失敗した方法で解決しようとしている。It is an attempt to deal with 21st-century problems using policies that failed in the 20th.
ということになる。


外交政策についても、コービンは「ロシアのウクライナ侵攻はNATOの責任である」と主張してみたり、イランやベネズエラの独裁体制を支持するかのような言動を繰り返している。これではアメリカとの情報交換などはとても無理。英国のEU離脱について再度国民投票を行うという姿勢には賛成するとしても、それ以外の国内外の政策はとても支持することはできない・・・というわけで「本誌は労働党を支持することはできない(this newspaper cannot support Labour)と明言している。

保守党はどうか?ジョンソンはメイ政権がEUとの間で作った穏健な離脱合意案を反故にして、北アイルランドを英国から切り離すことで、英国が関税同盟に残らずに済むというアイデアを基にしたよりひどい合意案(worse deal)を作り上げた。彼は「EU離脱をやり遂げる」(get Brexit done)ことを最大の約束事としているのですが、その約束が票を集めそうだという点に英国人はウンザリしている。


またいわゆる「合意なき離脱」(Brexit with no deal)は消えたかのような印象を与えているけれど、実は生きている。来年早々にEUを離脱したとしても、それ以後のEUとの貿易関係に関する交渉が待っている。ジョンソンは「来年末までに交渉を終える」と言いながら「それが終わらないのなら合意なき離脱の道を行くしかない」と主張している。ジョンソンの言うように「合意なき離脱」を進むと、10年後には英国人の平均所得が8%下がると言われているのだそうです。

The Economistがさらに指摘しているのは、ボリス・ジョンソンという政治家のリーダーシップの下で保守党が「経済・社会政策の点でリベラルな党」(economically and socially liberal party)から「経済的には政府干渉型で文化的には保守的」(economically interventionist and culturally conservative one)な党に変わりつつあるということです。右翼的国家主義とまでは言わないにしても、EU離脱支持者が多い、北イングランドの労働者階級に訴えるような政府主導の産業育成策を作り出して訴えている。これもThe Economistの理念に会わないというわけで "this newspaper cannot support the Conservatives" となる。


となると残るのは自民党(Lib-Dems)ということになる。この党の経済政策は、保守・労働党のそれに比べるとまとも(most sensible)であると言える。政府支出の「緩やかな」増加、なるべく幅広い層に対する増税案、高齢化社会に対応するコストに関しては最も正直であると言える。気候変動や社会政策についても「理想と現実」(ambition and realism)のバランスを最もよくとっている。つまり保守・労働党に飽き飽きしている有権者にとってはLib-Demsが有力な選択肢ではある。

とはいえLib-Demsが勝つことはない。Yet they will not win. それでもThe Economistは読者に対してLib-Dems支持を訴えている。政権をとるであろう保守党もしくは労働党に対する暴走防止という役割をLib-Demsに期待するというのも一つの理由ですが、理念の問題として言うならば、Lib-DemsのリベラリズムがThe Economistがこれまでに推進してきた思想と最も近いからである、と。英国が1月にEUを離脱したとしても、それ以後の英国においてはLib-DemsがEUとの緊密な貿易関係を促進するための力となるだろうし、ボリスが考えている強硬離脱に対してもLib-Demsがストッパーの役割を果たすことできる。
  • 悪夢のようなこの選挙には、望ましい結果というものはない。あるとすれば「中間」勢力が力を保つような状態になることであり、今の英国にとってはそれが最善の希望ということになる。 There is no good outcome to this nightmare of an election. But for the centre to hold is the best hope for Britain.
というのがThe Economistの結論です。

▼今から半世紀以上も前に、日本でも民社党という政党がありましたよね。社会党と自民党の間を行くという路線だったと記憶しています。過激な左派勢力である社会党や共産党はイヤだし、自民党というのも古臭くて情けないし・・・というわけで「真ん中」路線の民社党というはずだった。でも受けませんでしたね。英国も同じで、理論的には正しいのに、選挙では勝てないLib-Demsは、The Economistの言うように過激に走り勝ちな政党に対する歯止めという役割しかないということなのでしょうかね。

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2)「中曽根死去」と英国メディア



中曽根康弘氏が亡くなったことについては、英国メディアのサイトでも「それなりに」伝えられていました。例えば保守系のTelegraphは中曽根さんについて "a giant of his country's post-World War II politics"(戦後の日本政治における巨人)であるとしたうえで
  • Nakasone was known for trying to integrate the nation defeated in World War II as a full-fledged member of the West during the Cold War era. 中曽根氏は冷戦時代、第二次世界大戦において敗北した国(日本)を本格的な西側諸国の一員として溶け込ませようと努力したことで知られている。
と言っている。

一方、リベラル派の代表格であるGuardianは中曽根さんについて、レーガン、サッチャーと国際舞台を分かち合ったけれど「日本の平和憲法を変えることには成功しなかった」(failed in his push to change country’s pacifist constitution)ことを主なるポイントとして挙げています。Guardianは2010年1月に中曽根さんがロイター通信とのインタビューで語った言葉を紹介しています。
  • Revising the constitution takes time. I stressed to the public that it was necessary, but it was not possible to begin the revision quickly. 憲法を変えるには時間がかかる。変える必要はあるけれど早急に手を付けることは無理だと国民に伝えてある。


Guardianによると、中曽根さんにとって「いまいち成功しなかった」(less successful)分野として教育改革があるとのことです。つまり、子供たちに昔ながらの道徳や規律を教え込む一方で「世界で競争できるだけの個人をも育成する」(urturing individuals who could compete globally)こと、これは難しかったということです。中曽根さんはまた、アメリカ人の知的レベルが日本人より低いのは、黒人、プエルトリコ人、メキシコ人のお陰だなどと発言して顰蹙を買ったこともあるとのことです。


大衆紙のDaily Mailによると、中曽根さんは、率直な語り口で有権者に好かれ、「日本の政治に人間の顔を与えた存在」(praised for putting a human face on Japanese politics)であったとのことですが、フィナンシャル・タイムズは「自分のドグマ(主義・主張)を柔軟に見せる(temper his dogma)ことで世界に存在感を示したナショナリスト」であるとしています。中曽根さんは『暮れてなお 命の限り 蝉(せみ)しぐれ』という自作の俳句を好んだのだそうですね。Daily Mailもそのことに触れていて、この俳句を次のように英訳しています。
  • Even after dusk,
    Cicada persists in song,
    While it still has life.
「命の限り」は"persists"という言葉で表現されているのですね。

▼中曽根さんの死について、ちょっと不思議なのはBBCのサイトが一切報道していなかったことです。何度もチェックしたのですが、これについての記事は出ていませんでした。大したこっちゃないと考えたのですかね。

▼日本のメディアによる報道については、むささびが読んだのは11月30日付の日本経済新聞のサイトに掲載されていた『政治への情熱と執念 中曽根元首相、強い指導者像確立 』という記事です。元特別編集委員の安藤俊裕さんという人が書いた回想録のような記事で、書き出しと締めくくりは次のようになっている。
  • 書き出し:長い生涯を貫いていたのは、政治へのあくなき情熱と執念である。
  • 締めくくり:憲法改正こそは中曽根氏の「見果てぬ夢」であった。
▼要するに中曽根さんは「大統領型首相」の政治スタイルによって、大いなるリーダーシップを発揮した首相であり、当時はいろいろと批判もされたけれど、「政治家として不断の修練と努力の積み重ね」のおかげで日本の政治家としては稀にみる存在だった・・・とほぼ最初から最後まで手放しの「中曽根礼賛」という雰囲気の記事です。

▼もう一つ、これはラジオ番組だったのですが、慶應義塾大学法学部の小林良彰教授が、中曽根さんは「グランドデザインを持った、日本の政治家としては珍しい存在だった」という趣旨の発言をしていました。むささびは、この大学教授のようなコメントが気になって仕方がない。中曽根さんがグランドデザインを持っていたことが素晴らしいと言うけれど、そのデザインの中身に踏み込まないと意味がないと思うのよね。「あの人にはリーダーシップがある」というのも同じ。リーダーシップを発揮してどちらの方向に進もうとしているのか?を具体的に語らないと空疎な言葉の羅列ですよね。選挙のビラがそうですね。「若さ」「やる気」「誠実」などという抽象的な言葉ばかりが並んでいる。

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3)寂しさの本質




カナダのIMMI Groupという移民関係のコンサルタント会社の調査によると、世界で最も寂しい国(lonliest country)はスウェーデン、二番目が英国で三番目は日本なのだそうです。彼らのいわゆる「寂しい(lonely)国」は全人口に占める「独り暮らし」の割合が大きいという意味であって、必ずしも「寂しがり屋が多い国」という意味ではないけれど、独居生活を嫌がらない人間が多いということは確かなようです。


日本語でいう「独り」を意味する英語には二つある(と思う)。一つは"loneliness"、もう一つは"solitude"です。両方とも「独り」なのですが、前者は「寂しい」という否定的な意味を持ち、後者は「気楽な独り暮らし」のように肯定的な意味がある。The Economistの姉妹誌 "1843" の2018年3月号に
  • HOW DOES IT REALLY FEEL TO BE LONELY? 寂しいとは実際にはどういう感覚なのか?
という見出しの記事が出ています。「寂しさの心理(真理)を問う」というわけですね。記事を書いたのはマギー・ファーガソン(Maggie Fergusson)という女性ジャーナリスト(55才)で、「寂しさ」に悩む人物に会って「寂しいとはどういう感覚なのか?」を聞き出そうという企画です。
  • いわゆる「寂しい人たち」とはどういう人たちなのか?彼らが抱えている苦痛とはどのようなものなのか?寂しさの心理とは?治るものなのか?それは生活における物質的な状況と関係があるのか?低所得者ほど寂しさを感じやすいのか?反対に金持ちの方がそれを感じやすいのか?
というわけです。

 
マギー・ファーガソン

彼女は熱心なカソリック教徒でもあり、カソリックの修行僧にも意見を求めているのですが、むささびにとって多少不満なのは、筆者自身が「寂しさ」のような感覚を内部に抱えているのかどうかが全く書かれておらず、最後まで他人事としてこの問題を扱っているように見えることです。

▼むささびジャーナルでは「寂しさ」とか「孤独」については、これまでにも何度か取り上げたことがある。英国のメディアでは比較的取り上げられる頻度の高い話題なのだろうと思います。また"loneliness"という言葉は「寂しさ」とか「孤独」という日本語に置き換えられると思うのですが、むささびはなるべく「寂しさ」という言葉にこだわってみたいと思います。個人的な感情に近くて親しみやすいからです。たまには「孤独」という言葉を使うかもしれないけれど、それは文章のリズム感が理由とでも考えてください。


アダム・フィリップス

「生まれつきの孤独」はない

「寂しい人たち」を探しに行く前にファーガソンが会ったのはアダム・フィリップス(Adam Phillips)という心理療法士(psychotherapist)です。現代社会を心理学の視点から分析することで知られており、エッセイストでもある。フィリップスによると、今の英国では「孤独人間」の多くが人間関係を理想化して考えすぎる(idealisation of relationships)のだそうです。そして往々にして相手に対して多くを求めすぎる。フィリップスによると「生まれつき孤独」(born lonely)とか「孤独の遺伝子」(loneliness “gene”)などというものは存在しない。大体が親子関係の破綻が理由で孤独人間になるのですが、責任は親にある。「大人になって寂しいと感じる人間は子供のころも孤独だったはず」(it is very likely that people who are lonely as adults were lonely as children)というわけであります。


交際サイトが寂しさを生む

レベッカ(女性)は現在35才、結婚できると思って付き合っていた男性と5年前に突然別れる。が、今でも結婚して家庭を持つことを望んでいることに変わりはない。英国では現在、インターネットの交際サイトに登録している人が700万人おり、レベッカもその一人。これまでに100回ほどデートをしたけれど、うまくいったためしがない。以前にも増して寂しさを感じる。彼女が属している交際サイトではこれまでに1305人が彼女の略歴を見ており、そのうち356人が「いいね」と言っているのに、です。

このサイトにおける自己紹介欄で、彼女は自分のことを「読書好きで旅行が趣味のハッピーな女」として紹介している。登録されている男性のニックネームを見ても「明るくて楽しい、おもろい奴」というイメージのものが圧倒的に多い。「そもそも特定のイメージで自己紹介をする必要があるなどと考えること自体が寂しいこと」とレベッカは思うのですが、自己紹介の自分と現実の自分との間の差がどんどん大きくなっていく。でも本当の自分(つまり寂しい女で生涯結婚なんかできないかもと心配しているような女)を見せてしまうと、それでお終いになってしまう、と彼女は考えている。
  • Q:寂しさというのは殆ど伝染病のようなものだ、と誰もが考えているってこと?
  • A:そういうこと。寂しさなんて、普通の人間にとっては絶対に嫌なものなのよ。
  • Q:この交際サイトに登録している人の中で自分が寂しい人間であることを認めている人間はいる?
  • A:絶対にいない。“NEVER!”
  • Q:ホント?“Are you sure?”
半信半疑でサイトの検索欄に“lonely”という言葉を入れてみたら、即座に“No soulmates found”(お友だちが見当たりません)と出た。


百万長者の寂しさ

英国に自殺予防の慈善団体として「サマリタンズ」(Samaritans)という組織があります。1953年創立というから、ほぼ70年の歴史を持っている。「あなたがいまどのような状況にあろうとも、サマリタンはあなたと共に考えます」(Whatever you're going through, a Samaritan will face it with you)と呼びかけているけれど、この組織によると「寂しさ・孤独」に悩まされているということで「サマリタンズ」に電話などするものではないと考えている人が結構いるのだそうです。「寂しさ」などはチャリティに相談するほどの問題ではないと思い込んでいる孤独人間が多いということですが、彼らは同時に自分が抱えている寂しさを認めることが「恥ずべきこと」(ashamed)であり、「情けないこと」(embarrassed)であると思い込んでいる。


40代半ばで、IT企業の経営者で不動産業も手掛けているジェームズもその一人。両親がお互いに憎み合っているという家庭環境で子供時代を過ごした。6才のころから両親と距離を置き始めた。ジェームズが9才のときに両親は離婚したけれど、そのころにはジェームズは両親からは完全に離れていた(completely separate)。同じに家に母と妹の3人暮らしだったが、彼らと一緒にいる時間は一日で15分程度だった。食事が出来たら食べて、また自分の部屋に戻って・・・という生活だった。学校でも大学でも孤独だった。そして20代の初めになって、自分が他者と交わるための何かが欠けている(ill-equipped)ということ気が付いた。
  • 周囲に適合できない。なぜそうなのか、分からなかったけれど、とにかく不適合。で、自分に対する懐疑心(self-doubt)のようなものを強く意識するようになる。なぜか怒りと不安を同時に覚えた。人間的な繋がりが全くないという状態、本当の欠乏感(real deprivation)を感じた。 
いつ自殺してもおかしくないような心境で毎日を過ごす中で、20年ほど前にサマリタンズに電話をかけた。一日に8回も電話することもあった。13年前に完全な精神病状態(complete mental breakdown)陥ったことがあるが、そのときもサマリタンズのスタッフが完治まで付き合ってくれた。
  • Q:で、寂しさというのはどのような感覚なのですか?
  • A:自分が全く価値のない存在であるという感覚だよ。世の中に適合できない、誰も自分のことを理解しない、自分も自分はダメ人間だと思う、世の中からはじき出されたという感覚(you feel rejected)だ。皆がパブへ行くのになぜか自分だけは誘われない。なぜなのか?自分にどこかダメな部分があるから(Because there’s something wrong with you)と考えるようになる。
ジェームズはサマリタンズに対する「寄付」は十分すぎるほど払っている。実はジェームズはITビジネスで大いに成功した百万長者でもある。富には恵まれているのに孤独からは抜け出せないでいる・・・いくらカネを持っていても、精神的な営みをカネで解決することはできない(However much money you have, you remain constrained by your mental processes)とジェームズは考えている。


孤独と貧困

ユアンは以前は賭け屋の店長をやっていたけれど、精神的にダウンしてしまってからは路上生活を送り、貧困者用の食事提供サービスの世話になったりしている。一人っ子で、生まれてからずっと独りだった(I’ve always been a loner)と感じている。「自分には他人と一緒にいるような価値がないし、人間関係を持つという価値もない。独りでいることが自分にとっての人生そのものなのですよ」とユアンは語る。
  • Q:で、寂しさというのはどのような感覚なのですか?
  • A:たっぷりと食事を出されているのに、食べられないでいるような感じです。 It’s like being offered a full meal, and not being able to eat it.”


「独り」でも「寂しさ」はない

サラ・メイトランドの場合は外の3人とは少し違う。職業が作家で、“A Book of Silence”とか“How to Be Alone”のような著作がある。この20年ほど、スコットランドの谷間の村で独りで暮らしている。いちばん近いショップまで20キロもある。離婚してここへ来る前には独り暮らしなどしたことがなかったので、さぞや惨めな生活が待っているだろうと思ってやって来た。が、彼女はこの暮らしの静かさに魅了されてしまった。都会で生活していたときに感じた空虚感(emptiness)は、大人になってからずっと感じていたもので、自分自身の性格のせいだと思っていた。しかしここへ引っ越してきてからはその感覚に襲われることがなくなった。

サラとのインタビュー後に筆者が思ったのは「独り」には違いないけれど、「寂しさ」のようなものはないということだった。サラのように人里離れた所で暮らすというような極端な方法をとらずに「荒涼たる孤独感」(desolation of loneliness)を「豊かな独り身」(richness of solitude)に変えることはできないものなのか?


ローレンス・フリーマン

「独り」こそが真の人間関係

そこで筆者が会ったのはカトリック教会の修道士で、ローレンス・フリーマンという人物だった。フリーマンによると、「独りでいること」(solitude)と「寂しさを感じる」(loneliness)とは別ものであるとのことだった。両方とも数の上では「一人」なのだけれど、"loneliness" には何かに失敗したからやむを得ず一人でいるという感覚、「恥ずべきこと」(shame)という感覚がつきまとう。他者との結びつきを求めてそれがうまくいかなかった場合、自分を責める傾向が強い。そして「責める」という感覚が時には自分を拒否した他者に向けられることもある。

"solitude"は自分自身のユニークさを発見してこれを受け入れる態度(discovery and acceptance of your uniqueness)のことである、とフリーマンは言います。自分が存在していることを実体験すること(actual experience of being)で、宗教者の場合は祈り(meditation)の中にそれを見るけれど、"solitude" 自体は必ずしも宗教的な行為ではない。
  • "Solitude" はすべての人間関係の基本にあるものだ。それぞれが持っている自分自身のユニークさが支配する世界に入ることによって、より深くて本ものの人間関係に入ることが可能になる。
というのがフリーマンという修道僧の発想です。要するに「自分自身でいること」が「他者との共存」にとって欠かせない条件となるという意味であると筆者(ファーガソン)は理解し、スコットランドで隠遁者のような生活を送るサラ・メイトランドにそれを見たと感じている。

マギー・ファーガソンの記事は、カソリック教の修道僧との次のような会話で終わっています。
  • マギー:寂しさを感じない方法を身につけるなどということはできるものなのでしょうか? So can you learn not to be lonely?
  • フリーマン:できると思いますね。独りでいることを楽しむこと。しかし寂しさから抜け出すのは難しいことです。 I think you can – by embracing solitude. But I think that coming out of loneliness is hard work.

▼"solitude"という言葉と"loneliness"という言葉をOxford Dictionaryで引いてみたら次のような説明が出ていました。
  • solitude:独りでいることが楽しい状態 the state of being alone, especially when you find this pleasant
  • loneliness:友人も話し相手もいない自分を不幸だと感じている状態 a feeling of being unhappy because you have no friends or people to talk to
▼つまり"solitude"は、基本的に独りを楽しむ状態であり、"loneliness"は「独り」が苦痛である状態のことであるわけです。

▼英国統計局(Office for National Statistics)によると、英国は欧州一の寂しい国(loneliness capital of Europe)ということになっている。独り暮らしの英国人は770万。いわゆるベビーブーマー(45~64)の間でも独り暮らしが増えている。1700万の英国人が結婚していない。100万人以上の高齢者が常に寂しさを抱えているけれど、それを家族を含めた誰にも打ち明けることが出来ないでいる。

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4) どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら 

ant:蟻

人間が普通に歩くときの速さってどのくらいだと思います?あるサイトに出ていた情報によると、老人・子供の場合は時速3.6キロだそうです(青年から中年で4.5キロ)。あなたは時速3.6キロで歩けます?時速3.6キロを秒速に直すと約1メートルです。つまり老人は1秒間に1メートル移動するということになるけれど、むささびの歩幅はおそらく50センチ程度だから「1秒間に1m移動」は信じられない数字です。が、それがおそらくスタンダードということなのでしょう。

で、(いきなり話題を変えて)アフリカのサハラ砂漠に生息する "Saharan silver ant" という蟻(あり)の場合の移動速度は時速3キロなのですが、世界最速の蟻(world's fastest ant)と言われている、ということがCNNのサイトに出ています。この蟻の1秒あたりの移動距離は855ミリ、即ち80.5センチだそうで、人間の高齢者の秒あたりの移動距離に比べると20センチほど少ないということになる。

ただこの蟻の身長が約8ミリということを考えると、1秒あたりの移動距離、855ミリは自分の身長の100倍を超える距離を移動するということになる。人間が1秒間に自分の身長の100倍を超える距離を移動するなんてことは出来っこない。(くどいようですが)むささびの身長は約170センチだから、サハラの蟻と競争するためには1秒間に170メートルも動かなければならないということです(ちなみに普通の蟻の歩行速度は1秒間に10センチだそうです)。

それにしても"Saharan silver ant"という種類の蟻はなぜかくも早く移動ができるのか?ドイツの研究者によると、サハラ砂漠の砂の温度が60Cにまで達するほど熱いので、足を長い間砂の上につけておくわけにはいかない。一本の足が地面についてから離れるまでの時間は7000分の1秒。要するに砂に触った次の瞬間にはもう離れているということ。もう一つの理由は、なるべく速く砂から離れないと足が砂に吸い込まれてしまうということだそうです。

いずれにしても、あのウサイン・ボルトの場合、100メートルを走る場合、平均すると1秒間に4歩走る。サハラ砂漠の蟻たちは1秒間に50歩移動しながら生活しているとのことであります。
 
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5)むささびの鳴き声 
▼中曽根さんの死に関連して、ある人がFacebookで、歌手の美輪明宏さんと中曽根さんの会話を紹介していました。初対面の美輪さんに中曽根さんが「キミらみたいなのは海軍魂を知らんだろうな」と言ったのだそうです。すると美輪さんは「ええ、年齢が年齢ですから、海軍魂は知りませんけど、原爆にやられました。竹槍の練習もさせられたし、銃後の守りでいろいろやらされました」と答えたうえに次のように反論したのだそうです。
  • でも、おかしいですね。そんなに海軍魂とやらが大層なものだったら、何で負けたんですか。向こうが原爆つくってる時に何で私たちは竹槍をつくらされてたんですか?
ここをクリックすると全文を読むことができます。中曽根さんの死についての新聞の社説を見ると「戦後政治の針路を変えた」「戦後史に刻む大統領的首相」「指導力発揮の政治貫いた」etcなどという(むささびの感覚からすると)空疎そのものの言葉が並んでいる。そんな中で美輪明宏さんの言葉を読むとほっとしますね。

▼中曽根さんもシンゾーも、憲法改正を日本にとっては最重要の課題と考えている。しかし憲法を変えることの何がそれほど日本人にとって素晴らしいことなのか?外国(アメリカ)から押し付けられたものだからと言うけれど、日本独自の憲法を持っていた明治時代は、日本人にとってそんなに素晴らしい世の中だったのか?そのような憲法を持っていた日本がアジア大陸で行ったことの善し悪しはどのように考えるのか?せいぜい「日本だけが悪かったのではない」という言い逃れを口にして自己満足するだけの話ではないのか?

▼美輪さんの言葉に中曽根さんは「憮然として立ち去るしかなかった」のだそうです。中曽根さんにもシンゾーにも美輪さんの感覚が分からないことははっきりしているけれど、中曽根礼賛のような追悼文を書いている政治ジャーナリストや大学教授も同じであるということ、これだけは分かっておきましょうよ、ね?

▼アフガニスタンで亡くなった中村哲さんについて、12月5日付の西日本新聞が「語録」を紹介しています。例えば次のような言葉:
  • 援助する側から現地を見るのではなく、現地から本当のニーズを提言してゆくという視点である。彼らはわれわれの情熱のはけ口でもなければ、慈善の対象なのでもない。
  • よく「日本だけが何もしないでいいのか」と耳にするが、今考えるべきは「まず、何をしたらいけないか」だ。民衆の半分が餓死しそうな状況を置き去りのままで国際協力を論じても、うつろに響く。
▼「彼らはわれわれの情熱のはけ口でもなければ、慈善の対象なのでもない」という言葉は痛烈です。ソ連によるアフガニスタン侵攻(むささびジャーナル332号)などは、当時のソ連にとっては正に「情熱のはけ口」であったわけです。そして惨めにも敗退した。それはアメリカによる「対テロ戦争」も同じです。オサマ・ビン・ラディンを捕まえるのと、アフガニスタン全土を爆弾攻めにするのでは話が全く違う。日本はそのアメリカの行動を側面から援助した。それは「情熱のはけ口」でさえもない。アメリカと仲良くすることが日本にとって得だからというだけのこと。

▼その日本の首相が中村さんの死について "I was shocked that he had to die this way" とコメントしても、どこか白々しいのよね。「このような死に方」(to die this way)の準備を整えた勢力の中にはアンタも入っているのよ。12月4日付のNew York Timesが ‘He Showed Us Life’(中村さんは我々に生きることを教えてくれたのですよ)という見出しで伝えています。Khewaという町の住民の口から出た言葉で、‘He was a leader to us’ とも言っている。その人は、おそらく中村さんが自分のことを「慈善の対象」とは見ていないことを察していたということですよね。

▼お元気で!

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