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2009年7月19日 |
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今年も熱射病の季節がやってきました。いつのころからか、私、暑さに恐怖を覚えるようになりました。地球温暖化とは関係ない(と思う)。年をとったということです。 |
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目次
1)英国の盗み見ジャーナリズム
2)ウイグル人はアメリカ・インディアン?
3)マクナマラとTHE BEST AND THE BRIGHTEST
4)自民党の終焉
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声
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1)英国の盗み見ジャーナリズム |
7月11日付のInternational Herald Tribune (IHT) のサイトに「英国が直面する盗み見ジャーナリズム」(Britain Confronts Cloaked Journalism)という記事が出ていました。大衆紙のThe News of the Worldが私立探偵を雇って有名人の携帯電話を「盗聴」したことがある、ということをThe Guardian紙がすっぱ抜いて話題を呼んでいることについての報告です。The News of the Worldは、あのオーストラリアのメディア王、Rupert Murdochが所有する News Internationalというメディア・グループが発行している日曜紙で発行部数は約350万部。英国最大の大衆紙、The Sunの日曜版です。
The Guardianによると、The News of the Worldがこの種の「取材活動」を行ったのは2007年以前のことなのですが、携帯を盗み見られた相手というのが、政治家はもちろんのこと、芸能人やスポーツ選手のような有名人が含まれている。しかもThe News of the Worldが、被害者のうちの3人に対して、合計160万ドル(1億6000万円)を超える口止め料を払っていたということで、余計に騒ぎが大きくなっているわけです。
この件についてNews Internationalは声明を発表し、The Guardianの報道は「無責任」(irresponsible)で「根拠がなく」(unsubstantiated)、しかも「誤っている」(false)と主張しているのですが、肝心の口止め料を払ったのかどうかについては触れていない。
最近の英国では、政治家による「経費スキャンダル」(expense scandal)もDaily Telegraphが、金を払って議員の個人情報を入手した(と伝えられた)こともあって、政治家の反メディア感が高まっており、より厳しいプライバシー保護法を作ってメディアの違法な取材活動を規制しようという話もある。英国にはメディアの自己規制機関としてPress Complaints Commissionという組織があって、報道により損害を被った人からの訴えを受け付けてはいるのですが、これは「大して強い組織ではないと見られている」(it is generally seen as weak)とIHTのロンドン特派員は伝えています。
下院にはメディアの報道活動について検討する委員会があるのですが、委員の一人であるPaul Farrelly議員(労働党)は「報道活動を規制することの難しさの理由の一つに、英国の新聞業界には、"責任ある新聞"(responsible newspapers)と"ますます野蛮になっているタブロイド紙"(an increasingly feral tabloid press)が混在していることがある」としながらも、次のように語っています。
英国の新聞の精神分裂的性格を相手にバランスをとるということは、常に困難を伴うものだ。しかし、これは立ち向かう必要のある問題であることは間違いない。Striking a balance, with the schizophrenic nature of the U.K. press, is
always going to be difficult, but it is an issue that needs to be addressed. |
The Guardianが伝えるThe News of the Worldの好ましからぬ取材活動が行われた当時の編集長がAndy Coulsonという人なのですが、彼は現在保守党の報道担当官を務めています。「Coulsonは辞任すべきなのでは?」という報道陣の質問に対して、Cameron党首は「理由もなく新聞が個人のプライバシーに踏み込むのは良くない。だからAndy
CoulsonはNews of the Worldを辞職したのだ」として、次のようにコメントしています。
どんな人にもセカンド・チャンスを与えるべきであると思っている。Andy Coulsonは保守党の報道担当官として立派な仕事をしているし、やり方も常に適正かつまっとうだ。I believe in giving people a second chance. As director of communications
for the Conservatives he does an excellent job in a proper, upright way
at all times. |
▼労働党のPaul Farrelly議員が、英国の新聞業界について、「責任ある新聞」と無責任?大衆紙が混在していることが、メディアの問題を考えることを難しくしている、と言っているのは面白い。いかにも英国ですね。日本のように似たような大新聞(おとなしい新聞)が市場を独占しているのと違って、ハイエナ的タブロイドの方がたくさんの人に読まれているわけですからね。 |
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2)ウイグル人はアメリカ・インディアン? |
中国の新疆ウイグル自治区で起きた大規模暴動については、メディアでも連日のように報道されていますが、英国のThe Prospectという雑誌のサイトに、New America Foundationというthink
tankのシニアフェローであるParag Khannaという人がChina’s final frontier(中国最後のフロンティア)という記事を寄稿しています。かなり長いものなので、ここで詳しく紹介することはできませんが、非常に興味深いのは「中国人の心理からすると、チベットと新疆が存在しない中国は、ロッキー山脈から西が全く存在しないアメリカのようなもの」(Psychologically, China without Xinjiang and Tibet would be like America
without all land west of the Rockies)と述べている点です。
中国の発展は、東部の漢民族が西部の辺境の地を開拓するという形をとってきたわけですが、それはアメリカの発展が「東から西へ」という歴史をたどったのと同じですね。その過程において、アメリカでは原住民であるインディアンが白人によって征服されて特別居住区のようなところに押し込められてきた。と同じようなことが中国でも行われてきた。漢民族はアメリカ史の白人、チベット人やウイグル人はインディアンと考えればいいわけです。
漢民族の中国人は、チベット人やウイグル人は野蛮人であり、漢民族は文明化という使命を負っている、と教えられてきた。それは植民当時のアメリカ人と同じことだ。白人は遅れた人々や遅れた地域に、発展と近代化をもたらしていると教え込まれていたのだ。Han Chinese have been taught to think of Tibetans and Uighurs as barbarians,
viewing their mission civilatrice today the way American settlers did:
they are bringing development and modernity to people and places that have
always lacked them. |
とParag Khannaは述べています。
▼私が子供のころ、アメリカの西部劇には必ず「野蛮なインディアン」が登場していましたね。それも並みの野蛮ではない。岩陰から「ホ・ホ・ホ・ホ・ホー!」という叫び声をあげながら斧を持って白人に襲いかかるのです。いまにして思うと、あの描かれ方はひどいものだった。白人が向かったのは、ゴールドラッシュの西部であったわけですよね。Parag Khannaによると、新疆には石油あり、石炭あり、ガスあり、ウランあり・・・で天然資源の宝庫であるわけです。確かに漢民族の西方進出はアメリカの西部開拓と似ていなくもない。 |
一方、7月11日付のThe Economistも社説でウイグル問題を取り上げています。社説の見出しはBeijing's nightmare(北京の悪夢)で、短いイントロが社説のメッセージを代表しています。
ウイグル人たちの反乱は、国民はいつも喜んで自由を経済的な繁栄と引き換えにする、という中国の考え方にクギを刺すものになっている。The Uighurs’ revolt undermines China’s idea that its people will always
happily trade freedom for prosperity. |
今回の暴動で思い出すのが昨年のチベットにおける騒乱ですが、The Economistによると、両方に共通しているのが、その地域の近代化(経済的繁栄)が中国支配に対する地元民族の反感を和らげるものになっていないということです。ウイグル人にとってもチベット人にとっても、経済的な繁栄と、中国の国民の92%を占める漢民族の進出が切り離せない問題になっているということです。
ただ北京の中国政府にとって、ウイグルとチベットは問題の性格がかなり異なる。チベットの場合、ダライラマという世界的に有名な指導者が存在するので世界の同情を呼びやすい。ダライラマはハリウッドの映画スターにも友人が多い。それに対してウイグル人の場合は、ワシントン在住のRebiya Kadeerという女性(ウイグル解放指導者)のことなどほとんど誰も知らない。しかも中国はウイグルの反中国独立派をイスラム・テロリストと呼ぶことで、アメリカの「対テロ戦争」に加担するという印象を与えることができた。実際、ウイグル人の何人かは、タリバンと関係したということで、アメリカのグアンタナモ収容所に入れられたりもしている。
つまり世界のメディアにおける露出度という意味ではチベットにおける反乱の方が、中国にとっては脅威ということになる。しかし北京政府にとってはウイグル反乱の方が、より大きな脅威となっている。それはウイグル人がイスラム教徒であるということによる。The Economistによると、中国にはサウジアラビアよりも多くのイスラム教徒が存在しており、その人たちの反中国人(漢民族)感情に火をつけかねない。世界中のイスラム教徒はいうに及ばずです。
新疆のウイグル人の多くが、何十年にもわたる漢民族の流入によって、土地を奪われ、宗教の自由は剥奪され、自分たちの伝統文化が失われていると感じている。1949年の時点で、新疆の人口の75%がウイグル人であったのに、いまではこれが45%にまで落ち込んでいるのですね。
中国は(これらの騒乱を)国内・国外の少数派のせいにして、騒乱の背後にある不平・不満を認めることはしないだろうし、ましてやそれを正すことはしないだろう。チベットも新疆も無秩序な植民地として抑圧されてしまうだろう。China will blame an evil minority at home and abroad. It will make no attempt to acknowledge?let alone redress?the grievances behind the outburst. Tibet and Xinjiang will be suppressed as if they were unruly colonies. |
というのが現実なのですが、「それは長続きするのか?」(Is this sustainable?)というのがThe Economistの疑問です。経済的に繁栄さえすれば、不満はないだろうという前提を受け付けないのは、チベット人とウイグル人だけとは限らないというわけで、Falun Gong(法輪功)運動への参加者の数は知れないし、キリスト教との数は共産党員(約7500万人)を上回っているかもしれない。さらに地方の官僚に土地を収奪された農民もいるし、不自由な社会にフラストレーションを抱いている若い世代も・・・。
新疆の騒乱は抑圧政策をとることで、簡単に抑え込むことはできるし、中国自体の領土が脅威にさらされているわけでもないけれど、実は同じように大切なものが脅威にさらされている(something just as important is under threat)というわけで、
(その大切なものとは)「和」というものである。それは中国でも最も大切な価値観であり、それなしには現体制そのものがもたなくなってしまうだろう。the harmony which the government espouses as China’s greatest national value, and without which the regime will find it harder to survive. |
というのがThe Economistの結論です。
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3)マクナマラとTHE BEST AND THE BRIGHTEST |
7月6日にアメリカのロバート・マクナマラ元国防長官が93才で亡くなりましたね。マクナマラが国防長官であったのは、1961年の初めから1968年の初めのことですが、就任したばかりの1961年、下院歳入歳出委員会での公聴会では次のような発言をしています。
我々がアメリカ軍を守り、我々の目的を達成するために必要と思えば、どこででも核兵器を使用するというのがアメリカの政策である。It would be our policy to use nuclear weapons wherever we felt it necessary to protect our forces and achieve our objectives. |
しかし、私のような年代の人間には、マクナマラといえばベトナム戦争です。マクナマラ氏は、ベトナム戦争から約20年後に出版したIN RETROSPECT:THE
TRAGEDY AND LESSONS OF VIETNAMという「ベトナム戦争回顧録」の序文で次のように述べています。ちょっと長いけれど紹介させてください。
我々は、ケネディ政権とジョンソン政権にあってベトナムについて決定を下した。我々は、この国(アメリカ)が依って立つ原理原則と伝統に従って行動したのだ。我々はそうした価値観に照らしてものごとを決めたのだ。が、我々は間違っていた。どうしようもないくらい間違っていた。我々には未来の世代に対して、なぜ間違いを犯したのかを説明する義務がある。"We of the Kennedy and Johnson administrations who participated in the decisions on Vietnam acted according to what we thought were the principles and traditions of this nation. We made our decisions in light of those values. Yet we were wrong, terribly wrong. We owe it to future generations to explain why." |
つまり、ベトナム戦争は間違っていた、というわけですね。この本(私は読んでいない)については、例えばアーサー・シュレジンジャーのような人が、マクナマラを「勇気があって正直な人物」と激賞している。マクナマラはまたドキュメンタリー映画のThe
Fog of War(2003年)の中で、ベトナム戦争の誤りについて延々語っていましたね。元国防長官の懺悔という感じでした。確かこの映画はアカデミー賞をもらったのですね。
これも私のような世代だけかもしれないけれど、ベトナム戦争とマクナマラといえばニューヨーク・タイムズのデイビッド・ハルバスタム記者が書いたTHE BEST AND THE BRIGHTESTという本ですね。J・FケネディとL・Bジョンソンという二人の民主党大統領(特にケネディ)がどのようにベトナム戦争にのめり込んでいったかを記録した本だった。その中で重要な役割を果たしたのがマクナマラ国防長官だったわけです。
この本の中でハルバスタムはマクナマラについて次のように紹介しています。
彼の周辺にいた人々にとって、マクナマラは時として罪のない理想主義者とうつったかもしれない。彼は権力について話をしたこともないし、権力を熱望しているようにも見えなかった。しかし事実は全く異なる。彼は権力を愛し、懸命にそれを追求した人物であったのだ。Sometimes, to those around him, he seemed so idealistic as to be innocent. He never talked about power and he did not seem to covet it. Yet the truth was quite different. He loved power and he sought it intensely... |
かなり厳しいですね。THE BEST AND THE BRIGHTESTが出たのは1972年。そのころマクナマラはすでに世界銀行の総裁だった。ハルバスタムは2007年に死去したのですが、彼のマクナマラ批判は「ベトナム回顧録」やThe Fog of Warのような「懺悔」以後も続いています。2005年1月付のWashington Post Book Clubのサイトがこの本を取り上げたときにゲストとして読者からの質問に答えて、
私はマクナマラの言うことは全く信用していない。彼はベトナムが生んださまざまな嘘つきの中でも最悪の嘘つきだったからだ。何度も何度も嘘をついたのだ。私に関する限り、マクナマラの信用性はゼロなのだ。彼の中に真実を語るという姿勢そのものがなかったのだ。彼こそが戦争エスカレートの推進役だったのだ。Well I wouldn't trust anything Mr. McNamara says because he was again and
again the most egregious of the liars produced by Vietnam. He has zero
credibility with me because it was not within him to tell the truth and
because he was a driving force for the escalation. |
と言っています。
ハルバスタムはまた、何をもって"勝利"とするのか、という点でベトナム戦争は第二次世界大戦や朝鮮戦争と違っていたということを挙げています。すなわち、それまでの戦争の場合、敵の陣地や領土を獲得することが勝利であるとみなされたけれど、ベトナム戦争におけるアメリカは領土的な野心を持っていたわけではない。それでも国防長官としてのマクナマラはベトナム戦争でアメリカが勝っているということを数で示す(quantification )ことが必要だと思っていた。これを察した軍関係者が採用したのが、敵(ベトコン)のボディカウント、つまり死体の数を数えて報告することだった、とハルバスタムは言っています。
Washington Post Book Clubのディスカッションは一読に値します。
▼個人的な思い出話ですが、私はベトナム戦争が泥沼化し、米国内で反戦運動が盛り上がっていたころにアメリカに滞在していました。そのときに仕事の関係で毎日のように目にしたのが、アメリカの通信社から送られてくるテレックス情報だったのですが、ベトナム関連の戦地報告の最後に必ず付記されていたのが、このボディカウント情報だった。
▼もちろんマクナマラが「ベトコンを何人殺したか、毎日報告しろ」と言っていたのではない。軍の幹部が勝手にそのように推測したにすぎません。それにしても敵兵の死体の数が戦果になる、と考えること自体が、どうかしていたのですよね。それを通信社が毎日のように報道していたのだからどうしようもない。ほとんど「大本営発表」に近かったのでは?いまアフガニスタンからの報道で「タリバンを何人やっつけた」というのを見ると、あの当時のベトコンを考えてしまう。
▼そのころ反戦デモをやる若い人たちが4拍子で叫んでいたのがHey hey LBJ, How many kids did you kill today?というスローガンだった。LBJはジョンソン大統領のことです。大統領に向かって「アンタ、今日は何人の子供を殺したのさ」と叫ぶものだった。 |
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4)自民党の終焉 |
7月16日付のThe Economistに「自民党の終わり」(End of the line for the LDP)というエッセイが掲載されているのですが、そのイントロは「日本の変化は自民党よりも速かった。自民党はいまや永久に衰退しつつある(Japan has long been changing faster than its Liberal Democratic Party,
which is now in terminal decline)」ということで、世の中の変化に追いついていけなかった政党の没落として語られています。
エッセイはまず自民党の創立の背景について、「麻生太郎の祖父である吉田茂と鳩山由紀夫の祖父である鳩山一郎が社会主義勢力から日本を守る」ために作ったもので、彼らが作った政治制度は「変化することへの抵抗システムを明確に意図したもの」だった(the political system they devised seems expressly designed to resist change)。
日本や中国における共産主義革命の可能性、ソ連の影響力の増大などに直面したアメリカは、自民党ができる7年も前の1948年のころから日本を保守の方向に押しやろうとした。日本の軍国主義は社会主義・共産主義よりは危険でないとみなされた。1950年6月〜1953年7月の朝鮮戦争に勝つために、アメリカとしては経済力が復活した日本を必要とするようになった。
こうして形成された日本という国の性格は、反共主義・反市民主義的な政治と国家指導による経済発展というものがミックスする国であり、政策はすべて官僚によって作られるお役人主導国家だった。また第二次大戦に敗れて解体したはずの「財閥」は「複合企業体」としてサポートされ、かつての戦犯が首相になり、やくざが政治家と結びついて左翼の抑圧を行うような国となった。
他のもろもろと同じように、この政治・官僚体制はしっかりと作られ、これまで続いてきた。しかしその起源および日本に与えた影響は究極的には腐ったものであったのだ。The political and bureaucratic system was solidly made and has lasted,
like so many things in Japan. But its origins, and its effects on Japan,
were ultimately rotten. |
The Economistのエッセイは、日本が奇跡の経済成長をとげていたブームのころには、政治家+官僚+企業の3者によって作られた「社会契約」のようなものがあり、ほとんどの日本人はそれによって「買収」(bought off)されていた、と言います。企業はお役人に守られ、それによってサラリーマンの職場が確保され、中流生活が保障されたのだというわけです。
この「社会契約」は経済が高成長を続けている間は成り立っていたのですが、70年代前半の石油ショックで終わった。自民党は本来ならこのときに終わっていたのかもしれないが、それに代わる政党が存在しなかった。政治の世界における競争がなかったということです。結果として起こったことは、政権交代ではなく、汚職の蔓延と派閥政治の横行だった。金集めの上手な政治家が力を持つという政治です。首相としては「驚異的に腐敗していた(astonishingly corrupt)」あの田中角栄は、いまでも蔑まれるよりも称賛されることが多い(more often praised than cursed)というのが日本という国なのだ、とThe Economistは言います。
ヨーロッパでは、民主主義が汚職によって弱められるものだが、日本の場合は反対で、汚職が民主主義によって弱められている(Europe’s democracies were moderated by corruption. Japan had corruption moderated by democracy)。 |
つまり日本の政治は腐敗が普通で、それを民主主義が多少なりとも救っているということですね。
自民党は一時的に政権を失ったこともあるし、小泉の登場で新しい生命が吹き込まれたかのように思われたこともあったけれど、変化を好まない政治(change-resisting features of politics)と、経済的にも社会的にも刻々と変化する社会の現実との間のギャップが広がりすぎて、このようなやり方ではこれ以上もたないというところまできていたというわけです。
▼つまり自民党の保守派が古い政治のやり方を保守したくても、それを許さない現実というものがあったというわけですね。例えば、企業はかつてのように終身雇用など保障できないし、政府も企業に代わって社会保障の義務を負うこともできないということです。女性の社会進出を進める一方で「女は産む機械」と発言する大臣がでたりする。 |
The Economistによると、いまや自民党は「改革」というみせかけは、ほぼかなぐり捨てた。党内には「小泉チルドレン」のような近代化促進派もいるが、彼らは8月30日の選挙では、まず最初にはじき出されるだろう。そして金づるがあり、昔の支持基盤もある古いグループだけが生き残るだろうというわけです。このエッセイの結びは次のようになっています。
自民党という政党は、長期にわたって崩壊の道を辿ってきた政治制度の中枢と「かなめ石」の役割を担ってきた。変化を遂げるということは、単にかなめ石を置き換えるということにとどまらず、石が置かれたアーチそのものを建て替えるという作業をも意味するのだ。それは大きな痛みを伴う作業なのだ。The party was the keystone of a political system that has long been crumbling.
To effect change means not just replacing the keystone but painstakingly
rebuilding the arch. |
▼考えてみると、自民党がなぜほぼ60年間も権力の座にありつづけることができたのか、不思議ですよね。独裁政治でもないのに、です。Financial TimesのDavid Pillingによると「日本は、アフマディネジャド(のような独裁者)が、全く民主的に大統領になれる、世界で唯一の国なのでは?」と言っています。それは有権者が変化を嫌い、現状維持を望んだからですよね。自分たちが何もしなくても「お上」がなんとかしてくれるという「現状」を変えたくなかった。そのことはさして不思議ではないし、日本だけに起こっていることではない。人間、自発的に変化・変身はしない。状況に応じて、仕方ないから変わるのです。オバマを選んだアメリカ人も同じことです。
▼ただ英米人に比較すると、日本人の変化嫌い(変わることへの恐怖心)は殆ど異常に映るかもしれない。日本人の私がそう思います。麻生さんが「政権交代が目的ではない。交代後に何をするかだ」と、あたかも政権交代が日本にとって悪い結果をもたらすようなことを言っています。何せ60年以上も自民党の政権を維持させてきたのです。それが民主党に変われば、最初は混乱するに決まっている。余りにも変わることをしなさすぎたことのツケみたいなものですね。
▼The Economistは全く触れていないけれど、日本の政治が変わらなかった理由の一つにメディアがあると(私は)思っています。いつも言うことですが、一方に「右も悪いが左も情けない」とだけ言って、自分の立場を明確にせず、結果として現状維持の保守勢力を支えてきた政治ジャーナリストと言われる人たちがいる。この人たちの「批判精神」は決して自分たちに向けられることがない。
▼もう一方に、小泉さんの「郵政解散」をお祭り騒ぎにしてしまった娯楽メディアがある。「官から民へ」というテーマをきっちりディスカッションするのではなく、「刺客」だの「ホリエモン」だのというスターを誕生させてお祭り騒ぎにしてしまった。現在は、「麻生降ろしの動き」とかで、毎晩のようにテレビには政治家の周囲にハエのように群がる記者の姿が映っています。でも自民党内のもめごとが視聴者や読者の生活にどのように関係しているのかについては何も報道がない。宮崎県知事とか大阪府知事のいう「地方分権」の中身について、ちゃんと報道・解説したことってあります?
▼これだけ「麻生降ろしのゴタゴタ」に名を借りた自民党についての報道がなされたあとで、その麻生さんが「忍びがたきを忍んで舛添さんを総裁にする」という「大英断」を下して選挙に突入した場合、どうなります?「待ってました!」ということになって、こんどは「舛添ブーム」が起こり、結局自民党の勝ちなどということになったりしないのか?もしそうなったら、これはどう考えてもメディアのお陰です。必ずしも私自身の考えすぎではない(と思う)。少なくとも、これまでの自民党(とメディア)ならあり得ることですね。 |
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5)どうでも英和辞書 |
agritainment:アグリテイメント
agriculture(農業)とentertainment(娯楽)を組み合わせた造語です。最近の英国では農家が農場を使ってレジャーの場を提供することがはやっている。B&Bもあるし、農家での結婚式などもあるけれど、何といっても夏休みの家族づれに人気なのが「迷路(maze)遊び」だそうです。とうもろこし畑を使ったmaize mazeの場合、作物の背が高くなる7月中旬からオープンというケースが多いのですが、お一人様5ポンド(約800円)で楽しめる。10月中旬まで続くのですが、シーズンが終わるととうもろこしは家畜の飼料として売られる。
英国の場合、カントリーサイドにレジャー施設を作るのは、当局の許可がなかなかおりないので至難の技なのですが、農地迷路の場合、利用される作物を売るのであれば、農地扱いになるので、お役所の許可なしにできる、とThe Economistは言っています。Dorsetの田舎にある迷路は、ひと夏で約15,000人の客を見込んでいるそうで、ちょっとした臨時収入ということですね。
empathy:共感
empathyという言葉はあまり聞いたことがないけれど、sympathyなら聞いたことがある。同情とか共鳴とかいうことですね。「共産党のシンパ」というのはsympathiserの略。empathyについて、亡くなったロバート・マクナマラ元米国防長官が、ベトナム戦争懺悔録の中で次のように語っています。
One of the lessons of Vietnam was that we as a people, as a nation, must
learn to empathize with others in the world -- particularly our opponents.(ベトナム戦争の教訓の一つとして学ぶべきなのは、国民として、国として、世界における他者、特に我々の敵をempathizeするということである。 |
マクナマラさんによると、sympathyが相手に「同意(agreeing)」することを意味するのに対してempathyは相手への「理解(understanding)」を意味するのだそうです。「アメリカは、国として相手を理解することを学んでいない」(I don't think we as a nation have learned to empathize)というわけです。言うは易し、行うは難しの見本みたいなものです。
philosophy:哲学
Europe was created by history. America was created by philosophy. (ヨーロッパは歴史で創られ、アメリカは哲学で創られた) |
マーガレット・サッチャーが首相になる前の1978年に夫のデニスに言った言葉だそうです。どのような会話の中で言われたのかは分かりませんが、ヨーロッパとアメリカを「歴史」と「哲学」という言葉で対比しているのが面白いですね。別の言い方をすると、ヨーロッパを支えているのは、昔から受け継いできた「習慣」であり「伝統」であるのに対して、アメリカはそれらを否定した、人間の「知恵」とか「理念」とかいうものが基盤になっているということになる。それが故に、「アメリカには文明はあるけれど文化がない」という人もいるけれど、私はそのように思わない。極端にいうと、アメリカを否定するということは、人間の知恵を否定することになると考えております。
what's up?:どうしたの?
米大リーグのオールスター・ゲームの始球式にオバマ大統領が登場しましたね。ロッカールームでイチローがボールにサインなどしてもらっていた。イチローは「オバマさんと握手するとき何を言うのか?」という記者の問いに「What's up?とでも言おうかな・・・」と気楽に答えていたのですよね。このWhat's up?ですが、道を歩いていたら向こうから知人が歩いて来てWhat's up?というのは、よくあるケースですね。「きょうは何?」とか「どうしたの?」という意味ですね。さしたる意味もなく聞く質問です。How are you?と似ていなくもない。アメリカで使われる言葉(だと思います)。
おそらくイチローはチームメートとの間で、毎日のように使ったり、 使われたりしているのでしょう。私が気になったのは、What's up?と言われたら何と答えるべきなのかってことです。How are you?の場合はI'm OKでいいわけさ。で、米国生活が長い「専門家」に聞いたところ、What's up?に対する最も普通の答えはNot muchだそうであります。「きょうは、何?」「別に・・・」というわけ。なりほどね。
で、イチローですが、オバマさん相手には、さすがに固くなってしまいWhat's up?とは言えずNice to meet you, sirと言ってしまったのだそうです。でも本当にWhat's up?と話かけたらオバマさんは何と答えたでしょう?"Well, not much really. Just watching baseball"ですかね。
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6)むささびの鳴き声 |
▼いきなりですが、私が気に入っているウェブマガジンに『浮来亭』というのがあります。表紙を見ると「創刊1995.01.07(平成7年)」となっているので、むささびジャーナル(創刊2003年2月)よりはかなり先輩であります。このマガジンの何が気に入っているのか?と聞かれると困る。なんだか知らないけれど可笑しいとしかいいようがないのです。主宰しているのは、鹿児島県指宿市の人たちであることは、たぶん間違いないし、主宰者のお一人は個人的に存じ上げているのですが、ほかにどのような人たちがやっているのか、よく分からない。ただ私の独断によると、抜群のセンスの良さであります。
▼このサイトの中に「某月某日」という日記風のコーナーがあって、その中に次のような記述があった。私のいう「抜群のセンスの良さ」の例であります。『浮来亭』の許可なしに転載・紹介させてもらいます。
宴会でのことである。A氏とB氏がごちそうを譲り合っていた。見ていてとても微笑ましい。暫くしてもごちそうは余り減ってない。他の料理はあらかたなくなっていたのに…。
その夜、そのことが気になった。ある推論が浮かんだ。A氏はaという料理が好きなのでB氏にすすめた。B氏はbという料理が好きなのでA氏にすすめた。ところが二人とも余り好きではなかった。自分が好きだから相手も好きだろうと錯覚したのかも知れないし、そうと判っていたら譲らず自分で食べたかも知れない。もしそうだったら無駄な思いやりをしてしまったことになる。
ひょっとしたら、常日頃こういうことは結構多いのかも知れない。自分の気持は明確にした方がいいのかもしれないと思った。 |
▼というわけでございます。この感覚は画期的に素晴らしいと思いませんか?思うなぁ、私は。他にもいろいろ満載。飽きないこと請け合いです。ぜひご一読を。
▼で、全く関係ありませんが、メディアが自民党内の「麻生降ろし」を面白おかしく伝えるなかで、麻生太郎という人が、あたかもアホであるかのように伝えられています。でもやっぱり忘れるべきでないと思うのは、この人がやってきたことの良し悪しをきっちり考えるということだと思いません?選挙もやらないでこれまで居座り続けたということはもちろん悪いのですが、給付金・高速道路1000円・クルマ購入の支援金・家電製品のエコポイント等々の「景気対策」なるものは本当に良かったのか?ということです。
▼「お上頼み」の気持ちを復活させただけなのではないのか?麻生さんは、役人を「使いこなした」と言うのでしょうが、実際には使われただけなのでは?もっとはっきり言って、金融危機以来、最近では愚策や悪政の見本のように言われている「小泉・竹中路線」は本当は正しかったのではないかってことです。
▼つい長くなりました。お許しを。今回もお付き合いをいただき有難うございました。
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