027 幸せの追求とアメリカ精神@ | |
私がいつも参考にするThe Economistという雑誌のアメリカ・セクションにLexingtonというコラムがあります。どちからというと英国関連の記事に興味があるので、このコラムは普段余りマジメに読むことはないのですが、2006年6月29日付けのコラムは、アメリカ人の幸せ追求感覚について述べられており、筆者のアメリカ観が出ていて非常に興味深いものがありました。このコラムの筆者が英国人なのかどうかは定かではないけれど、この記事に関する限りヨーロッパ人であることは間違いない。 アメリカで7月4日(July 4th)というと独立記念日に決まっています。この記事もそれにひっかけているのですが、トマス・ジェファーソンが起草した「独立宣言」(1776年)は面白くもなんともない(dull)としながらも、前文にある「全ての人間は平等に造られており、不可侵なものとして、生命・自由・幸福追求(life, liberty and the pursuit of happiness)の権利がある」と謳った部分のみは、「アメリカ人をアメリカ的ならしめているもの」(that makes Americans so American)としています。 ●個人としての幸福の革命性 The Economistの筆者は、この宣言を書いたアメリカの建国者(Founding Fathers)たちこそは、「個人の権利と幸福の追求」(individual rights and the pursuit of happiness)という二つを結び付けて考えた最初の政治家たちであるとしているのですが、この二つは「爆発の危険性のあるコンビネーション」(explosive combination) であると同時に、アメリカと旧ヨーロッパとの決定的な違いを表わしているとしています。 つまり当時のアメリカ開拓者たちが捨ててきたヨーロッパ諸国には、それぞれの国に共通の伝統とかアイデンティティ(この英語の上手な日本語訳を教えてください)、あるいは「公共的道徳心」(public virtue)のようなものがあった。言い換えるとそれぞれの国民が「神聖なる支配者」の下で、それぞれに与えられた役割を従順に果たす・・・そのような社会がヨーロッパであったわけです。 旧約聖書にヨブ記というのがあって、そこには「人間、生まれつき苦しみを背負っている。そのことは火が上昇していくのと同じくらい当り前のことだ(man is born unto trouble, as the sparks fly upward)」と書かれている。アメリカ人は宗教心の深い人々であるにもかかわらず、アメリカ文明というものは、まさにこのヨブの言葉(人間、生まれつき苦しみを背負っているという言葉)に対するアンチの証明としてこれまで発展してきたと言える (Americans, for all their overt religiosity, have dedicated their civilisation to proving Job wrong)というのが筆者の見方です。 ●「幸せ」を求めれば求めるほど「不幸」になる? The Economistの筆者は、アメリカ中どこへ行っても「追求」(pursuit)だらけだと言います。アメリカ人の労働時間は年間平均で1731時間、ドイツのそれは1440時間。これも幸福の追求のため。またアメリカ人は「幸福の追求」のためなら引越しは普通で、現在年間平均4000万人がよりよき住みかを求めて移住するのだそうです。アメリカ人はさらに自分に合った教会を求めて歩き回ることもいとわない。これも全て「幸せの追求」というわけです。 こうしたアメリカ風「幸せの追求」については、アメリカ内外から批判がいろいろとある。その一つとして「幸せという幻想を追えば追うほど、ホンモノを見失う」(the more you pursue the illusion of happiness the more you sacrifice the real thing)ということがある。例えば、良い生活を求めて引越し・移住を繰り返すことが、離婚を増やし、不幸な子供を増やすという結果になっている。また今日のアメリカ人は30年前に比べると「親しい」友人の数がはるかに少なくなっているという調査結果もあるのだそうです。 さらにアメリカ人は「幸せ」即ち「モノを所有すること」と思い込んでいる、と批判する向きもある。値の張る靴を所有することが、本当に「幸せ」に通じるのか?ということです。 ●アメリカ人の圧倒的多数がhappy people! 「幸福感などという話題に世論調査がどの程度役に立つものなのかは疑問だ」としながらも、The Economistの記事は、アメリカ人が結構幸せな人々であることを示す調査をいくつか挙げています。Pew Research Centreという研究所が今年行った調査によると、84%のアメリカ人が「非常に幸せ:34%」(very happy)もしくは「かなり幸せ:50%」(pretty happy)と答えているのだそうです。Harris Pollによるもう一つの調査によると、95%が自分の家庭について満足しており、91%が社会生活についてfeel goodと答えている。 Pew Research Centreの調査をもう少し詳しく見ると、年間収入10万ドル以上の所得層の49%が「幸せ」であるのに対して、3万ドル以下の人ではこれが24%に下がる(ということは、お金のあるなしが幸福感に影響しているということです)。アメリカ人の場合、さらに忘れられないのは宗教と幸福感の関係で、週に一度は教会へ行く人の43%が幸福であるのに対して、月に一度の人は31%に、殆ど行かない人の場合はこれが26%と低くなるというわけです。 この記事よると、アメリカ人の幸せ追求を理解することは、昨今のアメリカ政治を理解することにもつながるらしい。ここ数年、共和党が成功している最大の理由は、民主党との「幸せ格差」(happiness gap)を生み出したことにある。共和党の支持者の45%がvery happyとしているの対して民主党の場合はこれが30%にとどまっている。 ここで言う「very happyな共和党支持者」の典型とは、自宅には大きな庭があり、そこでハンバーガー・バーベキューを楽しむ、その一方で自宅の玄関には立派な星条旗がひるがえっている・・・そんな人たちのことです。それにひきかえ民主党支持者はというと、地球の温暖化だの何だのという「暗い話題」が多い。これから民主党が甦りたいと思ったら、共和党的なvery happy peopleと如何にして関連付けることが出来るか考える必要があるとのこと。 ●だからアメリカ人は嫌われる!? 尤もThe Economistの記事は、アメリカ人の幸せ追求によって国外における反米意識が高まっているということもあるとしています。「反米意識」にも二通りあって、一つはアメリカがジェファーソンらの言うような理想を実現していないということに対する批判です。 が、もう一つは正反対で、「ジェファーソンが意図したとおりのことをやっているから嫌だ」(others dislike America precisely because it is doing exactly what Jefferson intended) というものです。大きな車を乗り回し、巨大なマンションを手に入れるという「幸せ追求」を、環境面からも美的感覚からも、とても受け入れられないと考えているヨーロッパ人がいるわけで、「アメリカ人みたいにあけすけな情熱を以て幸せを追求したら、どうしたって世界の多くの人々を不幸するということもある」(You cannot pursue happiness with such conspicuous enthusiasm without making quite a lot of people around the world rather unhappy)というわけです。 ▼おそらく英国人であろうコラムニストが書いた、このエッセイの中で、私が最も面白いと思ってしまったのは「人間、生まれつき苦しみを背負っている」(man is born unto trouble)という聖書のヨブ記の言葉を引用しながら、「アメリカ人はこの言葉が間違っていることを証明するために身を捧げて文明を発展させてきたのだ」と言っている部分です。この部分、もっと書きたいのですが、ただでさえ長くなっているのに、これ以上長くするのも気がひけるので、ここからあとは別のところに掲載します。 |