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むささびの鳴き声 美耶子の言い分 どうでも英和辞書 green alliance
2010年1月31日
1月の最終日が日曜日というわけで、1月は3回目のむささびジャーナルになってしまいました。関東は何やら春めいており、うちの近所の梅の花が咲いたりしています。あすからプロ野球のキャンプですね。
目次

1)英国人と動物愛護
2)鉄道自殺の「被害者」
3)キャドバリーの買収と製造業ブルース
4)気になる北アイルランド
5)「いいタリバン」と「悪いタリバン」
6)小沢が居座ると民主党がダメになる?
7)D・キャメロンの研究⑩:サッチャーさんに学べ
8)どうでも英和辞書
9)むささびの鳴き声

1)英国人と動物愛護


むささびジャーナルの英国特派員(みたいな日本人)によると、英国のウェブサイトには動物愛護関連の組織が主宰するものが実にたくさんあるそうです。そんなサイトの一つが、動物に罠を仕掛けることに反対するNational Anti-snaring Campaign(NASC)という組織のサイト。開いてみたらトップページにチャールズ皇太子の口がひん曲ったような顔写真が出ており、「保護動物がチャールズ皇太子の別荘で殺された」という見出しの記事が掲載されていた。

皇太子がスコットランドに所有する狩猟用敷地の中に仕掛けられた罠のお陰でアナグマ(badger)が一匹殺されたというニュースを伝えるものだった。記事によると、英国にはWildlife and Countryside Act 1981(野生動物・田園地帯保護法)という法律があり、アナグマを罠で捕まえることは禁止されている。さらにこの法律によると、狩猟地域に罠を仕掛ける場合は、最低一日に一回は点検しなければならないとされている。チャールズ皇太子の敷地管理人はこの一日一回の点検作業を怠ったと認めて450ポンド(約7万円)の罰金を払わされたのですが、アナグマ捕獲については「この敷地にアナグマがいることを知らなかった」と主張、これが認められて罰金450ポンドで一件落着ということに。このケースでは450ポンドで済んだのですが、法律によると「1万ポンド以下の罰金もしくは12か月以下の懲役」となっているのだそうです。

このサイトにはもう一つ罠による動物虐待が、ウィンザーにある王室所有の敷地内で行われているという記事も出ています。子狐が罠にかかったまま26時間放置されたお陰で死んでしまったというもので、「野生動物を最も野蛮なる方法で罠にかけるという方法がロイヤル・スポーツという名のもとに毎日のように行われている(the most barbaric methods of trapping wildlife are used daily in the interests of royal sport)と「告発」しています。

これらはいずれも野生動物の保護に関する罰則ですが、もっと広い意味での動物保護については「2007年動物福祉法(Animal Welfare Act)」というのがある。この法律のルーツは1911年に制定された動物保護法(Protection of Animals Act)で、2007年になってこれが改訂されてAnimal Welfare Actとなったものです。

この法律によると、動物保護を怠ったり、虐待した場合最高20,000ポンド(約300万円)以下の罰金もしくは51週間以内の刑務所入りが待っており、場合によっては生涯動物を飼うことが禁止される。

ペット・オーナーの義務として、まともな食事と水の提供や必要に応じて獣医による診察、好ましい住環境の提供などが義務付けられている。古い法律では「ケアの義務」が課せられたのは農業関係の動物だけだったのが、現在ではこれがペットにまで及んでいます。また子どもがペットショップでイヌやネコを購入する場合は、両親の同伴が必要ですが、ペット購入年齢そのものもかつては12才だったのが、16才にまで引き上げられています。

2007年動物福祉法は古い法律に比べると規制が強化されているのですが、それでも不十分だという意見もある。カソリック動物保護協会(Catholic Concern for Animals)などは、「農業用の動物、実験用の動物、競馬やドッグレースのような競走用の動物の福祉が含まれていない」として「すべての動物が神の創造物として最大の敬意を払われるべきだ(All animals should be given the utmost respect as God's creatures)」と言っています。

英国における動物保護団体の代表格がRSPCA(Royal Society for the Prevention of Cruelty to Animals)ですが、飼い犬のテリアをほったらかしたまま引っ越してしまい、テリアは一緒に飼われていて餓死した犬を食べて暮らしていた、レース用の犬が異常に小さなケージに入れられて運ばれた、馬と羊が傷の手当もされずに放置されたため安楽死させられた・・・のケースがRSPCAによって報告されています。

▼日本における動物保護はどうなっているのかと思って調べてみると、関西で遺棄された動物のための収容所を提供しているARK(Animal Refuge Kansai)のサイトに出ていました。

▼日本の法律は、どちらかというとペットショップのような動物取扱業者を対象にしているようです。例えばペットショップの開店は昔は届け出制だったのが、現在は登録制になっているとか。

▼動物を飼う人への規制としては、遺棄した場合には50 万円以下の罰金だそうですが、懲役刑ということはないようです。ただ動物をみだりに殺傷したりすると「一年以下の懲役、または百万円以下の罰金」だそうです。これを読む限りにおいては、英国の方が厳しいようです。

▼ARKを主宰しているElizabeth Oliverという英国人女性と動物愛護についてハナシをしたことがあって、「英国の方がこの種の運動が盛んなようだけれど、英国人の方が日本人よりも動物を愛する感情が強いということか」という趣旨の質問をしたところ「英国にだって、ネコをオーブンに入れて喜んでいるようなのがいるのよ。ただ英国と日本の違いは、そのような行為を規制する法律が整備されているということはいえるかもしれない」と言っておりました。私の勝手な解釈によると、英国人の方が、「人間、自由にさせておくとロクなことをしないものだ」という感覚が強いのではないかと考えたりしております。


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2)鉄道自殺の「被害者」


楽しい話題ではないけれど、BBC News Magazineのサイトに「鉄道自殺は減らすことができるか?(Can railway suicides be cut?)という記事が掲載されています。それによると、英国における鉄道自殺は年間約200件だそうです。

英国の場合、鉄道システムは線路・信号駅舎などのインフラを保有・管理するNetwork Railという会社、列車を運行する会社(Train operating companies)、それに車両保有会社(Rollling stock companies)の三者から成り立っています。で、鉄道自殺が起こると、それに伴う遅れなどについてNetwork Railが列車運行会社に対して補償金を払わなければならない。その額がおよそ年間で1500万ポンド。これではたまらないというわけで、同社では500万ポンドを投じて、鉄道自殺防止対策に乗り出している。

News Magazineによると、Network Railによる対策としては、英国における自殺防止NPOであるthe Samaritansと協力して鉄道スタッフが自殺志願者を見つけるためのトレーニングやメディア対策として自殺者についての極端に詳細な報道をしないように要請することなどが含まれています。Samaritans自体がスタッフを駅に派遣するケースもあるようです。

SamaritansのRachel Kirby-Riderさんは

鉄道自殺は、コストや精神的な影響という点で、他の方法による自殺よりもはるかに高くつく。目撃者への影響が大きいのです。自殺はどれも悲劇ですが、鉄道自殺の場合、巻き込まれた運転士が二度と職場に復帰できないというケースもあるのです。
But in terms of the cost and emotional impact, it's much higher for suicides on the railways than other forms of suicide, because of the effect on witnesses. All suicides are tragic but some train drivers never go back to work afterwards.

と言っている。

Kirby-Riderさんによると、鉄道自殺という方法を選ぶ人には共通点があるらしい。中年男性で失業中もしくは経済的に困窮しているケースで、特に社会的に恵まれない地域(areas of social deprivation)で起こるのだそうです。

また心理カウンセラーのEmmy van Deurzen教授によると、特に若年層は、鉄道自殺は痛みを伴わず(painless)、絶対に失敗しない(foolproof)と思い込んでいるとして、それはメディア報道や小説などによる影響ではないかと言っている。鉄道自殺が報じられたり、それをテーマにした小説が発行されたあとに鉄道自殺が増えるというデータがあるのだそうです。

言うまでもなく、鉄道自殺は自殺者以外の人々に大きな影響を与えるわけですが、Emmy van Deurzen教授は、この方法を試みたが失敗した人々や鉄道自殺を考えたことがある人についての研究が殆どなされていないとして、中には「自己主張(self assertion)」や「社会に対する復讐という幻想(fantasy of revenge on society)もあるのではないかと言っています。

BBC News Magazineのこの記事には、いろいろな人々からの「投書」が掲載されていますが、かつて列車の運転士をしていて飛び込み自殺に巻き込まれた人からの投書は次のように書かれています。全文を紹介します。

私は何年も前に鉄道の運転士をしており、高速運転していたときにある女性が子供を抱いて線路上に立っていた。私の眼の前だった。その日のことを決して忘れることはできない。自分の眼に飛び込んできたもの、衝突数秒前に自分が感じた無力感などを決して忘れられない。それは私の人生にもドラマチックな衝撃を与える事件だった。あのときのことを思い出さない日はない。心理カウンセリングでも起こってしまったことを変えることはできないのだ。
I was a train driver many years ago and was unfortunately driving a train when a woman holding an infant stood on the track in front of me while travelling at very high speed. I will never forget that awful day, the things I saw and the feeling of helplessness in the seconds before impact. The impact on my life were dramatic with a day not passing when I reliving what happened. Counselling can never alter what happened.

この記事では、実際に鉄道自殺を図り、飛び込みまでやって、しかも大した怪我もなく助かってしまった女性の体験談が紹介されています。彼女は、鉄道自殺が他人に迷惑を及ぼすということで「自己中心的(selfish)な行為だ」と言う意見に対して、

そんなことを言う人は分かっていないのよ。朝、目が覚めて「今日こそやるんだ」なんて考えるんじゃないの。鉄道自殺を選ぶ人って病気なのよ。助けてくれ、と言っているのでもない。要するにどん底のどん底にまで到達してしまったということなのよ。
"They just don't understand. You don't wake up one morning and say: 'Today, I'm going to do that' They are ill. People who choose this method, it's not a cry for help, they've reached the absolute bottom.

と言って、飛び込んだときのことについて「まるで失神状態(It's almost like I was in a trance)」だったと述べています。

▼この記事を紹介したくなったのは、鉄道自殺の被害者としての電車の運転手のことが書いてあったからです。本当に気の毒だと思いますね。私、残された家族が気の毒だと思ったけれど、運転手のことは考えたことがなかった。この記事への投書欄では自殺が「自己中心的」な行為かということについてディスカッションが行われています。「究極の自己中心主義」(ultimate selfishness)という人は、その理由として「自分自身の不幸のことだけしか考えない(putting your own unhappiness before anything else)からだ、と言っております。

▼年間3万人以上が自殺する「自殺大国・日本」における鉄道自殺の件数はどのくらいあるのかと思ってネットをあたってみたけれど、私自身の検索能力不足もあるのでしょうが、いまいち分かりやすいデータには行きあたりませんでした。加治康男というジャーナリストのブログ(2008年10月13日)が「通勤途上の飛び込み自殺件数」として、「JR全社で年合計300件以上」と書かれています。でもこれはJRだけのハナシです。地下鉄や私鉄での件数も入れると「1年間の駅ホーム、踏切での飛び込み自殺は一日に2件は発生していることになる」と加治さんは言っています。ため息が出るような数字です。

▼いつかNHKのテレビでみた自殺問題についての番組の冒頭に流れたシーンは強烈だった。日本では1年間に3万人以上が自殺する、というナレーションとともに、東京マラソン(参加者3万人)のスタートの場面が流れたわけです。すごい数のランナーが道路を埋め尽くしている。これだけのひとが毎年自殺するのか・・・統計数字ではなく、映像で見せられると呆然としてしまう。

▼ちなみに英国における自殺者の数は、統計局(Office for National Statistics)の2007年の数字によると5,377人、4分の3が男性だそうです。また社会実情データ図録というサイトによると、10万人あたりの自殺者数は日本が24・4人なのに対して英国は6・4人(いずれも2007年)となっています。

▼こんな数字のことを書きながらも、自殺を統計数字で語ろうとする自分に疑問を感じてしまいますね。自殺を社会問題として考えるためには全体的な数字も役に立つのであろうと思います。でもそれを個人的な心の問題として考えると、あまり意味がない。自殺はおそらくかなりの部分、個人的な心の問題ですからね。

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3)キャドバリーの買収と製造業ブルース


正直言って、むささびジャーナルが一番弱いのはビジネス関係の話題です。特に金融なんてことが話題になるとほとんどアウト。その「むささび」でさえも「へぇ」と思ってしまったのが、英国の製菓会社、キャドバリー(Cadbury)がアメリカのKraft Foods社によって買収されたというニュースです。日本のメディアでも伝えられたと思いますが、当然のことながら英国では大ニュースだった。英国の普通の人にとってキャドバリーはまさに英国そのものという企業であったからです。日本人でいうと、グリコや森永が中国企業によって買収されたようなものであったのでしょう。

The Economistの1月21日号がこのことについて論評して、Manufacturing blues: Another one bites the dust(製造業ブルース:もう一社が屈辱喫す)という記事を掲載しています。英国の「モノづくり」企業が外国企業に買収されるのはいまに始まったことではありません。クルマのJaguar、Land Rover、Mini、お菓子のRowntreeから新聞社のthe Timesまで数え上げればきりがない。新聞社が「モノづくり」企業なのかよく分からないけれど、とにかく英国人が誇りに思ってきた企業であることは間違いない。で、今度はCadburyです。

そもそもキャドバリーってどんな会社だったのか?

Daily Mailによると、キャドバリーがJohn Cadburyというクエーカー教徒によって、当時でさえも工業都市であったバーミンガムに設立されたのは、いまから186年前の1824年。1893年に、Johnの後を継いだGeorgeとRichardという二人の息子がバーミンガム郊外に工場を移した。なぜ工場を移したのかというと、当時のバーミンガムは産業革命の中心地として空気汚染がひどく、さらに労働者階級のアルコール依存症も蔓延するなどしていたために、これを改善して一種の理想郷を作ろうというのが兄弟の意図だった。

このキャドバリー村(Bournvilleと呼ばれた)では飲酒が禁止され、従業員は自分の庭付き住宅を購入することが奨励された。自宅の庭では野菜が栽培されたりしていたのだそうです。キャドバリーはまた、英国では初めての企業内年金や従業員による持ち株制度を発足させた企業の一つとして知られ、従業員のための奨学金制度なども作ったりした。Daily Mailによると、Bournvilleにおける断酒精神はいまでも生きていて、2007年にはスーパーのテスコがアルコールを販売することへの反対運動が起きたりした。

Financial Timesの1月22日付のサイトによると、英国にはキャドバリー以外にもクエーカー教徒が起こした企業が結構あるのですね。洗剤・石鹸メーカーのReckitt Benckiser、銀行のBarclays and Lloyds Banking Group、お菓子のRowntree等々、中小企業も入れると約100社だそうです。

Quakers and Businessという本の著者であるTimothy Phillipsという人によると、クエーカー教徒の企業精神は、ある部分、社会的に差別された彼らの立場によっているのだそうで、クエーカー教徒であるが故に社会的な主流派にはなれなかったことへの反発です。その意味では東欧諸国におけるユダヤ人などとも相通ずるものがあるとのことです。



で、The Economistの記事ですが、世界市場でのビジネスを考えたときに、今回の買収は両社にとって利益になる部分はもちろんある。キャドバリーはインドや英連邦諸国で強いし、Kraftはヨーロッパ大陸、ロシア、中国で足場を固めている。両社の強みを合わせれば、特に新興市場では強みを発揮できるから、株主にとってはもちろんのこと、それらの国々にあるキャドバリーの工場で働いている労働者にとっても悪い話ではない。

もちろん心配すべき点もある。Kraftの買収費用は195億ドルなのですが、そのうちの70億ドルが銀行からの借入金によっていることがその一つで、借金返済のために合理化を進めなければならなくなる可能性もある。The Economistによると、キャドバリーはこれまでにもかなりの合理化を進めてきており、これ以上のスリム化は「脂肪ではなくて骨を削る」(swingeing cuts will take out bone, not fat)ことにもなりかねない。

The Economistが語っているもう一つのポイントは、英国の製造産業がどうなっていくのかということです。モノを作る産業が英国のGDPに占める割合は1994年の21%から2008年には12%にまで落ちており、合理化が進んだことで雇用も98年に比較すると3分の2にまで落ちている。このようなことが起こっているのは、英国だけではない。ほとんどの先進国で同じような変化が起こっている。特に付加価値の低い製品の場合は、賃金の安い外国で生産するようになる。

もちろん英国にも航空機エンジンのRolls-Royce、薬品メーカーのGSK、防衛機器のBAe Systemsなど、世界に冠たる英国資本のハイテク製造企業が存在するけれど、英国全体で見ると製造業の5分の2が外国資本という数字もある。残りは優良企業も含めて非常に小さなファミリービジネスのような会社が多い。

The Economistによると、英国の製造業は全体としてアメリカ、日本、ドイツ、スウェーデンなどの製造業に比べると、特に企業管理の点で劣っているのだそうです。ロンドン大学(London School of Economics)のJohn Van Reenen教授らの調査では「目標の設定」「管理職の査定」「社員の業績調査」のような企業管理のためのbest practiceという分野で全く弱いのだそうです。教授は、英国企業の場合、上級管理職と現場レベルの両方での平均的な質が劣り、企業管理のスタンダードは「中欧諸国並みだ(Britain looks like a mid-European country)」とまで言っている。

またVan Reenen教授らの行った調査によると、どの国においても企業管理に関しては、その国の土着企業よりも多国籍企業の方が優れているという結果が出ているのだそうです。The Economistは、その意味ではKraftがキャドバリーを買収することで、英国の製造産業全体に優れた企業管理という文化が持ち込まれるかもしれない、と言いながらも、今回の買収劇については

キャドバリー自体が多国籍企業であり、マネジメントについてKraftから学ぶべきものがあるとは思えない。その意味では、キャドバリーの株主が「短期的な利益」に走ったことは残念なことであるとも言える。
One problem: Cadbury is itself a multinational, and in no need of lessons from Kraft. A pity, perhaps, that its shareholders went for the short-term gain.
というのがThe Economistの見方です。

▼今回の買収については、いろいろなメディアのサイトに普通の英国人が意見を投稿していますが、どちらかというとアメリカのKraftに対する感情的反発が強いようです。「Kraftのお菓子などプラスチックみたいで食べられたものではない」とか「キャドバリーの工場の従業員が一人でも解雇されたらKraftのお菓子は全部ボイコットする」とか。中には「ドイツやスウェーデンなら国を象徴するような企業に対してこんなことは絶対にしないはず。だから彼らの方が不況脱出が早い」という人もいる。

▼実際にはキャドバリーは60カ国で45000人の従業員を雇って事業を展開している多国籍企業であって、英国人が思うほど「英国企業」ではない。とはいえやはり英国人にしてみればこだわりたくもなるような会社なのでしょうね。ノスタルジアと言ってしまえばその通りなのでありますが。

▼英国の製造企業は企業管理がうまくないというThe Economistの指摘ですが、知り合いの専門家によると、英国企業の工場で不良品が出たとしますね。日本的な感覚では、どこが悪かったのかを徹底追及することで二度と同じ間違いをやらないようにするとなりますが、英国の人たちはその「徹底追及」というのを非常に嫌うのだそうです。悪者探しと思うらしい。英国に工場進出する日本企業の管理者がまごつく英国らしさの一つであるそうです。

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4)気になる北アイルランド

北アイルランドがまたおかしなことになっています。北アイルランド自治政府のピーター・ロビンソン首相(First Minister)のアイリス夫人(60才)が年下の男性と不倫の仲になっただけではなく、不正に受け取ったお金をこの男性のビジネスのために提供した・・・このあたりのことは日本でも報じられているのでご存じの方も多いと思います。

「おかしなこと」というのは、アイリス夫人の不倫そのものではないのですが、このスキャンダルのお陰で夫のロビンソン首相の立場がおかしくなっており、これが北アイルランド問題全体に影響を与えているわけです。

北アイルランドが英国の一部ではあるのですが、もとはと言えばアイルランドの一地方だった。それがいまから400年以上も前に英国に属するようになってしまった経緯については、以前別のところで書かせてもらったのでここでは省きますが、北アイルランドには、アイルランドへの帰属を望むカソリック系の住民と、英国の一部であり続けることを望むプロテスタント系の住民の間の対立がいまでもある。

ただそんな中でも、1998年の4月にアメリカが仲裁役となって、対立する両者の間でGood Friday Agreementという合意文書が交わされ、北アイルランドに自前の議会を作って、さまざまな分野でロンドンの中央政府から権限を移譲することになった。プロテスタント系住民を代表する民主統一党(Democratic Unionist Party: DUP)とカソリック系の代表であり、過激派IRAの政治組織であるSinn Feinを二大政党とする北アイルランド議会(Northern Ireland Assembly)ができたのが約10年前の1999年11月。それから8年後の2007年にようやく北アイルランド政府が出来る。この政府はa shared governmentというかたちをとっています。sharedというのは、カソリック系とプロテスタント系の代表が「同居」しているという意味であり、いわゆる「連立政府」(coalition government)よりも微妙な力関係の上に存在しているものです。

この「同居政府」は設立以来「微妙ではあるけれど何とか安定」(awkardly but steadily)した状態にあったのですが、昨年(2009年)の3月にIRA(Irish Republican Army)内部のの過激派のテロによって英軍の兵士二人と警官一人が殺害されるという事件が起こって事態は再び悪化してしまう。さらに最近になってカソリック系の警察官がプロテスタント系が仕掛けた時限爆弾によってひん死の重傷を負うなどの事件が起こったりしている。

DUPとSinn Feinが離脱という事態だけは何とか避けながらここまでやってきたのですが、それでもカソリック側とプロテスタント側の敵対意識は続いています。それをさらに鮮明にしているのが、警察および司法という権限をロンドンの中央政府から北アイルランド政府に移譲することについての対立です。

カソリック側から見ると、かつて自分たちを痛めつけた英国側の警察・司法の権限が同居政府に移譲されるのだから歓迎すべき動きですが、プロテスタント側から見ると、移譲された警察は必ずやカソリック側に有利な動きをするに違いないということになる。例えばIRAのようなテロ組織に甘いのではないか、ということです。北アイルランド議会は、この問題をめぐって両派が深刻な対立関係にあった。

そのようなときに起こったのが、ロビンソン首相夫人のスキャンダルです。これを巡っては首相自身の監督責任が問題になったりしている。ロビンソン首相はプロテスタント側を代表する政治家で、The Economistによるとプロテスタント側の利害を代表する人物としては最も有能な政治家であり、ロンドンの北アイルランド省やアメリカ国務省からの受けもいい。ただかなりの強硬派でもあるのだそうです。

そのロビンソンが夫人のスキャンダル絡みで失脚するようなことになると、同居政府そのものの存立さえ危うくなってしまう。それではどうしようもないというわけで、ごく最近、英国のブラウン首相とアイルランド共和国のコーエン首相がベルファストに乗りこんで権限移譲のための調停を図ったのですが、結局妥協点が見つからず何もできずに終わってしまった。

The Economistによると、警察についての権限移譲で両者が妥協しないままでいると、議会の機能を一時停止(suspension)するか、新たに選挙をするかということになる。一時停止という事態はこれが初めてではないのだそうですが、そうなるとプロテスタント側のロビンソン首相とカソリック側のマギネス副首相の両方が辞職しなければならなくなる。議会を解散して選挙という場合、ロビンソン首相がDUPの党首にとどまることはまず無理。アイリス夫人のスキャンダルがあるからです。

ただDUPもSinn Feinも再びテロの応酬という昔の状態に戻ることだけは避けたいという気持ちが強いわけで、これからも延々妥協点を探りながら交渉していく以外にない。うんざりすると同時に難しい交渉(tedious and difficult talks)です。

北アイルランド問題は、労働党政権下で比較的うまくいっていただけに、選挙を控えたブラウン首相にしてみれば、交渉決裂→暴力の応酬という事態だけは何としてでも避けたいところです。ブレアさんが首相であったころに、北アイルランド問題について"you just have to trudge on"と言ったことがある。「ゆっくりでもいいから、とにかく歩き続けるしかない」という意味であります。

▼北アイルランド問題についての記事を読んでいると、双方のリーダーが強気の発言をすることが多い。相手側に譲歩したという印象を支持者に与えたくないということですが、それがさらに事態を悪くしているようです。意地の張り合いですね。だた、その一方でこの問題の歴史を振り返ると、簡単に解決などするわけがない問題なのだと思えてきます。

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5)「いいタリバン」と「悪いタリバン」

アフガニスタンの安定化を協議するための国際会議がつい最近ロンドンで開かれ、5年以内に駐留外国軍からアフガン当局に治安権限を全面移譲することなどを盛り込んだ声明を採択しました。

北海道新聞のサイトによると、アフガニスタンのカルザイ大統領が「経済的困窮からタリバンに参加している兵士に対し、職業訓練や生活費支給を通じて武装解除と社会復帰を促す」として、そのために基金が創設されることになったそうであります。

また同じ北海道新聞のサイトには、イスラマバードからの共同通信の報告として

アフガニスタンの反政府武装勢力タリバンが、停戦交渉に向けた水面下での協議を行っている米政府代理人に対し、アフガン駐留外国部隊の撤退を条件に、国際テロ組織アルカイダのアフガンでの活動を停止させる用意があると伝えていたことが31日、分かった。パキスタン政府当局者ら複数の関係筋が明らかにした。

と出ています。この記事をそのまま解釈すると「タリバン=アルカイダ」ではないということになりますね。

で、BBCのラジオ番組がカルザイ大統領とブラウン英国首相との単独インタビューを放送したのですが、その中でブラウン首相が「タリバンにもいろいろな考え方の人がいる」(Afghan Taliban represented a wide range of divergent views)としたうえで、次のように発言しています。

タリバンのある部分は思想的にもアルカイダの活動にコミットし、これを支持している。しかし中には雇用兵もいるし、土着の愛国者もいるし、部族同士の争いをしている部分もある。我々はタリバンを分けて考えることができるし、そうすることが重要である。但しアルカイダを繋がっている部分のタリバンとの和解はあり得ない。彼らはあの暴力的な過激主義を信奉し、イスラム教についての誤った考え方を殺人という形で表現することを信じている人々である。
Some are ideologically committed and support Al Qaeda. But some are mercenaries, some are people who are local nationalists, some have got local tribal grievances. We can divide them, and it's important that we do so, but there is no reconciliation with the Al Qaeda element who believe that violent extremism and the murder of people is an expression of a perverted view of Islam.

下手くそな翻訳で申し訳ないけれど、要するにブラウンさんは「いいタリバン」と「悪いタリバン」に分類することができると言っているのですよね。本当にそんなことできるのでしょうか?前回のむささびジャーナルで紹介した元駐露英国大使による記事の中で、ソ連がアフガニスタンに侵攻した際に一番悩まされたのが、同じアフガニスタン人がソ連軍に参加したかと思うと次の日にはゲリラ側に寝返るということがしょっちゅうあったということだったと書かれています。

むささびジャーナル119号INSIDE THE GLOBAL JIHADという本を紹介させてもらいましたが、その本でもアフガニスタンにやって来るアラブ出身のアルカイダ戦闘員たちが土着のタリバンを嫌っていたとされている。その理由は、タリバンがイスラム法を余りにも厳格・極端に実施しすぎており、「コーランの教えから外れている」ということだった。

▼ブラウンのいう「いいタリバン」も「悪いタリバン」もない。タリバンやタリバンを支持するアフガニスタンの人々は「愛国主義者」か「国粋主義者」であって、国際主義者のアルカイダとは違うのではありませんか?つまり元駐露英国大使が言うように、アフガニスタンで「悪いタリバン」を征伐しても、英国内のテロはなくならないということです。違います?

▼それから、タリバンをやっつけることがアルカイダのような国際テロ組織をやっつけることにもなるという米英の考え方はおかしいのであって、それをインド洋上の給油活動を通じて支援することが「国際社会の一員」としての義務だというのも全くおかしいんじゃありません?

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6)小沢が居座ると民主党がダメになる?

1月21日付のThe Economistが小沢さんをめぐる日本の政治状況についての記事を掲載しています。タイトルは『日本の政治スキャンダル:暗闇から外へ』(Political scandals in Japan :Out of the shadows)、イントロは「民主党は自らのフィクサー親分を支持することで高い代償を払うことになるかもしれない」(The DPJ may pay a high price for standing behind its fixer-in-chief)となっています。フィクサー親分(fixer-in-chief)とはもちろん小沢さんのことです。

The Economistによると、昨年の総選挙で民主党が大勝して政権交代を実現させたのは小沢さんであるとしたうえで、

彼はそれ(政権交代)を政治的な親分子分関係とか「えこひいき」という暗黒の芸術(すなわち自民党政治のやり方)によって実現させたのである。そのようなやり方は前政権ではほとんど問題にならなかったが、いまやそれが被告席に立たされているのである。
He did so using the dark arts of political patronage and cronyism so closely associated with the LDP. As they all too seldom were under the former regime, such practices are now in the dock.

と言っています。The Economistはさらに、あの政権交代によって「日本の有権者は自分たちを失望させたものは追い出すということの味をしめたであろう」(voters will have developed a taste for kicking out those who let them down)とも言っている。つまり小沢さん自身が有権者によって追い出されかねないと言っている。

そして民主党がこのまま小沢さんをかついでいると、夏の参議院選挙での安定多数も難しいかもしれない、という政治アナリストの意見を紹介しています。そうなると、民主党は相変わらず不安定な連立を続けるか、悪くすると完全な政治的行き詰まり状態(political gridlock)に陥る可能性もあると言っている。

The Economistによると、ほとんどの日本人が小沢さんの辞任を望んでいるという世論調査が出ており、民主党にとっても小沢さんが辞任してくれた方がいいかもしれないというわけで、

小沢が辞任せず、民主党も尻ごみして彼を追い出すことをしないとすると、小沢自身が何としても成功させたいと願ってきた民主党にとって、小沢という存在そのものがダメージを与えるというパラドックスに陥ることになるかもしれない。
If not, and the party shrinks from kicking him out, the crowning paradox of his life may be damaging the party he so badly wants to succeed.

と結論しています。

▼この記事を読んでいて思ったのは、その内容がほとんど日本のメディアで言われていることの繰り返しとしか思えないということです。すなわち「小沢は金まみれの政治家であり、日本人のほとんどが彼のような"金権政治"にうんざりしている。従って民主党は彼と縁を切った方がいい」という論調です。

▼政権交代が実現したのは、小沢さんの自民党的な暗黒政治のお陰である一方で、その暗黒政治のお陰で有権者は気に入らない政権を倒すということを憶えてしまった、とThe Economistは言っている。だったら「暗黒」だっていいんじゃありませんか?!

▼The Economistの記事は、日本の有権者が自民党の何がダメだと思ったのかということについては書いていない。私自身は「日本人は・・・」というふうに一般化・客体化してものを語る能力がないので、自分の感覚のことしか語れません。はっきりしていることは、私が民主党に投票したのは、自民党の「金権政治」や「親分・子分政治」にうんざりしたからではないということです。民主党にカネにクリーンな「清潔原理主義」を求めたのではないということです。

▼私がうんざりしたのは「政治家なんてみんな汚くて無能だ」という言葉であり思考方法(自分も含めて)です。クリーンで言うことに筋が通っているかもしれないけれど、政権に就く気などさらさらない(としか思えない)共産党に投票するのは止めてみようということです。betterやbestを望むではなくless badかleast badを試してみようということです。

▼これ以上書き始めると大長編になってしまうので止めておきます。田中良紹というジャーナリストがとても面白くて長~いエッセイを書いています。ここをクリックしてご一読を。このようなエッセイが読めるのだから、インターネットは有難いですね。

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7)D・キャメロンの研究⑩:サッチャーさんに学べ


昨年(2009年)5月2日付のDaily Telegraphが「キャメロンがサッチャーから学ぶべきこと:あえて不人気であれ」(Margaret Thatcher's lesson for David Cameron: dare to be unpopular)という社説を掲載しています。ちょうどその日がサッチャー政権が誕生してから30年目にあたるということで書かれたもので、保守党系のTelegraphだからサッチャー称賛というアングルにはなっているのですが、これを読むと「キャメロン首相」もタイヘンだろうなと思ってしまう。

社説によると、首相としてのサッチャーさんが断行しようとしたのは、英国における「国家と個人の関係」(balance between the individual and the state)であり、彼女が主張したのは個人の尊重ということです。彼女の有名な言葉に「ホワイトホールの紳士たちが全部知っているわけではない」(the gentleman in Whitehall does not know best)というのがある。「ホワイトホールの紳士たち」とは日本で言うと「霞が関のお役人」ということになる。

彼女が強調したのは、個人々々は自分たちが稼ぐ以上のお金を使わないという責任を負っているの同じように、首相としての彼女の責任は国家の借金をなくすということにあるということだった。

国家にはそれ自身のお金というものはない。国家が持っているのは国民から取り立てたものにすぎない・・・というサッチャー哲学がいまだに議論の対象になっているということは、いかに彼女の主張が力を持っていたかということの証拠であり、ブレアやブラウンの哲学が20年後にも議論されているということは考えられない、とTelegraphは言っている。

ブレアとブラウンの労働党が残す遺産といえば余りにも力を持ちすぎた国家、あまりにもカネを使いすぎる国家であるとして、労働党になってから保健・教育関係の出費は2倍になっているが、その割にはあまりにも果実が小さい。国家保健制度(NHS)から得る医者の収入はここ6年間で60%の上昇しているのに、国民が夜間診療や週末の診療を受けることはかつてなく困難になっているとのことです。

金融危機に関して「規制緩和」という「サッチャーの実験」(Thatcher experiment)の時代は終わったのであり、経済への国家の介入こそが必要な時代であるという意見があるが、それは間違っている、とTelegraphは言います。銀行崩壊のコアにあるのは確かに規制の失敗だろうが、それは規制が少なすぎるということではなくて、規制が機能していない(incompetent)ということ、すなわち規制を行う役人が自分たちがなにをやっているのか分からないということであり、その解決策はものごとを分かっている人間を雇うということにあるとのことであります。

そしてキャメロン率いる保守党が直面する政治的チャレンジの一番は、公共部門の借金を大幅に減らして英国経済を健全な状態に戻すということにあるが、キャメロンがやらなければならないのは、何をカットするのかを突き止めることであり、国家にとって代わって納税者のお金をより有効に使う方法を見つけ出すことである。そしてそのための行程を選挙民に明らかにすることである。

具体的な例が教育で、地方教育委員会の管轄外にある個人や慈善団体による学校設立をもっと容易にするということであり、さらに労働党政権下で繁殖した半官半民の特殊な団体(quango)が構成するジャングルを切り開くことである。

キャメロンに必要なのは、サッチャーと同じようなコミットメントと勇気である、とTelegraphは言います。公共支出をカットするなどの政策で彼が必ず直面するのは、国民の怒りであり、社会的な苦い思いであり、不人気である。しかしキャメロンが成功しようと思えばそれは避けることができない。それは「鉄の女」(Iron Lady)も同じことであったのだとTelegraphは言っています。

ところで、そのサッチャー首相の報道官だったBernard Inghamという人がいます。公務員ではあったのですが、サッチャー以外にもいろいろな政治家の報道官を務めた人です。現在は大学の先生などをやっているのですが、サッチャー政権当時は「名物報道官」だった。そのInghamがYorkshire Postという地方紙に「キャメロンのときは近い」(Cameron's hour draws near)というエッセイを寄稿しています。

その彼の言うところによると、サッチャーが首相になったのは「ほかにいなかった」(she was all they had)からであり、むしろ「サッチャーで大丈夫なのか?事態はより悪くなるのではないか?」という心配の方が強かったのだそうです。Inghamによると、それは現在のキャメロンにもいえて「ほかにいないじゃないか(he is all we have got)」というわけで、英国人は祈るような思いでキャメロンを見守っているのだそうであります。

Inghamによると、キャメロンがサッチャーから学ぶべきことが三つある。まず、なるべく早く自分をはっきりさせること。別の言い方をすると、政権交代で英国のマネジメントはこれまでとは違うのであり、労働党時代のような贅沢三昧のやり方には戻らないということをはっきりさせるということ。つまり「一夜にして雰囲気が変えたと思わせる(they must be seen to change the atmosphere overnight)」こと。

二番目に、キャメロン自身が「鉄の意思(iron will)」を持っている人間だということを証明すること。Inghamによると、現代において政権に就くということは「意思の強さの試験(a test of will)」をするのと同じことで、意思のないところに希望はない(Without it, there is no hope)のだそうです。

そして最も大切なことは「好かれようと思うな」(do not aspire to be loved)ということであり、これこそがサッチャーが最も偉大であった点であると言います。いまの英国が必要としているのは能力(competence)と効果(effectiveness)と正直(integrity)なのだそうで、「いいやつ」(being nice)である必要など全くなし。常に強気でフェアで率直であればよろしいのだそうで、歴史がどのように評価するかなどということは心配するな、とInghamは言っております。

▼Daily TelegraphもBernard Inghamも、嫌われてもいいから信念を貫けと言っているわけですが、このあたりがキャメロンには難しいかもしれないですね。いいヤツであることを忘れろ、と言うけれど、キャメロンという人は、もともと「いいヤツ」なのですね。そのあたりはジョン・メージャーあたりと似ていなくもない。違うのはメージャーさんが全くの庶民出身であるのに対して、キャメロンは超エリート家族の出であること。サッチャーやブレアのように、よく言えば「信念」(別の言い方をすると狂信)の人ではないように見える。

▼それから、サッチャーのころの英国が経済的にアウトという状態で、普通のレベルの英国人にもそれが感じられるほどひどかった。だからサッチャーさんの荒療治も受け入れた。受け入れざるを得なかったということです。でもキャメロンの英国は、金融危機で不況状態とはいえ、30年前の英国に比べればマシであるように見える。財政赤字を問題にしているけれど、サッチャーのころのように失業者が列を作り、ホームレスが街にあふれるというほどひどい状況とも思えない。

▼ただ、暴力事件が多発するとか、学校も家庭も崩壊して「こわれた英国」という状況にあることは、普通の人は感じている(ように私にはうつる)。そのあたりを訴えるキャメロンの保守党が勝つであろうことは、大方の予想するところではある。キャメロンがサッチャーやブレアほど長期に首相であり続けるかどうかは疑問ですね。

▼私の見るところによると、英国人は結局のところコミュニティ感覚のようなものに居心地の良さを感じる人たちであり、その意味で面倒見のいい政府(paternalistic government)を望むのではないかということです。アメリカ人とちょっと違う。

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8)どうでも英和辞書

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blue Monday:ブルーマンデー

Cliff Arnallという英国の心理学者によると、1月の第3月曜日は一年中で最も憂鬱な日(the most depressing day of the year)なのだそうですね。Blue Mondayです。理由はいくつかある。クリスマスプレゼントを買った借金のことを想い出すし、新年の誓いが今年も破られたことがはっきりするし、もちろん冬の憂鬱はあるし・・・。特に今年は不況で有給休暇がとりにくいうえに、雪のお陰で余計に休んじまったので、出社するとイヤな顔をされるだろうし。あーあ、会社、休んじゃおうかな、というわけですね。

で、Arnall先生のアドバイスによると「愛する家族や友人のことなど、お金じゃ買えないもののことを考えて、楽しいことをやりなさい。そうすればこの日が跳躍の記念日にもなりますよ」とのことです。そんなことできるくらいなら、Blue Mondayなんかねぇっつうんだ、このぉ、というわけで、心理学者なんかぶん殴ってやりたいという人は絶対いるでしょうね。


tea:お茶

teaについてはいろんな人がいろんなことを言っていますね。

▼Tea should be taken in solitude.(お茶は孤独に飲むものだ:宗教家のC.S. Lewis
All true tea lovers not only like their tea strong, but like it a little stronger with each year that passes. (本物のお茶好きは強いお茶を飲みたがるだけではない。年々少しずつ強いお茶を飲みたがる:小説家のGeorge Orwell

でも私が気に入っているのは

Tea is not like vodka, which you can drink a lot of:お茶はウォッカとは違ってガブ飲みができない。

というロシアの格言ですね。なぜか笑える。最近、ドイツのフランクフルトにある劇場でロシア人の酔っ払いの演技をしていたドイツ人の俳優が、よせばいいのに舞台上で本物のウォッカを飲んで酔っ払ってしまい病院に担ぎ込まれたというニュースがありましたね。観衆の一人は「実に真に迫る演技で、ろれつが回らないところなんか本物そっくりだった」と言っております。でしょうね。本当に酔っ払っていたのだから。この俳優は監督から「これからは水を使え」と命令されたそうです。でしょうな。


map:地図

地図を見るのってなぜ楽しいんですかね。見知らぬ土地へ行った気にさせてくれるということですかね。今年(2010年)4月30日から9月19日まで英国図書館(British Library)で開かれるMagnificent maps: Power, Propaganda and Artという展覧会は、この図書館が所蔵している約450万点の地図の中から選ばれた100点を公開するもので、タイトルが示すとおり、地図というものが単に場所を示すものではなく、権力誇示・プロパガンダ・芸術品という意味を持っていたことを示すものになるのだそうです。

British Libraryによると、昔の貴族や金持ちにとって自宅の壁に地図を掛けるのが一種のステイタスシンボルであったのだそうです。世界のことを知っているということを示すことになるし、自分の領土の地図を飾ることで力を誇示するという意味があった。

中でも見ものは、350年前にオランダの商人がチャールズ2世に献上したKlencke Atlasと呼ばれる地図。高さ1・75メートル、幅1・9メートルの巨大マップで、現存する地図としては世界最大なのだそうです。

どうでもいいことかもしれないけれど、あの楽しいgoogle mapで英国を見ると、地名に英語と一緒にカタカナで表記されているんですね。英語よりもカタカナの方が目立つようになっている。まれに間違っているのではないかと思われるカタカナもある。EnglandのOxfordshireBicesterという町があるのですが、これがバイチェスターとなっている。私の知る限り「ビスター」というのが普通だと思いますが・・・。


survey:アンケート調査

「アンケート」というのはフランス語のenqueteだったんですね。知らなかった・・・。英語の場合、おそらくsurveyがこれにあたる。opinion surveyというのが正確なのだろうけれど、普通はsurveyで通ってしまっています。30年ほど前に出た100% BRITISHという本は、英国人を対象にしたさまざまなアンケートを一冊にまとめたもので、1%から100%までの数字で語っています。久しぶりに取り出して読んでみたら結構おもしろい。

1% マーガレット・サッチャーをサンデーランチのゲストに呼びたいと考える英国人。この本が出たのは1988年、まだサッチャーさんが首相だったころです。それにしてもサッチャーさんは、なぜそれほど敬遠されたんですかね。サンデーランチというのは、日曜日に家族そろって食事をするもので、ローストビーフのようなご馳走が出る。最近ではレストランなどでこれをやるケースの方が多い。
1% メガネを使用する英国人の中で三つ以上のメガネを持っているひと。ほんとかなぁ。アタシなんか少なくも10個は持っていますよ。どれも100円ショップで買ったものだけど。
12% 魚を飼っている英国人の中で、飼っている魚がクリスマスが来たことを知っていると考えている人の割合。ペットフード業界の調査だそうですが、だから何だってのさ!?
50% 英国の女性で、自分のすね毛を剃るのに旦那さん(もしくはボーイフレンド)の剃刀を使うひと。うーん・・・コメントのしようがないけれど、最近の調査によると、英国人男性の10人に一人が、妻(もしくはガールフレンド)の化粧バッグにある化粧品を使ってメイクアップをする趣味があるんだそうですね。
98% 選挙民から感謝の手紙を受け取ったことがある英国の国会議員。これ、30年前の数字ですから。
100% ネクタイを見れば教育程度や家柄が分かると考えている銀行マン。これも30年前の数字であることに気をつけておく必要がある。


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9)むささびの鳴き声

▼前にもちらっと申し上げましたが、私、最近テレビというものをほとんど全くと言っていいほど見なくなりました。そうなってから2か月以上経ちます。以前は見なくてもつけてはいたのですが、最近ではつけなくもなってしまったので、テレビとは全く無縁の生活となってしまった。正直言って、静かで気持ちがいい。こんな気分になるとは思ってもみなかった・・・と思っていたら、次のようなエッセイともつかずメモともつかないような文章にお目にかかりました。鹿児島県指宿市の人々がやっている「浮来亭」というメルマガに掲載されていたものです。

息子の引越しの手伝いで、鹿児島の息子の部屋に泊まりました。息子が用事で出かけ、一人になりました。驚いたことにテレビがないのです。ラジオもなく、パソコンも彼のだし、しまってしまいましたし、何もすることがなく、ボーっとするタイプではないので大変困りました。困ったというより恐怖の時間を味わいました。寝る時考えました。見なくてもテレビを付けておく習慣はやめるべきだと。あんな恐怖は二度とゴメンだと。

▼なぜだか理由が分からないのですが、この一文を読んでおかしくて笑いが止まらなかった。筆者がどのような人なのか分からないけれど、私、このようなおかしい文章を書く能力を心底うらやましいと思いましたね。

▼まあテレビ番組の全部がダメってわけではないのですよね。面白くない番組に当たる確率がかなり高いことは事実ですが。Youtubeなるものの世界には面白いものがありますね。漫才の大木こだま・ひびき、とっくに死んでしまったけれど落語の桂枝雀古今亭志ん生、コントの由利徹なんてのを見ることができるのですね。驚いてしまった。

▼死んでしまったといえば、プロ野球の小林繁さんが亡くなりました。「江川問題」と言っても知らない人の方が多いかもしれないですね。あのときは、江川のことをめちゃくちゃにけなしまくる日刊ゲンダイという夕刊紙があって、私など大喜びで買いましたね。考えてみると、この新聞の「江川は汚い」シリーズも商売でやっていたのですよね。アンチ巨人というマーケットに眼をつけた。プロは違いますね。

▼「プロ」といえば、歌手の浅川マキも死んでしまったのですね。彼女の歌にふれたのは、かなり年をとってからだったので、結局ナマで聴いたことはなかった。「ちっちゃなときから」「夜が明けたら」の入ったレコードを買ったのですが、本当に良かった。プロです。日本にもこんな歌手がいたのか、とうれしくなった。ニュースによると、彼女の「お別れ会」というのが、東京・新宿の「ピットイン」というところで開かれるのだそうです。「ピットイン」というのは、あのジャズ喫茶のことでしょうか?

▼東京・新宿といえば、厚生年金会館がなくなるって本当ですか?ラジオで言っておりました。40年以上も前のことですが、ジョーン・バエズという歌手が厚生年金ホールでコンサートをやった。私、非常に聴きたかったのですが、切符が売り切れで、くやしい思いをした。いま振り返ってみると、それほど大した歌手ではなかったので、高い入場料を払わなくてよかった・・・。その同じ厚生年金ホールで、初めて聴いたデューク・エリントンレイ・チャールズのナマはお金を払う価値のあるものだった。

▼というわけで、たまにはノスタルジアもよろしいのでは?1月は3回もお付き合いをいただきました。感謝いたします。
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