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むささびの鳴き声 美耶子の言い分 どうでも英和辞書 green alliance
2009年6月7日
こんにちは、ついに6月ですね。1年の半分が過ぎようとしているわけ。そろそろ梅雨ですが、本日の関東地方は快晴。ウチの近くの河原からは、真っ青な空のむこうの方に秩父の山々がとてもきれいに見えます。。
目次

1)地方選挙で惨敗、メタメタの労働党政権
2)英国流「辞表の書き方」!?
3)間もなく100万語に達する英単語
4)フィンランド人は無口癖とアメリカ人
5)検察を怒らせるのはメディアの世界のタブー?
6)どうでも英和辞書
7)むささびの鳴き声
1)地方選挙で惨敗、メタメタの労働党政権

6月4日、英国(イングランド)の34の地方議会の選挙が行われたのですがブラウン労働党は完敗だった。34議会のうち30議会で結果が明らかになっている現在、とにかく34議会のうち29議会で保守党が多数党になってしまった。地方議会議員の数についていうと、保守党が285人増の1530人なのだから、地方議会はほとんど保守党の天下みたいなものですね。労働党は329人減の179人で中央では第三政党の自民党の484人にも及ばない。

ブラウンさんも「この選挙は労働党にとって苦しい敗北(painful defeat)に終わった」とコメントしていますが、これほどひどい負けとは思っていなかったかもしれない。Staffordshire、Derbyshire、Nottinghamshire、Lancashireなど、30年以上も労働党が多数を占めてきた議会が保守党の天下になってしまった。

以前にも申し上げたとおり、英国では来年6月までに総選挙が行われることになっています。これに関連して面白いと思うのは、英国の場合(たぶんアメリカもそうだと思いますが)、世論調査なるものがしょっちゅう行われていて、いま現在どの政党がリードしているのかがいつも分かるようになっていることです。英国における主なる世論調査機関としては、(私の知る限りでは)Ipsos MORIYouGovICMなどがあります。

で、Ipsos MORIという世論調査機関が最近(5月29日〜31日)、約1000人を対象に行った調査によると、政権党である労働党の支持率は18%、野党の保守党支持が40%、自由民主党が18%というわけで、ブラウン率いる労働党は保守党に対して22%も水をあけられています。

興味深いのは、これらの主要政党以外の政党への支持率が合計で24%もあることで、内訳はスコットランドならびにウェールズ党が4%、緑の党が6%、英国独立党(United Kingdom Independence Party: UKIP)が7%、英国愛国党が4%、その他が3%という具合です。これらの党を支持するという人は4月に行われた調査に比べると倍増しているのだそうです。いわゆる「経費スキャンダル」のお陰で、主要政党の議員に対する幻滅感が広がっているということです。

経費スキャンダルがブラウン政権に与えているマイナスもかなりなもので、いまの政府に「満足している」という人は4月の23%からさらにダウンして18%にまで落ち込み、「不満である」という人は70%からさらに増えて77%にまでなっている。「満足」から「不満」を引いた数字のことを世論調査の専門用語で「純粋支持率(net rating)」というらしいのですが、ブラウン政権の場合はこれがマイナス59。昨年7月にも同じ数字を記録しているのですが、現政権に対する純粋支持率としてはメージャー政権のときに記録した1996年8月以来の悪い数字だそうです。

首相としてのゴードン・ブラウンに対する支持率は26%で前月比で7%減、不支持率は69%だから10人のうち7人が「不満」ということになる。野党・保守党のデイビッド・キャメロン党首の人気度は51%が「満足」で35%が「不満」というわけで、いずれもブラウンよりは上。ただキャメロンさんでさえも4月に比べるとほんのわずかとはいえ「不満」が増えている。これはどう見ても「経費スキャンダル」のせいとしか言いようがない。

▼素朴な疑問なのですが、日本における政党支持についての世論調査はなぜメディアが主宰するのでしょうか?「NHKの調査によると」とか「朝日新聞の調査では」とかいうわけですね。世論形成の要素として大きな位置を占めるのはメディアによる報道の仕方ですよね。新聞やテレビがこぞって「小沢は説明責任を果たしていない」と報道しておきながら、自分たちの世論調査で「小沢氏は説明責任を果たしていると思うか?」と質問すれば、否定的な回答が多くなるのは当たり前なのではありませんか?回答の多くが「説明責任を果たしている」であったとすれば、メディアが世論形成機関としての機能を発揮していないということになる。

▼メディアによる世論調査結果にもかかわらず民主党が小沢さんを選挙参謀に選んだということは、民主党の方々がメディアが形成する(とされている)世論に対して挑戦したということでもある。小沢さんも鳩山さんもアホではないから、勝利の成算を確信したからこそ、あえて「小沢」を選択したのですね。麻生さんは、民主党のこの選択について「民意に反している」と言っております。つまり彼はメディアが作る世論を世論だと思っている(というか思いたがっている)わけであります。こうなると、次なる選挙は「自民党vs民主党」という以外に「メディア世論vs反(非)メディア世論」の争いということにもなる。

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2)英国流「辞表の書き方」!?

経費スキャンダルでメタメタのブラウン政権に追い打ちをかけるかのように、対ヨーロッパ関係担当のCaroline Flintという女性大臣が辞表を提出した、というニュースが6月5日付のBBCのサイトに出ていました。辞任の理由は「女のアタシをお飾り扱いして、バカにしている」というもの。いずれにしても、「ブラウンさんとは、やってらんない」ということです。英国ではよくあることですが、彼女がブラウンさんに提出した辞表そのものがメディアを通じて公表されており、BBCのサイトにもそれが掲載されている。この際そのまま紹介します。英国流の「辞表の書き方」講座!?日本語は私の訳です。間違ってはいない(と思う)けれど、あまり上手い日本語でないことはご勘弁を。

Dear Gordon,

I believe the achievements of the Labour government to date have been monumental and you have played an immense part in the creation of those achievements.

However, I am extremely disappointed at your failure to have an inclusive government.

You have a two-tier government. Your inner circle and then the remainder of cabinet.

I have the greatest respect for the women who have served as full members of cabinet and for those who attend as and when required.

However, few are allowed into your inner circle.

Several of the women attending cabinet--myself included--have been treated by you as little more than female window dressing.

I am not willing to attend cabinet in a peripheral capacity any longer.

In my current role, you advised that I would attend cabinet when Europe was on the agenda. I have only been invited once since October and not to a single political cabinet--not even the one held a few weeks before the European elections.

Having worked hard during this campaign, I would not have been party to any plan to undermine you or the Labour party in the run up to 4 June.

So I was extremely angry and disappointed to see newspapers briefed with invented stories of my involvement in a "Pugin room plot".

Time and time again I have stepped before the cameras to sincerely defend your reputation in the interests of the Labour party and the government as a whole. I am a natural party loyalist. Yet you have strained every sinew of that loyalty.

It has been apparent for some time that you do not see me playing a more influential role in the government. Therefore, I have respectfully declined your offer to continue in the government as minister for Europe attending cabinet.

I served six years as a backbencher and, therefore, I am not unhappy to be able to devote myself to promoting my constituency's interests and to support the Labour government from the backbenches.

This is a personal decision, which I have not discussed with colleagues.

Yours,

Rt Hon Caroline Flint MP

私はこれまでの労働党政権の実績は非常に大きいし、それらの実績を達成するために貴方の果たされた役割は非常に大きいものがあると信じています。

しかしながら、私が全く失望してしまったことがあります。それは貴方が開放的な政府を作ることをしなかったということです。

貴方の政府は二層構造になっています。すなわち貴方の取り巻きサークルとそれ以外の閣僚という二層構造です。

私はフルの閣僚として働いてこられた女性たちに対しても、必要な時だけ(会議に)出席する女性たちに対しても大いなる尊敬の念を抱いています。

しかしそれらの女性閣僚の中で貴方の内輪のサークルに入ることを許された人は非常に少ないではありませんか。

私も含めて閣議に出席した数人の女性大臣は、貴方によって単なるお飾りとしての扱いしか受けなかったのです。

私は単なる周辺権限しかない状態で閣議に参加することはもうする気がなくなりました。

貴方は、私の役割について、欧州が議題になっているときは閣議に参加するのだ、とおっしゃいました。しかし私が10月からこの方、閣議に招かれたのは一度だけです。政治的な意味のある閣議にはただの一度も招かれていないのです。欧州議会の選挙の数週間前に開かれた閣議にさえも呼ばれなかったのですよ。

この選挙キャンペーンで私は一生懸命仕事をしたのです。6月4日(選挙日)を前に、貴方や労働党をおとしめる人たちの仲間になど入ることはなかったでしょう。

ですから、私があたかもPugin room plotという陰謀にかかわったかのようなでっちあげ記事を新聞が掲載したことに非常な怒りと失望を覚えました。

私は何度も何度もメディアのカメラの前に立って、真摯な思いで貴方を擁護してきました。これも労働党と政府全体のためを思ったからこそのことです。私は生まれつき忠実な労働党員なのです。それなのに貴方はその忠誠心をことごとく歪曲してきました。

長い間にわたって明らかになったことは、私が政府の中でより影響力のある役割を果たすところを、貴方がご覧にならなかったということです。そういうことで、私は尊敬の念をもって、私が欧州担当の大臣として閣議に参加するようにという貴方のお申し出をお断りしたのです。

私はバックベンチャー議員として6年つとめました。ですから私は自分の選挙区利益を促進することにこの身を捧げることが出来るということで何の不満はありませんし、労働党を支持することにも不満はありません。

これは個人的な決定であり、他のどの同僚とも話し合ったことはありません。

下院議員
キャロライン・フリント


▼この人、1961年生まれだから48歳。ブラウンとは約10才違う。選挙区はヨークシャーです。どちらかというと労働党の地盤ですね。1997年に下院議員に当選。つまりブレア政権が誕生したときに議員になったということです。彼女の立場はMinister of State for Europe。外務大臣のもとで欧州を担当する「大臣」であったわけですが、Ministerは日本でいうと副大臣みたいなものです。いわゆる「閣僚」ではないけれど、欧州との関係を担当するのだから、かなり重要な役割であることは間違いない。

▼彼女は「女性も大臣にしております」というPRのために起用された、と怒っております。ブラウンさんの態度が気に入らないというわけですね。腹にすえかねての辞任です。このような辞表そのものが公表されるというのは何やらドライでよろしいんじゃありませんか?ブレアさんが首相のときも同じことがありましたね。

▼辞表はDear Gordonという書き出しです。ファーストネームを使っている。ブレアさんが首相であったときにも閣僚が辞任したことがあったけれど、そのときもDear Tonyという書き出しだった。informal(形式ばらない)な内閣(モダンな内閣)であることを強調したくて、ブラウンさんが「おれのことはゴードンって呼んでくれや」というお達しを出したのでしょう。

▼上げ足をとるようで悪いけど、英国の場合、「形式ばらない」ことが形式になったりするのですよね。ある英国の組織で、トップのことをスタッフ全員がファーストネームで呼んでいるところがあります。いくら呼び方がinformalだったとしても、所詮は上役なのであって、お昼にラーメンでも食いに行こうなどと誘うわけにはいかない。だったら普段から他人行儀の方が自然でいいんでない?

▼日本語でこれをやったらサマにならないでしょうね。麻生内閣の閣僚が辞表を書くのに「信愛なる太郎へ」というのはどうも・・・しっかり者の母親が東京にいる息子に手紙でも書いてるみたいだな。

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3)間もなく100万語に達する英単語


ひと月ほど前のDaily Telegraphによると、2009年6月10日午前10時22分になると、英語が100万語に到達するのだそうです。これはアメリカ・テキサス州のオースティンにあるGlobal Language Monitor(GLM)という言語学者のグループが予想しているらしい。このグループは世界の言語における新語の誕生を徹底追及しているらしいのですが、彼らの研究によると現在、英語は特にアジアにおいて第二言語として浸透しつつあるところから、98分に一語の割で新しい英語が生まれている。これはシェイクスピアの時代以来のペースであるとのことであります。

GLMがやっているのは、新聞や放送のみならずネットの世界で使われている英語を追及しているもので、CNNだのBBCだのと言った世界中の放送局やメディアの世界で2万5000回以上使われた英語を「英語」として勘定すると、そうなるのだとか。尤もGLMの主席言語アナリストのPaul Payackによると、

  • 普通の人のボキャブラリーは、1万4000語以下。言語能力にすぐれている人でも実際に使用するのはせいぜい7万語。The average persons vocabulary is fewer than 14,000 words out of these million that are available. A person who is linguistically gifted would only use 70,000 words.

なのだそうです。例えば「新米」のことを意味するネット言語にnoobというのがあるし、環境にやさしい企業活動のことを意味する言葉であるgreenwashing、不況下のファッションはchiconomicsというぐあい。私(むささび)は全く聞いたことがない。

英語辞書の決定版というと1888年に出版されたOxford English Dictinary(OED)ですが、現在この辞書に載っているのは約60万語、アメリカのMerriam-Websterは45万語だそうです。

GLMの予測についてThe Economist誌は、例えば動詞のwrite(書く)はそれだけで一語と計算しているのかwrites, wrote, writtenも入れて4語としているのかがはっきりしないということなどからして「あまり意味がない(largely meaningless)」としながらも、英語という言語が貿易の世界で使われて、常に外国語を吸収しながら発達してきた言語であることを示していると言っています。

知らなかったのですが、shampooだのbungalowはもともとインド語だったのだそうですね。tsunamiは日本語だし、jihad(イスラム聖戦)はアラビア語。でもいまでは英語としても扱われていますよね。GLMのサイトによると2008年12月30日現在で英語の単語数は999,824だそうです。

▼GLMのサイトには世界の言語比較が出ているのですが、言葉数ですごいのは日本語ですね。232,000語となっています。確かに日本語のサイトを見ると、岩波の『広辞苑』には23万余、三省堂の『大辞林』には23万8000語が収容されていると出ている。英語(ほぼ100万)、中国語(約50万)に次いで第3位です。

▼スペイン語は22万、フランス語は約10万語となっている。スペイン語やフランス語は、自国語をかなり厳重に定義しているので少ないのだそうですが、それにしても日本語は、この島国だけで使われている超マイノリティ言語であるにもかかわらず第3位というのはすごいと思いません?いかに言葉を作るのが好きかってことですよね、我々は。

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4)フィンランド人は無口癖とアメリカ人

月17日付のフィンランドの日刊紙、Helsingin Sanomat(英文版)にちょっと面白い記事が出ておりました。見出しは「フィンランド人:沈黙の名人(Finns - masters of silence)」というもので、イントロは「フィンランド人の多くが恥をかく現象にも、アメリカ人の学者はいい点を見ている」(American academic sees positive sides to phenomenon that embarrasses many Finns)となっております。

この記事を書いたのはフィンランド人の記者なのですが、どうやらフィンランドの人々は、自分たちが静かである(silent)であるということでかっこ悪い思いをすることが多いらしい。この場合のsilentという英語は、「静けさ」というよりも「無口」という日本語の方が適切かもしれない。

例えば、あるフィンランドの女性がアメリカの友人とアメリカでドライブ旅行をしたときのこと。アパラチア山脈の近くを通過したのですが、フィンランドの女性は景色の美しさに黙って見とれてしまった。しばらくするとそのアメリカ人がクルマをとめて怒ったような口調で発したのが「何が不満なのさ(Now, you tell me what’s bothering you!)」という言葉だった。そのアメリカ人は、フィンランド人のsilenceを不満のしるしと解釈してしまったというわけです。

Michael Berryというアメリカ人は、30年以上もフィンランドで暮らしているらしいのですが、彼によると、フィンランドの沈黙を不満の表れと解釈するアメリカ人は「沈黙不快帝国主義」(imperialism of discomfort with silence)に毒されているのだそうです。この種の帝国主義者たちには「沈黙=不愉快」という思い込みがある、とBerryさんは言っている。

フィンランド人はまず、コミュニケーションというものをを「お喋り対無口」(talk vs. silent)という尺度でしか見ない帝国主義者の見方を拒否しなければならない。BerryさんはTurku School of Economicsという大学で国際コミュニケーションを教えているのでありますが、そこでも外国人(フィンランド人以外の人々)はフィンランド人の静けさを引っ込み思案(negative shyness)をとらえる傾向がある。

Berryさんによると、フィンランドの人々自身にもsilentをネガティブに考えてしまう傾向があるが、それは「思慮深い」(thoughtful)ということであって、必ずしもネガティブに考える必要はない。外国人と一緒にいるフィンランド人の多くが最初は無口ではあるが、喋る必要のあるときは喋るのだから、フィンランド人の無口は「積極的かつ前向き」(active and positive sense)な無口と捉えられるべきであるというわけです。

Berryさんは長年フィンランドで暮しているうちに、フィンランド人の無口を楽しむことができるようになったとして、「フィンランド人は、無口と饒舌の両方を楽しめることを有難いを思わなければいけない」(You Finns are lucky because you are able to enjoy both silence and speech)と申しております。

フィンランド人は、子供のころから無口であることは容認できることであるということを学ぶけれど、それはあまりにも当たり前のことなので、そのように育っていない人間にいちいち説明することはできないのだ。Finns learn already in their childhood that being quiet is acceptable behaviour. But it is taken as something that is self-evident, and Finns rarely know how to explain it to people who have not grown up in the same way.

ただフィンランド人にもいろいろあって、スウェーデン語を話すフィンランド人や南カレリア地方のフィンランド人は、どちらかというと陽気(cheerful & jovial)なのだそうで、Berryさんの見るところによると、cheerful & jovialなフィンランド人は、silentなフィンランド人と一緒にいると居心地が悪い(feel awkward)なのだそうです。

Helsingin Sanomatの記事を書いたAntti Tiainenという記者は、Berryさんの見方について「黙って考えてみよう」(Let us reflect on that in silence)と言っております。

▼「黙って考えよう」という記者の結び言葉のはしゃれておりますな。私、フィンランドに行ったことはないし、それほどたくさんのフィンランド人を知っているわけではないけれど、私の知る範囲ではそれほど無口な人々とは思えない。私が知っているフィンランド人は「アメリカ人とクルマに乗っていると、何か話をしなければと思って疲れるけれど、日本人と一緒だとほっとする」と申しておりました。でもこの人はけっこう饒舌だった。

▼いずれにしても、アメリカ人のMichael Berryの言う「饒舌帝国主義」なんて初めて聞いた。確かに英米人はよくしゃべる。ただ、私自身はそれをさして否定的には考えていませんね。無口な人と一緒にいると落ち着かない(uncomfortable)ということはないけれど、饒舌は饒舌でいいんじゃありません?私はおそらく(というか間違いなく)饒舌の部類に入るでしょう。

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5)検察を怒らせるのはメディアの世界のタブー?

5月29日付のNew York Times (Asia) のサイトにMartin Facklerという記者の書いたIn Reporting a Scandal, the Media Are Accused of Just Listeningという記事が出ておりました。見出しを訳すと「スキャンダル報道の中でメディアはただ聞くだけと批判されている」となる。これだけでは何のことか分からないかもしれないけれど、次の書き出しを読むとよく分かります。

  • 東京地検が3月に有名な野党党首の秘書を逮捕したとき、自民党が次なる選挙(複数)で負けることが明らかであっただけに、彼ら(地検)はダメージの大きいスキャンダルに火をつけてしまったと言える。多くの日本人が(この逮捕に)反対を叫んだ。しかし日本の大新聞やテレビネットワークの報道だけを見ていたのでは、そのことは分からなかっただろう。When Tokyo prosecutors arrested an aide to a prominent opposition political leader in March, they touched off a damaging scandal just as the entrenched Liberal Democratic Party seemed to face defeat in coming elections. Many Japanese cried foul, but you would not know that from the coverage by Japan’s big newspapers and television networks.

Fackler記者は、日本がようやく二大政党制のもとで政府を変えるチャンスに恵まれているにもかかわらず人々はそのことを知らないでいるという日本の学者や元検事らの意見を紹介しています。「マスメディアは何が問題であるのかを知らせていない(The mass media are failing to tell the people what is at stake)」(京都大学・中西輝政教授)というわけです。

この記者によると、報道が小沢氏に対して厳しくて検察に対しては好意的であることは日本のジャーナリストも認めているけれど、記者たちが単に検察の言いなりになっているという意見に対しては否定的であるのだそうで、このことについてNew York Timesが新聞社に質問したところ、次のような回答が文書で寄せられたそうです。

  • 朝日新聞は、検察からのリークだけに基づいて記事を掲載したことは決してありません。The Asahi Shimbun has never run an article based solely on a leak from prosecutors.

IHTはさらに上智大学でジャーナリズムを教えるYasuhiko Tajima教授の

  • ニュース・メディアは権力の見張り番でなければならないのに、彼らはむしろ権力の番犬のような振る舞いをしている。The news media should be watchdogs on authority, but they act more like authority’s guard dogs.

という意見も紹介しています。

この記者によると、政権に近すぎるということでメディアが批判されるのは日本に限ったことではないけれど、日本では問題がより眼に見えない形で定着している(more entrenched)のだそうで、その例として日本の「いわゆる記者クラブ(so-called press clubs)」のことを挙げている。このクラブを通じてメディアと政府省庁の親しい繋がり(cozy ties with government agencies)が保たれていると言っています。

Fackler記者はまた、最近東京新聞が西松建設からお金を受け取っていた自民党の議員についての調査報道的な記事を掲載したということで、3週間にわたって「検事とハナシをするのを禁止された」(banned from talking with Tokyo prosecutors)と伝え、この新聞の記者の「検察を怒らせることは最後に残されたメディア・タブーの一つ」(Crossing the prosecutors is one of the last media taboos)という言葉を紹介しています。

今回の西松建設報道について、なぜメディアは小沢のことばかり詳しく報道するのかについて、Fackler記者は次のように結論づけています。

  • その答えは、検察のリードにくっついて行く方が、独自報道をすることで検察の怒りにふれるリスクをとるよりも楽だということだ。そのことはほとんどの日本の記者は認めることだろう。The answer, as most Japanese reporters will acknowledge, is that following the prosecutors’ lead was easier than risking their wrath by doing original reporting.

    ▼朝日新聞がこの記者の取材に対して文書で回答したというのもすごいですね。まるでお役所ですね。面と向かってディスカッションをするということをしなかった理由は何なのでしょうか?それと「回答」の内容はたったこれだけだったのでしょうか?「検察からのリークだけに基づいて」記事を書くことはしないと言っているわけですが、検察からのリーク情報を「全く使ったことがない」とは言っていない。「たまには使うこともある」ってことですね。しかし問題なのは、「たまに」とは言え検察からのリーク情報を文字にするということなのでは?

    ▼GMが破産したというニュースを聴きながら、私はこの記事のことを思い出してしまった。私が初めてアメリカへ行った40数年前にはあり得なかったことが起こってしまった。なぜGMが破産したのかというと、根本的には時代が必要とするクルマを作っていなかったということです。「時代」などというと抽象的ですが、GMの経営者はその時代に暮らしている人々が必要とするクルマを作ることをしないで、GMがいいと思うクルマだけを提供してきた。「GMにとっていいことは、アメリカにとってもいいこと」(what is good to GM is good to America)と思い込んでしまった。GMで働いていないアメリカ人でさえそう思っていた。

    Martin Fackler記者の記事が言っているのは、日本の大きなメディアの人たちがwhat is good to big media is good to Japanと信じきっているということであり、メディアと関係のない人たちの多くがそのように思ってきた(ように見える)。しかし実際にはかなりの数の人々がどこかおかしいと思い始めてもいる。ということをビッグ・メディアの人たちも知っている。けどどうにもならない。 なぜなら余りにも図体が大きすぎて変わりたくても変われないから。という意味で、日本のメディアを見ていると、GMを見ているような気がしてくるわけです。

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6)どうでも英和辞書
A〜Zの総合索引はこちら

advice:助言、アドバイス

インドのカシミール地方に伝わることわざに

  • Giving advice to a stupid man is like giving salt to a squirrel(愚か者に助言を与えるのは、リスに塩を与えるようなもの)

というのがあるんだそうですね。ネットで調べたのですが、これが何を意味するのかという説明が出ていない。おそらく「大切なものを無駄にする」というようなことなのであろうと推察しております。だとすると、所変われば、で面白い。日本語だと「猫に小判」でしょうね。価値が分からないってこと。ところで「むささび」はリスの一種であることはご存じですよね。英語ではflying squirrel(飛ぶリス)と言います。


claim:請求する、主張する
  • An MP used his expenses to claim for a £5 donation he made during a church service to commemorate the Battle of Britain.
    ある国会議員は、Battle of Britainを記念する教会の式典で寄付した5ポンドのを経費として請求した。

という記事がDaily Telegraphのサイトに出ておりました。いわゆる「経費スキャンダル(expense scandal)」の一環でありますが、この記事に出てくるclaimという言葉は「カタカナ英語」の例の一つですね。「クレームがつく」という言い方をするけれど、意味するところは「不満を述べる」というようなことですよね。

でもclaimにはそういう意味は全くない。お金を請求するという意味で使われることもあるけれど、もっと一般的だと思うのは「主張」の方かもしれない。This car is claimed by the company to be the fastest in the world(同社によるとこのクルマは世界最速である)というようなケースです。

ところで、教会での寄付金を経費で請求した議員は、もちろん断られたのですが、これを伝えるDaily Telegraphによると、インドへ出張した議員が現地でカーペットを購入、これを経費としてclaimしたなどという例もあるそうです。 それにしてもどういう経緯でclaimが「クレーム」になってしまったんですかね。

「和製英語」を集めたウェブサイトにいろいろ出ておりますが、

  • He claimed he scored a hole-in-one(彼はホール・イン・ワンを入れたと主張した)

というのを「彼はホール・イン・ワンを入れたと苦情を言った」と解釈して訳が分からなくなるケースがあるのだそうです。「おれ、幽霊を見たんだ。ほ、ホントなんだよ。見たんだってば!」というのは He claimed that he had seen a ghost last night, saying, "I did see it. I mean it!!". ということになる。


First Past the Post (FPTP):小選挙区制

競馬をご覧になる人ならお分かりですが、直線コースに入って何頭も馬がゴール目指して駆け込んでくる。そして最後にゴールの標識のところを通り過ぎる。当たり前ですが、標識を最初に通過した馬が勝ち。FPTPのPastはpassed(「通過する」の過去形)の意味。なぜpassedがPastになるのか分からないけれど、発音的には全く同じですね。Postは標識ということです。

というわけでFPTPは、一つの選挙区に何人の候補者が立っていても、一番たくさん票を獲得した人が勝ち、すなわち小選挙区制ということです。 19世紀の初めから英国の選挙はこのシステムで行われています。例えばA党の候補者が10万票、B党の候補者が9万9000票、C党のそれが9万8000票獲得したとすると、B党+C党の得票数は19万7000票。これは19万7000人の人がA党を支持しなかったともいえる。なのにその選挙区からロンドンの議会に行くのはA党の政治家ということになる。

労働党と保守党という2大政党が政権を争っている間は、選択がはっきりしており、勝ち負けがはっきりするから政治的な安定という意味ではFPTPは悪いシステムではない。しかし最近では労働・保守以外にも政党が市民権を得てきており、特に第三政党といわれる自由民主党(Liberal Democrats)を支持する人も相当数いる。

また最近では「経費スキャンダル」のお陰で2大政党の議員に対する不信感が高まっていることもあって、選挙制度も変えようという動きもあります。

1997年の選挙はブレアさん率いる労働党が「圧勝」したように言われているけれど、実際の得票数は投票総数の43.2%、保守党は30.7%、自由民主党は16.8%だった。保守党と自民党を合わせると47.5%で、労働党を上回る。にもかかわらず議会(659議席)で得た議席数は、労働党が全議席数の63.6%(419議席)だった。保守党は25.1%の165議席。可哀そうなのは自民党で、得票数はほぼ17%だったのに議席数はたったの7%の46議席だけだった。

FPTPの良し悪しについては、いろいろなサイトに出ていますが、ここをクリックすると分かりやすい説明が出ています。

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7)むささびの鳴き声


▼労働党の国会議員の間で「ブラウン降ろし」の声が上がっているわけですが、BBCのサイトを見ていたら、反ブラウンの人たちがやっていることを"peasants' revolt"と呼んでいました。和訳すると「百姓一揆」ということになりますね。なぜ造反議員のことをpeasantsと呼ぶのか分からないけれど、権威に反抗することを、このように表現するというのは、日本語と英語の妙な一致で面白いですね。おそらく偶然の一致であろうし、ニュアンスも少し違うのであろうとは思うけれど。

▼足利事件で犯人とされた菅家利和という人が、逮捕から17年半ぶりに釈放されたことについて、下野新聞のサイト(6月4日)が、捜査を担当した警察の「幹部」が自宅前で記者に対して「何も言うことはない」とか「もう思い出させないでくれ」と語ったと伝えています。「いらだちを隠せない様子」であったそうです。これが間違った逮捕だったとしたら「思い出させないでくれ」という言い方はないでしょう。

▼新聞やテレビの報道を見ていると、これが警察による冤罪であることが100%確実であるかのような伝え方をしています。おそらく17年前にこの人が逮捕されたときには、菅家さんが真犯人であることは疑いがないというような報道をしていたのではないか、と思ってしまう。

▼裁判員制度についての反対意見が結構報道されています。足利事件の菅家さんが逮捕されたときに裁判員制度があったとしたら事態は違っていただろうか?DNA鑑定なんてものを持ちだされれば「やっぱ犯人かもな」ということになってしまうでしょうね。ただ、「だから裁判員制度には意味がない」とは言えないと思います。「あの人の顔つきからして、そんな犯罪をする人とは思えない」というような普通感覚を主張する場が出来るのは悪いことではない。いわゆる「プロ」の言うこと・やることをそのまま鵜呑みにするのは止めましょうという感覚が常識化するためのきっかけになるのだとすれば、よろしいんじゃありませんか?

▼それとは関係ありませんが、作詞家の石本美由起が亡くなりましたね。アタシ、さすがに「憧れのハワイ航路」(岡晴夫)は「聴いたことがある」という程度にしか憶えていないけれど「柿の木坂の家」「港町十三番地」「浅草姉妹」「矢切の渡し」とくれば、ぜひ歌って聴かせたいくらいであります。

▼ネットで調べたら神楽坂はんこの「こんなべっぴん見たことない」も石本さんの作詞だったんですね。あてにならないアタシの記憶によると「こんなべっぴん見たことない・とかなんとかおっしゃって・あなたのお口のうまいこと・・・」ときて、結びが「ほ〜に・ほに・ほにほに浮いてきた〜」という歌だった。商売とはいえ、よくぞこんな言葉を文字にしたものですね。芸者さんの歌でして、これはちょっと歌えないな、アタシには。

▼今回も、私の道楽にお付き合いをいただき有難うございました。

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