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美耶子の言い分 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
musasabi journal 62
10 July 2005

このジャーナルをロンドンでお読みいただいている皆様にお尋ねします。テロリズムはさぞや大騒ぎであったろうと推測していますが、それについての新聞の報道で「当局の危機管理がいい加減だったから」というようなニュアンスのものはあったのでしょうか?日本の場合、大体においてこの種の報道がありますよね。

で、今回のむささびジャーナルのメニューは次のとおりです。

@テロとの戦いは軍事力では勝てない
Aロンドンに五輪は要らない!?
B家庭教師ビジネスがブーム
C短信
D公共放送か国営放送か
E編集後記

@テロとの戦いは軍事力では勝てない


ロンドンでテロがあった翌日(7月8日)のGuardianにロビン・クック元外務大臣がエッセイを寄稿しています。題してThe struggle against terrorism cannot be won by military means(テロと戦いは軍事力では勝てない)。クック氏はブレア政府のイラク戦争に反対して昨年、外務大臣を辞任した人です。

ブレア首相が爆弾テロについて「我々の社会的な価値観(大事にしているもの)に対する攻撃」(an attack on our values as a society)とコメントしたことについて、クック氏はそれらの価値観として「異なる文化的・民族的背景を持った人々に対する寛容の精神と相互尊重の気持ち」(tolerance and mutual respect for those from different cultural and ethnic backgrounds)を挙げています。クック氏はさらにテロリストとの戦いについて次のように語っています。

  • Defeating the terrorists also means defeating their poisonous belief that peoples of different faiths and ethnic origins cannot coexist. (テロリストたちに勝つということは、異なる価値観や人種的な背景を持った人々が共存することは不可能だとする彼らの思想そのものを打ち負かすということでもある)

クック氏によるとオサマ・ビンラディンは「西側の安全保障機関が犯した決定的計算違い」(a product of a monumental miscalculation by western security agencies)の産物であるそうです。ソ連のアフガニスタン侵攻に対抗すべく、1980年代にアメリカのCIAによって訓練され、武装が促進されたのだとかで、アメリカ政府としては、ソ連撤退後にビンラディンやアルカイダの牙が自分たちに向かうとは思ってもみなかったというわけです。で、次のパラグラフがクック氏が一番言いたいところのように(私には)見えます。

  • The danger now is that the west's current response to the terrorist threat compounds that original error. So long as the struggle against terrorism is conceived as a war that can be won by military means, it is doomed to fail. The more the west emphasises confrontation, the more it silences moderate voices in the Muslim world who want to speak up for cooperation. Success will only come from isolating the terrorists and denying them support, funds and recruits, which means focusing more on our common ground with the Muslim world than on what divides us. 西側諸国によるテロリストへの対抗策は、かつてアメリカがアフガニスタンで犯した過ちを包含している。テロとの戦いを軍事力で勝てる戦争であると考えている限り、その戦いは失敗する運命にあると言っていい。西側諸国が(テロリストとの)対決を強調すればするほど、実は(西側と)協力したいと思っているイスラム世界の中の穏健派を黙らせる結果につながる。(テロリストたちとの戦いに勝つためには)彼らを資金的にも同調者のリクルートという意味でも孤立させるしかない。つまりイスラム世界と我々の相違点ではなく、共通点を見つけ出すことに力を注ぐべきだ。

クック氏はG8サミットのコミュニケは、テロリズムの背景には貧困があるとして、貧困との戦いこそが「テロとの戦争」よりも世界にとっては「より役に立つ」と主張しています。ブッシュ大統領が、外国でのテロとの戦いによって国内テロをも防ぐことができるということで、イラク戦争を正当化していることについて、クック氏は次のように結論しています。

  • Whatever else can be said in defence of the war in Iraq today, it cannot be claimed that it has protected us from terrorism on our soil.(イラク戦争の正当化のためにいろいろなことが言えるかもしれないが、それが英国において我々をテロから守ったということだけは言えない)。

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Aロンドンに五輪は要らない!?


2012年のオリンピックがロンドンで開催されることになったことについて、The Economistの7月6日号が、なにやら水を差すようなコメントを載せています。いかにも、庶民を下に見るように振舞うのが好きなこの雑誌らしいです。

施設建設に要する24億ポンド(約5000億円)というお金を使ってまで「ロンドンで開く必要があるのか」というわけですが、例えば「外人客が沢山来て、混雑するのがイヤだ」とか言っている。「オリンピックがあってもなくても英国には沢山の観光客が来る。五輪があると、却って混雑するロンドンを避ける客が沢山出てくるはず」とのことですが、いずれにしてもホテルとかレストランのような業界にしてみれば結構な話ですよね。

それから「ロンドンっ子の自分の町に対するプライドが高くなる」という主張については「中国のように発展途上国じゃあるまいし」と中国人が聞いたら怒るかもしれないようなことを言っています。

五輪開催のために18億ポンドをかけて交通システムを向上させるというのが、リビングストン市長の約束ですが、これについては「英国が巨大なインフラ整備計画を時間と予算どおりにやれるかどうかは、2000年のミレニアムドームという建物の例を見れば分かるとしています。

オリンピック村には3600棟のアパート(フラット)が建てられて、五輪の後は教師や看護婦のような給料の安い人たちに提供するということらしい。これについては、The Economistも素直に、いいことだと認めているようです。先生や看護婦さんは安月給なんですね。

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B家庭教師ビジネスがブームに


いま英国で課外教育(tutoring・家庭教師)ビジネスがブームなんだそうです。The Economistの6月25日号によると、大手が4つあります。米国ワシントン・ポスト・グループが経営するKaplan(これは世界最大)、オーストラリア系のKip McGrath、日系のKumon、そして英国系のFleet Tutors

例えばFleet Tutorsの場合、昨年(2004年)の売上げが前年比で35%増、Kumonはここ数年10%の伸び率を記録しています。Kip McGrathは2002年の時点でフランチャイズ(支店みたいなもの)が27に過ぎなかったのに、いまではこれが200にまで増えているとか。アメリカ系のKaplanは教員養成コースで英国でも2番目の規模を誇り、新たなビジネスとして大学受験のためのコースを始めたところ生徒が殺到して断るのに困ったほどなのだとか。

これらのビジネスにとって最大の顧客層は中から下の所得層で、子供を公立学校に通わせているが、学校の教育の質に疑問を持っている親たち。この階層の人たちは、かつては無料だけど質がイマイチという公立学校に甘んじていたけれど、ちょっとお金を払えば子供の成績が上がり、それで将来は結構な生活に繋がる・・・という、日本人たる私がナニやら聞いたことあるようなことを考えている親たちです。

それにこれらの授業は値段が手ごろで、生徒数5万人のKumonの場合、英語と数学の授業を週2回で1科目の料金が月額45ポンド(1万円弱)。Fleet Tutorsの場合は13回の個人授業で340ポンドですが、これは私立学校の1学期分の授業料の10分の1なんだそうです。

この業界にとって、もう一つの大切なお客様が国である、とThe Economistは伝えています。地方の教育委員会が正規授業についていけない子供たちのための補習教育の担い手として、このような企業を使い始めている。Fleet Tutorsは30箇所の教育委員会と契約しているし、Kumonも学校内にteaching centreを置いている場所もあるのだとか。 教師(tutor)はどうするのかというと、公立学校の先生であることには満足できない人が独立して、これらのネットワークに参加して独立家庭教師になるケースが増えているのだそうです。

Fleet Tutorsの場合、18,000ポンドを払えばフランチャイズ教師になれる。この会社では教師の数を現在の3500人から倍に増やすことを計画しているそうです。 公立学校の授業に不満はあっても、経済力の関係で私立学校へは行けない。それに私立は私立で結構規則に縛られるようになってきている。もちろんこれらの塾にはいろいろな質のところがあたりするけれど、これまでの教育にはなかったもの、つまり「フレキシビリティ」「多彩なチョイス」「具体的な成果」などを求める親たちにとって、private tutoringは魅力なのだ、とされています。

  • ちなみにブレア首相のお子さんたちもこうした塾のお世話になったのだそうです。業界にとっては力強い味方!?
C短信


インドのロシア村

インドのケラーラ州にモスクワという村がある(らしい)のですが、ここにはロシア(特にソ連時代)の有名人の名前を持った人が非常に多いのだそうです。で、最近この村のロシア文化センターでロシア祭りが開かれ、レーニンが7人、スターリンが6人、ブレジネフが2人などなどが参加した。会場ではスターリンとゴルバチョフが抱き合ったり、フルシチョフとレーニンが握手したりという具合に大いに盛り上がったのだとか。尤も最近ではソ連がなくなったということもあって、政治家よりもターニャとかナターシャのような文学的な名前の人が増える傾向にあるとも伝えられています。

60年も連れ添ったのに

妻が83歳、夫が81歳、60年間も夫婦として連れ添ったドイツ人の二人が離婚したという、どうでもいいニュースをPAのサイトが伝えています。第二次世界大戦の終わり、連合軍の爆撃のさ中にベルリンで初めて出会ったのだそうですが、60年も一緒にいながら離婚することになった理由は夫の浮気、それも30も年下の女性と。追い出された夫は不倫相手と2軒おいた隣で暮しているのでありますが、カンカンに怒った83歳のコメントは「彼は夫としても父親としてもいい人だったけど、もうダメ。悲しいけど許せない・・・でもあの二人、道でキスなんてしているのを見るとむかつく(it is disgusting)」とのこと。そんなことまで記者に喋る必要はないのに・・・。

お墓でバーベキューパーティー

ベルギーのアントワープにある墓地で、最近、墓堀職人がバーベキューパーティーをやって問題になっているそうです。ある夫婦が自分たちの息子の墓参りをしたときに、息子の墓のすぐ近くで音楽ガンガンのパーティーをやっていたらしい。「情けなくて泣けてきた」と夫婦は地元の新聞に語ったとか。アントワープの墓地の責任者もこのbbqパーティーには気がついており、今後はさせないつもりだとコメントしていますが、当の墓堀職人たちは「これまでだってやっていたし、文句を言われたことなんかなかったのに・・・」と納得いかない様子であるとのことです。

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D公共放送か国営放送か


松田浩という人が書いた『NHK』という本(岩波新書)によると、NHKを「国営の機関」と考えている人が「29%もいる」となっています。一番多いのが「特殊な公共事業体」と考えている人の35%でこれが正解。白状すると私もNHKを国営放送と思っていました。理由は(お笑いください)NHKが民間放送ではないから・・・。 NHKは「公共放送」なんですね。

で、国営放送と公共放送の違いは何かというと、前者が国のお金(つまり税金)で運営されるのに対して、公共放送は我々が払う受信料でまかなわれる。日本には国営放送は存在しないけれど、まれにとは言え、国営番組はある。「総理府提供」とかいう番組が民放で流されていましたよね。今もあるんでしょうか?あれはお役所がお金を使って時間を買っているから「国営」。

受信料を払うことの意味

松田さんの本を読んで、我々が受信料(税金ではない)を払うことの重大性をしみじみ感じてしまいました。以前、自民党の何とか言う政治家がNHKの番組について「政治的に偏っている」として、内容を変更させたと報道されて問題になったことがありますね。視聴者が払って運営している放送局の番組に政治家が介入したということです。

もちろん彼だって視聴者の一人なのだから、NHKの番組に文句をつける権利はある。私にも同じ権利がある。しかし彼は「政治的な圧力」を使える立場にあるのに対して私には何もない。

私は(例えば)『プロジェクトX』なるノスタルジア番組は気持ち悪いから即刻中止してもらいたいと思うけれど、それをNHKに伝える手段はない。あの政治家にはそれがある。(多分あの政治家は『プロジェクトX』を止めろとは言わないでしょう。顔で分かる。ノスタルジアが鬘をかぶったみたいな顔です、誰とは言わないけれど)。

彼には私(むささびJ)がいいと思う番組を中止させる権力がある(と思っている)。しかし受信料を払っているということは、彼のような政治家に「我々が金出して作った番組に口出しをするな」と言えるんだってことですよね。公共放送とはそういう性格を持っているわけです。考えなかったな、そのあたりは。

BBCのこと
ところで英国のBBC放送も公共放送ですが、あの場合は受信料を払わないと罰金刑に処せられる。NHKの場合はそれがなくて視聴者の自主性みたいなものに頼っているフシがある。英国ではカラーTVを持っている所帯はすべてこれを払わなければならないのだそうで、「BBCは見ていません」などという理屈は通らない。つまりNHKよりもBBCの方がもっと「国家寄り」です。にもかかわらずBBCは政府と対立することで有名になっている。これも不思議な話ですよね。

あのサッチャー首相はフォークランド戦争の時に、BBCが英国軍のことをBritish troopsと表現したというのでカンカンに怒ったことがある。Our troops(我が軍)と言えというわけ。中立的なのが気に入らなかったんですね。

ブレア首相がイラク攻撃を巡ってBBCと対立した時に、結果としてはBBCの幹部が辞職に追い込まれたのに、世論調査では国民のBBCに対する人気がより高くなってしまった。
ジャーナリストのアンソニー・サンプソンは「(イラク戦争について)国会の野党が全く弱い状況にある中で、いろいろ欠陥はあるにせよ、BBCが最も効果的な野党の役割を果たした」(At a time when the parliamentary opposition was hopelessly weak, the BBC with all its faults and unaccountability had acted as the most effective opposition during a crisis.)と言っています。

で、NHKですが、受信料の不払いが激増しているそうですね。当然のように民営化論も出ているのでしょう。松田さんは政府の管理下に置かれる「国営放送」でもないし、企業の営利追求の手段である「民間放送」でもない「公共放送」は、我々が身銭を切って支えるべき「知のシステム」であり、「現代社会における貴重な文化なのである」と言っています。

そういえば今から40年も前にアメリカに住んでいたときに、私は初めてPublic Radioなるものに接しました。どちらかというと反政府的な内容の放送が多かったように記憶していますが鮮明に記憶しているのは、そのラジオ局が「自分たちの放送がこれからも続けられるように募金に協力して欲しい」というメッセージを頻繁に流していたことです。「公共」というのはそういうことなのでしょうね。

アンソニー・サンプソンによると、BBCが昨年、イラク攻撃を巡って政府と鋭く対立したときにブレアさんの報道官であるAlastair CampbellがBBCの報道についてたびたび文句を言ってきた。それに対してRichard Sambrookというニュース局長が、この報道官に対して送りつけた書面には次のように書かれていたそうです。長いのですが紹介するとサンプソンの本から引用します。

  • It is our firm view that Number Ten tried to intimidate the BBC in its reporting of events leading up to the war and during the course of the war itself. As we told you in correspondence before the war started, our responsibility was to present an impartial picture and you were not best placed to judge what was impartial. This was particularly the case given the widescale opposition to the war in the UK at the time, including significant opposition inside the parliamentary Labour party. 戦争前と戦争が始まってからの諸々の出来事についての我々の報道に対して、首相官邸が脅しをかけようと試みたのだということを我々は確信しております。戦争前にアナタにもたびたび書面で申しあげたとおり、我々の責任は不偏不党のやり方で現実を見せることにあり、何を持って「不偏不党」というのかを決めるについては、アナタはその立場にはなかったはずだ。あの当座、国内では幅広い戦争反対の意見があったし、議会の労働党内部にさえもかなりの反対意見があったということを考えると、アナタが不偏不党の何たるかを決める立場にはなかったことは確かなことなのだ。

公共って何?

ところでもう一つ、「公共」という概念について、青木彰というジャーナリストが「新聞力」という本の中で次のように書いてあります。ちょっと長いのですが引用しておきます。
  • 今日の”日本病”の病原は、日本人全体が「私」にはしり「公」を見失ったことに尽きよう。「国家」や「天皇」といった敗戦以前の「公」にかわる新しい「公」意識を再構築する以外に、日本再生の道はない。
で、青木氏は新しい「公」の姿について、司馬遼太郎という人の次の文章をヒントにすべきでだ、と言っています。

  • 「公とは、自他の人権を守ることであり、また、ヒトや他の生物が生命を託しているこの地球を守ろうという意識のことである」(司馬遼太郎「風塵抄」)
私(むささびJ)は青木彰や司馬遼太郎という人の言うことは当たっているとは思いますが、誰かが「ひとりで声をあげる」ということに余り躊躇を感じないような風潮を作ることが大切だと思ったりしています。例えば以前に日本のボランティアがイラクで誘拐されたときに「自己責任」とかいう当り前の理屈をかざして「素人は余計なことはするな」という風潮をつくり出したことへの反省がマスメディアにあるのでしょうか?思えないな、あるとは。

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E編集後記


●先日、自民党の加藤紘一さんが日本記者クラブで会見をやりました。小泉さんの靖国参拝批判など、最近の日中関係について熱心に話をしておりました。私、個人的には彼の言っていることに共鳴を覚えたのですが、翌日の新聞では殆ど報道されていませんでした。私が面白いと思ったからといって、だからニュース価値があるわけではないし、第一、私にしてからが自分の考えにどの程度確信があるものやら自信はありません●ある本を読んでいたら、日本経済新聞の田勢さんというベテラン政治記者の言葉として「概してわが国の政治ジャーナリストは上り坂にあるものに対して甘い。ときには卑屈でさえある」「上り坂に甘い分、下り坂組には手厳しい」というのが出ていました●あの会見で加藤さんはかつてのYKKに触れて「もう政権を目指す気はない」というニュアンスのことを言われました。要するに下り坂宣言みたいなものです。加藤さんの発言が殆どの新聞で無視されたのは、加藤さんが下り坂であることと関係しているのでありましょうか?気になる・・・●その意味で、トップに紹介したロビン・クックは下り坂というかブレア政権の造反組で、彼の発言が直接ブレア政権のやることに影響は与えない。けれど新聞にはフルに掲載されている。日本の新聞では政治家本人の寄稿記事って非常に少ないですね。何か理由でもあるのでしょうか?

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