前回のむささびをお送りしたのが4月5日。その4日後の4月9日に何と埼玉県には雪が降ったのであります。ほとんど積もることはなかったけれど、驚きましたね、あれには。桜の花の上に雪が乗っているなんて・・・。あれから10日、その桜も散って、山の緑が本当に新鮮になりました。 |
目次
1)昭和天皇:退位がダメなら「改宗」も?
2)理系が足りない
3)中国、水事情
4)「ナショナリズム」が英国政治を変える
5)英国で最も危険な女、ニコラ
6)どうでも英和辞書
7)むささびの鳴き声
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1)昭和天皇:退位がダメなら「改宗」も?
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友人から興味深い小冊子を送ってもらいました。講談社から出ている『皇后考』(原武史著)という本についての「刊行記念特別対談」という冊子です。対談しているのは、著者の原さん(明治学院大学教授)と作家で近畿大学教授の奥泉光さんです。『皇后考』は日本の天皇制を皇后という存在を通して検討するもののようなのですが、むささびはここでこの本の書評をする意図も能力もありません(まだ読んでもいない)。3月22日付の日本経済新聞のサイトに、井上寿一・学習院大学長による極めて簡潔な書評(権力のせめぎ合い解く知的挑発)が出ており、それによると画期的に面白い本のようであります。
むささびとしては、友人が送ってくれた小冊子の中で語られている事柄についてディスカッションのきっかけになるかもしれないので紹介したいと思うわけです。それは日本の皇室と宗教の話です。むささびなどは皇室とくれば「神道」を思いつくのですが、この小冊子によると、明治政府が「神道は宗教ではなくて祭祀である」と決めてしまったのだそうですね。「祭祀」というのは、国語辞書によると「神々や祖先などをまつる」ことであり、キリスト教、イスラム教、仏教のように、人々の内面を律する道徳基準(教え)のようなものではないということですよね?
しかるに、明治の皇后美子(はるこ)と大正の貞明皇后は、幼い頃から日蓮宗に帰依しておりそれを宮中にまで持ち込んだとのことですが、昭和の皇后良子(ながこ)は戦時中からキリスト教の聖書の講義を受けていたのですね。つまり東京が空襲を受けているさなか、皇居ではバイブルの講義が行われていたということで、奥泉教授は「見ようによっては大変シュールな光景ですよね」と言っている。
興味深いのは昭和天皇の方で、この小冊子によると、戦争が終わって米軍による占領が行われていた時代に、キリスト教の関係者と「50回以上」も面会している。天皇の頭の中にあったのが「戦争責任」をどうとるのかということですが、一つのやり方としては「退位」があった。しかしこれは「政治的な理由でGHQによって封じられてしまった」わけです。だとすると、他にどのような方法があるのか?著者の原さんは、「一つの可能性」として「改宗だと思います。神道を捨てる」ということもあり得たのではないかと言っている。GHQは信教の自由は認めており、「天皇が改宗したいと言い出したら、GHQも止められなかったんじゃないか」というわけです。
でも天皇が(例えば)キリスト教に「改宗」した場合、キリスト教でいう「神」と皇室の祖神である「アマテラス」に対する祈りの間に矛盾が出てこざるを得ないのではないか?という疑問について原教授は、太平洋戦争末期には天皇を「裕仁法皇」として出家させたうえで京都のお寺に幽閉させる計画もあったというわけで、「天皇だから神道を信仰しなければならないという考えが実は間違っているのかもしれない」と言っています。
現在の皇后(美智子さん)はカソリックの家庭で育っており、それを理由に現天皇との結婚には反対意見が宮中にもあったけれど、昭和天皇は、彼女(美智子さん)がカソリック育ちであることを「むしろ好ましいと考えていたのかもしれない」と原教授は言っています。彼によると、明治・大正・昭和・平成の各天皇・皇后の中で現在の天皇・皇后ほど「宮中祭祀」に熱心なカップルはいないのだそうです。
- 自分たちが祈らないと、という気持ちがすごく強いように思います。
と著者の原教授は言っている。
▼この小冊子の中身ですが、いろいろ探したら「現代ビジネス」というサイトに掲載されていました。
▼明治政府が「神道は宗教ではなくて祭祀である」と決めてしまったので「宮中にいる人たちは何によって安らぎを得ればいいのか。本物の宗教に行くしかなかったと思うんです」と原さんは言っています。つまり神道の「祭祀」というのは「儀式を実施するという行為」であって、個人的な「祈り」という世界ではない、ということですかね。原教授によると、「祭祀」だけでは「安らぎ」が得られない人もいる、と。あるいは「祭祀」というのは個人的な心の安らぎとは無関係なものである、と。宮内庁のサイトをみたら「宮中祭祀」というのと「主要祭儀」というのが出ています。
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2)理系が足りない
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掃除機で有名な英国の家電メーカー、ダイソン(Dyson)の創立者で経営者であるジェームズ・ダイソン(Sir James Dyson)は工業デザイナーなのですね。知りませんでした。イングランドのウィルトシャーにあるマルムズベリー(Malmesbury)という小さな町に会社を作ったのは1993年。かなり新しいのですね。同社の日本語サイトを見ると、
- 現在、ダイソン製品は67カ国で販売されています。ダイソンは一人の一つのアイデアから、1700人以上ものエンジニアを擁するテクノロジー会社へと成長しました。しかしそこで立ち止まって現状に甘んじることはありません。
というわけで、今後も科学者とエンジニアを増やして、新しい製品を生み出していくつもりであると訴えています。4月11日付のThe Economistの記事によると、「今後も科学者とエンジニアを増やして」という部分があまり楽な仕事ではなさそうであります。理由?英国内にエンジニアのなり手がいないのです。
ビジネス拡大のためにエンジニアの数を3000人増やす必要があるのですが、英国で大卒のエンジニアは1年で約2万5000人しか誕生しないのだそうです。2万5000人しかいないのに、一社だけで3000人採用というのは無理ですよね。
The Economistによると、このような悩みを抱えている英国企業はダイソンだけではない。エンジニアリング・技術協会(Institution of Engineering and Technology:ITE)という業界団体の調査によると、エンジニアやIT関連のスタッフを求めている英国企業の半数以上が、望み通りの人数の技術者を雇用できておらず、ほぼ6割が「このままでは英国内で操業することは難しい」(threat to their business in the UK)と答えている。具体的に言うと、ほぼ毎年、5万5000人のエンジニアが足りないという状況なのだそうです。人材不足で需要と供給のミスマッチというわけですが、この現象はエンジニアリング以外の「理系」(科学・技術・数学)分野にも言えるのだそうです。
産業分野における技術者不足のおかげで、長年言われている英国における製造業の復活がままならない状況が続いてしまっている。ちょっと不思議なのは、英国は相変わらず基礎科学の分野では強いということです。世界に存在する「科学的な研究者」と呼ばれる人に占める英国人の割合は4.1%なのに、世界的に発表される科学関係の出版物の類の16%が英国人によって書かれている。つまり(これは昔から言われていることですが)英国人は科学研究を製品化して市場に提供するということに誠に弱いというわけです。
ダイソンのジェームズ・ダイソンは、ロンドンのインペリアル・カレッジに自らが資金を出してエンジニアリング養成コースを設立、企業マインドを持った技術者の養成に乗り出しているのですが、それが実を結ぶまでには相当な時間が必要であることは言うまでもない。となると英国の製造業は海外に人材を求めざるを得ない。その対象には英国の大学に留学している外国人学生も含まれるのですが、最近の英国では移民の増加に対する反対の声が大きくて、外国の留学生が卒業後に英国に残って仕事をすることが法的に難しくなっている。
製造企業関係者の間では外国の技術労働者に対するビザ発給の条件緩和を求める声が強いのですが、これがなかなか通らない。英国では珍しい国産ラーガー・ビールのメーカーであるCobra Beerのビリモリア会長に言わせると、移民を取り締まるテレサ・メイ内務大臣は「経済のことがなにも分かっていない」(economically illiterate)と大いに批判しております。
▼人材・組織システム研究室という組織のサイトを見ていたら、「今、日本企業の理系学生採用は海外へ」というインタビューが掲載されていました。それによると、日本では大学の工学部への進学希望者がここ10年間で60万人から30万人に激減しているのだそうですね。しかも理系の大卒者のレベルそのものも下がっている。東大における機械系、電子・電気系進学者のための学内試験の合格ラインが下がっているのだそうです。となると優秀な人材確保は期待できない。当然、海外に人材を求めざるを得ない・・・というわけで、その専門家は中国の学生が極めて優秀であると報告しています。2011年時点の情報ですが、状況が変わったとはとても思えない。
▼知らなかったのですが、STEMというビジネス用語があるのですね。Science, Technology, Engineering, Mathematicsの頭文字を取ったもので、いわゆる「理系」のこと。"STEM graduates"とか"STEM students"などというわけですね。 |
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3) 中国、水事情
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3月30日付のNew York Timesのオピニオンの欄に
という記事が出ています。書いたのはマイケル・バックリー(Michael Buckley)というカナダ人のジャーナリストで、この人は "Meltdown in Tibet"(チベットにおけるメルトダウン)という本を書いている。この本のサブタイトルは
- 中国によるあくなき破壊行為が、チベット高原からアジアのデルタ地帯に至るエコシステムを破壊している
China’s Reckless Destruction of Ecosystems From the Highlands of Tibet to the Deltas of Asia.
となっている。
上の地図をクリックして大きくして見てもらうとわかりますが、アジアにおける大きな河川の多くがチベットを水源にしているのですね。むささびが聞いたことある河川だけでも黄河(5464km)、長江(6300km)、メコン(4350
km)、ガンジス(2525km)、インダス(3180km)などがあり、流域にはパキスタン、インド、ネパール、バングラデッシュ、ミャンマー、ベトナム、カンボジアなど少なくとも10カ国がその恩恵に浴している。
マイケル・バックリーが書いているのは、中国によるダム建設によってチベット、中国を含む流域の国や人びとが大きな影響を受けているという事情です。現在、中国国内には約2万6000のダムがあるのだそうですが、これは中国以外の国にあるダムの数を合計した数よりも大きいのだそうです。4年前(2011年)に中国政府は石炭による火力発電を減らすべく水力発電を10年後には現在の2倍にすると発表しているのですが、そのためにチベットを水源とする河川の水を使うことになっている。そうなると下流で暮らすチベット人や中国人の生活に大きな影響が出てくる。さらに水をダムに貯めることで生態系にも取り返しのつかない影響が出るものとされている。
バックリーによると、2011年現在で、すでに世界における水力発電の5分の1が中国で行われており、ダムや水力発電所の建設によって1950年代から計算すると2200万の中国人、100万のチベット人が移住を余儀なくされている。
さらに中国と国境を接するベトナム、カンボジア、バングラデッシュなどはいずれもチベットに源を発する河川に頼っている部分が大きい。カンボジアの漁獲量の60%が湖からのものですが、その湖が頼りにしているのがメコン川の洪水による水なのだそうです。
チベットを水源とする河川の流域にダムを建設する計画についてですが、マイケル・バックリーによると、中国国内における環境保護団体による活動によってダム建設が中止されたケースもあることはあるのですが、ダム建設促進派によるロビー活動が強力でとてもかなわないのだそうです。バックリーは、中国は太陽熱発電や風力発電にはタイヘンな額の投資をしているけれど、チベットではほとんどそれが行われていないとして
- 中国の指導部はこれらのダム建設や水力発電所建設計画を進めることによって将来払う事になる代償のことを考える必要がある。これらの河川が健全に保たれることはアジア全体の関心事なのだ。
- China’s leaders need to consider the costs of forging ahead with these
projects. The health of these rivers is of vital concern to all of Asia.
と主張しています。
▼これだけ読むと、「中国は傍若無人の許しがたい国」と言って眉をひそめるだけに終わってしまいがちですが、他の記事を読むと、中国にはかなり深刻な事情があるようです。例えばThe Economistの2014年9月25日付のサイトに出ている"A
canal too
far"という記事は中国における運河建設について報道しているのですが、中国の場合、自然に湧き出る淡水の量に地域的な偏りがあるのですね。中国北部に出る自然水は国内全体の5分の1にすぎないのに、農地の3分の2が北部に集中しており、人口の半分が北部で暮らしている。
▼2013年10月10日付のThe Economistが掲載した「中国で河川が消えていく」(Rivers
are disappearing in
China)という記事によると、中国には世界の全人口の20%が暮らしているのに、水の量は世界の7%だけ。最近では自然水そのものが消えつつある。1950年代の中国には5万の河川が存在したのに、60年後の現在ではこれが2万3000にまで減っている。その理由は農業用水と工業用水の使いすぎだそうです。
▼世界銀行の定義によると「水不足」(water scarcity)とは、一人当たり年間1000㎥を超える真水が飲めない状態のことを言うのですが、中国国内31県のうち11県がそのような状態なのだそうです。慢性的な水不足ということです。
▼そもそも水資源は国際間の紛争の種になりやすい。世界の河川の半分以上が二つ以上の国境を越えて流れているのですが、その水の利用について国同士の合意がなされているのは全体の3分の1にすぎない。2014年、遅まきながら国連の「水路条約」(Watercourses
Convention)というものができて、国境をまたぐ河川の水利用についての指針を定めてはいる。が、この条約には強制力がなく、中国も南アジアのほとんどの国もこれに署名していないのが現状なのだそうです。
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深刻化するイラクの水不足 |
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4) 「ナショナリズム」が英国政治を変える
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4月6日付のGuardianに
という記事が出ています。同紙のマイケル・ホワイト(Michael White)という副編集長が、間もなく行われる選挙について書いているのですが、読者の対象がアメリカ人で、外国人にもなるべく分かりやすいような説明をしています。英国人ではないむささびにも読みやすいものになっています。
英国の政治というと、保守党と労働党の二大政党による政権交代が頻繁に行われる民主主義のモデルのように言われてきたけれど、それは「古い体制」で、今度の選挙で「スコットランドとイングランドのナショナリズムの高まり」によって崩される結果になるだろうと言っている。イングランドのナショナリズムは(これまでにも何度か紹介した)英国独立党(UKIP)に代表される動きです。いろいろと政策らしきものはあるけれど、基本的なスローガンとしては英国をEUから脱退させ、移民の流入を制限することを訴えている政党です。最初のうちは保守党右派の票が流れるとされていたのですが、最近では現状に不満な北イングランドの労働者階級の間でもUKIPに好意的な声が出てきています。
ただ、むささびが今回紹介したいのは「スコットランドのナショナリズム」の方で、これを代表するのがスコットランド民族党(Scottish National
Party:SNP)であり、ニコラ・スタージョン(Nicola Sturgeon)という女性党首(45才)です。SNPの党首ということは、スコットランド政府の首相(First
Minister)という立場にもある人です。再確認しておくと、英国の場合、全土を統治する機関としての「国会」(ロンドンにある、あれ)以外にスコットランド、ウェールズ、北アイルランドだけを統治するそれぞれの議会というのがあります(なぜかイングランドだけを統治する議会はない)。
まず基本的な数字から。5月7日に選挙が行われる下院の議員定数は650で、そのうちスコットランドには59の選挙区が割り当てられている。スコットランドを選挙区にする主なる政党は労働・自民・保守・スコットランド民族(SNP)の4つですが、2010年の選挙では労働党が41議席で圧倒的トップ、次いで自民・SNP・保守の順だった。昔からスコットランドは労働党の天下であったわけです。
それが根底から崩れてしまったのが2011年のスコットランド議会の選挙だった。
この選挙でSNPは2位の労働党を32議席も引き離して圧勝してしまった。SNPはそれまでも第一党ではあったのですが、2位の労働党との差は1議席に過ぎなかった。なぜそうなったのか?この選挙で、SNPが2014年にスコットランド独立を問う住民投票を行うと約束したからです。そして住民投票が行われた結果、55%:44%で否決されたのですが、労働党も含めた独立反対派は肝を冷やすような大接戦であり、SNPは実質的な勝利を宣言したりした。投票がこれほど接戦になった理由は労働党支持者が雪崩を打って独立支持に回ったからだとされています。「独立支持」ということは「SNP支持」というのと同じことです。
で、5月の選挙でこれがどうなるのかというと、上のグラフが示すとおり、スコットランドに関する限り、SNPが現在の6議席から45議席へと大躍進する一方で労働党は41から10議席へと大幅減という予想もある。ロンドンの国会で、出来れば単独過半数(326議席)を取って政権に返り咲きたい労働党ですが、いまのところの予想では辛うじて第一党にはなれても単独過半数は難しいとされている。労働党の現有議席は258だから68議席増やさないと単独過半数には到達しない。だというのにスコットランドにおける議席数を30も減らしているようではどうしようもない。となるとどこかと連立を組むというハナシになる。その相手として俄然クローズアップされているのがSNPというわけです。ただ労働党のミリバンド党首は、4月16日に行われた野党党首のテレビ討論会で、SNPと連立は組まないと明言している。「独立を志向して、英国を解体させるような政党とは組めない」というわけです。
▼考えれば考えるほどケッタイな状況になっていますよね。英国(UK)を統治するための法律を作る議会にスコットランドを統治する議会の第一党が多数の議員を送り込もうというのですから。実はスコットランドだけではない。ウェールズも北アイルランドも議員を送り込んでいるのですが、人数がそれほど多くはなかったし、スコットランドのように独立を志向することもなかったので問題にならなかっただけ。現在言われているのは、ロンドンの国会でイングランドに関係する法案を審議したり採決したりする場合は、イングランドの選挙区から選ばれた議員だけがこれに参加するというやり方です。でも、これだっておかしいよね。そのような法案を審議している間、スコットランドやウェールズの議員は何をするのか?休暇でもとれというのですかね。
▼UKIPを形容して「英国(UK)ナショナリズム」、SNPは「スコットランド・ナショナリズム」というけれど、UKIPがEUのくびきから外れて独立独歩で行くと言っているのに対して、SNPはUKからの独立は言うけれど、EUには断固として加盟すると言っている。UKIPのような独立独歩ではない。
▼そのSNPの党首であるニコラ・スタージョンについては次の記事で紹介しますが、彼女の言うことを読んでいると、昔ながらのイングランド中心の「英国」政治(日本で言うと永田町政治)に対する反発はあるけれど、ナショナリズムというレッテルの貼り方が正しいかどうか、むささびには疑問です。 |
むささびジャーナルの関連記事 |
スコットランド独立への道?
どうすりゃいいんだ、UKIP |
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5)英国で最も危険な女、ニコラ
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昨年の国民投票で45%のスコットランド人が独立に賛成票を投じたことを「たった45%」ととるのか「45%も賛成なのか!」と解釈するのかは人によって違うけれど、5月の選挙に向けた世論調査などを見ていると、独立志向のスコットランド民族党(SNP)に対する支持率は下がるどころか、上昇するばかりという感じです。2010年の選挙までは、英国政治といえば「保守・労働・自民」の3党が支配するものと決まっていたのが、2015年の選挙では第三の政党が自民ではなくSNPになる可能性も大いに出てきた。
そこでいまや英国中の話題をさらっているのがSNPの若き女性党首、ニコラ・スタージョンです。最近行われたテレビの党首討論会の翌日に行われた世論調査によると、最も評価が高かったのがスタージョンの28%、次いでUKIPのファラージ(20%)、保守党のキャメロン(18%)、労働党のミリバンド(15%)・・・という数字で、ニコラ人気がスコットランドを越えてしまっている数字が出ている。ニコラの略歴を紹介すると:
- 1970年スコットランドのアービン(Irvin)生まれの45才。父親はエンジニア、母親はSNPの市議会議員だった。16才でSNPへ入党、グラズゴー大学卒後、弁護士活動を経て1999年(29才)のスコットランド議会の選挙にSNPから立候補して初当選、2004年に34才で副党首になり、昨年(2014年)11月に辞任したサーモンド党首の後を継いで党首に就任。
メディアで報道される彼女の言葉をいくつかピックアップすると・・・:
- 私はサッチャー時代の子供なのよ。政治の世界に入ったのは社会正義や平等というものを実現したいと思ったから。
I’m a child of the Thatcher years. I came into politics because of my desire for social justice and greater equality.
ニコラが10代を過ごした1980年代の英国はサッチャー革命の真っ只中だったのですが、スコットランドはそれまでの経済を支えてきた鉄鋼・造船のような重工業の倒産が相次いでおり、彼女は高校のクラスメートたちが職を探すのに苦労しているのを目のあたりにしていた。
彼女は自分のことを「社会民主主義者」(social democrat)と呼んでいる。ただ彼女は理想の社会を作るにしても富を生む経済成長が必要であるとして
- 私にとって社会民主主義とは強くて、持続性に富みバランスのとれた経済が必要であることを認めることであるが、それはあくまでもより大きな社会正義を実現するためのものである。
So, for me, social democracy is understanding that you need a strong, sustainable,
balanced economy but for the purpose of creating greater social justice.
とも言っている。
保守系のメディアはニコラについて「英国で最も危険な女」(MOST DANGEROUS WOMAN IN BRITAIN)と呼んでいます。彼女のスコットランド独立に対する姿勢を警戒するもので、英国を分裂させようとしている人物であるというわけですが、それについて彼女はThe Economistとのインタビューの中で次のように語っています。
- スコットランド独立を問う次回の国民投票がいつになるのかは分からないが、あることはあるだろうし、自分としては次回は独立賛成が勝つと思っている。
I can’t tell you when there’ll be another independence referendum. I think there will be one and I think there will be a ‘yes’ vote.
英国にとってもう一つ、EUへの加盟を続けるかどうかの国民投票が2017年に行われる可能性があるわけですが、ニコラはEUからの離脱には反対であり、もしそのような事態になった場合は英国からの独立を考える必要があるだろう(we need to look at independence again)と語っています。
最後に昨年9月の国民投票から現在までの約半年でSNPの党員数が2万6000人から10万人(!)へと激増したことについて
- (スコットランドの)人びとが国民投票以前のような状態には戻りたくないと考えているということですよ。ロンドンの既存の政界によってスコットランドが脇に追いやられたり無視されたりしていた、あの頃には戻りたくないということです。
People don’t want to go back to the days, pre-referendum, when the Westminster establishment sidelined and ignored Scotland.
というのが彼女の明確な答えであったそうです。
▼ニコラ・スタージョンの面目躍如であったのが、4月16日にロンドンで行われた野党党首によるTV討論会だった。話題になったのが、労働党が勝った場合の連立政権についてです。ミリバンド労働党党首がコラ・スタージョンに向かって「独立志向のSNPとは組めない」という趣旨の発言をしたのですが、ここをクリックすると、ニコラがミリバンドに反論する場面が出ます。彼女の主張の趣旨は「この選挙は社会正義を勝ち取るための選挙であって、スコットランド独立とは無関係であり、肝心なのはキャメロンの保守党を政権から追い落とすことだ。そのためには(労働党は)勇気を持ってSNPとも連立すべきだ」ということ。ニコラへの拍手は聞こえるけれどミリバンドは全くのアウトという感じです。場所がスコットランドでないことを考えると、どちらが全国区の政党なのか分からなくなる。
▼彼女にまつわるメディア報道を見ていて面白いのは、保守系のメディアはもちろんのこと、普通なら彼女のような社会民主主義的な発想には好意的なGuardianが、彼女の独立志向を批判するような報道をしていることです。つまり労働党が食われてしまうことが気に入らないということです。The Independentが彼女にエッセイを書かせたのはちょっとユニークですね。 |
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6) どうでも英和辞書
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A-Zの総合索引はこちら |
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fake smile:愛想笑い
上の写真、男性がカメラを見て笑っているのですが、一方が「作り笑い」でもう一つが「本当の笑い」です。どちらが「作り笑い」でしょうか?英国のハートフォードシャー大学のリチャード・ワイズマンという心理学の教授が、人間のempathy(感情共有)のテスト方法を考えついたという記事が4月10日付のThe Observerに出ています。「感情共有のテスト」というのは、相手の表情を見るだけで心の内(感情)まで正確に想像できる能力をテストするということです。
ワイズマン教授の実験によると、普通の人の正解率は60%なのですが、パーティーに参加したりすることが多いような人の場合、多少高くなって66%となっています。さらに年代別に言うと、40代以下の方がそれ以上の人よりも正解率が高い。
教授はまたロンドンの科学博物館に150人の職業人を集め、この2枚の写真を使って実験をしたのですが、正解率の高い順から言うと、社会科学者(80%)、ジャーナリスト(73%)、生物学者(66%)、物理学者(60%)という結果であったそうです。上の写真についていうと、正解は右の写真が「作り笑い」で左が「本当の笑い」です。教授によると、本当の笑いは筋肉を動かすことが顕著であり、作り笑いよりも目の周囲にシワがよるのだとか。つまり「目は口ほどにモノを言う」(the
eyes have it)ということ。
マリアン・パワーという女性ライター(写真上)がDaily Mailのサイトで「作り笑い」についてエッセイを書いているのですが、それによると英国人は平均で一日26回笑顔を見せる(smile)という統計がある。年間で9490回、18~65才の労働年齢の47年間で44万6030回・・・なんて言い始めるとキリがないけれど、実はこのうちの半分は「作り笑い」なのだそうですね。
マリアン・パワーによると、アメリカの小売業の最大手、Walmartのドイツにおけるビジネスがいまいちなのだそうですね。その理由はアメリカでサービスの訓練を受けたスタッフの「にこやか応対」がドイツ人の気に障るのだとか。ドイツ人が店員に求めるのはテキパキしたサービスだけであって、「満面の作り笑い」とともに"Have
a nice day!"なんて言われると却ってイラつくとのことであります。
マリアン・パワーは、自分が悲しいときも、怒っているときも、憂鬱な気分でいるときも・・・どんな時も無意識に笑い顔を作ってしまう「作り笑い屋」(fake-smiler)であることを告白しています。 |
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7) むささびの鳴き声
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▼英文和訳と和文英訳、あなたはどちらが苦手ですか?むささびはたぶん後者でしょうね。理由はいろいろあるけれど、その一つとして「日本語の意味が分からない」というのがある。最近の例で言うと、安倍さんや菅官房長官が、沖縄の基地問題についてさんざ使った「粛々と進める」というのがありますね。「粛々と」というのをコンピュータに入れると、"solemnly"
という英単語が表示された。「おごそかに」とか「厳粛に」とかいう意味で、首相や官房長官の意とするものではないですよね。
▼「粛々と進めている」という日本語の文章をGoogle翻訳してみたら "To proceed quietly" というのが出てきた。「静かに」「音も立てずに」・・・これもピンとこない。沖縄のことについてのAP通信の記事に
"handle the matter firmly" とありました。"firmly" は「断固として」ということですよね。これだと安倍さんらの感覚に近いかも知れない。
▼それはともかく、沖縄県知事に「粛々という言葉を使えば使うほど、県民の心は離れて怒りは増幅される」と言われて、安倍さんらは「これからは使わない」と約束したのですよね。それから何日か経って、関西電力高浜原発の3号機と4号機について福井地裁が「再稼働を認めない」という仮処分を決定したところ、官房長官は「再稼働を進める方針に変わりはない。粛々と進める」と言ったわけ。「粛々と進める」を、むささびが親切にも安倍さんの気持ちに即して「意訳」してあげると
"I don't care about what people say or think" ということになる。「(沖縄県民や裁判官の言うことなど)知ったことか」という意味です。
▼1番目に掲載した『皇后考』で皇室と宗教について書きました。この本や皇室とは全く関係ない話題ですが、アメリカのギャラップが世界65カ国の人びとの宗教心についての国際世論調査をやったことがある。その結果を「自分には宗教心がある」(religious)と答えた人と「無神論者だ」(atheist)と答えた人の割合で、日中米英を比較すると次のようになる。
▼この場合の「宗教心がある」というのを別の言い方で表現すると「ものごとの善悪が気になる」ということになる(とむささびは思っている)。日中よりも英米の方がその傾向が強い。「無神論者」は「人間のことはすべて人間が決める」ということで、世の中の善悪よりも「ものごとがうまくいくかどうか」が気になる・・・というのはそれほど乱暴な解釈でもないと思う。もちろん、どっちもどっちで、宗教心は独善主義・排他主義の源泉であるし、無神論は「強い者勝ち」への導入部でもある。でも前者は楽観的、後者は現実的な生き方にも繋がるといういい点もある。
▼一昨年、英国人を対象に行われたアンケート調査の質問は「あなたは神を信じるか?」(Do you believe in God?)というものだった。結果は次のとおりです。
▼ここで言う "God" はキリスト教の「神」のことだと思います。答えの中の "No but..."
というのは「キリスト教的な意味での”神”は信じないけれど、何か人間よりも大きなものが存在することは信じる」(長ったらしい!)という意味で、"No"
は神も「大きな存在」も信じない、いわば無神論です。むささびが英国人に親しみを覚えるのは、この"No but..."の部分なのでありますよ。熱心なキリスト教徒ではないけれど、何やら「神らしき存在」は認めるという姿勢です。アメリカ人の「信心深さ」にも違和感を感じるし、中国人の「無神論」は面白くもなんともない・・・というわけです。"Yes"
と "No but..."を足すと "No" を上回る。案外、英国人は信心深い人たちなのかもしれない?
▼5番目に紹介したSNPのニコラ・スタージョンですが、ロンドンの既成の政治の世界に反発する彼女の姿を見ると、日本の沖縄を思い出しますね。UKから独立したスコットランドがうまくやっていけるのかどうかなどは、誰にも分からない。どころか、スコットランド人の間でも不安の方が大きいはずです。それでも国民投票をすると45%がこれを支持する。特にグラズゴーを中心にした労働者階級のスコットランド人の反UK意識が強いということです。「ロンドンは自分たちのことをバカにしている」という怒りです。
▼ニコラ人気がスコットランドを越えているということは、実は英国人全体に(メディアを含めた)ロンドンの政治の世界に対する不満や怒りが高まっているということです。「粛々と進める」とかいう、自分たちにも分かっていないボキャブラリーを平気で口にする東京の政治家(と政治メディア)に対する沖縄人と日本人の怒りも同じです。この際、沖縄でも「日本からの独立」に関する住民投票をやってみては?沖縄独立党(OIP)とか北海道独立党(HIP)を作って、国会議員を永田町に送り込むというのは、日本の法律では可能なのでしょうか?
▼例によってクダクダと失礼しました! |
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むささびへの伝言 |