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334号 2015/12/13
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
埼玉県の田舎道を車で走っていると、農家の軒先に大根が干してあるのが目に付くようになりました。今年の秋のむささび家は干し柿ブームであったのですが、それも終わって、いま何がブームだか分かります?切干大根でんがな!よそから貰った大根を適当な大きさに切って軒下に干してあるわけです。2週間もすれば煮て食べることができるのだそうです。おそらくクリスマスには食べられるだろうと、いまからワクワクしております。
目次

1)ISIS攻撃:これは欧米の戦争なのか?
2)イスラム教徒のISIS観
3)マラソン審議でシリア爆撃にお墨付き
4)いまなぜシリア爆撃なのか?
5)どうでも英和辞書
6)むささびの鳴き声

1)ISIS攻撃:これは欧米の戦争なのか?
シーア派とスンニ派 サウジはどちらの味方か? ISISは聖なる戦士たちだ!

パリのテロ事件が起こった際にフランスのオランド大統領が「ISISとの戦争だ!」と叫び、最近になって英国も米仏とともにシリア領内のISIS領の爆撃を始めています。さらに自国の旅客機を爆破されたロシアまでもが、英米仏とは別にISIS攻撃作戦に乗り出しています。欧米のメディアでは現在の混迷を「欧米対ISIS」という構図で語られるケースが多いのですが、パリ政治学院のピエール・コネサ(Pierre Conesa)講師はフランスのLe Monde Diplomatique(LMD)のサイト(英文版)に寄稿したエッセイ(Is this really our conflict?)の中で、ISIS問題を主としてアラブ・イスラム圏の内部紛争(internal crises of the Arab-Muslim world)という視点で語っています。

シーア派とスンニ派

ピエール・コネサが特に力点を置いているのが、イスラム圏内のシーア派とスンニ派の間における争いです。これには長い長い歴史があるようなのですが、コネサ講師はぐっと最近のことから語っている。いまから36年前の1979年、イランでホメイニ師をリーダーとする革命が起こりイスラム教政権が誕生したのですが、イランのイスラム教は純然たるシーア派のそれだった。権力の座についたホメイニ師が、メッカとメディナ(いずれもサウジアラビア)というイスラム教の聖地は集団的(collectively)に管理されるべきだと主張した。ここで言う「集団的」というのを「宗派を超えてイスラム教全体で管理する」という意味であるとむささびは理解するのですが、ホメイニ師の主張はスンニ派の代表格であるサウジアラビアにとっては受け入れ難いものだった。


スンニ派の教徒の中にはシーア派を「イスラムを分断させるためにユダヤ人が思いついた宗派」と考えている者が数多く存在している。アフガニスタン、イラク、シリア、パキスタン、レバノン、イエメン、バーレーンのような国々でこの両派の対立が激化しており、スンニ派が主流のクエートやサウジアラビアでは時として爆発状態になることがある。またマレーシアではシーア派のイスラム教は禁止されているのだそうですね。

このエッセイでは、ISISがスンニ派なのかシーア派なのかは書かれていないけれど、イラクの現政権はシーア派であり、シリアのアサド政権はシーア派の筆頭ともいえるイランに後押しされている。ISISのエリアはイラクとシリアにまたがって存在しており、両方ともISISを敵として戦っているのだから、ISISは少なくともシーア派ではないことだけは確かなのでしょうね。

サウジはどちらの味方なのか?

話がややこしいのは、スンニ派が主流とされるサウジアラビアがアメリカ主導の反ISIS有志国に入っていること。この有志国の軍隊は、シーア派が主流のイラク政府からの要請でイラク領を占領するISISに対する空爆を行っている。つまりサウジはシーア派であるイラクを助けるべく軍隊を派遣していることになる。ところがサウジは隣国のイエメン国内で跋扈する「フーシ」と呼ばれるシーア派の反政府勢力に対する空爆も行っている。ピエール・コネサによると、サウジアラビアは爆撃機を400機所有しているけれど、そのうち100機はイエメン国内の「テロ組織」の爆撃に使っており、アメリカらが主導するISIS攻撃には15機しか派遣していない。サウジアラビアにしてみれば、イエメンのシーア派退治の方がISIS攻撃よりもはるかに重要度が高いということです。


コネサ講師は欧米のISIS攻撃の理念そのものにも疑問を投げかけている。例えば:

  • ISIS攻撃は人間尊重主義の原則を守る(to defend humanist principles)というけれど、欧米とともにISIS攻撃に参加しているカタール、アラブ首長国連合、サウジアラビアのような国では、犯罪者を罰するのにISISがやるような首切り、石打ち、手足切断のような刑が行われているではないか。
  • ISIS攻撃は宗教の自由を守る(to defend freedom of religion)というけれど、サウジアラビアでは、パレスチナの詩人が「背信」(apostasy)を理由に死刑を言い渡されている。なのに欧米のどの国もそれを問題にしようとはしていない。
  • ISIS攻撃は大量殺戮(massacres)を防止するというけれど、ガザへのイスラエルの空爆で1900人ものパレスチナ人が殺されても欧米からはさしたる非難の声も上がらなかった。そのくせ3人の欧米人がISISに首を切られたという理由で、欧米はISISへの空爆を開始した。この違いは何なのか?
つまり欧米諸国は自分に都合のいいときだけ「人権」や「自由」を叫ぶ、「矛盾だらけだ」と中東の人びとは感じているというわけです。

ISISは聖なる戦士たちだ!

一方、欧米に追い詰められているように見えるISISですが、コネサ講師によると、彼らこれまでに三つの「戦略上の狙い」(strategic aims)を達成している。
  • 成果1:シーア派が主流であるシリアとイラクに領土を作ることで、両国内で抑圧されているスンニ派の味方(defender)であることを見せつけたこと。欧米人を巻き込んだISISのテロが騒がれるけれど、実際には彼らのテロの犠牲者の9割がイスラム教徒であり、アフガニスタン、イラク、シリア、パキスタンにおけるテロ活動の標的はシーア派のイスラム教徒だったことを自ら宣言している。欧米人などはごくわずかというわけです。
  • 成果2:アルカイダおよびシリアにおけるアルカイダの下部組織(アルヌスラフロント)の存在感を消滅させたことで、いまやイスラム聖戦兵士たちが憧憬の眼差しを向けるのはアルカイダではなくてISISになっているということです。イスラム過激派内の主導権争いに勝っているということ。
  • 成果3:自分たちが欧米にとっての最大の敵(number one enemy)にまでのぼり詰めたことを誇示することができたことです。ロシアによるISIS爆撃が始まったとき、サウジアラビアの聖職者53人がネット上の署名活動という形で明らかにしたのは、ISISの戦士たちが聖なる戦いに破れるようなことがあれば、「スンニ派のイスラム教の国々は没落の一途をたどることになるだろう」(the countries of Sunni Islam will all fall, one after another)ということだった。すなわちサウジアラビアの聖職者がISISの戦いを支持することを公然と明らかにしているということです。

コネサ講師によると、欧米がISISを攻撃して壊滅させた場合は、ISIS以外のテロ組織が力を増すだけであるということです。つまり欧米はイスラム圏内の勢力争いに関わっているにすぎないということ。またキャメロンが言うように欧米が空爆を続ける一方で地元の反ISIS勢力を訓練して地上軍とするというアイデアはアフガニスタンでとっくに失敗している。つまり・・・
  • (欧米による)この戦争は延々と続くだけで勝利することはない。何故ならそれぞれの地域に存在する(とされる)地元の「同盟勢力」は、自分たちの利益に反してまでして地上軍を派遣するリスクを負うことは決してしようとしないからだ。
    The war will be long, and impossible to win, for no regional ally will be prepared to commit ground troops and risk its own interests.
イスラム圏内の勢力争いに欧米が軍事的に関与すればするほど、イスラム聖戦兵士によるテロ活動が盛んになる。そのテロは欧米にも向けられるかもしれないけれど、イスラム教内のライバル宗派にも向けられる。その結果、必然的に起こるのはISISとサウジアラビアの軍事対決である・・・というのがピエール・コネサの見るところであり、このエッセイのタイトルが結論にもなる。すなわち
  • これは本当に我々(欧米)が戦うべき紛争なのだろうか?
    Is this really our conflict?

  • ▼あまりにも長くなるので、むささびは省いたけれど、英米仏による空爆の標的となっているシリアとイラクのあたりは、かつてフランスと英国が地元(アラブ)の意向など全く聞かず勝手に国境線を引いて植民地化してしまったところです。当然、英国やフランスにはかつて植民地であったところから移民してきた人たちがたくさん住んでいる。中には社会的な疎外感を抱えながら生きている人たちもいる。その中からISISへ志願する若者も出てくる・・・というあたりは何度か触れたので止めておきます。

    ▼いまのところヨーロッパに押し寄せる移民・難民と言えばシリアからのものとなっているけれど、このエッセイの筆者によると、次に難民が出るのはイエメンだとのことです。国内でシーア派とされる勢力が現在のスンニ派の政権打倒を目指してテロ活動を行っており、それに対してサウジアラビアを中心とする湾岸諸国からなる「有志国」が大々的な空爆を行っている。おかげでイエメンに住めなくなった人びとが海外へ逃げ出さざるを得ない状況である、と。ただそれらのイエメン難民を受け入れようという周辺国はない。何故なら難民そのものが自分たちの空爆によって生まれている部分が大いにあるからです。イエメンの人口は約2500万、シリア(2300万)よりも大きい。イエメンはかつて英国の植民地であったのだそうです。
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2)イスラム教徒のISIS観

パリの同時多発テロが起こったときにパリの街角風景をテレビカメラが写していたところ、白人の男性が「これだからイスラム教は困るのだ」という趣旨の発言をした。それを傍で聴いていた小さな子供を連れたお母さんが、その男性に向かって「アタシたちイスラム教徒だってテロで死んでいるのよ!」とかんかんに怒って詰め寄っていたシーンをむささびは鮮明に憶えています。

最初に掲載した記事でフランス人の中東・イスラム研究者は、ISIS問題は基本的にイスラム教の世界のスンニ派とシーア派の間の勢力争いだと言っているけれど、気になるのは肝心のイスラム教徒がISISのような問題をどのように考えているのかということ・・・と思っていたら、アメリカのピュー・リサーチ(Pew Research)社会研究所が12月7日付のサイトで、イスラム教が主流とされる国々におけるイスラム教徒たちの意識調査(Muslims and Islam)の結果を発表しています。

非常に長いレポートなので、ポイントを二つだけ紹介します。まずイスラム教が主流の国におけるイスラム教徒の間におけるISISの評判ですが、大体どの国でも「否定的」な意見が圧倒的に多い。ただ、マレーシアでは「肯定」が1割を超えており、ISIS攻撃の中心の国の一つであるはずのトルコでは「肯定」と「分からない」を足すと2割を超える。さらに不思議なのはパキスタンで、「分からない」が軽く5割を超えている。ISISに関しては立場を明らかにするイスラム教徒が非常に少ないのだそうです。それが何故なのかについてはこの調査では語られていない。


この調査について、むささびが最も興味を惹かれてしまったのは、イスラム教徒と欧米人(非イスラム教徒)の間の相互イメージです。Pew Researchでは、人間の性格を表現する言葉を10語挙げ、それぞれがどの程度相手に当てはまるかを質問したのですが、結果は次のとおりです。


イスラム教徒の欧米人観では、否定的な性格(利己的、暴力的など)が上位を占めており、肯定的なものは一番下に集中している。一方、欧米人のイスラム教徒観では「正直」や「寛大」のような肯定的な性格描写も上位に来ている。欧米人から見ると、「欲張り」(greedy)なイスラム教徒は非常に少ない(けれど狂信的な人は非常に多い)となる。
▼欧米人とイスラム教徒の相互観をあなたはどのように見ますか?イスラム教徒は欧米人を辛く見ている一方で、欧米人はそうでもないとも取れませんか?むささびは、欧米人の方にわずかとはいえ「相手を認める」姿勢のようなものを見るのですが・・・。それも100年以上も前に欧米がイスラム圏を植民地として扱うようなことをしたからだ、と言われると「そうかもな」とも思ってしまう。いずれにしてもディスカッションのポイントとしては面白いと思いますね。
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3)マラソン審議でシリア爆撃にお墨付き

12月2日、英国下院でシリア国内のISISに対する空爆を行うべきかどうかの審議と投票が行われ、キャメロン政府が提案した空爆賛成案が「賛成397:反対223」で可決されたことは日本のメディアでもそこそこ伝えられましたよね。審議が始まったのが午前11時半、終わったのが午後10時だったから、ほぼ12時間にわたるマラソン審議だった。審議の一部始終は、ここをクリックすると動画で、ここをクリックすると文字で見ることができます。
 
まずキャメロン政府の提案の背景を簡単に紹介しておきます。現在、ISISはイラクとシリアにまたがる部分を自分たちの領土として占領しており、アメリカやフランスを中心とする「有志国」による空爆が行われている。英国はこれまでISISの占領地域のうちイラク領の部分は「有志国」と一緒になって空爆してきていますが、シリア領については、アサド政権の打倒を目指して米仏軍に協力して、2013年に空爆しようとしたときに国民の反対によって断念しています。キャメロンが今回提案したのは、シリア領にかかるISISの占領地域です。ただ「ISISの領土」と言っても、国際的に認められた国境があるわけではないのだから、実際にはシリア領の爆撃ということになる。つまり2013年に断念したものを蒸し返すというわけです。
 
審議開始前に議長(写真上)が議事の進め方などについて説明する場面があるのですが、その中でちょっと可笑しかったのは、「本日は157人もの議員から質問をしたいという要望が来ております。私としては全員が質問できるように最善を尽くすつもりでおりますが、議事の最中に私のところへ来て、自分が当てられるかどうかを聞き出そうとするのは止めてください」とクギを刺している部分です。キャメロンが空爆賛成の趣旨説明をしている間にも議員からの「質問」によってストップされるような場面が度々あったのですが、見ている限りにおいてはそれも英国議会では当たり前のことのようであります。いずれにしても157人もの議員が「質問」という形の発言をするのだから、一人1分としてもそれだけで2時間をはるかに超えてしまう。12時間審議も仕方ないということであります。

むささびの独断と偏見により、発言のいくつかをピックアップして紹介してみます。どれもポイント部分だけを書き出したものです。

デイビッド・キャメロン首相:ISISに攻撃されるのを待つのですか?
ここで議論するのは、我々がテロと戦うことを望むかどうかということではありません。どう戦うのが一番いいのかということであります。我々が問わなければならないのは、同盟国とともにこの(ISISという)脅威を退け、これを破壊し、テロリストたちを彼らの領内において追い詰めるのか、それともただ黙って彼らが我々を攻撃してくるのを待つのかということです。彼らは英国民を殺そうと企んでいるのですよ。
  • ここでのキーワードは「同盟国とともに・・・」という部分だと思います。"do we work with our allies..." と言っている。「同盟国ともに仕事をする」ということですが、むささびの解釈によると「置いてきぼりを食うことへの不安感」を掻き立てようとしている。

[反対]
ジェレミー・コービン労働党党首:異なる意見にも敬意を払って
我々はいま英国の兵士(男も女も)を危険にさらし、ほぼ不可避的に罪のない人びとを死に追いやることの決定をしようとしているのです。責任は重大です。その決定を下すに当たっては、正しい選択についての異なった意見を持っている人間に対して最大限の真摯さと敬意が払われなければなりません。
  • この審議が行われる前の日に保守党の議員と会合を開いたキャメロンが、空爆に反対するコービン党首や労働党議員のことを「テロリストの同調者」(terrorist sympathisers)と呼んだことが判明してメディアの間で問題視された。審議の中でも労働党議員がキャメロンに対して謝罪を迫る部分がかなりあったけれど、ほとんど無視されていました。ただこの失言によってキャメロンへの批判がかなり強まったこともあり、素直に謝ってしまえばよかったのに・・・という感じです。

[賛成]
ヒラリー・ベン労働党議員(影の外相):悪と戦おう
我々は今こそこの悪に立ち向かわなければなりません。今こそシリアにおいて我々の役割を果たすべき時であります。従って私は我が党の仲間たちに、この政府提案に賛成票を投じるように呼びかけるものであります。
  • 「影の外相」(Shadow Foreign Secretary)だから、コービン党首にとっては右腕のような存在です。その人物が公然と保守党の空爆に賛成したのだから、大いに話題になった発言ではあったわけです。
[反対]
ジュリアン・ルイス保守党議員(下院防衛委員会委員長)
信頼できる地上軍がいない 
信頼するに足る地上軍もなしに空爆を行うことには反対します。効果がないし危険でもあるからです。2013年に私はアサド政権のシリアへの爆撃にも反対しました。ここでシリアを爆撃するということは、2年前には内戦の一方を爆撃することを望み、いまもう一方の側を爆撃しようとしていることになるのですよ。英国政府には戦略というものがないと言っているのと同じです。
  • 「信頼できる地上軍がいない」というのはキャメロンにとっては最大のアキレス腱と言われています。シリア国内で、しかも反アサド勢力による地上軍をどうやって組織するのか?
[賛成]
アラン・ダンカン保守党議員:傍観者であってはならない
我々の同盟国は、英国は助けを必要とした時に頼りになる国なのかどうかを問うています。新しい国連決議が出ているいま、英国がこれまで同様に傍観者であり続けることを選択するということは、英国が(この戦いから)引き下がることを世界に向かって表明するのと同じであります。英国は国際舞台から引退するような道を歩んではなりません。
  • 要するに米仏が戦争をしているときに英国が何もしないなどということは、とても耐えられない、というのがこの保守党議員の感覚のようです。

▼今回の審議については、むささびとしてもいろいろと言っておきたいことがあります。まず「賛成397:反対223」という票数についてBBCなどは「圧倒的」(overwhelming)という表現をしているけれど、むささびの感想は反対が223というのが思ったより多いということです。12年前の2003年、イラク攻撃をめぐって今回と全く同じような審議が行われましたよね。あのときの首相はトニー・ブレアだったのですが、「賛成412:反対149」だった。あの投票は確かに「圧倒的」だったけれど、今回のそれは・・・。

▼で、世論はどうなっているのか?YouGovという機関の調査によると、11月24日の時点では「空爆賛成59%:反対25%」であったのに、審議の翌日(12月3日)の調査では「賛成44%:反対36%」となっている。つまり約1週間で賛成は約10%減り、反対は10%増えているということです。YouGovによると、世論調査における「10%」は、実際の人間の数にすると約500万に相当するのだそうです。つまり11月下旬から12月初めまでの1週間で500万人が意見を変えたということです。

▼BBCを始めとする主要メディアは、労働党議員の中から67人がコービン党首に反対してキャメロンの側についたことで、労働党が分裂しているとか、コービンでは党首は無理という声を伝えた。が、この審議の数日後に行われた北イングランドのある選挙区の補欠選挙ではコービンの労働党が楽勝している。つまり英国でもいわゆる「主要」メディアが世論を掴みきれていない様子がうかがえるわけです。

▼BBCのラジオ番組に "Any Questions?" というのがあります。時事問題について、識者やジャーナリストら5人が集まってパネル討論会やるのですが、今回の下院における審議の結果についての議論をしていました。そこでは空爆反対の意見を述べたジャーナリストには会場から大きな拍手が起こっていた。BBCを始めとする主要メディアを見ていると、如何にも英国人の大多数がキャメロンの空爆を支持しているように思えてしまうけれど、実際には世論はそれほど「正義の戦い」論には心を動かされていないのではないかと思えてしまったわけです。興味のある方はここをクリックするとその討論会を聴くことができます。但し日数が経つと聴くことができなくなる可能性があるので、あらかじめダウンロードしておく方がいいかも。
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4)いまなぜシリア爆撃なのか?


英国下院におけるシリア爆撃に関する審議が行われる約1週間前の11月26日付のGuardianにロンドンのセントポール寺院の聖職者を務めたジャイルズ・フレーザー(Giles Fraser)という人がエッセイを寄稿、
と言っています。以下、フレーザー氏の言い分を彼の一人称でまとめてみました。

第二次世界大戦は6年間続いた。「対テロ戦争」(war on terror)は始まって15年になるのに事態が改善したとはとても思えない。何故そうなのか?それは、そもそも中東の平和というものがどのようなものなのかについてのビジョン(展望)がないからだ。中東を政治の力でわずかでも安定した状態にしようとするためにはどうすればいいのかが分かりさえすれば、それに向かって進もうと努力することができる。しかしこれまでのところは、我々が考えるのは爆弾を落とすことだけなのだ。爆弾を落とせばISISもそうでない人たちも破壊することになり、それが中東における反欧米感情をさらに高めることになる。

そもそも爆弾を落とすことで何を達成しようとしているのかが我々には分かっていないのだ。ひたすら「何かしなければ」(need to do something)という欲求を満たすために爆弾を落としているにすぎない。報復(retaliation)は平和の戦略にはなり得ないということであり、平和への戦略がなければ我々は永遠に死のメリーゴーラウンド(deathly merry-go-round)に乗り続けなければならないということだ。

いまから12年前、2003年のイラク戦争を思い出そう。
  • 3月20日:ブッシュ大統領が宣戦布告
    4月9日:バグダッドのフセイン大統領の像が倒される
    5月1日:ブッシュ大統領が「使命は達成された」(Mission accomplished)と宣言
宣戦布告からわずか1か月と10日で「使命達成!」というわけだ。が、実際にはこの宣言がされてからアメリカ人の死者が増える。そしていまでもイラクは流血と戦いに明け暮れている。一体どんな「使命」が達成されたというのか?イラクと同じことがリビアでも起こっている。

ISISを破壊しさえすれば事は終わると真面目に考えているのであれば、(キャメロンは)なぜ最初から地上軍を送り込まないのか?空から突っついただけではISISを破滅できるはずがない。しかし我々には自分たちの地上軍を送り込もうというような気持ち(stomach)はない。そんなことをやっても何もならないことを察しているからだ。なのにキャメロンは空爆を急ぐ。何故なのか?ブレアのときと同じだ。ふんぞり返っていたい(show and swagger)ということだ。
  • アメリカに対して面子を失いたくないのだ。
    It’s all about not losing face in front of the Americans.
  • 何かをやっていることを見せつけたいということでもある。
    It’s all about being seen to be doing something.
  • 何と言っても、和平のための努力なんて、退屈でソフトすぎて「絵にならない」というわけだ。
    And the stuff that makes for peace is just too dull for the cameras, too soft-looking.
事態をこれ以上悪くしないことだけを考えよう。まずこれを「戦争」と呼ぶのは止めよう。ISISが喜ぶだけだ。政治的イスラム(Islamism)の中でも特に激しい部分を相手に第三次世界大戦を戦って勝てるなどと思うのも止めよう。暴力的な宗派を暴力で破壊することはできない。獣をより強くするだけだ。

ISISの出先がブラッセルにあるからと言って、ブラッセル郊外を空爆することはしないだろう。なのになぜシリアの町や村を爆撃するのか?2013年にキャメロンは我々英国人を説き伏せてアサドのシリアと戦争をやろうとした。「アサドは自国民の頭の上にタル爆弾を落とそうとしている、ひどい奴だ」というわけだ。しかしいま我々はそれと全く同じことをやろうとしている。そこでは人間が暮らしているのだ。シリアを爆撃すれば罪のない人びとが数多く死ぬ。いまシリアに残っているのはいずれも難民や移民となって国外へ逃れることもできなかった人びとだ。
  • キャメロンの計画は、クリスマスまでにシリアを爆撃し、その地獄から逃れようとする人びとをヨーロッパに入れるのは阻止しようということなのだ。「宿屋の部屋はみんな塞がっております」というわけだ。
    Cameron’s plan is to bomb their country by Christmas and then to bar those fleeing death from entering Europe to find safety. No room at the inn, he says.

▼上の写真は下院においてシリア爆撃についての審議が行われているときに国会議事堂の外でシリア爆撃反対を訴えるデモの参加者です。手前の女性が手に持っているプラカードの言葉が非常に分かりやすくて面白い。
  • WHY DO WE KILL PEOPLE WHO KILL PEOPLE TO SHOW THAT KILLING PEOPLE IS WRONG?
    人殺しが悪いことだということを示すために何故人殺しを殺すのですか?
▼この短い英文の中に "kill people" というフレーズが3回も出てくる。本人がそのつもりなのかどうか分からないけれど上手なキャッチコピーだと思いませんか?
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5) どうでも英和辞書
  A-Zの総合索引はこちら 
radicalisation:過激化

ここ1年ほど英国のメディアに "radicalisation" という言葉がかなり頻繁に登場します。日本語に直すと「過激になる」という意味ですが、要するに英国の若者がイスラム過激派のようなグループに共鳴してその活動に参加したりするようになることです。もちろん「過激」には右翼もいるし左翼もいるけれど、いまではもっぱらイスラム過激派のことを言っています。

かつてむささびジャーナルでも取り上げたけれど、英国で暮らす若いイスラム教徒がISISの聖戦に馳せ参じるべくシリア入りしたりするケースが目立っており、彼らが英国へ帰国してテロを起こすのではないかというので、政府としても頭が痛いわけであります。

英国には児童養育法(Children Act)という法律があって、それによってイングランド全国の地方自治体が「児童保護委員会(Safeguarding Children Board)」という組織を作ることを義務付けられている。子供を犯罪や社会的なトラブルから守ろうというのが趣旨なのですが、その活動の一環として子供の「過激化防止」がある。

ロンドンのカムデンという地区にある児童保護委員会が過激化防止のためのパンフレットというのを作って配布しているのですが、その中に「過激化の兆候を見つけるには」(What are the signs to look out for?)という親たちへのアドバイスのようなものがリストとして掲載されている。
  • 主要メディアの報道に不信感を顕にしたり、陰謀論を信じたりするような態度を見せる
    Showing a mistrust of mainstream media reports and belief in conspiracy theories
  • 政府の政策、特に外交政策に怒りを見せるようになる
    Appearing angry about government policies, especially foreign policy.
という具合です。これについて、むささびが「子供が世の中を批判的に見るのは発育の一環として当たり前、それなのに過激化防止なんて、とてもまともとな発想とは思えない」という趣旨のことを言ったら、英国人の知り合いが「過激化は深刻な問題であり、これを防止しようとする努力は大事だ」と言っていました。
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6) むささびの鳴き声
▼「戦争被害受忍論」という言葉、聞いたことあります?お恥ずかしいけれど、先日、TBSラジオの番組で聴くまでむささびは全く聞いたことありませんでした。戦争中、米軍の爆撃などで多数の民間人が死亡・負傷しましたよね。そのような民間人の被害者について国がどのような補償をしてきたのかということにかかわる話です。「戦争被害受忍論」は、そのような民間人が国の補償を求めて裁判を起こしたときに裁判所が使った論理なのだそうです。即ち
  • 戦争犠牲、戦争損害は、国の存亡にかかわる非常事態のもとでは、国民のひとしく受忍しなければならなかったところであって、これに対する補償は憲法の全く予想しないところ

    ということです。
▼むささびが聴いたTBSのラジオ番組が取り上げていたのは、爆撃のさなかに両足切断という重症を負いながらも命は助かり、戦後は身体障害者として生きてきた女性のことだった。彼女らは自分らの苦難について、国の謝罪と補償を求めたけれど、裁判所が彼女らに告げたのは要するに「戦争中は皆が被害を受けたのだから、生命・身体・財産に何らかの被害を受けてもそれは受忍(我慢) しなければならない」ということであったわけです。この理屈についてはここをクリックすると比較的分かりやすく解説されているし、むささびが聴いたTBSのラジオ番組(『荻上チキSession 22』)はここをクリックすると聴くことができます。

▼「戦争被害受忍論」については、もう少しちゃんと調べて説明したいと思います。被害者の女性たちが国を訴えて裁判を起こしたのは、当然ながら然るべき生活上の補償をすることを要求するためであったのですが、ラジオ番組を聴きながらむささびがはっとしたのは、もう一つ、国に対して「謝罪」を求めることもあったという点だった。それに対して裁判所は「戦争だったんだから仕方ないだろが」と言ってこれを却下したわけです。これを聴いていてむささびは怒りとともに情けなさも感じましたね。政府は謝罪どころか、そのような事態を招いた責任者の一部が祀られているとかいう東京の神社に参拝までしているのですからね。絶対、許せない。

▼で、このむささびジャーナルです。「どうでも英和辞書」に載せた英国政府による若者の「過激化」防止対策ですが、政府も苦しいですよね。自分たちの世界が拠って立っているはずの「自由」とか「創造性」などという哲学とはおよそ相容れないことを、「過激化防止」という名目でイスラムの若者相手にやっているのですから。かつてジョージ・オーウエルが『1984年』で描いたような「監視世界」を自分たちで実行しているようなものなのですからね。でもこれをやらないと、国内にいる潜在的ISISを抑えることができない、背に腹は変えられないというところなのか?

▼下院におけるシリア爆撃についてのマラソン審議ですが、衛星放送のBBC Newsでも生中継しており、少しはお付き合いしたけれど全部を見ることはできなかった。でもさすがですよね、下院のサイトを見れば動画も文字も見ることができる。それにしても見ていて滅入ってしまったのは、キャメロンを始めとする空爆賛成の意見がどれもほとんど同じであったことです。要するに「ISISのような悪者をやっつけなければ」というのと「アメリカやフランスがやっているのだから、英国もやらなきゃ」ということの繰り返しだった。空爆の結果どういうプロセスを経て「平和」に到達しようとしているのか?それはほとんど語られることがなかった。

▼国会の審議のみならず、昨今の英国メディア(BBCも含む)の「好戦」ムードは、狂っているとしか言いようがない。英国を含めた昨今の世界について、むささびの友人の英国人が「生まれてこの方、昔は良かったと思ったことなどなかったけれど、いまはそのように思わざるを得ない」と言っていました。

▼遅かれ早かれ、欧米から日本に対して「有志国」連合に協力して欲しいと言ってきます。おそらく日本の政府の態度は「後方支援」か「戦いのための資金提供」か「戦後の復興事業への協力」かということになる。本当は「自分たちは、有志国の爆撃には反対する」ということをいま言わなければいけないのですが、そんなことをしようものなら「また日本が裏切った!」と欧米のメディアが書き立て、それを日本のメディアが追いかけて、「日本もやっていることを欧米に見てもらわなければ」という、哀しい焦りのムードを盛り上げる・・・確かにいまの英国メディアの雰囲気にはそのような部分があると思う。でも、そこで欧米(の主要メディア)に馬鹿にされることは覚悟のうえで「平和主義」を主張しなければダメということです。

▼あと一回で、ことしのむささびもオシマイです。お元気で!
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むささびへの伝言