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むささびの鳴き声 green alliance
2011年7月17日
埼玉県の山奥ではひぐらしが鳴きはじめました。なぜか今でもうぐいすが鳴いています。ひぐらしのカナカナ、うぐいすのホーホケキョ、ほととぎすのトッキョキョカキョクが一緒になると不思議なことに静けさをかもしだします。

目次

1)マードック流?謝罪広告の書き方
2)盗聴事件のおさらい
3)マードックと英国のメディア社会
4)盗聴事件が教える政治家とメディアの関係
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声


1)マードック流?謝罪広告の書き方


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ここ1週間あまり、英国メディアの話題はもっぱらメディア王、ルパート・マードックの傘下にある新聞社による電話盗聴事件を発端とするマードック王国ピンチのニュースで埋め尽くされている感じです。日本でも多少は報道されていますが、当然のこととはいえ英国ほどの大騒ぎでは全くない。というわけで、今回のむささびジャーナルもほぼ「マードック」だけになってしまいました。

手始めに、最も直近の動きとして、この週末に英国各紙に掲載される予定のマードック個人名の謝罪広告を紹介します。マードック流の謝罪の作法!?もちろん日本語は皆さまのご参考までに、むささびが勝手に訳して付けたものです。はっきり言って上手くない・・・。

We are sorry.
謝罪いたします。

The News of the World was in the business of holding others to account. It failed when it came to itself.
News of the Worldは、他者に説明を求めることを以て事業としておりました。が、自分のことになると説明責任を果たすことができませんでした。

We are sorry for the serious wrongdoing that occurred.
我々は起こってしまった深刻な犯罪に対して謝罪いたします。

We regret not acting faster to sort things out,
事態収拾のために迅速な行動をとることがなかったことを悔やんでおります。

I realise that simply apologising is not enough.
単なる謝罪で済むことではないことは承知いたしております。

Our business was founded on the idea that free and open press should be a positive force in society. We need to live up to this.
我々の事業は、自由でオープンな報道こそが社会における確たる力でなければならないという思想に基盤を置いており、我々もその思想に恥じることのないようにする必要があります。

In the coming days, as we take further concrete steps to resolve these issues and make amends for the damage they have caused, you will hear more from us.
来たる日々において我々は、これらの問題を解決し、それらが引き起こしたダメージを償うべく具体的なステップを踏んでいきます。その中でさらに説明をするつもりでおります。

Sincerely,
Rupert Murdoch

というわけです。英国人の知り合いとディスカッションをする時間がなかったのですが、英語に関する私なりの疑問・関心を挙げると・・・。

まず冒頭のWe are sorryですが、この言葉が必ずしも「謝罪」を意味するものではないけれど、謝罪を意味するときもあるということは何度か申し上げましたよね。この場合は、本文のテキストからして「申し訳ありません」という意味であろうと思います。でもなぜもっとはっきりWe apologiseとでもやらないのでしょうか?おそらくそれだと硬すぎると考えたでしょうね。

2行目のholding others to accountは、たぶん「説明を求める」つまり「腑に落ちないことをはっきりさせる」というような意味であろうと解釈しました。誤りでないことを祈ります。日本のメディアが心底好んで使う「説明責任」というやつですね。

3行目のthe serious wrongdoing that occurred の that occurredが気になる。「起こってしまった過ち」で他人事みたいだから。commited by usなら「自分たちが犯した過ち」となるのに・・・。

4行目のregretはおそらく日本の偉いさんが大好きな「遺憾に思う」ということなのでしょうが、私、意地でもこの日本語は使いたくない!同じ行のto sort things outも気になる。普通は物事を「解決する」という意味ですね。そのためにもっと早く行動しなかったことを悔やんでいる。これは謝罪というよりも、ものごとを上手に解決できなくて申し訳ないということを社内的に謝っているという気がしてならない・・・というのは私の考えすぎ?

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2)盗聴事件のおさらい


英国に関してはあまり記事にならない日本ですが、大衆紙、News of the World廃刊はさすがにそこそこ広く伝えられましたよね。News of the Worldは、あのオーストラリアのメディア王、ルパード・マードックが経営するNews Corpoprationという企業の英国子会社、News Internationalが発行する日曜大衆紙で部数は300万部を超えており、部数の点では英国最大の新聞です。News Internationalは、News of the World以外に日刊大衆紙のThe Sun、高級紙とされるThe TimesとThe Sunday Timesも発行しています。また民間衛星テレビのBSkyBについても30数パーセントの株を保有するなど、英国内のメディアはかなりの部分がマードックに牛耳られています。

今回の盗聴スキャンダルを簡単におさらいしておくと、いまから6年前の2005年11月、News of the World がウィリアム王子のヒザの怪我について報道したのですが、これが同紙による王室職員のボイスメール(voicemail)の盗聴疑惑の発火点なった。私同様、IT音痴の皆様のために申し上げておきますと、ボイスメールというのはe-mailの音声版のようなもので、e-mailの場合はメッセージを文字で送るけれど、ボイスメールは声で送るシステムなのだそうです。王室職員が使っていたボイスメールのボックスがNews of the World によって侵入・盗聴されたのではないかという疑惑が流れた。つまり職員が誰かに音声で送ったメッセージとその職員に外部から送られてきたボイス・メッセージが盗聴されてしまったというわけです。

この盗聴疑惑でNews of the Worldの王室担当デスクが逮捕され、4か月の実刑判決を受け、同紙の編集長(Andy Coulson)が事件の責任をとって辞任したのですが、Coulson編集長は「王室担当デスクによる盗聴行為は知らなかった」と主張した。Coulsonは辞任後キャメロン首相付きの報道担当官となる。

2009年になってGuardian紙がNews of the World紙記者によって約3000人の有名人の電話が盗聴されていたと報道、下院に調査委員会が設置されたりして事が大きくなっていくのですが、メディア側の自主機関であるPress Complaints Commission (PCC:プレス苦情処理委員会)が調査、盗聴が現在でも続いているという証拠は発見できなかったとする報告書を発表した。

PCCとは別に2010年2月に下院の文化・メディア・スポーツ委員会が報告書を発表、News of the World紙は盗聴行為について「集団麻痺状態(collective amnesia)」にかかっており、幹部が記者たちによる盗聴行為を知らなかったとは考えにくい(inconceivable)と非難したのですが、出版元であるNews Internationalはこれを否定、下院委員会が事態を誇張していると逆襲した。

これ以後、キャメロン首相の報道担当官を務めていたAndy Coulson(元News of the World編集長)が辞任、アメリカのNew York Timesが、News of the World紙の元記者による「盗聴は広く蔓延している」という証言を報道したり・・・といろいろあった挙句、ごく最近になって盗聴対象が有名人だけではないという疑惑が出てきたことでNews of the World紙は決定的な窮地に追い込まれることになった。

いまから9年前の2002年、イングランドのSurreyにある Walton-on-Thamesという町で13才になる女の子が行方不明になり、死体で見つかるという事件があったのですが、この子の携帯電話(ボイスメール)が盗聴されていたということがあきらかになった。しかも盗聴行為をしていたのが、News of the Worldに雇われた私立探偵だった。それだけではない。News of the Worldは、他の少年殺人事件の遺族やアフガニスタンで戦死した兵士の遺族のボイスメールまで盗聴していたことが明らかになってしまった。

News of the Worldによる盗聴事件について7月7日付のThe Economistが「4つの非常に気になる疑問(Four deeply worrying questions)」を挙げています。一つには盗聴はNews of the Worldだけのことなのかということ。普通なら1紙がこのようなスキャンダルにまみれようものなら競争相手の新聞は大喜びで書きたてるはずなのに、この盗聴事件については他の大衆紙が「妙に静か(disturbingly quiet )」なのだそうで、ひょっとすると他の新聞も似たようなことをやってきたのかもしれないということです。

二つ目はNews of the Worldを発行しているNews Internationalに関する疑問です。幹部は口をそろえて「自分は知らなかった」と言っているけれど、これまで明らかになったことから見て、現場の記者たちは盗聴の存在を知っていたはず。幹部が「知らなかった」ということは、それがウソであって本当は知っていて黙認していたということか、あるいはこのことを知った記者が上に報告しなかったのかのどちらかということになる。いずれにしても「善悪の判断能力を喪失した組織でのみ起こることだ(That can only happen in an outfit that has lost any sense of right and wrong)」というわけです。

三つ目の疑問は警察です。News of the Worldによる盗聴がささやかれているのに捜査がきわめておざなり(pitiful)だった。The Economistによると、警察は大衆紙と慣れ合いの関係になることが多いのだそうです。「記事のネタをあげるから、怪しいやつがいたら教えてくれや」(we give you stories, you raise the alarm about criminals on the loose)というわけですね。それに今回の場合は、警察がNews of the Worldから金を受け取ったという証拠もあるのだそうです。

そして四つ目が政治家に関する疑問ですが、これについては別に書かせてもらいます。一つだけここで触れておくと、キャメロンとNews Internationalの女性社長、Rebekah Brooks(最近辞任)との極めて親しい間柄です。変な意味ではなく、家族ぐるみの付き合いで、別荘もすぐ近くにあり、一緒に乗馬を楽しんだりしているらしい。Rebekah Brooksは2002年、News of the Worldの編集長をやっていた。そのころに誘拐された女の子の携帯電話の盗聴が行われ、この編集長も知っていたのではと噂されています。

▼The Economistのいわゆる「気になる疑問」のうち、一番気になるのは最初に挙げられている、他の新聞も盗聴をやっているのではないか?という疑念ですね。いまでこそThe Timesも報道しているけれど、これまではほとんど無視だった。盗聴についてはGuardian以外はいまいち乗り気でなかったようなのですね。特にDaily Mailのような大衆紙に近い新聞がほとんど報道しなかったのは何故なのか?

▼このあたりのことについて、保守派のオピニオン誌、The SpectatorがPeter Oborneというジャーナリストのエッセイを掲載しています。かなり長いエッセイですが、結論の部分でOborneは次のように書いています。

Unfortunately, we in Fleet Street have forgotten that the ultimate vindication of journalism is not to intrude into, and destroy, private lives. Nor is it the dance around power, money and social status. It is the fight for truth and decency.
残念ながら我々新聞業界の人間は、ジャーナリズムというものの究極の存在理由が何であるかを忘れてしまったということだ。それは個人の生活に侵入してこれをぶち壊すことではないだろうし、権力とカネと社会的に地位のある人間の周囲で踊りまくることでもないだろう。ジャーナリズムの存在理由は真実と品位のために戦うことにあるのだ。

▼盗聴とマードックについては洪水のような数の記事が出ていますが、Peter Oborneのこの記事は出色の読みものでした。ここをクリックすると読むことができます。非常に長いので、読むのはしんどいかもしれないのですが、できればクリックして注目してもらいたいのは、この記事についての読者からのコメントがわんさと出ているということです。記事に触発されて「自分もひと言・・・」という読者がたくさんおり、それを受け入れるシステムがThe Spectatorのサイトにはあるということですね。このあたりの姿勢は心底素晴らしいと思います、私は。

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3)マードックと英国のメディア社会


1843年創刊という歴史があったNews of the Worldをルパート・マードックが買収したのは1968年のこと。それまでCarr Familyという一族が所有していた新聞をPergamon Pressのロバート・マックスウェルという人が買収しようと企てたのですが、この人がチェコ出身の叩きあげの実業家で、必ずしも評判のいい人物ではなかったので、Carr Familyは買収防止に懸命だった。

そこへ登場したのがオーストラリア人のマードックで、自分が経営を引き受けた場合は、「ローストビーフと同じくらい英国的な」(as British as roast beef)この新聞を外国人の手から救ってみせるし、Carr Familyをも守るつもりだと株主総会で大演説をぶってこれに成功した。が、買収後数か月でCarr Familyを追放、News of the Worldをセックスとスキャンダルを売りにした新聞に変えてしまった。

News of the World買収の翌年(1969年)大衆日刊紙のThe Sunを買収、1981年には The Times とThe Sunday Timesを手に入れたのですが、この時点で英国における全国紙の部数の37%がマードックの支配下に置かれることになった。 これに加えて民間テレビとしては圧倒的な人気を誇る衛星テレビ局BSkyBも彼の傘下にある。

BSkyBについては、現在のところマードックの持ち株は36%であり、これを100%にして完全子会社化するための交渉を行っていたのですが、今回のスキャンダルのお陰でマードックの企業がテレビ局の100%オーナーとして「適切」(fit and proper)であるかどうかを疑問視する声が上がり結局断念することになりました。News of the World廃刊というウルトラCに出た背景として、これ以上ゴタゴタするとBSkyBの株買占めに支障をきたすことを懸念したのだという声が高かった。

2004年に死んだジャーナリストのアンソニー・サンプソンはAnatomy of Britain(英国解剖)という著書で有名ですが、Anatomyシリーズの最後の著作となったWho Runs This Place?: The Anatomy of Britain in the 21st Century(21世紀の英国解剖:この国を支配するのは誰なのか?)という本の中でメディア王としてのマードックに触れている部分があります。 サンプソンによると、

Murdoch probably did more than any single individual to undremine the old British tribal Establishment.
部族的な英国の古い支配層をたった一人で崩してしまった人間としては、おそらくマードックの右に出る者はいないだろう。

とのことであります。

英国における新聞社の経営でマードックを有名にしたのが、新聞制作のコンピュータ化で、これに反対した印刷工組合がストライキに突入、新聞が発行されないという事態にまで発展しました。マードックはそれでも譲らずロンドンのFleet Streetにあった社屋をドックランド跡地のWappingに新しく建設した場所に移転、コンピュータによる新聞印刷を進めてしまった。1986年のことです。その後、他の新聞社もマードックにならってコンピュータ化と社屋移転を進め、新聞社街と言われたFleet Streetから新聞社がいなくなってしまった。Fleet Streetこそはサンプソンのいう英国新聞界のEstablishmentを象徴する場所であったわけですが、それをたった一人で崩してしまったわけです。

なりふりかまわず新聞の部数を伸ばし、ひたすら利益を追求するマードックにとって、ある部分の英国人にとって「良き英国」のシンボルとも言えるThe Times やThe Sunday Timesのような「高級紙」(quality papers)も金儲けの道具でしかなかった。英国の税金も払わず、誰にも支配されず、誰に対しても責任をとらない(uncontrooable and unaccountable)マードックは、英国の社会にあってはあくまでもアウトサイダーであり「急に空から降りて来て獲物をくわえて空へ戻っていくイーグル」(an eagle swooping down on his prey and soaring back into the sky)のような存在だった、とサンプソンは言っています。

The Timesの買収にあたってマードックは、編集には一切関与せず、同紙の報道が自分の商業上の利益に反するものであったとしても、自分は口出しをしないという一文を政府に提出することで、編集者たちの自由を保障している。にもかかわらず、実際にはマードック所有の新聞の論説は彼の意思を反映するものになっている。2003年に米英政府がイラク戦争の準備を始めていたときに、マードック所有の新聞、175紙のほぼすべてが「イラク戦争賛成」を打ち出していたし、中国寄りの姿勢もまた彼の意図を反映したものになっている、とサンプソンは言っています。

サンプソンによると、トニー・ブレアはマードックとの間で、首相がマードックのビジネスの障害になるようなことをしない代わりに、マードックはブレアの労働党を支持する論陣を張るという約束(pact)を交わしたのだそうです。マードックはブレアの「新しい労働党」(New Labour)は支持したけれど、昨年の選挙ではキャメロンの保守党を支持しています。

▼マードックがThe Sunを買収した1968年当座、この新聞は労働党寄りだったのですが、マードックが買収してからは保守党支持に回った。1992年の選挙は結果としてはジョン・メージャーの保守党が勝ったのですが、事前予想ではニール・キノックの労働党の方が有利とされていた。選挙当日のThe Sunの第一面の見出しはいまでも語り草になっています。

If Kinnock wins today, will the last person to leave Britain please turn out the lights
もしキノックが勝ったとしたら、最後に英国を出る人は電気を消すのを忘れないでください

▼「労働党の英国なんぞにいても仕方ないから、英国人はみんな出て行くだろう」ということで、最後の「電気を消す」は、「寝る前に電気消すのを忘れないで」という日常的なフレーズをからませて大いに受けたわけです。歴史上の「もし」(What if)のハナシですが、1968年にマードックがThe Sunを買収していなければ92年の選挙では労働党が勝ったはず。そうなったら労働党党首は当分左派のキノックであったはず。となるとブレアという人が首相になることもなかった。となると英国はイラク戦争にも参加せず・・・というわけで、What ifを言いだすときりがないし虚しくもある。ただ物事を考えるためのきっかけとしてはムダではない。

▼アンソニー・サンプソンはマードックが英国のestablishmentを相手に戦いを挑んだと言っていますが、マーガレット・サッチャーを評して、森嶋通夫さんが「最も英国人らしかぬ首相」(the most unBritish prime minister)と呼んだことを思い出しますね。サッチャーやマードックが相手にした英国のestablishmentとは、むささび流に別の言い方をすると「支配的な考え方」ということになる。あまりいい例えではないかもしれないけれど、日本でホリエモンがニッポン放送を買収しようとして大騒ぎになったことがありますよね。メディアというメディアがホリエモン叩きをやりましたが、あのときのアンチ・ホリエモンを象徴する言葉が「カネ儲けのためには何でもやる」というもので、ホリエモンはどうしようもない悪者にされてしまった。堀江さんは日本のマードックであったのかもしれません。

▼マードックはサッチャーさんを大いに称賛したわけですが、サッチャーさんはマードックをどのように思っていたのでしょうか?サッチャーさんの回顧録(Downing Street Years)を見たのですが、不思議なことに索引のところにマードックの名前が見当たらない。本の中で全く触れられていないからこそ索引にも出ていないのですよね。不思議です、非常に。


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4)盗聴事件が教える政治家とメディアの関係


News of the Worldによる盗聴事件に関連してThe Economistが挙げる「4つの気になる疑問」の最後が政治家とメディアの関係です。政治家たち自身が盗聴されていたと噂されたにもかかわらず、警察に対して徹底捜査を言わなかった。The Economistによると政治家は大衆紙の記者と仲が良すぎるのだそうです。この問題に関する国会の調査委員会のメンバーが、News of the Worldの幹部を証人として無理に喚問すると、委員本人が記事で仕返しをされるという話がマジメに語られたりしていたのだそうです。

またDaily TelegraphのJanet Daleyというコラムニストによると「英国の政治ジャーナリズムは政治家と記者たちを会員とするクラブ組織のようなもの(British political journalism is basically a club to which politicians and journalists both belong)」であり、Everybody here knows everybody else、つまり「誰もがみんな知り合い」という世界なのだそうです。「ロンドンにおける政治家とジャーナリストの仲良しぶりにはアメリカの記者たちが驚かされる」としてDaleyさんは、

Surprisingly perhaps, considering how generally open and friendly American society is, relations between journalists and politicians in Washington are far more formal and officially distant than they are in Westminster.
驚かれるかもしれないが、アメリカ社会は一般的にオープンで親しみやすいとされている一方で、ワシントンにおけるジャーナリストと政治家の関係はロンドンよりもはるかにフォーマルで公式には距離を置いたものになっている。

と言っている。

Daleyさんはアメリカ人なのですが、英国の政治ジャーナリズムの世界はアウトサイダーでは生きることが出来ない(it is almost impossible to survive in political journalism as an outside)のだそうです。その世界でしか通じない言葉遣い、「言わなくても分かる」という類の「了解」、然るべき態度・物腰・・・クラブ組織というのは大体においてそんなものですよね。Daleyさんによると、英国という国にはそのような社会が非常に多い。よそ者は排除される社交界のようなところです。

「政治家が大衆紙の記者と仲が良すぎる」とThe Economistは指摘しているのですが、仲がいいというよりも政治家が記者にぺこぺこしすぎているということなのかもしれない。むささびジャーナル154号に英国の政治とジャーナリズムについて書いてあります。政治記者のAndrew Marrが、英国の政治記者たちが余りにも力を持ち過ぎていると警告しているのですが、その部分をもう一度紹介しておきます。

現代英国の政治ジャーナリズムは、民主主義が生んだ子供であるにもかかわらず、新聞、そして次には放送メディアが(民主主義の権威の所在場所である)議会や「投票箱」から権威を奪ってしまっている。
Democracy made modern British journalism. Newspapers and then the broadcasting media derived their authority from parliament and the ballot box.

民主主義なしに政治ジャーナリズムなどあり得ないのに、その民主主義の総本山である議会の権威が政治メディアによって破壊されているということです。同じことが日本の政治とメディアの関係についても言えますよね。民主主義的な選挙で選ばれた首相について政治メディアが「アイツが日本をダメにしている」と声高に言い張る。言われた国民は「そうかもな・・・」となって、実際には何も知らないのにメディアの言うことを繰り返すようになる・・・そんなことがもう何年続いているのか。

Andrew Marrは、庭に植えられているバラとこれを支える支柱を例に出し「バラは枯れて死んでしまい、バラのそばに立てられた支柱だけが大きくなった」と言っている。バラは民主主義で、支柱はメディアです。民主主義がおかしくなってメディアの力だけが大きくなっているのがロンドンのWestminster(東京でいう永田町)の状態だと言っています。

▼これだけ言うと、いかにも政治家がメディアの言いなりになっているように思えるけれど、実際には政治家も自分の政策を実現するためにメディアを利用しています。サッチャーやブレアが名宰相のように言われたりするのも、報道担当官によるメディア・コントロールを通じて自分の味方と目される政治記者たちを囲い込んでいたからです。「持ちつ持たれつ」ですね。それがいまいち上手でなかったのが、ジョン・メージャーであり、ゴードン・ブラウンであったわけです。

▼キャメロンと彼の先輩首相たちとの違いは、サッチャーたちが主として新聞を味方にする努力をしていたのに対してキャメロンはテレビを通じて自分を訴えることに長けている。一時は元News of the Worldの編集長だった人物を報道担当官に起用していたけれど、現在の担当官はテレビ・メディアの出身者です。今回の盗聴事件も含めて、ひょっとすると英国においては、政治メディアにおける新聞の役割は終わったのかもしれないですね。

▼英国における政治とメディアの関係については、むささびジャーナルの152153154号にも出ています。

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5)どうでも英和辞書

insomnia:不眠症

先日ラジオを聴いていたら、あるお医者さんが不眠症と睡眠不足の違いについて説明していました。睡眠不足は「夜更かしをしたり睡眠時間を削って仕事や遊びをすること」であり、不眠症は「寝るための時間はきちんと確保しているのに寝られず、寝られないために苦しみを感じたり、日中に体調不良などが起こってくること」を言うのだそうです。睡眠不足は結果として眠くなるけれど、不眠症は気分がすぐれなくなるということですね。そのお医者さんは「不眠症は治療が必要」と言っていました。

全然関係ありませんが、英国における不眠の最長記録は、約11日(264時間)だそうです。1965年にある高校生が達成したもので、4日目あたりから幻想が見えはじめ、自分が有名サッカー選手であると思うようになったのだとか。

これも全く関係ないけれど、アルベール・カミユの言葉に

Some people talk in their sleep. Lecturers talk while other people sleep.
眠りながらしゃべる(寝言を言う)ひとがいるけれど、先生というのは人が眠っているのにしゃべるものなのだ。

というのがあるんだそうです。もとはフランス語であったのだろうと思うけれど、授業中に眠るのって本当に気持ちいいんですよね。もっと関係ないのですが、アイルランドの首都、ダブリンに町を歩いていたらinsomniaという名前のコーヒーショップがあったっけ。ネットで調べたらアイルランドの全国チェーンのようです。


Lobby correspondents:国会担当記者

LobbyのLが大文字になっています。これはロンドンの国会議事堂にある国会議員用の控え室(Members' Lobby)のことです。 Lobby correspondentsは、この控え室に入ることを許された記者のことを言います。correspondentsは記者という意味の一般名詞だからjournalistsと言ってもいいしreportersでもいい。Lobby correspondentsは国会議員とインタビューをしたり、オフレコで話を聴いたりする特権が許されているけれど、議員からのリクエストによっては名前を明かさずに記事することが求められたりするのだそうです。最近では、Lobby correspondentsが首相官邸に呼ばれて、報道担当によるブリーフィングに出席することもある。BBCのサイトによると、国会担当を命じられた記者は国会の総務責任者(Serjeant at Armsと呼ぶらしい)に申請をして許可を得てからLobby correspondentsになれるわけです。

政治ジャーナリストのAndrew MarrはMy Tradeという本の中で、Lobby記者について「政治の世界と本当の世界をつなぐパイプ役」(drainpipe between the world of politics and the real world)であるとして、それなりに役割を評価しています。が、

the journalists came to confuse themselves with parliamentary authority itself
記者たちがまるで自分が国会の権威そのものであるかのような錯覚に陥ってしまった。

とも言っています。自分が英国の政治を動かしているかのような錯覚に陥るということですね。彼はまたLobby correspondentsというシステムが記者たちの仲間意識を助長し、pack journalism(集団ジャーナリズム)を生みがちであることは疑いがないとも言っています。権威主義+集団主義=政治ジャーナリズム。どこも同じということですね。

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6)むささびの鳴き声

▼かつて書いたことがあるけれど、英国の世論調査機関であるMORIが「職業別信頼度調査」というのをやっています。医者、裁判官、科学者、ビジネスマン等々、16種の職業をリストアップして、15歳以上の英国人、約1000人を対象にそれぞれの職業人にどの程度の信頼を感じているかを調査するものです。このほど2011年版が出来たので開けて見ました。信頼度のトップは Doctor(医者)で88%、次いで教師(81%)、大学教授(74%)がトップ3を形成しています。4位以下はというと裁判官、科学者、牧師、警察官・・・と続いて、ワースト3はジャーナリスト(19%)、大臣(17%)、政治家一般(14%)となっています。

▼調査が行われたのは2011年6月10日~16日の一週間、マードック系の新聞社による盗聴事件が大きな話題となる前のことだから、ジャーナリストはビリから3番目にきたけれど、いまなら最下位間違いなしというところでしょうね。MORIではこの調査を約30年前の1983年から実施しているのですが、ベスト3はたまに変わることがあるけれど、ワースト3については1983年も2011年も全く同じ人たちが来ている。これまでの平均点で見るとビリから3番目が大臣、2番目が政治家で、栄えある(?)最下位はジャーナリストとなっています。

▼この調査のいわゆる「信頼度」(veracity)は別の言い方をするとtelling the truthつまり 「真実を語る」とか「正直・誠実」ということなのですが、それにしてもなぜジャーナリストに対する信頼度がかくも低いのでしょうか?むささびの想像にすぎないのですが、ここでいう「ジャーナリスト」は新聞記者、それもいわゆる大衆紙の記者のことなのではないか?テレビのニュースキャスターへの信頼度はジャーナリストよりもはるかに高い63%となっているのです。これはおそらくBBCのニュース番組への信頼なのでは?

▼この調査で面白いと思うのは「普通の人」( Ordinary man/ woman in the street)のも調査対象になっていることです。信頼度は55%で、ちょうど真ん中あたりに位置している。55%は高いと見るべきなのか、低すぎると見るべきなのか?おそらく調査された約1000人の圧倒的多数が自分のことをOrdinary man/ womanであると考えているでしょう。その人たちが自分たちのことをそこそこ信頼している。そういう社会は健全だと(私は)思いますが・・・。

▼日本人を対象に同じような調査をしたらどのような結果になるのでしょうか?私の想像ではトップ3は医者・教師・教授ではないと思うのでありますが・・・。おそらく1位は科学者(英国では5位)、2位はビジネスリーダー(13位)、3位は警察官(7位)・・・かな?ではワースト3は?政治家、官僚までは分かるのですが、もう一人は、ひょっとすると「医者」(金儲けばかりしているということで)のセンは・・・ないよね。ジャーナリストでもない。存在感が薄いから。大学教授かな?それよりも「普通の人」はどのあたりに来るのでしょうか?ひょっとするとトップ3かも!?

▼(話題は変わって)先日、NHKの夜9時のニュースを見ていたら、菅さんが記者会見で「脱原発」を語ったことについて、キャスター(名前は忘れました)が「口先だけで具体的な道筋が明確でない。国民受けを狙ったもの」というニュアンスの批判をしていました。要するに菅さんが首相の座にしがみつきたいが故に適当なことを言ったのだ、と言いたいらしかった。おかしな批判です。いわゆる「反原発派」の学者の意見をオウムのように繰り返すだけでいいのなら別ですが、原発を止めにして自然エネルギー社会を目指すための「具体的な道筋」なんてそんなに簡単に言えるものではない。でもこれからのエネルギー政策の方向性・理念を語ることは悪いことではない。

▼菅さんが「日本経済のことを考えれば今後も原発を続けるべきだと思う」と発言したら、あのキャスターは何と言ったのですかね。「経済界におべっかを使っている。許せない!」ってこと?いずれにしてもあのキャスターは自分が首相の良し悪しを決める、それが自分の使命だと思いこんでいるようであります。「どうでも英和辞書」で紹介したLobby correspondentsみたいです。困ったものですね。この人の仕事は、ニュース原稿を間違いなく読むことなのではないのですか?

▼The Economistは、菅さんの脱原発路線そのものは国民の支持を得ているけれど、菅さん本人に対する信頼がないので、首相の言うことに権威がないと言っています。ちなみに菅さんの発言については、菅さんのブログを見るに限ります。賛成・反対はともかく、本人が何を考えているのかを直接知ることができるのだから便利な世の中になったものですね。

▼そういえば、菅さんは昔、小泉さんや安倍さんらがやっていた記者たちとの立ち話風(ぶらさがり)インタビューをやっていませんね。あれは記者たちが止めたのか、菅さんが断ったのか?どっちにしても結構なことであります。あんなことのために時間を費やす必要など全くない。一か月に一度くらいの記者会見で十分であります。

▼このむささびジャーナルをお読みいただくころには、たぶん終わっている女子ワールドカップですが、Guardianのスポーツコラムが「この試合に関する限り、アメリカ人以外はみんな”なでしこ”のサポーターになることは間違いないと言っています。やたらと強くて2度も優勝しているアメリカと津波・地震・原発事故から立ち直ろうとしている国からやってきて初めて決勝戦に進出した「なでしこ」では、サポーターの数に関する限り試合前から勝負合ったようなものというわけです。確かに・・・アメリカには同情しますね。
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