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むささびの鳴き声 美耶子の言い分 どうでも英和辞書 green alliance
2009年12月20日
先日、ラジオを聴いていたら、政治ジャーナリストといわれる人たちが「鳩山さんは ぶれているのがダメだ」と言っておりました。「ぶれる」ことがそんなに悪いことなのですか?flexible(融通性がある)ってこともあるんじゃないの?それとぶれなきゃ なんでもいいんですか?と聞いてみたくなりました。
目次

1)「大量破壊兵器がなくてもイラクを攻撃した」とブレアさん
2)日米中の三角関係は時代の流れ
3)「影の将軍」が「30日ルール」を破った?
4)D・キャメロンの研究⑦:prep-schoolが養ったnoblesse oblige
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声

1)「大量破壊兵器がなくてもイラクを攻撃した」とブレアさん


最近、英国のブレア前首相がBBCの番組で、イラク戦争について「大量破壊兵器がないと分かっていても、どのみちイラクを攻撃しただろう」と語ったことは、日本のメディアでは報道されたんでしたっけ?英国では話題になっていたのですが・・・。

ご記憶のことと思いますが、アメリカ主導のイラク攻撃に英国が参加するにあたって、ブレアさんが国民に訴えたのは、サダム・フセインのイラクには大量破壊兵器(weapons of mass destruction:WMD)があり、45分あればこれを発射することさえできる。だから危険人物の"サダム"を追放しなければならないのだということだった。そして、その大量破壊兵器なるものは結局存在しなかった。

英国軍が軍事活動を開始した2003年3月20日(木曜日)、ブレア首相が国民あてに発表したステートメントは次のような書き出しになっています。

私は火曜日の夜、英国軍に対してイラクにおける軍事活動を開始するように命じました。今夜、英国の軍人たちは男性も女性も、空・陸・海からの活動に従事しています。彼らの使命は次のとおりであります。すなわちサダム・フセインを権力の座から追放し、イラクを大量破壊兵器から武装解除することであります。
On Tuesday night I gave the order for British forces to take part in military action in Iraq. Tonight, British servicemen and women are engaged from air, land and sea. Their mission: to remove Saddam Hussein from power, and disarm Iraq of its weapons of mass destruction.

ブレアさんの演説テキストはここをクリックすると読むことができますが、イラクに大量破壊兵器が存在するということが、イラク攻撃を正当化する法的な根拠であるとブレアさんによって説明されたわけです。

ところが2009年12月13日のBBCのインタビュー番組で、記者が

あの時点でもし大量破壊兵器が存在しないということが分かっていたとしても、イラク攻撃をしましたか?
If you had known then that there were no WMDs, would you still have gone on?

と聞いたのに対してブレアさんは

それでも私は彼(サダム・フセイン)を除去することは正しいことだと考えたでしょう。
I would still have thought it right to remove him [Saddam Hussein].

と答えたうえで次のように付け足しています。

当然のことながらその場合には、サダム・フセインの脅威の性格について、違う議論を展開しなければならなかったでしょうがね。
I mean obviously you would have had to use and deploy different arguments about the nature of the threat.

つまり「大量破壊兵器がないと分かった場合は、別の理由を見つければいい」と言っているわけです。要はサダム・フセインを追放することが大事なのだと言っているとしか思えない。

当時国連のイラクの大量破壊兵器査察団の団長をつとめていたHans Blix氏は今回のブレア発言について、ブレアは大量破壊兵器を戦争のための「便利な口実(convenient justification)」として使ったのであり「まじめさに欠けている(lack of sincerity)」と語っています。

英国には現在、Sir John Chilcotと言う人を委員長とする「イラク調査委員会(Iraq Inquiry)」というのがあって、英国がアメリカのイラク戦争に加担したことについて、関係者を呼んで意見を聞いています。この委員会はブラウン首相が「イラク戦争から学ぶべき教訓」(to identify lessons that can be learned from the Iraq conflict)をはっきりさせようとして発足させたもので、来年(2010年)10月末ごろまでには最終報告がまとまるものとされている。

この委員会はブレア前首相も証人として呼ぶことになっているのですが、今回のブレア発言は、イラク開戦当時に閣僚や首相の側近のような役職にあったブラウン現首相やミリバンド外相らをも一蓮托生にしようという意図で行われたのではないかという人もいる。

ところで、一番最初に紹介した2003年3月20日のブレア演説は最後の部分で、ブレアさんもブッシュさんも、世界を住みよい場所とするためにコミットしているのであり、そのためには世界の秩序と安定が欠かせないとして、次のようなに述べています。

サダムのような独裁者やアルカイダのようなテロ集団こそが、そのような(秩序ある)世界の存在そのものを脅かしております。それが故に、私はわが軍に今夜アクションに入るように告げたのであります。
Dictators like Saddam. Terrorist groups like al-Qaeda, threaten the very existence of such a world. That is why I've asked our troops to go into action tonight.

▼どう考えても、ブレアさんのアタマの中にあったのはフセイン征伐であって、大量破壊兵器の有無など関係なかったとしか思えないですね。でも、フセイン大統領がクルド人を化学兵器で殺したりということを行ったとされるのはイラン=イラク戦争があった1980年代のことですよね。そのころフセインは反イランの欧米にとっては「お友だち」だった。つまりフセインの「悪行」は2003年に始まったことではない。なのに2003年になって「サダムを追放しよう」となった。なぜ2003年だったのか?しかもフセインやイラクが9・11とは無関係であることも分かっていたはずなのに。

▼イラク調査委員会には、当時国連大使だったSir Jeremy Greenstockと言う人も証人として呼ばれて証言しており、イラク戦争について、英国は「下っ端パートナー(minor partner)」であり、大切な決定に影響を与えるような立場ではなかった、と言っています。

▼つまり1980年代の「悪行」を2003年に裁くについてはアメリカなりの都合・打算があったのであって、ブレアさんとは全く関係のないところで力が働いていたということですね。そしてそのことはブレアさんも分かっていた。分かっていたのにアメリカについて行った。そうすることで、英国が国際的な影響力を発揮できると考えたから・・・というのは、必ずしも「むささび」だけの推測ではありませんよね。

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2)日米中の三角関係は時代の流れ


Financial Timesのコラムニスト、Philip Stephensによると、現在の日米関係は「楽な結婚だったのが三角関係になっている」(an easy marriage becomes a menage a trois)のだそうです。日米中の三角関係です。

▼フランス語のmenage a troisは、辞書によると、結婚している夫婦の家にもう一人の愛人が暮らしている状態(an arrangement by which a married couple and the lover of one of them live together)のことを言うのだそうです。つまり日米夫婦が仲良く暮らしていたのに、中国という「愛人」が入り込んできてしまったということであります。

アメリカは自国のアジアにおける有力な地位が中国の台頭によって脅かされており、なんとかその地位を守らなければならないと必死になって戦略を追求している。そうした折も折、日本までがアメリカとの同盟関係のあり方に異を唱え始めている(Now, Japan is challenging the terms of its long-standing security alliance with Washington)・・・道理で「最近の東京はしかめっ面をしたアメリカ人でいっぱいだ」(Tokyo these days is full of Americans with furrowed brows)とのことです。

Stephensによると、これまでの日米関係は「アメリカによる占領」(US occupation)、「冷戦下がもたらした団結」(imperative of cold-war unity)そしてアジアにおけるアメリカの圧倒的な覇権(unchallenged US hegemony in Asia)という要素によって特徴づけられてきたが、世界は変わって、日米の親密なベッドルームに中国が入ってきてしまったことから、「快い結婚関係だったのに、奇妙な三角関係になってしまった(turning a comfortable marriage into an awkward menage a trois)というわけであります。

日米安保条約には三つの意味がある、とStephensは言います。一つは、核武装した北朝鮮の脅威や軍の近代化をはかる中国から日本を守るということ。もう一つは、中国に対して日本の意図について安心感を与えるものでもあるということ。そして三番目には、もちろん東アジアにおけるアメリカの軍事的足跡を確かなものにするということがある。

ただ日米の安全保障関係におけるこうした取引(bargain)関係は中国の台頭以前の世界に属するものだったが、それが沖縄の軍事基地をめぐるごたごたで違いがはっきりしてしまった。沖縄における米軍基地をめぐる日米間のごたごたの背景にあるのは、

遠慮なく言ってしまうと、(日本における)新しい世代の政治家の登場である。日本中を席巻した新世代の政治家はワシントンによって割り振られた従属的な役割を受け容れることを嫌がっているということなのだ。
Bluntly put, the new generation of politicians that has swept to power in Japan is unwilling to accept the subservient role allotted to them by Washington.

Stephensによると、鳩山氏は普天間の基地問題を見直すということを公約に掲げて選挙に勝利したのですが、アメリカにとって困ったことに彼はその公約を誠実に実行している。

Stephensはさらに、アメリカ政府の外交上の不手際(maladroit diplomacy)によって、より深い部分での意見の不一致まで露呈することになってしまったと言います。つまり民主党に対して、選挙民に対する約束よりもアメリカと自民党との約束を優先することを要求してしまい、アメリカは自分たちのヘゲモニーが絶対であるかのような態度をとってしまった。

(10月下旬に来日した)ロバート・ゲイツ国防長官の相手を叱りつけるようなものの言い方は終戦直後のマッカーサー元帥の権威主義を思わせるものだったのだ。
The scolding tone of Robert Gates, the US defence secretary, has echoes of General Douglas MacArthur’s postwar imperium.

アメリカと日本は日米中の「三角関係」において、それぞれがどのような役割を果たすのか・・・という点で見解の相違がある、とStephensは言います。アメリカは対日同盟関係を中国との戦略的関係と絡めることで、この地域のバランシング・パワーになりたいと思っている。それに対して日本は、自分たちがアメリカと中国の間に立つ調停者としての役割を果たしたいと思っているというわけです。

Stephensのエッセイの結論は次のようになっています。

現実はもちろんそれほど単純な図式を許すようなものではないだろう。例えば中国と日本は両国間にある歴史の暗い影から逃れることができていないということもある。しかし情勢が昔のままということはあり得ない。(アメリカ人の)しかめっ面は当分続きそうである。
Real life, of course, is unlikely to allow such simple constructs, not least because the Sino-Japanese relationship has yet to escape the dark shadows of history. But things cannot be as they were. Those brows will be furrowed for some time.

▼中国が台頭し、アメリカの軍事力・経済力が相対的に下がってきている・・・つまり時代が変化しているのだから、日本がアメリカとの関係、中国との関係を自分のアタマで考えて進路変更しようとするのは当たり前。いつまでも60年前の占領軍感覚でいるアメリカの方がどうかしている・・・Philip Stephensはそう言っているのですよね。

▼このむささびジャーナルが出るころに普天間の問題がどのようになっているのか分かりませんが、ここ約1か月、「鳩山さんは何をぐずぐずしているのか。早く態度を明らかにしろ」という論調が目立ちますね。東大の北岡という先生が「これ以上態度表明を引きのばすと、アメリカが日本を無視して中国と付き合おうという態度になりますよ」という趣旨の発言をしていました。

▼ただ、鳩山さんの「ぐずぐず」を批判する声のほとんどが、「アメリカの言うことに従っておけ」という意見であるように、私には思えたのですが・・・。だったらなぜ素直にそう言わないのか?「中国なんか信用できないのだから、くやしくてもアメリカの言いなりになっておきましょうや。そうすればアメリカが日本を守ってくれますよ」ということなのですよね。

▼なぜそのように言わないのかというと、アメリカであれどの国であれ、それぞれの都合で動いており、日本がいくらアメリカのいいなりになっていても、必ずしもアメリカが日本を守ってくれるということにはならないということを、北岡先生のような人たちも分かっているからです。でも、アメリカを怒らせると何をするか分からないので、とりあえずご機嫌を損ねないようにしましょうや・・・こういうことですよね、いわゆる「現実論」というのは。

▼米軍基地のことについて言わせてもらうと、「日米同盟は大事だ」という人が「だから沖縄の人は我慢してください」というのを聞いたことがない。さらに「政権が変わっても国際的な約束を変えてはいけない」というわけで、自民党政府の下で行われた合意をそのまま守れというのも不思議な言い分だと思いませんか?日本人が選挙で選んだ鳩山政権の方針よりも、負けた自民党の方針を守れというのですか?

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3)「影の将軍」が「30日ルール」を破った?


12月17日付のThe EconomistがThe shogun and the emperorという記事を掲載しています。中国の習近平国家副主席と天皇陛下との会見についての報告で、次のような書き出しになっています。

日本の支配者は天皇なのか将軍なのか?この問題は1850年代に日本との交易を求めたアメリカをまごつかせたものだ。しかし今日の中国は全くの疑問も持っていない。日本を支配するのは、影の将軍、小沢一郎であるということだ。8月の選挙で民主党に歴史的な勝利をもらした演出者だった人物である。
Who rules Japan, the emperor or the shogun? That question vexed America when it first sought to trade with Japan in the 1850s. Today, China has no doubts. The answer is the “shadow shogun”, Ichiro Ozawa, a master manipulator who secured an historic victory for the Democratic Party of Japan (DPJ) in August elections.

記事は小沢さんが最近行った二つの行動について触れています。一つは民主党の議員143人を含む645人もの大使節団(飛行機を5機チャーター)を中国へ連れて行ったこと。これは中国では夜のトップニュースになったのですが、これは反日感情がいまだに強い中国でのことだから、タイヘンな「業績」(achievement)だった。

もう一つは、いわゆる「30日ルール」を破って習近平国家副主席と天皇陛下との会見を実現させたこと。そのために小沢さんは間接的圧力(indirect pressure)をかけたとされており、日本のナショナリストたちを激怒させたことです。The Economistの記事は、30日どころか「わずか2~3日前に(宮内庁に)知らせる」(only a few days’ warning)ことしかしなかった、と言っています。

習副主席=天皇会見のエピソードを見ると、「政権が民主党になって、いかにもののやり方が変わってしまったか(how much the rules of the game are changing under the DPJ)を示している」として、日本が中国へ大使節団の派遣することによって「北京にひれ伏して」(The genuflection to Beijing)いる一方で日米関係が沖縄の軍事基地をめぐってぎくしゃくしている(strained)と言っている。

首相の鳩山さんが閣内の意見不一致などで弱体化して見える、そのときに小沢さんが力を誇示するかのようなことが起こったわけで、

大臣でもない人間が王位(ひょっとすると首相と天皇という複数の王位かも)の背後でそれだけの力を発揮してしまったということは、首相の権威を弱いものに見せると同時に、日本における開かれた民主主義への移行が表に見えるほどには進んでいないということを印象を与えるかもしれない。おそらく(小沢さんの行動の)もう一つの理由は中国内のお友だちに自分を売り込むということがあったのだろう。
That a man who is not even a minister can wield so much power behind the throne (or thrones) further undermines the prime minister’s authority and may give the impression that Japan’s transition to an open democracy is less than meets the eye. Another reason, perhaps, to endear him to friends in China.

というのがThe Economistの記事の結びです。

▼この記事を読んで、私などとはかなり感覚が違うと感じてしまいましたね。中国への大使節団の派遣も習副主席=天皇会見についての圧力行使も、誰もが見えるやり方で行われたということで、小沢さんの振る舞いはThe Economistのいうような「影の将軍」(shadow shogun)という感じのものではなかった(と私などは考えている)。確かに鳩山さんが小沢さんの「豪腕」(メディアの好きな表現)ぶりに引きずられているという印象はあるけれど、それは陰に隠れてやっているわけではない。

▼習副主席=天皇会見を(小沢さんが)強引に実現させたとされる点について、日本の新聞(朝日・読売・毎日・東京)のサイトで読んでみたのですが、中国政府の要請を受けた外務省が、天皇との会見を宮内庁にリクエストしたのが11月26日。会見は12月15日だったから19日前のリクエストだったわけですね。確かに「30日ルール」には反している。

▼でも、宮内庁は11月26日まで何も知らされていなかったのですか?「最終日程が固まっていないけれど、ひょっとしたら12月中旬になるかもしれない。その際はよろしくね」というハナシさえもなかったってこと?普通、この種の要人訪問のときは、何か月も前から外務省が訪問先に打診するものなのではありませんか?そして打診された側は「それなりの準備」をするものなのでは?外務省と宮内庁の間でどのようなやりとりがあったのか、気になりますね。The Economistは、宮内庁が知らされたのが、わずか2~3日前(only a few days’ warning)と言っているけれど、そんなことできっこないことは、いくら小沢さんでも分かっているんじゃありません?

▼中国や外務省が「一か月ルール」を守って30日前にリクエストを提出したとした場合、12月15日の会見は問題なしということになりますよね。だったとしたら「ルール」を守っても守らなくても、12月15日に天皇陛下が会見をするということにおいて変わりはないわけですね。つまり「一か月ルール」を守っても天皇の「負担」が軽くなるわけではないってことですね。

▼あと一つだけ。朝日・読売・毎日・東京の社説が、どれも全く同じ内容であったこともおかしいと思います。つまり一か月ルールは「陛下の年齢や健康に配慮し、負担を軽くするため」のものであり、これを破るのは「天皇の政治利用」であるというわけです。さらに四つの社説に共通しているのは、一か月ルールの目的について「天皇陛下が前立腺がんの手術を受けられた翌年の二〇〇四年以降は厳格に適用されてきた。陛下の年齢や健康に配慮し、負担を軽くするためだ」(東京新聞のサイト)という全く同じ説明が掲載されている。

▼これだけメディアの意見が一致してしまえば、「日本のナショナリスト」がわが意を得たりとばかりに声高になるのも無理はない。以前にもこのようなことがあったと思うけれど、なぜ主要新聞の論説委員といわれる人たちは、考え方が同じになるのか?誰に強制されたわけでもないのに、同じことを言う。そのことが本当に気持ち悪いと思うわけです。

▼長々と失礼しました。The Economistの記事をお読みになりたい方はお知らせを。


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4)D・キャメロンの研究⑦:prep-schoolが養ったnoblesse oblige


最近(12月2日)英国の下院におけるブラウン首相とキャメロン保守党党首との間で、相続税の税率をめぐる議論があり、ブラウン首相の次の発言が話題を呼びました。

我が国にとっての問題は次の点なのですよ。多くの人々のための公共サービスが大切なのか、ごく少数の人のための相続税の減税が大切なのかということであります。キャメロン氏とゴールドスミス氏の相続税政策は、イートンの校庭で夢見た思いつきとしか思えませんね。
The issue for the country is this: is it public services for the many or inheritance tax cuts for the few? I have to say, that with him and Mr. Goldsmith, their inheritance tax policy seems to have been dreamed up on the playing fields of Eton.

相続税の議論について、簡単に説明しておくと、労働党政府が課税対象額を現在の325,000ポンドから350,000ポンドへ引き上げる提案をしていた。一方の保守党は、これを100万ポンドに引き上げるべきだと主張していた。後日、ダーリング財務大臣が、結局来年度は325,000ポンドに据え置くと発表したのですが、ブラウンは保守党案を「一握りの金持ちだけが得をするものだ」と攻撃、その中で行われたのが上記の発言です。

ただメディアの間で問題になったのは、相続税云々よりも発言の最後の部分、つまり保守党の案が「イートンの校庭で夢見た思いつき(dreamed up on the playing fields of Eton)」という発言だったわけです。ゴールドスミスは超金持ちの環境保護論者で、将来は保守党議員になるであろうと言われている人物です。

ブラウンはキャメロンとゴールドスミスが名門イートン校の出身であることを突いて、保守党が普通の人の政党ではなく、一握りの特権階級の人々のための政党であることを強調したという点にあった。ブラウンが来年6月初めまでには行われる選挙目当ての「階級闘争」(class war)を仕掛けたのだというメディアも多いようです。

ブラウンのイートン攻撃についてキャメロンは「ちっぽけで悪意に満ちた愚かなことだ(It's a petty, spiteful, stupid thing to do)」として

私の考え方は単純だ。英国民の関心事は誰がどこの出身かということではなく、これからどこへ行こうとしているのか、国に対して何を提供できるのかということにあるはずだ。
My view is very simple... that what people are interested in is not where you come from but where you're going to, what you've got to offer, what you've got to offer the country.

と語っており、「私は自分の略歴を隠すことはしない」(I never hide my background)とも言っています。

ただTelegraph紙のサイトなどによると、保守党の公式ウェブサイトでは幹部議員が私立学校へ通った経歴がある場合、これを掲載しない傾向にあるのだそうです。現在の影の内閣の閣僚には17人の私立校出身者がいるのですが、これを公式の略歴に書いてある人はわずか3人。公立校出身者の15人中14人が堂々とこれを名乗っているのとは対照的です。

▼この点についてキャメロンは「善処できるはずだ(I'm sure we can sort it out)」とコメントしているのですが、「善処できる」くらいなら最初からしておけばよさそうなのに、確かにキャメロンの略歴には、私がアクセスした時点ではイートンもオックスフォードも書いていなかった。

イートン校での学生生活についてキャメロンは、Cameron on Cameronという本の中で、「イートンは自信と独立心(self-confidence, a strong sense of independence)を養ってくれるところだ」と言っているのですが、面白いと思うのは次のコメントですね。

(イートンで)成功するためにスポーツや学問に秀でている必要はない。自分なりの取り合わせで満足感や幸せ感を得るような大らかさがある。
And because you don't have to excellent at sport or academically in order to be a success, it is big enough for you to find your own mixture of things that make you content and happy.

ただ、Francis ElliottJames Hanningの共著であるCAMERONという本によると、キャメロンの自信(confidence)とか義務感(sense of duty)のような性格が形作られたのは、イートンの前に行ったHeatherdownという学校での生活なのではないかとされています。

キャメロンは7才になったときにHeatherdownに送られて寮生活を始めます。これはいわゆるprep-schoolという学校で、イートンやハロウのような名門パブリック・スクールに進学するための準備をする学校といわれるところです。Heatherdownはアンドリュー王子やエドワード王子のような王室の子息も出席しており、たまにはエリザベス女王が息子たちを訪問したりすることもあったのだそうです。

Heatherdownでは、毎朝の食事の前に上級生を書館に集めて、教師が聖書を読んで聞かせ、さらに授業開始10分前には礼拝をするというのが日課で、最も重要視されたのが「グッドマナー」であり「どんな人ともやっていく能力」(ability to get on with people of all backgrounds)を身につけることであった。キャメロンの同級生によると、キャメロンの場合、学校でも家庭でもnoblesse oblige(上流階級の人間としての義務感)ということを強く意識していたとのことです。

ところで、ブラウンが仕掛けた「階級闘争」ですが、翌日の世論調査には全く反映しておらず、YouGovの調査では40%対27%、ICMの調査では40%対29%でいずれも保守党が労働党をリードしています。つまりキャメロンがイートン出身だろうが、公立学校の卒業生であろうが、いまの英国人にはどうでもいいということです。

▼ジャーナリストのアンソニー・サンプソンは、いまからほぼ40年前の1971年に書いたNew Anatomy of Britainという本の中で、イートンを始めとするパブリックスクール(私立学校)についてかなり詳しく語っているのですが、イートンの特徴は「政治的影響力と富(its political influence and its wealth)にある」と説明しています。つまり「学問」ではないってことです。イートンの生徒はstupid(アホ)、clever(利口)、lazy(怠け者)、ambitious(大志を抱いている)、creative(創造力豊か)、dull(退屈人間)等々実にさまざまであるが、全員に共通しているのは親が金持ちだということだそうです。

▼つまりイートンには、個性的な人(オモロイ人間)が多いってことでしょうね。サンプソンによると、イートンと対照的なのがウィンチェスターというパブリックスクールで、こちらはもっぱら学問重視が校風だけに、学者になる人が多い。卒業生もどちらかというと画一的(homogeneous)であまり面白くない(less charming)人物が多いとのことです。

▼ただ、イートン校が昔ほどには存在感がなくなったということも言えるのではないかと思います。アンソニー・サンプソンのAnatomy of Britainシリーズは、英国社会における権力構造の解剖をテーマにしているのですが、40年前の本ではパブリックスクールについて20ページ以上も割かれていたのに、2003年に出た最後のシリーズではわずか2ページだった。

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5)どうでも英和辞書

A~Zの総合索引はこちら
people:世間

私のような年齢(昭和16年生まれ)で、いわゆる「受験英語」に苦しんだ人なら、おそらく山崎貞という人の『新自修英文典』という本をご存じだと思います。妻の美耶子の書棚にこの本があったので、懐かしさに駆られてページをめくっていたら「次の和文を英訳せよ」というのがあって、いくつかの問題が並んでおりました。その中の一つが

世間の人はなんといっていますか?

というものだった。あなたならどんな英文を書きます?山崎さんの答えは

What do people say?

私、これには唸ってしまいましたね。実は前々から「世間」という日本語は英語でどう言えばいいのか、気になっていたのです。山崎さんによると、peopleが正解というわけであります。なるほど、言われてみればそうだな、と感心する一方で、peopleという英語には、日本語の「世間」つまり何やらわずらわしい存在という意味があるんだろうか、と気になってネット辞書で調べてみたら、peopleには10もの説明がついていた。その中にthe common crowdというのがあったわけです。特殊な人種と反対の意味で「次元の低い群衆」ということです。

posh:上流階級の

poshという英語はsmartとかelegantという意味ですが、同時にa manner associated with the upper class(上流階級の立ち振る舞い)という意味もある。最近のThe Economistによると、「デイビッド・キャメロン保守党党首やボリス・ジョンソン・ロンドン市長(両方ともイートンの出身)はposhである。しかしデイビッド・ベッカムはrichではあってもposhではない」として、この違いは英国人(特にイングランド人)でないと分からないと出ておりました。同誌によると、イングランドではposhとrichは重なる部分もあるけれど、そうでないことも大いにある。poshな人でもrichでない人はいるし、richだけどposhでない人はわんさといるというわけです。

Kate Foxという人が書いたWatching the Englishという本には、言葉遣いでposh(上流階級)であるかどうかが分かるという例がいろいろ出ているようであります。例えば、誰かとハナシをしていて、相手の言ったことが聞き取れなかったような場合、なんと言いますか?pardon?とかsorry?とかI beg your pardon?だと思ったら違うのでありますね。正解はWhat?なんだそうです。pardon?やsorry?を使うのは「中流(middle class)」なんだそうです。What?は労働者階級か上流階級なのであります。知らなかったな、これは。

トイレのことをtoiletなどと言っているようでは、アンタはposhではない!lavatoryかlooと言いなさい。応接間のことは?living roomなんて言っているようではあきまへんで。sitting roomに決まっとる。場合によってはdrawing roomというposh peopleもいるけれど、これはwithdrawing roomの略。つまり「引き下がる部屋」ということだから、部屋数が100もない限りは使わない。

では(くどいけど)そのsitting roomにおいてある、革張り・布張りのふかふかしたイスは?couchだと思ったらアマイ!正解はsofaです。

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6)むささびの鳴き声

▼一度言ったことがあるかもしれないけれど、NHK教育テレビ(東京では3チャンネル)の夜8時から「福祉ネットワーク」という番組があります。先日は自殺防止に取り組むNPOの人々の活動を紹介していたし、別の日には顔に大きなアザがある女性を囲んでの座談会をやっていた。

▼最近イチバン面白かったのは、いわゆる「引きこもり」とか「ニート」とか「いじめられっ子」とか言われる人々が集まって富士登山をやるのを密着取材したレポートだった。この人たちは、いずれも自分で自分のことを世の中の落伍者と考えている、私みたいな性格だけにコンプレックスも強く、チームワークなんてまるでダメ。それをリーダー(この人はまとも)が一生懸命引っ張っていくわけ。そのうち、24~5才の男が、なぜか「みんながオレのことを邪魔者だと思っているようだ。もうイヤだ。帰るよ、オレ」とゴネ始めた。それを必死になだめるリーダー。

▼山頂近くになって、介護士になりそこなって、これまた自分をダメな人間と思いこんでいる女の子が足をくじいて動けなくなってしまった。みんなで声援を送るのですが、どうにも動けない。すると、山頂に到着していた、さっきの「邪魔者」のお兄さんがダウンしかかっている女の子の方へ歩いて行って、荷物を持ってあげるなどして、無事全員が山頂に到着してハッピーエンド。

▼言葉でいうとこういうことになるわけですが、私、見ていて心底感激してしまったわけです。30分番組なのですが、全くチャンネルをまわす気にはなれませんでした。唯一残念だと思うのは、「福祉ネットワーク」というこの番組のタイトルです。これは何とかならないものでしょうか。ひょっとすると「人間ネットワーク」の方がふさわしいのでは?いずれにしてもこの番組は見る価値あります。

▼2009年も最後のむささびジャーナルになってしまいました。お付き合いをいただき本当にありがとうございました。よいお年をお迎えください。
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