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日英グリーン同盟
大阪府枚方市

馬がなぜ障害者のリハビリを助けるのか

大阪・枚方市にある身障者更生施設「わらしべ園」の創設者である村井正直氏(77才)が、今から半世紀以上も前に米子医専(現在の鳥取大学医学部)に進んだのは「医者になれば金持ちになれる」という至って単純な動機であったそうです。苦学の末に念願叶って医師の国家試験にパス、晴れて消化器外科医として開業「人間の胃腸の手術に明け暮れる毎日」を送るようになった。

脳性麻痺児との出会い

と、そのまま順調に行けば「金持ち医者」になれた筈であったのですが、ある日「全く唐突に」脳性麻痺の子供が村井氏の前に現れたことで、人生変わってしまった。寝たきりのその子を目の前にしながらどうすることもできず完全にお手上げ状態。彼が学んだ医学書には「脳性麻痺」のことなどほんの数行しか触れられていなかったのです。 村井氏は、当時脳性麻痺の治療の第一人者といわれたボバス医師を訪ねて英国へ渡った。それが半世紀にわたる脳性麻痺との付き合いの始めとなる。

その当時、脳性麻痺患者は「恥ずべき存在」として家族も世間から隠そうとしたので、社会的には「存在しなかった」ようなものであったそうです。「金持ちになりたい」はずの彼が何故、当時殆ど注目もされなかった「この道」にのめり込むことになったのか・・・。突如として慈悲と慈愛の精神に目覚めてしまったのか?このあたりのところを村井氏はエッセイの中で「(脳性麻痺の子供を前にして医者として何も出来ないでいる状態に)「悔しさが募った」と言っています。医師としての意地のようなものであったということなのでしょうか?「意地」の世界では理屈というものは成立しない。「やりたいからやるのだ。文句あっか!」という世界です。

ボバス医師を訪ねてロンドンを訪れてから30年の彼の脳性麻痺との付き合いを細かく書くには柔道との付き合い、ハンガリーにおけるペトゥ法という脳性麻痺児のリハビリシステムのことなどに触れなければならず、本が一冊必要になるので止めておいて、2002年、村井氏の「わらしべ園」に日英グリーン同盟のイングリッシュオークが植えられるにいたったストーリーだけを簡単に記しておくことにします。

アン王女の施設訪問

脳性麻痺との付き合いの中で「乗馬による身障者療育(ヒポセラピー)」を行っている英国のRDA(Riding for the Disabled Association)という組織に巡り会ったのが1991年のこと。その組織との交流を通じて北海道の大滝村や浦河町にあるわらしべ園の関連施設でこれを実践していた1999年、RDAの総裁であるアン王女が訪日、その際に枚方のわらしべ園を訪問するという出来事があった。それを英国大使館のスタッフが覚えていて、日英グリーン同盟のオークが植えられることになったというわけです。

イングリッシュオークは枚方と北海道にある二つの関連施設にも植えられました。ちなみに枚方の敷地内にはアン王女の訪問記念のクロガネモチの木も植えられており、グリーン同盟のオークはそれらの木と一緒に並んで立っています。村井氏はイングリッシュオークの返礼として、日本の桜の木を英国内にあるアン王女やRDAに関連した敷地に植えることになっています。

何故「乗馬」なのか?

障害者のリハビリに何故乗馬なのかについて、村井氏は次のような点を挙げています。

@身体的な効果:馬の歩行は左右対称の運動であり、肢体不自由者の非対称の姿位を対称化するのに役に立つ。
A感覚的効果:馬が歩くときの上下・左右・前後の揺れ、馬の背中の丸み、温かい馬の体温(人間よりも一度高いのだそうです)・・・これらがバランス感覚を養ったり不安感を取り除くのに役に立ったりする。
B情緒的効果:馬の背中にまたがると周囲を見下ろす・見張らすことになって、それが達成感・優越感・解放感につながる。

自立性の醸成

村井氏はさらにこれらの効果がお互いに「キャッチボール」のように反響しあって自主性・創造性・積極性が生まれるとしています。また障害者と馬との付き合いは単に「乗ること」だけにはとどまらず、餌をあげる・ブラッシングをする・寝る前に馬の体温測定をする等などの「仕事」も含まれる。これらの仕事を通じて「それまでの世話をされる一方の他力本願的生活体系の中に、世話をする側に立つ」ことで責任感や自立性の醸成に役に立つことも指摘しています。

村井氏は「脳性麻痺児に対して医学的なアプローチのみに専念しすぎると母親の方が育児ノイローゼになってしまい、母子の間の心理的疎通障害が起こって、子供の精神運動発達がそこなわれがちになる」と指摘しています。「馬に乗った子供の笑顔が母親のノイローゼを治癒し、そのことが母子のその後の治療や教育に非常に良い影響を与える」というわけです。医師でありながら、必ずしも医学万能を信じていないということのようなのです。

負の人間性を変革

彼のエッセイには「安全や利便性、豊かさや快適性のみを追求するあまりに培われた"負の人間性"を変革すること」が強調され、そのためには「人と馬が、かつてそうであったような良い関係を再現することが極めて有用かつ大切」であると書かれています。「犬は嗅ぎ・馬は感じる」と言った作家がいるとか。「どんなに血の気の多い馬でも精神障害者を乗せるとおとなしくなる」そうで、わらしべ園での体験によると、大学の乗馬部にいた経験を持つスタッフを落馬させる馬が、障害者を乗せると全くおとなしくなるのだそうです。

「金持ちになりたい」と思って医者になった村井氏が、その希望(?)を「わらしべ園」で叶えることができたのか、私(春海)にはよく分かりませんが「あの時よくぞあの脳性麻痺の子供に出会っておいたものですよ」と言っています。「どういう意味ですか?」という私の問いに、「あの子に会わなかったら、私、ただの"金持ち医者"になっとったかもしれないのですよ・・・」と言っておりました。どうやら大真面目にそう思っているようです。
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