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017 フィンランドが気にするロシアの「歴史認識」

フィンランド最大の日刊紙、Helsingin Sanomatのサイト(英文版)を見ていたら「えっ?」と思うような記事が出ていました。題して「ロシアの新しい教科書ではスターリンが英雄扱い(Stalin portrayed as hero in new Russian school textbook)」。つまり歴史教科書の記述が問題になっているのは、日韓・日中だけじゃないんですね。

白状すると、ロシアとその「あちら側」(フィンランド寄りということ)の歴史など何にも知らないので、Helsingin Sanomatに出て来る人名・地名・出来事などについては分からないままに紹介してみます。

Helsingin Sanomatによると、ロシア政府は、現在使われている歴史教科書の中の20世紀・21世紀のロシア史については不満だとしており、このほどある学者グループが書いた教科書を「推薦」(recommend)することにしたのだそうであります。ロシア版の「新しい教科書を作る会」ですな。

この教科書は「スターリン政権が独裁的であったことは認めながらも、権力を集中させることで近代的な産業基盤が確立され、ソ連は近代化に成功し、先進国の民主的な価値観を受け入れるようになった」として、スターリンにも評価されるべき点はあったのだ、というニュアンスのことを言っている(とHelsingin Sanomatは書いている)。

Helsingin Sanomatが批判的に書いていることは他にもあります。

  • 「強制的な農業集団化は、ソ連が工業国家となるために避けることができないステップだった」とは書いてあるけれど、その過程でウクライナで飢饉が起こり数百万人が死んだということには全く触れていない。
  • 1940年にエストニア、ラトビア、リトアニアのバルト3国がソ連の一部になったことについて、あたかも自発的にソ連に加盟したかのような記述になっており、ソ連の赤軍が3国を占領し、これらの国の指導者を投獄してしまったという事実は全く書かれていない。
  • スターリンのテロについて、1935年〜1937年のことに触れ、80万人が処刑され、1800万人が収容所に入れられたと書いてある。が、実際には1950年代まで続いたテロ政治のトータルな犠牲者数には触れていない。
  • 1939〜40年、ソ連とフィンランドの間に冬戦争というのがあったのですが、これについてもロシアの新教科書は、あたかもフィンランドが戦争を始めたかのように記述しており、英国やフランスのみならず、ヒトラーのドイツまでもがフィンランドに味方したおかげで「フィンランドのソビエト化というコミンテルンの願いは実現しなかった」と、それがあたかも遺憾であるかのように書いている。
  • ソ連崩壊後の1990年代にさまざまな共和国がソ連から独立したことについても「必ずしもソ連から離れることを望んでいたわけではない」と注釈したりしている。

というわけです。

フィンランドの新聞が問題にしているロシアの歴史書き換えという話題は、11月10日付のThe Economistでも取り上げられています。こちらの場合は、フィンランドの問題ではなく、「書き換え」をしようとしているロシアの意図と事情を解説する記事になっています。

社会主義ソ連が崩壊して以来、ロシアは「公式イデオロギー」(official ideology)というものを持たずに過ごしてきた。ロシアのエリートたちは、ソ連時代の「壮大なる社会設計」(grand design)にはうんざりしており、現実主義(pragmatism)と物質的に豊かになること(enrichment)の方に力を注いできた。プーチンでさえ、2004年の時点で、自分の夢は「ロシアを経済的に競争力のある国すること(to make Russia competitive)」と語っていた。

それがエネルギー大国として力を持ち、世界的にも中心的な役割を果たしたいという念願が強くなるに及んで、ロシア人の意識を高揚させるような「何か」が求められるようになった。The Economistによると、ロシアという国では、国の現在や未来よりも「過去」を語ることに大いなる情熱が注がれるのだそうです。

ロシアがどのような国になるのかは、どのような歴史を選択するかということにかかっている。だからこそ、クレムリンは歴史を教えるという仕事を歴史家たちに任せておくわけにはいかないと考えるようになったのだ。(What kind of country Russia becomes will depend in large part on what kind of history it chooses. And that is why the Kremlin has decided that it cannot afford to leave history teaching to the historians)

今年の初めに歴史の教師たちを集めた会議があったのですが、そこでプーチンは次のように演説したのだそうです。

ロシアの歴史には、もちろんいくつかの問題になるようなページがある。しかしそれはどこの国も同じことだ。我々の歴史が抱える問題は他国のそれに比較すれば少ない方だし、他国の問題ほど酷いものでもない。(Russian history did contain some problematic pages. But so did other states' histories. We have fewer of them than other countries. And they were less terrible than in some other countries)

プーチンのメッセージは「何びといえども、我々に罪の意識を強制することは許されない(we can't allow anyone to impose a sense of guilt on us)ということにある、とThe Economistは言っています。

『ロシア現代史:1945-2006』というタイトルの教師のためのマニュアルが出ており、次のような事柄が含まれているのだとか。

  • 1991年のソ連崩壊はロシアの前進にとっては悲劇的な誤り(tragic mistake)だった。
  • スターリンの独裁は、アメリカが始めた冷戦に対処するための必要悪(necessary evil)だった。
  • ロシアは冷戦に負けたのではない。冷戦を終わらせたのだ。
  • ゴルバチョフは中欧・東欧を失うことによって、ソ連の安全保障ベルト地域をギブアップした。
  • 冷戦終結以来、アメリカによる反ロシア政策が進められ、ウクライナやグルジアで反ロシア革命が起こり、アメリカがロシアを攻撃するための跳躍台が作られた。

というわけで、ロシアはいま「新しい孤立」の時代にある(a new isolation of Russia)と書かれている。このマニュアルにはさらに次のような記述もあるそうであります。

国の経済が外国資本や外国からの輸入に依存し、世界市場が定める要件に準ずるようになると、その国は自分の利益を守れなくなる(If the national economy is dependent on foreign capital, on imports or the terms of the world market, such a country cannot defend its own interests)

そしてこのマニュアルの最終章は「主権的民主主義」(Soverign Democracy)というタイトルになっていて、政府のイデオローグである、ウラジミール・スルコフという人の考え方が紹介されている。

この人によると、ロシアに必要なのは、ロシアの国民性に適した政治体制であり、国際規準などは「外圧」として無視した方がいい。で、ロシアの国民性とは「本能的に強い指導者を希求する(instinctive longing for a strong hand)」性格であり、政治体制としては、中央集権・権力の個人化と理想化(centralisation, personification and idealisation of power)という形になるのが、ロシアという国の政治文化だ、とされている。つまり組織(institution)よりも強力かつ賢明なる指導者(strong and wise leader)の方が重要視されるということだ、ということです。

The Economistは「強力かつ賢明なる指導者」とはもちろんプーチン大統領のことであり、歴史教科書の書き換えも結局はプーチンを神格化するために行われているようなものだと言っています。

ロシアでは、学校でどの教科書を使うかは、今のところは自由なのですが、クレムリン版の歴史を見ると、その自由もそう長くは続かないかもしれない(the version of history now proposed by the Kremlin suggests that freedom may not last)」とのことであります。

▼最近、日本記者クラブで、ロシアのガスプロムというエネルギー関連の企業とビジネスを行っている商社マンの話を聞いたのですが、この人によると、プーチンが断固として決意していることの一つが「絶対に社会主義には戻らない」ということなのだそうです。そのことと、The Economistの記事で紹介されている「ロシア人の国民性に適した政治体制(強力な指導者による中央集権的民主主義)」なるものを合わせると、どういうことになるのでしょうか。個人崇拝的資本主義?国家中心資本主義?いずれにしても矛盾であることに違いない。

▼日中・日韓の教科書問題と絡めて考えると「何びとといえども、我々に罪の意識を強制することは許されない」というプーチンのメッセージは強烈であるという気がしませんか? (2007.11.25)

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