musasabi journal

249号 2012/9/9
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美耶子の言い分 美耶子のK9研究 むささびの鳴き声 どうでも英和辞書
ついに9月ですね。上の写真はフランスの写真家、アンリ・カルティエ=ブレッソンの作品です。このような日常の何気ない風景を捉えた作品が多いのですが、モノクロ写真なのに豊かな色彩を感じさせます。現在この人の写真がオークションにかけられており、この作品は1万2000ドル~1万8000ドルあたりで落札される可能性が高いのだそうです。
目次

1)ウィグル出身、ピザ職人の流浪
2)ノルウェー:銃乱射とカリスマ首相の窮地
3)トニー・ブレアを裁判にかけよう
4)ヒースロー空港の拡張計画の政治性
5)「民主党」ってなんだったの?
6)どうでも英和辞書
7)むささびの鳴き声


1)ウィグル出身、ピザ職人の流浪
 
 
中国の西端に新疆ウイグル自治区というエリアがあります。イスラム教徒のウィグル人に対する中国人の過酷な扱い(harsh treatment)に耐えかねて、あるウイグル人男性が自国を脱出、トルコで職を得る旅に出たけれど、最終的にはアルバニアの首都、ティラーナでピザを焼く職人として生活しているという話がBBCのサイトに出ています。彼の話を読むと、13億人もの人口があってしかも多民族、地理的にも広大な国を一つの国としてまとめること自体の困難さを想ってしまいます。

名前をAbu Bakker Qassimというこの男性、年齢は書いていないのですが、写真から想像すると40代というところか。奥さんに娘が二人の4人家族、トルコの皮革工場で働いて、家族を呼び寄せるつもりで13人の仲間と故郷を出たのが2001年秋。彼ひとりがアルバニアにたどり着いたのが5年後の2006年だったのですが、その間にたどった道のりは
  • 新疆ウィグル地区→パキスタン→アフガニスタン→パキスタン→米軍ガンタナモ捕虜収容所(キューバ)→アルバニア
というものだった。私は中央アジア・南アジアのあたりの地理には全く弱く、彼のたどった道を知るためには世界地図が必要です。

新疆を出て南へ下ってパキスタンに入り、そこでイラン経由でトルコへ行くつもりだった。そのビザがおりるまでパキスタンとアフガニスタンの国境付近のアフガニスタン側にあるウイグル人村に滞在することにした。結果的にはそれがまずかった。このウイグル人村はTora Boraという険しい山岳地帯の近くに存在した。Qassimたちがこの村へ来たのが2001年の9・11テロ事件から間もないころで、Tora Boraはオサマ・ビン・ラディンの隠れ家があるということで米軍による激しい爆撃に見舞われた。その中にはQassimたちが暮らすウィグル人村も含まれていたわけです。

Qassimたちは再び国境を越えてパキスタン側に逃げたのですが、そこで出迎えたパキスタン人が報償金欲しさにQassimたちのことを米軍に通報、彼らは米軍に捕まってしまった。それでも彼らはハッピーだった。なぜならアメリカはウイグル人に親切であると思っていたから。
  • アメリカ人が言うのには、我々はキミたちのことをよく知っている。中国はキミたちと我々にとって共通の敵だ。我々は間もなくキミたちを解放するだろう。They said, 'We know who you are. China is our common enemy - we'll set you free soon.
とQassimたちは聞かされた。

が、実際には「間もなく解放」というわけにはいかなった。まずアフガニスタンのカンダハールにある米軍基地で6か月間束縛された後にグアンタナモの捕虜収容所へ送られ、そこで4年間収容されることになる。

2005年、Qassimたちが敵兵でもテロリストでもないことが証明されて釈放されることになったのですが、困ったのは米軍で、Qassimたちのことを法的にどのように処理していいものか分からない。そんなある日、グアンタナモ収容所に中国の役人がやってきてQassimたちに「米軍は現在大変な危機に直面しており、キミたちに食料を与えることができない」と言って
  • 我々がキミたちを中国へ連れて帰って面倒を見る。
    Let us take you back to China and we will take care of you.

と告げた。しかしQassimたちが故郷を離れたのは、中国でのウィグル人イスラム教徒への迫害があったからなのだから、中国へ帰るくらいならグアンタナモ収容所にいた方がましだ(I would have rather stayed in Guantanamo than have gone back to China)と主張した。Qassimたちはさらに、アフガニスタンのウイグル人村で軍事訓練に参加したけれど、それはアメリカや同盟軍と戦うための訓練ではなく、中国との戦闘のための訓練だったことを主張、これをアメリカが認める。

そして2006年、アルバニア政府がQassimを難民として受け入れることを表明、軍用機でアルバニアの首都、ティラーナに到着したのですが、夜も遅く真っ暗闇の中での到着だったので、Qassimはてっきり米軍が自分を騙して中国へ連れてきたのではないかと疑った。が、間もなく「ヨーロッパ人らしい人物が背広を着て迎えに来た」ことでやっとそこがアルバニアであることを納得したのだそうです。

料理が得意だったQassimはティラーナでピザ職人として働くことになったのですが、身分が難民なので外国に旅行することはできない。アルバニア政府と国連に対して家族をアルバニアへ連れてくるように要請したが、これは中国の反対で実現しなかった。妻とはインターネットの電話で話をしているが、毎日警察が訪ねてきて、妻とQassimの会話を内容を知りたがっているとのこと。結局、Qassimは離婚してアルバニアで出会ったウイグル人女性と再婚、今年になって女児を出産したのだそうです。

▼新疆のウイグル人がトルコに職を求める・・・!このストーリーを読んでいると、日本のように周囲を海で囲まれた島国で暮らす人間には想像もできないような話が陸続きの世界にはあるのかと考え込んでしまいますね。新疆とトルコのイスタンブールを地図の上で直線で結ぶだけでも少なくとも6000キロはある。新疆からパキスタン、イラン経由でトルコまで、どうやって行くつもりだったのですかね。ちなみにgoogle mapによると新疆・北京間は高速道路の最短で3169キロ、45時間となっています。北海道・稚内市から鹿児島県指宿市までは2747キロ・42時間だそうです。

▼ウィキペディア情報によると、中国におけるウィグル人の人口は約1000万人となっていますが、カザフスタン(23万)、ウズベキスタン(5万)などにも暮らしている。トルコにも800人のウィグル人が住んでいる。宗教はイスラム教のスンナ派と呼ばれる宗派で、トルコのイスラム教徒は圧倒的多数がスンナ派。なるほどそれでQassimの行先がトルコだったのですね。


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2)ノルウェー:銃乱射とカリスマ首相の窮地
 

昨年(2011年)7月、ノルウェーで77人が殺されるという連続爆破・銃乱射事件が起こったことはご記憶ですよね。むささびジャーナル220号でも取り上げています。犯人はアンネシュ・ベーリング・ブレイビクという33才になる男性で、動機は最近のノルウェーで増加しているイスラム教徒への反感とイスラムも含めた寛容な多文化主義からノルウェーを守るという、いわば極右思想の実践だった。

この犯人については、8月24日に禁錮21年の有罪判決が下されています。77人も殺しておいて禁錮21年では軽すぎると思うかもしれないけれど、ノルウェーには死刑制度がないから死刑判決はあり得ない。それとこの禁錮21年には条件がついていて、これから21年間で被告が社会を脅かすような発言をした場合は刑期の延長もあることになっているので、事実上の終身刑であろうと言われている。それはともかく8月25日付のThe Economistにこの事件についての気になる記事が出ていたので紹介します。


あの事件はノルウェー中を恐怖のどん底に叩き込むようなショックを与えたのですが、落ち込むノルウェー国民を奮い立たせたのがJens Stoltenbergという首相(労働党)だった。打ち沈む国民に対してStoltenberg首相が語りかけたのは
  • 暴力に対するノルウェー反応は、さらなる民主主義であり、より開放的であることであり、より多くの人々が政治に参加するということである。
    The Norwegian response to violence is more democracy, more openness and greater political participation.

という言葉で、警察力の強化や移民の制限ということではなく、反対に寛容さと開放的というノルウェー人が誇りとしてきた価値観によって暴力に対抗しようと訴えたわけで、これが熱狂的ともいえる支持をうけ、一時は支持率90%以上という信じられないような数字まで記録した。

が、最近になって首相に対する支持率が急速に落ち込んでおり、有力紙が辞任要求の記事を掲載し始めている、とThe Economistが伝えている。ブレイビクによるテロ事件は、本当は防ぐことができたのではないか・・・という指摘が事件の調査委員会の報告書によってなされたことがその背景です。これを防げなかったのは度重なる警察の不手際にあるという指摘がされているのですが、警備をめぐって首相自身の責任追及にまで発展しているということです。

まずあの日(2011年7月22日)起こったことをまとめておくと:
  • 午後3時25分、首都・オスロの中心部で政府機関が入ったビルの前にとまっていた車で爆発が起こり、8人が死亡、209人が負傷した。その約2時間後、オスロから北西へ40キロのところにある大きな湖に浮かぶ島(Utoya)でキャンプをしていた若者に向かって銃の乱射が行われ77人が死亡した。
ということです。

で、事件の調査報告書ですが、警察の不手際とされることが二つあります。まず犯人(ブレイビク)の乗った車がオスロ市内から湖へ向かう途中、パトカー2台とすれ違っていた。ブレイビクの乗った車の番号は警察に知らされていたにもかかわらず2台のパトカーともこれを見逃してしまった。これが最初の不手際。

さらに警察のドジとされるのが、陸地から湖上に浮かぶUtoya島まではわずか500メートルだったにもかかわらず警察がボートで行くのに35分もかかってしまったということ。ボートに人間が乗り過ぎて故障した挙句、違う島に向かうというミスまで犯してしまったのだそうです。警察がもっと早く島に到着していれば乱射は防止できたかもしれない・・・というわけです。

これらは警察の不手際ですが、報告書がもう一つ指摘していることがあります。オスロの政府機関のビル爆破は予め決められた警備システムを実施していれば防止することができたということで、それをきっちり実施していなかったのは政府、すなわちStoltenberg首相の責任だというわけです。

▼ノルウェーでは来年(2013年)9月に総選挙が行われます。ウィキペディア情報ですが、現在の政府は労働党、社会主義左派党、中央党の3政党からなる連立政権で、Stoltenberg首相は労働党です。野党としては進歩党、保守党、キリスト教民主党、ノルウェー自由党などがあります。

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3)トニー・ブレアを裁判にかけよう
 
 
最近、南アフリカの平和運動家でノーベル平和賞の受賞(1984年)でも知られるデズモンド・ツツ(Desmond Tutu)氏が、イラク戦争に関連してブレア英国元首相とブッシュ米国元大統領を国際刑事裁判所(International Criminal Court: ICC)の裁判にかけるべきだという趣旨のエッセイをObserver紙に寄せたことが話題になっています。ツツ氏は南アの英国国教会で大司教を務めたこともある人で、英国内でもそれなりに影響力を持っている人だけにObserver紙のエッセイもBBCにまで取り上げられたりしているわけです。

ツツ氏のエッセイはここをクリックすると読むことができますが、彼のメッセージは次の文章に集約されるのではないかと思います。
  • 米国と英国による2003年の反道徳的なイラク侵略はイラクが大量破壊兵器を所有しているという虚偽を前提にしたものであるが、あの侵略ほど世界を不安定化・二極化させたものは歴史上なかったといえる。
    The immorality of the United States and Great Britain's decision to invade Iraq in 2003, premised on the lie that Iraq possessed weapons of mass destruction, has destabilised and polarised the world to a greater extent than any other conflict in history.
ツツ氏は、大量破壊兵器というでっち上げに基づいて行われた英米軍のイラク爆撃が生んだ死者の数だけを考えても国際刑事裁判所に訴える理由があるとしているのですが、アジアやアフリカの政治指導者が大量殺戮を行うと刑事裁判にかけられるのに、ブレアやブッシュが同じことをしても罪に問われないのはダブルスタンダードだとも主張しています。そしてブレアやブッシュの政治指導者としての資質について
  • リーダーシップと道徳性は不可分なものである。優れたリーダーは道徳の守護者でもある。問題はサダム・フセインが良かったのか悪かったのかではないし、彼が何人の人々を殺害したかということでもない。ブッシュ氏とブレア氏は、自らをフセインの反道徳レベルにまで貶めてしまったということなのだ。
    Leadership and morality are indivisible. Good leaders are the custodians of morality. The question is not whether Saddam Hussein was good or bad or how many of his people he massacred. The point is that Mr Bush and Mr Blair should not have allowed themselves to stoop to his immoral level.

と主張しています。

ツツ氏からの批判についてブレア氏は、「フセイン後のイラクはそれ以前よりもはるかにいい国になっている」という、これまでどおりの主張を繰り返して
  • 現在のイラクは(いろいろ問題はあるにせよ)経済規模の点ではかつての3倍以上にのぼり、児童の死亡率は3分の1にまで減っている。またバスラのようなところへの投資も大幅に増えているではないか。
    Iraq today has an economy three times or more in size, with child mortality rate cut by a third of what it was. And with investment hugely increased in places like Basra.

と反論、フセイン政権の打倒については、サダム・フセインが使った化学兵器のおかげ極めて多くの人命が失われており、政敵が拷問にさらされたりしていたのだから、サダム・フセインを追放することは道徳的にも許されるべき行動であった、と言っています。そして結論として
  • In short this is the same argument we have had many times with nothing new to say. But surely in a healthy democracy people can agree to disagree.
    簡単にいうと、これまでにも度々これと同じような議論がなされており、とくに付け加えるべきことはない。しかし健全な民主主義においては、意見が異なること(不同意の同意)も許されるということなのだ。

    とコメントしています
要するにブレア氏としては、ツツ氏と自分では意見が違うのであり、健全なる民主主義社会では異なる意見があっても許される、フセインのイラクにはそれがなかったと言いたいわけです。そしてツツ氏のような意見については「見解の相違」として突き放している。

一方、書評誌、London Review of Books(LRB)のサイトに寄稿したThomas Jonesという評論家は、「健全な民主主義では意見が異なることも許される」という言い方は、イラク戦争を始める前からブレアが反対論者に対して発するお決まりのスタイルだったと言っている。「あんたにはあんたの意見があるだろう。私には私の意見がある。世の中いろいろですね」と言いながら議論を打ち切るというのがブレアの常套手段であったということです。

このブレアの姿勢についてThomas Jonesは「ある程度までは正しい」(Blair’s right, up to a point)と言っている。「ある程度」というのは、例えば「神の存在を信じるかどうか」「次なる選挙では誰に投票すべきか」「イタチとヘビが戦ったらどちらが勝つか」等々の話題については、「見解の相違」という理屈が通るかもしれない。しかし話題によっては裁判でシロクロの決着をつけなければならないものもある、とThomas Jonesは主張します。
  • 横たわっている死体に馬乗りになってあなたがナイフをかざしているところへ警官がやってきたら、あなたをそのまま放免することはしないだろう。自分が殺人犯人であるかどうかは見解の相違だと言い張るわけにはいかないだろう。
  • If you’re spotted kneeling over a bloody corpse with a knife in your hand, the police are unlikely to let you go just because you tell them they’re entitled to their opinion.
イラク戦争のおかげで非常に多くの人々が命を落とし、負傷し、故郷を追われるという悲惨な目にあっており、ブレアとブッシュはそのことに深くかかわっている。もしブレアが自分は悪くないと思うのであれば、裁判になっても「何も怖れることはないはずではないか」(he shouldn’t have anything to fear from being put on trial)というわけです。怖れるどころか、むしろその裁判を機に自分の「無罪」が明らかになると同時に、ツツ氏のような反対論者の口を永久につぐませることになるではないか、とThomas Jonesは言っている。

尤もブレア氏がICCの裁判にかけられることなど実際にはあり得ないわけで、その意味ではツツ氏の言うことや裁判云々についてブレア氏がマジメに考える必要は全くない。が、自分たち普通の人間にとっては、単なる仮定の話として、ブレアさんが起訴されることになり、裁判だけにagreeing to disagree(いろいろ意見がありますからね)などとは言っていられない状態に追い込まれたらどうするのか?ということは考えてみる価値があるかもしれない。その場合はブレアは国際刑事裁判所の基礎であるローマ規程という条約に加盟していない国の大使館に逃げ込むことができる。例えばカザフスタンであり、アメリカの大使館です(日本は加盟しているのでダメ)。どちらの大使館に逃げ込もうが政治亡命者としての扱いを与えられる。

そうなるとブレアを起訴した側にしてみれば「正義はなされず」ということになる。しかし・・・
  • 少なくともブレアは、これまでのように世界中を飛び回る講演旅行で金儲けというわけにはいかなくなるだろう。
    at least he’d have to give up his lucrative touring of the international lecture circuit.
とThomas Jonesは言っています。

それにしてもブレアさんの主張はめちゃくちゃである、と私(むささび)は思っています。イラク攻撃はもともと9・11で冷静さを欠いたブッシュ大統領が中東を民主化するという「ネオコン」の方々の夢のようなハナシにのったことで始まったのですよね。サダム・フセインは9・11やオサマ・ビン・ラディンとは何の関係もない。残虐非道なる政治指導者など世界中に存在するはずなのに、なぜかサダム・フセインの国だけは爆撃の対象となる。そんなことがよく許されるものですよね。英米によってフセインが追放されてイラクは良くなったというブレアの主張の根拠として挙げられているのが、子供の死亡率が低くなって経済規模が大きくなったこと、外国による投資が増えたこと・・・たったそれだけ!?

▼agreeing to disagreeというフレーズは個人レベルでも国際関係のようなレベルでもよく使われますよね。「不同意に同意する」というと分かりにくいけれど、「あんたにはあんたの意見があることは分かった。そして私があんたの意見には賛成できないことも分かった。でもこれ以上もめてもだから歩み寄りはできないのだから議論は打ち切りにしよう」ということ。

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4)ヒースロー空港の拡張計画の政治性

ロンドンのヒースロー空港について、現在二つしかない滑走路を三つに増やすべきだとという意見をめぐってキャメロン首相が苦しい立場に追い込まれているということは日本では報道されていましたっけ?9月5日付のBBCのサイトによると、最近になって、英国の航空行政を見直すための委員会というのが設置され、ヒースロー空港の拡張も含めた問題を検討することになった。この委員会による報告書は次なる選挙(2015年)の後に発表されることになっていますが、この委員会の設置自体が、ヒースロー拡張に反対してきた現在の連立政権の方針転換なのではないかと思われています。

ヒースローは年間利用客7000万人、一日の離着陸が1300回でアトランタ(米)、北京についで世界で三番目に利用客が多い大空港なのですが、空港としてのキャパシティは限界にきているとされています。かつてのブラウン労働党政権が地元の反対を押し切って三番目の滑走路建設を承認する方針であったのですが、これに猛反対をしたのが、当時は野党であった保守党のキャメロン党首だった。
  • ヒースローの第三滑走路の建設はありません。「もしも」も「しかし」もない。しないものはしないのです。
    The third runway at Heathrow is not going ahead, no ifs, no buts.
と言い切ったのが、選挙を8カ月後に控えた2009年10月のことだった。空港の騒音に悩まされていたロンドン近郊の住民にはこれが受けて、2010年の選挙では保守党の議員が当選を果たすということまで起こったわけです。

が、長引く経済不況という事情もあるのですが、滑走路建設であれ、新空港の建設であれ、雇用の創出という効果を期待する声が高まると同時に、このままでは中国のような新興国からのビジネス客をフランクフルト(ドイツ)やドゴール空港(フランス)にとられてしまうという声が産業界を中心に大きくなっている。

英国商工会議所などは、第三の滑走路を建設することによる経済効果は年間300億ポンド、その決定が遅れると年間10億ポンドの損になるとする報告書まで発表しているし、ヒースロー空港にとって最大のテナント、英国航空(British Airways)のオーナー企業であるInternational Airlines GroupのWillie Walsh社長などは
  • いまの政府にはこの問題に対処する政治的な意志がない。キャメロンは長期的な経済状況に対応するという難しい仕事よりオリンピックの金メダルに拍手喝采している方が楽しいようだ。
    I don’t believe this government has the political will to address the issues. David Cameron seems a lot happier clapping and cheering for (Olympic) gold medals than dealing with tough, long-term economic challenges.

とまで言っております。

それだけではない、自分の党である保守党の内部からもキャメロンにして方針変更を迫る声が出てきている。下院のエネルギー委員長をつとめるTim Yeoという議員などはDaily Telegraph紙に寄稿したエッセイの中で「キャメロンは人間なのかネズミなのか?」(Is Cameron man or mouse?)と言って話題になったりしている。「人間なのかネズミなのか?」というのは、「勇気があるのかないのか?」という意味のフレーズだそうです。

さらにロンドン五輪の大成功でさらに名前を売って、次期保守党党首を狙っているとされるボリス・ジョンソン現ロンドン市長は、ヒースロー空港の拡張ではなく、少し離れたところに新しい国際空港を作るべきだと主張しながら、キャメロン政府については「いつまでもぐずぐずしている(pussyfooting around)」と批判しています。

ではキャメロンが方針変更をして、ヒースロー空港の拡張もしくは新空港の建設にゴーサインを出すなりすればそれで済むのかというと、なかなかそうはならない。まず「環境に優しい」政治家というイメージに傷がつく。次にヒースローを拡張しないということで保守党に入れた選挙民からの反発は必至です。最近の内閣改造でそれまでキャメロン内閣で運輸大臣をつとめていたJustine Greening保守党議員(女性)が国際開発大臣のポストに移ったのですが、この人はロンドン近郊でヒースローの騒音の真下にある地区から「空港拡張反対」を叫んで選出された人です。Justine Greeningが運輸大臣のポストから外されたのは「空港人事」であり、キャメロンの変心の表れとする向きもある。

さらに労働党はブラウンのころよりも「環境を大事にする」政党となっており、キャメロンの変心を追及してくる・・・等々いろいろあるけれど、一番の問題は連立相手の自民党が空港拡張には反対しているということで、キャメロンは連立相手との仲違いだけは避けたいと考えている。

先ごろ行われた内閣改造(政権発足以来初めて)では、運輸、環境、地方行政などの大臣ポストに産業界寄りの人が起用されたこともあり、キャメロン自身の右寄り方向転換と見る声が強くなっています。

▼航空行政を検討する委員会の報告書が2015年の選挙後に出されるということは、とりあえず現在の連立政権の下では結論を出さないということにしたということです。連立相手の自民党に気をつかったというわけですが、何か難しい問題に直面すると「有識者による委員会」を立ち上げるという作法はどこも同じなのですね。

▼私、ロンドン付近の空港のことなどほとんど知らないのですが、ヒースローの南にGatwickという空港がありますよね。利用客数はヒースローの約半分で年間約3400万。ヒースローからの距離は約40キロだそうです。だったら高速鉄道でも走らせてGatwickをヒースローの第二空港のように使えばいいのでは?

▼知らなかったのですが、羽田空港は世界でも5番目に大きな空港なのですね。客数6200万。成田はその半分程度。そうなると、成田空港ができるにあたってのあの大闘争はいったい何だったのですかね。さんざもめておいて結局「羽田の方がいいや」ってことですかね。

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5)「民主党」ってなんだったの?

The Journalというサイトを見ていたら、民主党の鳩山由紀夫さんが千葉県鴨川市の「大山村塾」で「自らの反省を含め民主党政権の3年間を振り返る」と題して行った講演会のテキストが出ていました。この人は2009年の9月に首相になって翌年の6月に辞めたのだから10か月の首相であったわけですね。この講演はその10か月を振り返ると同時に現在の野田さんについても語っている。私が興味深いと思ったのは、いまの民主党の原点となった旧民主党(1996年発足)の理念について語っている部分だった。

それによると、発足時から15年かけて自分たちの理念を実現しようという姿勢だったのですが、その「理念」の中でも重要な部分を占めていたのは「地域主権国家」を作るということだった。
  • 何でも国におんぶに抱っこしているのではなしに、町おこしをしようという時に予算のために東京に陳情に行かなければならないというのではなしに、地域のことは地域でしっかり権限と予算を持って決められるような社会をつくろうではないか。
ということであったのですね。また鳩山さんたちは、この民主党を15年間の「時限政党」にしようと考えていたと言います。それは15年かけて自分たちの考える「地域主権国家」を作ったアカツキにはいったん解散するという意味なのですが・・・。1996年から15年ということは2010年ということです。2010年までに「地域のことは地域でしっかり権限と予算を持って決められるような社会をつくろう」と誓い合ったわけです。

もう一つの理念として「自立と共生の友愛社会」というのがあった。
  • 一人一人が自立した考えを持ち尊厳をもって行動したとしても、一人では生きていけない。だから多くの方々と共生する──考え方が違うことをむしろお互いに喜び、認め合うような社会を作ろうではないか。
ということなのだそうですが、鳩山さんはこの理念を個人対個人の関係のみならず国と国との関係についても適用することが大事だと言っている。
  • 考え方が違うことをむしろお互いに尊敬し合うような、尊厳ある国と国のお付き合いを考えなければならない。私はその先に「東アジア共同体」という構想も述べていた。
講演の中で鳩山さんは、竹島、尖閣、北方領土の問題について触れて「中国や韓国との間で、少なくとも私が総理の時にはこういう事件は起きていない。ロシアについても同じだ」と述べています。

▼国と国との「友愛精神」ということですが、言葉だけ聞くと「甘いおぼっちゃん思想」としかうつらないかもしれない。韓国人、中国人、ロシア人相手に「友愛」なんて・・・というわけです。しかし何十億もの人々と共生する方法を探る政治という作業においては、個人レベルでは「甘い」と思われるような理念や理想も現実的な力を持ってしまうことはありますよね。鳩山さんのいわゆる「友愛」は、フランス革命の「自由・平等・友愛」(Liberté, égalité, fraternité)の「友愛」であったと思います。それが「甘い」となると、フランスの国是もアマちゃんということになる?

▼鳩山さんのいわゆる「東アジア共同体」構想ですが、亡くなった森嶋道夫さん(ロンドン大学教授)が『なぜ日本は没落するか』(岩波書店・1999年)の中で同じようなことを書いていましたよね。そのことについてはむささびジャーナル56号で紹介しています。韓国・中国・ロシアが鳩山政権のときには現在のような行動をしなかったのは、鳩山さんの「友愛精神」のおかげであるとまでは言わないけれど、「領土問題」を議論する日本の専門家や政治家の話の中には、この種の理念・理想のハナシが全く出て来ないですね。「いじめられっ子」気分で「やるか・やられるか」ということばかりしか話題にならない。本当に情けない。

さらに鳩山さんが総理を辞任するにいたった最大の理由について語っている部分を紹介してみます。沖縄の米軍基地の問題がうまくいかなかったこともあるけれど、いちばんの理由は母親からの「資金援助」について自分自身が知らなかったということで、「母から莫大な子ども手当を貰っていた」という批判の方が自分にとっては沖縄問題にまつわる批判よりも痛烈に厳しかった・・・と鳩山さんは言っています。

おそらくこの講演の中で鳩山さんが最も訴えたかったのは、「自分が出来なかったこと」という部分であろうと(私は)解釈します。彼が「力不足で申し訳なかった」と言っているのは「既得権益との戦い」だそうです。そして既得権益の代表例が「官僚機構」「大企業と財界」「大手メディア」だそうです。
  • 自民党政治は既得権そのものだった。今はその既得権の中にむしろ入り込んでしまったのが野田政権なのかもしれない。鳩山が既得権と戦って敗れた。ならば既得権の中に、こちら側に身を置いた方が得策で、そうすれば大手メディア、財界、財務省、あるいはアメリカから「これはいい内閣だ」と評判を頂くことになるんじゃないかという発想で行動している節がある。
野田さんについては「自民党野田派」という意見もありますよね。鳩山さんによると、野田さんのやっていることは、官僚と大企業と大手メディアから「現実的でよろしい」と言われるような政治なのではないかということです。
  • ▼鳩山さんについてはむささびジャーナル163171にも書いてありますが、この講演テキストで全く触れられていないし、私としてはぜひ触れてもらいたいと思ったのは、鳩山さんが小沢さんらとともに画策した(とメディアでは伝えられている)「菅おろし」の善し悪しについてですね。あのような事態(震災+原発事故)の中で菅さんの何が悪くて辞任を迫ったのか?自分が首相だったらもっとうまくやれたとでも思っていたのか?ということですね。

    ▼間もなく自民党も民主党も総裁選と代表選が行われます。その先には(いつになるか分からないけれど)総選挙があるわけですね。以前にも紹介したと思うけれど、「茶園瞳の政治ウォッチャーズ」というブログは視点が新鮮かつ的を射ていてとても面白い。この人はどういう人なのでしょうか?最近の記事は『民主党はここで仕切り直せる?』というタイトルなのですが、

    • 仮に維新の会との連携によって自民党が復権した場合、民主党はどういう立ち位置をとるのでしょうか?
    • と言っています。

    ▼「自民・維新」がタッグを組んで「社会保障給付削削減、国土強靭、強硬な外交路線、原発推進」というような政策打ち出したときに野田さんらはどうするのか?茶園瞳さんのブログは、もしそうなったら

    • 民主党は離党したかつての仲間達との連携を模索するしかなくなるはずです。
    • として結論は
    • 「国民の生活が第一」や「コンクリートから人へ」と言っていた原点に戻らない限り、民主党の存在意義が急速に消えて行く事態になっているというのに。野田再選で決まりに見える代表選ですが、唯一の注目点は、仕切り直しの準備に入るのか入らないのか、だと思っています。
    • となっています。
    ▼私がもう一つ気にするのは、国会付近で行われる反原発デモの行方です。「自民・維新」チームはほぼ間違いなく原発推進の立場をとるようになる。あのデモの人たちの気持ちを吸い上げるような政治勢力が国会にいるのかということ、それと「既得権益」メディアがデモのことを伝え続けるかどうか。特に国営放送が気になる。

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6)どうでも英和辞書
A-Zの総合索引はこちら 

thriving:栄えている

アメリカの世論調査会社であるGallupがヨーロッパの経済危機に関連して英国人とドイツ人の生活意識を調査したところ51%の英国人が自分の生活をthrivingな状態であると考えていると答えたのだそうです。半数以上が経済的に「栄えている」状態にあると感じているというわけです。今年7月(ロンドン五輪の前)の数字です。結構じゃありませんか。ドイツ人でthriving感を持っているのは45%だった。thrivingは「景気がいい」とか「繁栄している」という意味で、Smart-phones are thrivingという使い方もありますよね。

上のGallup調査は自分たちの生活感覚を1~7の段階に分け、thrivingの場合は7以上、struggling(かつかつ状態)の場合は5~6、suffering(非常に苦しい)の場合は4以下という数字で表現してもらった。それによると、strugglingと答えた英国人は45%、ドイツ人は49%で、sufferingは英国人が4%、ドイツ人が7%という結果であったのだそうです。

つまり客観的な経済状況では英国よりもドイツの方がいいはずなのにGallup調査では逆の結果になるということです。Gallupでは、英米独を対象に今年の3月~7月の連続調査も行っているのですが、ここでもthrivingと答えた人の割合は米英独の順で、ドイツ人がいちばん低くなっている。なぜそうなのかについてGallupでは「はっきり分からない」としながらも「高齢のドイツ人の悲観度が米英よりも高い」と言っています。

いずれにしても、個人的な生活のみならず企業や国の経済状況などを表す英語としてthriving(ウハウハ)、struggling(ギリギリ)、suffering(ヒーヒー)は憶えておくと便利であります。

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7)むささびの鳴き声
共同通信のサイトを見ていたら佐藤優さん(元外務省主任分析官)という人が「現代は帝国主義の時代」であるとのことで
  • 帝国主義のゲームは、まず相手国の立場を考えずに要求し、相手がひるんで国際社会も沈黙していたら、権益を拡大する。相手国が反発して、国際社会もやりすぎだと言ってきたら妥協して協調に転じる。このゲームができる人材をつくらないといけない。
  • と言っていました。
▼つまりごり押しを上手にできる人材ということなのでしょう。国際政治というのは「強い者勝ち」というのが現実なのだから、国同士のごり押し合戦に勝てるような人間、相手の立場など考えない人間でないと務まらないということです。が、佐藤さんによると、ごり押しに長けているだけではダメなのだそうです。つまり・・・
  • これだけに熱中するとその国はひんしゅくを買って結果的に損をする。普遍的な価値、思想も持ってないといけない。バランスがよくとれたエリートを育てていかないといけない。

    とのことであります。
▼昨日(9月8日)付の東京新聞に国際政治学者・坂本義和氏が竹島問題と日韓関係についてエッセイを寄稿しています。見出しを読むと坂本さんのメッセージが伝わってきます。
  • 竹島問題 日韓緊張緩和へ
    まず「慰安婦」自省から
▼坂本さんによると、「竹島」の解決には日本による「慰安婦」に関する「自省の念」をきっちり表明することが必要です。「きっちりと表明」を具体的に言うと、日本政府が公式に謝罪し、補償を行うということです。かつて三木首相の奥さん(三木睦子さん)らの呼びかけで「女性のためのアジア平和国民基金」が設立され、慰安婦被害者一人につき200万円を支払い、そのお金に首相のおわびの手紙を添えるという提案をしたところ「性格不明な対処」ということで韓国の慰安婦の多数が拒否した・・・ことまでは聞いたことがあるのですが、坂本さんのエッセイには
  • 三木睦子さんは当初、この基金の呼び掛け人の一人だったが、これが国家による誠実な謝罪と補償とは違うとして脱退された。基金の問題性を自覚されたからである。

    と書かれている。恥ずかしながら知りませんでした。
▼坂本さんは、日本政府が竹島問題を国際司法裁判所に提訴することは正しいと言っているのですが、その提案に韓国が乗ってこなかった背景として従軍慰安婦問題もあるとしています。また李明博大統領の竹島訪問は、慰安婦問題への日本側(野田首相)の消極的な態度に裏切られた思いを抱いての行動であると「理解できなくもない」と言っています。ただ、大統領が天皇の謝罪まで求める発言をしたのは、明らかに失言であり、日本の戦争責任への天皇の気持ちに関して大統領が「あまりにも無知であり、恥ずべきである」と批判している。

▼このエッセイは非常に長いものなので、全部を要約など私にはできません。いつもなら東京新聞のサイトをクリックすれば読めると言うところなのですが、私が見た範囲では東京新聞のネットには掲載されていない。どころか「サイト内検索」に「坂本義和」と入れても「ゼロ」だった。私の見る限り、竹島にせよ、尖閣にせよ、「中国も韓国もけしからん」という意見は普通の新聞のサイトでも読むことができる。石原慎太郎のエッセイも。東京新聞はなぜ坂本エッセイをネット上に掲載しなかったのでしょうか?このエッセイは「読みたければ金を払え」という類の内容ではない。

▼坂本さんの言うことに賛成するかどうかはともかくネット上の言論の世界の充実に貢献できたであろうことは間違いないのに、です。というわけで、坂本エッセイは東京新聞を買わなければ読めません。興味のある方はお知らせください。ファックスまたは郵便(!)で送ります。


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