musasabi journal 198

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むささびの鳴き声 美耶子の言い分 どうでも英和辞書 green alliance
2010年9月26日
9月下旬だというのに気温35度というのは尋常ではなかったのですが、ようやく涼しくなりましたね。先日は中秋の名月というわけで、本当にまん丸な月が出ていました。あと2か月もすると、あの苦手な冬がやってくるわけです。明るい分、英国の冬よりはましかも?
目次

1)フィンランドにもギャンブル中毒
2)労働党の新党首はエド・ミリバンド
3)尖閣問題:弱い日本と横暴中国?
4)天地創造に神は要らない!?
5)ローマ法王の訪英が見せた英国人とカソリックの関係
6)医者と教師とBBCが信頼されている社会
7)どうでも英和辞書
8)むささびの鳴き声

1)フィンランドにもギャンブル中毒


フィンランドの新聞、Helsingin Sanomatの英語版サイトによると賭け事(ギャンブル)に狂ってしまっている人がフィンランドには結構いるのだそうですね。 SininauhaliittoというNPOが発表したもので、gambling addicts(賭け中毒)と目されるフィンランド人の数は「少なくとも13万人(at least 130,000 Finns)」であるとのことです。フィンランド人はもともとギャンブル好きが多いと見えて、Helsingin Sanomatは「ほぼすべてのフィンランド人が何らかのギャンブルをやっている」(Nearly all Finns indulge in some form of gaming)として、宝くじ、スポーツ絡みのギャンブル等々を挙げています。

フィンランド人が賭け事に使うお金は年間約15億ユーロ(約170億円)で、この調査を行ったNPOの計算によると、フィンランドの成人一人当たり300ポンドの損になっているのだそうです。特に中毒症状が問題になるのが20代後半から30代前半の男性で、女性の場合は中年過ぎのケースが多いのだとか。

この調査を行ったSininauhaliitto (The Finnish Blue Ribbon)という組織のPekka Lundという人によると、フィンランドではお金の話はタブーなのだそうで、ギャンブル中毒の多くが賭け事で経済的に損をしたことを話したがらない。家族や親しい友人にも打ち明けることができずにいるケースが非常に多いのだそうです。

Lundさんによると、フィンランドではギャンブルそのものが悪いのではなく、中毒に陥る人間が悪いという考え方が一般的なのだそうで、「ギャンブルという行為そのものの道徳性に関するディスカッションがあるべきだ」(there should be discussion of the morals of gambling on a broader scale)と語っています。

ギャンブルで消費されたお金はスロットマシーン協会のような組織を通じて社会に還元されてはいるけれど、本来ならば別の消費に使われているはずのお金がギャンブルという行為のために使われているわけで、お金が還元されたとしても、社会全般にとってどれだけためになっているのかは疑問だ、というのがPekka Lundの主張です。

▼英国におけるギャンブル中毒の数は、約35万人と推定されています。国民健康保健(NHS)の調査です。ただ英国の人口(6000万)がフィンランドの10倍であることを考えると、フィンランドにおける13万のギャンブル中毒というのはかなりの割合ということになる。NHSによると、英国のギャンブル中毒で助けを求める人の数は5%、治療を受ける人は1%だそうでGamCareのような支援組織がカウンセリングを受けるように呼びかけています。

▼それはともかく、「中毒患者の有無とは別にギャンブル行為そのものの道徳性を問うべし」というフィンランドのNPO(キリスト教関係団体)の主張は耳を傾けるに値すると思いませんか?ギャンブルを全面的に禁止せよ!などと言うつもりはこの組織にも(私にも)ないけれど、ギャンブルの売り上げによって社会的な事業が支援されるというのも妙な感じですよね。日本の場合も、一時期「このXXXXは競輪の売り上げによって行われています」という但し書きのついたイベントなどが頻繁にありましたね。競輪の売り上げによってギャンブル依存症患者への支援が賄われているとしたら妙な話です。

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2)労働党の新党首はエド・ミリバンド


9月25日に行われた英国労働党の党首選挙の開票の結果、エド・ミリバンド(40才)が党首に選ばれたことはすでに日本でも報道されています。前回にもお知らせしたとおり、今度の選挙はデイビッドとエドのミリバンド兄弟によるトップ争いとなりました。兄のデイビッド・ミリバンドがブレアさんらが作った「新しい労働党(New Labour)」の考え方を継ぎ、どちらかというと右寄り路線をとることで中間層の浮動票を獲得することを訴えていたのに対して、弟のエド・ミリバンドは左寄り路線の復活(アメリカ型資本主義批判)を訴えての争いだった。

最後まで勝敗は分からなかったのですが、最後はエドが50.65%、兄のデイビッドが49.35%という僅差で弟が代表ということになったわけです。兄の方は国会議員や党員の支持を得ていたのですが、弟は主なる労働組合の票を獲得したことが勝利につながったとされています。弟のエドが労働組合の支援を得て勝ったことについて、保守党や右寄りのメディアからの労働党攻撃が強まるだろうと憂慮する向きもあるようです。

ただブレア前の労働党の副委員長まで務めたRoy Hattersleyなどは「労働党の原理原則を復活させる党首」として支持しています。The Guardianに寄せた彼のエッセイによると、ブレアやブラウンに代表されるNew Labourが先の選挙に敗れたのは、党の基本哲学を忘れて「敵(つまり保守党的な勢力)のマネをした(imitating their enemies)」ことが原因だとして、エドが訴える社会民主主義こそが、今という時代、英国という国に合っている(his brand of social democracy is right for this time and right for this country)と主張しています。

今回の党首選挙は実の兄弟による争いという前代未聞の出来事となったのですが、そもそもミリバンドというのはどんな人たちなのか?BBCのサイトを頼りに簡単に説明すると、父親はナチの迫害から逃れてベルギーから英国へやってきた父親は、ポーランド系のユダヤ人。マルクス主義者のインテリで、英国の労働党には批判的だった。彼の思想によると議会を通じて社会主義革命を遂行するのはムリという考え方であったそうです。母親も英国の左翼知識人の間ではよく知られた存在で、労働党の党員です。

デイビッドもエドも幼いころから、両親を訪ねてくる英国の左翼インテリたちが繰り広げるディスカッションを聞きながら育ったような環境であったそうです。二人ともオックスフォード大学出身のエリートで、特に弟のエドは数学が得意の切れ者として知られています。


▼確かに僅差の勝利ではあったのですが、キャンペーン中は兄の勝利間違いなしと言われていたことを考えると「まさか」の勝利です。ブレア、マンデルソン、キャンベルらのNew Labourを支えた人々がメディアを通じて兄への支持を訴えていたにもかかわらず勝てなかったのは本当に意外です。

▼保守党のキャンベルが「サッチャリズム」の影と戦わなければならないと同様に、エド・ミリバンドは、ブレア風「新しい労働党」の何を否定し、何を受け継ぐのか?という点に注目しようと思っています。

▼考えてみると、保守・自民の連立政権という状況では労働党が唯一の「まともな野党」となるのだから、エド・ミリバンドの責任は大きいですよね。もう一度言っておくと、この人、40才ですよ。彼が議会で党首討論をやるのです。

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3)尖閣問題:弱い日本と横暴中国?
尖閣諸島をめぐる日中対立の中で、日本が中国の船長を釈放したことについて、9月24日付のThe EconomistのAsia viewというブログがOut but not overという見出しのエッセイを載せています。「一応危機は去ったように見えるけれど、終わったわけではない」という意味ですね。

日本は圧力に屈した弱い国というイメージを得てしまったけれど、中国による横暴とも思える反応によって最終的には中国自身が傷ついたともいえる。アジアにおける責任ある参加者としての信頼を損ねてしまったからである。
Japan comes off looking weak, as it succumbs to an avalanche of pressure. But the ferocity of the Chinese response has harmed China ultimately, by undermining confidence in China as a responsible stakeholder in the region.

The Economistによると、今回の問題は単に尖閣諸島をめぐる日中間のもめごとにとどまらず、中国という国が海洋領有権の主張のためなら、ほとんど異常とも思える行動に出る国であるということを示したものであり、このことは南シナ海を取り巻く国々と中国の間の問題にも関連するのだそうです。

The Economistはまた、今回の問題についての中国のあまりにも大袈裟な反応によって、お互いに納得のいく解決を見出すことが不可能になってしまったというわけで、

緊急の危機は回避できたかもしれないが、この解決が日本と中国の冷えた関係の時代に入ったことを意味することは間違いない。The acute crisis may be over but this resolution is sure to usher in an extended period of chill between the countries.

と指摘しています。そして、

中国は2009年以来、日本にとっての最大の貿易相手国であった。しかも民主党の新政権は最近の日本では最も親中的な政府のはずである。こうした善意の友好関係が失われてしまったのだ。And the new Democratic Party of Japan government is the most pro-China administration in recent times. All this goodwill is lost.

中国人船長の釈放についてはBBC9月24日付のサイトも速報風に伝えているのですが、東京特派員のコメントとして「長期的に見たときに中国にとっても失うものがあるかもしれない。中国が世界の中でより大きな役割を果たそうと望んでいるいま、この事件によって近隣諸国に冷水が浴びせられることになってしまったのだから(The events of this month have cast a chill over its neighbours just as China hopes to take on a larger global role)」と、The Economistと同じようなことを伝えています。

▼中国のごり押しも気持ち悪いけれど、日本側のやっていることもいまいち理解に苦しむことが多いように思いませんか?「国内法にのっとって粛々と・・・」を繰り返していたけれど、これはそもそも法律だけの問題として「粛々と」片付けられるようなことだったのでしょうか?船長を釈放したのは「検察の判断」ということにも関連するけれど、釈放の判断は政治家がやらずに誰がやるのか?「尖閣諸島は日本の領土」というあたりは、日本人に対してどの程度説明されているのでしょうか?何やら、事実を知らずに「中国はけしからん」と言っているようで、非常に頼りない思いがしませんか?鳩山さん(前首相)が、菅政権の対応について「私ならもっとうまくやれたかも・・・」という趣旨の発言をしたのですか?本当だとしたら、どういうつもりだったのか?

▼とにかく気持ち悪い思いをしながら生きるしかないってことですよね。そんな思いをしているのは日本人だけではない。最近のニュースに、アイルランド人による英国内テロについての可能性のパーセンテージが引き上げられたとされています。イスラエルと隣接して暮らすパレスチナ人、中国人との付き合いを余儀なくされるチベット人・・・皆さん、それぞれ窮屈で不安な想いを抱きながら暮らしているわけです。

▼このことについては、英文musasabi journalにも書かせてもらいました。非常にとりとめのない文章ではありますが・・・。

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4)天地創造に神は要らない!?


旧約聖書の最初に創世記(Genesis)という章があって、次のような文章で始まっていますよね。

初めに、神が天と地を創造した。地は形がなく、何もなかった。やみが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上を動いていた。そのとき、神が「光よ。あれ。」と仰せられた。すると光ができた・・・
First God made heaven and earth. The earth was without formき and void, and darkness was upon the face of the deep; and the Spirit of God was moving over the face of the waters. And God said, "Let there be light"; and there was light.

で、宇宙物理学者のスティーブン・ホーキング(Stephen Hawking)が新著、The Grand Designの中で「宇宙は神が創造したものではない」という趣旨の主張をしていることが、英国でも大いに話題になっています。正直言って、私などにはさっぱり分からない理論であり議論なのですが、「そこを何とか分かりたいものだ」と思いつつ9月2日付のThe Guardianの記事「Stephen Hawking says universe not created by God:ホーキングによると、宇宙は神が創造したものではない」を読んでみた。

The Guardianの記事によると、ホーキング博士は前著、A Brief History of Timeの中では宇宙は神によって創造されたものであると言っていたように見えるが、新しい著書で展開されている理論によると宇宙の誕生に創造主(神)は必要がないということになっている。アイザック・ニュートンは宇宙は神が創造したものであると信じていた。ニュートンは「混沌の中から宇宙など生まれようがない」(it could not have been created out of chaos)と考えていた。

ホーキング博士は天地創造について、新著の中で次のように書いています。

宇宙は無から自らを創造することができるし、これからもそうするであろう。その理由は重力の法則のようなものが存在するからである。自然発生的な創造こそが無ではなくて何かが存在することの理由なのであり、宇宙が存在し、我々が存在する理由なのである。青い導火紙に火をつけ、宇宙を創造してくれるよう、神に祈る必要はない
Because there is a law such as gravity, the universe can and will create itself from nothing. Spontaneous creation is the reason there is something rather than nothing, why the universe exists, why we exist. It is not necessary to invoke God to light the blue touch paper and set the universe going.

我ながら情けない日本語でありますが、要するに天地が生まれたのは神様の意思とは関係のないことだと言っている。聖書の言うようなGod made heaven & earthなんてことあり得ないということです。

我々人間は、自然の基本的な粒子の集合体に過ぎない。にもかかわらず我々と我々の宇宙を支配する法則をこれほどまでに理解できるようになったという事実は、大いなる勝利なのである。
"The fact that we human beings - who are ourselves mere collections of fundamental particles of nature - have been able to come this close to an understanding of the laws governing us and our universe is a great triumph."

宇宙が混沌からは生まれるはずがないというニュートンの信念にホーキング博士が最初の疑問を覚えた1992年のことだった。その年に太陽系以外の惑星が発見されたのですが、ホーキングはその発見の衝撃について次のように書いています。

この発見によって、我々の惑星(地球)が持っている条件にかかわる様々な偶然(例えば太陽は一つしかないこと、地球と太陽の距離と太陽の質量の幸運な組み合わせがある等々)が、かつてほどには注目に値すべきものではなくなってしまったし、その発見のお陰で、地球というものが人間を喜ばせるためだけに注意深く作られたという証拠としては説得力のないものになってしまったのだ。That makes the coincidences of our planetary conditions - the single sun, the lucky combination of Earth-sun distance and solar mass - far less remarkable, and far less compelling as evidence that the Earth was carefully designed just to please us human beings.

The Guardianの記事は、ホーキング博士が昔は「神による天地創造」という説を受け入れていたように思えるとして、前著(A Brief History Of Time)における次のような文章を紹介しています。

もし我々が完璧なる一つの理論というものを発見できたならば、それは人間の理性の最終的な勝利ということになるだろう。なぜならその時にこそ我々は神の御心というものを知ることになるからだ。If we discover a complete theory, it would be the ultimate triumph of human reason: for then we should know the mind of God.

ということなのですが、この文章を私なりに解釈するならば、人間のアタマでは完璧に物事を知るということはあり得ない。それは神のみに許されたことである・・・と言っているように見える。正直言って私などには、何が問題なのかよく分からない。クリスチャンである妻の美耶子によると、この宇宙とか自然の世界(人間の身体も含めて)が実に見事に組織されているのは神の仕業以外にはあり得ない・・・と言います。

The Guardianの記事で面白いと思ったのは、ホーキング博士の主張についてのアンケート調査が掲載されていたことであります。Hawking: God 'not necessary'(神は要らないというホーキングの主張)というタイトルのアンケートで、設問は次のようになっている。

In a new book, world-renowned physicist Stephen Hawking has altered his previous position, which seemed to accept a divine creator, to argue that the universe is the work of physics, not God. Do you agree?(世界的に有名なホーキング博士はかつては聖なる創造主という考え方をしていたが、新著においては考え方を変えて宇宙は物理的に出来たものであり神が作ったものではないと主張している。貴方は彼の主張に賛成ですか?)

そしてアンケートの結果は、

37.5% Yes. I believe in gravity, not divinity(賛成。重力は信じるが聖なる力など信じない)
62.5% No. God: Hawking 'not necessary'(反対。神は必要、ホーキングは要らない)

でありました。

▼むささびジャーナルでは何度も出てくる話題に、英国人はクリスチャンか?というのがあります。このアンケートに見る限り、かなりの英国人が敬虔なるクリスチャンであるという感じですね。このアンケートが無神論者が多いとされているThe Guardianの読者を対象に、ネット上で行われたものであることを考えるとなおのこと面白い結果であると言えます。

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5)ローマ法王の訪英が見せた英国人とカソリックの関係


英国における最近の主なる出来事といえば9月16日から19日までの日程で行われたローマ法王の訪英でしょう。カソリックの代表であるローマ法王が国賓で訪英するのは歴史始まって以来のことであるわけですが、英国ではカソリック聖職者による児童への性的虐待問題などでバチカン(ローマ教皇庁)に対する批判が高まっており、訪英前からローマ法王に対する好意的な意見と批判的な意見が議論の花を咲かせていました。

ローマ法王のような要人が国賓として未だかつて英国を訪問したことがないというのは尋常ではないと思って、バチカンと英国の関係についてネットをあさり始めたのですが、きちんと説明しようとすると、むささびジャーナル10巻分くらいになってしまうことが判明、この際、The Economistの政治コラムに出ていた情報を基に簡単にお知らせします。

現在のオックスフォードの市街にゴシック調のOxford Martyrs(オックスフォード殉教者)の記念碑(上の写真)が建っている。この記念碑は18世紀に建てられたものなのですが、オックスフォード殉教者の物語は16世紀半ばにまでさかのぼる。1554年に王位についたマリー女王一世(ヘンリー八世の娘)がイングランドにカソリック教を押しつけようとする過程において約300人のプロテスタント信者を焼き殺したりしたので「血だらけのマリー(Bloody Mary)」の異名をとるようになる。焼き殺されたプロテスタントの中に3人のオックスフォードの聖職者が含まれており、この記念碑はカソリックの残虐ぶりを忘れてはならないとする人々のキャンペーンの一環として建てられた。The Economistによると18世紀のイングランドにおける反カソリック・キャンペーンのシンボルだった。

実はマリー女王一世の父親であるヘンリー八世が、1534年、妻と離婚して自分の愛人と結婚すると言いだしたのをバチカンが認めなかったことに対抗してイングランド議会がAct of Supremacy(優越法)という法律を通すことで、ヘンリー八世をイングランドにおけるキリスト教会の総裁(Supreme Head)にしてしまった。これが英国国教会(Church of England)の始まりだそうで、1536年~1540年、ヘンリー八世はイングランド、ウェールズ、アイルランドにあるカソリック修道院などを解散させると同時にカソリック教会などが得ていた収入を取り上げてしまった。ところが娘のマリーが敬虔なるカソリックだったので、父親の死後、自分が王位についた途端にカソリックの復権を図った。

そのマリー女王が1559年に死んだ後に王位についたのがエリザベス女王一世で、彼女はマリーとは反対に父親ヘンリー八世の遺志を継いでカソリックの弾圧を始め、スペインやポルトガルのようなカソリックの国と戦争までしてしまう。

このように500年も前の英国ではカソリックとプロテスタントが極めて血なまぐさい戦いを繰り広げていたわけですが、The Economistによると両派の対立的感情は比較的最近の1960年~70年代にまで受け継がれていて、そのころのイングランドの中流階級の間ではカソリックとの結婚を避けたがることがあったのだそうです。現在でも北アイルランドにおける対立は隠しようがないし、スコットランドや北イングランドのリバプールなどでは年代によっては宗派対立のような感情が残っているのだそうです。

ただそれは古い世代の話で、現在のイングランドで40代以下の人は祖父の世代がなぜそれほどカソリックに対して警戒心を抱くのかが分からない人の方が多いのだそうです。このような状況についてThe Economistは

イングランド人はカソリックをまじめに嫌うにしては物忘れが激しすぎる。健忘症は彼らの美点の一つだ。The English are too forgetful to dislike Catholics seriously. Amnesia is one of their virtues.

と言っています。あの「血だらけのマリー」についてさえも、いまの英国ではMary who?(マリーって誰?)とされてしまう。

The Economistによると、イングランド人の世俗的健忘症(secular amnesia)が政治的な意味を持つ時がある。トニー・ブレアが首相であったときに北アイルランド問題が解決に向けて一歩前進したわけですが、その理由の一つに、ブレアが英国におけるカソリックとプロテスタントの対立の歴史について知らなかったことがある、と首相の特使を務めたJonathan Powellという人が言っている。

ただ、プロテスタントであるイングランド人がカソリックとプロテスタント対立の歴史について意識的に議論したことがない・・・つまりプロテスタントがカソリックを赦したというよりも対立の歴史を忘れてしまった(forgetting rather than forgiving)だけというのが現実であるわけです。これがイングランド人が反カソリック感情を意識的に捨て去った(つまり"赦した")というのであれば、本当の進歩ということになるのですが。

またちょっと興味深いのはイングランド人のカソリックに対する許容的な態度(English tolerance of Catholicism)の背景の一つとして、イングランドにおけるアイルランド系コミュニティの間で中産階級が多くなったことが挙げられていることです。物質的に豊かになるとケンカもしなくなるということですよね。

このことは、ひょっとするとイスラム教徒についても言えるかもしれない、とThe Economistは言っています。イスラムもカソリック同様に保守的な宗教であり、しかも今現在対立関係あるようなものであるわけですが、

(イスラム教徒が)少しでも豊かになり、自己防衛的な態度が少なくなったあかつきには、知らぬ間にイングランド人たちは、なぜイスラム教徒が心配の種であったのかさえも憶えていられないだろう。それがいい加減で不完全な解決であることは確かであるが、イングランド人を相手にするときは、「いい加減」で十分と考えた方がいいということが多いのだ。A bit of affluence here, a bit less defensiveness there, and before you know it, the English cannot remember why a minority worried them so much. It is a muddled, imperfect solution (just ask Catholics offended by this week’s pope-bashing). But with the English, muddle is often as good as it gets.

とThe Economistは言っています。

▼カソリックとの関係を今のイスラムとの関係と比較して、豊かになることが対立を和らげるという指摘はタイヘン面白い。当たり前のようでいて、なかなか気がつかないポイントであると思います。それとイングランド人の歴史健忘症に関連してmuddleという言葉が使われている。私は「いい加減」と訳していますが、要するに物事を明確させないままグダグダ状態で生きている状態のことを言います。私個人としては前向きに評価している英国人の気質です。

▼YouGovという機関の世論調査によると、ローマ法王の英国訪問については17%が支持、29%が反対であったのですが、一番多かったのは「支持でも反対でもない」(neither support nor oppose)の49%であったそうです。反対意見の多くは、反カソリックというよりも、カソリック司祭らによる最近の児童虐待の報道に影響されたものだとのことです。

▼トニー・ブレアですが、首相を辞めた2007年の12月にカソリックに宗旨替えをしています。その理由については説明されていませんが、シェリー夫人は子供たちがカソリックであることが大きな理由とされています。それからキャメロン現首相は、法王の訪英について「英国全体に襟を正して考える」(making the country "sit up and think")機会を与えてくれたと評価しています。

▼カソリック聖職者による児童への性的虐待問題は、この夏の英国メディアを賑わせた問題の一つであり、そのことについてローマ法王が滞英中に英国人の被害者に謝罪するかどうかが焦点の一つとなっていたのですが、ローマ法王は被害者と面会し「言葉にもならないような犯罪の罪のない犠牲者に対して深い悲しみを表明する」(I express my deep sorrow to the innocent victims of these unspeakable crimes)とコメントしています。これを謝罪と解釈する向きもあるけれど、被害者の中には「何でもない」(nothing)という人もいる。法王と面会した英国人の被害者の年齢は40~50才というから、虐待そのものはかなり前に行われたものなのかもしれません。そこまでは調べていないけれど、聖職者による虐待犠牲者ネットワーク(The Survivors Network of those Abused by Priests)という組織のサイトを見るとかなり詳しく出ています。

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6)医者と教師とBBCが信頼されている社会


YouGovという世論調査会社が最近行った「職業別信頼度調査」によると、信頼度ベスト5はファミリー・ドクター(85%)、小中学校の教師(76%)、チャリティー団体のリーダー(67%)、警察官(66%)、裁判官(63%)となっています。この調査は2010年の8月18日・19日に行われたもので、約2000人の成人が調査に答えています。

ベスト5の中で私が面白いと思うのは、学校の先生が第2位に来ているということです。信頼度76%の内訳はというと、「大いに信頼」(a great deal)は17%で圧倒的多数(59%)が「まあまあ信頼」と答えているのだから、全面信頼というほどの尊敬ではないのですが、それでもサッチャー政権の誕生(1979年)以来、政治家やメディアに何かと批判されてきている学校の先生への普通の人々の信頼度は案外高いということです。

反対に信頼度ワースト5は次のとおりです。数字は「信用していない」と答えた人の割合です。

大衆紙の記者 83%
不動産業者 79%
EUの役人 73%
中間紙の記者 71%
労働党の政治家 70%

「中間紙」というのは英語でいうとmid-market newspapers、大衆紙と高級紙の中間に位置する新聞で、Daily MailとかDaily Expressあたりがこれにあたる。パブとかB&Bなどには必ずと言っていいほど置いてあります。労働党の政治家の評判が悪いように見えるけれど、保守党の政治家についても64%が「信頼していない」と言っているのだから、政治家全体に対する信用度が低いということでしょう。

それからEUの役人(Senior officials in the European Union)への評価が低いのは、英国人のEUというものに対する感覚的な嫌悪感の表れであると解釈してもいい。実は英国の中央官僚(Senior civil servants in Whitehall)についてだって、69%が「信頼していない」と言っているのだから信頼度は決して高くはない。

ワースト5の中の「大衆紙の記者」に対する信頼度を細かく見ると「大いに信頼」は1%、「そこそこ信頼」が9%となっていて、「全く信用していない」(44%)が「余り信頼しない」(39%)を上回るのだからすごい。でもそれほど信頼されていないのに部数が大きいのはなぜなのか?それからブレア政権時代の首相付き報道官、Alastair CampbellはDaily Mirror、キャメロンの報道官、Andy CoulsonはNews of the Worldという代表的な大衆紙の編集長をした経歴がある。ブレアもキャメロンも、それが故に報道官にしたというふしも見られる。いわゆる大衆紙に対する英国人の気持ちにはよく分からない部分が多い。

ジャーナリストに関する信頼度を種類別にもう少し詳しく見ると次のようになります。

大いに
信頼
そこそこ
信頼
あまり
信用せず
まったく
信用せず
大衆紙 1% 9% 39% 44%
中間紙 1% 20% 45% 26%
高級紙 3% 38% 36% 15%
民間TV 5% 44% 32% 11%
BBC 12% 48% 24% 10%

テレビ・ジャーナリストへの信頼度が高いのは、(私の想像によると)生で語りかけてくるというわけで新聞よりもテレビを信用するということでしょうね。感覚的な信頼で、たぶん日本でも同じような数字が出るのではないかと思います。ただBBCに対しては60%が信頼しており、「信頼せず」の34%を大きく上回っているのは特筆ものなのではありませんか?日本におけるNHKへの信頼度はどの程度あるのでしょうか?英国におけるBBCの存在感は大きすぎるような気がして、何やら息が詰まるような窮屈さを感じてしまう・・・というのは私の個人感覚なのですが。

その他で英国人には悪いけれど、笑ってしまうのは「配管工・電気技師」(Plumbers / Electricians)に対する信頼度です。「信頼」が43%で、「信頼しない」が47%。水道や電気器具の修理・修繕を頼んでもなかなか来ないというケースが多いようなのであります。それから「圧力団体」に対する信頼度も案外低いのですね。アムネスティとかグリーンピースなどがそれに当たるけれど、不信頼の51%が信頼の39%を上回っている。

▼テレビ・ジャーナリストへの信頼度が新聞記者に比べると高いというのは事実かもしれないけれど、YouGovが2003年に行った同じ調査に比較すると、民間テレビの記者への信頼度は33ポイント、BBCの記者の場合は21ポイント、それぞれ下落しています。また高級紙への信頼も24ポイントも落ちている。

▼ホームドクター、教師、警察官などが信頼されるのは、いずれも「地元の人たち」だからである、とThe Prospectという雑誌が言っています。つまり身近であるということなのですが、例外的なのは地方自治体のお役人で、彼らは中央官庁の官僚と同じくらい信頼されていないのだそうです。

▼いずれにしてもこの調査は現代の英国人の生活意識のようなものを知るためのとっかかりにはなるかもしれない。ここをクリックすると詳細を見ることができます。

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7)どうでも英和辞書

A~Zの総合索引はこちら

woman:女性

womanについては、いろいろな人がいろいろなことを言っておりますね。レーガン大統領夫人のナンシーの「女はティーバッグと同じ。熱いお湯に入れて初めて強さがわかる」(A woman is like a tea bag. It's only when she's in hot water that you realise how strong she is)というのもあるし、動物学者のデズモンド・モリスの「あなたが何かに噛まれたとする。生物学的に言うと噛むのはメスである可能性が高い」(Biologically speaking, if something bites you, it's more likely to be female)というのもある。

でも私がイチバンいいと思うのはアメリカの作家、James Thurberの次の言葉です。

I hate women because they always know where things are. 私が女を嫌いなのは、彼らがいつもものがどこにあるのかを知っているからだ。

たぶんこの人、ものをどこかに置き忘れたり、紛失したりすることが多かったのでしょう。でも彼の奥さんだかガールフレンドにはそのようなことが決してなかったのではないか、と私は推察するのであります。私、まるで自分のことを言われているような気がする。


work:仕事

英国の哲学者、Bertrand Russell(1872-1970)の言葉に

One of the symptoms of an approaching nervous
breakdown is the belief that one's work is terribly
important.

というのがあります。自分のやっている仕事が非常に重要だと考える人は、神経衰弱の一歩手前だと思って間違いない・・・ということですね。Conquest of Happinessという本の中で語っているのですが、Russellはこれに続けて次のように言っています。

If I were a medical man, I should prescribe a holiday to any patient who considered his work important.自分が医者なら、仕事が大切だと考える患者に対してはクスリとして休暇を与えるだろう。

Russellが言いたかったのは、物事あまりマジメに考えすぎない方がいいということであるらしい。人間のやることは自分が思っているほどには重要でないものだ(Our doings are not so important as we naturally suppose)とも言っております。

アイルランドの小説家、Oscar Wild (1854-1900)によると


Work is the refuge of people who have nothing better to do(仕事は他にやることがない人の避難場所)

であるのだそうです。これも「たかだか仕事ではないか、そうしゃかりきになるな」と言っている。日本人はどんなことを言っているのかと思ってほんの少しだけネットを当たってみたら次のようなのがありました。

▲どんな仕事でも喜んで引き受けてください。やりたくない仕事も、意に沿わない仕事も、あなたを磨き強くする力を秘めているからです。<京セラ・稲盛和夫氏>

▲人はなぜ仕事をするのかと言えば、報酬をえるためだけではなく、自分の誠意を役立てるため。私は本気でそう思っています。<ワコール・塚本能交氏>

▲下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。そうしたら、誰も君を下足番にしておかぬ。<阪急電鉄・小林一三氏>

ビジネスマンと哲学者・作家では仕事観が違うのかもしれないですね。

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8)むささびの鳴き声

▼大阪地検の検事による証拠改ざん事件について、毎日新聞の社説は「改ざん検事逮捕 司法の根幹が揺らいだ」という見出しで、結論は次のようになっています。

国民は、今回の事態を大阪地検だけのこととは考えないだろう。法務・検察当局は、検察全体への信頼が地に落ちたと認識すべきである。

▼他の新聞の社説も同じようなもので、見出しだけ紹介すると、「証拠改ざん―司法揺るがす検事の犯罪」(朝日新聞)、「押収資料改ざん 地に落ちた特捜検察の威信」(読売新聞)、「改竄の検事逮捕 暴走止められぬ組織か」(産経新聞)、「特捜検事逮捕検察の重大すぎる犯罪」(東京新聞)などとなっています。よくぞこれだけ同じようなことが言えるものですね。大阪地検の検事もひどいけれど、地検のいわゆる「被告」をそのまま被告呼ばわりして、その人の生活を台無しにしてきた新聞記事は犯罪ではないということですね。

▼知らなかったのですが、この事件はまず朝日新聞が朝刊で報道、他紙やテレビ局は夕刊などで追いかけて報道したのだそうですね。あるメディア評論家がラジオで言っていました。つまり朝日の特ダネということです。その評論家によると、他紙が追っかけ報道したときに、朝日新聞が最初に報道したものであることを書いた新聞は一紙もなかった。つまり朝日新聞以外を読む人にとってはその新聞の報道が初耳ということです。そのようなとき、他紙は「朝日新聞の報道によると・・・」という一文を入れてから報道するのがフェアな姿勢だ、というのがそのメディア評論家の意見だった。

▼そう言われてみると、英国のメディアが追っかけ報道する場合、必ず最初に報道したメディアの名前を言いますね。議員のスキャンダル(Telegraph)、パキスタンのクリケット・チームの八百長(News of the World)、記者による携帯電話の盗聴(Guardian)等はどれもそのようなやり方で報道されていましたね。

▼『ファーブルの昆虫記』を読んだことあります?(話題が変わっています)私、中学生のときに読みまして、なぜか凝ってしまったのを憶えています。本当に面白かった。先日、ラジオを聴いていたら日本人の教授でファーブル研究の第一人者と言われる人が、ファーブルが子供のころのエピソードを語っていました。お日さまの光を口で見ることができないものかと思って、眼をつむり、口を大きく開けてみたけれど、結局、口では見ることができなかった。ファーブルがこのことを食事の際に報告するとみんながバカにして大笑いだった。彼自身にとっては画期的な発見であったそうなのですが。で、日本人のこの教授によると、ファーブルという人は、何事も自分で実証しないと気が済まないタイプの人であったのだそうです。「自分で」というところがポイントですよね。

▼子供のころに家族で動物園に行ったとき、私の妹が「あっちからブタのにおいが聞こえてくるね」と言って全員で大笑いであったことを思い出しました。

▼日本での生活が始まってからもう3週間経ちます。早いものですね。何がイチバン嬉しかったかというと(言うまでもなく)食べものです。スーパーであれ、ファミレス、ラーメン屋、カレー屋であれ、どこで何を食べても美味しいわけであります。焼き鳥、お好み焼きなんぞは、あちらのパブで出してもバカ受け間違いなしだと思います。おにぎりと餃子はちょっと難しいかもな。ざるソバもダメだろな。山菜ごはん・・・もムリだよね?

▼今回も長い間お付き合いをいただき有難うございました。

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