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むささびの鳴き声 美耶子の言い分 どうでも英和辞書 green alliance
2010年9月12日
確かに暑いけれど、夜になると虫の音が 聴こえるようになりました。これがいつの間にか耳について離れなくなって、鳴かなくなっても鳴き声が聞こえるような感じがするのが、11月かな?最近は夕暮れの西日の光の中を赤とんぼが音もなく飛んでいるのが見えたりして、これこそ日本の自然でありますね!
目次

1)「小沢首相」は日本の自己破滅?
2)放課後活動の費用が払えない・・・
3)平和大国、ニッポン
4)労働党の党首選挙:「選挙で勝てる党」って何?
5)むささびの友だち:独立系パブとタイ料理
6)どうでも英和辞書
7)むささびの鳴き声

1)「小沢首相」は日本の自己破滅?


9月2日付のThe Economistの主張によると、民主党が小沢一郎をリーダーに選ぶようなことがあったら、それこそ日本の自己破滅(self-destruction)に繋がるのであり、

日本の民主主義と民主党の未来のためには、民主党は小沢氏が依って立っている部分を拒否しなければならない(For the good of Japanese democracy, not to mention its own future, the DPJ must reject Mr Ozawa and all that he stands for.)

と言っています。

この雑誌によると、小沢一郎という人は政治とカネにまつわるスキャンダルで幹事長の座から降ろされた人であり、はっきりした政策も持っていない。従って民主党の党員の中で小沢氏を支持しているのは15%にも満たない。小沢氏の立候補は純然たる権力欲(purely out of a desire for power)のなせる業ではないかと思われても仕方ない。

The Economistはさらに、カネの政治に長けている小沢氏は、選挙民に人気がないというだけの理由で降りるということはなく、民主党内の小沢氏の仲間たちは彼を支持するしかないと思っているかもしれないが、民主主義政治とは選択の政治のことである、と言っています。そして菅氏が小沢氏との対立を選択することで国民の支持を回復したことは、世論調査を見ても明らかだとしています。

現代日本において部族政治の出る幕はなく(Tribal politics has no place in modern Japan)、日本が必要とするのは勇敢なるリーダーシップであって盲目的な忠誠(blind loyalty)ではない・・・というわけで、

菅氏の下で、すでに信用を失っている派閥のボスたちではなく普通の選挙民の意見を信頼するならば、民主党が致命的な分裂に陥ることはない。日本の選挙民は一年前に自民党を政治の片隅に追いやった。今年の6月には、お粗末この上ない鳩山氏を辞任せざるを得なくなるような状況に追い込み、その一か月後には菅氏に痛烈な一発を見舞ったではないか。民主党が小沢氏を日本の次なるリーダーに選ぶとなると、民主党は国民から如何なるお情けも期待しない方がいい。
A fatal rupture need not happen if the DPJ, under Mr Kan, puts its faith not in its own discredited faction bosses, but in the opinion of ordinary voters. A year ago they kicked the LDP into the political outback. In June they left the vapid Mr Hatoyama in no doubt he should resign. The next month they dealt a sharp blow to Mr Kan. If the DPJ picks Mr Ozawa as Japan’s next leader, it can expect no mercy.

と主張しております。

▼日本よ、小沢に代表される旧態依然たる自民党的政治から脱却せよ!と訴えている(ように見える)わけですね。いつものことながら、こと小沢一郎に関する限りThe Economistの主張は、日本の主要メディアの主張と合致しています。可笑しいくらい同じです。小沢さんには権力の駆け引きという意味での「政治」はあっても、日本をこのような社会にしようという「政策」はない・・・これも日本の主なる新聞の言っていることと同じです。

▼確かに小沢さんが(例えば)日米関係や日中関係についてどのようなビジョンを持っているのかということは伝わってこないような気がしないでもない(ややこしい言い方ですが)。でもそれは日本の主なるメディアが小沢さんにきちんと聞かないからではないのか?政策をディスカッションしないで、ある意味でイチバンやりやすい「カネと政治」ということで同じような批判を何十年と続けている・・・そのようなメディアが主宰する世論調査の結果など、いくら聞かされても納得がいかない。

▼小沢さんの「政策」については、むささびジャーナル169号で触れています。いずれにしても、小沢さんの政治が部族政治であるというのであれば、その小沢さんを延々選挙で民主的に選び続けてきた日本の選挙民が「部族政治」が好きなのだということなんじゃありませんか?それの何が悪いんでしょうか!?

▼ご記憶のことと思いますが、小沢さんが民主党の代表をやっていたときに「自民党との大連立をやれ」とけしかけた人がいましたよね。あの人は、日本版ルパート・マードックのような存在だった。そして小沢さんは民主党に持ち帰って検討したところ大反対という意見が強かったのでぽしゃってしまった。あの小沢さんのやり方は民主主義だったのではないですか?

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2)放課後活動の費用が払えない・・・

8月29日付のBBCのサイトが、英国の小中学校における放課後活動(after-school activities)に関するSave the Childrenによる調査結果を報告しています。854組の両親を対象に行ったアンケート調査なのですが、「ほぼ3分の2の親が子供たちが放課後活動に参加するための費用を払う経済的な余裕がない(Nearly two-thirds of UK parents cannot afford after-school activities for their children)と言っているのだそうです。Save the Childrenは児童福祉促進のためのチャリティ組織です。

Save the Childrenの調査結果に出てくる数字をいくつか挙げると次のようになる。

1)放課後活動のために親が負担する金額は、子供一人当たり平均で1週間に10ポンド以上になる。アンケートに答えた親の5分の1が20ポンド以上(年間で1000ポンド以上)払っている。この活動の中には学校の授業についていけない子供たちのためのcatch-up clubsの活動も含まれる。

2)子供の学業成績(achievement)の成果で学校の授業のお陰と思われるのは14%しかなく、残りは家庭環境を含めた学校以外の環境が理由になっている。

3)医者、弁護士のような専門的な職業人を親に持つ子供と年間収入15,000ポンド以下の家庭の子供を比較すると、前者の方が音楽教育を学校外で受けている確率が2倍。

4)自分の子供が放課後活動を何もしていないという親は全体の29%だけど、年収が15,000ポンド以下の家庭の子供に関してはこれが39%にまで跳ね上がる。

知らなかったのでありますが、英国では子供たちの放課後活動に要する費用が地方自治体によって賄われているのですね。キャメロン政権最大の課題は財政赤字の縮小にあるので、教育関連の予算(中央政府から地方自治体へ交付される)も削られ、その結果として子供の放課後活動も縮小されるのではないか、というのがSave the Childrenが心配するところです。

この点について、Loughborough Universityの社会政策研究所のDonald Hirschという教授は、放課後活動が特に貧困家庭の子女にとって貴重であるとして、次のように語っています。

Save the Childrenの調査結果が示しているのは、子供たちが幼いころからさまざまな課外活動で学ぶことを体験すると、それが学校における学習にも影響してくるということだ。課外活動のようなことを一切やっていない子供たちは、学校での授業が強制されるものと感じてしまって自分との関連付けの意識が薄くなる。What the research seems to show is that if you have a background of - from quite an early age - having done various forms of learning out of school, then that actually affects how you're able to engage in learning when you get to school. A child who's never done any of these things might feel that the teacher is telling them to do things and to learn things and they just don't connect with that because it seems forced.

ちなみに最もい多い放課後活動の中で最も多いのがスポーツで48%で、以下ボーイ(ガール)スカウト、演劇、音楽などとなっています。

▼上に挙げられた数字の中で、最も気になるのは2)のものでしょうね。子供の学業成績が向上したのは学校における授業のお陰ではないというのです。日本も全く同じなのでは?あちらのスーパーなどでは、日本でいう学習塾のようなサービスを提供する会社のチラシが置かれています。この数字について私が「気になる」というのは、言うまでもなく両親が勉強の場としての学校を全く評価していないという部分です。評価されない学校が悪いのではなく、評価しようとしない親が悪い・・・と私などは思っているわけです。

▼この記事に対するコメントとして適切かどうか自信はないけれど、いまから60年以上も前、私が小学生であったころクラスメートの何人かは学校が終わってから手習い事をやっていました。習字、そろばん、お絵かき・・・そのころは音楽はなかったと思います(戦後わずか約5年のことですから)。私はなぜかそのようなことはやっていなかったのですが、近所の友だちがガバンを下げて「お絵かき教室」へいそいそと出かけて行くのがとても羨ましかったわけです。そこで母親に頼み込んで「お絵かき教室」へ行くことになった。とても嬉しかったのですが、2週間も続かなかったのではないかと思います。理由は簡単で、絵を描くなんて好きではないので上手でなかったわけです。嫌いなものは続きませんよね。私がやりたかったのは、ガバンを下げて教室に行くということであって、お絵かきではなかったということです。

▼自分の子供たちには習い事は一切勧めなかったし、彼らも何もやらなかったのではないかと思います。でもまだちゃんと生きております。

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3)平和大国、ニッポン


Vision for Humanityという国際NGOが発表したグローバル平和指数(Global Peace Index :GPI)によると、日本は世界で3番目に平和的な国(peaceful country)であるのだそうであります。

この調査は世界のさまざまな国について「犯罪が起こる社会的な可能性」(level of perceived criminality in society)、「テロ活動が行われる潜在的可能性」(potential for terriorist acts)、「軍事能力の進み具合」(military capability & sophistication)など25項目にわたる要素について1~5の数値で評価、その平均値をランク化したものです。1が最も平和的、5が最も平和から遠い状態です。

平和的な国のトップ10は次のようになっています。右側の数字が「1」に近ければ近いほど平和度が高いということになります。

1. ニュージーランド 1.188
2. アイスランド 1.212
3. 日本 1.247
4. オーストリア 1.290
5. ノルウェー 1.322
6. アイルランド 1.337
7. ルクセンブルグ 1.341
7. デンマーク 1.341
9. フィンランド 1.352
10.スウェーデン 1.354

なぜこのようなランクになるのか、評価要素25項目を見てみると、トップのNew Zealandの場合、4項目を除いてすべて「1」(最も平和に近い)と評価されている。例外の4項目はというと「犯罪が起こる社会的な可能性」、「テロ活動が行われる潜在的可能性」、「暴力的犯罪のレベル」の3つが「2」となっていて、「軍事能力の進み具合」が「3」となっています。

日本はどうかというと、「1」の数はNew Zealandよりも多いのですが、「軍事能力の進み具合」が「4」、「隣国との関係」が「3」、「犯罪が起こる社会的な可能性」がそれぞれ「2」と評価されている。英国は31位なのですが、軍事力では日本と同じ「4」ですが「社会の犯罪性」と「テロの可能性」では「3」と評価されているほか、「1」が9個しかないのが日本と大違いです。

で、最も平和から遠い国の10カ国を挙げると次のようになる。

140. コンゴ民主共和国 2.925
141. チャド 2.964
142. グルジア 2.970
143. ロシア連邦 3.013
144. イスラエル 3.019
145. パキスタン 3.050
146. スーダン 3.125
147. アフガニスタン 3.252
148. ソマリア 3.390
149. イラク 3.406

最も平和から遠い国であるイラクの場合、「人口に占める難民の割合」(number of displaced people as a percentage of the population)、「人権無視の度合」(level of disrespect for human rights)などを含めて「5」が10個もあり、「1」は6個しかない。どの分野が「1」なのかというと、武器の輸出入、外国との戦争による死者、重火器所有率、人口10万人当たりの刑務所収容率などとなっています。 その他の国を挙げると韓国が43位で、中国は80位、ブラジル83位、アメリカは85位ときて、インドは128位です。

▼この話題は英文むささびジャーナルでも取り上げましたが、トップ10の国々の中で日本はダントツで変わった国ですね。日本以外の国の人口は最も大きい国がスウェーデンで900万、ニュージーランドが420万、アイスランドなどは30万です。日本以外の国の人口を合計しても3000万にはならない。「英文版」でも言わせてもらったけれど、世界第3位の平和大国であるというのは、大いに誇ってしかるべき事実です。英米のジャーナリストなどは、「テロとの戦いにカネは出しても兵隊を出さない」国としての日本を見下す傾向にあるし、日本の中にもその種の考え方をする人が(特にインテリと言われる人には)多い。その種の意見というのは、シロクロがはっきりしているという点で分かりやすい。けど実際には何の役にも立たない。

▼先日ラジオを聴いていたら、「韓国が武器輸出に力を入れている」というニュースが流れていました。アフガニスタンにおける韓国軍が使うための戦闘機とかアフリカ諸国向けの武器、さらには北朝鮮が侵略してきたときにすぐに対応できる武装システム等を紹介する展示会がソウル開かれたのだそうです。

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4)労働党の党首選挙:「選挙で勝てる党」って何?


日本の政治における話題は、もっぱら民主党の代表選挙ですが、英国では野党・労働党の党首選挙が話題です。立候補者は次の5人です。

David Miliband 45才。議員歴は9年でブラウン政権の外相。
Ed Miliband 40才。David Milibandの弟。議員歴5年で現在は影のエネルギー・気候変動担当相。
Ed Balls 43才。議員歴5年、影の教育相。Financial Timesの記者をしたこともある。
Andy Burnham 40才。議員歴9年。影の保健担当大臣。
Diane Abbott 56才。議員歴23年、唯一人の女性であると同時に黒人候補者でもある。

労働党の党首は、下院議員(257人)、欧州議会議員(13人)、一般党員(18万人)、労働組合および関連団体の会員らによる投票によって選挙されるのですが、すでに投票用紙は配布されており、9月1日~22日の3週間を使って投票を募集、その結果が9月25日の党大会で発表されることになっています。

5候補のうち最有力はDavid Miliband、次いで弟のEd Milibandとなっており、他の3人はほとんど可能性なしという雰囲気で報道されています。Davidは2007年にブレアが辞めてブラウンが党首になったときに、ブラウンにチャレンジできるのはこの人しかいないと言われたブレア・グループのエースです。

先の選挙で保守党にさらわれてしまった中間層の票を取り戻すことが労働党の政権復活のキーポイントになる。これら中間層の多くがブレアの新労働党(New Labour)に惹かれた人たちであることを考えると、ブレアの政策補佐官をやっていたDavid Milibandがどうしても最有力となってしまう。

弟のEd Milibandは兄よりも「ちょっとだけ左(a bit to the left)」で労組関係者の支持が強い。「労働党がそもそも何者であり、我々の信条は何かということがはっきりしなくなっている(I think people lost the sense of who we were and what we believe)という彼のコメントが示すとおり、Edはブレア以前の労働党を支持する人たちにとっての希望の星となっている。

今回の党首選挙についてはDiane Abbott以外、みんな若いということもあって、「外野」からの雑音が結構激しくなっています。かつての党首であったブレアやそのブレーンと言われたピーター・マンデルソンらが相次いで「回想録」を出版、その中であからさまにDavid Milibandを支持するような発言をしており、それがメディアによってさらに大きく報道されて話題になっている。The Guadianのコラムニスト、Polly Toynbeeさんによるとブレアやマンデルソンは、虚栄心と金権に目がくらんだかつて労働党(Labour's vain, venal has-beens)を代表するものであり、いい加減に「身を引いて黙っているべきだ」(should bow out and shut up)と批判しています。

▼1979年からほぼ20年間、万年野党であった労働党が、それまでの社会主義というドグマを捨て去って「選挙に勝てる党(electable party)」に変身したときの立役者がブレアでありマンデルソンであったわけですが、今回の党首選挙は、労働党の支持者たちが13年前の「変身」が正しかったと考えているのかを占う選挙でもあるわけです。その意味で、「労働党って何なの?」という弟のEd Milibandの問いかけは重大なのではないかと思います。

▼1997年、ブレアやマンデルソンが労働党を右寄りにすることで政権を獲得したのですが、2010年にはキャメロンが保守党を左寄りにすることで政権の座についている。ブレア以前の労働党は労働組合の支持によって成り立っていた部分が大きいけれど、97年以後は明らかに組合とは距離を置いた中間層の支持によって政権が保たれてきた。つまり保守党だの労働党だのと言ってもかつてほどには違いがはっきりしなくなっており、英国人たちも左右対立のような政治を望まなくなっているということは言えるかもしれない。

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5)むささびの友だち:独立系パブとタイ料理


Finstock村から約10分のところにあるWitneyという町には、少なくとも14-15軒のパブがある。ジュリアンとナターシャの夫婦が経営するThe Old Court Hotelはそのうちの一軒です。Hotelだから宿泊もできるのですが、部屋数はたった10室なので、むしろ同時に経営しているパブの方が主なるビジネスになっている。

ジュリアンがこのパブを買って経営し始めたのが4年前のことなのですが、その前にFinstock村とその近くの村のパブの経営を6年間やっていたのだから、パブの経営歴は10年ということになる。その前はホテルとかレストランで約20年、仕事をしていたので、飲食業界での仕事歴は30年を超える。彼が経営していたFinstock村のパブ、The Crownには私も一度だけ行ったことがある。「なぜThe Crownを止めたんです?」と私が聞くと「あそこではひどい目にあった。オレが見ていないと従業員の若い奴らは勝手にビールは飲むし、レジから金は持っていくし。Finstockというのはヘンな村だな。いいヤツと悪いヤツがちょうど半々いる」とのことでありました。

The Old Court Hotelはジュリアンが経営を始めてから4年かもしれないけれど、建物の一部は何と16世紀の昔からあるのだそうです。昔は道路を隔てて裁判所があり、Old Court Hotelは裁判官、弁護士、たまには被告までが集まる場所であったのだそうです。

歴史はともかく、このパブの弱点はロケーションにある。Witneyの繁華街から6~7分歩いたところにあり、人通りが少ない。つまり「何となくブラリと入って来る」という客が少ない。しかもラウンダバウトが二つ繋がっているという交差点に面しているので、クルマの往来が非常に激しくて落ち着かないことおびただしい。尤もそのあたりは承知の上で買ったパブだし、建物を動かすわけにはいかない。

そこでOld Courtだけにしかない特徴を出して、繁華街の人を少しでも惹きつけようわけで、本格的にやり始めたのがタイ料理の提供であります。バンコクの5つ星ホテルでシェフをやり、ロンドンのホテルでも仕事をしていたというタイ人のシェフを雇うことにした。住み込みで奥さんもウエイトレスとして働くことになって6週間経つ。

「なかなか美味しいですよ。いいシェフなんじゃありませんか?」とお世辞抜きで私がジュリアンに言うと、「まあな、タイ料理の腕はいいんだけど、それしか出来ないというのが・・・」と浮かない顔で言う。「タイ料理だけではなくて普通のパブ料理もできる」という触れ込みだったのだそうです。実際、このシェフが作ったDrunken Noodle(酔っ払いヌードル)というヘンな名前のタイ風焼きそばは、多少の脂っこさはあったにしても非常に美味しかった。料理を運んできたウェイトレスの奥さんに「アンタの旦那さんは料理の天才だ」と言うと「だから私も彼を愛しているのよ」と仰っておりました。

ただ・・・確かにジュリアンの言うとおり、このシェフが作る朝食(English breakfast)は、はっきり言ってまずい。English breakfastという食べ物自体、誰が作ったってまずいものだと思うので、一概にタイ人のシェフを責めるのは可哀そうなのですが、妻の美耶子によると「前のシェフの朝食の方がタマゴ料理が美味しかった」とのことであります。

ジュリアンのパブの広さは、目勘定で畳60枚くらい。仕切りがあるわけではないけれど、店内がバー、レストラン、リビングルーム風スペースの3つに分かれている。私自身、英国パブに足繁く通ったわけではないのですが、30年ほど前に比べるとパブが変わったことは確かだと思いますね。かつては中に入ると、タバコの煙がもくもくしており、客はビール片手に立って大声で会話を楽しむ「男の世界」であり文字通り居酒屋であった。それがいつの間にか「食べる」場所に変わってしまった。

英国ビール・パブ協会(British Beer and Pubs Association)によると、1980年には69,000軒あったパブが2010年には52,000軒にまで減っており、いまでも一週間に28軒の割で、英国のどこかでパブが店じまいしているのだそうです。なぜパブが減るのか?The Independent紙のMartin Hickmanという記者によると、ビールよりもワインが好まれるようになった、コンビニやスーパーで売っている低価格のビールを買って自宅で飲む傾向が出てきた、全面禁煙のお陰で愛煙家が来なくなってしまった・・・いろいろあるけれど、要するに消費者の嗜好の変化に追い付いていかないパブが消えて行くのだとのことです。ジュリアンのパブには中庭があって、愛煙家たちはそこで時間を過ごしているのですが、最近のパブが中庭・裏庭・前庭にもテーブルを置いているのは愛煙家対策なのだそうです。

Hickman記者は、パブが英国のライフスタイルの一部であり、それが故に全く消えてしまうということはないだろうと書いているのですが、「自宅へ呼ぶほどまだ親しくはない」(people who might not, at least at first, be invited into our homes)人たちと付き合う場所がパブであるという指摘は非常に面白いと思います。ジュリアンのパブにあるリビングルーム風のスペースには大小取り混ぜソファが8つほど雑然と並んでいる。食前・食後のひと時をソファに腰を掛けて談笑したり、静かにビールを飲みながら新聞を読んだりして過ごす場所です。テレビもあるのでサッカーの試合を見ながら飲むこともできるわけですが、いずれもお客に来てもらうためにジュリアンとナターシャが知恵を絞って作った場所なのでしょう。

ジュリアンとナターシャのパブには、さらにココとフィービーというワンちゃんがいる。毛の長い大型犬なのですが、客をもてなす術を見事に心得ている(ように見える)。私がソファに坐って新聞を読んでいると、足元へ来てじっとしていたりする。客はまるで自分の家で自分のイヌと静かなひと時を過ごしているかのように思ってしまう。ジュリアンたちがそのように仕向けたわけではないのだろうけれど、二匹のワンちゃんは、結果としてそのような役割を果たしている。

ジュリアンが経営しているThe Old Court Hotelは肩書きがFree Houseとなっている。これは大手のビール会社が経営するチェーンではないという意味であり、いろいろな会社のビールが飲めるという意味でもある。ウィキペディアによるとFree Houseにも二通りあるらしい。ひとつはパブ経営のみをやっている大手チェーンのパブで、ビール会社からは独立しているので、いろいろなビールを提供しているけれど、ビジネスそのものはチェーン経営です。

もう一つのFree Houseは、ビール会社やパブ・チェーンの傘下に入っていない、文字通り一匹狼の独立系パブで、ジュリアンのOld Courtはこれに当たる。いまではほとんどなくなったのだそうです。「チェーンに入った方が、経営も楽で、いいんじゃありませんか?」と聞くと「でも自分の好きなことができないのでは、パブをやっている意味がないよ」とのことだった。タイ料理などは独立系のFree Houseだからこそできるわけか。

そう言えば、英国を離れる少し前にThe Old Court Hotelに宿泊したのですが、夕食を食べにパブへ行ったら、その日は貸し切りのバーベキュー・パーティーとかで、生のロックバンドも入って大騒ぎだった。「貸し切り」なので、お目当てのタイ料理もなし。例のシェフが汗だくでバーベキューのハンバーガーを焼いていたので「あなたのタイ料理を食べたかったのに、残念だ」と声をかけると、泣きそうな顔をしながら「アンタらにだけタイ・カレーを作って部屋へ持って行くから」と言うので、それではジュリアンたちが気を悪くするから止めておきました。あの顔つきでは、タイ人のシェフは「名人シェフのこのおれにハンバーガーなんぞ焼かせやがって」とかなり気を悪くしていたのではないか、彼も長続きしないかもな・・・と心配になってしまったわけであります。

ところで、ジュリアンによると、この世で信用できない職業人が3つある。不動産屋と中古車販売業者とジャーナリストだそうです。最初の二つは、素人の知識不足をいいことにいつもインチキばかりするという雰囲気なので分からないでもないけれど、なぜジャーナリストなのか?英国では国会議員を選び、政治を動かしているのはメディアのジャーナリストであって、有権者ではない、というのがジュリアンの確信なのだそうであります。ちなみに今年の選挙ではジュリアンもナターシャも労働党に入れた。Witney選挙区ではキャメロンが33,973票であったのに対して労働党の候補者は7,511票だった。

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6)どうでも英和辞書

A~Zの総合索引はこちら

abbreviations:省略形

NATO、USA、UNが何の省略形か?というようなことをむささびジャーナルの読者の皆様におたずねするのは失礼ですよね。ASAP(as soon as possible)やIOU(I owe you)、OMG(Oh, my God)も・・・。ただ携帯でメールのやりとりをする時の省略形となると、私などにはかなり難物ですね。AFAIK(as far as I know:私の知り限り)、FYI(For your information:ご参考までに)あたりまでなら聞いたことがあるけれど、CUL(See you later)、TU(Thank you)、ILU(I love you)なんかになるともうさっぱり。"prw, ttyl"って何だと思います?"parents watching, talk to you later"の略です。「両親が見てる。またあとでね」というのをメール送りするとこうなる。

但し、The Economistのブログによると、この種の不可解としか思えない省略形も案外昔から使われていたとのことです。19世紀、ビクトリア朝時代の英国では"I wrote 2U B4"という省略形が使われていたのだそうです。この意味、お分かりですか?I wrote to you before(以前、貴方にに手紙を書きました)ということだそうです。


crocodile tears:ウソ泣き

crocodileは動物の鰐(わに)ですが、鰐の流す涙は、悲しそうなふりをするウソ泣きの涙なのだそうです。「ウソ泣きをする」はto weep crocodile tears。英国のブレア元首相が自身の回想録を出して大いに話題になっているのですが、その中でブレアさんがイラク戦争について語る部分がある。ブレアさんはイラク戦争の結果として出てしまった犠牲者について「自分としても実に悲しかった」という趣旨のことを書いているのですが、回想録に絡んで9月1日付のDaily Mailがイラクで死亡した英国兵士の家族のコメントを掲載しています。「ブレアが流したと言っている涙などは、息子を亡くした私と妻の涙や、愛する者を失った何十万人ものイラク人の涙に比べれば何でもない」と言ったうえで

They don’t even come close to it. They seem to me like crocodile tears. It is a cynical attempt to sanitise his legacy.(ブレアの)涙は我々の涙には遠く及ばない。私には鰐の涙としか思えない。自分の業績を美化しようとする不真面目な試みとしか思えない。

と言っています。

鰐は人間と同じように眼球の潤滑剤のような役割を果たす涙を流すのだそうですね。ただ獲物をムシャムシャ食べながらも目には涙が浮かんでいる様子から「獲物が可哀そうで泣いているのではない」というわけでcrocodile tearsという言葉が生まれたのだそうであります。

私、イラク戦争についてブレアさんが流す「涙」がcrocodile tearsであるとは思いたくないけれど、自分の決定によって人命が失われたという事実を突き付けられたときに「正しいことをやったのだ」などと言える神経は理解の範囲を超えております。

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7)むささびの鳴き声


▼上の写真は週刊誌PRIVATE EYEの最新号の表紙です。見出しがCAMERON'S BUNDLE OF JOYとなっています。「ごきげんのキャメロン」というような意味ですね。何が「ごきげん」なのかというと、キャメロンの吹き出しに"She's just said her first words"と書いてある。最近生まれた赤ちゃんが「初めて言葉をしゃべった!」というわけです。で、赤ちゃんが何を言ったのかというと、"Vote Conservative!"(保守党に投票しよう!)だった。写真をクリックすると大きくなります。なぜか大きくすると可笑しい。

▼(例によって急に話題が変わり)厚労省の元局長であった村木厚子という人が逮捕されていろいろな罪に問われた挙句、結局大阪地裁によって無罪の判決が言い渡されたという事件について、かつて朝日新聞の記者をしていた大熊由紀子さんは、ご自身のサイトで「検察のリークを信じたメディア」について「冤罪とメディア」というコーナーで報告されています。

▼「検察によるリーク」を信じるメディア報道は確かにひどいと思うし、おそらく村木厚子さんの場合も、逮捕された当座は犯人扱いするような記事が掲載されたのでしょうね。2009年6月16日の産経新聞のサイトには「全面否認している村木容疑者の“外堀”はすでに埋められた格好だ」と、まるで「黙ってお縄をちょうだいしろ!」とでも言いたげな記事が掲載されています。たぶん他紙も似たような報道をしていたのであろうと想像します。

▼産経のような主要メディアによる誤りもひどいけれど、今はインターネット時代で必ずしも昔ほど新聞が読まれているわけではないですね。今回、村木厚子さんについてインターネットの世界ではどのようなことが語られていたのでしょうか?やみくもにグーグルを当たってみたら評論家・八幡和郎という人が主宰しているブログがあって「村木厚子 厚生労働省局長逮捕の深層」というエッセイが掲載されておりました。

▼このエッセイは、村木さんの事件そのものよりも、彼女の逮捕を契機に「我が国の官僚育成制度に係る根本問題がある」ことを訴えることを目的として書かれています。八幡さんという人は1951年生まれだから私より10才若い。東京大学法学部卒業後、通商産業省に入省。現在は「実際の行政の実情と経験から問題点を指摘できる数少ない論客員として、テレビの対談番組への出演や本の出版など、幅広く活動」しているのだそうです。

▼彼によると、日本の帝国大学法学部はフランスの国立行政学院に近い存在として明治時代に構想されたものだそうで、ご自身の出身である「東京大学法学部の教育は、その伝統を受け継ぎ、公務員としてのものの考え方をたたき込む機能をもっている」とのことであります。そして村木厚子さんについては次のように語っています。

今回の村木局長は、地方大学の経済学部出身だが、そういう条件で上級職試験を通り、現在の地位を築いたのは尊敬に値するが、一方で、「法の精神(リーガル・マインド)とか「行政官としての矜持」を学ぶ機会に不足していた可能性が強い。そういう意味では、制度的欠陥の犠牲者だったのかもしれない。

▼つまり「地方大学出にしてはやるじゃないか。でもやっぱり東大出とは違う。リーガルマインドが身についていないのは、アンタが悪いんじゃない。地方大学出で高級官僚になろうってのがもともと無理だったということだ」と言っているのですね。ひょっとすると、大阪地検の検事さんも東大出のリーガル・マインドばっちりの人だったのかもしれない。

▼もう一つ、北海道の余市町で毎年行われている、イングリッシュオークを囲む子供たちの写真撮影が今年も行われました。2002年に植樹式が行われたときに参加した子供たちを集めての撮影会で、今回で9回目。植えた当座のオークの背丈は約130cm程度であったはずですが、現在では560cmにまで成長しています。過去の写真を並べてみると、オークよりも子供たちの成長が微笑ましい。背丈もさることながら表情が明らかに大きくなっているのが可笑しいわけです。ここをクリックしてご覧ください。

▼今回もお付き合いをいただき有難うございました。
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